2019年6月 7日 (金)

芸能か何かで名が知られてから作家になる

  女優・蒼井優(33)との結婚を電撃発表した「南海キャンディーズ」山里亮太(42)が執筆した短編妄想小説集「あのコの夢を見たんです。」(1500円+税)の重版が決定した。
 本作は月刊テレビ誌「B.L.T.」(東京ニュース通信社)に、2010年10月発売号から連載スタート。山里が旬な女優やアイドルを物語の主人公とし、妄想を膨らませて執筆した。今年で9年目となり、その数は60本を超えている。
 その中から16本を厳選し、加筆・修正をし1冊にまとめたのがこの本。4月12日に発売され、山里ファンはもちろん、幅広い世代から支持を受け話題となっていた。今回の結婚会見直後から人気が伸びて売り上げが加速。重版決定への追い風となった。
 山里は「僕の妄想は世の中の人に受け入れられなかったのではないだろうか…そんな思いを払しょくしてくれた朗報!!!『あのコの夢を見たんです。』重版出来!!!!!ひたすら嬉しいです。どうぞまだの方、手に取って読んでやってくださいませ」と喜びのコメントを出した。

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2019年6月 1日 (土)

第6回「暮らしの小説大賞」に平沼正樹氏「しねるくすり」

 産業編集センター主催の第6回「暮らしの小説大賞」の受賞作が平沼正樹氏の「しねるくすり」決まった応募総数は714件。

  作者コメント(抜粋)=この作品は私が書いた2作目の小説となります。最初の作品が第5回「暮らしの小説大賞」で一次選考を通過したことが大きな自信となり、本作を書き上げることができました。故に「暮らしの小説大賞」は私の人生において特別な存在となりました。ーー
 しかし一方で、ようやく私にもバトンが回ってきたという一縷の安堵と大きな責任を感じております。それは生命を形成する遺伝子のバトンではなく、私たちの暮らしのすぐそばにある尊い文化を継承するミームのバトンです。作家と呼ばれるようになりたいという夢と希望に満ち溢れた20代、しかし思い通りにならずもがき苦しんだ30代、そして夢は夢と諦めかけていた40代に遂にそれを手にすることができました。この気高きバトンを次の世代に託すその日まで、しっかりと握りしめて走りきる所存です。

ーー受賞作は今秋、単行本化される。平沼氏は1974年生まれ、神奈川県小田原市出身。現在、ウェルツアニメーションスタジオ代表。

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2019年5月20日 (月)

新刊「感情天皇論」で「天皇制の断念」を主張 大塚英志氏

 天皇制を断念しよう-。批評家の大塚英志(えいじ)さん(60)は四月に刊行した『感情天皇論』(ちくま新書)で、そんな主張をした。「天皇制はわれわれが公共性をつくることを妨げている」。日本で民主主義を機能させるために、導き出した結論だという。

 「近代より前の庶民は村の中で人生を終えることができた。誰かとすれ違ったら、あの人は誰ってすぐに分かる」。そんな暮らしは明治以降に一変した。「村から東京にやってきたら、隣の人が何を考えているかも分からない。そういう状態から、社会はどうあるべきかという公共性をつくらなければいけなかった」

 社会を築くためには言葉を闘わせ、ともに暮らせる条件をさぐる必要がある。「それが『みんなが天皇を好きだから』でおしまいになった」。戦前・戦中には「天皇」という言葉によって、国民は不合理な政策も受け入れるようになる。

 新憲法のもとでも、公共性をつくる難しさは変わらない-と考える。憲法第一条は天皇の地位について「主権の存する日本国民の総意に基く」と定める。「その総意を示す手続きがないのに、天皇は公共性を表していることになっている」

 大塚さんは二〇〇〇年代に入る頃まで、天皇制を認める立場をとってきた。「天皇は権威として権力の暴走を抑止する機能があるかなと思っていた」。考えを変えたのは、イラク戦争が起きた〇三年のとき。フセイン政権が大量破壊兵器を保有しているかどうかあいまいなまま、日本政府はイラクへの自衛隊派遣を決めた。「一つの主権国家を滅ぼすことが、言葉による合理性ではなく、感情で是とされてしまった」。社会の右傾化が言われ始めた時期とも重なり、「これは公共性をつくれなかったからなんだなって」。

 『感情天皇論』は日本の民主主義の難点として天皇制とともに社会の「感情化」を挙げる。「気持ちと気持ちが通じればいみたいなコミュニケーションが広がった」。感情に共感しあうことは議論で合意することとは違う。共感できない「他者」を社会から排除することにつながるからだ。

 大塚さんは「感情化」が天皇制を巻き込み、天皇の「象徴としての務め」のほとんどが国民に対する感情労働になっていると指摘する。「前の天皇の夫婦は最後まで立ったまま列車の中で手を振っていたけれど、あれがどれくらい人としてストレスがたまるか」参照《東京新聞=「感情」で社会築けぬ 新刊で「天皇制の断念」を主張 大塚英志さん(批評家)

 

新刊で「天皇制の断念」を主張 大塚英志さん

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2019年4月 6日 (土)

穂高健一氏の歴史小説を契機にアニメフェスタに展開

   穂高健一著「広島藩の志士」(倒幕の主役は広島藩だった)を契機としたアニメフェスタが開催された。穂高氏は、直木賞作家で詩人の伊藤桂一(故人)の門下生仲間であるが、なかなかの活躍ぶりである。《参照:幕末彼氏伝 = 広島国際アニメーションフェスティバル実行委員会 》歴史観というものが、案外と短い期間の間に恣意的に作られるということは、現在のメディア報道の変更に気づいていないようだ。この点は、現在の日本人は自覚が必要であろう。最近の例では、もっぱら朝鮮半島や中国の話題について、偏向していると思わせる。朝鮮半島の人々の問題意識の根底は、いかに統一国家にするかということで、日本との関係もそこを梃子に発想されているし、(その自覚がない人もいるであろうが、基本的には分断にある現状が正常でないことは確か)そこを解説した上で日韓、日朝問題を客観的に理解すべきではないか。とくに、拉致問題などは、当時の公安は何をしていたのかなど、(朝鮮戦争は休戦状態のなかで、戦時中ある)問題提起がない。

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2019年3月19日 (火)

諸田 玲子=時代小説を書き続けて見えてきた大切なこと

 勤めていた外資系の化粧品会社に冷淡にもリストラされたのは30代なかば。広報部にいたご縁で、テレビ関係の方から「暇ならやってみる?」と紹介されたドラマのノベライズの仕事に、気づけば没頭していて、このとき初めて自分は書くことが好きらしいとわかったんです。オリジナルの小説を書き始めたのは、40歳を過ぎてからでした。
 時代物というジャンルを選んだのは、身近な問題を掘り下げるより、それこそシェイクスピアのように、一つの枠組みの中で「物語」を作るほうが好きだったから。歴史の知識不足なんて、仕事で必要となれば必死に調べますから、いくらでも補えます。
 私はどの時代を扱った作品も書きますが、年代的には現代から遠く離れた平安時代が、実は現代ととてもよく似ていて驚きます。貴族社会は一種の成熟社会ですから、出世を求めてワイロが横行したり、それを取り締まる「マルサ」みたいな役人がいたり、豊かな家の息子が身を持て余して非行に走ったりもするんですよ。
 一方、そうした貴族の屋敷の塀の外には、極貧者を含めて種々雑多な人間がうごめいている。たとえばアラブやアジアの国を旅行すると、この町は平安京そのものだなどと感じることがあります。歴史は繰り返すといいますが、それは時間軸と空間軸を入れ替えてみても成り立つんですよね。歴史をそういう目で見られるようになったことは、時代小説・歴史小説を書いてきたおかげでしょう。
 そして、かつて欧米に憧れていた私は、いま日本と日本人が大好きになっている。「恥」を感じる心であったり、人としての「誇り」の持ち方であったり、一言で説明するのは難しいのですが、とても大切なものを私たちは長い歴史を通して継承してきたし、これからも継承しなければいけないと気づいたんです。でも、今の日本を見回すと、それができるかどうかちょっと心配です。
 グローバル化はもちろん大切ですが、だからこそ自分たちの文化を見つめ直してほしい。グローバル化をリードする上智の後輩たちには、とくにそれを望みたいですね。だから時代小説を読めとは言いませんけど(笑)。
★諸田 玲子(もろた・れいこ)作家
文学部英文学科1976年卒業。1954年静岡市生まれ。外資系企業勤務を経て、翻訳・作家活動に入る。向田邦子氏、橋田壽賀子氏、山田洋次氏等の脚本を小説にするノベライズに携わったのち、主として歴史・時代小説を執筆。1996年『眩惑』(ラインブックス)にてデビュー。2003年『其の一日』(講談社)で第24回吉川英治文学新人賞を受賞。2007年『奸婦にあらず』(日経新聞社)にて第26回新田次郎文学賞を受賞。2012年『四十八人目の忠臣』(毎日新聞社)にて第1回歴史・時代小説大賞作品賞を受賞。新聞連載をはじめ平安、戦国、江戸、幕末、昭和を舞台にした著書多数。最新作は『風聞き草墓標』(新潮社)。
  

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2019年3月15日 (金)

横山秀夫「ノースライト」作家の手練手管をすべて投入して

「人間がつぶれたままの状態でいることは自分には想像できないんです。たとえつぶれても、10、20年がたち、亡くなる直前になって、ふっと自分の人生に何かの益を見いだすことができたら、それもまた再起ですよね。見た目では分からない、本人が口にしない心の中の再起の兆しも、小説だったら秒単位でトレースできる」。だから人物の心の声を、緻密に、熱量をこめて描写する。

 「人間は人間を見誤る。見えなかったものがどこかの段階で見えてくる、それが人生なんだ-。自分がミステリーにこだわり続けるのは、そんな思いがあるからなんですよ」

 ■心理の普遍性

 雑誌連載は18年に終わったが「小説の求心力が作れなかった。職業作家の手練手管をすべて投入して書き直そうと思った」。結果、ストーリーは根底から変わった。単行本の冒頭には、連載に伴走し4年前に亡くなった編集者への献辞をかかげている。

 警察の広報官を描いた前作『64』は英推理作家協会賞インターナショナル・ダガー賞の最終候補となり、今年、独ミステリー大賞の国際部門で第1位に選ばれた。デビュー短編集『陰の季節』も近く英国で刊行される。「いわゆる日本的な組織と個人の関係に特化して書いてきた作品が、個人主義が発達した国々でも読まれているのに驚いた」。横山ミステリーの普遍性を物語る快事でもある。
 「『個人で生きる』という意志が強くても、みんな深層では、いろんなしがらみに縛られているのかもしれない。だったら、どんどん書いてやろう、と」
《参照:産経2019.3.13ライフ|本「横山秀夫さん、6年ぶり長編「ノースライト」 哀切なミステリー」》
     

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2019年3月12日 (火)

朝井リョウ氏=読んでもらう、楽しんでもらうことがモチベーション

当時はネットの小説投稿サイト黎明期で、私も例に漏れず作品をアップして見ず知らずの人から感想をもらったりしていました。それ以外にも、尊敬するさくらももこさんからの影響まみれの日常系エッセイをブログ的に書いて、アクセスランキングで1位になったこともありました。出版社への投稿って、最終選考にでも残らない限り何の反応もないんですよね。だから、身近な人に読んでもらったりネットにアップすることで反応を無理やりにでも生み出して、やる気を持続させていました。
《参照:幻冬舎ルナッサンス新社=「朝井リョウ!特別インタビュー」

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2019年2月28日 (木)

赤井都さん!最近、どう?

■最近、どう?
  一日が短いです、あいかわらず。時間はゆったりと流れているし、いろいろとあれもこれもした、というたっぷり感はあるのですが、一日は短い。生物ってなんで、食べること寝ることをしながらも、寿命があるんだろう? そうまでして生きるシステムなんだ。もしも私が石ならば……。けれど、石であっては得られない楽しみを知るために命があるのだろう。
  物は、生きている人の世界で必要。芸術も、命が求めること。そんなことを考える日々です。
 蔵書票と函のセミオーダーを始めました。本の形をした函に入った活版印刷蔵書票。お名前入りブック型の小函。大きな本型のボックス。
 セミオーダーをお請けいたします。本の形をした函が、生活の中にあると良いよねと思っています。蔵書票は、活版で刷るので、また良い味わい。絵柄が案外、本向きでいろいろ使いたいと思っています。《赤井都の豆本

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2019年2月14日 (木)

上田岳弘さん「ニムロッド」一人目の読者の言葉 支えに

  第160回芥川賞(日本文学振興会主催)に決まった上田岳弘さん(39)=「ニムロッド」(群像12月号)=と町屋良平さん(35)=「1R(いちラウンド)1分34秒」(新潮11月号)=が受賞を機に、心境の変化や作家生活を支えてくれた人々への思いを寄稿した。
  「作家になる人は時期がくればなる」。思春期の頃の僕は、過去にある作家がインタビューでそう言ったのを読んで、「そういうもんか」と素朴に納得していた。下手をすれば小説を書いていなくても、自然の流れでなるものかもしれない。そう思っていた節がある。元の発言をしたのは今回の芥川賞の選考委員の中のお一人だったから、受賞会見後の会合で直接ご本人にもこのことを伝えたら、腑(ふ)に落ちないような顔をされていた。いろいろと、僕は迂闊(うかつ)なんだと思う。
 さすがに一つくらい、小説を書き切らなければ作家にはなれないだろうと思い、一念発起したのが、20歳過ぎの頃。公募の新人賞の存在すら知らなかった僕は、初めての小説に取り組みながら、作品を誰に読ませようかと考えていた。そう悩むまでもなく白羽の矢を立てたのは、大
【参照:産経ー芥川賞に決まって 町屋良平さん、上田岳弘さん

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2019年2月13日 (水)

町屋良平さん(35)=「1R(いちラウンド)1分34秒」

  第160回芥川賞(日本文学振興会主催)に決まった上田岳弘(たかひろ)さん(39)=「ニムロッド」(群像12月号)=と町屋良平さん(35)=「1R(いちラウンド)1分34秒」(新潮11月号)=が受賞を機に、心境の変化や作家生活を支えてくれた人々への思いを寄稿した。
「 町屋良平さん…「好き」の気持ち まる子から」
 さくらももこさんが好きだ。昨年お亡くなりになったときは、なんともいえない、かなしいとも淋(さび)しいともいえない、形容しがたい気持ちになった。思えば、なぜさくらももこさんのことをこんなに好きなのかということすら、正確にはわかっていないのだった。
  インタビューに応じたとき「ご自身をちびまる子ちゃんの登場人物にたとえるなら?」という質問をいただいた。取材をうけるのがあまり得意でない自分は、(藤木かな…卑怯(ひきょう)だから…)などと一瞬考えたが、ふと思い直し「まる子ですかね」とお答えした。よくよく考えたらまる子の小賢(こざか)しいところや知恵の回るところ、しかし素朴なところはひたすら素朴で、物事の捉えかたが突然シンプルに感じられるところなど、まる子に似ているといえなくもない。ここまで書いてきてようやく気づいたのだが、まる子にはどのような人間もどこかで「自分に似ている」と思えるような、普遍的な「人格」というのが備わっているのかもしれない
【参照:産経ー芥川賞に決まって 町屋良平さん、上田岳弘さん

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