2008年12月16日 (火)

詩の紹介 あなたが去った後に 作者 張 徳本

( 訳 & 紹介者 江 素瑛 ) 
今の数多くの台湾文学者は、旧い漢字を使う北京語と、もともと言葉があっても文字のない、漢字、ローマ字、日本占領時代に作った字などで、試行運転中の台湾語で作品を書いている。
この作品も北京語と台湾語を混ぜ書き上げたものである。詩の理解者である女性が遠くへ行ってしまった時の、まわりの少しばかりの変化が、いかにも自分に深く打たれるのか、素直な感傷的な詩である。第五フレーズ、「高すぎて 低すぎて 太りすぎて 痩せすぎて 人が行ったり来ったり/ しかし詩を知るあなたの軽やかな姿が見えない」。「そのひと限り」の恋の特質を歌っている。
ここで、「少しばかり」というのは、日本語で「少し、ひどいんじゃないの」というと、文字通りの「少しばかり」でなくて、「大変に」という意味なる。この詩でも「小さい」という言葉が使われているが、それは大きいという意味であり、使い方が日本語に似ている。

        ☆
「あなたが去った後に」  張 徳本

あなたが去った後の町には/ きっと少しばかりの重量が減ったでしょう/ 落葉が散っている街路を/ 街路樹は別れた恋人の足跡を刻む
あなたが去った後の町には/ きっと少しばかりの音声が減ったでしょう/ 音符が砂塵にまみれて/ 奏でる手を待っている
あなたが去った後の町には/ きっと少しばかりの香りが減ったでしょう/ お風呂あがりのすべすべな黒髪/ 枕もとに匂う  
あなたが去った後の町には/ きっと少しばかりの顔色が減ったでしょう/ 臙脂白粉に満ちた女の群れに/ さりげなく垢抜けたあなたが見えない
あなたが去った後の町には/ ただ一人の人影が失われただけなのでしょうか/ 高すぎて 低すぎて 太りすぎて 痩せすぎて 人が行ったり来ったり/ しかし詩を知るあなたの軽やかな姿が見えない   
あなたが去ってしまった後/ 町の人々は相変わらず生活している/ 黄昏の草原にひとりで時々散歩する私/ 地球の彼方に夜中のあなたの夢に/ 暮れてすぐの月 微かな星屑 / 異郷で熟睡しているかもしれないあなたの寝顔をさがして

( 台湾文学評論より・Vol.8 No.4  08・10 台湾文学資料館 )

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2008年12月10日 (水)

詩の紹介 「靴の道」 三田 洋

(紹介者 江 素瑛)
靴は人間以外の動物が使わない大事な道具だ。人の体重をのせ、靴はどれだけその人の道を支えて来たのか。いろいろ人生の分れ道に、人と靴が互いに捜し合って、知らず知らずのうちに履いていた靴ばかりではなく、自我も失った時があった。
      ☆
「靴の道」  三田 洋
-せたがや「歌の広場」のために- 

靴をなくした夢ばかりみて/  捜しつかれて目を覚ます/ そこはあの日の分れ道/ 苦しみながらも選んだところ
足になじんだ古い靴/ 履き間違えた細い靴/ どこにいるの/ どこへいったの/   わたしを捜しに靴の道
今宵もまた靴をなくした/ 途方に暮れて目を覚ます/ そこは別の分れ道/ 人を愛してさまよったところ
履きにくかった しゃれた靴/ 躓きころんだ泥の靴/ どこにいるの/ どこへいったの /わたしを捜しに別の道 見知らぬ道で靴を見つけた/ ここにあそこにしょんぼりと/ 選ばれなかった分れ道/ 知らないわたしが歩いている
そこは別の分れ道/ 人を愛して佇んだところ/ 選ばれなかった分れ道 /別のわたしが歩いている/ 選ばれなかった分れ道/ 知らないわたしが歩いている

詩と思想「2008年詩人集」(土曜美術社出版販売)より

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2008年12月 9日 (火)

大塚史朗詩集「上毛野(かみつけの)万葉唱和」(群馬詩人会議出版)

 この詩集の表紙には、木漏れ陽に輝く石碑の写真がある。

 伊香保風 吹く日 吹かぬ日 ありといえど 吾が戀のみし 時無かりけり   
                    万葉集巻第十四上野国歌  伊藤信吉 書

あとがきに「出会いとは不思議なものである。人と人との出会いがなければこの詩集は生まれなかったろう。今から十五年近く前、郷土出身の詩人で評論家の伊藤信吉さんが、我が町の三宮神社に出かけてきてくれた。本人揮毫の万葉歌碑を見に来たのだ。前年の七月十四日の除幕式に出られなかった、と言って。(後略)」。そして11年前に、雑誌「農民文学」に発表したものを、詩集にまとめたものだという。
 作品はどれも、伊香保上毛野にちなんだ万葉集の恋歌をまず掲げ、そこに古世から現代につづく、大地に根を張って生きる生命力をうたったものが多い。農業を通した人生経験の豊かさをもって、軽やかでユーモラスでもあり、深刻で皮相でもある。不思議に味わいがあって、詩集なのに面白く読まされてしまう。この作者だからこその個性の面白さである。

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2008年11月 8日 (土)

詩の紹介   「わが思うがままに」江 素瑛

(紹介者 北一郎)
 台湾系日本人の作品である。母親は台湾人時代から日本の短歌、和歌を愛読し、訓話や断片を書き残しているそうだ。江氏も、近年は日本語で詩文を書き始めた。
 昭和時代、台湾人でありながら日本人を強制され、日本語で詩を書き、詩集も出している詩人・陳千武氏とも交流がある。台湾には先住民がいる。陳氏は、先祖が中国大陸からの渡来人でありながら、日本人にされ、戦後は台湾で詩人活動をしている。
 青春時代に、日本人となった時に、西欧中心の文化・思想から解放し、大東亜文化圏をつくるのだというビジョンに感激し、戦友と共に理想に燃えた日本人精神時代があった。だが、その日本には、裏切られた。中国大陸文化に理屈を超えた郷愁を抱きながら、現在の中国を批判し、かつての日本人時代にビジョンをもつことの意義と、その言葉の優麗さに心酔し、落ちた偶像となってしまった日本を複雑な思いでながめているようだ。そして、それが現在の台湾人精神となって形にあらわれようとしている。
 江 素瑛氏の作品には、台湾人系日本人としての自己存在の意識が反映されている。
             ☆
「わが思うがままに」           江 素瑛

昔ながら中国では、朝顔のことを「牛飼いの花」という。
「牽牛花」と称し、田や山の雑草であった。歴史の変遷とともに、遣唐使が日本に持ってきた薬用の朝顔が観賞用になった。いまは日本の風物にはか欠かせない。品種も多い。元祖の朝顔を日本で育ててみた。一年目に咲いた花は中国朝顔と同じであった。その種を播いたら、風土のちがいだろうか、やや小ぶりになり、容姿に違いが出てきた。二年目は、風情が日本の朝顔になってきた。純粋種の花の栽培は思うようにならならい。きっと生まれた里の顔に戻ることはないのだろう。

思うおするようにならないこの世
台湾人がねがうように
「萬事如意」を願うこころ
我が思うがごとくに

思うようにならないと思いながら
今年こそうまく行くように
「萬事如意」を願うこころ
台湾人の年賀状の常套語
「萬事如意」には
悲しみがにじむ
                   「詩と思想・詩人集2008」(土曜美術社出版販売)より。
               ☆

 台湾の現在は、中国との一体化の流れがある。しかし、台湾人としての文化と自覚をもってしまった民衆は、「いつでも何があっても中国共産党は常に正しい」と反省することを知らない中国政府との同化に反発している。

 ちなみに朝鮮半島人も反省をしない。都合が悪くなった時に、いつも悪いのは他国である。それは中国と朝鮮半島に精神の同化があること示しているのだが、気がつく人は少ないようだ。国際的な思想の流れが、いつもそれを認めていくとは限らない。どの国も、その国際的な意識の情勢に左右される。

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2008年10月31日 (金)

詩の紹介 「あやかしの胡蝶の木」から 作者・原 満三寿

(紹介者 江素瑛)
トイレに飾ってある鴨の俳画を、気持ちよく用を足しながら目の保養。狭い空間になんと贅沢な時間があるのだろう。そして場所は上野の不忍池に移る。江戸時代に琵琶湖を見立てて作られた不忍池だが、茂った笹、出会い茶屋、よく男女の逢引に利用された場所かもしれない。はるか昔、庶民の場でもあった森を、庶民に返す「恩賜公園」の名は、確かに違和感を持つ人もいるであろう。しかし、神代の時から連なる大君の、民衆を愛す心を素直にいただく民衆もいるであろう。いずれにしても野鳥たちと自然体に融和できるなら、場所の名前はどうでもいいことかもしれない。

「 あやかしの胡蝶の木  其の壱 厠から恩賜公園へ 」       原 満三寿

わが陋居のトイレで大きい方の用をなすものは/ どうしても壁にかざった俳画をみることになる/「厠にて鴨の着水考える」のわが腰折れに彩墨俳人の浅尾靖弘さんが/画面にあふれるほどの表飄逸な鴨を描いてくれたもの/ 用をすませた客人が/けっこうなものでげすな/ などと世辞をいうこともある/ さんざんみられた俳画なのだが/ 世間より十年ほど遅れて世帯をもった次男がいなくなると/ なぜかにわかに鴨の着水がみたくなって/ 上野の不忍池にきてみた
だがついたとたん不快になる/ <上野恩賜公園・不忍池>の名称が江戸っ子じゃねえが気にいらねえ/ 「恩賜」たなんだ/ 天皇から下賜されたものをさすことだろう/ 公園ばかりじゃなく恩賜林なんてえのもある/ いつから公園や林が天皇のものになってたのかい/ 「下賜」たぁなんだ/ ほんらい君主から家臣がものを拝領することだ/ するてえとおれたちは天皇の臣下かい/ ざけんじゃない 不快/ と まず加齢難癖をぶつぶつ
「騒」第75号より(08年9月 騒の会 町田市本町田)

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2008年10月23日 (木)

同人詩誌「るなりあ」21号(神奈川)読後録

氏家篤子、荻悦子、鈴木正枝の3人による詩誌。各氏が2作づつ全作品で6作品だけが掲載されている。

萩悦子「ポゾゾル」は、地球の寒冷地の地下の存在するものに思いを馳せる。温暖化で地球が炎上しても生き残れるのか、とも想像させ、微生物的世界から宇宙にまで意識を誘う。同「翌朝」落雷の夜明けに小鳥の幼鳥が死んでいるのを見る。日常の生と死の意識を表現。

鈴木正枝「路肩」老いた病身の、孤独に思いつめた心情を描く。愛憎の情念を生きる力にかえて、どこまでも生きる。同「じかんを じかんを」我々の漂う時間は、その時々にのび縮みする。生きることは時間との戦いである。思弁的世界に引き込む作品。

氏家篤子「海の扉」朝の海の潮の香りを漂わせた光景と夕べの海の無関心さとを、人間的心情を窓をあしらって、さらりとギリシャ的に描く。同「秋」カマキリ、ドングリ、雹でも降ったのか、突然われたガラス扉。ダイナミックに秋を感じさせる。

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2008年10月 7日 (火)

詩の紹介     「蝉の話」二編 作者・関 中子

(紹介者・江素瑛)
人の目にはゴミであるかもしれないが、自然の摂生として肥料である蝉の死骸は、後祭りの「埋葬に来る蝉はいない」。野垂れ死にする人間の場合は、どうなるのか?鬼籍に入るには、早く生者の世界から身を引き、灰になれ、墓の一隅に静かに入ろうと。「人の死は片づけられるもの」「そのまま夜を迎えるなどあってはならないこと」。それはそうだ、と言いたくなるが、重い話です。
                  ☆
その1 「埋葬に来る蝉はいない」  関 中子  
埋葬に来る蝉はいない/ 彼が行きたがったところをお前は知っているか/ 生前の彼を知るも
のがどこかにいてもーー 埋葬に来る蝉はいない
夕暮れは物の姿をおぼろにするが/ 自分の身の安全をはかれるとしても/ 埋葬に来る蝉はいない
待っても 待っても 意味はない/ 蝉の死骸を見る/ 埋葬に来る蝉はいない/ 「これが現実だ」/ 埋葬に来る蝉はいない
なのに 夕暮まで/ そうしてもう少し夕暮れが深まるまでと時を延ばし/ 蝉の死を見つづける/やがて蝉の姿は闇に包まれるだろう/ わたしはそこに決断を曖昧にする口実を探し求めるのか
あわれ そうしたいのか

その2 「あってはならぬこと」    関 中子

蝉のように腹を見せて人が死んでいる/ その死体を見捨てて人が彼の坂道をのぼるなどあってはならぬこと/おう/ 人が蝉のように路上に転がって死んでいる/ そのまま夜を迎えるなどあってはならぬこと   
都会での日常的な死は人目に長く晒されない/ 人の死は片づけられるもの   
彼が死者になるために彼を速やかに時から離籍せよ/ 多くの人の眼が彼の肉体に注がれ続けるなどあってはならないこと   
きょう わたしは見知らぬ人の葬儀にであった   
それが都会での最初のできごと
それはまた珍しいこと/ 都会の多くの死のひとつに遇うこと
人よ/ もし いつまでも憧れとして残りたいのなら/ その身を早くかくしたまえ     
そして 永遠を飾りにできるように物語に身をひそめよ

  2008年秋「岩礁」136号(静岡市三島)「蝉の話」より抜粋 
  (「詩人回廊」 関 中子の庭サイト)

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2008年9月26日 (金)

詩の紹介 「 七月の庭・きゅうり 1 」 羽生槙子

( 紹介者 江素瑛 )
生きていく重圧を感じた時には、人情、社会などの背負うものではなく、生きることそのものだけが尊いと感じるようなもの心が動く。自分の力を超える重荷なんか負わなくていい、休みたければ休むといい。身軽く安らぎが得られる人生の終焉も思わせるものだが、「低いところの一本なんか / もう大胆に 大地に寝ているんです」いいフレースです。
     ☆
「七月の庭・きゅうり 1」 羽生槙子
生きていく重圧に
ときどき怖くなることありません?
そういう時 庭に出ると
きゅうりが 今日は五本も
つるにぶら下がって
低いところの一本なんか
 もう大胆に 大地に寝ているんです
 その安心感といったら!

 「花・野菜詩画集」より 武蔵野書房 ―(新原詩人no.19 「この詩」に紹介)(08年8月)

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2008年9月22日 (月)

詩の紹介   「 集団の夕暮れ 」  作者 栗和 実

( 紹介者 江素瑛 )
個人の個性を殺すことは集団の性格である。郷に入って郷に従う人間の性格もまた、集団に逆らうことない。早かれ遅かれ、個性は同化され、集団の特殊な慣わしに見習わせる。その性格をよく利用して、人々を集団化する政治団体など、詐欺師の暗躍する余地が生まれる。
           ☆

【集団の夕暮れ】   栗和 実
狸でも 猫でもいい/ 何かし出かそうとする/ すると/ よこしまな猿としよう/ 姿を現す 集団化する ボスが発生する

はじめは 目的も 目標もある/ しかしまもなくそれらはつぶれて/ 美しい入日のように眼をくらまし/ 集団は変化してゆく

実行は単なるお祭りになり/ 本義を取り間違えて見せつける/ 何かしようとした事の/ 本来は無雑作に旋回してしまう/ この田舎に住む者達の特異性にすがり/ 風の動くままになってしもう

狸たち 猫たち 猿たち/ 日がたち 時がたち/ いつの間にか 影もそうなる

田舎の 人間達の/ 女たち のあいそ笑いのように/ すっかり 皆だまされている

と気づいてののどのかわき/ りっぱな口内炎になっている/ 個性も 野生も/ 集団化すると衆愚に埋没

煙のように エゴイズムの余りは/ 本物になり盛大に成長し/ 天の方にのぼるばかりだ
                 
  岩礁 (三島市)136号より(08 9 1)

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2008年9月13日 (土)

詩の紹介 「栄光の軌跡」   作詞・北一郎

(紹介者 江素瑛)
 フォルモサとは、ヨーロッパ人宣教師が、台湾を発見した時につけた名称である。大変に美麗なという意味がこめられている。在日台湾医師のグループは毎年親睦のために合同音楽会を開いている。台湾人の足跡、台湾人の根源を追う歌である。それら台湾人は、昔、中国大陸から台湾へ移住、政治要因で多くの医師が日本へ渡った。
 当時の日本の各地域では、過疎地に無医村が多くあった。日本人医師が行かない無医村に多くの台湾人医師が赴任を引き受けた。地域農民から感謝をされた。わが村に医者がやってくると喜び、地元の新聞の記事が残っている。知られざる日本民衆への貢献があった。その親より医学教育を受け、その二代目、三代目及び生まれつつ四代目は、日本全土のどこかで活躍している。
蝶々が荒波の海峡を渡る軌跡は、正しく台湾人の芯の強さを表している。
           ☆
「栄光の軌跡」   北一郎
1
耳を澄ませば
麗しフォルモサの
風の吐息 樹のそよぎ
かなでるメロディよ 歌声よ
蒼き海原 白い波
久遠の調べが響きわたるよ
おお 栄光の我らが調べ
  2
耳を澄ませば
蝶々も渡る海峡の
遥かに響く 黒潮の
かなでるメロディよ 歌声よ
東洋の富士の白峰 桜花
友好の心が響きあうよ
おお 栄光の我らが調べ
  3
耳を澄ませば
美しきフォルモサの
風の吐息 樹のそよぎ
かなでるメロディよ 歌声よ
南の島の調べは 幾星霜
苦難を超えて響きわたるよ
おお 栄光の我らが調べ

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2008年9月 3日 (水)

詩の紹介  「存在」 小林 妙子

(紹介者 江素瑛)
「存在とはこのようなものだ 証拠が残されること」抜歯の跡で存在を確かめた作品です。人間とは、形態のあるもの。その映像や、声の録音などは、たとえそこに居なくても人間の実在が感じる。形態のないものは、いかなる努力しても、物としての跡は残らない。愛情や憎悪、過去の形態のない「存在」は、どうしたら証明できるのか、不思議といえば不思議。
        ☆
「存在」   小林 妙子
呼ばれたので/ドアを押した
少し奥まって/すぐ 行き止まりになる/診療室
麻酔の注射はちょっと/痛かったけれど/先生の技術はたいしたものだ
「おわりました」/舌の先で触ってみると/あったものが/確かにない
どかした という感じで/深い穴があいている/歯が一本/数分にして消えてしまっていた
ああそれでわかった/存在とはこのようなものだ/証拠が 残されること
仰向きに座る椅子が/考えごとをするのに/ちょうど良い傾斜だ

「地下水」188号より   横浜詩好会(08年6月 横浜市港南区)

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2008年8月27日 (水)

詩の紹介  「地下通路を抜けると」矢野俊彦

(紹介者 江素瑛)
この空間に患者は遺体という「物体」になる。お墓に行く出発点に運ばれたのだ。医師の無力さ、能力の限界、家族の悲痛と絶望、放心状態の漂う空間。そこで働く葬儀社の人の生活を支える場でもあるのか。
 「ストレッチャーを押す医師の手が さり気なく葬儀社の人に替わる」家族にとって、他者にゆだねる悲痛の瞬間を、保安電気係員は「かつて妻がそうだったように」と映像を重ねていたのだ。
              ☆
   「地下通路を抜けると」   矢野俊彦
  地下通路を抜け/鉄の扉を押すと/目の前に霊安室の表示/私は急いでエレベーターに向かう/エレベーターで降ろされるのは/心拍の停まった人/ストレッチャーを押す医師の手が/さり気なく葬儀社の人に替わる/かつて妻がそうだったように/この空間で患者は遺体になる/だからこそ照明は/煌々と照らさなくてはならない/電気係りの私は/交換ランプを破損しないように/硬く握る

 矢野俊彦詩集 「本郷 坂の街」(東京都文京区 東銀座出版社08 8 20)

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2008年8月24日 (日)

詩の紹介   「短い物語」藤田康彦

(紹介者・江素瑛)
慕情、幻想、と美しさ。青春は胸をときめかせるもの。描いたのは、息も溶け合う一瞬。言葉の無用なひと時を夢見る。想像かどうか、ストーリはすでに始まった。始まってからすでに50年以上経っているのに、終りのない想念もある。

      ☆
「短い物語」  藤田康彦

冬の日
白い花を咲かせた街路樹の下を歩いていると
透明な飾窓の向うから
髪の長い少女が現われ
黙って
ぼくの手袋を脱ぎ取った        
 (57’年 詩集「炎と泥」) 08年 7月詩誌「さちや」 NO.104(岐阜市)より。

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2008年8月 9日 (土)

詩の紹介  「FOR SEOUL」外村文象

(紹介者・江素瑛
妻の生まれた土地を見ておきたいと思う。亡妻に対して抑えきれない想念がその旅の動機である。
そこに見たのは長い年月に残った日韓関係のしこり。のほほんと軽くみる日本人とは対照的にシコリの解き難い韓国現地の人々のこころである。加害者と被害者との気持ちの処理、許される側と許す側の心境はそう簡単に溶け込むことはないでしょう。
               ☆
FOR SEOUL   外村文象
FOR SEOUL KOREA/妻の生まれた土地を見ておきたい/妻の育った環境を知りたい/京城からソウルに名前は変わって/韓国の首都は発展を続けている/幼い日に良い思い出はなかった/そのことを私の目でたしかめたい/これまで生きてきた自分自身への/ご褒美の古希の旅行/好奇心を失わずに瑞々しい/感覚を保ちつづけたい/韓国人が解放されて五十九年/市役所には古い書類が保存されているか/日本人には好意的に接してくれるか

妻の家族が住んでいたのは/朝鮮京城府長谷川町百拾六番地/父親は製紙会社の役員だった/焼野原の大阪への引き揚げは/石炭船に乗ってMPに怯えながら/幼い日の度重なる環境の変化は/彼女を多感な少女に育てた/京城には良い思い出はなかった/だから幼い日に育った地を/訪ねようとはしなかった/<私は大阪で生まれた>と/クラスメイトにも語っていた/正直者の彼女がついた悲痛なウソ

長谷川町はいま小公洞となっている/ビルが林立する繁華街だ/日本人達は戦前 戦中は/街の中心部を占拠していた/「冬ソナ」のブームで韓国を訪ねる人は多い/日本の女性達は浮かれて歩いている/だが街の人達の反応はクール/日本人を歓迎してはいない/長い年月のシコリは容易に氷解しない/心を許して仲良くなるには/過去の悔恨が風化するには/これからも歳月が必要だ
              詩集 「影が消えた日」より 07年 9月 東京・待望社

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2008年8月 2日 (土)

詩の紹介  COGITO,ERGO SUM ? 千早耿一郎

 (紹介者・江素瑛)
 前にも紹介した作者の作品「われ思う されどわれなし」と異曲同工の趣があり、身体と心が一時的に分離する精神状態を面白く感傷的に描かれている詩です。
 意識的、無意識的、潜在意識の行為によって、われが思うものが大分違ってくる。
 視覚にかんじるものや、聴覚に聞いたもの、ものがいるようでいない、いるものが脳にいなくなる。その反対語DE'・JA' VU 既視感は、はじめてのことなのに、すでに知っているような、ないものがすでに記憶していると感じる。
 ものはどこに存在するのか、本当に自分はいたのかしら? 疑う心を持たないと、追求しないと、詩と哲学が生まれないのだ。
             ☆
      COGITO,ERGO SUM ?  千早耿一郎
朝 目を覚ますと/ぼくがいなかった/昨夜はたしかにここに寝た/疲れはて倒れこむようにして寝た/たちまち深い海に引き込まれた
深夜激しく咳をした/ぼくの肉体は激しく捻れた/天と地とが咳で捩れ/千々に分裂して四散した/そうしてぼくはいなくなった

ぼくはいったいどこへ行ったのか/デカルトは言った/ "COGITO,ERGO SUM "/"われ思う ゆえにわれあり"と/いまぼくはたしかに思っているのだが
もしかしたら脱出したのだ/かのいやな三次元の世界から/四次元へそして五次元へと/光りもなければ暗黒もない/無限銀河のここは世界
"おい どうしたのだ"/気がつくと若い男の声がした/あいつだ いっしょに突撃/おれをかばって弾に当たり死んだ/お前だったか とぼくは言った

裂けた青春が集まってきた/ここには闇も光りもない/汚辱も汚濁も裏切りもない/ほら見ろ地球がいま/腐り歪んで燃えている
                  「騒」第74号より 2008年6月(町田市)
※鶴樹(注)「近代哲学の父」とされるデカルトが考える主体としての自己(精神)とその存在を定式化した「我思う、ゆえに我あり(Je pense,donc je suis.)」(Cogito ergo sum コギト・エルゴ・スム(ラテン語訳))は有名な定義。当時の保守的思想であったスコラ哲学の「信仰」による真理の獲得ではなく、信仰のうちに限定してではあれ、人間の持つ「自然の光(理性)」を用いて真理を探求する近代哲学の出発点を簡潔に表現。
 こうして、思うがゆえに存在するとわかった自分は、社会では、ほかのみんなが認めないと、存在の意味がなくなる。それを追求したのがヘーゲルの社会論。経済社会において、自分の作った商品が売られて価値がつくのに、作った自分は無視されるのは問題だ、と考えたのがマルクスの疎外論。人間は相手の存在をまず認めてやると、相手は自分を認めてくれる人は、認めざるを得ない。そこから社交がはじまる。

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2008年7月23日 (水)

同人誌「砂」第107号の詩評(2)

 (評・矢野俊彦)
【「母の愚痴」江 素瑛】
 亡くなった母の愚痴、先に逝ったパパを恨み、会いに来ない子供達への恨みを言い暮らしていた母。その母さえ今はない。一つ二つの声音を甦らせる。母への思慕の思いを三者三様にうたっている作品群だ。
「命」 生命の終わりを見つめたものは、生きるということに敏感になり、生の根源を問う。生きるということは、まことに他の命を食べるということなのだ。そのことを悟ったから仏法者は粗食を旨としたのでしょう。イスラム教のラマダンの断食も、根拠はそうしたところから発しているのかも知れない。
【「居場所」たちばな・りゅう子】
 居場所を失った現代の疎外感。失ったのは自分の記憶なのか、他の人の記憶なのか、リアルに写されているので実に怖い。
【「ゆすら梅」北川加奈子】
 いつか唇は、ゆすら梅になる。若い女性のように羞恥かんでいる。美しい表現である。
 私が疎開した、母の実家の庭にもゆすら梅ノ木があった。先月訪ねた彼の地は、更地になっていた。九十歳の母もここにゆすら梅ノ木があったのだがと、喪失感をあらわしていた。

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2008年7月22日 (火)

同人誌「砂」第107号の詩評(1)

 (評・矢野俊彦)
 「砂」百七号の詩作品からは、中高年齢者のエレジーが聞こえてくる。
【「ちんけなおれの昼下がり」高橋義和】
 障害者年金しか収入のない金を借りて買い物をして、たこ焼きとポテトを食って、ねぎが少ないと文句言いたいが言えなくて、ちんけなおれの昼下がりと自嘲気味にうたう。
 不満は身近なところから生じる。幸も小さなところにあるのであろうが、幸いを感受するのには心に余裕が必要なのだが、現代は心の余裕を失わせることが多い。【「満ち干」高橋義和】 この作品だけではわからないが、以前の作品と、本編の喪中ハガキの一行で、介護していた母親を失ったのを推測し、その喪失感を思う。
【「季 節」國分 實】
 「8 涕」もまた母を亡くし七日目の息子の母を偲ぶ思いである。
 新しい 墓標の後ろに 虹は立ち 蒼穹も空に 貝殻の昼月白し と墓標の先の昼の月を美しくえがく。何歳になっても子供にとって母は絶対である。
 「9 柘榴」石榴の実を/存在をもてあまし/放射状に無償の をあける[二行略]/ギッシリト出生は並び立ちそれ自体でほとばしる酸味のわびしさ/(以下略)と見事に表現する。
 「10 音」単身赴任を命じられた男は、憤懣を飼い犬に向けて発散するしかない。その憤懣を受けた犬が夜更けまで鎖をならしている。作者は 第三者であろうが、中高年の悲哀、エレジーを心に受け止めて聞いている。

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2008年7月 7日 (月)

詩の紹介  「言語派」 坂本梧朗

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(紹介者・江素瑛)
 詩は言葉、詩は無音の音。作詩ということは、言葉と無音に駆使され、詩人は働き格闘する。御主人と奴隷の剣闘士の関係である。芸術性が高いほど、そういう関係が厳しくなる。詩人は、読者の眺めるその剣闘士の場内にいて、高みの見物をする帝王でもあるのかも知れない。

                    ☆
       「言語派」    坂本梧朗

何と言っても/詩はコトバだ/排列されたコトバ/それが詩だ

詩人とは/コトバに仕える召使

召使に思想は不要だ/人生などもいらん/そんな陳腐なものは/御主人様と上手に戯れ/その新たな魅力を引出す技倆/それが全てだ

<新しさ>だ/何と言っても/大切なのは

"コラッ ちゃんと並べ/もっと面白い顔をしろ/ちくしょう!/これでは喝采は受けられんぞ"
 
召使も/裏舞台では/やっぱり御主人様

              岩礁135号より ( 平成20年6月1日)

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2008年6月23日 (月)

詩の紹介 < 五月の風と白い帽子 > 菊間順子

 犬の目と犬の気持ちで書いた詩でしょう。純粋な時代の純粋なこころ。なんともういういしい作品です。現代人が失ったものが、そこにあるのです。(紹介者・江素瑛)


       「五月の風と白い帽子」  菊間順子

           白い帽子の女の子を見なかったかい
           いつも坂の上から白い帽子を振りながら
           小犬といっしょに駆けて来たんだ
           五月の風と光に笑顔がまぶしくて・・・・・
           約束をしたんだ 五月の誕生日が来たら 
           ボクにキスをしてくれるって              
           そっと云ってくれたのに
           風と光がシットしてつれて行って
           しまったのかな
           ボクの白い帽子のあの女の子

                  詩誌・放物線 No.16   1983年 9月 東京渋谷区

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2008年6月19日 (木)

詩の紹介 寸詩寸感(抜粋)  作者・坂上清 

<紹介者 江素瑛>
           ** こころ
      朝 電車の網棚に置き忘れ出勤する
      昼 プログラムをセットされ仕事をした
      夜 電車の網棚を探したが見当たらない

< 仕事をしたくない気持ちなのか、忘れられたこころは誰かにどこかへ持ち去られたのかも知れない >

           ** 開発の街 (8)
       空を切りとって
       人々が住んでいる
       パンツやシャツがベランダでゆれている
       本当の空はあの中にある
 
< 海の埋め立て、河の河川敷、空の宇宙船、自然を絶えずに侵していく人間の欲望はどこまでも広がる >

           **平成の情景-夏休み
        昆虫網を買って貰った
        野球帽は三つ買って貰った
        虫籠も三つ買って貰った
        蝶々・トンボ・甲虫は百貨店へ買いに行った

< いつの間にか百貨店全体は、きっと大量な昆虫達が、繁殖し占拠していくでしょう >
                       ( 坂上清詩集より )

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2008年6月13日 (金)

詩の紹介  「病院」 坂上清

(紹介者 江 素瑛)
現代において、病院で死ぬことは、看護士、医者、呼びよせられた家族に囲まれ、插管、心マサージなど苦しい儀式を通らないと、人間の終焉を果たせない。先進医療の不条理さを嘆く作者です。
 そもそも社会の仕組みに組みこまれた生活している人々は、自由な死を選ぶことはありえないのです。
 型にはまった生であるかどうかは、選べても、型にはまった死を避けることは難しい。自由な死は、社会に反逆することなのか。テントで人知れず死ぬホームレスのように。
 死に際に、自分の家族にさよならも言えない死、どうしたら昔ながらの「自然死」を取り戻せるのだろうか。
               ☆
           「病院」  坂上清

いつからのことなのか この国では/ もう自分自身の死を死ねなくなってしまった/ 人は皆同じ死を強いられる

ビルのなかの快適な温度/ 鉄製パイプの寝台/ ガラス瓶と点滴の針/ 白いシーツ/ 白い壁/ 白い衣服にかこまれて/ 皆んな同じやり方であの世で旅立たされる 

もう助からないとわかっていながら/ メスを入れられるのだ/ 切りとるものの何もないのに/ 最後のとどめを刺されるのだ

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2008年6月 7日 (土)

詩の紹介  「開発の街」 坂上清

 「何がありましたか?」 「いや別に・・・・・」
 意外な方向に走る大衆心理。かわいくもあり、恐ろしくもある。マスコミ、メディアの煽動に、ついつい振り回されてしまいます。好奇心に応じたくない気持ちを作者が閉め括ったのでしょうか。ふとしたことで大衆が動いてしまうことへのユーモアにも受取れます。思わぬことから扇動者になてしまった照れと重なり、冷静さと微妙な危機感を警告しているようにも。
 作者は、1928年生まれ、毎日必ず一時間以上早足で歩く作者は、町田市の開発と、汚染を題材にして沢山の作品を書いています。
 人が見るもの、わたしも見たい、人がすること、わたしもしたい、という人間の心理が変な社会をつくるのです。
 一人が視線を投げると、ひとはその視線の先を注目することがよくあります。
 さて、それでは、私の紹介文での、この詩に注目した視線に、人々は立ち止まってくれるのでしょうか。
 (紹介者 江素瑛) 
         ☆
           開発の街 (4)       坂上清  

 今/ ぼくは/ 汗をふきながら歩いていた/ 街路樹の蔭をつたいながら/ たくさんの人が歩いている舗道を
 
 街路樹は何という名の樹だろう/ふと立ち止まって樹木を見上げた/排気ガスで痛んでいるなあ/ などと思いながら・・・・

 ぼくの後を歩いていた人も/樹木を見上げて立止まった/ するとその人の後の人も/樹木を見上げたのである/ 次の人も止まった/次の次の人も/忽ち人垣が出来てしまった 
 
 ひとりひとり不思議そうに/ 樹木を見上げてかたまっていた

 ぼくはそこから抜けて/ もと来た道を引き返した/ 歩いて来る人たちは次々に
 集まって/ 人垣はますますふくれあがっていった
 
 すれ違ったひとはぼくに問いかけてきた/<何がありましたか?> /<いや別に・・・>
 / ぼくは汗をふきながら歩いていった
 

     現代詩人文庫・坂上清詩集より  2008年5月 東京都・砂子屋書房版

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2008年6月 2日 (月)

詩の紹介 「雪片」 原 かずみ

(紹介者 江素瑛)
曇り空の重く垂れている雲と稲妻を胎盤に喩える趣の面白い作品です。胎盤は、少女の初潮とも、卵子の成熟により、子宮内膜が増殖したものである。妊娠するかしないかで、胎盤と月経の異なる組成物を造る。作者は、雪片の生成を介してそれを巧みに連想させる不思議なイメージ。
  暴風雪の降る日、少女は大人の女に成長したのでしょうか。
            ☆
          雪片       原 かずみ
雨に霰がまじりだす/ 言葉の季節は終わってしまった/ 晴れやかに照り返していた黒瓦の家々/ その下で母音を奏でていたいくつもの口/ どれもが小さくすぼんで/ 嬰児のように/ ふきすさぶ風音を聞く

天蓋に/むらむらと寄せてくる胎盤/ 厚ぽったく積んでいく雲の内側を/ 青い血管が花火を散らして走っていく/ 仮死した街/募っていく破裂音/ 暗く閉じていく空の奥で/ ぼうと鈍く光りだす水性の卵
 
  底無しの空の沼/ 祈りのように/ 漕ぎ出された一艘の葦舟/ 風にしだかれ/ 櫓を失い/ 水底深くに光る卵に呑み込まれて

凶暴な風にあやされ/はるかなエネルギーを吸いながら半透明な空の卵は/もう町を圧するほどに膨らんでいる/皮は透けるほど薄く/中は重たく充実して

ふいに 風の音が止む/空の一角がゆっくりとひび割れ/生まれたての雪片が散華のように町に舞う

学校の大きなガラス窓から/雪雲を見上げていた少女の体内を/初めての血が滴り落ちる
        
       詩誌「まひる」4号より08年5月アサの会 PART 2(あきる野市)

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2008年5月31日 (土)

詩の紹介 「 手と手 」 小澤郁美

  (紹介者 江素瑛)      
 暖かい気持ちが湧いてくる作品です。差し出す手と差し出される手。人の好意を受け勇気と感謝。手と手の触れ合いで、こころのやさしさと体温の温かさがしんみりと伝わってきます。
 悩みなどないように、明るくふるまう人たち。そのなかの誰と誰が、心の奥に他人に告げられない辛さをかかえているのでしょうか。うわべではわからない。突然、死を選ぶ人もいる。あなた、辛い気持ちでいませんか? 誰かが声をかければ、その人は死なず済んだのでしょうか?
どこかで、辛い気持ちを持つ人に、おそらく、この詩は癒しとなるでしょう。
                ☆

              手と手       小澤郁美

人工太陽が輝く/  巨大なショツピングモール/  天井の高いこの街にぬかるみはないと思った/  あたらしい職場で油断をしていた/  足をすべらせてころんでいた/ すると 大きくて温かな手がさしだされた/ まがったことが大嫌/ 「臭いものにふたをしろ」が口ぐせ/ 嫌なことは嫌とはっきり言って/ 豪快にアッハハと笑う/Kさんはおんな親分のようだ
            *
薄暗い池袋の地下道を歩いた/ 幼い頃 母と弟妹と/ いつの間にか/ 母の右手に弟 左手に妹/ わたしはその背中をみていた/ 「おねえちゃんがかわいそう」/ ちさくてやわらかな手がさしだされた
            *
哀しいほどにすんだ空 秋の日差しのなかで/ こぼれおちた時間のかけらを拾いあげる/ 今日はつらさよりもやさしさにつつまれていていたいとおもう

    詩誌 「まひる」 2008年5月 第4号より(あきる野・アサの会 PART 2)

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2008年5月 6日 (火)

詩の紹介 「村が消える」 山崎啓

(紹介者 江素瑛)
 衰えていく老農夫達、故郷を棄てる若者達、荒廃した里山を自然が遠慮なく、取り戻していく。自然が人間の手によって破壊されていく中に、繰り返す自然と人間との競争、自然と人間とのバランスを保つことはできないのか。自然の国を治めるには、竹薮を整理すること。すると乱れも治まる。
         ☆
   村が消える   (朗読のための詩)     山崎啓

竹は/田んぽの畦にまで攻めて来ていた/大根も細くて長い牛蒡もすんなり抜ける/その段々畑も侵略するらしい  (中略)
竹薮はその昔/小百姓の次男三男によって開墾されて/いっときは荒れたままのときもあったが/そのうち疎開の学童たちによって/改めて耕された
そのとき/竹は黙って見ていた/汗水して耕して薩摩藷が植えられ/栗や黍も作られて飢えを凌ぐために/子どもたちは働いた/竹林が 棚田になり/雑木林が段々畑になって行くことに/竹は逆らわなかったのだ
だが今は違う/芒や雑草や 葛の蔓が蔓延り/どんどん藪として広がりを見せている/でも/それでも/若者たちは明日を見向きもしないで/己の今に溺れていた
竹たちは知っていた/いずれまた飢えが来る/飢餓がしのびよってきて開墾が始まる/永劫に繰り返されることを知っているから/竹は限りなく/領土を拡げて行って
  (中略)
村は何時の日からか/暮らしを失ってしまっていた/暮らしの音のない村になっていた
  (中略)
長老と敬われた村の世話人も逝った/彼岸花が萎んでしまった/段々畑の畦を枕にして/田んぼの落とし水を聞きながら/秋の夜の虫時雨に送られて……
竹は/長老の奥座敷を破り天井を突き抜いて/大空に翻った
蔓は玄関からも/裏玄関からも這い入り込み屋根にも登った
  (中略)
いつしか廃屋となった/郵便局も/色を失って傾いたままのポストも襲って藪に抱き込んだ/ただがむしゃらに
          (後略)
       詩誌 「さちや」No.139 2008.4(岐阜市)

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2008年4月24日 (木)

詩の紹介 「或る夏」   北一郎

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 (紹介者 江素瑛)
 「性悪」説に当てはまる、内心の動きをよく表す詩作です。カンカン日照りのなか、人の気持ちが焼き焦げそう。誰でもあるような経験だと思うが、自分と関係ない小さな生物が、視野にいるだけで、踏みつぶしたくなる。活かすか死なせるかと、人の欲望と権力を弱者に向けて、証明したがるのか。愛情は生まれつきではなく、学習から来たものだろうか。
 
                   ☆ 

          或る夏 (池上本門寺にて)       北一郎

太陽が音をたてて大地を灼いているように思ったが、それは蝉の声だった。本堂の屋根瓦や石畳にとろとろとした空気がゆれている。一匹のとかげが叢から顔を出した。
無表情なガラス玉のような眼。錦色の腹部が、かすかに規則的な動きをしている。突然、残酷な感情が私の内部に広がる。踏みつぶしてやろうか。その刹那、とかげは一
直線に走り、なまぬるい泥水の向こうにすべり込んだ。つかの間、私の悪意に満ちた気配に、蝉の声も鳴り止んだように思ったが、それは30代の男の空虚な錯覚だったにちがいない。いつしか季節は、拒絶しはじめた時間の指標となり、私の生のかけらを奪い去るようだった。

                         (01年8月 文芸研究月報 8号)

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2008年4月23日 (水)

詩の紹介  「曇天」 井手ひとみ

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(紹介者 江 素瑛)
 「晴時々曇り」と、さまざまな天気予報の映像がよぎる。まさしく人の日常は、変化多端な気候の如く。曇った後は晴れてくると望むが、しかし、曇った後に暴風雨にならないとは限らない。収束がつかなくなるかも知れない。風の中を幾度も姿勢を直して飛行を試す。見えない太陽を向かって飛ぶ白い鳥、人生は繰り返し挑戦するしかない。
「午後のシネマクラブ」を執筆している作者の、ドラマ色の濃い作品です。
              ☆
         「 曇天 」   井手ひとみ

二月の曇天に/二羽の白い鳥が/かさなりあうように飛んでいく/雲のむこうには/太陽がぼんやりと輪郭を映していて/鳥たちは低く高く飛び/やがて見えなくなった

背後でクラクションが鳴り/せかされるように車は前に出る/私は助手席で/窓の向こうの川を見る

私たちのいさかいは激しくなり/終わるきっかけをなくしていた/私たちは/羽の代わりに口を激しく動かし/二人の間の距離はどんどん離れていくのだった/川面に濃い霧が出ている/道を覆い尽くして行く手を阻むかのように/白い緞帳が切って降ろされ/私たちは終わらない芝居の下手な役者だった

拍手は、起こらない

雲の合間にもういちど二羽の鳥たちが見える/いまいっしんに飛ぶ/見えない太陽にむかって

08年4月No.139 詩誌「さちや」(岐阜市)

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2008年4月19日 (土)

詩の紹介  「ひきこもり」 神信子

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(紹介者 江素瑛)
  湯船の湯に浮かぶ一対ピンクな乳房、若い時期なら、いかにもエロチッチックな光景のはずである。時の流れにつれて、乳房の重さと厚みが減って、薄く軽く湯に揺られている萎んだ乳房、眺めてくる人も触れてくる人もいない、引きこもり気味の老年生活に思わず感傷的な気分が零れてしまう。軽快な筆調で、女性のやりせない寂しい老年の悲しさをユウモアをもって描いている。
                  ☆
         ひきこもり    神信子
     右の足を踏み出せば右へぐらり
     左の足を踏み出せば左へぐらりぐらり
     人間という名を
     忘れる

     あたたかい空気が
     快い眠りへと誘う
     ここは多分
     家という名の箱

     ふわりふわり
     湯に浮かんでいる
     ぺらぺらの
     二つの乳房

     こんなところに身を窶して
     湯に浮かんでいる
     やるせない
     魂という名の乳房

     ( 「掌」94号より )=08年 4月新・原詩人 No 17より

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2008年4月15日 (火)

詩の紹介 「冬温(ぬる)く」 作者 和田英子

(紹介者 江素瑛)
  トーテムポール、カラスが喧しく啼く人工島。冬の上野公園内の小池に似た風景に、リフレイン効果をもって響いているのは旅立ったひとの「女はみんな花だから」の歌である。
  カラスときらきらきらめく女、とても不思議な組み合わせである。
  よわよわしく可憐な花だが、いくつもの顔を持っては、ひたすら子孫の繁殖をはかる存在。
  女はみんな花だから、強くかがやき生きたい、人類種族を絶滅させないための使命をどこまでも遂げなくてはならないのか。
            ☆ 
      「冬温く」      和田英子

自動車道の/街路樹から/落下する/カラスの啼き声/騒がしく息せき切って/呼吸を計るままに/心を露出して/なにを伝えるか/急ぐ声/枝葉は透けて届く範囲の/茂み/樹幹は/触れると生暖かく/ひそかに樹液/流れ

見えないカラスの/慌しい声が人工島に/響くとき/消えるカラスの/孤独な生の列/順序の/幻影重なり

冬温い日/交差点信号横の/ペンキ塗り/トーテンポール裏側に/たちどまるとき/島の向こうから古い谺が甦る/ー女はみんな花だから/いくつもの顔を持っている/たたまれ かさなる花びらの襞の/あいだからこぼれる仮面のわらいを/魔性といいたい人は言えー

開かれた窓から/風に乗り波にゆれて/遠い戦後の/うたがきこえる/女はみんな花だから/美しいものにあこがれ きらきらきらめいて/生きたい/と 詩人は
うたった

花束を手に綿雲の空に/旅立ったひと/木の透けた茂みに/見えないカラス/カラスの声に惹かれて/空しくベンチに佇む/影の欠落

             2008年3月 「騒」第73号 騒の会・町田市

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2008年3月23日 (日)

詩の紹介  短詩選  作者 江原 茂雄

(紹介者 江 素瑛)
             ☆
           「 しゃっくり」
           おれがおれに
           びっくりしてるんだ
        
  ひとには意識と潜在意識で、多少違う性質の人格が持っている。水面下に隠れる二重人格のようなものである。しゃっくりするとき、きっと水面下の人格がにゅっと頭を出しているのだ。
                ☆
            「 秋 」  
           葉が落ちる
           落ちることによって
           世界を美しくしている

  葉が落ちる、美しく悲しく死んでいる。なぜか、樹木が1年の眠りに入っていくだけなのに、死を感じるほど哀愁がある。人間の死と同じに感じる秋のひと時。人は死んで世界を美しくすることがあるのか。どこかで、いまも血を流し合う人々よ。
             
                ☆
           「 将棋と人生 」
           なるほどそういう手もあるか
  
  さんざん思案した末の一手もあれば、考えずに思わず指してしまった一手もある。人生の道はそれぞれ、どんな手でもローマに通るのだ。
                2008・3    「眼」21号より(世田谷)「眼の会」。

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2008年3月 2日 (日)

詩の紹介 「われ思う されどわれなし」 作者 千早耿一郎

 (紹介:江素瑛)
 われの定まれる姿を否定する「無我相」という「金剛経」にある仏教思想を思い出される詩。われがありながら、われはいない。
 脳細胞のニュ-ロンの思う通りに引きつられて、いるかいないかは、考え一つであるようです。
 詩全体の流れは、人間の考えと行動の矛盾さをユーモアに描かれて、考えさせられる作品です。
         ☆
    われ思う されどわれなし      千早耿一郎

朝 目を覚ますとぼくがいなかった/時計を見ようと手を伸ばしたら手がない/布団をめくって足を見ると足がない/そう言えば胸も腹もない/洗面場に行って鏡を見たら/そこにぼくの顔はなかった

いやな顔だと思った/貧相で知性のかけらもない顔/早く別れたいと思っていた/ぼくのそんな思いを察してか/あいつは不意にいなくなった/手や足や胴体まで引きつれて/深夜ひそかに逃亡したにちがいない

それでも いなくなったとなると/なんとなくさびしい/それにしても/さびしいと思っているのはだれなのか/ほら デカルトは言った/COGITO ERUGO SUM/ーーわれ思う ゆえにわれあり/まぎれもなくおれは思っているのに/それでもおれはいない/ーーわれ思う されどわれなし 

目がさめた/あれは夢だった/なんとなくホッとした/そして鏡を見たら/そこにぼくはいなかった

いなくなったぼくを探して/今日もぼくはさまよっている

 詩誌  2007年 「騒」第72号より 騒の会(町田市)。
鶴樹(注)=禅の修行者が好んで学ぶのが「無我相」。万物が変化するということは、実体が定まった形をもっていないから変化ができる。万物は、無我の相(我のない形・我という形はない)をしているとするもの。それをセンチメンタルに感受したのが、「諸行無常」である。しかし、禅では変化のなかに永遠と真実があると積極的に感受する。

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2008年2月22日 (金)

 詩の紹介 「千の風」 作者 桑原真夫 

(紹介者 江 素瑛)
この詩は、死者がどこにも行かずに、そこに存在することを語る。
 如何なる方法にしても、生きている誰でも立証できない死後の世界、想像しか存在しない死後の世界。遺灰が安置されたお墓には、死者は生前に居たようには居ない。 
 しかし死後はどこに行っても構わないが、生者に対してお墓という「有」の形に残れば、名残と慰めになる。
 お墓の中に居るにしろ、居ないにしろ、愛する者に対する想念は、変わらない。
            ☆
   「千の風」  桑原真夫
南風椎が千の風を日本語に翻訳して早十ニ年が経つ/今ではすっかり有名になった千の風/知人の父の通夜に流れていた/グレゴリオ聖歌のような真宗高田派の読経/その後に千の風のピアノが流れる・・・・

 私の墓石の前に立って/涙を流さないで下さい。/私はそこにはいません。

伊勢神宮の鬼門の後背に/内宮を包み込むような朝熊山/その山頂に九世紀建立の古刹、金剛證寺がある/林立する卒塔婆のあいだに/いくつもの苔生した墓石/そのひとつに思いもかけない歌

死にはせぬ/何処へもいかぬ/此処に居る/呼べば答ふる/山彦の聲

焼かれ砕かれて灰になる/そして私はどこに行くのであろうか/あるいはどこにも行かぬのであろうか

ふと目をあげると/その遺影が/にこやかに笑っていた

  詩誌  岩礁134 より ( 2008春 )  三島市・岩礁の会

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2008年2月18日 (月)

詩の紹介 「思い出の中で」  伊藤昭一

                                (紹介者 江 素瑛)

 祖父の様々な思い出を綴るエッセーにより、祖父が重病で死ぬ前にやっと作者から餅を美味しくい頂いたが、長い間に粥しか与えられなかった、衰弱した祖父の胃は、餅を受け付けなかったかも知れない。夕方に昼間の食べたものが全部吐いて、夜中に死んだという。お通夜を描いた詩。
 貧しい家の貧しい食卓だが、粥しか食べられない祖父は、粥以外のもの、皆と一緒に食べたかったのだ。現代ならどこでも食物が過剰だが、自宅で病人食を作れず、限られた貧しい食べ物で、消化できなかった患者にとっては、餓死とも言えるだろう。
         
  思い出の中でー「通夜」   伊藤昭一
  通夜/重い灰色の雲が/しょぼしょぼと雨を降らせ/「ああ、なみだ雨だね」と言わせ/暗い部屋に、ぼぉっと白い棺/ぼぉぁん みょぅほぅれんげきょぅ/かんぜぉんぼぅさつふもん・・・・/ぼぉぁん/罪悪感を持たなければいけないのだろうか?/いや湧き上がるのは悲しい怒り/人間はこんなにみじめではいけないのだ/生まれて来た以上絶対にこんなではいけないのだ。/ぼぉぁん そくじゅぅざあきへんだんぅぅへん
/白い棺が流れる/時間のうしろへ/白い棺が流れる   
「すがお」 第二号より 昭和37年 発行所 雲の会
          ☆       ☆      
これは文芸同志会主宰の昭一、17歳ごろの作品の一部である。江氏がなぜ載せないと抗議をしてきたので出す。廃棄するつもりで出した過去の古い同人誌を江氏が読んで、抜き出したものだ。この時代には、昭一は自己否定、社会否定、人間否定の気分に取り付かれていて、心の底にそうした憂鬱症状を抱えて、そのまま、社会人になった(防衛庁のレーダーを組み立てる工場の職工であった)。20歳を過ぎてから夜間大学に通うようになり、会社の残業が出来なくなったので、会社から追及され、辞めてアルバイト生活に入った。――表面的には普通に見せながら、内面は暗かった。ただ、それでも自殺をしなかったのは、現状に不満なだけで、我がままな自分が、自分で気に入るような良い境遇にあれば、このような否定的な気分にはならないであろう、という浅はかな自分を意識していたからであろう。これから3年後、マルクスの共産党宣言、経済哲学本を読んで、衝撃を受ける。自分がどうあろうと社会は変化して進む。それじゃ、その社会の変化を観てみようか。そう思ったら勉強がしたくなり大学を受験した。

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2007年12月27日 (木)

 詩の紹介 「 故郷 」 作者 劉心心 

 (紹介者 江 素瑛)
 これは植民地の哀歌である。植民地の「祖国」は、統治者が変われば変わる。近世紀には台湾は、日本、中国の統治を経て、実質中、現在はアメリカの傘下で、台湾人総統が執政しても、多数の若者が海外移民などをめざす。

 どうしてお前の故郷は/ 何時も海の向こうでなければならないのだろう!と嘆いた作者。
 しかし、最近の傾向は、当時の若者の子供たち、即ち、海外の二世たちが、台湾へ回帰することが多いようだ。「祖国」に対する認識がたかまってきているのであろう。

  故郷    劉心心

  半世紀以前のある日/ 学校の先生が生徒に言いました/ 「今日からお前たちは皆日本人だ/ 北の方、東海の向こう/ 天皇陛下のおわす『内地』が/お前たちの忠誠を尽くすべき国家」  

  四十年前のある日/ 学校の先生が学生に言いました/ 「今日からお前たちは皆中国人だ/ 西の方、台湾海峡の向こう 中国大陸が/お前たちの愛する祖国」

 二十年前の学生たちは、友達に言いました。/「東の方、太平洋の向こうに広大な土地がある/皆一緒に移住しよう。 皆でアメリカ人になるんだ/ 我々のドリームはアメリカにある」

 今の大人たちは/ 自分のアメリカの子どもたちに言いました/ 「太平洋の向こうの/ 小さな小さな海島/ 緑濃き山々 清らかな流れ 淳朴な人々/ あそこがお前たちの故郷/ 我々の真の国土なのだ」/ 暖かい母親のふところよ/ 赤子のゆりかごよ

 ふところは何処に?/ゆりかごは?

寂しい台湾人よ!/流浪の台湾人よ!/ どうしてお前の故郷は/ 何時も海の向こうでなければならないのだろう!

 「愛する日本の孫たちへ」より(聞き手 猪股るー) 桜の花出版/発売 星雲社       
2007年4月

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2007年12月15日 (土)

句集 「有頂天」多々良敬子の鑑賞

 (紹介者  江素瑛)

蜘蛛の糸一筋終焉ものがたり

(糸一筋で救いも出来れば、殺しも出来る、心一つ。)

みささぎへ帰化す背高泡立草

 (帰化したかしないのか、ということを知らず、ひたすら咲いて、みささぎを占め、黄花一色で染まりつつ。)

初鶏をうつつにききて夢違へ

 (夢うつつ、夢の醒め際、初鶏を聴くもまた夢のなか。)

縄文の貝のつぶやき春の潮

 (縄文時代から春のメッセージを、伝え続ける貝殻。人類より長く地球の変化に耐えて生きてきた)

空蝉の閉ち゛忘れたる虚空かな

(蝉の鳴声も夏も消え、空蝉が語る命の虚空は思ったより広大で奥深いかもしれない。)

句集 「有頂天」より 多々良敬子著 梅里書房2007年11月

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2007年11月12日 (月)

同人誌「砂」105号の詩作品寸評(3)

(筆者・矢野俊彦氏)
【「キャバクラ」高橋義和】
 居酒屋でキャバクラに勇さんで出かけていく兄ちゃんを暖かく見送る作者、これは心の余裕か、好運に恵まれることはめったにないと知る、経験者の激励か。
【「公園にて」高橋義和】
 介護する母を連れて、柔らかい五月の風に包まれた公園にやってきた。そこには若い母親たちが子供を遊ばせている。犬を連れて散歩している男性がいる。命の瀬戸際にいる母の車椅子を押す身には、平凡な日常が輝いて見える一時をとらえて示す。
【「病棟にて」高橋義和】
 母を介護する息子の日々を、穏やかに書いているが、どのような葛藤があったことか、葛藤があることか。平穏で安穏な日常が貴重なのだと知らされる。本号の高橋氏の3作品、いずれも作者の筆が暖かいのに救われる。
(注・文芸同人「砂」の会は、会員が全国に散在するために、合評会に参加できない人が多い。そこで、合評会の様子をレポートする他、同人有志が作品寸評を会報に掲載している。11月会報よりの転載したものです)。

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2007年11月11日 (日)

同人誌「砂」105号の詩作品寸評(2)


(筆者・矢野俊彦氏)
【「屋根は古里」北川加奈子】
 眼下に広がる屋根を見続け、古里を偲び、若き日の憧れを思う。屋根の下の暮し、その下で繰り広げられる人生にも思いを馳せ、健やかであれと祈る。作者の諦観と祈りを感じさせる。
【「えび」江 素瑛】
 釣り客から貰ったえびが水槽に増えるばかり、その戸惑いと困惑を書く。少し工夫してユーモラスなものにすれば良かった。
【「縁組」江 素瑛】
 一年生の娘が登校中に拾った子猫を、担任の先生が育ててくれた。その娘もいまや大学生。娘と先生の間に流れた歳月を、猫が繋いでくれている。小久保先生の優しい人柄が伝わる。
【「母今日も生きている」江 素瑛】
 詩というより、病院で母を介護する者の叫びである。安全のためにとベルトで拘束され、安定剤を飲まされる医療、医者不足、看護士不足の実態をこうした作品から知らされる。

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2007年11月10日 (土)

同人誌「砂」105号の詩作品寸評(1)

(筆者・矢野俊彦氏)
 詩について批評ともいえない感想を、毎回書いているが、今回は感想をなかなか書けずにいた。今日の新聞にこんなことが書いてあった。
 夏目漱石のところへ訪ねてきた学生が「俳句とはいったいどんなものですか?」と質問をしたという。漱石はごまかさず、テレもせず、まじめにこう答えたという。「俳句はレトリックの煎じ詰めたものである。扇のかなめのような集注点を指摘し描写して、それから放散する連想の世界を暗示するものである」
 「花が散って雪のようだ、といったような常套な描写を月並みという」。こういう句はよくない。
 要領を得た見事な説明を聞いた学生はその後、生涯俳句を作り続けたという。この学生が寺田寅彦だ。(「夏目漱石先生の追憶」)
(朝日新聞十月六日付けde欄、教師1、昔も今も、磯田道史より)
 この俳句の箇所を詩に置き換えると、そのまま通じる話である。もっとも私は言葉のレトリックだけで、実感の伴わない詩は好きではないが。

【「おとなになった日」たちばな りゅう子】
 微妙な女性心理と、女性の生理を通じ、母と娘は、女としてのライバルでもあるとの心理を鮮やかに伝える。
【「貝殻は耳」北川加奈子】
──わたしの耳は貝の殻、遠く、波の音を懐かしむ──というジャン・コクトーの詩がある。(堀口大学訳)が、北川さんは日本の少女の感受性で、貝殻を見事に日本の情趣の世界に、自家薬窶中ともいえる、己の美意識の世界に写し代えている。

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2007年11月 3日 (土)

詩作品の紹介  「昔と今」鄭 順娘 

  (紹介・江 素瑛)
 鄭順娘さんは、元台湾通草拓殖株式会社の社長を勤めた父と、三番目夫人の間に昭和三年、台湾新竹で生まれました。
 「昔と今」は世代間の溝、地域差、という永遠のテーマを思わせる作品です。ビルの樹林、青い空は遮られる、のみならず、排気ガス、煤煙に汚染される都会のねずみ色空。
 戦争の爪跡が軽く、自然の中にのびのびと成長した裕福な台湾のその世代と、平和なのに、窮屈な電子グッズに囲まれ、狭い室で育てられた今の世代。
 蛍を見たことのない孫たちに、どうやって、自分たちの経験した世代の良さを伝え残せられるのでしょうか
                ☆
  昔と今      鄭 順娘

ほんのりと紅を帯びた夜空/ 捜せど月も星も見えない/ 都会の空は立ち並ぶビルに遮られ/ 広い夜空は見られない 

蛍の飛び交う樹の下/ 広い庭でウチワを手に蛍を追った/ 幼い頃が思い出される/ 年寄りたちはお茶を飲みつつ/ 星を数えている/ 満天の星 月を仰げば今日は十三夜/ あさっては十五夜とわかる

毎晩テレビに向かって/ 天の川も雲も見えない室の中で/ 孫たちと折り紙の飛行機を飛ばす/ 蛍を見たことのない孫たちに/どんなおとぎ話をしようか と考えている。

~「二つの時代に生きて」により  財団法人鄭順娘文教公益基金会~,2007年9月(台湾 台中)

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2007年10月 7日 (日)

詩の紹介  「駅」 斉藤なつみ

                           
(紹介・江 素瑛)
様々な親と子の別れが目に浮かぶこの詩。子供といえども、我がものではない。幸福な出会いの一つの形にすぎません。出会わなければ、別れもない。戦争の時代や、平和の時代、親子の別れは避けられないものです。
 行く/帰る/どっちだろう/ こころを打たれるフレーズです。
 子を見送るものの、「行ってくるよ」、はいいとしても、「帰るよ」となると動揺を覚えるも沢山いるでしょう。
 立場を換えれば、親が「行く」と言いだすと、ある意味で子はぞっとするが、「帰る」というは当然もとの暮らしの場に戻ります。
 子を送り出さなければならない、どんな運命が子を待っているか、親は祈るしかありません。
 しかし、我が家は、いつまでも親の帰れる、子の帰れる場所でいてほしいです。
              ☆ 
        駅    斉藤なつみ

肩に 大きな重たいバックをかけ/ 電車に乗り込んだ子に/ 手を振る/ 振るだろうか/ 照れた顔もしないで 振ってくれた

寒空の下/ 人影も疎らな閑散とした駅から/ 子は 暮らしの待つ遠い町へ向かっていく

行く/ 帰る/ どっちだろう

どっちにしても/ 母に背を向けなければ 子は歩み出せない

たかが/ 冬休みに帰省した子を/ 見送るだけのことなのに

駅に立つと/ 胸が一杯になり

又しても/ その 暗い胸の底から/ ー戦地へと子を送る母ならばー/ と/ 字余りとも字たらずとも/ 歌ともならないことばが湧いてきて

もの言わぬ夥しい母たちが私の傍に現れて/ 電車に乗ったそれぞれの子を見送るのだ

その母たちに紛れそうになりながら/ 子の顔を見つめ 手を振る

電車は寒空の下を/ ゆっくり 動きはじめた

夥しい母たちを/ 押し黙った石ころのように 駅に残して

                  詩誌「さちや」No. 137(岐阜市)より

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2007年10月 1日 (月)

詩の紹介 「家族」田中順三 (詩集「あかねぞら」より)

  (紹介・江素瑛)
 現代の家族風景を書かれた作品です。核家族が抱いている様々な社会問題をさりげなく表現しています。
 古き時代の大家族、曾父母、祖父母、父母、子、孫、曾孫の構成は、今には羨ましい稀な存在であります。上の人は、下の人に教えを、下の人はそれを習い、従い、同じ屋根の下に、最期まで互いに面倒を見るのはごく自然なことです。
 休日など子の都合によって、押し付けられてきた孫の面倒を見るが、孫たちの描いた家族の絵は/おじいちゃんやおばあちゃんはいない/ そうして、老人ホームなど施設に入れられると、忘れられたように、家庭から排除されてしまう家族の祖父母たち。人の行き着く先は孤独の庭です。
                ☆
 家族        田中順三

三人の子供に五人の孫がいる/ 日曜日にはその孫たちがやってくる/ いつものように/テレビゲームをやり/かくれんぼをし/お絵かきをした

夜遅く迎えに来た親たちと帰ったあとは/妻も私もつかれ果てて/気落ちした顔をつき合わせ/お茶を飲んだ

テーブルの上の/小さな丸いガラスの花瓶に/一番下の孫娘が庭から折ってきた/
赤マンマが入っている

壁に並んでいるのは/孫たちが描いたそれぞれの家族の絵だ/パパとママそれに当人ときょうだいがいて/おじいちゃんやおばあちゃんはいない

詩集「あかねぞら」田中順三(土曜美術社出版販売)より。

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2007年9月25日 (火)

詩作品の紹介 「せめてもの」柿添 元

 (紹介・江 素瑛)
 遺言状のように書かれた詩です。遺言とういのは、死後の「将来」について、のぞみというか、責任というか、未練というものか、改めて書き留めたものです。
 死後はもう語れないものは、生前で語り続けると、遺言にもなります。書き留めた文字、書きとめた絵画、書き留めた音符、死後に持って行けないもの。永遠に生の世を支配する「遺言」も沢山あります。
 本来、死後と生前は全く縁も故もない両世界なのに、せめて生きているとき、自分の死後の「将来」も指図したい気持ちは、世の諸君は持っていると思います。
 土に返せ、海に返せ、無になりたい、と求める作者ですけれども、/ 死人に口なしだからな / と最後は、やはり願っても叶わないかと諦めています。
               ☆
   せめてもの         柿添 元

 ぼくが死んだら/ 裸のまま/ 土葬してくれ/ 土になって/ せめてもの/ 恩返しがしたいから/ でも/ それが不可能なら/ 焼け残った骨は/ 海に捨ててくれ/ 墓など要らぬ/ 金は/ 生きるもののためにこそ/ 使われねばならぬからだ/ ぼくは/ 土になれないのなら/ 無になりたい/ それが/ せめてもの/ ぼくの望みだ/ ただし/ それさえも叶わぬのなら/ かってにしろ/ 俗に言う/ 死人に口なしだからな
              詩誌「岩礁」132号(三島市)「岩礁の会」

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2007年9月18日 (火)

詩の紹介  「踏む」原かずみ

              (紹介者・江 素瑛)
 遠い昔の記憶を辿りながら、現在を織り込んだ作品です。蒸気関車の線路か電車の線路か、どの時代でも、どの場所でも、見渡り限りなく延びていく線路、線路わきの風景は必ず子供が居ます。
 燦燦な日照り、亡き祖父の棺の形に似ている、線路わきの杭の黒い影、跳びはねて遊ぶ少女。白と黒の対照的不気味がありながら、登下校の可愛い少女がそこを歩いています。少女の影は杭の影に重なって、儚い人生を暗示するかのような映像です。

               「踏む」        原かずみ 

   線路わきの一本の道/ 初夏の陽射しに晒されて/ 土埃の道は/ 水を飲みたいほどに/ 干上がっている

 ランドセルと背中の間に/ びっしりと汗をためながら/ 少女は道にさしかかる/
 白く照りかえす道に/ 線路わきに佇つ杭の影が/ 鉛を流し込んだように/ くっきりと地面に落ちている

 等間隔で並ぶ黒い影/ 枕木の先端を尖らせた杭の影は/ 春に送り出した/ 祖父の棺の形に似ている/ 少女は/ 道に横たわる棺を/ ひとつひとつ踏んで歩く/ 跳ねていく少女の影が/ 杭の影に重なって/ ゆらりとくねる/ 足元から立ち上がってくる/ ざわりとしたなまなましい感覚 /少女が踏むたびに/ 次々と地面に開いていく/ 鈴なりのまぶた

   祖父のアルバムを見返しながら/ 遥か遠くで/ 水晶のように光っている道をたぐりよせる/ 白い陽射しと黒い影/ 燃え上がらんばかりのコントラストが/ もう若くはない私の眼球をやく/ あの頃の少女も 今にたぐりよせる/ 暗く翳る私の胸を/ 小さなゴム靴が軽やかに弾んで/ 踏んでいく
                    詩誌「まひる」3号より (あきる野市)

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2007年9月15日 (土)

詩作品の紹介 「ケイタイ日記」あんの じゅん 

(紹介= 江 素瑛)

 後ろを振り返りしない長女と、過去を思い出箱から出そうとした親を、面白く書かれています。互いの一生は重なる部分もあるけれども、前向きだけを歩く長女を、後ろ見しながら歩く親が追いつくことなく、距離は大きくなるばかり。
 吾が子が成長するほど、離れて行く必然性を、親は目で見て嘆きしかありません。
 <永遠につけ続けられるものじゃぁないんだね>ー永遠に残れるものはない、それは世の絶えず生滅ではありませんか。
  <ボタンひとつで自分の数ヶ月を消去した>--消去したのは、長女の自分だけではなく、親の思いでも入っています。

      
 ケイタイ日記       あんの じゅん

「ケイタイに日記つけてたんだけど/  けっこうがんばってつけてたんだ/ でもね/ <日記フォルダがいっぱいです>って表示が出たの/ 永遠につけ続けられるものじゃぁないんだね/ だから/ 全部消しちゃったよ/ そう 全部/ だって もう面倒になっちゃったし」

十四歳の長女は/ あっさりと/ ボタンひとつで自分の数ヶ月を消去した 
 
  「一つ残らず私の分身」と/ 消去できないデータフォルダで溢れ返る/ 私のパソコン/ ひとつひとつ開かなければ/ 中身も思い出せないのに

 過ぎ去った日々の文字の羅列を/ 綺麗さっぱり払い落とし/ パタン/ ケイタイを閉じると/ 長女は私を振り返りもしないで/ 薄い光りの射す方へ歩き始めた
  
                         (詩誌「まひる」3号より アサの会 あきる野市)

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2007年9月13日 (木)

詩作品紹介  「さくら」井手 ひとみ=(紹介・江 素瑛)

 風を感じていたかったー内心に潜んでいた夢が、軽快な筆触で、展開しました。そこで横に現れたのは、格好いい男でした。信号を待っている間に、想像力が働きました。
 しかし、男が弁当のカラを踏んだ、一瞬、想像が現実に変わりました。
 踏み潰された沢山の夢々が人の一生をどれだけの潤いを与えられたのか、どれぐらい人を成熟させたのか。
☆掲載・詩誌「さちや」No.136(岐阜市)より

「さくら」   井手ひとみ
風を感じていたかった/ 道を渡る男の白髪まじりの髪が/ 風になびく/ なんの関係もないひとだけれど/ 桜が散るこんな朝/ ひととき 鼻の高い横顔を/ 見つめていていいだろう                                  

信号が青に変わる/ 男はさっさと先を歩いていく/ 年齢の割りに足の長い男だが/ 肩先が少し右にずれている

道を渡りきると/ 男は弁当のカラを踏みながら/ 左に回った/ 私はまっすぐ歩いた/ あんなに見つめていたのに/ もう私には/ 何かが起きる気配もなかった/ 何かが始まる気配もなかった/ 箸袋が桜の吹き溜まりの中で/ くるくる回っている              

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2007年5月25日 (金)

 陳千武詩集・「暗幕の形象」(思潮社)より(2)

  紹介者 江 素瑛
       命の戟-悲しい民族の歌ふ  
 5 死に臨む

機械と油と原料の匂にうずもれて/虫けらのやうに男や女が動いている中で/お前はお前の生長した姿を見る

頼もしい若者よ/お前を育てたのは父や母ではなく 天皇陛下の御稜威!である/国は戦争で膨脹し 人も物も統制されて/厳格なる規律/死にゆく思想/遠大なる政策/お前の頭脳は無意味に<非常時>で忙殺される

台湾人の皇民化運動とは/日本人の真似を徹底せしめることだ/お前は知恵のない子犬らしい活発さで/日本人そのものの如く振る舞ひ/栄譽ある兵隊の地位を遂に特別「志願」させられる/そして歓呼の声がお前を死の湖へ送り出す/そこに如何なる謀略があらうとも お前は勇敢だ

お前はすっかり日本人気取りで/バシー海峡を渡って南の国を闊歩する/悲しい民族の苦悩は死によって消ゆるべし/正に死に臨み 一群の野蕃な兵隊と共に/泥に寝て 草を噛み 撓みない労苦に甘んじ/原始の花を摘む/お前はすべてを忘れ/全く賢い愚人になる

日本は神の国だ 勝つて負けることなし/強い自負と誇張と 御稜威の光に流れ 流れ流れて/一九四五年八月十五日/悲しい民族の命は闇の中に輝かしく/降伏して 光復する?/死はお前を見捨てたのだ

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2007年5月24日 (木)

 陳千武詩集・「暗幕の形象」(思潮社)より(1)

  紹介者 江 素瑛
 台湾の詩人陳千武さんは、1922年生まれ。現在も台湾に住み詩作をする。1940年日本の植民地政策で、生徒の皇民化による改姓名に反対したため、1ヶ月の監禁をうける。日本語文化を学び、間もなく日本語詩集、日本語短編小説を書く。日本兵に志願するなかで日本文化の影響を受けた。日本でも著名な詩人である。

「命の戟」は1 誕生、2 幼き日、3 運命の影、4 歪んだ表情、5 死に臨む、6 名は永遠に、と六章に成す。1946-1951年に伝記の形で書かれた作品である。清国、日本、中国国民党を経て、常に外来人に統治され、継子のような台湾。とくにその時代を生き抜いた台湾老人達は、台湾人総統李登輝が誕生するまでに、悲しい目で台湾の奈落を嘆いている。
 「死に臨む」は、特別志願兵にさせられた若い陳千武さんは、「全く賢い愚人になる」、と洞察したような描写が現れますが、同詩集に収録された1941-1942年に書かれた「瞳を凝らしてー大肚山にて」では、

(中略)ーー瞳を凝らして思う/麦藁の戦闘帽で/真白なハンカチのやうな/空の白い雲を掬い日をー

 大肚山の山頂付近に日本軍が作った地下要塞に志願兵予備訓練を受けた陳さんは、台湾人を皇民化に企む当時、親友の中田 襄さんと、同じように栄光な戦争の夢を見たのかも知れません。

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2007年5月14日 (月)

中田 譲 「若桜詩集」の「途上」より=紹介者 江 素瑛

  戦陣訓 
地上五十尺/小高き崖上にわれ立ちて/風に繙くはーー戦陣訓
眼下に見はるかす俯瞰の景/道あり川あり民家あり/澄める空ーー和む風/そしてかぎりなき田園のひろがり
“ 信ハ力ナリ 自ラ信ジ
   毅然トシテ戦フ者常に克ク勝者タリ・・・・・・ ”
声を大にして/美しき荘巌律に酔ひ/瞼とづればーー/足下に現像す野戦の景/砲塁あり鉄條綱あり兵馬あり/燃える空ーー吠える風/そしてたえまなき哨煙弾雨のひらめき

ーーやがての日/
   精悍の豼貅相伍して・・・・・・・
うつつに夢みる/われの姿を

入営近し!/小高き崖上にわれ立ちて/思念は羽搏くーー戦陣訓


 日本統治時代の台湾、「特別志願兵」と選定された中田さん(本名頼襄欽)、21歳、1942年に入隊を控え、純粋な青年が、想像した「美しい戦場」への情熱と憧れを綴られた詩。そこには強制的赤札の徴兵ではなく、あくまでも志願兵であることを注目すべき。終戦、中国国民党が政権交代。テイブン島から生還された中田さんは1947年、ニ・ニ八事件で乱殺された。

 「若桜」は志願兵の美称である。これはこの若くても散った詩人が生前に唯一、親友である陳千武さんと、自家鋼版刻字で作った詩集である。陳さんは、台湾在住だが、その詩集が、日本の出版社から刊行されている。台湾特別志願兵として東ティモールに赴き、かの地に自らの死を隠匿し、詩人として台湾に再生するまでに16年を要した陳千武。台湾住民の生命と愛の追求、世界への呼びかけに満ちたその「陳千武詩集」は、土曜美術社出版販売から刊行。

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2007年4月26日 (木)

詩 「ハルジョオンに」 江原茂雄 「眼」 第20号より

 紹介者 江 素瑛(投稿)
              ☆

 ハルジョオンに      江原茂雄

 君たちは/なぜ白く咲くの?/君たちをふり向く人はいないのに/白い君たちの花の中に/ところどころ/ピンクの花があるのはなぜ?
 
 目立たない君たちの中で/せいいっぱい目立とうとして/咲いているはなぜ?

「春紫苑」――。この詩を読んで、初めて春ごろにどこでもあり、見過ごしたこの花に気づきました。
 調べてみましたら学名はErigeronという、 キリシャ語の  eri は「早い」、 geron は「老人」との意味で、早春に咲く、老人の白い柔らかい髪のような毛に覆われた花。
 北アメリカ原産、大正時代に園芸植物として東京に渡来の春紫苑、大正草とも呼ばれます。今は、土のあるところであれば、かならず生えてきます。園芸ところか、雑草同様の花であります。
 キク科、沢山糸状の小花の集合でなった花。茎中空、葉は茎を抱く。つぼみは濃いピンクの花序、開花前はうなだれが特徴で、開花すると白、薄桃色、薄紫色、ピンクなどになります。
 江原さんだけでなく、雑草を題材にする詩人には、西脇順三郎もいる。
 せいいっぱい目立とうとして/咲いているのはなぜ?
 昔の栄光を取り戻したいのでしょうか?観賞植物の格をもう一度認めて貰いたいのでしょうか。平和時代の帰化植物は、この混迷の時代ではなにを意味するのでしょうか?価値観がどんどん変わります、雑草が見直される時代かも知れません。

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2007年4月14日 (土)

 岡田すみれこさん詩集より  「歩く」  紹介・江 素瑛(投稿)

岡田すみれこ・詩集「「もう帰るところはありません」(ポエトリージャパン出版)より
         ☆
「歩く」

ここは泥の海ではないはずなのに   
なかなか前へ進んで行かない 
「何故?」という無意味な疑問が   
今日も足にまとわりつき   
どうにか辿りついたのは   
コドモの病院    
彼女は何度も入院を繰り返し
わたしは数え切れないくらい通いつめた    
(コドモだった娘も十数年経って   
もうすぐ二十二歳になる) 
わたしは時々   
大きさの合わない長靴をはいているような  
気分になる    
遅遅として進まない足は    

以下・・・・、
病院からの帰リ道/リコンという岐路を眺めている/ここは泥の海ではないはずだ/見上げれば空に雲も浮かんでいる/けれどリピートされるコドモの病気/堆積された不満に漂うリコン/バクバクと大きい長靴をはいて/その靴を選ぶしかなかった自分を/憐れにも思いながら/今日もわたしは/同じような場所にいる/歩こうとすると水が入って重い/重くて冷たくて気持ちが悪い/ただ前を見ようとする意思だけが/自分を支えている/コドモの病気や/わたしたちのリコンは/すぐそこにある/のろのろと歩き出すしかない
          
  
小児から入退院を繰り返すわが娘を抱えながら、母として、人妻として、努力する。結婚してわかる調和と不調和、この世に離婚を考えない結婚生活は、果たしてあるのだろうか。心になにかの不協和音をかなでながら、歩く、歩く、前へ進むしかありません。それが人生というものなのでしょうか。
 「歩く」もそうですけれども、この詩集は、ほかにも「夫」と「わたしたち」と「恋人」織り込んで、どこでもいる熟年夫婦の有様と心理を、生き生きと絵のように表現しています。そのなかの「夫婦」は、興味深い作品です。それぞれの抱く日常の生活から愛の形を、薬草から成分抽出をするかのように取り出しみせています。


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2007年1月19日 (金)

詩集「やわらかい旋律」著者 井手ひとみ・より

        
作品 「棒」を読んで       江 素瑛(投稿)

「棒」                  井出ひとみ
きっかけは何でもよかった/このたいくつな/ときをとめられるなら/なんでも/しよう//めもりのはいった/棒をのもう/きょうは一cmのもう/明日は二cmのもう//曲芸のように/のんで/一m五十七cmのんだら//わたしは棒になる//細長い/墓標になろう/一cmきざみに/線のはいった/なんでもない/白木の/棒になろう/なまえのない/一本の/棒になって/地面に/直立する

 井出さんとは、二回ほどお目にかかっている。最初の出会いは、彼女が、「詩と思想」誌に映像時評を書くために、映画を見に行くところであったようです。後でわかったのです。バス亭で私の後ろに並んでいる彼女は、私の落としたメモ用紙を拾ってくれたのです。どうして名刺を渡したのか、第一は、なにか書いていると伺ったことからのように思う。第二は、女性だから、婦人科医は役立つことがあれば、と。しかし、何か記憶に残るものがありました。「詩と思想」詩人の新年会で二回目遇った時、お互いに驚きました。これは運命というものか。

美形で、柔らかい顔立ちの彼女ですが、その内に芯の強さを秘めていることが、この棒の詩に良くあらわしています。人の一生には沢山の退屈さに耐えなくてはならないことがあります。細長い棒のように意地を張って直立し、それに屈しない彼女の姿なのでしょうか。

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2006年12月12日 (火)

詩人・原かずみ作品「廃墟守」を読む

それは呪われるべき絆なのか? 江 素瑛・投稿
 多摩川の流れる地方に住んでいる、原さんは、川の美しい水影の裏に、潜むさまざまな生物の姿を詩の原点にし、社会問題点を考えさせられる。
絆という束縛は、親子関係が成立している以上は避けたくても常に付きまとうものだ。単親家庭は単親家庭を生み出す。なんと悲しい絆だろう。

「廃虚守」

穴だらけの部屋は
朽ち果てた神殿のようにも見える
廃墟のようにみえる神殿の片隅で

(中略)

母と娘はすれ違った朝を迎え
たがいに目をそむける
母は儀式のように
円いテーブルに朝食を並べ
冷ややかな舌に祝詞をのせる

(中略)

出口を探して
娘は
ある日
丘を降りていってしまった

(中略)

娘は
母となってもどり
また神殿の片隅で
朝をはじめる  

幼いいのちを抱いた
新しい守人は
蜂の巣のような神殿に
母と同じ
細い朝餉の煙を上げる

原かずみ 詩集「オブリガート」(土曜美術出版販売)より         

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