2008年12月 2日 (火)

「西日本文学展望」西日本新聞12月1日朝刊/長野秀樹氏

<今月は、医療の現場を舞台とした作品が目をひいた。>
辻一男さん「嗄声(させい)」(「詩と真実」713号、熊本市)、都満州美さん「白衣を脱ぐ時」(「海峡派」114号、北九州市)。
朝比奈敦さん「町医者」(「飃」79号、山口県宇部市)、井上明さん「遂に花開く」(「詩と真実」)。
「飃」では米田直人さん「街という名の主人公」が、高校生としては落ち着いた描写力があり、将来を期待させた。
「文学界」本年度下半期優秀作、江口宣さん「イエスよ涙をぬぐいたまえ」(「九州文学」)。(「文芸同人誌案内」掲示板・日和貴さんまとめ)

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2008年12月 1日 (月)

文芸時評11月(東京新聞11月26日)=沼野充義

タイトル=谷崎由衣「ガルラレーシブへ」自分探す旅の快さ=加藤典洋・長編評論「薄れる“主人公の単一性”」=ゆっくり感に深み「同人誌優秀作」。

《対象作品》阿部公彦「スローモーション考」(南雲堂)/「文学界」同人雑誌優秀作・江口宣「イエスよ涙をぬぐいたまえ」(初出「九州文学」・文学界)/宮崎誉子「青瓢箪」(「新潮」)/谷崎由衣「ガルラレーシブへ」(「群像」)/加藤典洋「関係の原的負荷―二〇〇八、『親殺し』の文学」(「群像」/藤元優子ほか・特集「イラン女性文学」(「すばる」)。

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2008年11月29日 (土)

文芸時評(毎日新聞)11月25日=川村湊(文芸評論家)

タイトル「小説の中の小説家」「描かれる“存在”の軽さ」「言葉の復活、逆説的にもくろみ」
《対象作品》清水博子「台所組」(群像)/鹿島田真希「酔いどれ四季」(すばる)/宮崎誉子「青瓢箪」(新潮)/上村渉「射手座」(文学界)/松波太郎「廃車」(文学界)。

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2008年11月14日 (金)

文芸時評(讀賣新聞・西日本地域版11月7日夕刊)松本常彦氏

《対象作品》渡邉弘子「漬物石」(「南風」24号)・野見山潔子「ここにおる。」(「季刊午前」39号)。由比和子の歴史小説集『月兎慕情』(花書院)。今村元市『北九州文芸あれこれ』(せいうん)について、北九州の文芸を知るには不可欠必備の一書。(「文芸同人誌案内」掲示板・日和貴さんまとめ)。

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2008年11月 1日 (土)

文芸時評10月(東京新聞10月30日)沼野充義(東大文学部教授)

《対象作品》黒井千次、津島佑子との座談会「『蟹工船』では文学は復活しない」(「文学界」)すばる文学賞・天埜裕文「灰色猫のフィルム」(すばる)/文藝賞・喜多ふあり「けちゃっぷ」(「文藝」)/津村記久子「ポストスライムの舟」(「群像」)/柴崎友香「宇宙の日」(「文藝」/角田光代「闇の梯子」(「文学界」)/磯崎憲一郎「世紀の発見」(「文藝」/詩人・野村喜和夫「まぜまぜ」(「すばる」8月号・11月号に掲載)。

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西日本文学展望「西日本新聞」10月31日朝刊・長野秀樹氏

《対象作品》古木信子さん「去りて果てなん」(「季刊午前」39号、福岡市)、渡邉弘子さん「漬物石」(「南風」24号、福岡市)
有森信二さん(福岡県太宰府市)『火の音』(花書院)
「周炎」40号(北九州市)暮安翠さん「ラマダンの星」、「文芸山口」281号(山口市)浜崎勢津子さん「女の城 1章 館長矢島充子」。(「文芸同人誌案内」掲示板・日和貴さんまとめ)。

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2008年10月31日 (金)

文芸時評10月(毎日新聞10月27日)川村湊(文芸評論家)

《対象作品》中村文則「なにもかも憂鬱な夜に」(「すばる」)/新潮新人賞・飯塚朝美「クロスフェーダーの曖昧な光」「新潮」)/すばる文学賞・天埜裕文「灰色猫のフィルム」(すばる)/青山七恵「かけら」(新潮)。

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2008年10月30日 (木)

文芸時評<文学10月>(読売新聞、10月28日)

(文化部 山内則史記者) 携帯さえあれば話せる。便利な道具を手にした反面、現代人はじかに話し、接触する「直接性」から遠ざけられている。今月は文芸誌3誌に新人賞が出そろったが、文藝賞の喜多ふあり氏(28)「けちゃっぷ」(文藝冬号)は、そんな時代の感触をよく伝えている。
 親の仕送りで暮らすニートの女性〈私〉は、3か月誰とも話さず、自分の考えや妄想をひたすらブログに書いている。〈私〉のブログにコメントを書き込んだヒロシが目の前に現れても、会話はブログを介して。〈私〉には、テレビの中もネットの中も現実の世界も、〈自分との距離が等間隔の同じ一つの世界〉としか感じられなくなっている。
 ヘラヘラ笑いのブログ文体で疾駆するこの小説の、ある種のばかばかしさの中で、世界の速度を停滞させるかのような映像のもたらす重苦しい不安が、〈私〉にも読者にも、一段と切実に迫ってくる。
 「野ブタ。をプロデュース」でデビューした白岩玄氏(25)は、4年のブランクを経て受賞第1作「空に唄う」(同)を書いた。23歳の僧〈海生(かいせい)〉と、病死した同い年の女性の霊との交流と別れを描くゴースト・ストーリー。その女性の通夜の席で、住職である祖父の脇で経を上げた海生は、死んだはずの彼女の姿を棺の上に見る。見えているのは海生だけ。自らの死を実感できない彼女には、海生と自分の声以外に音が聞こえない。
リアルな感覚から大きくはずれていかないのは、ネットやゲームの仮想世界と現実が併存する現代と、あの世とこの世がつながっている小説世界が、似通っているからかもしれない。バーチャルとリアルを行き来することは、現代に生きる人々には日常になっているのだから。
 今月は、親子関係を見据えた秀作が目立った。津村記久子氏(30)「ポトスライムの舟」(群像)は、昼間は化粧品工場のライン労働、夜はカフェで給仕のパートとデータ入力の内職、土曜はパソコン講師といささか働き過ぎの30歳前の独身女性が主人公。母親と住む奈良の古い大きな家に、離婚騒動で学生時代の友人が幼い娘連れで転がり込んできたことから、やがて働くことに縛られた生活に変化が兆す。工場の同じラインの同僚など、市井の人々の生活の根っこにまで届いている作者の目線は細やかで、そこから暮らしのにおいが立ち上ってくる。
 父と娘の隔靴掻痒(かっかそうよう)の感情を巧みに切り取ったのは青山七恵氏(25)「かけら」(新潮)。父とふたり、サクランボ狩りの日帰りツアーに参加するはめになった20歳の大学生が、まともに話したことのない父との気詰まりな時間の中で、これまで目にしたことのない、愛想のよい父の顔を発見する。親子ではあるが他者でもある肉親という存在の両面性を照らし出す上で、カメラという小道具が利いていた。
 磯崎憲一郎氏(43)「世紀の発見」(文藝冬号)では、石油掘削設備の技術者として海外でも長く働いた中年男が、少年時代の不思議な出来事を思い起こし、親にとっては子供の存在だけが〈人生の時間を現実に繋(つな)ぎ止めておく担保〉になっていることに思い至る。デビュー作「肝心の子供」にもあった、脈々とつながっていく命の連続性への意識が、小説の時間の中でゆったりと息づいていた。(文化部 山内則史)

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2008年10月28日 (火)

文芸時評11月号(産経新聞10月26日)石原千秋(早稲田大学教授)

《対象作品》座談会=柄谷行人・黒井千次・津島裕子「『蟹工船』では文学は復活しない(文学界)/対談=原武史・秋山駿「団地と文学」(群像)/天埜裕文「灰色猫のフィルム」(すばる文学賞受賞作)/飯塚朝美「クロスフェーダーの曖昧な光」(新潮新人賞受賞作)/喜多ふあり「けちゃっぷ」(文藝賞受賞作)/安戸悠太「おひるのたびにさようなら」(同)。

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2008年10月 8日 (水)

エンターテインメント10月 今月の4冊(08年10月7日 読売新聞)

(文化部 村田雅幸)
「はみ出し刑事」 男の誇り
 人生、できれば裏切られずに過ごしたいものだ。が、小説は別。大沢在昌「狩人」シリーズ6年ぶりの第3弾『黒の狩人』(幻冬舎)は、いい意味で読者を裏切る。
 主人公は、前2作で脇役だった新宿署の暴力団担当刑事・佐江。組織におもねらぬ「はみ出し者」ゆえ、畑違いのやっかいな事件にかり出されてしまう。
 中国人ばかりを狙った惨殺事件が連続した。被害者に共通するのは、謎の刺青(いれずみ)があること。事件の背後には、中国国家安全部の影が見え隠れし、警視庁公安部も水面下で動くが、表だった捜査は佐江と、突如コンビを組まされた正体不明の中国人・毛とに任される。
 佐江が何とも魅力的だ。すねた男かと思えばさにあらず。〈カス札にはカス札なりの意地がある〉と吐く、タフガイなのだ。物語自体も、心理戦あり銃撃戦ありで一瞬たりとも目を離せない。加えて読み手は、予想を何度もひっくり返される。毛の視点から現代日本を客観的に浮かび上がらせたのも新鮮で、読者を存分に楽しませつつ、最後には、自分も誇り高く生きたい、とすら思わせるだろう。 大沢在昌『黒の狩人』(上、下)痛快度★★★★☆ 疾走感★★★★★ 満足度★★★★☆

 恩田陸『きのうの世界』(講談社)は、軽々とジャンルを越境するこの作家にふさわしく、ミステリーともファンタジーとも、あるいはホラーともつかぬ独特の雰囲気を漂わせる。
 〈そこにあることに意味がある〉と伝えられる塔が3本立つ地方の街で、1年前に東京で失踪(しっそう)した男の死体が発見された。男はなぜ、ここで死んだのか。その謎と街の秘密とを、寄せては返す波のように少しずつ明らかにしていく恩田節とも言うべき「語り」が、今作はとりわけすばらしい。〈あなたは……〉という誰に向けたか分からぬ呼びかけで始まり、それに続く〈捨てられた地図〉〈焚(た)き火の神様〉〈同じ顔をした男〉といった意味深なキーワード。登場人物たちの目に映る物も少しずつズレており、核心に近づいたかと思えば、また遠ざかる。慣れぬ読者は戸惑うかもしれないが、結末に真っすぐ向かわないからこそ生まれる奥深い世界もあるのだ。 恩田陸『きのうの世界』幽玄度★★★★☆ 意外性★★★★☆ 満足度★★★★

 湊かなえのデビュー作『告白』(双葉社)は、教え子に娘を殺された中学教師の復讐(ふくしゅう)劇を、教師や犯人、級友らのモノローグを積み重ねて描く力作。ある独白を読めば、それまで嫌悪していた犯人に同情し、しかし別の独白を読めば、陰鬱(いんうつ)とした気分に逆戻りする。
 人の心とは難しい。単純に黒白とは分けられず、その間のグレーにしても、数えきれぬほどの段階がある。が、著者は新人離れした筆力でこの難敵に立ち向かい、成果を残した。いくら読み進めても救いがないのに、どうしても本を手放せないなんて……。今後の期待も大きい作家の原点を、みすみす見逃す手はない。湊かなえ『告白』衝撃度★★★★ ダークさ★★★★☆ 満足度★★★★

 最後は少し毛色の変わった作品を。ドナ・ジョー・ナポリ『わたしの美しい娘』(金原瑞人、桑原洋子訳、ポプラ社)。著名な童話を下敷きに、全く違った切り口から新たな作品に仕立ててきたナポリの新作は、グリム童話「ラプンツェル(髪長姫)」の変奏曲だ。娘を思う母の狂おしいほどの愛が、逆に娘を傷つける。果たして母子の運命は? いつまでも余韻が残る結末が待っているとだけ記しておく。ドナ・ジョー・ナポリ『わたしの美しい娘』切なさ★★★★☆ 独自性★★★☆ 満足度★★★☆

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2008年10月 2日 (木)

文芸時評9月(毎日新聞9月29日)川村湊

《対象作品》笙野頼子「八幡愚童訓」(「すばる」)/特集=新約・超訳「源氏物語千年紀記念」(「新潮」)江國香織(夕顔)、島田雅彦(須磨)、桐野夏生(柏木)、角田光代(若紫)、金原ひとみ(葵)/佐川光康「われらの時代」(「群像」)

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2008年10月 1日 (水)

<文学9月>戦火の絶えない「戦後」(読売新聞)

(文化部 山内則史)(08年9月30日 読売新聞)
自由求め信念貫く闘い
1945年生まれの池澤夏樹氏(63)が今月完結させた長編「カデナ」(新潮、2007年5月号~)で扱っているのはベトナム戦争。1968年、ハノイへ米軍機が頻々(ひんびん)と飛びたつ戦時下の、本土復帰以前のオキナワで、来歴も世代も異なる人々の命運が交錯するひと夏を中心に描く。
 米軍・カデナ基地に勤務する、米国人とフィリピン人の間に生まれた女性曹長、戦争で天涯孤独となった無線と模型の店の主人、地元の人気ロックバンドに加わる少年。三人三様のかわるがわるの語りから、おのおのの背負う歴史と、3人の連携で進行しているある秘密の行動、女性の恋人であるB―52のパイロットの苦悩から破滅までが明かされていく。
 戦争は攻撃される側だけでなく、攻撃する側の精神をも、手ひどく傷めつける。国家に従わざるを得ない個人は、その桎梏(しっこく)の中で、いかに自由を見いだすのか。いつ秘密が露見するかも知れぬサスペンス、巨大な力に翻弄(ほんろう)されながら信念を貫く人々のひそかな闘いに、読む側はいつか身を乗り出している。
 熱気あふれる60年代から9・11後の世界を照らし返す、ちょっとクールで繊細な反戦小説は、作家が94年から10年住んだ沖縄体験からも、たっぷり養分を吸い上げているだろう。
 高村薫氏(55)「太陽を曳く馬」(新潮、06年10月号~)には、冷戦構造終焉(しゅうえん)後にこの社会を覆った空虚と混迷、21世紀の新しい戦争の影が色濃い。高村作品おなじみの合田刑事は、別れた妻がニューヨークの同時テロに巻き込まれたと義兄から聞き、ツイン・タワーの崩落を脳裏に再生しては心のうつろに沈潜している。
 『晴子情歌』『新リア王』の中心人物、福澤彰之は、本作では死刑囚となった息子・秋道の父として、また東京・赤坂に曹洞宗の修行場を開いた僧侶として登場する。描かれるのは秋道の犯した殺人事件の回想と、修行場で起きたある出来事。その渦中で交通事故死した青年には、オウム真理教の信者だった過去がある。現代人が直面している閉塞、この社会の変質を見つめ、そこで生きる意味を言葉でとらえ得るかどうかの限界まで挑んだ、果敢な実験とも読める。あくまで言葉で時代と対峙(たいじ)しようとする作家の真摯さに圧倒された。
 中編では佐川光晴氏(43)「われらの時代」(群像)。児童福祉司として、親の虐待から子どもたちを救おうと粉骨砕身する善良な中年男がある事件でつまずき、うつ病になる。リハビリを兼ねて児童養護施設で働き始めるが、自分の胸の内をすべて見透かしているような同僚や子どもたちの悪意と邪気に満ちた声が、宿直中に筒抜けで聞こえてくる。壊れているのは周囲か、自分か。正義も倫理も信用も、確かと思われたものが揺らいで見える“われらの時代”の疑心暗鬼の様相を、平凡できまじめな中年男の日常に凝縮させた手腕がさえた。
 川端賞、三島賞の連続受賞で充実する田中慎弥氏(35)は「神様のいない日本シリーズ」(文学界)で新境地を開いた。野球チーム内でいじめにあう小四の息子に「野球を続けてほしい」とドア越しに語りかける父のモノローグ小説。ベケット「ゴドーを待ちながら」を巧みに踏まえ、3連敗から大逆転した伝説の日本シリーズ西鉄―巨人戦のあった58年に忽然(こつぜん)と消えた自分の父親への愛憎と野球をめぐる思い出、後に妻となる少女との中学時代の交流を息子に伝える問わず語りには、これまで前面に出ることのなかった作家の柔らかさと伸びやかさがあった。
 評論では加藤典洋氏(60)「大江と村上」(小説トリッパー秋号)が出色。相いれない地点から出発したかに見える大江健三郎と村上春樹が、同時代に対する距離の取り方で実はよく似通っていることを鮮やかに示し、痛快だった。

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文芸時評9月(東京新聞9月24日)沼野充義

《対象作品》黒川創「世界文学の構想」(「すばる」)/田中慎弥「神様のいない日本シリーズ」(「文学界」)/佐川光康「われらの時代」(「群像」)/特集=新約・超訳「源氏物語千年紀記念」(「新潮」。

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2008年9月30日 (火)

小泉今日子(女優)の書評・山本文緒『アカペラ』(新潮社)

―明日に期待していい?―
 撮影現場で、ヘアメイクのアシスタントをしている若い女の子に、何気なく「何年生まれ?」と尋ねたら「平成元年です」と、答えが返ってきた。年号が平成に変わったのなんか、私達にとっては昨日のことのようだが、その時に生まれた子供達がそろそろ社会に出て働く年になっているのだと驚いた。平成元年には若者だった私も、気付けば立派な中年世代になっている。
 3編の小説が収められた山本文緒さんの6年ぶりの新作は、3作品共通してダメな中年世代と、10代の少女の存在がある。
 「アカペラ」には、少し無責任な母親と、ユーモアたっぷりの祖父と3人で暮らす15歳の少女「タマコ」の、純情だけれど少し変わった恋心が。「ソリチュード」は若い頃に家出をしたダメ男が20年ぶりに実家に帰省し、昔の恋人の娘、小学6年生の「一花」との交流に複雑な思いを抱きながら、過去を振り返り、少しの希望を見いだす数日間が。「ネロリ」には、39歳無職の病弱な弟と2人で暮らす50代独身女性のひっそりとした日々の中に現れ、病弱な弟の恋人のような存在になる19歳の専門学校生「ココア」と彼らとの、深い絆(きずな)が描かれている。
 この本を読んで私は胸が熱くなった。社会の中でようやく現役感を感じる私達中年世代も、実はまだまだ不安を抱えて生きていて、上から叱(しか)られたり、下から突き上げられたりすることを心のどこかで期待しているのだ。圧倒的なエネルギーにやり込められたいような気持ちが何故(なぜ)だかある。この3編に出てくる少女達は、邪気のないエネルギーでダメな中年達を突き上げる。邪気がないから、残酷だけれど優しいし、壊れそうだけれど逞(たくま)しい。彼女達の存在がなんだか私には有り難くて感謝したくなった。
 自分を守るために、明日に期待し過ぎないように生きる中年世代にとって、明日を夢見る若さの輝きは眩(まぶ)しいけれど、大人として、その夢を守るという目標を持てるような気がするのだ。
 ◇やまもと・ふみお=1962年、神奈川県生まれ。2001年『プラナリア』で直木賞。ほかに『再婚生活』など。『アカペラ』(新潮社)¥1470 (本体¥1400+税)(08年9月29日 読売新聞)

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2008年9月12日 (金)

エンターテインメント9月 今月の4冊

(08年9月9日、読売新聞) (文化部 佐藤憲一)
アマチュアボクシングの青春が輝く百田尚樹(ひゃくたなおき)『ボックス!』(太田出版)は出色だ。大阪の私立高に入学した優紀は、再会した幼なじみの鏑矢(かぶらや)にボクシング部に誘われる。秀才だが中学時代、いじめられっ子だった彼は、抜群の運動センスを持つ鏑矢の強さにあこがれていた――。
 若い肉体と肉体がぶつかり合うスポーツに大言壮語は似合わない。本業は放送作家の作者は素直な文体で、天才型の鏑矢と地道な努力を続ける優紀の成長と挫折を追っていく。★5つで満点。☆は1/2点。百田尚樹『ボックス!』
青春度★★★★。熱血度★★★★☆。満足感★★★★★

 勝つために全力を傾けるスポーツ小説と対照的な世界が描かれるのは桂望実『平等ゲーム』(幻冬舎)。格差の固定化した本土の生活を嫌った人々が、瀬戸内の島で平等社会を築き暮らす話だ。すべてを全住民の投票で決め、仕事も4年ごとの抽選で変わる。この理想郷も歴史が証明してきたようにやはり欺瞞(ぎまん)的だが、島で生まれ嫉妬(しっと)や悪意を持たない純粋培養の青年が島外の人々と接し変容していく心の綾(あや)が無理なく描かれ面白い。結局、人間らしさを成長させる上で、負けることは勝つこと以上に大切なのかもしれない。桂望実『平等ゲーム』。人間味★★★★。設定の妙★★★。満足感★★★☆。

 馳星周『9・11倶楽部』(文芸春秋)は、格差社会からもはじかれてしまった小さきものたちに光をあてた。新宿に勤める救急救命士・織田が出会ったのは、歌舞伎町浄化作戦で不法滞在の中国人の親が強制送還され、残された子供たち。地下鉄サリン事件で妻子を失い、戸籍のない子供たちの親代わりとなることで家族の温かみを取り戻そうとする主人公の焦燥感が終始つきまとう。子供たちのテロ計画が生む矛盾に満ちたカタルシス。それこそが、暗部を見ないで平穏な生活を送る我々へ作者が突きつける、「現実」の刃なのだ。馳星周『9・11倶楽部』。カタルシス ★★★★。暗黒度★★★。満足感★★★★。
 最後は、2度の直木賞候補で注目を集める山本兼一『狂い咲き正宗』(講談社)。将軍の刀剣を管理する奉行の跡継ぎでありながら、父親と対立し刀剣商となった光三郎の目を通し、正宗、国広といった名刀にまつわる悲喜こもごもを紡ぎ出す。「武士の魂」だったはずの刀も幕末のこの時代には偽物があふれ、詐欺の道具にもなる。その腐敗と退廃が、武家支配の時代の終わりを暗示する。
 骨董(こっとう)趣味的な蘊蓄(うんちく)に加え楽しいのは、新妻の嫉妬に手を焼く主人公のあたふたぶり。朝帰りを追及する妻の恨み節のすごさを流行語にすれば、「もう、なんもいえねえ」ほどだ。山本兼一『狂い咲き正宗』。ユーモア★★★★。なるほど度★★★☆。満足感★★★★。(08年9月9日、読売新聞) (文化部 佐藤憲一)

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2008年9月 4日 (木)

文芸時評8月(毎日新聞8月27日)川村湊氏

《対象作品》楊逸「金魚生活」(「文学界」)/青木淳悟「このあいだ東京でね」(「新潮」)/桜井鈴茂「転轍機」(「群像」)/松本智子「ちんちんかもかも」(同)。

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文芸時評8月(東京新聞8月27日)沼野充義氏

《対象作品》水村早苗「日本語が亡びるとき」(「新潮」)/楊逸「金魚生活」(「文学界」)/青木淳悟「このあいだ東京でね」(「新潮」)/深津望「壁の向こうの彼女」(「群像」)/木村紅美「ハワイアンブルース」(「すばる」)。

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2008年8月29日 (金)

<文芸時評8月>読売新聞・山内則史記者

小川洋子氏(46)の短期集中連載「猫を抱いて象と泳ぐ」(文学界7月号~)が完結した。日本人にはなじみが薄いチェスが題材だが、その知識がなくても作品を味わえるのは、作家の関心が、チェスというゲームの中にある生の本質に触れる部分に向けられているためだろう。
「盤上の詩人」と称されたロシアのチェスのグランドマスターにちなんで「リトル・アリョーヒン」と呼ばれた、才能に恵まれた少年の生涯が描かれる。上下の唇がくっついて生まれた彼は、廃車になったバスに住む元運転手に7歳でチェスの手ほどきを受ける。だが、テーブルチェス盤の下に潜らないと次の一手を考えられない質(たち)のため、チェスのからくり人形に潜んで対局するようになる。少年は、デパートの屋上で体が大きくなり過ぎて地上に降りられず、そこで一生を終えた象に共感し、バスの中でチェスの師が体重250キロになって亡くなったことから「大きくなることは悲劇」と信じており、体の成長は11歳で止まる。
この小説世界にうごめく人々は、何らかの形で狭い場所に閉じこめられ、影から生まれ、やがて影の中へ去っていく印象がある。静謐(せいひつ)な空気の中で、奇妙に抽象化された生活を営んでいるのに、その苦楽が質感を伴って伝わるのは、少年が、八×八の升目で自在に駒を操り、チェスという回路で世界とつながり、真の自由を獲得しているためだろう。
小川作品の読者なら、『博士の愛した数式』を想起するかもしれない。宇宙の謎を解く鍵として、ひっそり発見されるのを待っている数学の定理を探求する数学者と、相手と盤上で心をぶつけ合い融合させて、一つの広大な交響曲を作り上げるチェスプレーヤーは、完全性へのクールな情熱を持ち、全き美に奉仕している点で相通じる。抽象度の高いコミュニケーションのゲームに少年の一生を凝結させる形で、この錯雑した現実から遠く離れた場所に一個の別世界を現出させる作家の筆は、鋭利さと稠密(ちゅうみつ)さを一層増している。
先日芥川賞を受けた楊逸(ヤンイー)氏(44)の受賞第一作「金魚生活」(文学界)も、コミュニケーションが重要なテーマになっている。中国から日本に留学し、中国人と結婚して出産を控える娘の手伝いに日本に来た母。そこで触れる異文化の感触と、仕事を続けるため母親に日本にとどまってほしいと考え、日本人との再婚を勧める娘のエゴイズムが物語を動かす。夫と死別した後、6年同棲(どうせい)している相手がいることを娘に言い出せず見合いに応じる母の心の揺れは、彼女が中国で世話する金魚の、ガラス一枚隔ててしか世界に触れられない孤独と閉塞(へいそく)に重なる。また、日本行きの機内で知り合った日本で20年暮らす北京出身の女性の造形、漢詩を愛好する大企業の部長と見合いし、日本語を解さぬ母が李白の詩を通してコミュニケーションを深める場面などに、作家の語る力と人間描写の非凡さを感じた。
今月は、水村美苗氏が評論「日本語が亡びるとき――英語の世紀の中で」(新潮)を書いている。アメリカの大学で参加した海外作家との交流プログラムの体験や、外国語習得の個人史を踏まえ、日本語で書くことが今、どんな意味を持つのか、明晰(めいせき)で辛辣(しんらつ)な見取り図が展開される。「近代文学の終わり」という言説を、世界の言語状況においてとらえ直し、日本文学の楽観できない現状と未来を看破している点が、新鮮だった。
このほかでは、巨大化した現代の消費都市で情報に方向づけられる人間の動線を可視化したような青木淳悟氏(29)「このあいだ東京でね」(新潮)、間取りがどうで、だれが住んでいるかもよく分からない生き物のような古い木造家屋に出入りする人々のとらえどころなさを描く谷崎由依氏(30)「月のまにまに浮かぶ家」(すばる)が印象に残った。(文化部 山内則史)(08年8月26日読売新聞)

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2008年8月27日 (水)

小泉今日子(女優)書評=『ラン』森絵都(理論社)

 もう二度と会うことが出来ない人達、亡くしてしまった人達に会いたいと願う。薄暗い舞台袖で緊張しながら出番を待つとき、私はいつもあの世の人達との交信を試みる。暗い天井を見上げて「今日も、私はここで生きています。ちゃんと見ていてね」。もちろん返事はないけれど、あの世の人達が微笑んでいる顔が頭の中に次々と浮かんで頼もしい気持ちで舞台に上がる。
 13歳で家族全員を事故で失い、その後の面倒を見てくれた叔母も失った22歳の主人公、環(たまき)は、私の何倍も何百倍もあの世の人たちに会いたいと願うだろう。この世に一人取り残されたことを恨んだりもするだろう。この世に生きる喜びや、この世の人たちと繋(つな)がり合って生きることを望まぬ環の日々を思うと胸が苦しくなった。
 引っ越したばかりの街で出会った自転車屋の紺野さんと環はどこか似ていた。紺野さんもやはり愛する妻と息子を失い悲しみの中に生きている。紺野さんが息子のために特別に作り上げた自転車、モナミ一号を譲り受けた環は、ある夜それに乗って走っていると普通の人には見えないレーン(冥界(めいかい)と下界を結ぶ連絡通路)を越えてあの世に辿(たど)り着いてしまう。家族や叔母との再会に喜んだけれど、この話はそれだけでは終わらない。ここからが長い道程なのだ。
 生者のレーン越えには条件がある。日没後、40キロもある通路を立ち止まらずに走って渡ること。そして日付が変わるまでに下界に戻ること。環はある事情から、自分を冥界に運ぶ力を持つモナミ一号を手放すことを決め、自力で40キロを走り抜くためにマラソンの練習を始める。そこで一見風変わりなマラソンチームの人達と出会い、あの世を目指していたはずが、この世と繋がることの大切さにも気付いていく。
 私を育ててくれた父親や、演出家や、映画監督はあの世で今でも私の心配をしているだろうか? 死んでまで心配させるのは気の毒だと思いながら、私は今日もあの世との交信を試みる。◇もり・えと=1968年東京都生まれ。作家。2006年、『風に舞いあがるビニールシート』で直木賞を受賞。1700円(08年8月25日読売新聞)

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2008年8月14日 (木)

エンターテインメント8月 今月の4冊

(読売新聞文化部 佐藤憲一記者)「いよっ、待ってました」と7年ぶりの新作登場に歓声を上げた読者も多いはず。過去3作とも海外ミステリーのベスト1位を獲得したR・D・ウィングフィールドのフロスト警部シリーズは
☆『フロスト気質(かたぎ)』(芹澤恵訳、創元推理文庫)☆
 地方都市の警察署が舞台のシリーズの魅力は、いくつもの事件が同時多発的に起こる疾風怒濤(どとう)のスピード感だ。本作でもフロスト警部は、休暇返上で息つく間もない。ハロウィンの夜見つかった少年の変死体の発見に始まり、誘拐事件、幼児刺傷犯の暗躍……。下卑たジョークを飛ばし、ときに捜査のルールは無視。決して高潔な「お人柄」ではないが、保身ばかりの嫌みな署長へのいたずらで憂さを晴らし、真相を追究する警部の活躍。文庫上下計900ページは確かに長いが、誘拐犯の狡猾(こうかつ)さに歯ぎしりさせられる終盤まで緊張感が途切れない。
☆五十嵐貴久『誘拐』(双葉社)☆
の犯人は、より大胆不敵。総理大臣の孫娘をかどわかし、韓国との友好条約の締結の中止と30億円の身代金を要求してくる。来日した韓国大統領の警備のため警察の捜査網が手薄になる時期を狙い、家族に連絡を取るため意外な方法を用いるなど、プロットが考え抜かれている。
☆道尾秀介『カラスの親指』(講談社)☆
は、妻子を失い、詐欺師をして暮らす2人の中年男のもとに若い女の子が転がり込んでくる。心に傷を負ったものたちが集う擬似家族の話はよくあるが、読者を欺くペテンにかけては名人級の作者。二転三転する真相にあっけにとられること請け合いだ。主要人物は悪徳金融業者のため家族を奪われた暗い過去を秘める。弱者となった人々の哀切な叫びが物語を深めている。
 2作受賞となった今年の江戸川乱歩賞。翔田寛『誘拐児』(同)が昭和30年代のレトロな時代の空気を掘り下げるのとは対照的に、
☆末浦広海(すえうらひろみ)『訣別(けつべつ)の森』(同)☆
は、ドクターヘリという最先端のテーマに着目する。元自衛官の主人公、槇村は、北海道・北見の病院を拠点に、救急患者をヘリコプターで輸送するパイロット。出動の帰路、知床の山中で墜落したヘリを発見する――。雄大な大地をヘリやバイクで飛び回るスケールの大きさに、知床の自然保護を巡る事件の真相が明らかになっていくスリリングな展開が加わる。人と自然の共生の難しさが伝わってくる点を含め動物好きにもお薦めだ。フロスト警部のように仕事漬けで、夏休みもどこにもいけないとお嘆きのあなた。せめて活字の世界で北国の緑野へフライトしてみては。(文化部 佐藤憲一)

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2008年8月11日 (月)

小泉 今日子(女優)書評「夏休みに選ぶこの1冊)

今市子著 『百鬼夜行抄』1~10巻(ソノラマコミック文庫、各590円)
 夏といえば怪談。でも私は怪談が子供の頃から苦手である。大人になってもやっぱり怖い。 この漫画の主人公は「妖魔」を見る力を持つ高校生の男の子。辛く悲しいエピソードを抱えた妖魔達が彼の前に次から次へと現れる。背筋が凍るような怖さも感じるのだが、読後感はなぜかファンタジーのよう。少女漫画風の美しい作画と、サブキャラクター達のユーモアと、人間の世界と妖魔の世界を同じものと捉(とら)える作者の優しい視点があるからなのだろう。怪談嫌いな私なのに、いつのまにか妖魔たちの抱える悲しみに感情移入してしまうのだ。(08年8月11日、読売新聞)

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2008年8月10日 (日)

文芸季評8月=文芸評論家・池田雄一氏

(読売新聞8月9日)《対象作品》平野啓一郎「決壊」(上・下=新潮社)/桜坂洋・東浩紀「キャラクターズ」(新潮社)/楊逸・芥川賞受賞作「時が滲む朝」(文藝春秋)/笙野頼子「だいにっぽん、ろりりべしんでけ録」(講談社)。

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2008年7月30日 (水)

文芸時評・7月(読売新聞7月29日)

《対象作品》平野啓一郎「決壊」(上下・新潮社)/絲山秋子(41)「ばかもの」(新潮1月号~)/鹿島田真希(31)「女の庭」(文藝秋号)/墨谷渉(35)「ハオクゥ~」(すばる)/茅野裕城子(53)「北方交通」(群像)/吉村萬壱(47)「ヤイトスエット」(群像)/玄侑宗久(52)「地蔵小路」(文学界)。(山内則史記者)

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2008年7月 6日 (日)

小泉今日子の書評=変愛小説集(岸本佐知子編訳/講談社)

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 久しぶりに小泉今日子の書評が載った(読売新聞7月6日)。
見出しが「恋と変は似たもの同士」で、「恋愛小説集なのだと思ってなにげなく手に取った。よく見たら変愛だったので少し笑ってしまった。でもその瞬間、この本のページを開くことが一気に楽しみになった」と書く。訳された11編の変愛物語は、現代英米文学の作家たちが書いたもので、大好きな彼女から貰った手編みのセーターを着ようとして、頭が抜けなくなってセーターの“世界”から出られなくなってしまう男の話。若いボーイフレンドをまる呑みして、自分の身体の中で胎児のように育てる主婦の話などがあるという。

「どれをとっても確かに変で、残酷さや軽い狂気のようなものを感じるけれど、人が人を想う切実さや純粋な気持もまた確かなのだ。
 私が一番好きだったのは、この本の最初に収められている『五月』という物語だった。近所の家の庭の木に恋をしてしまう女性の話なのだが、彼女が木に恋をした瞬間や、焦がれてゆく過程の心情がとても美しい言葉で書かれていて、私までうっとりと、その木のことを想ってしまう……。

「恋をしているときはきっと誰だって変なのだと思う。それまでの日常とは完全に世界が変わってしまうのが恋というものだ。他人からみたらバカらしい囁きも、恥ずかしい行動も、恋する2人にとってはすごく切実で純粋な想いなのだ。
 明日から、近所を歩くときに人の家の庭を覗いては私の木を探してしまいそうで怖い。私はすっかり変愛に侵されてしまったようだ。」
                 ☆
 ここでの小泉今日子的「恋愛論」には、作家的観察眼があるし、まとめ方にはエッセイストとしての手腕が発揮されている。芸能人の生活というのは、よくわからないが、自分が大衆にどのようなイメージされるかを、常に意識して生活をするのは、大変で、変な状態である。変人感覚になるのでは。そこから感受性を鈍化させる芸風の人と、逆に磨き上げることのできる人とがいるようだ。

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2008年7月 5日 (土)

文芸時評「讀賣新聞」西日本版・夕刊7月4日・松本常彦氏

《対象作品》小笠原瑛次『三角形の鍵』(文芸社)/相加八重「還暦」(「21世紀」8号)/都筑均「愛玩」(「城」94号)。
「文學界」の同人雑誌評の消滅は、地方の書き手にとって衝撃的なニュースだった。二十七年間も評者をした大河内昭爾は、特集「地方の文学」を組んだ「国文学」(7月号)に「地方の同人雑誌」という一文を寄せ、「日田文学」、「えとわす」、「龍舌蘭」、「火山地帯」など九州の同人誌にもふれつつ、かつて中央の文壇を志向した同人雑誌が、文壇そのものの喪失とともに、方向性を見失っている現状を指摘している。
(略)しかし、この危機は、誰に向けて何を伝えるのかという問いを受けとめ直す絶好の機会でもある。こういう時だからこそ、活字の力について再考しよう。活字に力があるならば、それは地域を超え、世代を超えることを信じよう。(「文芸同人誌案内」掲示板・日和貴さんまとめ)

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2008年6月27日 (金)

文芸時評6月(東京新聞6月25日)沼野充義

《対象作品》桐野夏生「東京島」(新潮社)/大島孝雄「ガシュマルの家」(「小説トリッパー」08年夏号)/ギュンター・グラス「玉ねぎの皮をむきながら」(依岡隆児訳、集英社)/絲山秋子「ラジ&ピース」(群像)/谷崎由依「冬待ち」(文学界)。

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2008年6月26日 (木)

文芸時評・6月(朝日新聞6月25日))斉藤美奈子

今月の3点《対象作品》村田彩耶香「ギンイロノウタ」(新潮7月号)/舞城王太郎「イキルキス」(群像7月号)/「ロスジェネ」創刊号(かもがわ出版)

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2008年6月25日 (水)

文芸時評・6月(読売新聞6月24日)

(山内則史記者)《対象作品》奥泉光(52)「神器 浪漫的な航海の記録」(新潮2006年1月~08年7月号)/古川日出男(41)「狗塚カナリアによる『三きょうだいの歴史』」(すばる)/蜂飼耳(34)「城跡」(群像)/絲山秋子(41)「ラジ&ピース」(同)/舞城王太郎(34)「イキルキス」(同)。

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2008年6月 7日 (土)

文芸時評「讀賣新聞」西日本地区版6月6日、夕刊、松本常彦氏

今回は「存在の根っこを問う」と題して、2冊の出版紹介です。
西村聡淳『唯一度きりの手紙』(幻冬舎ルネッサンス)、八田昴『霧のなかの赤いランプ-無法松・俊作の一生』(北九州文学協会)(「文芸同人誌案内」掲示板・日和貴さんまとめ)

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2008年5月31日 (土)

西日本文学展望(西日本新聞5月30日朝刊)長野秀樹氏

《対象作品》渡邉眞美「ふよふよ」(「龍舌蘭」173号・宮崎市)、明石善之助「指先」(「午前」83号・福岡市)、芝夏子「残される人」(同)、池田純子「フラミンゴグレイ」(「火山地帯」154号・鹿児島県鹿屋市)、吉川成仁「ゲバラの手」(「龍舌蘭」)、西村聡淳『唯一度きりの手紙』(幻冬社ルネッサンス・「玄界灘」福岡市所属)、「文學界」2008年上半期同人雑誌優秀作 鮒田トト「犬猫降りの日」(「龍舌蘭」172号・宮崎市)。(「文芸同人誌案内」掲示板・日和貴さんまとめ)

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2008年5月27日 (火)

文芸時評(読売新聞)08年5月

《対象作品》楊逸(ヤンン・イー)(43)「時が滲む朝」(文学界)/岡崎祥久(39)「ctの深い川の町」(群像)/松尾依子(23)「子守唄しか聞こえない」(群像)/横田創(37)「無頭鰯」(同)/茅野裕城子(52)「イラコ岬」(すばる)。(5月27日付け、山内則史記者)。

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2008年4月27日 (日)

文芸時評4月・沼野充義氏

《対象作品》山崎ナオコーラ短編集「論理と感性は相反しない」(講談社)/円城塔「烏有此譚」(群像)/井村恭一「フル母」(文学界)/日和聡子「ヤンヌ・レーセン」(すばる)。(毎日新聞4月23日)

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2008年4月23日 (水)

文芸時評・4月(山内則史記者)

(読売新聞4月22日)《対象作品》対談:高橋源一郎(57)&斉藤美奈子(51)(「文藝」夏号/津島佑子(61)「あまりにも野蛮な」(群像06年9月号~)/町田康(46)「宿屋めぐり」(群像06年1月号~)/原田宗夫(49)戯曲「小林秀雄先生来る」(新潮)/蜂飼耳(33)「ヤドリギの音」(文学界)/青山七恵(25)「松かさ拾い」(文藝夏号)。

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2008年4月20日 (日)

文芸時評4月・沼野充義氏

《対象作品》山崎ナオコーラ短編集「論理と感性は相反しない」(講談社)/円城塔「烏有此譚」(群像)/井村恭一「フル母」(文学界)/日和聡子「ヤンヌ・レーセン」(すばる)。(毎日新聞4月23日)

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2008年4月16日 (水)

エンターテインメント文芸時評=佐藤憲一記者

《対象作品》篠田節子「ホ-ラ」(文芸春秋)/荻原浩「愛しの座敷わらし」(朝日新聞出版)/三崎亜紀「鼓笛隊の襲来」(光文社)/安藤佑介「被取締役新人社員」(講談社)。(読売新聞・4月15日)

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2008年3月25日 (火)

文芸時評・3月(読売新聞・山内正則記者)

《対象作品》平野啓一郎(32)「決壊」(新潮06年11月号~)/松本圭二(42)「あるゴダール伝」(すばる)/宮沢章夫(51)「返却」(新潮)/リービ英雄(57)「仮の水」(群像)/瀬川深(34)「猫がラジオを聴いていたころ」/作家・評論家11人「ニッポンの小説はどこへ行くのか」。

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2008年2月27日 (水)

文芸時評・読売新聞<文学2月>山内則史記者

(2008年2月26日、読売新聞)=お涙もの 安易さを問う
《対象作品》諏訪哲史(38)芥川賞受賞第1作「りすん」(群像)/津村記久子氏(30)「婚礼、葬礼、その他」(文学界)/佐伯一麦(かずみ)氏(48)「ピロティ」(すばる)/中沢けい氏(48)「マミヤ6」(すばる)/横尾忠則氏(71)連作「ぶるうらんど」が「聖フランチェスコ」(文学界)で完結。

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2008年2月10日 (日)

文芸季評08年1月・池田雄一氏(読売新聞)

《対象作品》
大江健三郎「﨟たしアナベル・リイ総毛立ちつみまかりつ」(新潮社)/蜂飼耳「紅水晶」短編集(講談社)/星野智幸「無間道」(集英社)/古井由吉「白暗淵」(講談社)/笙野頼子「萌神分魂譜」(集英社)/川上未映子「先端で、さすわされるはそらええわ」(青土社)。(読売新聞・2月9日夕刊)。

○いけだ・ゆういち氏=文芸評論家。1969年生まれ。94年に「群像」新人文学賞の評論部門を受賞。著書に「カントの哲学」(河出書房新社)。

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2008年1月30日 (水)

文芸時評08年1月(読売新聞)担当・山内則史記者

《対象作品》黒川創(46)「かもめの日」(新潮)/田中慎弥(35)「聖書の煙草」(群像)/羽田圭介(22)「走ル」(文藝春号)/芥川賞受賞第一作・青山七恵(25)「やさしいため息」(同)/中村文則(30)「ゴミ屋敷」(文学界)/高橋順子(63)「ペンギンたちは会議する」(同)。(1月29日付)

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2008年1月 8日 (火)

元日本赤軍。重信房子さんの書評

重信房子さんは「パブリック・ジャーナリスト宣言。」をこう読んだ

「心の砦」という詞は、ドンキホーテに社会革命の精神をなぞらえたもののようだ。
CDは、未確認だが、下記のようなものらしい。

【オリーブの樹の下で】
①★来歴=作詞/重信房子・補作詞/PANTA・作曲/PANTA②★独りぼっちの子守唄=作詞/重信房子・補作詞/PANTA・作曲/PANTA③★手紙=作詞/重信房子・補作詞/PANTA・作曲/PANTA④★母への手紙=作詞/重信メイ・補作詞/PANTA・作曲/PANTA⑤★Leila's Ballade=作詞/重信房子・訳詞/重信メイ・作曲/PANTA⑥★心の砦=作詞/重信房子・補作詞/PANTA・作曲/PANTA⑦★七月のムスターファ=作詞/PANTA?作曲/PANTA⑧★ライラのバラード=作詞/重信房子・補作詞PANTA・作曲/PANTA。

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2007年12月30日 (日)

文芸時評「新年号各誌から」沼野充義

(東京新聞12月26日)《対象作品》
「新潮」=「独創2008創作特集」、「特別付録CD古川日出男選・朗読『日本現代名詩選』」。木谷有希子「グ、ア、ム」=演劇的で快調な筆の運び。中原昌也「忌まわしき湖の畔で」=書く無意味さ事故言及。
「群像」特集「いのち」。河野多恵子「いのち贈られ」=異母妹の病死/原田康子「五月晴朗」=末期癌の夫/岡松和夫「朋友」=同級生の急病死/横田創「いまは夜である」=忘年会後の若者たちの雑魚寝/前田司郎「嫌な話」=偶然引き起こされた交通事故死/中山智幸「平坦な町」=拾われたうなぎ/朝比奈あすか「天使の輪」=妊娠。
中原昌也「新売春組織『割れ目』(群像)/同「誰も映っていない」(すばる)/同「事態は悪化する」(文学界)/山城むつみ「改行の可・不可」(新潮)。

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2007年12月 2日 (日)

11月文芸時評(東京新聞)沼野充義氏

《対象作品》村上春樹「走ることについて語るときに僕の語ること」(文芸春秋)/文学界新人賞受賞作・楊逸(ヤン・イー)「ワンちゃん」(文学界)/田中慎弥「切れた鎖」(新潮)/新元良一「トマト」(すばる)。(11月28日付)。

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2007年11月30日 (金)

11月文芸時評(朝日新聞)加藤典洋氏

《対象作品》文学界新人賞受賞作・楊逸(ヤン・イー)「ワンちゃん」(文学界)/川上未映子「乳と卵」(文学界)/森内俊雄「火星巡暦」(新潮)/曽野綾子「月光と消失」(すばる)/田中慎弥「切れた鎖」(新潮)/栗田有起「しろとりどり」(新潮)/高瀬ちひろ「ムジカ」(すばる)/辺見庸「たんぱ色の覚書」「ミルバーグ公園の赤いベンチベンチで」(毎日新聞社)/橋本治「双調平家物語」(中央公論新社)/同・研究編「双調平家物語ノートⅠ」/同「権力の日本人」(講談社)。(11月28日付け朝刊)。

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2007年11月 4日 (日)

小泉今日子の書評=沼田まほかる「猫鳴り」(双葉社)

(読売新聞11月4日付、以下全文)
《人間の心の中の暗闇を灯りももたず手探りであるかされているようで、なんだか少しビクビクしながら読み始めた本だった。
 やっと授かった子供を流産してしまった40歳の主婦は、空っぽになってしまったお腹のなかに小さな秘密を隠している。父親と二人暮らしの不登校の少年は、自分の心に潜むブラックホールから沸き出る衝動を恐れている。妻に先立たれた孤独な老人は、愛猫の最後を看取りながら自分にも必ず訪れる死の準備をしている。三つの物語を貫くのは1匹の猫「モン」の存在だ。
 「モン」には、暗闇も日溜りも関係ない。ただ生まれ、生き、死んでゆく。その自然な命の姿は人間が忘れかけた何かをしっているように見える。猫は人間を救ってはくれない。ただ、暗闇に光る猫の眼が行き先を示してくれるかも知れない。希望の光は暗闇を知ってこそ、見えてくるのだろう。そう思いながら、穏やかな気分で私はこの本を閉じた》

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2007年11月 1日 (木)

文芸時評10月(毎日新聞)・川村湊氏

タイトル「批評の言葉は届くのかー創作現場との間に感じる断絶」
《対象作品》昭和文学ベストテン(「三田文学」秋季号)/墨谷渉「パワー系181」(すばる)/高橋文樹「アウレリャーノがやってくる」(新潮)/円城塔「つぎの著者につづく」(文学界/原田ひ香「はじまらないティータイム」(すばる)/堀江敏幸「果樹園」(文学界)/西村賢太「小銭をかぞえる」(文学街)・
《注目の一冊》松浦理英子「犬身」(朝日新聞社)。(毎日新聞10月29日付夕刊)

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2007年10月27日 (土)

文芸時評10月24日(東京新聞)沼野充義氏担当

タイトル=「似ていること」めぐる物語。
《対象作品》平田俊子「嘘つきペニス」(群像)=同姓同名の安心感/久間十義「えこえこ痣らく」(新潮)=猟奇的ななかに生の感触/桐野夏生「有人島」(新潮)=双子のモチーフ鮮やかに/円城塔「つぎの著者につづく」(文学界)=またしても極めて難解な実験的小説だが、これもある作家が別の作家に似ているということはどういうものか論じたものといえるだろう。

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2007年10月24日 (水)

文芸時評10月(読売新聞)山内則史記者

《対象作品》第44回文芸賞・磯崎憲一郎(42)「肝心の子供」(文芸冬号)/円城塔(35)「つぎの著者につづく」(文学界)/同「self-reference ENGINE」(早川書房)/文芸賞・丹下健太(29)「青色賛歌」(文芸冬号)/新潮新人賞・高橋文樹(28)「アウレリャーノがやってくる」(新潮)/横田創(39)「ちいさいビル」(すばる)。

《注目の評論=田中和生(文芸評論家・法政大学講師)》河野多恵子・山田詠美「文学問答」(文芸春秋)/藤井貞和「詩的分析」(書律山田)/中村うさぎ「セックス放浪記」(新潮社)。

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2007年9月28日 (金)

文芸時評・9月(読売新聞)山内則史記者(1)

《対象作品》大江健三郎氏(72)今月完結臈(らふ)たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ」(新潮)=読むことと書くことの往復の中から構想されたと思われる作品。松山高校時代から愛読する日夏耿之介(ひなつこうのすけ)訳『ポオ詩集』の一節があり、ナボコフ『ロリータ』との照応がある。息子の〈光〉と歩行訓練していた〈私〉は、エリオットの詩から引用した英語で声をかけられる。相手は〈木守 有(こもりたもつ)〉。駒場の大学で知り合い、後に国際的な映画プロデューサーとなった彼は、女優の〈サクラさん〉を主演にドイツの作家、クライストの生誕200年記念映画を日本で撮るべくシナリオを私に依頼するが、撮影クルーのスキャンダルで計画は頓挫する。以来30年ぶりに現れた木守の目的は、一度はついえたその映画の企画をやり直すこと。それによってサクラさんは、幼いころアメリカ軍人に強いられたあるものに、復讐(ふくしゅう)しようとしている。『取り替え子』『憂い顔の童子』『さようなら、私の本よ!』と続いた三部作と作品世界は地続きの印象で、木守と私は大江作品になじみの「おかしな二人組」にも見えるが、明らかに存在を際立たせているのはサクラさん。三部作に流れていた老人の愚行と憤りの熱はやや後退し、サクラさんを苦しめていたものと、それに端を発した精神の失調、私の故郷、四国の森に残る歴史と伝説を結んでの生の回復が、結末の希望へと開かれていく。『「雨の木」を聴く女たち』にも通じる、切なくもおおらかな読後感は、女性を描いたことから来ているかも知れない。三部作を経て氏の「後期の作品(レイト・ワーク)」が、次の局面に移ったことを感じさせる一作だ。

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2007年9月26日 (水)

文芸時評・9月(毎日新聞)川村湊氏

《対象作品》「東浩紀+桜坂洋「キャラクター」(新潮)/桐野夏生「メタボラ」/吉田修一「悪人」/前田司郎「誰かが手を、握ってるような気がしてならない」(群像)/東直子「うさん」(文学界)/小谷野敦「童貞」(文学界)。
《注目の一冊》松浦寿輝「川の光」(中央公論新社)。(9月26日付)。

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2007年9月 4日 (火)

小泉今日子の書評・江国香織「がらくた」(新潮社)

「自分が自分であることを確かめられるものはなんにもないのかもしれない。そんなことを考えて少し不安になった。自分の体に思い切り鼻を押し付けて、その匂いを嗅いで確かめたくなるような小説だった」。「世代の違う3人の女たちが海外のリゾートホテルで出会う。45歳の柊子。その母親で74歳の桐子さん、そして15歳の美海。柊子は毎朝海辺で見掛ける美海に興味を抱く。その理由を桐子さんはこう分析する。<子供と大人の中間で、あんたが失ったものと手に入れたものを両方持っていて。いましかないっていう種類の生命力があるから>。その一過性の輝きは、過ぎてしまった者にとって、すごく眩しい光なのだろう。私は柊子と同じように、美海がヘッドホンで聴いている音楽が何なのか知りたくなったし、彼女が口にしたピーター・スピアという作家の本を読んでみたくなった。彼女のことを知ることで、失ってしまったなにかを取り戻せるような気がしてしまう。」と書く。(読売新聞9月2日付)

金剛経に「過去心不可得、現在心不可得、未来心不可得」というものがあるが、これは、平凡な、これといって輝かない日常から、脱出しようとする女心の揺らぎなんでしょうか。毎日が輝かないといけないという決まりはないのだが・・。

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2007年9月 2日 (日)

文芸時評・8月=沼野充義(毎日新聞)

《対象作品》松浦寿輝「川の光」(読売新聞)/円城塔「Boy‘s Surface」(S-Fマガジ)9月号)/津村記久子「カソウスキの行方」(群像)/宮崎誉子「欠落」(新潮)/SF特集(「文学」7・8月号、岩波書店)/吉田健一没後20年特集(文学界)/受賞記念対談=諏訪哲史&谷川渥(群像)。

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2007年8月28日 (火)

「文学季評」8月・辻原登(読売新聞)

《対象作品》小林信彦「日本橋バビロン」(文芸春秋)/芥川賞受賞・諏訪哲史「アサッテの人」(講談社)/佐伯一麦「ノルゲNorge」(講談社)。(8月28日付)。

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2007年8月22日 (水)

文芸時評・8月(読売新聞)

《対象作品》荻野アンナ(50)「蟹と彼と私」(集英社)/筒井康孝(72)「ダンシング・ヴァニティ」(新潮)/笙野頼子(51)「萌神分魂譜」(すばる)/宮崎誉子(35)「欠落」(新潮)/対談=四方田犬彦(54)&坪内祐三(49)「知的共同体の終わり始まり」(新潮)。(8月21日付・山内則史記者)。
《注目の翻訳》小野正嗣(作家・仏語文学研究者=イーユン・リー「千年の祈り」(篠森ゆりこ訳、新潮社)。/W・G・ゼーバルト「土星の環」(鈴木仁子訳、白水社)/オルハン・パムク「イスタンブルール」(和久井路子訳、藤原書店)。

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2007年8月19日 (日)

小泉今日子の書評・松浦寿輝「川の光」(中央公論新社)

読売新聞8月19日付・書評。松浦寿輝氏は「花腐し」で芥川賞、「半島」で読売文学賞を受賞している作家で学者。小泉今日子の紹介では「この物語は、川辺に住むネズミの一家が、人間の手による河川工事のために住み慣れた住処を求めて旅をする大冒険譚。夏休みの子供にもぴったりだが、大人には大人の深い読み方が出来る素敵な本だと思う」とある。感想は「この世のあらゆることをみんな同じように大切に感じることが出来るようになりたい。だから、精一杯今を、一瞬をちゃんと生きていたいと思った」。作品は、純文学的童話的読み物らしい。
メ ジャーな媒体の書評のほとんどが、読んですく何かを言わなければならない。じっくり考え吟味比較できないとこところがある。
話が飛ぶが、同人雑誌における名画や名作の評論もその辺のところを考えて、書くと価値が生まれるのではないのだろうか。

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2007年8月13日 (月)

文芸時評・7月(毎日新聞)沼野充義

《対象作品》ペンギンブックス「芥川龍之介短編集」畔柳和代訳(新潮社)/大庭みな子追悼特集・1968年芥川賞受賞作再録「三匹の蟹」(群像)/山崎ナオコーラ「カツラ美容室別室」(文芸・秋号)/鹿島田真希「女小説家の一日」(新潮)/山田茂「ある言語からの報告」(群像)。(7月27日付)

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2007年8月12日 (日)

小泉今日子の書評=「夏のコワーイ 1冊」

読売新聞の読書委員が選ぶ「夏のコワーイ 一冊」特集(8月12日付)で小泉今日子は、小川未明「赤い蝋燭と人魚」(絵・酒井駒子=偕成社)を選び紹介している。曰く、
『出会いは小学校の図書室だった。本棚に古くてボロボロになった本を見つけた。「赤い蝋燭と人魚」。ロウソクって漢字で書くとなんだかおどろおどろしいな、と思いながら読み始めた。そこまでの記憶はいやに鮮明なのに、私は物語の内容を全く覚えていなかった。
つい最近、再び出会った「赤い蝋燭と人魚」は大好きな絵本作家、酒井駒子さんの装画だった。我が子を思う人魚の願い、幼い人魚の孤独、人間達の欲や差別、そして海の怒り。夜の、暗くて深い海の底に引きずり込まれるような怖さを感じる悲しい物語だった。小学生だった私には、この悲しみを受け止めることが出来なかったから、今まで心の底に封印していたのかもしれない。』

この書評、枚数制限のなかで、自分の文体とリズムをしっかり会得したいい文章である。おそらく他にも多量に書いているのではないだろうか。回数を重ねるごとに、心技体と巧くなっていくのがわかるのは、読んでいて楽しい。

小川未明の童話は、有名だから出版されるが、現在、素人がこのような作品を書いても出版されないかもしれない。それほど人間の心の闇を描いてトーンが暗い。本来は純文学なのだ。他に、童話作家で純文学なのに、新美南吉がいる。彼は、本心は純文学作家をめざしていたのだと思う。

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2007年7月24日 (火)

文芸時評・7月(読売新聞)

《対象作品》坪内祐三「いま、純文学の変容が見逃せない!!」(季刊文芸誌「en-taxi」
扶桑社)/又吉栄喜(60)「ターナーの耳」(すばる)/山崎ナオコーラ(28)/「カツラ美容室別室」(文芸・秋号)/佐伯一麦(48)「俺」(新潮)/安斎あざみ(42)「願」(文学界)/群像新人文学賞受賞・芥川賞受賞・諏訪哲史「アサッテの人」。(7月24日・山内則史記者)。

《注目の評論》荒川洋治「黙読の山」(みすず書房)(評・田中和夫)

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2007年7月 2日 (月)

文芸時評・6月=川村湊氏

(毎日新聞6月27日夕刊)《対象作品》青来有一「てんばれん」(文学界)/玄月「眷族」(群像)/辻原登「チバシリ」(文学界)/桑井朋子「墓参記」(すばる)/同「妬ましい」(文学界)。《注目の一冊》青木淳悟「いい子は家で」(新潮社)。

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文芸時評・6月=沼野充義氏

(東京新聞6月27日夕刊)《対象作品》伊藤比呂美「とげ抜き地蔵縁起」(講談社)/対談=伊藤比呂美&津村佑子(群像)/青来有一「てんばれん」(文学界)/都甲幸治「村上春樹の知られざる顔」(文学界)/「プロレタリア文学の逆襲」(すばる)ほか。

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2007年7月 1日 (日)

小泉今日子・7月の書評=「男鹿あをによし」万城目学

(読売新聞7月1日付書評欄より)「子供の頃、テレビやマンガに出てくるヒーローに憧れた。………私もいつかそんなヒーローになってみたいと思っていたけれど、そのためになにもせずに現在に至る、と書く」。「男鹿あをによし」の主人公は、大学の研究室で働く、ヒーローには程遠いタイプの男。ところが奈良に左遷されてみると、そこの鹿や動物たちと話しできてしまう。そして動物たちから、人類を救うヒーローの一人に選ばれてしまう。
「読み始めたときは、突拍子もない話だと思っていた。でも、職員室で交される会話や、敵意剥き出しの女子高生の行動など、細かく散りばめられたエピソードが1800年前の謎にどんどん繋がり………この世界にのめりこんでしまった」と評して、好感度五つ☆の評価。

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2007年6月27日 (水)

文芸時評6月(読売新聞6月26日)

《対象作品》
初代三島賞受賞者・高橋源一郎(59)&第20回受賞者・佐藤友哉(26)記念対談「文学への責務が残る」(新潮)/星野智幸(41)「切腹」(すばる)/野田秀樹(51)「THE BEE」(新潮)/玄月「眷族」(群像)/辻原登(61)「チバシリ」(文学界)/新元良一(47)「スケネゥタディ」(新潮)/都甲幸治「村上春樹の知られざる顔」(文学界)。=担当・山内則史記者。
【注目のエッセー】
平田俊子(詩人・作家)・選=堀江敏幸「バン・マリーへの手紙」(岩波書店)/多和田葉子「溶ける街 透ける路」(日本経済新聞社)/石牟礼道子・伊藤比呂美「死を想うわれらも終には仏なり」。

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2007年6月10日 (日)

小泉今日子の書評=中島たいこ「建てて、いい?」

<読売新聞6月10日>35歳の独身OLが、40までには結婚しよう、と思ったのが、アパートの階段からゴミ袋を抱えた状態で、転げ落ちた時だ、というような話がある本だという。それが、結婚相手探しから家を建てる執念に変わるらしい。じつに理のある現象だ。
 小泉今日子は、賃貸生活25周年だという。じつに共感できる。かくいう、自分は賃貸生活35周年である。資産はないが、ローンも借金もない。そこには、生活の自由が多くある。
日本人が、政府の政策に従順なのはローンで生活の自由を奪われているからであることに、大きな原因があるのではないだろうか。

 年金、介護保険、失業保険など、国に金を貯めておいてはダメなのだ。たとえば、失業保険でいうと、去年集めた保険料から、次の年の失業者に支払うようにすればいいのだ。失業した人には、その収支決算を示し、前年の保険料を集めで、全失業者に振分けたところ、あなたにはこれだけしか支払えません、と説明するのだ。少なくたってないものはないのだから、納得するであろう。年間ごとの期間で集まった資金を、次の年で使うようにすれば、長期に預ける必要がないし、使い込まれても追及が簡単だ。社会保険庁は、時間がたてばすべてが記録がないといえばいい、そう決めていたのだろう。―――こんなことまで考えさせるところは、小泉今日子の視点の良さである。

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