2008年9月 6日 (土)

「小説の読者」芥川龍之介・著

 僕の経験するところによれば、今の小説の読者といふものは、大抵(たいてい)はその小説の筋を読んでゐる。その次ぎには、その小説の中に描(か)かれた生活に憧憬(しようけい)を持つてゐる。これには時々不思議な気持がしないことはない。
 現に僕の知つてゐる或る人などは随分(ずいぶん)経済的に苦しい暮らしをしてゐながら、富豪や華族ばかり出て来る通俗小説を愛読してゐる。のみならず、この人の生活に近い生活を書いた小説には全然興味を持つてゐない。
 第三には、第二と反対に、その次ぎには読者自身の生活に近いものばかり求めてゐる。
 僕はこれらを必ずしも悪いこととは思つてゐない。この三つの心持ちは、同時に僕自身の中(うち)にも存在してゐる。僕は筋の面白い小説を愛読してゐる。それから僕自身の生活に遠い生活を書いた小説も愛読しないことはない。最後に、僕自身の生活に近い小説を愛読してゐることは勿論である。
 然し、それらの小説を鑑賞する時に、僕の評価を決定するものは必ずしも、それらの気持ではない。若し僕が(読者として)世間の小説の読者と違つてゐるとするならば、かう云ふ点にあると思つてゐる。では何が僕の評価を決定するかと云へば感銘(かんめい)の深さとでも云ふほかはない。それには筋の面白さとか、僕自身の生活に遠いこととか、或はまた僕自身の生活に近いこととか云ふことも勿論、幾分か影響してゐるだらう。然しそれらの影響のほかに未(ま)だ何かあることを信じてゐる。
 この何かに動かされる読者の一群(いちぐん)が、つまり読書階級と呼ばれるのである。或は文芸的知識階級と呼ばれるのである。
 かう云ふ階級は存外(ぞんぐわい)狭い。おそらくは、西洋よりも一層狭いだらう。僕は今、かう云ふ事実の善悪を論じてゐるのではない。唯事実として一寸(ちよつと)話すだけである。(昭和二年三月)=青空文庫より。

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2008年8月29日 (金)

優美な散文芸術 倉橋由美子作品再評価

 「小説はごちそうだと思っていますから、おいしくないのは嫌。遊び心地になれる楽しい話を書きたくなりました」
 そう語りながら死の直前まで小説を執筆した倉橋由美子さん(1935~2005)連作綺譚(きたん)『酔郷譚(すいきょうたん)』が、死後3年たって河出書房新社から出版された。
 「桜花変化」から「玉中交歓」まで7編。魔酒の効能で、主人公の慧(けい)君が、現世と冥界(めいかい)を往還、時に女性に変化し、「歓を尽くす」。
 明治大学在学中の1960年に前衛短編小説「パルタイ」で注目された倉橋さんは、『スミヤキストQの冒険』『アマノン国往還記』など精力的に小説を発表し、反リアリズムの旗手とされた。しかし、90年に左耳に自分の心拍音が聞こえる難病に見舞われ、死をおびえる年月が続いた。ようやく病気を容認できるようになってから書いた本作では、前衛さは影を潜め、理知とペーソスで死後の世界までからりと見つめる。
 今年に入って倉橋作品は、直木賞作家の桜庭一樹さんの解説で『聖少女』(新潮文庫)が出るなど3冊が復刊されている。今月1日には都内の書店で〈倉橋ルネサンス〉と題するイベントが開かれ、翻訳家の古屋美登里さんと作家で東京大教授の松浦寿輝さんが対談した。松浦さんは、「日本では文学というと、自堕落な情念や人生の苦悩などが重視されるが、倉橋作品は知性にあふれ、文章が洗練された散文芸術。日本が中流志向に向かう時代には優雅で優美な倉橋作品はあまり受け入れられなかったが、中流崩壊の現代では、むしろ再評価されるのでは」と語った。9月には『暗い旅』が河出文庫から復刊される。(鵜飼哲夫)(08年8月12日 読売新聞)

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2007年9月30日 (日)

文芸時評・9月(読売新聞)山内則史記者(3)

《対象作品》「風花」に始まり「下萌(したもえ)」で完結した川上弘美氏(49)の連作短編(すばる2004年1月号~07年10月号)は、結婚して7年になる〈のゆり〉と、浮気している夫との夫婦の危機、すれ違い、煮え切らない心理と行動を丁寧に描く。前作『真鶴』では非現実と現実の壁が溶解していたが、のゆりはあくまで日常にとどまり、生活感の中にある。その意味でも『真鶴』とこの連作を併せ読むと、川上ワールドのA/B面を味わえるのではないだろうか。

《対象作品》東浩紀氏(36)と桜坂洋氏(36)の合作「キャラクターズ」(新潮)は、東氏が主張する「ゲーム的リアリズム」を実践してみせた批評的小説。語りの主体がいつの間にかすり替わる前田司郎氏(30)「誰かが手を、握っているような気がしてならない」(群像)、二人称の距離感が効いている吉原清隆氏(36)「『行き先階釦(ボタン)を押してください』」(すばる)も、それぞれに面白かった。(山内則史)(2007年9月25日 読売新聞)

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2007年9月29日 (土)

文芸時評・9月(読売新聞)山内則史記者(2)

《対象作品》石原慎太郎氏(74)「火の島」(文学界)連載2年余に及んだものが完結した。三宅島の漁師の息子と、灯台に赴任してきた一家の娘は、噴火によって生き別れる。島でその少女の命を2度救った少年は壮年期を迎えて、不祥事をネタに企業をゆする凄腕(すごうで)の暴力団幹部に、少女は皮肉にも男に食い物にされるゼネコンの社長夫人におさまっている。そんな2人が再会したらどうなるか――。島での出来事こそ「人生の時の時」であったと知っている2人は、その場所と時間へ引き戻されるかのように、宿命的に破滅へひた走る。陰影鮮やかなヒーローとヒロイン、やや大時代的なロマンチシズムは時に劇画的ですらあるけれど、企業社会に巣くう悪、保身に右往左往する企業トップたちの醜い生態など、皮肉っぽい作家の視線が活写する背景の細部は確かで、引き込まれる。終盤、すべてをなげうつと決めた男が、老齢の暴力団の顧問弁護士と人生について語り合う場面はとりわけ印象深い。「小説を書く作業は、その小説を書くことを通じて、自分の死生観を作り変えながら生きて行く、そういうことでもあります」(『大江健三郎 作家自身を語る』)という言葉が想(おも)い起こされた。

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2007年7月22日 (日)

小泉今日子の7月書評[「おいしい庭」

 読売新聞7月22日の女優・小泉今日子書評は筒井ともみ「おいしい庭」(光文社)。作品については、作者の「筒井さんは、そんな心の庭を手入れしながらカッコイイ大人になったのだと、このエッセイを読んで思った。私の庭は時々大人になりきれない気持ちの隠し場所になってしまう。だから泣きたくなる」ーーと書く。
 今回は表現力豊かで、はじまりが
「私のマンションの部屋には小さな庭がついている。そこが気に入って住んでいる。日当たりが良く、土も良いらしく、たいして世話をしていないのに植物たちは元気に花を咲かせてくれる。この庭の草むしりをしてる時、私は自分の心の奥にひっそりと眠る少女心を手入れしているような気分になり、いつも少し泣きたくなる」である。
 出だしから、終わりまで見事な仕上がり。舞台の一幕をみせるように、こころの揺らぎを表現する。作家になってしまうかもね、この女優さんは。

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2007年5月27日 (日)

徳田秋声「仮装人物」と山田順子-27(完)-

 パスカルの「パンセ」には、次のような考察がある。
『……人間のそれらの不幸はいずれもたった一つの事から由来すること、その一つのことというのは部屋のうちに休んでいることができないということであることを発見した……』(慰戯一三九)そして、暮らしに不自由しない男が、家で楽しく暮らしてさえいれば、航海に出たり、城を攻めたりしなければ、悲劇は起きないであろう、とする。
 
他方、ショウペンハウエルは、人間は苦難と退屈の間を振り子のように行ったり来たりするものだと述べている。人間の退屈する性癖は、活動しないことへの警告だとする。つまり、行動を促し、定位置に存在しないことは、危険を分散するという利点があるということだ。
 その意味で、順子は人間の本質に自然に従った存在なのであった。秋声は順子のもつ情熱的性格にしばしば「真実」を見ているが、まさに的確であった。
 
小説「仮想人物」の書かれた意義は、庸三の苦悩は、秋声にとって、すでに過去であることによって、救済された苦悩に変わり、順子によって得られたその喜びは、失われた時の再現と定着であったろう。秋声は、最後の一行において『そして、その時分から埃塗れの彼女の幻影も次第に薄れてしまった。』と締めくくっているが、果たしてそうなのであろうか? 登場人物の鮮明な描写の数々を思うと、私にはそれは、彼の韜晦と照れがあるように思える。何故なら、それを書いている間は、意識は過ぎた時間の中を訪ね歩くからである。こうした意識の旅は、おおよそ現実の空虚さを克服し、創造的価値を生んでくれるものだ。            ( 完 )☆(著作・北 一郎)☆
  ーー 引用参考文献 ーー
徳田秋声「仮装人物」(講談社文芸文庫)
秋田魁新報社ホームペ-ジ「秋田・風と土のメッセージ・山田順子」
榊山潤「馬込文士村」(東都書房)
榊山雪「馬込文士村の人々と私(4)」/「季刊・わが町あれこれ」第十四号(南部文学ネットワーク)
山田順子「流るるままに」(ゆまに書房・復刻版)
木村毅「小説研究十二講」(新潮社)
パスカル「パンセ」(上)津田穣訳(新潮文庫)
デューウィ「哲学の改造」清水幾太郎・清水禮子訳(岩波文庫)

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2007年5月25日 (金)

徳田秋声「仮装人物」と山田順子-26-

順子は単純に、己の美貌を鼻にかけている軽薄な女ではなかったようだ。持てる情熱、情愛の精神、肉体すべてを総合して、傲慢ともみえるほど自分の存在に確信をもっている。
 これはおそらく彼女の生い立ちに、深い関係があるのだと思う。富裕な商家で、おそらく両親の豊かな愛に育まれたのであろう。大勢の使用人は彼女を大事扱ったであろう。そうして育った人間は、健康であれば、自己存在の尊厳に疑いを持たない傾向を持つ。厭味のない自己確信は、傲慢さや自惚れと紛らわしいところがある。性格として、根源的挫折感を持ちにくく、人生的に打たれ強いのである。また、この場面で、彼女が田舎訛りと東京弁を使い分けていたことがわかる。乙に澄ました美人でなく、時に田舎訛りをみせる意外性を持っていた。このようなタイプは、男には魅力的であっただろう。
 もう一つ、秋声は順子の本質を描いている。冒頭の序文にそれがある。

『ずっと前に一度、ふと舞踏場で、庸三は彼女と逢って、一度だけトロットを踊って見た時、「怡くない?」と彼女はいうのであったが……』

 楽しくないのか? 順子の相手の屈託を気にする場面を描いたのは、それが彼女の口癖であり、秋声はそこに彼女の本質を嗅ぎ取っていたのではないか。
 順子は、地方都市に一生住みついて、地味な生活を送ることの出来ない性格であった。派手で、気の浮き立つことが好きなのである。言って見れば、退屈拒否症なのである。自分が退屈を嫌うがゆえに、相手のそれが気になったのであろう。
 この「退屈する」というのは、人間的存在の根源にある。現在のメディアの発達、浸透ぶりはこの人間的特性から生まれたものだ。
 山田順子が後に、銀座でバ-「ジュンコ」のマダムをつとめたというのも、客の退屈を気遣う気質に合致していたであろう。

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2007年5月24日 (木)

徳田秋声「仮装人物」と山田順子-25-

 小説デビュ-の処女作品が「流るるままに」ということもあるのか、山田順子が、如何にも転々と遍歴や彷徨をしたように思われがちであるが、実際はそうではない。それは機転と自信に満ちた行動力の結果であったようだ。
 秋声の「仮装人物」の卓抜なのは、こうした彼女の根源的ところを見事に描出していることである。
 九の章で、庸三が葉子の実家に行った時のことである。葉子の前の夫(モデルは増川であるが作中は、松川)は、その後彼女の実家の召使いの女と結婚する。その女がやってきた時、葉子は自分の子供を増川が取り返しに来たと思い込む。その場面は次ぎのように描かれている。

『葉子はその時少し熱があって、面窶れがしていたが、子供のこととなると、仔猫を取られまいとする親猫のように、急いで下駄をつっかて、母屋の方へ駆け出していった。(中略)
 例の油紙に火のついたように、能弁に喋り立てる葉子の声が風に送られて、言葉の脈絡もわからないままに次第に耳に入ってきた。継母というのが、もと葉子が信用していた召使いであっただけに、
頭から莫迦にしてかゝっているものらしく、なにか松川の後妻としての相手と交渉するというよりも、奥さんが女中を叱っていると同じ態度であったが、憎悪とか反感とかいった刺や毒が微塵もないので、喧嘩にもならずに、継母は仕方なく俯き、書生達は書生達で、相かわらず遣っとる! ぐらいの気持ちで、笑いながら聞き流しているのであった。そうなると、恋愛小説の会話もどきの、あれほど流暢な都会弁も、すっかり田舎訛り剥き出しになって、お品の悪い言葉も薄い唇を衝いて、夫からそれへと果てしもなく連続するのであった。(中略)葉子は姐御のような風をして、炉側に片膝を立てゝ坐っていたが、
「おまえなんぞ松川さんが愛していると思ったら、飛んだ間違いだぞ。おれ今だって取ろうと思えば何時でも取ってみせる。」
 という言葉が彼の耳についた。(以下略)』

 なんとも大らかな自己確信がここに見られる

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2007年5月17日 (木)

徳田秋声「仮装人物」と山田順子-23-

 小説の最終は『そして其の時分から埃塗れの彼女の幻影も次第に薄れてしまった。』
となっている。しかし、順子をめぐる事件の回想と、物語を創る過程には、失われた順子との時が甦り、作者の晩年の空虚さを大きく埋め立てたに違いない。
 それは、常に冷徹さを装う彼の筆遣いが延々と順子の生態を書き記していることに証明されている(彼女との関係の本質は、自ら繰り返し明快に語っているにもかかわらず、である)。
 十四の章で、(ここで彼とあるのは庸三のこと)『恋愛も恋愛だが、葉子の建前からいえば、文学修業と世の中へ押し出してもらうことが彼女の兼々の願いなので、彼の文壇的名声が一朝失墜したとなれば、恋愛の焔もその瞬間消えてのも当然だったが……』とあるように、その後も機会あることに、そのことに触れる。
 葉子の功利的な態度への恨みを漂わせた物言いにも受け取れるこの表現は、庸三、つまり仮装人物の意識である。
 その意識を自虐的に描くことで、秋声は『真実』の表現に到達したという構図に読める。
 執拗にこれにこだわる秋声は、「物の見方によっては、真実は様々であるから、自分はそれを書くだけである」という、従来の態度保留から一歩踏み込んでいる。葉子の心を失ったことと、文壇的名声を失った気持ちの二重奏。その真実の程はわからないが、本心は後者の方に比重があったような気がしないでもない。
 もし、そうだとしたら、この作品で第一回菊池寛賞を受賞したのは、本望であったかも知れない。

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2007年5月13日 (日)

徳田秋声「仮装人物」と山田順子-24-

 小説「仮装人物」の梢葉子、モデルである山田順子の存在について、秋声は彼女への弁護的な視点を加えて、その特性のすべてを作中に描きだしている。
 彼女の男性遍歴について、世間の評判は良くない。だが、それは時代の見方による。前にも述べたが、地方の裕福な家庭で不自由なく育ち、メディアの発達によって、都市文化の動向を身近にした時、自己表現に意欲的な彼女が、地方に埋もれることを望まないのは、当然であったろう。
 順子の自伝的小説「流るるままに」には、次ぎのような部分がある。

『自己を開く、自己に合った運命の鍵を拾い当て得ずに懊々として生涯を終わる多くの人も有る。かかる人こそなんという哀れさ、不幸さであろう。(中略)しかし、機会は何時か屹度来る』

 時代を越えて、今にも通じる普遍的な欲望がここにある。この自分の人生に華やかなドラマの彩りを添えてみたいという欲望は、現代においても見られる根源的欲望である。現在、でも流行作家あるいは、芥川賞作家になることで、立身出世を果たした、という意識の作家は多いのではないだろうか。
 それにしても、結婚して小樽に行き二児をもうけ、さらに三人目が八か月という身重をもって、女流作家として売り込むため、亭主を連れて秋声を訪ねるという行動力には、驚きではあるが……。実に「翔んでる女性」だった。
 その後、離婚したあとも男遍歴が続く。それは生活をしながら、自分のロマンを実現するため美貌を武器とした遍歴であった。秋声の「仮装人物」には、母を亡くした庸三の幼い娘を可愛がり、懐かれる様子が描かれている。彼女は必ずしも好色や淫乱の女ではなかった。好色なのは、彼女の周り男達で、彼女は強かにそれを利用した。官能的な行動の奥には、違った生活をしたい、何かの中心になりたい。自分に注目をさせておきたいという欲望に動かされていた。どの男も彼女の主体性を奪うことは出来なかった。それは相手が秋声であっても同じである。自分を支援する力があるかどうか、男を選ぶにあったっては『いつも用心深く、抜け目がない』と秋声は作中に記している。

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