2009年10月26日 (月)

「本の学校」を運営、第57回菊池寛賞の永井伸和さん

 本と人とを橋渡しする人材の育成を目指した「本の学校」を1995年、鳥取県米子市に開いた。同市の米子今井書店(現今井書店グループ)経営者として、進む活字離れに危機感を持ったのがきっかけだ。書店と図書室、研修室を備える。読み聞かせ活動などに取り組む人に交流の場を提供し、文学講座も開いてきた。
 業界の若手を集め、書店の役割を考える会合も開催している。95年に開いたシンポジウムに「朝の10分間読書」を提唱した千葉県の高校教師を招いたのを機に、参加者らで普及のための団体が発足。全国の小中高校に広がった。
 書店は5代目で、生活の中に常に活字があった。自室も本で埋まり「家族はあきれてます」と苦笑。「紺屋の白袴で、読みたい本を開く時間がない」のが目下の悩みだ。
 受賞を喜ぶ一方、「ネット中心の社会で出版不況の出口は見えず、闇夜に船をこぎ出す思い」とも。理想はドイツの書店だ。書店員の多くが専門の職業教育を受け、読書家の好奇心に応える。「本と人の出会いを支える基盤づくりを」。情熱は尽きない。(09年10月23日、読売新聞・米子支局 大櫃裕一、写真も)

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2009年10月18日 (日)

 柳美里さん 『オンエア』 著者メッセージ

(講談社『BOOK倶楽部メール』09年10月15日号)
 『オンエア』は、取材を含めると、2年半を費やした長編です。わたしの作品では、『命』、『8月の果て』に次いで長い小説ということになります。
 20代、30代の女子アナを主人公にし、テレビ業界を舞台にしましたが、特殊な世界を描いたわけではありません。読んでいただければ、きっと、「自分と似ている」登場人物が見つかる、と思います。
 というか、読者のみなさんに、これは「自分の物語」だ、と思ってもらえる小説を書けなくなったら、わたしは書く意味がない、書くのをやめます、筆を折る。
 『オンエア』に登場する3人の女子アナは、不倫、セックススキャンダル、裏切り、という大きな危機に遭遇します。そして、敗ける。でも、挫けない。
 小説は、絶望の処方箋(みたいな小説もあるんでしょうが、わたしは読みもしないし書きもしない)ではありませんが、読者のみなさんが、登場人物と共に絶望し、絶望の最中で希望を見出す過程に参加することはできます。
 いま、辛いひと、いま、淋しいひと、いま、絶望しているひとと、再起への一歩を踏み出したい、と思って書いた小説です。どうか、読んでください。  (柳美里)

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2008年12月30日 (火)

デビュー作を「更新」 長野まゆみさん作家生活20年

「20年たっても変わらないのは、私の小説が分類される場所がないこと」作家の長野まゆみさんがデビュー20周年を機に『改造版 少年アリス』(河出書房新社)を刊行した。26万部のロングセラーとなっているデビュー作を“更新”した意図、この20年を振り返っての感想を聞いた。(山内則史)
 睡蓮の開く音のする満月の夜、2人の少年、蜜蜂とアリスが忘れ物を取りに学校に忍び込むことから始まるこの作品は1988年、文藝賞に輝いた。宮沢賢治を思わせる硬質で透明な幻想世界。「改造版」について「続編があってもいいという話から始まったのですが、その気持ちに全然なれなかった。テキストを解体して新しいものにすることに関心がいってしまった」と語る。
 オリジナルとは何か、という考え方が、自身変化したことが大きかった。「ネットの出現で、テキストの置かれている状態が変わってしまった。そこでは同じ設定、同じ内容でも、一番面白く、一番新しい状態のものが読者に支持され、オリジナルとして残っていくのではないでしょうか」
 あまり見かけない難しい漢字にルビを振る長野さん独特のスタイルが、改造版では影を潜めている。例えば〈凌霄花の蔓〉は〈ノウゼンカズラのつる〉に。視覚的な印象は、がらりと変わった。「表記も含めて、閉じられたアリスの世界を作るために盛り込んだいろいろなアイテムを取り払って書くのが、今回のテーマでした。それ以外の部分でちゃんと作り込んであるから、表記への執着はなくなりました」
 学校の忘れ物は別物になり、それが作品世界に奥行きを生んだ。結末は、新しい始まりを予感させる終わりに改稿された。表記は柔らかくなっているが、作品の結晶度、純度はさらに高まっている。
 デビューから10年ほどは、少年だけが登場する世界を繰り返し書いた。その世界を完結させるための「限定的な狭さ、ある種、閉じた感じにちょっと我慢できなくなって」世紀が変わるころから別の書き方を模索する。はっきり形になったのが2005年刊『箪笥のなか』(講談社)。「女性の一人称で書いてみたいという関心が出てきて、確信を持って書いたのがこの小説。最初のころは、女性を書くことすらしていません。自分でもまだ検証できていないのですが、年齢とも関係あるのでしょうか」
 『アリス』の改造で「重たい荷物をおろした」と感じている。今後は、「より開かれた世界を書いていきたい。小説を書いているほかの人々からも、さらに離れていくと思います」。20年の気負いを感じさせないところが、この人らしい。(08年12月26日 読売新聞)

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2008年12月21日 (日)

デビュー作を「更新」 長野まゆみさん作家生活20年

「20年たっても変わらないのは、私の小説が分類される場所がないこと」作家の長野まゆみさんがデビュー20周年を機に『改造版 少年アリス』(河出書房新社)を刊行した。26万部のロングセラーとなっているデビュー作を“更新”した意図、この20年を振り返っての感想を聞いた。(山内則史)
 睡蓮の開く音のする満月の夜、2人の少年、蜜蜂とアリスが忘れ物を取りに学校に忍び込むことから始まるこの作品は1988年、文藝賞に輝いた。宮沢賢治を思わせる硬質で透明な幻想世界。「改造版」について「続編があってもいいという話から始まったのですが、その気持ちに全然なれなかった。テキストを解体して新しいものにすることに関心がいってしまった」と語る。
 オリジナルとは何か、という考え方が、自身変化したことが大きかった。「ネットの出現で、テキストの置かれている状態が変わってしまった。そこでは同じ設定、同じ内容でも、一番面白く、一番新しい状態のものが読者に支持され、オリジナルとして残っていくのではないでしょうか」
 あまり見かけない難しい漢字にルビを振る長野さん独特のスタイルが、改造版では影を潜めている。例えば〈凌霄花の蔓〉は〈ノウゼンカズラのつる〉に。視覚的な印象は、がらりと変わった。「表記も含めて、閉じられたアリスの世界を作るために盛り込んだいろいろなアイテムを取り払って書くのが、今回のテーマでした。それ以外の部分でちゃんと作り込んであるから、表記への執着はなくなりました」
 学校の忘れ物は別物になり、それが作品世界に奥行きを生んだ。結末は、新しい始まりを予感させる終わりに改稿された。表記は柔らかくなっているが、作品の結晶度、純度はさらに高まっている。
 デビューから10年ほどは、少年だけが登場する世界を繰り返し書いた。その世界を完結させるための「限定的な狭さ、ある種、閉じた感じにちょっと我慢できなくなって」世紀が変わるころから別の書き方を模索する。はっきり形になったのが2005年刊『箪笥のなか』(講談社)。「女性の一人称で書いてみたいという関心が出てきて、確信を持って書いたのがこの小説。最初のころは、女性を書くことすらしていません。自分でもまだ検証できていないのですが、年齢とも関係あるのでしょうか」
 『アリス』の改造で「重たい荷物をおろした」と感じている。今後は、「より開かれた世界を書いていきたい。小説を書いているほかの人々からも、さらに離れていくと思います」。20年の気負いを感じさせないところが、この人らしい。(08年12月26日 読売新聞)

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2008年12月19日 (金)

世界性持つ『書き言葉』守る 日本語の将来を憂う 水村美苗さん(作家)

(2008年12月6日 東京新聞)作家、水村美苗(みなえ)さんが刊行した評論『日本語が亡びるとき 英語の世紀の中で』(筑摩書房)は、安閑として日本語を使っている私たちに、ショッキングな未来を突きつける「憂国の書」だ。 
「かつての日本には、世界のどこに出しても恥ずかしくない近代文学があった。読み継がれるべき言葉を日本語で継承していくために、何か手を打たなければならないんです」
 スケールの大きな本だ。水村さんは人類が六千年前、文字を発見してからの時空を概観する。そこには、自分たちが話す「現地語」ではなく、ラテン語など外部文明の「普遍語」で読み書きしてきた人類の長い歴史がある。「普遍語」に蓄積された叡智(えいち)を翻訳することで、「現地語」はやがて「国語」に進化する。
 英語がインターネットの後押しを受けて「普遍語」としての覇権を強める今、かつての「普遍語/現地語」の二重構造がよみがえりつつある。日本でも既に、自然科学はもとより、人文科学の分野でも、英語だけで論文を書く動きが水面下で進んでいるという。
 水村さんは一九六〇年代、十二歳のときに家族で渡米し、二十年間を米国で過ごす。もしもこのとき、日本の近代文学全集を親が持ってこなければ、その後の人生は違っていたはずだ。
 漱石に樋口一葉、森鴎外…。米国の暮らしになじめなかった少女は、漢字にルビが振ってあるのを幸いに、この全集を毎日、ひたすら読みふける。授業中に漢字と平仮名をノートに書き、その美しさに見とれた。「非西洋語圏で当時、文学全集があったのは日本だけ。私はエアポケットのようにそこに入り込み、出られなくなった」
 だから、米国の大学院に進むほど高度な英語力を身に付けながらも、水村さんは「日本語で近代日本文学を書く小説家」になった。漱石の絶筆を書き継ぐ『續明暗』をデビュー作に選んだのは、「近代文学をもっと読んでほしい」という思いからだ。
 水村さんは今、日本近代文学が存在したことを、「奇跡」と呼ぶ。
 明治時代、西洋思想を次々と翻訳する必要に迫られたことで、日本の言葉は世界性を持つものに変身した。翻訳では日本の現実に向き合えなくなった漱石らは大学を出て、自分たちの言葉をつくり出す。「明治の人たちは命懸けで言葉を選んだ。言葉が指し示す概念が何であるかを吟味した。そういうときにつくられる言葉の力はすごい。今の日本の言葉とは違う」
 本の最終章で、水村さんは日本語を守るための大胆な提言をした。一つは英語教育の時間を大幅に削り、その分を国語に振り向けること。英語は平等主義を捨て、「国民の一部だけバイリンガルにする」と発想を転換する。そして国語教育は日本近代文学を読み継がせることを主眼に置く-。
「一定の年齢までにある程度の難易度を持つ日本語に触れないと、『文章はこのぐらい困難な物であって構わない』という意識が育たない。話し言葉と変わらない物が文章だと思ってしまい、そうした言葉だけ流通すると、日本語は『現地語化』してしまう。世界と初めて共通概念を持った近代日本文学は、現在の価値観のパラダイムを変えることなく読めるテキストだと思う」
 薄っぺらい国語の教科書が最近、ようやく厚さを取り戻してきたことを知り、水村さんは本の中で書いた。《もっと過激に。もっともっと過激に》。熱い言葉から、日本語への愛情がほとばしってくる。 (石井敬)

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2008年12月15日 (月)

著者メッセージ: 西尾維新さん

 こんにちは、西尾維新です。2008年も残すところわずかとなりました。今年はみなさまにとってどんな思い出となりましたでしょうか。
  振り返ってみれば僕の場合、まあ明らかにオーバーワークな一年で大変でした。いくらなんでもそろそろ供給過多な感じですかね。この12月だけで考えても『真庭語』(講談社BOX)・『不気味で素朴な囲われたきみとぼくの壊れた世界』(講談社ノベルス)・『零崎人識の人間関係 無桐伊織との関係』(メフィスト掲載)・『ヒトクイマジカル 殺戮奇術の匂宮兄妹』(講談社文庫)・『蹴語 SIDE‐B』(パンドラ掲載)と目白押し。全部買ったら軽く6000円を越えます。破産しちゃうよ。
  さすがにいよいよ手を打たないとマズイ展開なのでちょっと対策を練りにかかりますという反省の弁をもって、今年の締めの挨拶とさせていただきます。それではみなさまよいお年を。(西尾維新)。(講談社『BOOK倶楽部メール』08年12月15日号)

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2008年12月 9日 (火)

ドゥマゴ文学賞の中原昌也さん「嫌いな仕事で貧乏だった」

 作家でミュージシャンの中原昌也さん(38)が、『中原昌也 作業日誌 2004→2007』(boid)でBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞し、選考委員の高橋源一郎さんと記念対談を行った。
 受賞作は、金に困りつつもCDやDVDを買い、苦しみながら小説を書く日常を、愚痴や泣き言でひたすら書きつづった日記作品。現在は断筆し、音楽活動に専念中の中原さんは「今の時代は嫌いなことをしてお金をもらうか、好きなことをして貧乏かのどちらか。それなのに自分は書くという嫌いなことをしていてかつ貧乏だった」と語り、高橋さんを苦笑させた。
 「今は書いてたときより生き生きしてますよ」と独特の冷めた口調で語る中原さん。高橋さんは「それでも今の日本文学を本当に支えてくれるのは中原君しかいない。戻って来たらいつでも声を掛けてください」と応じ、対談を終えた。(08年12月8日 読売新聞)

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2008年12月 6日 (土)

孤独だが無限に自由に 『心の虚空』が原動力 片岡義男さん(作家)

【土曜訪問】(08年11月22日 東京新聞・栗原淳記者)
 小説家は、どんなふうに作品のアイデアを思いつくのだろうか。片岡義男さん(68)の最近の著作を読むと、物語が生まれる瞬間に立ち会うことができる。
 六月に刊行された『白い指先の小説』(毎日新聞社)は、小説を書こうとしている女性を主人公にした連作短編集。作家やフリーランスのライター、小料理屋の女将(おかみ)などさまざまな肩書の女性が、日常生活の中で物語の発端を見つける四編を収録する。主人公が構想するストーリーが並行して展開する「作中作」の仕掛けに引き込まれる。
 一九七五年、現代日本の若者の感傷を疾走感みなぎる筆致で描いた「スローなブギにしてくれ」を発表、作家活動を本格スタートした。デビュー小説はそれに先立つ七三年に書いた「白い波の荒野へ」。ハワイを舞台にしたサーファーたちの物語である。
 デビュー前の時代を振り返って書いたのが、前作『青年の完璧(かんぺき)な幸福』(スイッチ・パブリッシング、二〇〇七年)。時は六六-六七年。雑誌を中心に原稿を執筆しているフリーランスの男性ライターを主人公とする短編集で、主人公はいずれも小説を書こう、書かなければと思っている。「登場人物の感じや時代背景は当時をそのまま描きましたが、僕は主人公のようにはしっかりした青年ではなかった」と笑う。
 一方でこの短編集には、片岡さん自身が小説を書くときに、どこに物語の発端を見つけるのかが示されている。
 例えば収録作の「かつて酒場にいた女」。主人公が通うバーのママは元映画女優で、酒場にいる自分を小説に書いてと求める。そのママが、急きょ映画の世界に復帰することになった。
「それまで具体的な現実の存在だった彼女が、急にスクリーンだけに映る幻の人になってしまう。存在が遠のいて抽象化されてしまうわけです。その体験が、主人公にとっての物語の入り口になるかな、という物語ですね。彼は、彼の言葉の中にしか存在しない女性をつくり出すことができる」
 女性から現実味や具体性が失われ、抽象性を帯びた虚空のイメージに変わる。記憶の中に開く風穴のような喪失感が、小説を書く原動力になる、と片岡さんは話す。
 四編を読み返し、これから小説を書こうとする主人公たちはみな幸せそうだ、と感じたという。
「書くための基本的な材料は作家の頭の中にある。小説を自分一人で書き続けなければいけない。作家は孤独だけれど、たいへんな自由が与えられている。無限に自由な状態で物語をつくっていく。これは作家の特権です。自分を材料に幻の人をつくり出すわけですから、これほどぜいたくで、自由なことはない」
 うらやましいほどに孤独で自由な駆け出しの小説家たち。題名の『青年の完璧な幸福』には、そんな主人公へのエールも込められている。 

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2008年12月 5日 (金)

第56回菊池寛賞を受賞する 宮尾登美子さん(82)

「60年前、小説を書き始めたときから耐えて前進する女性に引かれてきた。その軌跡を認めてもらったのでしょう」。芸の道を極めた「一絃の琴」や「陽暉楼」、歴史の転換期を生きた「天璋院篤姫」……ヒロインたちの凛々しさがこの人と重なる。
 「女の生き方という命題」を得たのは、専業主婦だった母が、離婚後、生き生きと食堂経営をした姿へ感銘を受けたから。大陸の難民生活や結核との闘病を経て22歳で文学の道を目指した。だが、36歳で新人賞を受賞するも10年間は鳴かず飛ばずで、「惨めでつらい挫折も経験した」。
 徹底的に文章を磨き、プロ作家になれたのは47歳で太宰治賞を受けた「櫂」。芸妓紹介業の家で育った少女時代の自分と、優しかった母がモデルだった。「今でもね、母が恋しくなる」
 NHKの大河ドラマ「篤姫」始め、作品の大半が舞台や映像になった。「24年前の本が今年、全国的な広がりとなったのは女性が社会で認められてきたからでしょうね」とほほえむ。1年前に夫が他界、「錦」の刊行後、寂しさのあまり筆を止めていた。「来年は仕事のことも考えたい」。受賞が励ましとなった。(文化部 佐藤憲一)(08年12月4日 読売新聞)

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2008年11月26日 (水)

野間文芸新人賞・津村記久子さん「受賞詐欺」かと…

 受賞決定の一報を受けた時、「“受賞さしてあげる詐欺”みたいのかな、と思った」。第30回野間文芸新人賞に『ミュージック・ブレス・ユー!!』(角川書店)が決まった作家の津村記久子さん(30)が、記者会見で戸惑いを見せたのには訳がある。
 受賞作は、音楽が大好きな高3の女の子アザミの生活を丁寧に描く青春小説。だが、本人いわく「女の子がダラダラしているだけの話」とも言えるからだ。「本になるとも通用するとも思っていなかったので、今ここにいることがとても不思議です。アザミは何にも達成しないし、ロマンスもなければ妊娠もしない。でも私は、何もしない、何も持っていないことを肯定する小説が書きたかった」
 選考委員の松浦理英子さんは「単なる青春小説ではない。日常を、社会を、もっと大きな視点で描いている」と高く評価した。
 太宰治賞で3年前にデビュー。会社勤めの傍ら、働く女性の生活感に根ざした小説を書き、最近2回の芥川賞で連続して候補になっている。
 『宿屋めぐり』(講談社)で野間文芸賞に決まった町田康さん(46)と同じ、大阪・今宮高校の卒業。会見場で、同新人賞の選考委員でもある大先輩と対面し、感激の面もちだった。(08年11月25日 読売新聞)

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