2020年4月17日 (金)

赤井都さん「言壺便り」~行く春を惜しんで立ち止まる号~

  その後お元気でお過ごしでしょうか。おかげさまで、私は元気に過ごしています。先日豆本の取材を受けまして、放送予定が決まりましたのでお知らせさせて下さい。《「言壺」赤井都紹介サイト
 4/23(木)AM8:00-8:17 TokyoFM系列 Honda Smile Mission
ミヤコアカイミニチュアブックミュージアムと、>そのまま豆本の紹介(たぶん)オンエア後一週間は、インターネット上のアーカイブRadikoで聴けるそうです。
 5月1日(金)PM7:30-8:00 NHK BSプレミアム「美の壷 小さな幸福ミニチュア」-5/9(土)AM6:45-7:15 再放送Eテレと4K放送も後日予定されています。豆本とは? という話から、活字箔押しのようす、籠込鳥)MBS最初の受賞作の紹介)など。どちらも、編集が入っています。私はしゃべりは下手でお知らせするのも自分で視聴するのもとても恥ずかしいのですが、編集に期待しています。
 お時間ありましたら、気晴らしにお楽しみ下さい。
■最近、どうでしょう
 ほぼ毎日、インスタとツイッターを更新しています。フェイスブックは週一回くらいです。インスタが、一番地味に、黙々と作る動画で、ツイッターは、作る動画と豆本鑑賞、解説、取り混ぜて、フェイスブックは、まとまったコンテンツが、好評です。
人とのつながりに、何だか充実を感じてます。
これまで、お互い忙しすぎて、声をかけられなかったかなと。こうして時間の流れがゆっくりになって、効率を求めすぎて
た部分を見直すきっかけになってるかなと。自分にとって何
が大事か、とか。元のさやに納まるんじゃなく、もっといい形に、変革するきっかけになればよいなと思います。
 海外との郵便事情が、これまでのようにはいかなくなっていて、航空便が減っているので、時間がかかって動いているところもあり、もはや動かないところもあり、欲しい道具はギリギリ手
に入らなかったけれど、あるもので当面何とかして待ちながら、制作を続けるつもりです。グレープフルーツは、まだ来ない!
私の方では、製本はもうできていて、函に箔押しして、本を入れれば出来上がるのだけど。仕方ないです。函は磨いたりの手間もまだかかるはずだから。待ちながら、私は他のを作っています。
 4月の小さな本の教室はお休みにしました。5月はできるといいなと思っています。規模が自粛要請の1/20の面積で、まさにミニチュアです。

■関連情報=赤井都さんが国際”豆本コンペ”2016で3度目の受賞

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2020年4月11日 (土)

穂高健一の歴史講座と作家への道

  作家・穂高健一氏は、会社員時代から同人誌に作品を発表していて、その間、小説の公募に応募し、いくつもの賞を受賞。山岳登山を趣味とし、穂高という筆名はそこらとった。(ネットの「穂高健一ワールド」タイトルも、マーケティングライターとしての自分が考え提供した。)穂高氏はマラソンも習慣としてしていた。会社を定年退職してから、同人誌作家から、本格的な職業作家になる努力をしはじめた。体力的に優れていたためか、行動的で小説も取材をして創作をするため、知られていない業界や世界の探査性が、時代を反映していることで、小説公募に多く当選したものと思う。その間、自分は機関誌編集や小説雑誌に小説を発表していたころ、自分がライブドアのネットニュース外部記者になったのを機に、彼もそれに参加した。そうしたら、自分はそれまでの商工会ジャンルの取材記者として、ものづくり世界を紹介してきた。それに対し、彼は日本文藝家協会を取材し、そこの広報部門として活躍の場を広げた。《参照:後藤新平がつくった世界最大級の似島検疫所(上)》いまは、日本の文明開化時代の歴史作家として活躍している。今だから、言えるが、直木賞作家の故伊藤桂一門下生による「グループ桂」というのには、定価がなかった。これは、これは門下生の習作テキストとしての立場をしめしたもので、発表作品ではない。そのため穂高氏も、自分も「グループ桂」に掲載作品を、売り込み向けに修正して、応募したり、出版社に持ち込んだりして未発表作品として採用されている。作品は商業誌に売り込むためだから、自分の生活や体験とは関係ない。自分も、作品を門下生から「手垢に汚れた文章」とか、「汚らしい世界」とか、強い口調で批判されたら、「これは印象に残るらしい」と出版社に持ち込むと、採用されたものだ。およそ、コピーラーターとは、皆が身近に感じる手垢にまみれた言葉で新しい概念をつくるのであるから、結構難しいのである。よく読み込まないとわからないような文は、誰にも読まれないで、泡沫文として消える。これはべつに、否定的な意味でいうのではない。自分のために書いているのが、他人に読ませるために書いているのかという意識の違いをいっているのである。

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2020年4月 8日 (水)

「2020年本屋大賞」の「流浪の月」(凪良ゆうさん)無観客発表会

 全国の書店員が選ぶ「2020年本屋大賞」が凪良(なぎら)ゆうさん(47)の小説「流浪の月」(東京創元社)に決まった。凪良さんは昭和48年、滋賀県生まれ。現在は京都市在住。平成18年に中編小説「恋するエゴイスト」が雑誌に掲載され、翌年出版された「花嫁はマリッジブルー」で本格的に作家デビュー。男性同士の恋愛を題材にしたボーイズラブ(BL)小説界で十数年にわたり活躍してきた。今回、一般文芸作品で初の単行本となった「流浪の月」で賞を射止めた。
 受賞作は、誘拐事件の被害者とされた小学生の少女と加害者として断罪された男子大学生の「その後」を描く。互いに深い傷を抱えたまま大人となり、15年の時を経て再会した2人の姿を通して、世間からは理解されない痛切な真実を浮かび上がらせる。東京創元社によると、昨年8月の刊行で、累計部数は36万部。
 2位は小川糸さんの「ライオンのおやつ」(ポプラ社)、3位は砥上裕將(とがみ・ひろまさ)さん「線は、僕を描く」(講談社)。翻訳小説部門は韓国の作家、ソン・ウォンピョンさんの「アーモンド」(矢島暁子訳、祥伝社)に決まった。
 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、今年の発表会は受賞者や報道関係者も出席しない無観客で実施。発表会の様子を撮影した動画が7日午後に大賞の公式サイトで配信された。

 

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2020年3月26日 (木)

赤井都さん3月「言壺便り」

■最近、どうでしょう=前回メルマガをお送りしたのは一か月前。そこからご時世がすっかり変わってしまい、あれは本当に一か月前だった
のか? と感じるくらい長い一か月になってしまいました。作る人なので、基本、インドアで、変わらずにむしろ集中して仕事が進んだりしています。とはいえ、変化といえば、うちへ豆本を作りに来るという海外とのお話が頓挫したり、アメリカの友人二組がちょうど桜の季節に来て本の街や紙屋さんを案内するはずだったのが、ギリギリで来られなくなったり、と影響はさっそくこうむってはいます。
  少人数の静かな集まりまで自粛したらやりすぎでは? と思い、自宅教室は来られる方の判断にも委ねながら、続けています。とりあえずドアノブなどのアルコール消毒をこまめにするようにしています。うちに来た人が、せっけん手洗いをまずさせられるのは、こうなる前からでしたのでそこも、変わりなく続いています。
  やはり、自分の好き! を持ち続けて、作り続ける、人に届ける。それで、毎日楽しくなって、時間を楽しむ、楽しんでもらう。そこに尽きるかなと、これまでの自分の軸を再認識するような形になっています。
  ただ、自分だけじゃなくて、周りも元気でないと話は進まずラリーから、グレープフルーツの函はまだ来ないんですよね。他の作品に取り掛かりながら、函を待っている次第です。少しずつの進行で、よろしくお願いいたします。
■スマホを持ちました=なんと、このご時世についにスマホを持ちました。便利でびっくりしています。小さくて、技術が詰まっている物を基本的に好きですので、さっそく楽しんで使っています。GPSが、位置がぴったりに表示されてすごいですねー。写真も勝手にきれいに加工されて、写真うまくなったかと自分が錯覚する出来栄えです。最近、ツイッター、インスタグラム、フェイスブックの更新が頻繁だなと気付いている方はいるでしょうか? 実は電車で移動中にスマホから更新したりするので、こまめ度アップしています。しかし、こまめすぎて、見る方がついてこられるのか、更新頻度はどれくらいが良いのか、疑問も持ち始めたところです。たぶん、ツイッターを見る人はツイッターを、インスタの人はインスタを、と好きなSNSは決まっているだろうから、私の方はどれと決めずに、それぞれに更新するつもりで、そのうちになんとなく感覚で話題を分けられるようになるのだろうか? その前に私が飽きてしまわなければ、もしくは、忙しくなりすぎなければ、ですね。こういう時だからこそ、インターネットでつながって、楽しみましょう。スマホ画面で見ていたら、ツイッターに、@ツイートのタブがあることに今さら気付き、1年前の@ツイートをようやく読んで、ほっこり&申し訳なさ抜群です。この春はスマホ一年生。とりあえず入れたアプリや、お気に入りのアプリいろいろ。おすすめアプリがあったら教えて下さいね。
(中略)歩数計や、毎日の天気、目覚まし、これは毎日使います。キンドルも入れて、3回くらい読んで、寝ながらでも読める楽さが、本の重さがなくてよいかんじでした。でも目が疲れますね。ニュースのページは、サクッと開けるけど、いっぱいギガを使ったよという警告が出るのであんまり見ないで正解?)《赤井都「言壷ニュース」》

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2019年11月21日 (木)

西村賢太氏「私の東京物語」(東京新聞・朝刊)に小学生時代の写真

 同人雑誌の歴史などは、多くの人に語られているが、現在の同人雑誌デビュー作家の西村賢太しについて、そのことはあまり記されていない。フリー百科事典によれば、履歴にそれが出ているーー。 2003年夏、同人雑誌『煉瓦』に参加して小説を書き始める。2004年、『煉瓦』第30号(同年7月)に発表した「けがれなき酒のへど」が『文學界』12月号に転載され、同誌の下半期同人雑誌優秀作に選出される。同年に『煉瓦』を退会。2006年、「どうで死ぬ身の一踊り」で第134回芥川賞候補、「一夜」で第32回川端康成文学賞候補、『どうで死ぬ身の一踊り』で第19回三島由紀夫賞候補となる。2007年、『暗渠の宿』で第29回野間文芸新人賞受賞。2008年、「小銭をかぞえる」で第138回芥川賞候補。2009年、「廃疾かかえて」で第35回川端康成文学賞候補。2011年、「苦役列車」で第144回芥川賞受賞。
 現在、東京新聞・朝刊の連載「私の東京物語」で少年時代のことが記されているが、本人提出の小学6年生時代の写真が出ている。おぼっちゃん風であるのが、現在の私小説の主人公のイメージと大いに異なるのが面白い。そこに、父親に話が出ている。父親は、事業を経営していて、外車を幾度も買い替えるほどであったというから、お金持ちのお坊ちゃんであったのであろう。その父が突然、犯罪を起こしたことで、人生が変わったという。そのいきさつは、《 作家・西村賢太!私小説作家イメージとその素材(4)》にもある。

 同人雑誌に書いていても、一度、世に出る機会があったら、次作にそれを出版社に出すためのものという前提で書きためにしておかないと、結局、その後の商業誌への継続出稿ができず、職業作家への道を狭めることになる。黒岩重吾は、デビュー後は、4~50篇の書きためがあったので、流行作家の波に乗れたと、どこかで語っている。公募の応募したならば、それが当選すると確信して、次作品を書き始めるという心構えが求められる。現代では、そのことは人に言わないがいいかも。笑われるであろうから。しかし、いくつも作品控え持っていることを、編集者に知ってもらえれば、彼の方から縁を切られる可能性は薄いものだ。

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2019年11月18日 (月)

赤井都・言壺便り「Hi, Mini Zine!」開催中

 赤井さんはもともとは、「群像」など純文学作家として、文芸誌公募の最終予選通過の常連であった。フリーマーケットで豆本を書き・作り、売るということをはじめてから、次第に豆本の国際的なメジャーになる。なにより、特別でありながら普通の充実した文学生活を送っているところが、すごい。がちゃぽんも、流行の兆しの段階で取り入れていた、感覚の鋭さがある。

          ☆

 言壺便り2019.11.18 No.159
~紅葉と小さな本号~
▽目次▽
■「Hi, Mini Zine!」開催中ー11/21(木)15~18時、在廊します!ーとっても大変な設営が、豆本がちゃぽんの優秀な人たちによって、奇跡のごとくすっきりと終わって、すばらしい展示になっています。11/24が最終日です。お見逃しなく!

 このカフェのドリンクはどれもおいしくて、私のお気に入りは、ビネガードリンクやハーブティーです。

こんにちは、豆本/Hi, Mini Zine!
東京~香港~上海 国際豆本がちゃぽん巡回展ーー日程:2019年11月1日(金)~11月24日(日)
開催場所:MOTOYA Book Cafe Gallery
住所:東京都渋谷区初台2-24-7
アクセス:京王新線 初台駅 中央口改札南口 徒歩8分、小田急線 代々木八幡駅 徒歩10分、千代田線 代々木公園駅 八幡口 徒歩10分、渋谷駅西口より京王バス 初台坂下バス停 徒歩3分
OPEN:水曜日~日曜日13:00~20:00 ※月曜・火曜 お休み
※入場は30分前まで ※要ドリンクオーダー

 香港、台湾と巡回してきた「国際豆本がちゃぽん巡回展」
東京での開催です。
上海(香蕉魚豆本 bananafish mini zine)・香港(蛋誌 eggwich)・日本(豆本がちゃぽんTokyo)のアーティスト約40名による豆本を中心とした手製本・Zineが、400冊以上集まります。(一部販売もしています)
何が出るかお楽しみな豆本がちゃぽんは、¥500で楽しめます。がちゃぽんのテーマは”hi / hello”
豆本がちゃぽんからの参加作家:赤井都、五十嵐彪太、木月禎子、奈良麻子、葉原あきよ、蓮月堂 ーー言壺便りについて  今年の終わりが見えてきて、新しいスケジュール帳が欲しいところです。やはりアナログ、ノートにペン書き派です。今年のスケジュール帳は、ところどころに絵を描きました。後で見返すと、イメージがそのまま蘇って、楽しいです。

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2019年10月12日 (土)

穂高健一「安政維新」が発売前に話題作

 穂高健一氏の歴史小説「安政維新」が10月15日発売予定だが、すでに購入できるという。長年、小説教室の講師をし、幕末歴史小説で新資料解釈で話題になったせいか、早くから注目作になっているようだ。《参照:釈たまご氏ー安政維新・穂高健一先生

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2019年8月27日 (火)

寝ている間に戦争が始まっていたー早乙女勝元氏

 昭和7年生まれの早乙女勝元氏は、眠っている間に戦争がはじまり、勝つと信じさせられて、東京大空襲にあい、ひどい目にあった。平和になったと思うまもなく、終戦5年目で朝鮮戦争がはじまったという。米軍はの戦争の間、米国から物資調達や軍備品の補修など、本国でやっていたら間に合わないので、日本で調達したため、日本は大忙しになった。生活のため、戦争に関連したための仕事とわかっていたが、工場で働いていたが、平和のために何かできないかと考え、20代で、小説を書いたら、それが認められ映画にもなって、20代で作家になったという。《参照:反戦は一人から始める勇気を!作家・早乙女勝元氏

 ニュースがあっても、隠したいことがあると、別の情報を流して、気づかないようにする。現在、日韓関係ばかりで、日本が米軍の基地化され、費用は日本の負担であることには触れようともしない。何十兆円も使いながらである。

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2019年8月 7日 (水)

小説に単行本と文庫本と、二回のチャンス=額賀 澪

 新人作家の単行本はびっくりするくらい売れないから」 「とりあえず、文庫が出るまで頑張って」
 家デビューした直後、いろんな人からそう言われた。二〇一五年の夏のことだ。それからおよそ三年がたち、私は十冊の単行本を刊行した。一冊出すたびに、「びっくりするくらい売れない」という言葉の意味を噛み締めることになった。
 文庫本の多くには、親本と呼ばれる元となった単行本が存在する。単行本が刊行されて数年たってから廉価版として刊行されることが多いが、最近は文庫書き下ろしという形で世に送り出される作品もたくさんある。
 大学時代、私はとんでもなく貧乏だった。飲食と家庭教師とライターのバイトを掛け持ちして、空いた時間で小説を書いて過ごしていた。書店に行っても、単行本の小説を買うことができなくて、もっぱら大学と街の図書館のお世話になった。文庫本でさえ、「この本を買うお金って一日分の食費より高いな……」などと考えながらレジに持っていった。
 普通の大学生に比べたら本を読む方だったはずの私でさえ、なかなか単行本に手を出せなかったのだ。自分の単行本がそう易々と売れるわけがない。しかし、ポジティブに捉えるなら、一つの小説に単行本と文庫本と、二回のチャンスがあるとも考えることができる。

週刊読書人ウェブ《新しい読者の入り口 作家・額賀 澪

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2019年7月15日 (月)

恩田陸氏ーー日本ファンタジーノベル大賞に応募してから就職活動

恩田さんは1991年に第3回日本ファンタジーノベル大賞に応募した『六番目の小夜子』で小説家としてデビューなさいました。その前後の思い出を伺えますか。

 恩田:子どもの頃から「いつか作家になりたいな」とは思っていました。でも、いまとちがって当時は、若い人が作家としてデビューできる機会は新人賞に応募することしかなかった。なぜか作家はみな年寄りだという固定観念があり、もし自分が作家になるとしてもずっと年を取ってからの話で、若いうちからなれるものだとは思っていませんでした。

 ところが第1回日本ファンタジーノベル大賞で私より1歳年上なだけの酒見賢一さんが、『後宮小説』という傑作でデビューした。そのことにものすごい衝撃を受けたんです。そうか、別に若いうちから書いてもいいのか!と思って応募したのが『六番目の小夜子』という作品でした。

 恩田:はい。就職していちばん嬉しかったのはハードカバーの本が買えるようになったことで、就職後の1、2年はその年に出たミステリー小説はほとんど買って読んでいたんです。でもそのうちに第一次OA化の時代がやってきて、職場の仕組みがアナログからデジタルへの移行ですさまじく忙しくなった。そのせいで本を読む暇もなくなってしまい、身体まで壊してしまったんです。

 そのときに、この小説を書き始めました。最初はどこに発表するつもりもなくノートに書いていたのですが、第2回日本ファンタジーノベル大賞の優秀賞を読んで、「私の考えるファンタジーはこれじゃないな」と思ったんです。「読者」としての自分は、よくある異世界もののような正統派のファンタジーではないものが読みたかったんです。じゃあ自分だったらどういうものにするだろう、と思って書き始めたのが『六番目の小夜子』でした。

 身体を壊したので勤めていた会社を辞めることになり、時間ができたのでひと月ぐらいで一気に書いて応募しました。締切が迫っていたせいか、かなり追い詰められていて、寝ると夢に「小夜子」が出てくるんですよ。「すいません。早く続き書きます」と登場人物に謝りながら書いていました(笑)。
 作品が出来上がったあとも、ノートに書いたものを原稿用紙に清書するため2晩くらい徹夜しました。それでも間に合わず、締切に間に合うよう先に半分だけ送り、残りは締切を過ぎてから送りました。失格にしないでくれたことに感謝しています。

 応募後、すぐに就職活動を始めました。まさかこの作品でデビューできるとは思っていなかったんです。いわゆる「記念受験」みたいなもので、作品を書き上げて応募しただけで気持ちがスッキリし、満足していたんです。

──応募作が本になることが決まったときはどんな気持ちでしたか。

 恩田:ファンタジーノベル大賞の最終候補になったという連絡がきたときは、もう再就職して人材派遣会社で働き始めていたので、賞に応募したことさえ忘れていて、とてもびっくりしました。

 連絡をくれた編集者の話によると、下読みをしてくれたのが私と同世代の人たちで、その評判がとてもよかったらしい。それで、たとえ大賞が受賞できなくても本にはします、と言ってくれたんです。自分の同世代に「こういうものが読みたい」と思ってくれる人がいたのは、やはり嬉しかったです。NHKでやっていた少年ドラマシリーズみたいな「ホラーっぽい学園もの」がみんな好きだったはずなのに、当時はそういう小説がそんなになかった。「こういうものが読みたい」という、「読者としての自分」の感覚は間違ってなかったな、と思ったことを覚えています。誰かの言葉で「作者は読者の成れの果て」というのがありますが、まさにそんな感じでしたね(笑)。

 恩田陸というペンネームは応募時につけたのですが、本が出ることが決まったときに「ペンネームを変えませんか」と言われたんです。他の名前を考えておいてくださいと言われ、いろいろ考えて別のペンネーム案を伝えたのですが、編集者の方に「なんだか恩田陸でもよいような気がしてきました」と言われて、結局そのままになりました。受賞に至らなかった作品が本になったわけですが、日本ファンタジーノベル大賞で候補まで残った作品で、私の他にもいろんな方がデビューしています。

出所=Presented by 幻冬舎ルネッサンス新社

 

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