2009年10月26日 (月)

「本の学校」を運営、第57回菊池寛賞の永井伸和さん

 本と人とを橋渡しする人材の育成を目指した「本の学校」を1995年、鳥取県米子市に開いた。同市の米子今井書店(現今井書店グループ)経営者として、進む活字離れに危機感を持ったのがきっかけだ。書店と図書室、研修室を備える。読み聞かせ活動などに取り組む人に交流の場を提供し、文学講座も開いてきた。
 業界の若手を集め、書店の役割を考える会合も開催している。95年に開いたシンポジウムに「朝の10分間読書」を提唱した千葉県の高校教師を招いたのを機に、参加者らで普及のための団体が発足。全国の小中高校に広がった。
 書店は5代目で、生活の中に常に活字があった。自室も本で埋まり「家族はあきれてます」と苦笑。「紺屋の白袴で、読みたい本を開く時間がない」のが目下の悩みだ。
 受賞を喜ぶ一方、「ネット中心の社会で出版不況の出口は見えず、闇夜に船をこぎ出す思い」とも。理想はドイツの書店だ。書店員の多くが専門の職業教育を受け、読書家の好奇心に応える。「本と人の出会いを支える基盤づくりを」。情熱は尽きない。(09年10月23日、読売新聞・米子支局 大櫃裕一、写真も)

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2009年10月18日 (日)

 柳美里さん 『オンエア』 著者メッセージ

(講談社『BOOK倶楽部メール』09年10月15日号)
 『オンエア』は、取材を含めると、2年半を費やした長編です。わたしの作品では、『命』、『8月の果て』に次いで長い小説ということになります。
 20代、30代の女子アナを主人公にし、テレビ業界を舞台にしましたが、特殊な世界を描いたわけではありません。読んでいただければ、きっと、「自分と似ている」登場人物が見つかる、と思います。
 というか、読者のみなさんに、これは「自分の物語」だ、と思ってもらえる小説を書けなくなったら、わたしは書く意味がない、書くのをやめます、筆を折る。
 『オンエア』に登場する3人の女子アナは、不倫、セックススキャンダル、裏切り、という大きな危機に遭遇します。そして、敗ける。でも、挫けない。
 小説は、絶望の処方箋(みたいな小説もあるんでしょうが、わたしは読みもしないし書きもしない)ではありませんが、読者のみなさんが、登場人物と共に絶望し、絶望の最中で希望を見出す過程に参加することはできます。
 いま、辛いひと、いま、淋しいひと、いま、絶望しているひとと、再起への一歩を踏み出したい、と思って書いた小説です。どうか、読んでください。  (柳美里)

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2008年12月30日 (火)

デビュー作を「更新」 長野まゆみさん作家生活20年

「20年たっても変わらないのは、私の小説が分類される場所がないこと」作家の長野まゆみさんがデビュー20周年を機に『改造版 少年アリス』(河出書房新社)を刊行した。26万部のロングセラーとなっているデビュー作を“更新”した意図、この20年を振り返っての感想を聞いた。(山内則史)
 睡蓮の開く音のする満月の夜、2人の少年、蜜蜂とアリスが忘れ物を取りに学校に忍び込むことから始まるこの作品は1988年、文藝賞に輝いた。宮沢賢治を思わせる硬質で透明な幻想世界。「改造版」について「続編があってもいいという話から始まったのですが、その気持ちに全然なれなかった。テキストを解体して新しいものにすることに関心がいってしまった」と語る。
 オリジナルとは何か、という考え方が、自身変化したことが大きかった。「ネットの出現で、テキストの置かれている状態が変わってしまった。そこでは同じ設定、同じ内容でも、一番面白く、一番新しい状態のものが読者に支持され、オリジナルとして残っていくのではないでしょうか」
 あまり見かけない難しい漢字にルビを振る長野さん独特のスタイルが、改造版では影を潜めている。例えば〈凌霄花の蔓〉は〈ノウゼンカズラのつる〉に。視覚的な印象は、がらりと変わった。「表記も含めて、閉じられたアリスの世界を作るために盛り込んだいろいろなアイテムを取り払って書くのが、今回のテーマでした。それ以外の部分でちゃんと作り込んであるから、表記への執着はなくなりました」
 学校の忘れ物は別物になり、それが作品世界に奥行きを生んだ。結末は、新しい始まりを予感させる終わりに改稿された。表記は柔らかくなっているが、作品の結晶度、純度はさらに高まっている。
 デビューから10年ほどは、少年だけが登場する世界を繰り返し書いた。その世界を完結させるための「限定的な狭さ、ある種、閉じた感じにちょっと我慢できなくなって」世紀が変わるころから別の書き方を模索する。はっきり形になったのが2005年刊『箪笥のなか』(講談社)。「女性の一人称で書いてみたいという関心が出てきて、確信を持って書いたのがこの小説。最初のころは、女性を書くことすらしていません。自分でもまだ検証できていないのですが、年齢とも関係あるのでしょうか」
 『アリス』の改造で「重たい荷物をおろした」と感じている。今後は、「より開かれた世界を書いていきたい。小説を書いているほかの人々からも、さらに離れていくと思います」。20年の気負いを感じさせないところが、この人らしい。(08年12月26日 読売新聞)

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2008年12月21日 (日)

デビュー作を「更新」 長野まゆみさん作家生活20年

「20年たっても変わらないのは、私の小説が分類される場所がないこと」作家の長野まゆみさんがデビュー20周年を機に『改造版 少年アリス』(河出書房新社)を刊行した。26万部のロングセラーとなっているデビュー作を“更新”した意図、この20年を振り返っての感想を聞いた。(山内則史)
 睡蓮の開く音のする満月の夜、2人の少年、蜜蜂とアリスが忘れ物を取りに学校に忍び込むことから始まるこの作品は1988年、文藝賞に輝いた。宮沢賢治を思わせる硬質で透明な幻想世界。「改造版」について「続編があってもいいという話から始まったのですが、その気持ちに全然なれなかった。テキストを解体して新しいものにすることに関心がいってしまった」と語る。
 オリジナルとは何か、という考え方が、自身変化したことが大きかった。「ネットの出現で、テキストの置かれている状態が変わってしまった。そこでは同じ設定、同じ内容でも、一番面白く、一番新しい状態のものが読者に支持され、オリジナルとして残っていくのではないでしょうか」
 あまり見かけない難しい漢字にルビを振る長野さん独特のスタイルが、改造版では影を潜めている。例えば〈凌霄花の蔓〉は〈ノウゼンカズラのつる〉に。視覚的な印象は、がらりと変わった。「表記も含めて、閉じられたアリスの世界を作るために盛り込んだいろいろなアイテムを取り払って書くのが、今回のテーマでした。それ以外の部分でちゃんと作り込んであるから、表記への執着はなくなりました」
 学校の忘れ物は別物になり、それが作品世界に奥行きを生んだ。結末は、新しい始まりを予感させる終わりに改稿された。表記は柔らかくなっているが、作品の結晶度、純度はさらに高まっている。
 デビューから10年ほどは、少年だけが登場する世界を繰り返し書いた。その世界を完結させるための「限定的な狭さ、ある種、閉じた感じにちょっと我慢できなくなって」世紀が変わるころから別の書き方を模索する。はっきり形になったのが2005年刊『箪笥のなか』(講談社)。「女性の一人称で書いてみたいという関心が出てきて、確信を持って書いたのがこの小説。最初のころは、女性を書くことすらしていません。自分でもまだ検証できていないのですが、年齢とも関係あるのでしょうか」
 『アリス』の改造で「重たい荷物をおろした」と感じている。今後は、「より開かれた世界を書いていきたい。小説を書いているほかの人々からも、さらに離れていくと思います」。20年の気負いを感じさせないところが、この人らしい。(08年12月26日 読売新聞)

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2008年12月19日 (金)

世界性持つ『書き言葉』守る 日本語の将来を憂う 水村美苗さん(作家)

(2008年12月6日 東京新聞)作家、水村美苗(みなえ)さんが刊行した評論『日本語が亡びるとき 英語の世紀の中で』(筑摩書房)は、安閑として日本語を使っている私たちに、ショッキングな未来を突きつける「憂国の書」だ。 
「かつての日本には、世界のどこに出しても恥ずかしくない近代文学があった。読み継がれるべき言葉を日本語で継承していくために、何か手を打たなければならないんです」
 スケールの大きな本だ。水村さんは人類が六千年前、文字を発見してからの時空を概観する。そこには、自分たちが話す「現地語」ではなく、ラテン語など外部文明の「普遍語」で読み書きしてきた人類の長い歴史がある。「普遍語」に蓄積された叡智(えいち)を翻訳することで、「現地語」はやがて「国語」に進化する。
 英語がインターネットの後押しを受けて「普遍語」としての覇権を強める今、かつての「普遍語/現地語」の二重構造がよみがえりつつある。日本でも既に、自然科学はもとより、人文科学の分野でも、英語だけで論文を書く動きが水面下で進んでいるという。
 水村さんは一九六〇年代、十二歳のときに家族で渡米し、二十年間を米国で過ごす。もしもこのとき、日本の近代文学全集を親が持ってこなければ、その後の人生は違っていたはずだ。
 漱石に樋口一葉、森鴎外…。米国の暮らしになじめなかった少女は、漢字にルビが振ってあるのを幸いに、この全集を毎日、ひたすら読みふける。授業中に漢字と平仮名をノートに書き、その美しさに見とれた。「非西洋語圏で当時、文学全集があったのは日本だけ。私はエアポケットのようにそこに入り込み、出られなくなった」
 だから、米国の大学院に進むほど高度な英語力を身に付けながらも、水村さんは「日本語で近代日本文学を書く小説家」になった。漱石の絶筆を書き継ぐ『續明暗』をデビュー作に選んだのは、「近代文学をもっと読んでほしい」という思いからだ。
 水村さんは今、日本近代文学が存在したことを、「奇跡」と呼ぶ。
 明治時代、西洋思想を次々と翻訳する必要に迫られたことで、日本の言葉は世界性を持つものに変身した。翻訳では日本の現実に向き合えなくなった漱石らは大学を出て、自分たちの言葉をつくり出す。「明治の人たちは命懸けで言葉を選んだ。言葉が指し示す概念が何であるかを吟味した。そういうときにつくられる言葉の力はすごい。今の日本の言葉とは違う」
 本の最終章で、水村さんは日本語を守るための大胆な提言をした。一つは英語教育の時間を大幅に削り、その分を国語に振り向けること。英語は平等主義を捨て、「国民の一部だけバイリンガルにする」と発想を転換する。そして国語教育は日本近代文学を読み継がせることを主眼に置く-。
「一定の年齢までにある程度の難易度を持つ日本語に触れないと、『文章はこのぐらい困難な物であって構わない』という意識が育たない。話し言葉と変わらない物が文章だと思ってしまい、そうした言葉だけ流通すると、日本語は『現地語化』してしまう。世界と初めて共通概念を持った近代日本文学は、現在の価値観のパラダイムを変えることなく読めるテキストだと思う」
 薄っぺらい国語の教科書が最近、ようやく厚さを取り戻してきたことを知り、水村さんは本の中で書いた。《もっと過激に。もっともっと過激に》。熱い言葉から、日本語への愛情がほとばしってくる。 (石井敬)

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2008年12月15日 (月)

著者メッセージ: 西尾維新さん

 こんにちは、西尾維新です。2008年も残すところわずかとなりました。今年はみなさまにとってどんな思い出となりましたでしょうか。
  振り返ってみれば僕の場合、まあ明らかにオーバーワークな一年で大変でした。いくらなんでもそろそろ供給過多な感じですかね。この12月だけで考えても『真庭語』(講談社BOX)・『不気味で素朴な囲われたきみとぼくの壊れた世界』(講談社ノベルス)・『零崎人識の人間関係 無桐伊織との関係』(メフィスト掲載)・『ヒトクイマジカル 殺戮奇術の匂宮兄妹』(講談社文庫)・『蹴語 SIDE‐B』(パンドラ掲載)と目白押し。全部買ったら軽く6000円を越えます。破産しちゃうよ。
  さすがにいよいよ手を打たないとマズイ展開なのでちょっと対策を練りにかかりますという反省の弁をもって、今年の締めの挨拶とさせていただきます。それではみなさまよいお年を。(西尾維新)。(講談社『BOOK倶楽部メール』08年12月15日号)

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2008年12月 9日 (火)

ドゥマゴ文学賞の中原昌也さん「嫌いな仕事で貧乏だった」

 作家でミュージシャンの中原昌也さん(38)が、『中原昌也 作業日誌 2004→2007』(boid)でBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞し、選考委員の高橋源一郎さんと記念対談を行った。
 受賞作は、金に困りつつもCDやDVDを買い、苦しみながら小説を書く日常を、愚痴や泣き言でひたすら書きつづった日記作品。現在は断筆し、音楽活動に専念中の中原さんは「今の時代は嫌いなことをしてお金をもらうか、好きなことをして貧乏かのどちらか。それなのに自分は書くという嫌いなことをしていてかつ貧乏だった」と語り、高橋さんを苦笑させた。
 「今は書いてたときより生き生きしてますよ」と独特の冷めた口調で語る中原さん。高橋さんは「それでも今の日本文学を本当に支えてくれるのは中原君しかいない。戻って来たらいつでも声を掛けてください」と応じ、対談を終えた。(08年12月8日 読売新聞)

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2008年12月 6日 (土)

孤独だが無限に自由に 『心の虚空』が原動力 片岡義男さん(作家)

【土曜訪問】(08年11月22日 東京新聞・栗原淳記者)
 小説家は、どんなふうに作品のアイデアを思いつくのだろうか。片岡義男さん(68)の最近の著作を読むと、物語が生まれる瞬間に立ち会うことができる。
 六月に刊行された『白い指先の小説』(毎日新聞社)は、小説を書こうとしている女性を主人公にした連作短編集。作家やフリーランスのライター、小料理屋の女将(おかみ)などさまざまな肩書の女性が、日常生活の中で物語の発端を見つける四編を収録する。主人公が構想するストーリーが並行して展開する「作中作」の仕掛けに引き込まれる。
 一九七五年、現代日本の若者の感傷を疾走感みなぎる筆致で描いた「スローなブギにしてくれ」を発表、作家活動を本格スタートした。デビュー小説はそれに先立つ七三年に書いた「白い波の荒野へ」。ハワイを舞台にしたサーファーたちの物語である。
 デビュー前の時代を振り返って書いたのが、前作『青年の完璧(かんぺき)な幸福』(スイッチ・パブリッシング、二〇〇七年)。時は六六-六七年。雑誌を中心に原稿を執筆しているフリーランスの男性ライターを主人公とする短編集で、主人公はいずれも小説を書こう、書かなければと思っている。「登場人物の感じや時代背景は当時をそのまま描きましたが、僕は主人公のようにはしっかりした青年ではなかった」と笑う。
 一方でこの短編集には、片岡さん自身が小説を書くときに、どこに物語の発端を見つけるのかが示されている。
 例えば収録作の「かつて酒場にいた女」。主人公が通うバーのママは元映画女優で、酒場にいる自分を小説に書いてと求める。そのママが、急きょ映画の世界に復帰することになった。
「それまで具体的な現実の存在だった彼女が、急にスクリーンだけに映る幻の人になってしまう。存在が遠のいて抽象化されてしまうわけです。その体験が、主人公にとっての物語の入り口になるかな、という物語ですね。彼は、彼の言葉の中にしか存在しない女性をつくり出すことができる」
 女性から現実味や具体性が失われ、抽象性を帯びた虚空のイメージに変わる。記憶の中に開く風穴のような喪失感が、小説を書く原動力になる、と片岡さんは話す。
 四編を読み返し、これから小説を書こうとする主人公たちはみな幸せそうだ、と感じたという。
「書くための基本的な材料は作家の頭の中にある。小説を自分一人で書き続けなければいけない。作家は孤独だけれど、たいへんな自由が与えられている。無限に自由な状態で物語をつくっていく。これは作家の特権です。自分を材料に幻の人をつくり出すわけですから、これほどぜいたくで、自由なことはない」
 うらやましいほどに孤独で自由な駆け出しの小説家たち。題名の『青年の完璧な幸福』には、そんな主人公へのエールも込められている。 

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2008年12月 5日 (金)

第56回菊池寛賞を受賞する 宮尾登美子さん(82)

「60年前、小説を書き始めたときから耐えて前進する女性に引かれてきた。その軌跡を認めてもらったのでしょう」。芸の道を極めた「一絃の琴」や「陽暉楼」、歴史の転換期を生きた「天璋院篤姫」……ヒロインたちの凛々しさがこの人と重なる。
 「女の生き方という命題」を得たのは、専業主婦だった母が、離婚後、生き生きと食堂経営をした姿へ感銘を受けたから。大陸の難民生活や結核との闘病を経て22歳で文学の道を目指した。だが、36歳で新人賞を受賞するも10年間は鳴かず飛ばずで、「惨めでつらい挫折も経験した」。
 徹底的に文章を磨き、プロ作家になれたのは47歳で太宰治賞を受けた「櫂」。芸妓紹介業の家で育った少女時代の自分と、優しかった母がモデルだった。「今でもね、母が恋しくなる」
 NHKの大河ドラマ「篤姫」始め、作品の大半が舞台や映像になった。「24年前の本が今年、全国的な広がりとなったのは女性が社会で認められてきたからでしょうね」とほほえむ。1年前に夫が他界、「錦」の刊行後、寂しさのあまり筆を止めていた。「来年は仕事のことも考えたい」。受賞が励ましとなった。(文化部 佐藤憲一)(08年12月4日 読売新聞)

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2008年11月26日 (水)

野間文芸新人賞・津村記久子さん「受賞詐欺」かと…

 受賞決定の一報を受けた時、「“受賞さしてあげる詐欺”みたいのかな、と思った」。第30回野間文芸新人賞に『ミュージック・ブレス・ユー!!』(角川書店)が決まった作家の津村記久子さん(30)が、記者会見で戸惑いを見せたのには訳がある。
 受賞作は、音楽が大好きな高3の女の子アザミの生活を丁寧に描く青春小説。だが、本人いわく「女の子がダラダラしているだけの話」とも言えるからだ。「本になるとも通用するとも思っていなかったので、今ここにいることがとても不思議です。アザミは何にも達成しないし、ロマンスもなければ妊娠もしない。でも私は、何もしない、何も持っていないことを肯定する小説が書きたかった」
 選考委員の松浦理英子さんは「単なる青春小説ではない。日常を、社会を、もっと大きな視点で描いている」と高く評価した。
 太宰治賞で3年前にデビュー。会社勤めの傍ら、働く女性の生活感に根ざした小説を書き、最近2回の芥川賞で連続して候補になっている。
 『宿屋めぐり』(講談社)で野間文芸賞に決まった町田康さん(46)と同じ、大阪・今宮高校の卒業。会見場で、同新人賞の選考委員でもある大先輩と対面し、感激の面もちだった。(08年11月25日 読売新聞)

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2008年11月22日 (土)

著者メッセージ: 畠中恵さん『アイスクリン強し』

 (講談社book倶楽部メールマガジンより)
 ごうごうと、いつも強く風が吹く地に生まれたら、それを苦とも不思議とも思わずに、あっけらかんと日々を送れるものでしょうか。
  激動の明治の世しか知らないこの話の主人公達は、文明開化の世の中で、悩んだり突っ走ったり、小さな謎を解いたりしています。
  江戸のことを書いた時にも思ったのですが、時代が変わっても、常に変わらぬ何かというものは、確かにあると思います。この話に出てくる主人公達の悩みや、明日への希望や、親や友や気になる相手への思いなどは、それこそ百年、千年経っても繰り返されてゆくものなのでしょう。
  しかし、時と共に変わるものもあります。今回書いてみてつくづく思ったのですが、明治という時代の変化は並では無かった。
  食べ物や着ているもの、髪型、果ては人の考え方までが、ほんの二十年ほど前とは大きく違う世の中になったのです。電柱が立ち馬車が走り、住んでいる町の姿も別物となっていきました。毎日の暮らしが、根底から揺さぶられ続ける中で暮らす為には、タフでなければならなかったに違い有りません。
  そういう世の中にくたびれるか、面白いと思って突っ走るか。主人公達は
 時々、ちょっぴり困りながらも若さにまかせ、そんな時代をやんちゃに生きております。   (畠中恵)

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2008年11月16日 (日)

著者メッセージ: 桜庭一樹さん

直木賞受賞後初の書き下ろし長編1000枚。『ファミリーポートレイト』
(講談社book倶楽部メールマガジンより) 
  桜庭一樹です。こんにちは!今年の5月から約3ヵ月間、新宿二丁目の、密造酒を作る穴倉みたいな部屋にこもって、この小説を書いていました。するとなぜだか、妖怪であったかの ようにものすごい勢いで髪が伸び、書き終わって「できたー!」と顔を上げたら、「……あれっ?」ロングヘアになっていました。各社の担当さんたちも「頭、どうしちゃったんですか!」とビックリしていました。ショートヘアだったのに!
 (その後、怖くなってちょっと切りました……)そんなこんなで(?)完成した最新長編『ファミリーポートレイト』は、読めば「確かに作者の髪も妖怪のように伸びただろうなぁ……!」と納得していただける、“狂気と書いて愛”が疾走する暗黒の家族小説です。『赤朽葉家の伝説』『私の男』に繋がる物語として、また新たな代表作として読んでいただければうれしいです。

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2008年10月25日 (土)

小説で泉鏡花文学賞に決まった横尾忠則さん(72)

 泉鏡花は、江戸川乱歩やベルヌらと並んで好きな作家の一人だ。その名を冠した賞に決まり、「過去の受賞者はすごい人ばかり。僕は初の“ド素人”受賞者ですよ」。アトリエで、ちゃめっ気たっぷりに語った。
 受賞作『ぶるうらんど』(文芸春秋)は、死後の世界をこの世にも似た穏やかで不思議な世界として描いた短編集。きっかけは、知り合いの編集者の「小説を書きませんか」という一言だった。「そのときはすぐ笑って断りました。でも、寝る前にふと気になって」。翌日、1編目を一気に書き上げていた。
 兵庫県西脇市出身。かつてはグラフィックデザイナー、今は画家として、聖と俗、夢と現実が混在する独特の画風を確立し、世界的にも評価は高いが、昨年、「隠居宣言」。今は気持ちの赴くままに絵筆をとる。その合間につづった受賞作を、村松友視選考委員は「軽やかで柔らか。ここに今の横尾さんの精神の中枢がある」と評した。
 次作について聞くと、「上手におだててくれたら、書くかも分からんよ」。古希を超えてなお少年のような笑顔を見せた。(文化部 金巻有美)(08年10月24日 読売新聞)

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2008年10月 7日 (火)

柳楽優弥が純愛小説を発表!ドラッグにおぼれる主人公の闇と愛

柳楽優弥が原案の小説「止まない雨」(SDP出版)が、11月5日に発売されることがわかった。
 物語は宅配会社のドライバー松本桂二とカフェのウェイトレス立花理美の愛の物語を軸に描かれる。アパートで同棲生活を送る二人だが、職場のトラブルで解雇された桂二は酒におぼれ、ドラッグに手を染め、闇の世界で暗躍してしまう。しかし、彼を信じて待ち続ける理美にも病魔が襲いかかり、桂二は理美との愛を取り戻すために彼女のもとへ駆け付けるという純愛物語だ。
 本小説の原作者となる柳楽は、本作についての思いを「僕も18歳になって、いろいろな経験をしてきました。人に言えることや言えないこと、いろいろあります。今回の小説のストーリーは、今まで見たりしたことなどが多いです。それと想像。桂二という名前にも思い入れがあります。1番好きだけど、1番嫌いな名前でもあります。複雑な思い入れなんです。なぜ、桂二という名前にこだわったかと言うと、複雑な思い入れのある名前を自分が演じたいと思ったから。僕が桂二という名前の役を演じて、誰かに何か感じてもらいたかったから。もし、ほかの俳優が桂二という名前を演じていたら、嫉妬します」と語り、主人公の桂二に自分の姿を投影した渾身の作であることを語った。
 柳楽といえば、記憶に新しいのが急性薬物中毒で病院へ搬送されたことで今後の動向が注目されていた。一時は自殺とうわさされたが、家族と言い争いをしている最中に、処方されている安定剤を衝動的に飲んでしまい、自ら救急車を呼んだとオフィシャルサイトで公表し復帰が待たれるところだった。
 一部報道では、柳楽の薬の常用を疑うものもあったが、今回の小説では、あえてドラッグにおぼれる主人公を描くという挑戦的な創作物を発表した、彼の勇気と事務所の決断を評価したい。
 役者としても繊細でありながらもかつ大胆。自分の現在の人格や生き方を役に投影していくタイプだ。本作の創作にあたって「複雑な想い入れのある名前を自分が演じたいと思ったから」と動機を語る柳楽が桂二を演じる姿を見る日はそう遠くはないかもしれない。
「止まない雨」は原案・作:柳楽優弥、執筆協力:井上凛、11月5日発売 1200円+税(予価)SDP出版刊

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2008年10月 6日 (月)

『文芸時評 1993-2007』=川村湊・著(水声社・5250円)

今週の本棚:沼野充義・評 (毎日新聞 08年8月17日 東京朝刊)
  ◇現代文学の頼もしい案内役
 文芸時評はもう要らないのではないか、という懐疑的な意見をよく耳にするようになった。しかし、文芸時評はまだ着実に続いているだけではなく、それが持続し、積もり積もると時代の記録としてかけがえのないものになる。かつての文芸時評の巨人、平野謙や江藤淳の例は引き合いに出すにはもはや遠すぎるとしても、最近でも、『産経新聞』に掲載された時評をまとめた荒川洋治の『文芸時評という感想』(四月社)、『東京新聞』などの新聞三社連合で配信された時評をまとめた菅野昭正の『変容する文学のなかで』(全三冊、集英社)といった優れた仕事がある。そこに新たに付け加わったもう一つの雄弁な声が、本書にほかならない。
 これは川村湊氏が『毎日新聞』に掲載してきた文芸時評を集大成したもので、十五年間休むことなく続けられた結果、二段組で六三〇ページを超える大冊となった。索引を見ると、言及された人名が八百名を超え、作品数は千六百点以上。壮大な現代日本文学のパノラマがここにある。富岡幸一郎氏がすでに指摘しているように、いまだに書かれていない現代文学史に代わる記録として本書が持つ意味は大きい。
 川村氏の時評の際立った特徴をあげると、第一に、主な批評の対象をその月の文芸誌に限るという一貫した姿勢がある。これは本来、文芸時評の基本のはずだが、最近は文学概念の拡散の結果、マンガやケータイ小説もあわせて論ずる批評家もいるくらいだから、川村氏の方針は禁欲的にさえ見える。この「ぶれない」姿勢のおかげで、「奇をてらわず、定点観測を心がける」という川村氏の初志がみごとに貫徹された。
 第二には、作品中心主義。社会的な状況が論じられないわけではないが、作品の読解と評価があくまでも中心になっている。たとえば大江健三郎がノーベル文学賞を取っても、「直接的には『文学』の問題と関(かか)わりない」と判断して時評では触れないのに、その数ケ月後に完結した大江氏の長編『燃えあがる緑の木』については大きなスペースを割いて論じている。こんなふうに時の話題という誘惑を振り払うのは時評家にとって容易なことではない。
 第三には、現代日本における多言語的・越境的要素やアジアに対する目配りが優れていること。新しい日本文学の光景を切り拓(ひら)いてきた笙野頼子、多和田葉子、車谷長吉、町田康、舞城王太郎といった作家たちの仕事を丹念に追っている一方で、在日朝鮮人作家、金石範、沖縄の作家、崎山多美、アメリカ出身の日本語作家、リービ英雄などにも一貫して光が当てられている点が注目に値する。
 『文芸時評 現状と本当は恐(こわ)いその歴史』(彩流社)という浩瀚(こうかん)な研究書を刊行した吉岡栄一氏によれば、最近の時評は「甘口」になっているというのだが、最後に川村氏の時評のもう一つの特徴を付け加えれば、決して甘口ではなく、手放しで褒めているものが意外に少なく、たいていの場合欠点の指摘や苦言が盛り込まれている、ということだ。昔の文芸時評が言いたい放題の悪口や個人的趣味の誇示のせいでより辛口に見えたのは、仲間内で成り立つ「文壇」という制度に支えられていたからではないか。しかし、作品の長所と欠点の両方をバランスよく示す優しくも厳しい川村氏の言葉は、文壇崩壊後の時代に、仲間内ではない読者に向けられた開かれたものだ。だからこそ、この文芸時評は現代文学の頼もしい案内役として、まず読者に必要なのである。

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2008年9月29日 (月)

筒井康隆さん「ファウスト」にライトノベル「ビアンカ・オーバースタディ」の連載

 作家の筒井康隆さん(73)が、若者向けの文芸誌「ファウスト」に、初のライトノベル作品「ビアンカ・オーバースタディ」の連載を始めた。1967年の「時をかける少女」など、デビュー当時はジュブナイルと言われた若者向け作品も手がけており、発表の記者会見では、「先祖返りで原点に戻ってみた」と挑戦意図を説明。
 現代の中高生向け小説「ライトノベル」とその元祖ジュブナイルは「本質的に変わっていない」というが、生物研究部員の女子高生が禁断の実験に挑む同作は、性的なことは忌避するライトノベルの鉄則を意図的に破るなど、筒井さん的な毒の過激さに、今の若者もたじたじとなりそう。
 会見会場が東京・秋葉原のメイド喫茶だったこともあって「萌え」についても問われたが、「こういう喫茶店には来たことはないが、『萌え』に感情移入はできる」と怪気炎を上げていた。(08年9月24日 読売新聞)

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2008年9月21日 (日)

今年上期の芥川賞候補・磯崎憲一郎さん(43)目指すのは「自分」など超越した世界

 <日本に帰るまえに、どうにかしてアメリカの女と寝ておかなければならない。>
 今年上期の芥川賞候補になった「眼と太陽」は書き出しから読者を引き込み、一文一文を味わう楽しさに満ちた意欲作だ。
 「芸術には無条件にこの世界を肯定したいと思わせる力がある」と感じ、会社員生活のかたわら、数年前から小説を書き始めた。中高生時代にはロックにはまり、大学から30歳ごろまで打ち込んだのはボート競技。最初の一文を書くまでに時間をかけ、「初速の推進力」で「こうとしか書けない文章」を追求する。
 12歳、8歳の娘と一緒に見た宮崎駿監督のアニメ「崖の上のポニョ」の中で、波の上をポニョが走るのを見た人々が「助けなきゃ」とは思っても、誰も「おかしい」と思わない場面が印象に残ったという。「小説と同じ。ありえないことが文章になったとき、現実の方が小説に引っ張られる、そういうものを書きたい」
 目指すのは「自分」など超越した世界の美しさを小説で表現すること。だから、「自意識の小説だけは書かない」。きっぱり言い放つ。(金巻有美)(08年9月16日 読売新聞)

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2008年8月30日 (土)

「RURIKO」 林 真理子さん

当時は、田舎の小さな町にも映画館があった。夕涼みがてら家族で出かけ、美男美女が演じる華麗なドラマに胸ときめかす。「郷里の山梨で幼いころ私も垣間見た、あの世界の『におい』を出せたら」。銀幕スターが輝いていた昭和30年代。その舞台裏に恋愛小説の名手が迫った。
満州(現中国東北部)で実力者、甘粕正彦から「将来、ぜひ女優に」と見込まれた信子。帰国後、十代半ばで日活の主役募集に合格。浅丘ルリ子の名でトップ女優に育っていく。共演男優や監督と映画そのままの恋愛を重ねながら。
 本人らに取材した交友関係をもとに想像を膨らませ、「9割5分は創作」。とはいえ、石原裕次郎やライバルの小林旭、女王・美空ひばりらの栄光と孤独が交錯し、映画全盛期の熱気と人間模様が生々しく伝わるから不思議だ。「超ビッグなスターが全部つながってるのだから面白い。こんなしゃべり方だったのではと書き分けるのが楽しかった」
現在、林真理子版の源氏物語を執筆中。「1000年前も昭和の時代も、メールや携帯が幅をきかせる今にはない男と女の物語があった。テレビ全盛の時代のスターは小粒だし、ルリ子さんのような存在はもう出ないでしょうね」(角川書店、1500円)(佐藤憲一)(08年7月22日読売新聞)

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2008年8月20日 (水)

桐野夏生さん「東京島」に4年の歳月

「逆ハーレムって、男の人も困るでしょうね」桐野夏生さんが、無人島に漂着した人々のサバイバル劇を生々しく描き出した小説『東京島』(新潮社)を発表した。「どこまで自由に無から有を生み出せるか」試みた意欲作だ。(佐藤憲一記者)

 自身最長の4年の歳月をかけ、初めての文芸誌掲載作にもなる。締め切りなど制約も多い小説誌や週刊誌での創作に比べ、「『新潮』の編集者から何をやってもいいといわれ、締め切りも縛られなかったので、自由で楽しい仕事だった」と振り返る。
 物語のヒントは、太平洋戦争末期、孤島に流れ着いた約30人の男性と一人の女性が7年間暮らし、「南島の女王蜂」などとスキャンダラスに報道されたアナタハン島事件だ。桐野さんが現代のフィリピン沖に創造した無人島には、日本人夫婦に23人のフリーター集団、11人の中国人が次々と流れ着く。
 救援の船をひたすら待つ人々が島に名づけたのはトウキョウ。日本の若者たちは、仲のいい人同士で、ブクロ(池袋)、ジュク(新宿)などの集落に分かれて、生きがい探しに走る。
 「ロビンソン・クルーソーのように何かが欠乏したり、収容所もののように閉じられた空間で人が変わっていく話が好きなんです。自分がそんな耐乏生活するのは嫌ですけど」と笑う。
 たくましく自活の道を見いだす中国人グループに比べ、強いリーダーを見いだせない日本の若者たち……。島の中にはオダイバや危険な廃棄物の捨てられたトーカイムラまである。「今時の人たちが、無人島暮らしをしたらエセ東京を作りそうだと思っただけ」というが、トウキョウは、現代の縮図のようにも見える。
 40代の一人の女性に対して30人余の若い男という逆ハーレムの状況に置かれる清子は、男たちの寵愛(ちょうあい)を受ける絶頂期と異端として排除される凋落(ちょうらく)期の間を浮遊し、やがて島と同化する。
 「力はなくても、サバイバルの本能を全開にし生き抜いていく清子のしたたかさや荒々しさを描きたかった。図らずも妊娠してしまう女という体のうっとうしさも含めて」
 実はこの1年ほど、「小説の書き方を忘れたようなスランプ」だったという。妻の壮絶な嫉妬(しっと)に苦しむ夫を実体験を元に描いた島尾敏雄の『死の棘』を別の雑誌連載の関連で再読、その「毒にあたった」からだ。「現実の怖さに比べフィクションがどれだけ強いか、虚構の中のリアリティーは何かと考え込んでしまって……」空間的に閉ざされた『東京島』の場合、深く深く掘って鍾乳洞を発見するような収穫があった」と語る。つまり、限定された舞台でも自在に物語を深める手段を得たということだ。「不自由の中の自由を知って、変われるような気がする」という作家は、楽園のような島に飽きたらず、漂流を続ける。(08年6月3日 読売新聞)

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2008年8月10日 (日)

井上荒野&江國香織、直木賞受賞記念対談(分載の2) 

井上 ネットの読者書評を読むと、「この人の書くものは不倫ばっかりだから気分が悪い」とか書かれていたりする。みんな不倫が本当に嫌いなんだね(笑)。でも、それは「ある」ことでしょう。恋愛も生活も、相当に不穏なものでしょう。みんな不穏なのに、そこを見ないようにしている。実生活では見ないようにしててもいいんだけど。
 江國 そう。でも、小説では見えないとつまらない。私は、道も何もない「荒野(こうや)」というものが好きで、自分が荒野に立っていると思うと安心するんです。道があると道に迷うけれど、道はないと思えば、迷うこともない。けれど世の中には、道やルールがあるということで安定すると思っている人たちがたくさんいる。私はそういう人たちの心を、小説で揺らしたい。
 井上 安定が不安定よりすばらしいとも思えないし。
 江國 こういうふうに考えるのって、性質としかいいようがないけれど、家庭環境もあったと思う。
 井上 両方とも父親がものを書く人だから、一般論じゃない言葉というか、常に自分の言葉じゃないと駄目なところがある。大体こういう風に書けばいい、ということが小学校の時から絶対許されなかった。
 江國 私も小学校1年生のときの絵日記で「今日は花火をしました」と書いたら「日記は今日のことに決まってるんだから『今日は』で書き始めてはいけない」と言われた。「私は」って書いたら、今度は「私のことに決まってる」って。
 井上 過酷だよね。
 江國 でもあの絵日記はとても勉強になった。
 井上 小説を書き始めるときって、ものすごいエネルギーがいる。決意というか、何かをグッと押し込むみたいな力が。入るときって何か風圧を感じるよね。
 江國 当たり前だけれど、書き出す前には、これから書く物語はまだこの世のどこにもないから、自分でもその世界を信じられない。でも書き始めたら、現実より小説の方が本当であるような気がしてくる。
 井上 そうやって、書いていて思いがけないところに行けるのは喜びの一つだよね。書くためには本を読むこともすごく大事。読むことによって書く力を得るところもある。だけど、自分が弱っていたりへこんでいたりすると読むためのエネルギーを出すのも大変。
 江國 エネルギーって使わないとたまらないものね。書き続けていると、美点であれ欠点であれ、どうしても同じようなものが出てきてしまう。それとも闘わなくちゃいけないし。
 井上 そう。書かないと書けるようにならないし、書いていると、勇気が少しずつ蓄積されていく。
 江國 勇気か。でも、私たちはもともと物語に対してだけは勇敢じゃない?
 井上 私たちはいろんなことを全部絶対的に考えるように育てられた。「隣の何とかちゃんを見てみなさい」とは決して言われなかった。他人と違うからといって不幸になることもなかったけど、安易に幸せにもなれなかったというか。
 江國 私たちの家は絶対評価の家だったからね。だから、相対評価ができない。ずいぶん昔、そのことが不安で友達に話したら、「それならいつか宗教にすがるようになる」って言われて、すごく怖かったの。宗教こそ絶対的なものだから。でも、その後、絶対評価のものは宗教のほかに恋愛があるって分かった。恋愛って、周りがどうであろうと自分の評価でしかない。そう考えてみると、小説を書くということも、絶対評価かもしれないね。
 井上 うん、宗教の代わりに小説を書いてる。
 江國 小説と恋愛があればいいんだよね。
 井上 恋愛もいっぱいしてきたし。
 江國 うふふ。そのとおりです。
(08年8月8日 読売新聞)

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2008年8月 9日 (土)

井上荒野&江國香織、直木賞受賞記念対談(分載の1) 

 (08年8月8日 読売新聞)
『切羽(きりは)へ』(新潮社)で直木賞受賞に決まった井上荒野さん(47)と4年前に同賞を受けた江國香織さん(44)は、同じころにデビューし、親交を深めてきた。ともに作家の父を持つ2人に小説観、恋愛観を語り合ってもらった。
               ☆
【いのうえ・あれの】1961年、東京生まれ。父は「全身小説家」と言われた作家の井上光晴。89年、「わたしのヌレエフ」で第1回フェミナ賞。2004年、『潤一』で島清恋愛文学賞。著書に『もう切るわ』『だりや荘』『しかたのない水』『ベーコン』など。

【えくに・かおり】1964年東京生まれ。父は随筆家の江國滋。89年「409ラドクリフ」で第1回フェミナ賞。04年『号泣する準備はできていた』で直木賞。著書に『きらきらひかる』『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』『がらくた』など。

 『切羽へ』 かつて炭鉱で栄えた九州地方の島を舞台にした恋愛長編。画家の夫と仲むつまじく暮らす島の小学校養護教諭セイは、ある日東京からやってきた若い男性教師・石和にどうしようもなく引かれていく――。
               ☆
 江國 直木賞、本当におめでとう。これで二人とももらえたね。
 井上 ありがとう。私は長い間思うように書けなくて、江國さんの小説だけじゃなくて、ほかの人の本も読めない時期もあったから、こうして一緒の賞をもらえて本当にうれしい。
 江國 賞を取ると、これまで読んだことがない人も本を買ってくれたりするし。
 井上 郵便屋さんからも「おめでとうございます」と言われた。でも、すごくありがたいんだけど、これまでの作品と受賞作とそんなに部数の差が出るほど違うとは思わないから、直木賞ってすごいなあ、と思うと同時に、ちょっと釈然としないというか……。
 江國 うんうん。
 井上 最初に会ったのは、1989年のフェミナ賞の授賞式だったよね。二人とも、何に対してムッとするかというところが似ていた。食い意地がはってるところも。それと私たち、場当たり的な言葉に厳しいよね。
 江國 言葉って大事。仕事の話でも与太話でも、ちゃんとそこで考えてそこで言葉を発してほしい。結婚が恋愛の抑止にならないと思っているところもお互い似ているよね。直木賞の受賞会見で荒野さんが「夫婦だから信頼できるとか安心だということは一切信じてない。でも、私にとって夫はそれとは全く別のことです」と言ったのは格好よかった。『切羽へ』は、私は夫婦の感じがすごく色っぽいと思った。それと方言の使い方がうまくて嫉妬(しっと)した。
 井上 ふふふ。私、半分ネイティブだから。やっぱり、夫婦になると、色っぽい出来事が、ご飯を食べたり、買い物に行ったりするのと並列にあるから、いやらしいんじゃないかな。
 江國 きっとそうだ。

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2008年7月27日 (日)

「第7回文学フリマ」でゼロアカ道場破りをそそのかす東浩紀氏の檄の分載(3)

東浩紀の「ゼロアカ道場破り」檄のあるHP
 昔のことだから、「あれはいつの時点のことだっけ」と混乱するのは確か。
訂正=上記の檄文に誤りがありました。
 文章中に、「そして、その直後の文学フリマに、西尾維新と佐藤友哉と舞城王太郎の3人が、『ファウスト』編集部公認のかたちで同人誌を出品します。」という一文があります。しかし、彼らが出品したのは2002年の第1回文学フリマであり、2003年の第2回文学フリマではありませんでした。つまりは、『ファウスト』の創刊よりも前のことでした。ここに訂正いたします。申しわけありません。
 それにしても、ぼく自身、彼らが売り子をしていたその現場にいたにもかかわらず、完全に記憶違いをしていました。また、この檄文は太田さんも読んでいたのですが、彼もまたこの誤りにまったく気がついていませんでした。なんとも間抜けな話です。ちなみに太田さんからは、「おれは前しか見てないんだ、5年前のことなんて覚えてられるか!」というアツいメッセージが届いています。
 いま記憶を掘り返してみるに、2003年の第2回文学フリマには、もしかしたらぼくはそもそも来場していないのかもしれません。確か、同日に東京都立大学(現・首都大学東京)の学園祭で宮台真司氏とのトークショーがあり、行こうにも行けなかったのです。主催者に文句を言った記憶があります(笑)。
 そして、そのかわりにぼくは、南大沢の宮台ゼミの懇親会に出席したあと、深夜の京王線で新宿までわざわざ移動し、文フリ系はてなダイアラーの飲み会に乱入したのでした。『波状言論』はむしろそこから生まれたのかもしれません。なんか、上記の檄文と較べてずいぶん美しくない、というかアルコール臭い話になってきましたが、現実なんてそんなものだったのかもしれないし、この記憶そのものもまた誤りかもしれません。すべてが混沌としています……。

まあ、とにもかくにも、なにかアツい時代だったことだけは確かです。この誤りを指摘してくれた、2ちゃんねるの東浩紀スレッド134への投稿者氏に感謝します。
(2008年7月24日 東浩紀)

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2008年7月26日 (土)

ゼロアカ道場の東浩紀氏のポータルサイト

 HIROKI AZUMA のサイト

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「第7回文学フリマ」でゼロアカ道場破りをそそのかす東浩紀氏の檄の分載(2)

東浩紀の「ゼロアカ道場破り」檄のあるHP
【ゼロアカ道場破りをそそのかす東浩紀氏の檄】(2)
 ちなみに、今回の関門は挑戦者が試されるだけではありません。ぼくと編集部が試される企画でもあります。11月9日は、道場の質が不特定多数の目に曝されます。それだけではありません。道場をあっけなく破られれば、むろん、ここまで選考を積み上げてきたぼくたちの面子も多少は潰れるはずです。それでもぼくたちはやります。そのほうが、結果的にいい才能を世に送り出せると確信しているからです。決して、ノリだけでやっているわけではないんですよ!

 あと最後に個人的な感慨を。
 この文章の読者のどれほどが覚えているかわかりませんが、いまから5年ほどまえ、2003年の秋に、新宿紀伊國屋のサザンシアターで「ファウストフェスティバル」というイベントがありました。まだ『ファウスト』が創刊したばかりのころです。
 2003年秋は、はてなダイアリーが流行し始めたころで、いま(サブカル系の)「ブログ論壇」と呼ばれているものの萌芽が見えてきたころです。初期のはてなでは「ファウスト」は有力キーワードのひとつで(まだそのころははてな自身が狭かったのです)、そのときぼくがイベント壇上から「このなかではてなIDもっているひと!」と呼びかけたところ、驚くほど多くのひとが手を上げたのをいまでも鮮明に覚えています。そして、その直後の文学フリマに、西尾維新と佐藤友哉と舞城王太郎の3人が、『ファウスト』編集部公認のかたちで同人誌を出品します。そこでも評論系のはてなダイアラーは会場を満たしており、ぼくもまた、そんな流れに刺激されて、年末にメルマガ『波状言論』を創刊することになります。


《東浩紀氏の文学フリマ観》
 つまりは、『ファウスト』の読者層と、文学フリマの参加者と、はてなダイアリーの利用者は、5年前にはかなりのていど重なり、いまだ名づけようがない、けれどもなにかの予感に駆られた独特の評論系読者共同体を作っていたのです。ぼくは(オヤジのノスタルジーと罵られそうな予感もしますが)、いまでもあのころの静かな熱気をよく思い出します。
 したがって、講談社BOXが主催し、文学フリマとはてなの協力を得て実施されるこの第4回関門は、ぼくにとって、なにかもういちど出発点に戻ってきたような感慨を与えてくれるのです。
 奇しくもこの8月には、『ファウスト』第7号が出版されます。それも含め、ぼくには、時代がひとめぐりをしたのだな、という感覚があります。5年前は、まだ『ファウスト』もブログもなにもかも、まだまだマイナーで混沌としていて、とても小さなものでした。そのあとの拡大を否定する必要はありません。しかし、ぼくたちはいま、そのころの空気を思い出し、歴史をまた一歩先に進めなければならない時期に入っているような気がします。ゼロアカ道場の関門通過者に求めるのは、そのような一歩を、ぼくたちとともに歩んでくれる覚悟とそれに伴う才能です。
 第4回関門は、上記のように前代未聞の企画です。前代未聞、ということは、ぼくたちの停滞を切りひらくなにかの可能性がそこから見えてくるかもしれない、ということでもあります。
 道場生のみなさん、そして道場外の読者のみなさん、みなでその現場に立ち会おうではありませんか!(2008年7月17日 東浩紀)

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2008年7月25日 (金)

「第7回文学フリマ」でゼロアカ道場破りをそそのかす東浩紀氏の檄の分載(1)

 文芸評論家の東浩紀氏の著作を読んでいない人でも、秋葉原無差別殺人事件について、ワイドショーなどに、若者のネット社会に詳しい評論家として、意見を求められていた丸顔のコメンテーターを見た人が、いるのではないだろうか。
 東氏の活動する舞台のひとつに講談社のゼロアカ道場がある。今年の秋の文学フリマでは、その道場破りの企画を引っさげて、文学フリマに乗り込むという。HPでは、その檄(まわしぶみ)を飛ばしている。これを読めば、よいのだが、檄であるから、ここで分載しておこう。PRの増幅版である。
 文学フリマは、第1回開催に発起人の大塚英志氏に東氏も協力しており、同時に講談社の異端?気鋭?の編集者太田氏も参加しており、東氏、太田氏とも文学フリマの精神を熟知した上での企画であることを念頭におくと、この理屈っぽさが理解できるかもしれない。
東浩紀の「ゼロアカ道場破り」檄のあるHP

【ゼロアカ道場破りをそそのかす東浩紀氏の檄】(1)
道場生のみなさん、そして道場外の読者のみなさん、こんにちは。
 東浩紀です。ゼロアカ道場、衝撃の第4回関門内容はもう読まれたでしょうか。
 ゼロアカ道場、いよいよ佳境に入ってきました。自画自賛になりますが、第4回関門は前代未聞の企画です。こんなバカげたこと、東浩紀と太田克史じゃなきゃ絶対にやりません! これから4ヶ月をかけて、挑戦者の制作風景をウェブで公開するなど、さまざまな仕掛けを凝らして盛り上げていくつもりです。

 いまだ呼びかけには早いかもしれませんが、観客として読者として、あるいは道場破り参加者として、ぜひ11月9日には文学フリマ会場に足をお運びください。こんなノリが評論家育成企画としてふさわしいかどうか、もはやぼく自身にもよくわかりませんが、とにかく、当日なにか盛り上がることだけは保証します。いや、まじで。

《ゼロアカ道場生と文学フリマ道場破りとの立場の違いについて》
 さて。少しは内容があることも書いておきます。
 第4回関門の発表会では、10人の参加者が5組に振り分けられました。組み分けは、関門内容発表後、各自に相談なしでその場でパートナー希望者の名前を提出させ、たがいの希望が一致した二人から組になって抜けていく、という方法で行いました。その様子はのちウェブで動画として配信されるはずですが、非モテーズ二人が一回目で無事抜け出して抱き合う場面など、微妙に感動的な光景も見られました。一回目で抜けたのは4人で、つまりは残りの6人は、本来の希望者とは組めないままで第4回関門に臨むことになります。

 別途発表の概要では道場破り参加者に不利な面ばかり強調しましたが、じつはここに、道場破りのほうが内部生より決定的に有利な点があります。道場破り参加者は、だれとでも好きなひとと組めます。しかし、じつは内部生の半分以上はそうではありません。わずか100ページの同人誌とはいえ、雑誌は雑誌。全体的なクオリティ管理が求められます。チームワークがうまくいかないままの雑誌作りは、必ず破綻するはずです。今回の関門は、個人プレーでは必ずしも抜け出せないことを、内部生も道場破り参加者も肝に銘じておいてください。

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2008年7月15日 (火)

女の官能美赤裸々に 宮木(みやぎ)あや子さん(31)

(佐藤憲一記者08年7月14日 読売新聞)
「変にぼかすより、ずばり表現してエロいねって言われるほうがいい」。可愛(かわい)らしい笑顔から飛び出した発言にドキリとした。悲恋に身を焦がす江戸や昭和の女性たちを、濃密な官能美の中に描き出す才能で注目されている。
 システムエンジニアをしていたが、女性限定でエロチックな小説を募る「女による女のためのR―18文学賞」を2年前受賞しデビュー。「10代で小説を書き始めたころから『エロ』だった。この賞を知ったとき私を受賞させるための賞だと思った」と笑う。
 受賞作を含む短編集『花宵道中』(新潮社)では、江戸・吉原を主舞台に、苦界に生きる遊女たちを浮かび上がらせたが、執筆中体調を崩し、救急車で二度も運ばれた。「私はのめりこんでしまうたち。もう登場人物に同調するのはやめないと……」
 最新作の『白蝶花』(同)では、禁断の恋愛に囚(とら)われていく名家の女中や芸者の運命が大正末から戦後にかけての激動の世相を背景に絡み合う。リアルな時代の空気は87歳の祖母に取材。「昔は障害があったからこそ恋愛にも燃えたのだと思う」という。
 自身もさぞかし豊かな恋愛経験が? 「ドラマチックな恋愛は面倒くさいし、私はいいです」

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2008年7月11日 (金)

豆本の赤井都さんの作品を含む『超短編の世界』と『未来妖怪 異形コレクション』の2冊出る

(赤井都さんの所属する「言壷」メールマガジンより)
『超短編の世界』創英社 ISBN : 978-4-434-11992-7、『未来妖怪 異形コレクション』光文社文庫 ISBN:978-4-334-74452-6なんと、2冊もこの一ヶ月の間に出てしまいました。もし本屋さんの店頭になくても、ISBNを伝えて取り寄せてもらえます。
『超短編の世界』は、薄手のソフトカバーの本。タカスギシンタロ監修。数年前に赤坂で呑んだ時から、そんな企画の話をしていましたっけかねえ。形になって、本当におめでとう・ありがとうです。サイト「500文字の心臓」の名作がメインで、超短編でまるまる一冊。とはいえ、「500文字の心臓」メンバー以外でも、歌鳥さんは旧知だし武田若千さんはガチャマメなどでもしょっちゅう会う仲で、皆さんもご存知。
『超短編の世界』は狭いのか広いのか?!私の超短編は、『生』『午後の林』2編が収録されています。収録作では私は今は、『むすびめ』『シベリアの猫』『象を捨てる』『神様』などが好きですねえ。「今は」と限定がつくのは、音楽や絵や舞踏などと同じで次第に好みが変わることも考えられるので。…超短編とは、そうしたもの?他にも好きな作品はたくさんあり、いちいちあげていると大変なのでこのへんで。『未来妖怪 異形コレクション』は、光文社の文庫の棚のほうに行くとだいたいにおいてけっこうな幅を占めている、あの黒っぽい怖そうなアンソロジーです。今号がなんと40巻目。カバーやイラストが怖くてためらってしまうかもしれませんが、テキストは普通にちょっとぞくっとおもしろくてエンタメです。なにしろ、朝松健や草上仁など、上手い歴史やSFの作家たちが一編ずつ書いていますので。『ラス・マンチャス通信』の平山瑞穂も今回入っています。私の作品はといえば、『超短編団』19人集の中、『都市式牛鬼』が収録されました。寄稿を頼まれたのが今をさかのぼること一ヶ月半ぐらい前でしたかねえ。それがもう書店に並んでいるのですから、それでこそ機械生産本! 速い速い!!ちょうど半分まで読みましたが、SF怪談、懐かしくて新しくて、夏にぴったりの読み物です。超短編の中では、『壁舐めベロベロン・ビルダー』『のうげろり』『夜とマクガフィン』『夜の歌』が忘れがたい。いやそのほかのもどれもいいんだなあ。

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2008年7月 9日 (水)

山本周五郎賞 それぞれの万感

伊坂幸太郎さん(左)、今野敏さん(右) 「こんなうれしい出来事は人生の中でも数えるくらいです」。『果断 隠蔽捜査2』で第21回山本周五郎賞を受賞した今野敏さん(52)は、授賞式のあいさつで万感の思いを披露した。今年で小説家デビュー30年。世間の目が若手や新星に向けられがちな中で、今回の受賞が地道に書き続けてきたベテラン作家たちに励みになればとの思いもあるという。「小説の書き方が分かったと思えるようになったのは、著作が100作を超えたこの数年。30年間、発表の機会を与えてくれた出版社にも感謝したい」と振り返った。
 一方、『ゴールデンスランバー』で同時受賞となった伊坂幸太郎さん(37)は、「僕自身は今でも小説の書き方が分からなくて試行錯誤している。本が出来上がっても意味や価値があるのかと悩むことが多い」と、デビュー8年の心情を吐露、「賞という形であと押しされるとホッとする」とあいさつした。世間では賞に恵まれないとのイメージが強いが、実際には吉川英治文学新人賞、本屋大賞などの受賞を積み重ねてきた。式では北村薫選考委員が、そのことに触れ、「賞に恵まれないように見えるのはそれだけノミネートが多いから。多く候補になるだけでも大変な力量」と実力に太鼓判を押した。(08年7月8日 読売新聞)


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2008年7月 3日 (木)

著者メッセージ: 西尾維新さん

★きみとぼくが壊した世界 【西尾維新 定価840円】 7/7
  西尾です。
  えー、世界シリーズ第三弾、『きみとぼくが壊した世界』が、このたび発売の運びとなりました。これまでの二作『きみとぼくの壊れた世界』・『不気味で素朴な囲われた世界』とはまた一味違う、一風変わった代物となっております。そもそも学園ではなく学外、しかも海外が舞台というところから異端でしょう。この小説を書くために、作者は実際に現地ロンドンに足を延ばしました。
 その取材が内容に活かされていればよいのですが…さてはて。ともあれ、病院坂黒猫と櫃内様刻の珍道中(?)をお楽しみいただければ幸いです。本書の発売を契機に世界シリーズ第四弾であるところの『不気味で素朴な囲われたきみとぼくの壊れた世界』の執筆に入ります。そちらも遠からずお届けできるかと…。それでは。(西尾維新)(講談社『BOOK倶楽部メール』 2008年7月1日号より)

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2008年7月 2日 (水)

山崎ナオコーラさん「居場所がない、と感じている人に読んで欲しい」

著者メッセージ★長い終わりが始まる 【山崎ナオコーラ 定価1,260円】
昨日の夕方、本屋へ出かけたら、涙が出てきた。渋谷にある、私がよく行く本屋に、私が選んだお勧めの本が三十冊、それと私が書いた本が、並んで置いてある。「山崎ナオコーラの本棚」と題して、書店員さんがイベント棚を組んでくれたのだ。思い出した。私は本来、こういう仕事がしたかったんだ。「私は、文壇のアイドルになりたいんじゃない、本作りがしたいんだ! 文学シーンを盛り上げたい」
  四年前、初めて自分の本が出版されたときには、本屋に行けば、自分の本だけを整えていた。この世に初めて自分の場所が出来たように感じられて、私の本が置いてある棚だけを愛してしまった。執着が始まると、「この作家の本は目立つ場所に置かれるのに、なんで私の本は目につかない場所に置かれるの?」
 「次に出す本はどこに置かれるだろう?」不安ばかりが押し寄せるようになる。しかし今、「違う」と気がつく。私の本は隅っこでもいいのだ。私は、文学シーンを盛り上げる一助になりたいのだ。「現代には、私以外にも、面白い作家がいるよ!」「私の好きな金子光晴の本、読んでみて!」そういう仕事をしたい、べつに、すごく綺麗な椅子に座れなくたって構わない。文学シーンに参加できさえすればいいのだ。
  私の六冊目の本。『長い終わりが始まる』は、小さな集団の中での、椅子取りゲームの物語だ。大学生が、「好きな人から見られる位置に座りたい」「みんなを監督できる位置に座りたい」と画策する。居場所が見つけられない。だけど、生きていられる。
  どんなに本人が「居場所がない」と感じていても、周りの全員が、椅子から引きずり降ろそうとしているなんて現実は、滅多にない。ひとりくらいは仲間がいるはずだ。今座っている椅子は自分好みの椅子ではないかもしれないが、少なくとも椅子の形をしている。座り続けなきゃ!居場所がない、と感じている人に読んで欲しい。(山崎ナオコーラ)(講談社『BOOK倶楽部メール』 2008年7月1日号より)

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2008年6月14日 (土)

白石一文さん:『この世の全部を敵に回して』を刊行 深めた人生観を吐露

 生きる意味や社会のあり方を真正面から問いかける作風で知られる作家、白石一文さんが12冊目の本になる『この世の全部を敵に回して』(小学館)を刊行した。物語をつくらず、日常に考えていることを一人称で吐露した異色の一冊になっている。

 「アンコだけの小説です。皮も何もない。読者に面白くないと思われても、知ったことか、という思いでした。今、自分が何を考えているのか、自身で確認したかった」

 小説の全体は、心筋梗塞(こうそく)のために53歳で急死した男が遺(のこ)した手記という設定になっている。彼には妻と2人の子供がいた。大手の商社員だったが、43歳で脱サラし、コーヒー豆の輸入販売会社を起こした。

 <人間には、別の人間を信ずるという能力が最初から欠落している>

 <霊能者や教祖たちは、実際には私たち一人一人が抱える根源的な苦しみや渇きを何一つ癒(いや)してはいない>

 <死を恐怖の対象と捉(とら)え、その恐怖が愛の力によって斥(しりぞ)けられると語る者を信用してはならない>

 粘り強い思索から、さまざまな言葉が生み出される。わかりやすく、たとえ話を交えながら、まっすぐに人生は何のために、と問いかけるのが特徴的だ。

 「小説を書いていると、自分が何かを考えているような錯覚に陥る。でも、本当はどうなのか。哲学用語など、難しい言葉を使うことは避けました。特に仏教の言葉を使うと、とても物事を説明しやすい。でも、それは禁じて、借り物の思想ではなく、自前の人生観を語りたかった。それはすべての作家の最低限の義務だと思います」

 物語を書くことの難しさを「今の時代に全体を理解することの困難」に結び付けて解説した。

 「個別的なものを具体的に追求すればするほど、レポートになってしまう。それぞれの細部の情報はパッケージ化されている。そこに入っていくと、詳しくなるのだけれど、全体をつかめなくなる。そしてパターンに陥りやすい。そうじゃない書き方がいかにして可能なのか。探すしかないのが、今の作家が置かれている状況でしょう」

 白石さんは再び、物語の海へ歩みを進めるのだろうか。一人称による告白を経て、今後の展開が楽しみになった。【重里徹也】

■人物略歴◇しらいし・かずふみ= 1958年、福岡市生まれ。2000年に『一瞬の光』でデビュー。代表作に『僕のなかの壊れていない部分』など。(毎日新聞008年6月11日 東京朝刊)


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2008年6月 9日 (月)

講談社ノベルスで篠田節子さんの「転生」

(講談社「Webメフィスト」HPより)
篠田節子(しのだ・せつこ)プロフィール='90年『絹の変容』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。'97年には『ゴサインタン――神の座』で、山本周五郎賞、『女たちのジハード』で直木賞を連続受賞。
           ☆
(篠田節子(しのだ・せつこ)「転生」のあとがきのあとがき)
 十五年ぶりにノベルスの依頼をいただきました。五十過ぎのオバハンに向かって、若者対象の媒体の、しかも本格ミステリの牙城で、何をか書けとの無理難題。
「ヤだよ。中年女が渋谷のクラブに闖入して、ゴーゴー踊るの図じゃない。つまみ出されるのがオチだよ」
「だから、今回は、講談社ノベルス二十五周年のイベントなんスよ。同窓会です、同窓会!」
「んなこと言ったって、M川H子母さんだってT川M子女史だって、R城法師だって、復刻じゃん。あたしのも……」
「喝っ! 十年早い」
というわけで、ぴかぴかの新作とあいなりました。
同時刊行のノベルスの中では浮きまくっております。中身は本格でも変格でもYAでもありません。SF&冒険&伝奇バイオレンス(若者は知らんだろう、この言葉)&エロス&旅情ミステリであります。
更年期の体に鞭打って、チベット取材も敢行いたしました。標高五千メートルの薄い空気と凍りつく大気、まぶしい陽光と燻香の匂いなどを、行間から感じ取っていただければ幸いです。政治的にアブないオバサンギャグがあまた出てまいりますが、無視してやってください。
題材は敬愛する上田秋成から取りました。雨月物語の艶やかな怪異は大変に魅力的なものですが、老境にはいった秋成の冴え渡った知性をうかがわせる春雨物語に横溢する飄々たるユーモアとウィットもまた格別です。題材を古典に拠ったとはいえ、まだまだジャパネスクに走るほど枯れてはおりません。舞台は二十一世紀の変わり行くチベットといたしました。
中盤以降、気宇壮大な与太話が出てきますが、百パーセントが私の創作ではなく、この種のアイデアは専門家から現実に出されているものです(今のところ、実現可能性はありません)。描写については、ディスカバリーチャンネルの「メガ・プロジェクト」「世紀の建造」他、ドキュメンタリービデオが大変に参考になりました。
作中のシシャパンマという山は、南のネパール側からは「ゴサインタン」と呼ばれています。シシャパンマは、「家畜が死に絶え、麦も枯れる地」、ゴサインタンは「神の座」という意味。なりふり構わぬ中年パワー炸裂の一作になったかと思います。お楽しみいただければ幸いです。

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2008年5月 6日 (火)

「第51回農民文学賞」詩部門は、大塚史朗さん「引出しの奥」

「第51回農民文学賞」の詩の部門では、大塚史朗さんの詩集「引出しの奥」大塚史朗さんは1935年、群馬県生まれ。15歳のころから文学に興味を持ち、1955年の「農民文学会」の創刊以来の会員である。本格的に詩作を発表しはじめたのは40歳過ぎてからで、「私たち世代の常として、農家の長男は、父母や兄弟や、子供たちの生活・勉学のために力をそそいでいた」と語る。

 「群馬詩人会議」や「群馬民主文学会」とも交流がさかんで、発行ごとに作品を寄せていた。「農民文学」には、詩集という形で、十数年来何回か発表をしてきた。そのため、農民文学賞に幾度もノミネートされてきている。

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2008年5月 4日 (日)

農民文学賞受賞「彼岸獅子舞の村」が描く過疎の現実

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第51回農民文学賞決まる(上)=小説「彼岸獅子舞の村」の描かれた過疎の現実

 作家・伊藤桂一氏は「獅子舞行事を続けることは、村を守ること、農業を守ることに通じる。事故続出で断念せざるを得ないか、というぎりぎり場で、役員総代の息子が参加を申し出る。こうしたいきさつが綿密に、感動的に描かれている」と完成度の高さを認める。
 文芸評論家の秋山駿氏は体調の都合で、贈呈式には出席しなかったが、「若者が農家から離れて行く今日、果たしてその祭りを、今年も実行できるのか、という事態の展開がドラマになっている。(中略)しっかり明確に描き、密度がある。だから村の現状といったものが、手で触れるように感ぜられる。村は全50戸、空き家が3戸、いま47戸の村の3分の1が75歳以上の年寄りで、その半分が一人暮らしの老人、専業農家はたった3戸……」と、示された現実に驚く選評を寄稿。
 そして、「自分の知らない経験したことのない、農家の営みのことが、新聞だとただ活字であったり記事であったりしたものが、小説になると、いきいきと動き出し、生きた声を発する」と、細部にわたる表現力を評価する。

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2008年4月24日 (木)

伊坂幸太郎さん(作家)ひとりに寄り添う作品を-=若狭毅記者

 『ゴールデンスランバー』(新潮社)が本屋大賞に選ばれた伊坂幸太郎さんはたぶん、取材を受けるのがあまり好きではない。そんな時間があるなら、小説を1行でも書きたいと思っている。

 書いていないと、「自分はなまけている」と感じてしまう、まじめな作家なのだ。もちろん、そんな素振(そぶ)りを取材者に見せることはない。むしろ、「こんな話で記事になりますか」。こちらが恐縮するほど気を使ってくれる。

 取材は受賞の翌日だった。喜んでいることは間違いない。が、自分のことよりも、5回目をむかえ、よりメジャーになっていく本屋大賞を支える書店員を心配してしまう。

 有名作家が選考委員に加わるわけでもなく、全国のふつうの書店員が、「いちばん読んでほしい」と思った本を選ぶ従来なかったスタイルの文学賞。選考から運営、外部折衝も書店員がする。

 「大きくなればそれだけ大変です」。自身の知名度も、ほどほどがいいと言う。例えば作品の映像化。

 「映画化はとてもありがたい。半面、知名度があがることへの恐怖感がある」

 すごく有名になりたいわけではない。

 「好きなものを書き続けていたい、読者に寄り添う小説を書くことだけをしていきたいんです」。そのために、本を読むことや映画を見ることが大事だと思っている。以前は3日に1度は見ていた映画になかなか行けなくなった。

 「いつもは誰も読んだことのない小説をつくろうと思っている。がんばって書いてオリジナルだと思っていたら、似たような作品があるというのはさびしい」

 だが今作は映画「逃亡者」を髣髴(ほうふつ)させる。「仙台を舞台に『逃亡者』をやってやろうと思った」。ならば映画化を意識しているのかとたずねれば、そうではないという。

 「映画は多数に訴えるもの。小説は個人のもの。ひとりの読者のこころに響く作品を書きたい」【若狭毅】(毎日新聞 08年4月23日朝刊)

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2008年4月 8日 (火)

佐藤友哉と編集長のトークセッション

(『ファウスト』メルマガより)=5=
編集長:ハハハ。いや、もう現時点で『ファウスト』は歴史に残らざるを得ないんですよ。たとえば日本の車で、アメリカのハイウェイで一番初めに走った車ってちゃんと車の歴史の一ページに残るでしょ?
佐 藤:たとえそれがギネス的なものだとしても、とりあえず記録には残りますからね。
編集長:とすれば、少なくともギネス的にはもう『ファウスト』は残っちゃうんです。それに、もしかしたらこの夏アメリカで一大『ファウスト』旋風が!ってことだってあるかもしれない。ハハハ。
佐 藤:もしそうなったら騒然でしょうね。日本の文芸雑誌がいまだ到達せぬ道ですから。
編集長:そういえばこのあいだ、X JAPANの復活会見でインタビュアーが「新曲の『I.V.』は 世界二十一カ国での同時配信ですね」って言ったところにYOSHIKIが即座に「二十三カ国です」(YOSHIKI物真似風)って小声で訂正したんですよ。あのYOSHIKIはちょっと……可愛かった(笑)。
佐 藤:前回からやたらとX JAPANをプッシュしますね。スーパーカーは再結成する気配を見せないというのに……(遠い目)。っていうか、今なんで物真似したんですか?
編集長:なんかちょっとあのYOSHIKIとシンクロしたんだよね、世界を夢見るスピリットが(笑)。うん、もしかすれば……もしかすると……近い将来、講談社BOXというレーベルが韓国中国台湾アメリカで同時発売ってことだってあるかもしれない。そしてアメリカで出版されるということは……世界言語の英語になるということは……ヨーロッパ全土やユーラシア各国、中南米にだってムーブメントは広がっていく可能性を持つことになる。そうすれば、文字通りの世界制覇です。まさに「天下布武」!
佐 藤:小説でそんなのは誰もやってませんから、本当に実行できたら、それこそ歴史に残るかもしれない。
編集長:仮にそうなっても同時代の権威主義者からはきっと認められないだろうけど、それはそれでいいです。認められないのが勲章! それに、残る残らないでいえば、“たった今”を生きる人の心にこそ『ファウスト』は残りたい。 評価される、評価されないは当たり前だけど二の次、三の次でいいんです。 そして、そんな作家さんだけが『ファウスト』に集まっていると僕は信じている……。 では、以下次号!(と、語るだけ語って走り去る編集長)
佐 藤:って「以下次号」かよ! というわけで……「太田の野望」あるいは「太田の逆襲」を語るだけ語って、今回のメルマガは終わりのようです。日本版『ファウスト』Vol.7の最新情報はほとんどありませんでした。「絶望した!」本当に出るのかな。二年出さなかったという前科があるから、やっぱり不安になってきてしまった……。次回のメルマガでは、何かしらの新情報があるといいですね。

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(『ファウスト』メルマガより)=4=

佐 藤:いきなり話を大きくしますね。なにが研究対象になるんですか?
編集長:僕たちが“たった今”やっていることすべてが、ですよ。
佐 藤:ほう、その自信がありますか!僕自身はまだそこまでのものはないですけどね。自分の仕事は百年後には歴史からすっかり消えるものだと思ってます。でも……それこそ五十年後、この『メールマガジンファウスト』の記事などが、いつか誰かに批評されているかもしれないと妄想することはありますよ。「あの頃、佐藤友哉と太田克史はこんなことを考えていた」って感じで論文に書かれているかも。そう考えるとやる気も出るし、何より楽しいですね。うん、歴史に残るほうが絶対に楽しい。
編集長:日本の歴史の中だけじゃなくって、世界の歴史の中でね。 『AKIRA』や『攻殻機動隊』みたいな日本の漫画やアニメーション作品だって、このままだと研究の本場はいずれアメリカや中国に移ってしまって、日本人も漫画やアニメーションを研究するためには海を渡らなければならなくなっているかも……(苦笑)。それはちょっとネガティヴすぎる見方かもしれないけれど。
佐 藤:太田さんにはそこまでの自信がある……というか確信なのかな?
編集長:そう、それは確信です。今の芥川賞や直木賞の作品に代表されるような、現在はトラッドだとされている作品だけを五十年後、百年後の学者が熱心に研究してるかっていったら絶対にしてないと思うんですよ。
佐 藤:さすが世界のKATUSHI(笑)。その根拠のない自信、見習いたいものです。僕は自信のなさにかけては天下一品なので、たまに来週には忘れられるんじゃないかみたいな感じになりますけどね。まあ、媚びたり真似をしたりしなければ大丈夫だと思うんですけど……ってパクリ全肯定の僕が言うのも違うか(笑)。

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2008年4月 6日 (日)

佐藤友哉と編集長のトークセッション

(『ファウスト』メルマガより)=3=
佐 藤:アメリカ版はこんなとこまで注釈いれるのか!みたいな文化の違いを小説という共通認識を基盤にして判ってもらえたらおもしろいかもしれませんね。
編集長:たとえば乙一さんの『F先生のポケット』の場合だと、まずタイトルの「F先生」にさっそく注釈がついていたりするわけです(笑)。それに、アメリカ版のオリジナルコンテンツもあるしね。
佐 藤:それはどんなもんですか?
編集長:フレッド・ギャラガーさんという漫画家さんがアメリカにいて、アメリカ人の「MANGA」家の中では彼はトップの人気を誇っているんですけど、二号ではそのフレッドさんのオリジナル漫画が載っていたりもする、予定。実は、そのフレッドさんの代表作『メガトーキョー』は講談社BOXから出版の予定があって、何を隠そう『ファウスト』Vol.7でプレビューを掲載します。僕はこの人をとにかく応援したくて??―きっと佐藤さんも好きなタイプの作家さん、作品だと思ってますよ。
佐 藤:楽しみにしてますよ。
編集長:しかし……僕は常に夢想してるんですけど、きっと五十年くらい経ってからこの一連のムーブメントはまさに世界クラスの研究対象になるんですよ、絶対。

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2008年4月 5日 (土)

佐藤友哉と編集長のトークセッション

(『ファウスト』メルマガより)=2=
佐 藤:最近の漫画から引用したら、若者に媚びてると思われますよ。でもなんか心配になってきたなあ、あんまり調子に乗らないでくださいね。
編集長:何を仰る! 「調子に乗らず、波には乗って!」が僕の座右の銘ですよ!まあ、そういうわけで『Publishers Weekly』みたいな有名どころの業界誌のインタビューを受けた甲斐もあってか、アメリカの出版界をまずはちょこっとだけざわっとさせたみたいよ。それにしても、アメリカのライターさんの能力は本当にすごいね……質問力がすばらしい。最高におもしろかった!
佐 藤:えー、これ以上太田さんのニューヨーク自慢話が続くのは誰もが望まないでしょうし、とりあえず話を『ファウスト』に戻しましょうか。
    ずばり、アメリカ版『ファウスト』は日本版『ファウスト』と何が違うんですか?
編集長:アメリカ版『ファウスト』のコンセプトは「very best FAUST」!今まで日本で出版したすべての『ファウスト』を素材に、アメリカ向けに再構成しているんです。表紙はなんと竹さん渾身の描き下ろし!
佐 藤:なるほど、『ファウスト』のベストアルバムなわけなのか……。
編集長:そうそう。第二号とカップリングして考えると、『ファウスト』というバンドの二枚組のベストアルバムみたいな感じ。最終的には諸般の事情でいくつかのタイトルが差し替えになったりはしたけれど、基本のラインナップは僕が独断で編んでいます。なんといっても、真夜中にアメリカ版『ファウスト』の目次を考えるのは最高の体験だったですよ。「自分の編集した雑誌のアメリカ版の目次を立てる」なんてのは、日本人の文芸編集者では初めての体験だろうし、その目次自体も僕的にはかなりおもしろいものになっている。そりゃそうだよね、ベストアルバムなんだから。で、最終的にはもう『ファウスト』という枠にすら拘らないで僕自身の ここ五年くらいの仕事の中からの(対アメリカ向け)ベストにしちゃえ!と割り切ってみたりもして、奈須きのこさんの『空の境界』の一章をそのまま収録してみたりみたいな、アクロバティックな編集にも挑んでみた。というわけで、僕はいつかその「アメリカ版『ファウスト』の日本版」も日本で出しちゃおうと考えてるんですよ。
佐 藤:ああ、なるほど。それはおもしろそうだし、日本の読者にも喜ばれる仕事ですね。アメリカ版にはアメリカ人向けの注釈も入ってたりするわけですか?
編集長:そうそう、アメリカ人が読む『ファウスト』を注釈までちゃんと日本語に直して逆輸入する。村上春樹さんが短編集『象の消滅』で取り組まれている仕事の『ファウスト』バージョンです。

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佐藤友哉と編集長のトークセッション

物事は何でもやれば大変なのだけれども、楽しんでやるという姿勢でないと、長続きしない。話題には7分の事実と3分のユーモア笑いを入れよ、というのがあるジャーナリストの教訓にある。その意味で、このふたりの対談形式はいいと思うので、連載で転載してみる。(鶴樹)
(
『ファウスト』メルマガより)=1=
……というわけで『ファウスト』、ついに全米進出です! 日本の文芸雑誌史上初めて海を越えて出版された台湾版、そして韓国版に次いで、真打ちともいえるアメリカ版が満を持して出撃するわけです。世界制覇を志してから二年。感無量ですね。「『ファウスト』、O.K.です!」
佐 藤:矢沢かよ!って、なんか前回のメルマガから僕はツッコミ役になっている気がする……。
編集長:きっともうじき民明書房の本なんかを引用しはじめたりするんですよ……って。冗談はさておいて、アメリカ版『ファウスト』は世界最大の出版グループ、ランダムハウスのレーベルであるDel Ray社からこの夏、刊行されます。なんと、すでに二号までは刊行の予定があるんですよ。
佐 藤:ニューヨークまで出張していた理由はそれだったわけですね?
編集長:そうです。今年の夏に刊行が決定したアメリカ版『ファウスト』のプロモーションのため、NYAF(ニューヨーク・アニメ・フェスティバル)の公式ゲストとして……。ニューヨークは二年ぶりでしたけど、この二年間で状況は劇的に変わっていましたね。NYAFは記念すべき第一回目の開催で、かなり大規模なイベント。二年前は、東海岸であんな大きなイベントが打てるなんて誰も思っていなかったと思う。
佐 藤:アメリカで『ファウスト』が受け入れられる下地はある、と。
編集長:うん、少なくとも可能性は十分にある。そう感じました。「それがたとえ那由他の彼方でも 俺には十分に過ぎる!」NYAFでは四十人前後の一般参加者を前にして公開インタビューを受けたりもしたし??―その合間を縫って七本もインタビューが入ったりもした(笑)。

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2008年3月23日 (日)

新井満さんの恐怖の体験

 恐怖の体験。18歳から自殺は何度も考えた=新井満さん
 日本ペンクラブの広報i委員になっている穂高さんが、バイタリティをもって情報発信している。有意義な記事が多いので、大いに活用させていただこう。最近の穂高さんの動向は知らなかったが、やはり力があるわ。

 それにしても、我がバカボンの人生はどうだ。相変わらず地を這うような日々を送っている。こんなことでは、しょうがないなあ、とは思うものの、成り行きまかせの日々が続く。今日は「農民文学」280号の森當「同行二人」と「文芸中部」77号の西澤しのぶ「君は好きか 落ち葉踏む足音を」を読んだ。読んでも紹介記事にするのを忘れることがあるので、日記にしておこう。

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2008年3月21日 (金)

嶽本野ばらさん「幻想小品集」(角川書店)

昨年9月、大麻の所持で逮捕され、執行猶予付きの有罪判決を受けた嶽本野ばらさん。昨年末刊行の「幻想小品集」には短編7編が収められている。悪魔崇拝、性愛、睡眠導入剤など幻想的なものが主。刊行の延期や執筆の自粛、引退なども考えたが、読者や編集者のアドバイスもあって、書き続けることで、審判を受けたいと考えている。(07年12月26日、東京新聞)

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2008年3月10日 (月)

「言壺 赤井都 豆本展」盛況

(赤井都さんメールマガジンより)「言壺 赤井都 豆本展」は、2月29日に無事終了しました!たくさんのお越し、どうもありがとうございました。なんと、112冊の豆本が買われてゆき、106冊の言壺カタログが出ました。これだけ売れれば手作りの限界です…。個展では、アンケートを行いました。アンケートに答えてくれたのは96人の方です。3~5人に一人ぐらいが書いてくれたと考えると、300人以上の入場者があったのでしょうか。ありがとうございます。男女比は、男性一人に対し女性が三人ぐらい、年代は三十代を真ん中にした山になっていました。「言壺の豆本を持っている」という言壺ヘビーユーザーも多数いらっしゃいましたが、「言壺の豆本を初めて見た」方の割合が全体で高く、個展をしてよかった、と思った次第です。ご好評に答えて、個展会場となった「ギャラリーショップ ノラや」では、現在、言壺豆本は常設コーナーに置かれています。どうぞ高円寺へもお出かけください。
■イベント予定をまとめてお伝えします
3/11(火)~16(日)三越千葉店8階・特設会場「カルチャーセンター千葉フェア」に豆本を出品
3/20(木)-23(日) 福岡の手作り豆本展「ふくまめ」出品
福岡市中央区ギャラリーセレスト 11~19時 092-771-7144 入場無料
4/27(日) 豆本作りワークショップ+茶話会+プチ朗読「豆本の午後」
高円寺ギャラリーバーノラや 13~16時 4500円 参加申し込み・お問い合わせ >>このメールにリプライでOK
5/2(金)-12(月) 「活版凸凹フェスタ2008」主催:朗文堂 アダナ・プレス倶楽部11:00-18:00(最終日は17:00まで)CCAAアートプラザ/ギャラリーランプ2・3東京都新宿区四谷4-20 四谷ひろば(旧四谷第四小学校)A館「弘陽」ブースより新作『寒中見舞 Greetings from Here』を出品予定
5/25(日) 朝日カルチャーセンター千葉公開講座「豆本の楽しみ」三井ガーデンホテル千葉 12時半~15時 会員2500円 一般2800円 教材費1400円 043-227-0131
5/31(土), 6/1(日) 世田谷文化生活情報センター生活工房「大人のものづくりワークショップ」「言葉をつづる 豆本作り」キャロットタワー4F 13時~17時 3500円 往復葉書で生活工房へ応募
■言壺便りについて
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2008年3月 6日 (木)

『零崎曲識の人間人間』の西尾維新さんコメント。

(【講談社ミステリーの館】08年3月号より)講談社ノベルスより『零崎曲識の人間人間』が刊行される西尾維新さん。今回ミス館読者のために西尾さんよりコメント。
               ☆
 西尾維新です。夢のない話ですけれど、僕は世の中に起きる不思議な出来事はすべて偶然で説明がつくと思っていて、しかし、いよいよ僕の作家生活もいよいよ6年目に突入するというこの不思議な出来事にだけは、さすがに驚きを禁じ得ません。まあこの『驚きを禁じ得ません』という文章もタイピングミスで生まれた偶然の産物なのかもしれませんけれど。
 そんなわけで6年目の西尾維新最初の単行本『零崎曲識の人間人間』が発売される運びとなりました。2007年に発売された『メフィスト』に掲載していただいた3本の小説に、書き下ろしの1本を加えた連作短編集です。前
 作の『零崎軋識の人間ノック』同様、オマケにトレーディングカードが付属します。豪華ですね。講談社ノベルスだけで数えても21冊目の本になりますが、しかしこれもまたひとつのデビュー作のつもりで挑みたいものです。
 それではよろしくお願いします。<西尾維新>

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2008年2月12日 (火)

赤井都さんの豆本、メディアに引っ張りだこ

「赤井さんのレポート」(メールマガジンより)

日本放送の「高嶋ひでたけの特ダネラジオ」夕焼けホットラインに出演しました。レポーターは「ちっちゃな噂ハンター」廣田みゆきさん(かわいかったです)。個展会場に並んだ豆本を一つ一つ熱心に手に取られていました。
私もとても楽しんで参加することができました。短いコーナーでしたが、インパクトあったと好評です。

■読売新聞日曜版で紹介されました
讀賣新聞「日曜版Y&Y」1、2面『夢塾』のコーナーに取り上げられました。紙面面積はもうたいそう大きく… 「あたしんち」より大きい!それだけの記事ですから取材も非常に丁寧で、記者さんとカメラマンが自宅に来て、かなり時間をかけてインタビューを、その間、カメラさんは豆すがでした。どうぞ、どこかある所で読んでみてください。
読売新聞をウィキペディアで調べてみると、公称1000万部以上、世界一の発行部数で、10人に一人ぐらいが読んでいる計算になるのですが私の身近には読売新聞を読んでいる人が皆無のようで「見ましたよ」と知人の誰からもまだ聞きません。見た方からの通販申し込みは、さっそく数件入っています! ありがとうございます。

日本人アーティスト国際豆本コンペで2年連続特別賞受賞

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2008年2月10日 (日)

深水黎一郎さん新作『エコール・ド・パリ殺人事件』


(講談社、メールマガジンより)
こんにちは深水黎一郎です。
 このたび『ウルチモ・トルッコ』以来10ヵ月ぶりの新作、『エコール・ド・
 パリ殺人事件』をお届けできることになりました。今回はタイトルからも想
 像がつくかと思いますが、美術ミステリです。 エコール・ド・パリとは、1920年代から40年代にかけて、パリで活躍 した異邦人の画家たちのこと。その世界的コレクションで知られる銀座の一流画廊の画廊主が、密室で刺殺体で発見されるところから物語ははじまります。思い切り<本格>しています。
 ところで私は薀蓄系のミステリを読むのが大好きです。物語を愉しみながら、あるジャンルについての体系的な知識を得ることができるからです。良質の薀蓄系ミステリを読むと、一粒で二度美味しいではありませんが、何だかすごく得した気分になります。そこでこの小説では、成功しているかはさておき、本格ミステリをみなさんに愉しんでもらいながら、同時にエコール・ド・パリとその周辺の美術について通暁していただくことを理想としてみました。本格ミステリも美術書(画集)も、それぞれ単独でも需要があるわけですから、一冊でその両方を愉しめる本が作れたら良いな、というのが出発点でした。
 本作は、事件に関する通常のミステリ小説の部分と、その被害者が生前に出版したという設定の(架空の)美術書の部分から構成されています。「ミステリの続きを早く読みたい!」という方もいらっしゃるでしょうが、どうか途中の美術書の部分も、飛ばさずに読んでいただきたく存じます。その理由は、最後までお読みいただければわかると思います。今回は、片岡忠彦さんの素敵な装丁を得ることができました。できれば書店で装丁だけでも御覧になってください。

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2008年2月 4日 (月)

貴志祐介さん。『新世界より』読者へのコメント

1997年『黒い家』で第4回日本ホラー小説大賞、2005年『硝子のハ ンマー』で日本推理作家協会賞長編賞を受賞。『十三番目の人格――ISOLA』『黒い家』『青の炎』が映画化されるなどの貴志祐介さん。3年半ぶり書き下ろし長編小説『新世界より(上)(下)』発売にあたり、講談社「ミステリーの館」読者のためにコメント。

 構想二十五年と謳っているのはけっして誇張ではなく、一番最初にアイデア の原型を思いついてからは、三十年近くたっています。まず、120枚ほど の短編で某コンテストに応募し、さらに700枚ほどの長編を起こしました
 が、いずれも、あまりに壮大なテーマの壁に跳ね返され、ものになりません でした。前作『硝子のハンマー』の脱稿後、最後の挑戦が始まり、途中何度 も煮詰まって頭が爆発しかけましたが、ようやく、ここに完成しました。こ の物語だけは、書かずに死ねるかという思いでした。かつてハラハラドキド キしながら読んだ、黄金時代のSFをイメージして書きました。冒険、ファ ンタジー、ホラー、成長小説など、様々な要素が膨らみ、最終的に1760
 枚を超える過去最長の作品となりましたが、一気読みのエンターテインメン トに仕上がったという自負があります。SFファンも、あまり読んだことが ないという方も、変貌した千年後の世界で、ひととき現実を忘れていただけ
 れば、作者冥利に尽きるというものです。<貴志祐介>

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2008年2月 3日 (日)

桜庭一樹さん。人気加速、翻訳が続々

(8年01月31日付・朝日新聞)新直木賞作家、桜庭一樹さんの人気が加速している。受賞作『私の男』(文芸春秋)が半月で11万部を増刷したのを始め、昨年の日本推理作家協会賞を受けた『赤朽葉(あかくちば)家の伝説』(東京創元社)も1万部増刷では足りず、さらに重版の予定。テレビの特集番組も相次ぎ決まり、海外での翻訳も進んでいる。
 『私の男』は、東京と北海道・紋別を舞台に、「父娘」の禁断の愛を描いた。不快感を示す人もいるが、神話や古典、少女マンガにはなじみ深い主題だ。桜庭さんは、倉橋由美子の『聖少女』を思い出しながら書いたという。
 直木賞の北方謙三選考委員はリアリティーのなさや表現のつたなさを指摘しながらも「いろいろ言ってもしょうがない作品」との表現で、存在感を評価した。
 99年にライトノベルでデビューし、美少女探偵シリーズでブレーク。初めて大人向けに書いた『少女には向かない職業』(東京創元社)で40~50代読者を獲得した。「大人や男性にもあるだろう感覚を、少女という器で増幅させてきた」。サイン会には中学生から60代の男性も並ぶ。「昔の本を読んできたので年上の人とも話が合う。様々な世代による考え方の違いを書きたい」と言い、「『私の男』では、大人の男や祖父の世代も、じっくりと描けた」と自負する。
 作品の原点に、祖父母が買ってくれた「ああ無情」などの子ども向け世界名作全集がある。初恋の人はシャーロック・ホームズ。やがてガルシア・マルケスらの壮大な物語に夢中になった。「自分も、未来の人にも読んでもらえる普遍性のある物語を書きたい」。『赤朽葉』は故郷の鳥取を舞台に、女3代にわたる一族の盛衰と日本の戦後史とを絡めて描いた大河ロマン。山陰地方の民俗史や神話的要素もちりばめたマジックリアリズム的作品だ。。地方都市を舞台にするのは、読者の共感を大切にするからでもあるという。「多くの人は地方出身。都会人もノスタルジーを持って読んでくれている」。『私の男』『赤朽葉』は2冊同時に今年の本屋大賞の候補になり、テレビ「トップランナー」「情熱大陸」への出演も決まっている。国内だけではない。韓国や台湾、ドイツで翻訳が進む。「自分も海外小説で育った。翻訳は気になります」と話す桜庭さん。その人気は世界へ広がるか。

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2008年1月25日 (金)

池澤夏樹さん個人編集『世界文学全集』記念シンポジウム

作家の池澤夏樹さん個人編集の『世界文学全集』(全24巻、河出書房新社)の刊行が始まった。刊行記念のシンポジウム「世界解釈としての文学」がこのほど東京都内で開かれ、池澤さんと東大教授の3氏、柴田元幸さん(アメリカ文学)、沼野充義さん(スラヴ東欧文学)、テッド・グーセンさん(日本文学)が刊行の意義などを話し合った。
 ◇一番多様性ある/世界の見方が表れた/違いの中からリアルな世界
 「ポストコロニアリズムとフェミニズム。全集のリストをながめると、二つの傾向が歴然としている。編集の途中では気がつかなかった。内なる尺度に従った結果です」
 フランスから一時帰国した池澤さんが語る。世界文学全集という古くて新しいテーマやパネリストの顔ぶれが人気を呼んだのか、会場になった東大本郷キャンパスの教室は平日にもかかわらず満席だ。
 世界文学全集といえば、ギリシャ悲劇やシェークスピアから始まる欧米中心の古典的名作を集めるのが定番である。しかし、21世紀に入って初めて国内で編集される河出版全集は36作品を収め、20世紀後半中心。クンデラ『存在の耐えられない軽さ』など新訳、バルガス=リョサ『楽園への道』など初訳、クッツェー『鉄の時代』など全面改訳が36作品の約半分を占めるのも大きな特徴だ。
 キーワードの一つが「カノン」である。カノンはもともと宗教の「正典」を意味し、ある時代に価値があると認められた作品群を指す。シンポで池澤さんは「従来の世界文学全集は白人の死んだ男の物語ばかりだといわれる。女性の作品もなかった。欧米と男性中心の文学。そんな旧来のカノンへの批判も込め、いまの世界を読み解く作品を絞っていった」と語る。
 続いて発言したグーセンさんは「リストを見ると、アジア、南米、アフリカが目立ち、なるほど、と思った。これまでの世界文学全集で一番多様性があり国際的だ」という。
 沼野さんも「時代を超えた価値観の体系などありえない。それぞれの時代の価値観やイデオロギーに合わせてカノンも変わっていく。今度の全集には、池澤さんが世界をどう見て、どう切り取るかが端的に表れた」と評価した。
 柴田さんは「世界は私にとってこういう感じです、という自由研究の発表のようなものだと思う。24巻が対話し合って、違いの中からリアルな世界が立ち上がってくる」と感想を述べた。池澤さんは「私たちの読むべき本が以前とは変わったことを全集で表現できた」と手応えを語った。
 「なぜ日本人作家を入れない?」とグーセンさんに聞かれた池澤さんは「文学を『世界』と『日本』に分ける日本の慣習を踏襲した。もし日本人を入れるなら、村上春樹、大江健三郎、中上健次から各1作。それに石牟礼道子『苦海浄土』。4作のうち1作を選ぶなら『苦海浄土』」と語って会場をわかせた。
 池澤さんは「ケルアック『オン・ザ・ロード』(初回配本)がいい例ですが、移動によって何かをつかむ。『世界文学全集』収録作品のほとんどの主人公が動いている。境界線を越えようとする。期せずしてそんな作品ばかり選んでしまった」と締めくくった。
 『世界文学全集』は池澤さん自らの文学の営みを映す鏡でもあるのだろう。今後、1、2集各12巻を2年間で完結させる。(毎日新聞08年1月24日夕刊・米本浩二記者)

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2008年1月20日 (日)

海堂 尊さん・著者メッセージ: 『死因不明社会』著者

(講談社BOOK倶楽部メールマガジンより) 現役医師で、第4回「このミステリーがすごい!」大賞作家が、
 渾身の作――『死因不明社会』=「死因不明社会」から、「死因偽装社会」へ

「タイトルを思いついて1年、『死因不明社会』を上梓して見回すと、現実は、
 『死因偽装社会』だと気づかされます。
  巷からは、死因がわからなくても問題ないのでは? という声が聞こえます。
 そうでないことを渾身の力を込めて書いたのが本書です。
  死因を偽装し続けた社会体制は、必死に実態を取り繕おうとしています。全
 体像を掴みきれない市民は、問題を認識できません。メディアでさえ、法医学
 者の主張と混同します。エーアイ問題は、法医学や司法解剖といった小分野の
 問題ではありません。日本全体の社会制度に係わる大きな問題なのです。
  法医学者が問題にするのは、年間5000体の司法解剖遺体。エーアイの対象は
 死者全体、年100万人。エーアイで検索し、解剖の適否を判断します。「死因
 不明社会」は、司法解剖制度の充実では解消しません。解剖はエーアイの下流
 に位置し、しかも適用率たった2%なんですから。
  偽装を見破り是正するには、真実の理解が必要です。現状を甘受することは
 怠惰であり、怠惰の中の「無知」に常住し続けることは、「罪」なのです。
 この講演で、現代社会の実相を理解していただけたら幸いです。」(海堂 尊)
<<海堂尊氏によるトークイベント&サイン会開催>>=自身のライフワーク「Ai」(死亡時画像病理診断)と、崩壊寸前の日本の医療、
 『チームバチスタの栄光』『死因不明社会』執筆の舞台裏などについて、
 海堂氏が熱く語ります。◆日時:1月26日(土)13:00開場、13:30開演◆会場:紀伊國屋ホール(紀伊國屋書店新宿本店4F)◆入場料:1,000円(全席指定・税込)◆チケット取扱:キノチケットカウンター(新宿本店5F 10:00~18:30)◆お問合せ・電話予約:紀伊國屋ホール【03-3354-0141】

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2008年1月 1日 (火)

年賀メッセージ1: 島田荘司さん

(講談社メールマガジンより)
 みなさん、明けましておめでとうございます。島田荘司です。
 2008年が明けました。今年はいよいよパワー全開の年にしたいと思ってい
ます。故郷福山市では、「福山ミステリー文学賞」が始まります。
 福山市に続いて台湾でも、「島田荘司展」の開催が決定しました。
 台湾では、さらにみなさんをびっくりさせるイヴェントが続く予定です。日本
の本格は、いよいよアジアに、そして世界に船出をしていきます。
 けれど、今年のメインは何といっても大河ノベルです。世界中に熱狂的なファ
ンを持つ士郎正宗さんと組んで、まず3ヵ月、連続刊行します。それから少し休
んで、今度は9ヵ月の連続刊行です。こちらは北米廻りで世界を目指します。
 準備は終わり、いよいよ夢に向かいます。今年から、始めますよ!
『島田荘司 very BEST10』
 著者選5作品に読者選5作品をプラスした全10作品。収録した全作品の、ほぼ
 全ページに渡って島田さんご自身の加筆・訂正が入っています。
 島田さんのお言葉を借りれば「すべてが完全改訂版」といっても過言ではない
 仕上がりになっています。
 これはまさにゴッド・オブ・ミステリー、島田荘司の入魂の一作。

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「定年後」(岩波新書)の加藤仁さん

定年後、自由な時間は二十年間で約八万時間に上るという。数多くの定年退職者を取材してきたノンフィクション作家の加藤仁さん(60)も団塊世代の一人だ。今後、八万時間とどう付き合えばいいか。その心構えや可能性を聞いた。 (広川一人)

 近著「定年後」(岩波新書)が売れているが、「団塊」をあえて本のタイトルから避けたという。「団塊と付けた途端、一番読んでほしい団塊世代は逃げちゃうんです」

 ほかに「全共闘世代」「ビートルズ世代」などの呼ばれ方も「一面的」と話す。一九四七年生まれの大学進学率は20%弱で、学生運動に加わったのは、さらにその一部。ビートルズ人気が爆発した高校三年にレコードを持っていたのはクラスで数人。ニューファミリーも、既に始まっていた核家族化の流れに乗ったにすぎない。「こうした十把ひとからげの扱いに反発するのが、われわれ世代の特徴でもある」

 加藤さんが定年退職者を追い始めて二十七年がたつ。会ったのは三千人を超える。前の世代との一番の違いは、「戦争体験の有無」。十年に一度経験した明治生まれは、定年後の楽しみのために冒険し、退職金をつぎ込んでしまう面白い人がいた。それに比べ、団塊世代は生死のリスクを味わっていないためか「保守的」にすら見える。

 定年後の生活を聞くと、円グラフに一日の予定表をきれいにつくろうとする。自由な時間なのに、会社員時代と同じくルーティンワークの発想から抜け出せないという。

 定年後の八万時間は、一日に使える十一時間の八十歳までの累計だ。これは四十年間の法定労働時間に相当する。

 加藤さんは「ダイナミックに使おう」と呼びかけ、第二の人生を謳歌(おうか)してきた人を紹介する。

 六十歳まで助産師をした四国の女性は、「老後は自分のために」と海外旅行を始めた。飛行機代が割安な韓国便を利用するなど、お金をかけずに旅し、八十三歳までに延べ百十七カ国を歩いた。

 年老いて健康問題に直面するならと一念発起し、一花咲かせた人もいる。鍼灸(しんきゅう)の専門学校で東洋医学を学んだ男性は、北京に留学し、帰国して自分の鍼灸院を開いた。

 元製造業の管理職は、高血圧の予防に効くというツルムラサキを研究し、日本の第一人者になった。妻もツルムラサキ料理を考案するなど、夫に協力。畑仕事で体も使い、健康に恵まれた。

    ◇

 こうした人々の原動力は「一点突破」。徹底的なこだわりが生きがいにつながり、「豊かな途」が開けたという。

 大切なのは、自分の七十代、八十代をイメージすること。「会社員時代なら上司が目標でもいいが、退職後は親や知人、先生など身近にいて、その生き方に共感できる人を手本にすればいい」

 七百万人もいる団塊世代の多くは、パソコンやインターネットの操作を苦にしない。「この指止まれ」と発信すれば、「仮に一万人に一人が関心を持っても、七百人が集まってしまう。新たな人間関係を構築しやすい。どんどんチャレンジしていこう」。加藤さんは同輩たちにそうエールを送った。(東京新聞2007年6月13日付)

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2007年12月10日 (月)

『全短篇』を刊行 宮本 輝さん(作家)

(【土曜訪問】東京新聞07年12月8日)
 「僕の場合、長編が具象画だとしたら、短編は抽象画でしょうね。読み終えて日がたつごとに、文章として書かれていなかったものが、読み手の中に浮かび上がってくる。それが優れた短編だと思う」

 卓抜したストーリーテラーとして、数々の名作を生み出してきた宮本輝さん(60)。還暦と作家生活三十年の節目に、単行本未収録を含む三十九の短編小説を収めた『宮本輝全短篇(たんぺん)』(上下、集英社)を刊行した。

 昭和三十年の大阪を舞台に川の畔(ほとり)に住む子どもたちを描き、太宰治賞を受賞したデビュー作「泥の河」。鮮烈なラストシーンの残像が消えない芥川賞受賞作「螢川」、予備校生たちが「生と死」を見つめる「星々の悲しみ」-。「血ヘドをはくような思い」で書き継いできた作品群は、生きることの哀(かな)しさや歓(よろこ)びを叙情あふれる筆致で描き、深い余韻を残す。

 兵庫県伊丹市の自宅応接室。宮本さんは穏やかな口調で、しかし熱っぽく、「短編小説論」を語った。「足場だけ組み、まだ建っていない家がどんな建物なのかを見せる作業かもしれません」。例えば、「泥の河」を子どもの視点で描いたのは「抽象性」を重視したためだという。「子どもは多くを語らない。説明できませんから。人間の営みや時代の移りゆく様を、大人に語らせたくなかった。描写でいきたかった」

 小説に親しんだのは中学生の頃。貧困。家の中は諍(いさか)いが絶えず、母親はアルコール依存症に。現実から逃れるように押し入れの中で読んだ『あすなろ物語』(井上靖著)に感動し、読書に熱中するようになる。
 
 二十五歳で強度の不安神経症(パニック障害)を発症したことは、一つの転機になった。「苦しかった。発作が強くなり、会社勤めができなくなった。あの病気があったから、思い切って小説家になろうという決心がついた。それ以外に生きる道がなかった」。今も完治していないこの病気の最大の特徴は「死の恐怖」だという。「だから、とことん若い時に『生と死』というものに向き合う時間を持った。それも一年や二年じゃない」。『全短篇』をはじめとする作品の端々にちりばめられているのは、自らの重い体験と、それに導かれた深い思索だ。
 今年はライフワークとなった自伝的大河小説『流転の海』の第五部も刊行した。「父と子」をテーマに、三十五歳で書き始めて二十五年。父親をモデルにした主人公松坂熊吾は六十歳になり、宮本さん自身の年齢がやっと追いついた。
 小説の行く末が気になる年配の読者からは「早く完結させて」という手紙も来る。「熊吾が七十歳で死ぬ八部まで続けます。何とか六十代に終えたい。長くおつきあいいただいている読者には、本当に申し訳ないんですが…」。熊吾一家と歩んできた読者との「同志的連帯感」が、創作意欲を支える。
 「クリエーティブな頭脳が、何歳ぐらいまで人間に可能なのか分からないが、僕は八十五歳まで書きたいと思っている。井上靖さんは八十歳を過ぎてから『孔子』を書いた。大変な作家ですね」
 常に意識するのは、三十年前の原点「泥の河」だという。あの時、「いかに削るか」ということを精いっぱい、おのれに課した。「もう一度その世界に戻るべきだ」と感じている。つまり、戻っていくのは長編ではなく、短編の世界だ。「削って、削って、削って、もうこれ以上削ると読んでいる人が分からなくなるぐらい削りたいですね」。宮本文学の神髄が、そこにある。 (石井敬)

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2007年11月14日 (水)

 白石一文さん「心に龍をちりばめて」

《著者来店》荒々しい暴力と波乱(07年11月6日 読売新聞より)
 ハードボイルド風の新作に合わせ、ジャズが流れるバーで写真を撮影した。「前は飲んでも苦しいだけだったのに、最近お酒がおいしくて……」。グラスを手に、いい雰囲気でつぶやく。
 酒の味も変われば、小説への意識も少し変化するのだろう。デビュー8年目。エンターテインメント性に徹した意欲作だ。政治家を目指すエリート記者との結婚を控えた34歳の美帆。だが、龍の入れ墨を背負う幼なじみの優司と再会し、信義を通す骨太な生き方に引かれていく――。
 特徴的だった思索的な文章は影を潜め、荒々しい暴力と波乱の物語が走り出す。「今までは小説の流れを断ち切っても、言いたいことを書いてきた。それが悪いと思わないが、今回は、ノンストップで読める面白い小説にしてみた」

 内省はそぎ落としても、美帆の行き着く恋愛の危うさや亡き母との絆(きずな)が、龍という神秘的存在に包まれるように伝わる。読後感の深さは変わってはいない。直木賞作家、白石一郎を父に生まれ、月刊誌や週刊誌で活躍する大手出版社の敏腕記者だった。だが、精神的に行き詰まったことをきっかけに退職、絶望や苦しみの中で生きる意味を小説に託し問い続けてきた。

 人と交わるのが苦手で、「華やかな青春を送ったこともないし、恋愛のすばらしさも、もう忘れてしまった」という。「人生楽しくないですよ。ひょっとしたら、おれって龍にでもなりたいのかも」。深い悲しみを知るからこそ、心に響く物語を生み出せるのだろう。創作を仕事と思ったことは一度もない。ずっと小説を書き続けてきたのは、「自分とは何者かを知りたいから」と話す。「早く本当に書きたいものを見つけたいと思っている。でもすでに見つけているのかもしれない。買ったけれど、まだ開けていないウイスキーのように」(新潮社、1500円)(佐藤憲一)(07年11月6日 読売新聞)

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2007年10月26日 (金)

野間文芸翻訳賞のアクーニン氏「日本への愛伝えたい」

(asahicom7年10月24日付)
 ロシアで空前の推理小説ブームをつくったベストセラー作家ボリス・アクーニン氏(51)が、日本文学の優れた翻訳に贈る野間文芸翻訳賞(講談社主催)を先ごろ受けた。ソ連時代に「ファシストとみなされて出版を禁じられた三島由紀夫の作品を、発表のあてもなく翻訳した」仕事が対象だ。モスクワであった授賞式では「小説の助けを借りて、日本への愛を伝えたい」と意欲を語った。

 受賞を機にモスクワ郊外の自宅で話を聞いた。アクーニンは筆名で、日本語の「悪人」や無政府主義者バクーニンなどにちなむ。本名はグリゴリー・チハルチシビリで、父がグルジア系だが、モスクワで育った。

 14歳の時、三島の割腹自殺に衝撃を受けた。しかし、モスクワ大で日本語を学び、日本文学の専門家になってその作品に接すると、「彼のイデオロギーや人生に関心を失い、形象や心理的性格の正確な描写、ニュアンスの巨匠としての三島に魅了された」。

 発表の目がなかった翻訳だが、「逆に自分のためだけに訳せた。一つの文章を100回練り直すこともあった」という。ペレストロイカの到来したソ連末期にやっと発表された「金閣寺」や「憂国」などの訳業が今回、「三島の芸術的な文体に匹敵するものをロシア語で再現した」(選考委員の沼野充義・東京大教授)と高く評価された。

 日本の作家では、「詩的で寡黙な散文を書く丸山健二にもひかれる」。「素朴や単純の美、結果より過程を大事にすることなど、人間形成期に日本から学んだことは大きい」とも言う。

 「できることはやった」と感じ、翻訳はやめた。代わりに98年から始めた人気の連作推理小説「ファンドーリンの冒険」などで日本に触れたり、舞台にしたりすることが増えている。「日本との縁は切り離せない。そうやって日本への愛を、できるだけ多くの読者に感染させたい」

 新分野の開拓にも最近は意欲的だ。12月には、登場人物に自分の好きな俳優をあてはめ、筋の進行に、そうした俳優の出た映画の場面の絵を多数組み合わせ、小説と映画の融合を図る「ロマン・キノー」の第1作が出る。

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2007年10月21日 (日)

日本人アーチストが、国際豆本コンペで2年連続の特別優秀賞=米国オハイオ州

文学フリマ仲間だった赤井都さんが、また豆本で快挙!
日本人アーチストが、国際豆本コンペで2年連続の特別優秀賞=米国オハイオ州

《赤井さんからのコメント》
 海岸印刷の橋目さん(海岸印刷)と赤井との出会いは、2005年11月の文学フリマ。出品されていたカードサイズの活版印刷歌集を見て、赤井が印刷を依頼。MBS受賞作『籠込鳥』の次作の計画がスタートし、活字を買いに行くところから本作りが始まりました。

 和紙は透明度がありすぎるため、裏移りしない(両面印刷可能な)、かつ豆本に適した薄さで、しなりのある和紙を求めて、二人で和紙店をはしごし、捜し歩きました。
 この本では、ページをめくっていくにつれ、黒い文字が銀色に次第に変化していきます。赤井が書いた雲のウサギのストーリーの、現実的なシーンから幻想的なシーンへの移行を、インク色のグラデーションで表現。これは休憩中の喫茶店で出されたアイデアです。

 また特装には、雲をイメージしたモヘアジャケットがかかっています。これは編み物のエキスパート濱田が、本に合わせて手編みしました。

 赤井との出会いは、渋谷のレンタルボックス「月箱」。出品されていたふわふわのマフラーを赤井が見て、これが
本のジャケットになったらと想像。ジャケットの厚みで小口が開かないよう・本を開いたときにジャケットが外れないよう・頬擦りしたくなるボリュームを出すなど、本好きの赤井からの要求を、編み物好きの濱田が叶えました。「いつまでも触っていたい」愛玩できる手触りと、「箱を開けるたびに増えてきそう」な、アーティスティックな見た目のインパクト。読書中、手のひらの中にふわふわが持続する不思議な読書体験となります。

 このように、雲のウサギの柔らかなイメージを、製本、印刷、ジャケット編み、20~30代の三人の女性が協力して形にしました。


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2007年10月14日 (日)

『不気味で素朴な囲われた世界』西尾維新氏の近況

 (講談社メールマガジンより)
 今月の西尾維新さんはすごい。新刊『不気味で素朴な囲われた世界』を講談社ノ ベルス版とハードカバー版で同時刊行、そして『きみとぼくの壊れた世界』もハードカバー版で刊行します! さらに『西尾維新スターターパック』の発売、デビュー5周年フェア開催と、本当に盛りだくさんです。今回は『不気味で素朴な囲われた世界』の発売にあたり、ミス館読者のために、西尾維新さんからコメントを戴きました。また、あわせて講談社BOXの太田、第三出版部の安藤からのコメントもお届けします。
************
 こんにちは、西尾維新です。
 『不気味で素朴な囲われた世界』がついに発売の運びとなりましたので、ご挨拶にうかがいました。『不気味で素朴な囲われた世界』、略して『ぶきそぼ』。ま あ2003年に出版していただいた『きみとぼくの壊れた世界』と同系統のお話なのですが。
多少裏話をしますと、当初『きみとぼくの壊れた世界』の世界観はシリーズ化するつもりはまったくなく、単発で終わらせるはずだったのですが、その本の表紙及び扉絵を担当してくださったTAGRO先生のイラストに惚れ込んで、「またTAGRO先生にイラストを担当して欲しい! 」という気持ちから続編タイト ルを予告したというのが、『不気味で素朴な囲われた世界』執筆のきっかけです。
タイトル発表から発売まで、結構時間が経ってしまいましたが……また、その内にミステリーシーンを取り巻く環境も随分とまた変わってしまいましたが、しかしまあそれはともかく、『不気味で素朴な囲われた世界』に対して描いていただいたTAGRO先生の素晴らしい仕上がりのイラストを見て、僕の判断は間違ってなかったのだと安心しました。探偵役の病院坂迷路を始めとする、描かれたキャラクターを見せてもらったときは、「ああ、この小説を書いてよかったなあ」と、作家冥利に尽きる思いでした。その上今回は前作と合わせてやたら格好いいハードカバー版も一緒に出していただけるということで、なんというか、とても幸せですね。 しかしこうなるとまた同じ気持ちになってしまうのが人情というもので、『きみとぼくの壊れた世界』・『不気味で素朴な囲われた世界』は二部作で終わらせるつもりだったのですが、もう一回! 同じ世界観で推理小説を書いてみたくなってしまいました。
タイトルは『きみとぼくが壊した世界』。
発表がいつになるかというのは例によってわかりませんが、それまで『不気味で素朴な囲われた世界』を読みながら、お待ちいただければと思います。 それでは。<西尾維新>

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2007年9月20日 (木)

「千の風になって」翻訳・作曲者ー新井満氏

(村串栄一記者インタビュー・東京新聞9月14日付)CD百万枚を突破した、秋川雅史さんが歌う「千の風になって」。英語の原詩を翻訳し、曲をつけたのは新井満(61)さん。翻訳作曲のきっかけは、ふるさと新潟に、小、中学校が同窓の幼友達がいたが、彼の奥さんが48歳で亡くなってしまった。その追悼文に載っていたのがこの詩。死者が生者に語りかけるという詩の内容に驚いたのがきっかけ。最愛の妻を亡くした幼友達の悲しみを癒すため、ただそれだけに作ったもの。百万人に聞いてもらえるなんて考えてもみなかった。
歌を発表してから五千通の手紙をもらった。そのなかに「自分も以前から感じていたことが歌になっている」とあった。その通りなんです。新しい発想じゃないんです。歌の根底にあるのはアニミズム。万物に生命は宿っているという宗教観です、と語る。知人に勧められて大沼に山荘を購入。大自然にどっぷりひたったところから、この作品がうまれたという。
《あらい・まん。1946(昭和21)年新潟市生まれ。上智大法学部卒。「電通」に入社し、チーフプロデューサーとなる。昨年5月に定年退職。電通時代から作家、作詞・作曲家、歌手、写真家などとして活躍。88年、「尋ね人の時間」(文芸春秋)で芥川賞受賞。日本ペンクラブ常務理事。中日新聞北陸本社主催の日本海文学選考委員。》
最近のペンクラブの活動・穂高さんのニュース「法務省は強制的な勧告で、表現の自由を阻害するな!=日本ペンクラブ

新井満氏インタビューは、雑誌「抒情文芸」124号でも、行なわれている。

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2007年8月31日 (金)

宮城まりこさんと吉行淳之介(2)

友人の安岡章太郎氏は「吉行淳之介」(64年10月号群像)、「吉行淳之介と自動車の関係」(65年6月号小説新潮)で、吉行から電話があり「いまホテルの二階の窓から街の灯をみていたら、それが、ひどく綺麗である」といようなとりとめない話をしたという。
「これは、まるで高校生が恋愛病にかかったような症状ではないか。しかし、その時の私はまさか吉行が実際に恋愛しはじめたとは思いつかなかった。
私が吉行の口から恋愛について、かなり深刻な口調で相談を受けたのは、それから一と月ばかりたってからである」。《出典・山本容朗著「人間・吉行淳之介」(文芸春秋)より》

僕は、20歳の頃、吉行と宮城さんの関係を知って、作家として人間的な面を垣間見た気がして、新鮮な感じを受けたのを覚えている。吉行は性に関する小説が多いので、長く読まれるかと思っていたが、そうではないらしい。流行作家が、死んでしまうと売れなくなる作家と、死後も売れる作家がいる。読者に同時代意識をもたれている作家は、その生き方が関心をもたれている要素があるのではないだろうか。だから、死んでしまうと情報発信がなくなるので、読まれなくなる。また、松本清張のように死後も読まれている作家もいる。

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2007年6月 5日 (火)

霧舎巧さん『十月は二人三脚の消去法推理 私立霧舎学園ミステリ白書』

 講談社ノベルス霧舎学園シリーズの霧舎巧さん。このたび、シリーズ最新刊『十月は二人三脚の消去法推理 私立霧舎学園ミステリ白書』を発売。
《コメント》
 エラリー・クイーンの三大発明をご存知ですか? 
 ダイイング・メッセージと、読者への挑戦と、消去法推理です(って、私が勝手にそう名づけているだけですが……)。いずれも本格ミステリ作家なら、一度は挑戦してみたい魅力的なテーマばかりです。
 かく言う私も、前二つはすでに自作で試みた経験があり、残る一つにチャレンジしたのが、今回の『十月は二人三脚探偵の消去法推理』ということになります。
 もっとも、クイーンに真っ向から挑戦しても、はじき返されるのは目に見えているわけで、今回も霧舎流に、わき道、抜け道、隠れ道を探しては、自分なりのルートを開拓したつもりです。お手に取って確認していただければ幸いです。なお、しおり代わりに羽月琴葉の名刺がもれなくついてきます。<霧舎巧>【講談社ミステリーの館】2007年6月号より

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2007年6月 4日 (月)

古野まほろさん。『天帝のつかわせる御矢』

2007年1月に第35回メフィスト賞『天帝のはしたなき果実』でデビューした古野まほろさん。このたび講談社ノベルスより第二作目『天帝のつかわせる御 矢』が発売。
《コメント》
 村は五月の恵みにみち、ひとつしかないカフェからは、はるか彼方の旧市街と大聖堂がおぼろに霞んでいるのが見えます。シトロン・プレセの美味しい季節になりました。
 さて、探偵小説は何よりも遊技です。ひと固有の淫靡な探偵心をそそる、遊技です。そして、それは世界のまことを構成するただひとつの要素、すなわち夜の夢だとか。およそ遊技であるならば、いわゆる人間からも、社会からも、意味からも自由です。
 およそ夢であるならば、それは意識からも、日常からも、連続性からも自由です。ただし、形破れであっても形無しは許せない。匣(はこ)あってこその遊技であり、夢だから。と、いうわけで、寝台列車です。
 豪華絢爛な夢を。そのための空想的ベル・エポック。きちんとした、遊技を。そのための理想的クローズド・サークル。連続殺人事件であるのは、淫靡な探偵心に奉仕するため。こころの欠損したおとこのこが救われたり見失ったりするのは、夜に帰属するため。とすると、一人称で、異国をさまよう、ありえない平成浪漫が綴られているのは、たぶんこの世界にきちんといられる場所を持たないからでしょう。
 そして唐突ですが、このようなところで、手紙と本とラジオと電話しかない暮らしをしていると、日本語の美しさと、これに秘められた未知のちからがとても愛おしく思えます。漢字の持つイマージュの豊穣さ。ひらがなのたをやかさ。カタカナの凛々しさ。その無限のコンビネゾンは、抵抗できないほど艶なるものを訴えてやまないのです。
 だから、こうなりました。
 つまりこれは漱石的粘着質の左違(さい)のダダイスト的何か、です。どうぞ御一読ください。<古野まほろ> 
  【講談社ミステリーの館】2007年6月号より

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2007年6月 3日 (日)

篠田真由美(ミステリー建築探偵のいきさつ)

建築探偵桜井京介の事件簿シリーズの第一作『未明の家』が講談社ノベルスから刊行されたのが1994年9月。
書き出すきっかけを下さったのはいまはなき編集者宇山秀雄氏で、18世紀ヨーロッパの古城を舞台にした連続殺人という、当 時としてはとんでもなく規格外れな作品でデビューしてしまった業界の右も左も わからない新人に、「あなたはぼくの方の人だと思ったから」という正直ナンダ ロカ、という理由で電話をくれ、「過去で外国は売れないから、やっぱり現代の 日本を舞台にミステリを書いてね」と率直な注文を頂いたものの、なにしろ自慢ではないが私はそのときまで、「現代の日本」を書いたことがなかった。
ファッ ションのことなら現代人のそれではなくメディチ家支配時代のフィレンツェではなにが流行っていたか聞いてくれ、てなもので、なんとか少しでも自分の得意な フィールドに話を持ち込もうとして、本格ミステリではよく舞台に使われる西洋 館に建築史的なリアリティを盛ることを考えつき、「建築探偵」ということばを東大教授にして建築史家藤森照信氏の著書から無断借用した。
 しかし物語は書き続けることで成長し、変化する。いまやシリーズは主人公桜井京介と彼を取り巻く人々の一大サーガと化し、番外編やスピン・オフの枝葉を伸 ばしながらひとつの森のように繁り立ち、なお成長を続けつつある。それがどこ に行き着くのか、実のところ作者にもよくわからない。
今月刊行の『一角獣の繭』を含むあと三作で、ひとつ大きな節目を迎えるということだけは確かなのだが。<篠田真由美>【講談社ミステリーの館】2007年6月号 より。

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