2019年9月27日 (金)

西日本文学展望「西日本新聞」(9月26日・朝刊)=茶園梨加氏

題「田舎暮らし」
椎窓猛さん「村」(『奥八女山峡物語』書肆侃侃房)
佐々木信子さん「波紋」(第7期九州文学47号、福岡県中間市)、汐見弘子さん「しょっぱい骨」(「筑紫山脈」36号、福岡県久留米市)
水木怜さん「ななかまど」(「照葉樹二期」16号、福岡市)、古岡孝信さん「夏の終わる前までに!」(「二十一せいき」百号特別記念号改訂版、大分市)、江雲征人さん「短歌の好きなロシア文学者」(「第7期九州文学」47号)
《文芸同人誌案内・掲示板ーひわきさんまとめ》

| | コメント (0)

2019年9月16日 (月)

文芸同人誌「群系」第42号(東京)

【「本を出す」小野友貴枝】

 安藤沙也というかつての職業夫人が、高齢になってそれまで趣味としていた文芸作品や、生活日記を書籍化することに力を入れている。保健福祉関係の専門職にあった彼女は、「月刊保険ジャーナル」などの雑誌には寄稿していた。そうした連載記事の書籍化した時に、文章力の不足を感じコンプレックスとなっていた。小説教室などに通い、創作することに力を注ぐ。小説や日記を相次いで自費出版する。その出版過程が詳しく説明される。彼女は、高齢者の知見や能力が徐々に衰えるのを恐れている。読むほどにそれが自分自身を語るエッセイに近いものだと、分かる。まさに、小説の基盤である「描写の奥」に「寝ていられない」そのものである。本を出すことへの強いモチベーションが表現されている。とくに、職業と家庭の両立をさせたなかでの、文芸にかかわる心情になかに、本を出すことに対するこだわりと主張がある。文学的であることを理由に、内容の意味不明さを肯定する傾向に一石を投じるのではないか。

【「お布団」逆井瑞穂】

 これは、機関車関連のマニアが、子供のころの鉄材の解体屋に機関車がおいてあって、それの部品を夜中に盗み出そうした話があり、そこで、音消しのために布団を利用したらしい。こだわりは、機関車と母親のことらしいが、全体像がつかめなかった。

   その他、本誌は近代文学作品と作者への評論が多い。特集は「815の青い空 戦争と文学」で、その時代を生きた作家と作品が評されている。特集のほかに【「村上春樹再読(10)―『スプートニクの恋人」・連作『地震のあとで』」星野光徳】がある。村上作品をすべて、読むことは少ない自分には、ある時期の見解があって、そうなのかと思い、面白かった。【「中野重治『萩のもんかきや』-世間の片隅に生きる戦争未亡人の母」小林弘子】は短いが、根は詩人で、小説家の目のつけどころとか、リズムに関する感覚などが知れてこれも面白い。

 その他、近代文学の作家たちの評論がある。現在、若者の国語教育の方向性が、論裡国語と文学国語に分かれたなか、論理国語の選択が優勢だという。その意味でも、文学をする機会を増やす活動として、今後への役割が期待れるものを感じる。

編集部=〒136-0072東京都江東区大島7-28-1-1336、「群系の会

紹介者=「詩人回廊」北一郎。

| | コメント (0)

2019年9月12日 (木)

なぜいま同人雑誌かー五十嵐勉氏が東京新聞に寄稿

 第3回全国同人雑誌会議が10月19日に東京で開催される。それに合わせて「文芸思潮」誌の五十嵐編集長が、東京新聞9月12日夕刊に「なぜいま同人雑誌か」-流されず、考える力をーという見出しで寄稿している。《関連情報:第32回中部ペンクラブ文学賞発表=中部ぺん第26号》 同人誌会議では、このほか、同人雑誌の運営について現状報告や提言があり、参加者の交流会や翌日に文学館ツアー(3000円)などが行われるという。

| | コメント (0)

2019年9月 7日 (土)

第7回文学フリマ大阪が8日に開催される

 もう7回目になるのか「文学フリマ大阪」。とにかく書店にはない文学書が買える。群衆のなかの孤独も味わえる。夏炉冬扇か。行くことそのもが文学なのか。

| | コメント (0)

2019年9月 4日 (水)

西日本文学展望「西日本新聞」8月30日(朝刊)茶園梨加氏

題「現実との格闘」
志田昌教さん「からゆき初音」(「長崎文学」91号、長崎市)、宮本誠一さん「慰留地」(「詩と眞實」842号、熊本市)
くまえひでひこさん「赤い夕陽の満州」(「長崎文学」91号)、古庄ゆき子さん「川島つゆと川島ゼミの面々」(「航路」62号、大分市)

《「文芸同人誌案内」掲示板・ひわきさんまとめ》

| | コメント (0)

2019年9月 1日 (日)

同人誌評「図書新聞」8月31日=越田秀男氏

ーー1部抜粋ーー『夜を漕ぐ』(葉山ほずみ「八月の群れ」68号)――双子の姉弟、弟がクローン病を患い、小腸から大腸に及ぶ大手術を受ける。手術後の夜、姉は病院から、母を付き添いに残し帰宅、の途中、焼肉屋に寄りホルモンを注文。腹減った? 切除された弟の腸管と牛の腸を引き比べるため。姉は自分の健康体が反って引け目となり弟の臓器提供者たらんことを切望している。〝夜を漕ぐ〟とは生と死の寄せては返す波に舵を取りながら漆黒の川を渡る姉弟の姿である。
 『絹子の行方』(倉園沙樹子「民主文学」7月号)――なんとか自立に近い日常をおくる独居老人「絹子」は、地域行政の〝自立を促す〟とかいう勝手な都合で、自立的日常を奪われ、息子夫婦の家に引き取られる。そのストレスが認知症スパイラルへ。ーー瞠目すべきは、認知症の進行を外部観察により捉えるのではなく、絹子の内側から意識の崩壊過程を描き切っているところだ。
 『花の影』(大巻裕子「北陸文学」83号)――主人公はトラック野郎から身を立て運送会社を設立運営し四十年。その手足、頭脳として支えた妻が、肺がん末期に。キャンピングカーで妻の故郷、鹿児島・知覧へ。その地で臨終を迎える。以後、妻の思い出をはじめ主人公の人生全ての像が走馬灯のように回転しておさまらない。
 『羊腸の小径』(「伊藤仁美」じゅん文学100号)――〝羊腸の小径〟は箱根の山道! さにあらず、人間の腸管。主人公は近所付き合いのトラブルで、体調を崩した、とは早合点、実は大腸がんだった! 無事生還したが、心と体と頭のこんがらがりの一例。「じゅん文学」は100号の節目。井坂ちからさんは、四半世紀におよぶ戸田鎮子さんの主宰者としての活動を讃えねぎらう中で「書き続けていれば人は老いず、読み続けていれば人は死なない」。
 以下の二作品は村の姿、戦後編と現代編。
 『雉撃ち』(宇江敏勝「VIKING」822)――舞台は和歌山県近野村、戦後四年経過。村唯一の宿屋に婿入りした男が妻を身籠もらせて出征、無事誕生も、婿は知らせを受けた後生死不明に。妻は戦後、別の男と事実婚、そこに婿が生きて帰ってきた。以上は物語の傍流で本流は雉撃ち。臨場感あふれる描写力。物語の核心に〝芝刈場〟。何を変え何を守るか、時代を超えた課題が突きつけられる。
 『ポスティングの朝』(高橋道子「麦笛」17号)――主人公(匡子)の実家は農家。夫は匡子の父が亡くなると脱サラし農家を嗣ぐ。実家暮らしに舞い戻った匡子は自治会長を押しつけられ六〇戸もの集落へのお知らせ配り。ポスティングとはプロ野球の大リーグ移籍ルールのことではなかった。この作業を通じ衰微する村の様子が記述される。なぜ? 天明の大飢饉―東日本大震災の記憶。村の時空を巧みに描いた。
 以下の二作品は原体験とその表現が論じられる。
 林京子と言えば長崎被爆体験を描いた『祭りの場』、そうそう、中上健次に〝原爆ファシスト〟と罵られたこともある――こんな浅薄な知識で分かった風になられては困る、と書かれたのが『上海そんなに遠くない』(松山慎介「異土」17号)――「日中戦争の時代に中国人と先入観なく遊び、生活した」〝ありのまま〟の上海、林京子の原風景――を下敷きに『祭りの場』を読み直せば、新たな発見がある。
 広島の被爆体験を描いた小説には大田洋子『屍の街・半人間』、原民喜『夏の花』。松山さんはこの二作品との対比も的確に論じている。そして原民喜と、アウシュヴィッツ体験を記したプリーモ・レーヴィを重ねて論じたのが『天命と使命について』(青野長幸/ 23号)。原の言葉「コノ有様ヲツタエヨト天ノ命」と、レーヴィの「押しつけられた役目」、両者の〝天命と使命〟が突き合わされる。原体験の風化に抗す! (「風の森」同人)《参照:認知症スパイラルを意識の内側から描く(「民主文学」)――原風景“上海”から林京子を読み直す(「異土」)

 

| | コメント (0)

2019年8月16日 (金)

同人雑誌季評「季刊文科」第78号=谷村順一氏

 --人生の細部ーー《対象作品》津木林洋「フェイジョアーダ」(「せる」第110号・大阪府)/中村徳昭「裸梢」「梅干茶漬け」(「30」14号・東京都)/水口道子「親切な隣人」(「あらら」第10号・香川県)/沢口みつを「縄文の祀り」(「こみゅにてぃ」第104号・埼玉県)/鮎沢しほり「アゲハチョウ」(「樹林」vol.650・大阪府)/中川由記子「ほのか」(「季刊午前」第57号・福岡市)/瀬戸みゆう「墓じまいの夜」(「(「半月」第9号・山口県)/刑部隆司「セーラー服じいちゃん」、池戸豊次「春の獅子」(「じゅん文学」第99号・愛知県)。

| | コメント (0)

2019年8月10日 (土)

文芸同人誌の運営のコツ

 ローカル性を守ることで文芸同人誌「相模文芸」は、繁栄を継続している。ほかの自らが関連する運営について<外狩雅巳のひろば>でふれている。同人の求心力をどう作るかがコツのようだ。文芸同志会の関連同人誌は、先が見えている。それなりに努力をしたが、やむを得ない事情がある。

| | コメント (0)

2019年8月 3日 (土)

西日本文学展望「西日本新聞」7月31日・朝刊・茶園梨加氏

題「題名」
寺井順一さん「紫の雨に濡(ぬ)れて」(「西九州文学」42号、長崎県大村市)、山川文子さん「アイスキャンデー」(「佐賀文学」36号、佐賀県嬉野市)
川村道行さん「FAIR & UNPREJUDICE」(「海」22号、福岡市)、六月田語さん「個室の窓から」(「風」21号、福岡県筑紫野市)、西浜武夫さん「誾千代姫 第二話」(「ほりわり」33号、福岡県柳川市)
「草茫々通信」13号(佐賀市)

文芸同人誌案内・掲示版」8月1日(ひわきさんまとめ)

| | コメント (0)

2019年7月31日 (水)

同人誌時評「図書新聞」(8月3日)=評者・志村有弘氏

 (一部抜粋)桜井克明の「一日百円駐輪場」(「残党」第48号)が、異質のふたりの人間像を描き分け、人生とは何かを考えさせられる、小学校と大学を共にした浦山と落合。落合が「くされ縁」と称したように、ふたりは相性が悪かった。浦山はかつて学問の世界に専念したことがあったけれど、今はK市で駐輪場を営む。三年前に母が死に、遺産相続で妹たちと争うことになり、借金ができた。一方、名古屋の会社で出世した落合は、三年前に妻を亡くし、K市に戻って息子や孫と住む家を新築した。前半では不遜とも見える浦山の姿が描かれ、落合の吝嗇で小人物的人間像も記される。後半では落合の視点で学生時代の浦山の「唯我独尊」ぶりが示され、「自分は俗人とは違うというプライド」を持った、「文学馬鹿の典型かも」とこきおろす。裁判の不合理や大学紛争ではじき出された不運も示される。しかし、背後に作者の醒めた眼。力作である。
 花島真樹子の「虹のかなたへ」(「遠近」第70号)は、女優の死を描く。老人ホームの住居人石堂ゆりえ(舞台女優・七十六歳)が交通事故死した。ゆりえは舞台女優よりテレビの出演で知られていた。死ぬ二日前、施設の職員戸田に不倫が原因で過去二度の自殺未遂をしたことを語った。戸田が、脇役で不満はなかったのかと訊くと、「仕方ないじゃない、だって私は女優ですもの」と応えたゆりえの悟りきった姿。「五十年遅く生まれていて戸田さんに会えていたら」と告げるゆりえの心情が哀れ。ゆりえは金も尽きていた。しかし、女優として精一杯生きて自殺したのだ。読後の寂寥感とは別に、爽やかな抒情を感じさせるのは、作者の伎倆。筋の展開も文章も達者だ。
 粕谷幸子の「あいまいなわかれ道」(「全作家」第113号)は、「彼」(異名遠山総代君)の風変わりで、どこか寂しい言動が印象的だ。彼は「わたし」の夫と同じく旧制五中(小石川高校)の出身で、入学式では宣誓文を読んだほどの人物。いつも酒を飲み、就職もせず、小石川高校にふらりと現われ、一時間ほど座り込んだりし、月に一、二度、酒気を漂わせながら「わたし」の家にくる。彼の妻アキコが、彼が再婚するので別れることにしたと告げにきた。その彼が脳梗塞で他界した。葬儀のときに見た遠山の新しい妻は、アキコが言うような醜女ではなく、礼儀作法もわきまえていた。アキコの言葉の謎。佳作の短篇小説。
 臼田紘の「クラスメート」(「飛火」第56号)は、大学時代のマドンナ・中村彩子の学生時代とその後が、旧友の話から示されてゆく。作品の語り手である貞夫も彩子への思いを抱き続けていた。貞夫は彩子への思いから、彩子のそばにいた土屋郁代と儚い関係を持ったこともあった。その郁代は癌で他界していた。彩子に対する山崎彬の男らしい真摯な行動。そうしたことが静かな、丁寧な文章で展開する。人生の甘酸っぱさも漂う、良質の作品。
 森下征二の「泰衡の母」(「文芸復興」第38号)藤原泰衡の首級に残る傷痕の謎解きが興味深く、泰衡の母(成子)の気丈な姿も印象的だ。成子を〈国衡の妻〉というだけではなく、〈泰衡の母〉である点を注視しているのが見所。また、秀衡が国衡の許婚であった成子を「奪い取った可能性」という指摘も面白い。
 エッセーでは、「月光」第58号が反骨の歌人・坪野哲久特集を組む、福島泰樹の哲久の生涯を綴るエッセーをはじめ、作品論、坪野を詠んだ歌などが掲載されていて貴重。「脈」第101号が詩人勝連敏男の特集。兄の勝連繁雄や川満信一らが勝連のありし日を伝えている。比嘉加津夫の「詩だけが人生であった」という言葉が、勝連の全てを象徴しているように思われる。(相模女子大学名誉教授)

| | コメント (0)

より以前の記事一覧