2018年8月14日 (火)

中部ペンクラブ文学賞(第31回)に弥栄菫さん作品

 「中部ぺん」第25号が刊行され。第31回中部ペンクラブ文学賞受賞作く「誰かが誰かのS](弥栄菫)に決まった。作品内容は、女性の視点で、前の男から現在の男と同郷する過程に、お互いの関係性をどのような支配関係を維持するか、性の交わり方のなかで、描かれているもの。選評があって、その中の吉田知子氏が、応募作がどれも男と女の関係ばかりと、素材の傾向に批判をしている。
 たしかに、そうであるが、まず出来るだけ読まれることを志した場合に、無難なものを選ぶのは仕方のないところであろう。それよりも、こうした同人雑誌系の作品となると、短編であるため、テーマの深堀りをする余地がない。
  そこで、ひとつの手法として、その先を続けて書くことの出来るスタイルを開拓する手法もあるのではないか。一種の2重構造をもたせ、合わせて読んだ場合、統一感とビジョンがまとまるようなものである。
 たとえば西村賢太の場合、前半は色欲の強い陋劣な人間性を強調し、後半は藤澤村清造への畏敬、愛情の純粋な心の表現を描き、澄んだ作品の印象を形成している。視点を極端に下げ、その後次第に精神を上昇させるという二層構造で、作品を成功させているように見える。丹下左膳や座頭市のような、欠落したところある主人公が関心を惹きつける通俗性に通じるものがあるのではないか。
《関連:文芸誌「中部ぺん」第25号を読み文学を語る!9/23開催

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2018年8月 5日 (日)

「図書新聞」同人誌評(2018年8月4日)評者◆志村有弘氏

 岡山晴彦の戯曲童話「今様お伽噺 麦の穂」(Pegada第19号)。町の「廃校」の寂しさもあり、今はやりの「忖度」の言葉も見える。震災の傷を随所に示す哀しい作品でもあるが、心温まる力作。
 丸山修身の「古紙の裏から」(文芸復興第36号)が、推理小説を読む面白さ。名文句もある。古紙と共にあった位牌の一人ひとりの人生も知りたい。佳作。
 高原あふちの中篇小説「人間病患者」(あるかいど第64号)の登場人物は、それぞれ個性的だ。題名もうまい。ホームドラマになり得る作品。
 浅岡明美の「昼下がりの客」(創第12号)は、老人の罪の意識を綴る短編小説。老人の心に沈殿し続けた呵責。綺麗な文章で展開する良質の好短篇。
 福島遊の短篇「ひじり」(あてのき第45号)は、作中に『日本往生極楽記』などに見える賀古(加古)の教信上人の生きざまを記す。爽やかな読後感が心地好い。
 エッセーでは、岡谷公二の前号からの連載「山川方夫の葉書(二)」(飛火第54号)が、友人山川の書簡を紹介し、岡谷自身も含めて山川・「三田文学」を視座とする貴重な文学交友録を伝えている。
 同人雑誌連載の作品が単行本になるのを知ると、嬉しい気持ちになる。木村咲の小説『赤い土』(「九州文學」連載)は、一人の女性が厳しい異国の地で生き抜いてゆく姿を抒情豊かに展開させている。
 「浮橋」、「文の鳥」が創刊された。同人諸氏の健筆をお祈りしたい。追悼号ではないが、「民主文学」第663号に三浦光則が昨年十二月に死去した伊豆利彦、「天荒」第60号に岡崎万寿が二月に死去した金子兜太について(連載の上)、その熾烈な文学魂を綴る。ご冥福をお祈りする。
《参照:岡山晴彦の友情の絆を綴る童話劇(「Pegada」)――丸山修身の古い証文などから一家の歴史の謎解きをする小説(「文芸復興」)、孤愁・寂寥感を綴る詩歌群

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2018年7月31日 (火)

西日本文学展望 「西日本新聞」7月24日・朝刊=茶園梨加氏

題「家」
野見山潔子さん「解体」(「火山地帯」193号、鹿児島県鹿屋市)、西村敏道さん「微(ほほ)笑みのかげに」(「飃(ひょう)」108号、山口県宇部市)
鳥海美幸さん「冬の終わり」(「龍舌蘭(りゅうぜつらん)195号、宮崎市」)、北村節子さん「街灯」(「佐賀文学」35号、嬉野市)、田ノ上淑子さん「降灰は空の彼方(かなた)に」(「原色派」72号、鹿児島市)、右田洋一郎さん「沙知とクロとプリズムと」
(「詩と眞實」829号、熊本市)、三井春生さん「もっこすの記(第6回)」(「季節風」24号、北九州市)
「火山地帯」193号は島比呂志さん生誕100年特集、立石富生さん『小説 島比呂志』(火山地帯社)、島比呂志さん著書『生きてあれば』(1957年)に言及 。
文芸同人誌案内掲示板:ひわき さんまとめ)

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2018年7月 8日 (日)

第三回文学フリマ札幌 (2018/7/8)開催

   第三回文学フリマ札幌 (2018/7/8)が開催されている。後援に札幌市・札幌市教育委員会・北海道新聞社などがある。地道に地域文化に定着していることがわかる。

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2018年6月30日 (土)

西日本文学展望「西日本新聞」6月27日・朝刊=茶園梨加氏

題「生死」
城戸祐介さん「出産者」(「第七期九州文学」42号、中間市)、西田宣子さん「雨上がりの公園で」(「季刊午前」56号、福岡市)
小河原範夫さん「疑似的症候群」(「ガランス」25号、福岡市)、田川喜美子さん「思い子」(「長崎文学」87号、長崎市)
寺井順一さん「ラメンタービレ」(「西九州文学」40号、長崎市)、深田俊祐さん「風船飛ばし」(「南風」43号、福岡市)、藤代成美さん「月の道標」(「照葉樹二期」13号、福岡市)
宮崎県教職員互助会「しゃりんばい」が40年の歴史に幕

同記事は今年1月31日掲載ののち休載されていましたが、今月から再開しました。いくつもの同人誌評が廃止されているなか、有り難い存在です。
文芸同人誌案内掲示板:ひわき さんまとめ)

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2018年6月25日 (月)

旅先での情報アンテナー長野・文芸誌「構想」記事があった

 このところ、同人雑誌への投稿原稿づくりをしていたが、身内から短い旅の周遊券がもらえたので、でかける。まず、東御市のとうぶ休養村で一泊。《参照:大田区休養村とうぶ
  その後、上田市の旧真田町、別所温泉とまわる。2日目の別所温泉の上松屋という宿に泊まったら、地域新聞「信州民報」というのが置いてあって、その新聞にー文芸冊子「構想」第64号発行!構想の会」という記事があった。編集発行人・崎村裕さん。44頁て6編を掲載。内容は掌編「何か」(陽羅義光氏)、童話「アリジゴクのおくりもの」(岡本みちお氏)、短編「遥かなる地へ」(嶋田貴美子氏)、連載「中期の幸徳秋水-6-」(崎村裕氏)、連載「ルネサンスと宗教改革」-教権の解体ー西欧精神史ー3-」(雨宮湘介氏)、装画・奥村直氏、とあった。みなさん健筆をふるっているようである。明日から、パソコンの修理メンテに入るので、その前のミニ情報である。

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2018年6月14日 (木)

同人誌季評「季刊文科」74号=評・谷村順一氏

《対象作品》
秋尾茉里「あさがおの花」(「babel」創刊号・大阪市)/猿渡由美子「胸の底の辺鄙なところ」(「じゅん文学」第94号・名古屋市)/森本智子(「襖の向こうに」vol.11・大阪府)/島田奈穂子「近藤さん」(同)/小島千佳「二つに一つ」(「あるかいど」63号・大阪府)/谷河良彦「辞書物語」(「樹林」Vol.634・大阪府)/木下衣代「柔らかな裂けめ」(「黄色い潜水艦」67号・兵庫県)/渡邊未来「くるみの翼」(「ガランス」25号・福岡県)/山内弘「沈黙の解答」(「空飛ぶ鯨」第18号・埼玉県)/和泉真矢子「あなたもそこにいたのか」(「メタセコイア」第14号・大阪府)/灰本あかり「薄ら日」(「文芸 百舌」第2号・大阪府)/伊藤礼子「儀式」(「八月の群れ」vol.65・兵庫県)。

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2018年6月 9日 (土)

同人誌評「図書新聞」(6月2日)評者・越田秀男

 『我が愛しのストーブ』(小川結/(「穀雨」22号)。北風小僧の寒太郎~と歌う灯油売りも近年見かけなくなった、にもかかわらず、エアコンも設置した、にもかかわらず、冬は石油ストーブ、夏は扇風機、と頑ななアラ80父。あきれ果てる同居のアラ40娘。と、別居の妹がやってきてエアコンを……姉「33度以下は扇風機!」と、いつの間にか感化されていた。
  「あらら」9号、 炎で競作。〝『炎』水口道子――狐と狸と人間の化かしあいから共棲へ。『水の炎』渡邊久美子――震災・津波は喜怒哀楽、人生の全てを奪った。『炎・焔・熾』松崎文――竈の炎の多様な顔、ホカホカご飯! 『炎の野球選手』大西緑――蘇る炎のストッパー津田恒美! 『炎のごとく』磯崎啓三――夏野はや炎のごとく一樹立つ。
 『献体』(猪飼丈士/「民主文学」631号)。伯母が老人ホーム入所の際、身よりが主人公だけで、身元保証人になるため、四十数年ぶりに会った。その時伯母は「献体登録証」をみせた。なんで献体? その真意がわからずじまいで十五年後、緩和ケア病棟。死が切迫した段階でも伯母の意志は変わらない。主人公はこれまでの伯母の人生に深く想いを寄せる。
 『祈り』(石崎徹/「ふくやま文学」30号)。広島平和記念公園に訪れた親子五人が遊園地気分で時をすごす。さて帰るか……父親がもう一度、と慰霊碑に。母も……子等も。休日でごった返す人垣をかき分け碑にたどり着くと、不思議にも五人が収まるに足る空隙ができ、皆父に倣って祈りを……と、回りの人々までもが倣って黙祷――《急に静寂が群衆を支配したかのようだった》。
 『海の止まり木』(北嶋節子/「コールサック」93号)。主人公の母は長崎で被爆、一命を取り留め結婚、子に恵まれる。が、主人公が小学校にあがるころ原爆症を発症、一年足らずで世を去る。と、姉も発症し同じ経過を辿った。この有様は〝風評〟となり「ピカドンがうつる」、イジメ。成人した主人公は相思相愛の恋。結婚の承諾を得るため、父を伴い、娘の親代わりの兄に会いに行くも、けんもほろろで拒否された。それから四十年後、主人公が経営する喫茶店に、その兄がやってくる、台風の到着と、彼女の死の知らせを伴い。追い返すわけにもいかない……。
 『陸か海か』(平山堅悟/「AMAZON」488号)。陸か海かは、父が韓国人、母が日本人の、両生類的生き方の主人公の有り様。彼は居酒屋の屋上のラウンジでヤクザっぽい客の顔面に青丹を食らわせてしまう。この一件をキッカケに店の女と身の上話をする程度に関係が。女は中学生のころ、親が同和地区に住まったことを因とする騒動に巻き込まれ、その後風評被害を逃れ逃れて成人。結婚し子に恵まれるも、義母がこの過去の一件を嗅ぎつけ、離婚の憂き目。一方、主人公は、父が朴正煕政権下で民主化運動の首謀者として死刑に処せられたことなどを明かす。大阪のコリアン商店街の風景、人々が活写されている。
 『小風景論――「気色」とは何か』小論(西銘郁和/「南溟」4号)。琉球舞踊「黒島口説」を紹介。〝口説〟は歌舞伎などの口説のもととなった五七調の旋律を沖縄の地に引き込み溶け込ませたもの。西銘が黒島口説から抜き出した言葉は〝気色〟。〝景色〟ではなく〝気色〟を使う例は古語にみえるが、現代語では、けしきばむ、とか、きしょくわるい、など限定的だ。黒島口説では? 《何物にも「替え」られぬ出自の「島・村」に対する》誇り・信頼・感謝が込められているという。辺野古埋立工事に当てはめると、〝景色〟の破壊ではなく〝気色〟の破壊、沖縄の心を土足で踏みにじるものだということになる。
 『能古島の回天基地』随想(富田幸男/「九州文學」)。島尾敏雄の『出発は遂に訪れず』は奄美群島加計呂麻島。博多湾に浮かぶ能古島の回天基地も、発信することなく終戦を迎えたという――《沿岸近くに、無数の小石を積み重ねた魚礁とも消波堤ともつかぬ濃茶色の苔に覆われた不思議な三本の〝物体〟が波間に見え隠れしている》――魚雷艇の斜路跡。島内には博物館や防人の万葉歌碑があり、年間25万人もの行楽客が訪れるという。千数百年息づく防人と一世紀にも満たず埋もれつつある基地跡の皮肉。(「風の森」同人)
《参照:琉球「黒島口説」の“気色”に込められた心出発は遂に訪れず――博多湾・能古島の回天基地

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2018年6月 6日 (水)

文芸交流会の普及に同好家たちに呼びかけ=外狩雅巳

 全国多数の文芸同人誌の作品を批評し紹介して来た『文芸思潮』誌に期待している。
 個別に活動する文芸同人会の運営は脆弱なので解散も多いが新規発足も多い。
 また、個々の文芸愛好者も同人会への入退会や掲載などは頻繁に変化している。
 そんな同人誌界を激励し発展に寄与してきたのが「文芸思潮」誌の五十嵐編集長である。
 関東交流会を創設し会合を開催していたが、近年は雑誌運営に専念し交流会は途絶えた。
 私はそこで多くの仲間から学び励まされた。その仲間に呼びかけて町田交流会を始めた。
 町田市近郊には多くの愛好家や同人会があるので参加呼びかけを続けている。
 知名度の無い小さな交流会合なので、月例会の継続運営には様々な困難もある。
 呼びかけを重ねる中でようやく新規参加を迎える事が出来た。はがき通信・ほのか座の朱鳥さんである。
 月例会常連者は十人程であり個々の同人会予定もあり各回の出席人数は五、六人程度である。
 それでも一人二人での活動中の人ならば、多数との討論・評価が交わせると期待してくれる。
 現在数人から連絡もあり今後の参加を期待している。
 「空想カフェ」の堀内みちこさん。「まくた会」の鮎川さん。「たねの会」の佐藤勝美さん。「孤帆」のとうやまりょうこさん。「白雲の会」の岡本さん。「町田詩話会」の宮崎さん。「私人の会」の小保方さん。等々。 町田市には「町田ペンクラブ」がある。最近伊藤代表に案内文を送り返事を待っている。
《参照:外狩雅巳のひろば

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2018年5月10日 (木)

全作家協会の活動にフリーマーケット出店

 同人誌作家という名称が消えて久しい。このところ文学作品の展示即売会「文学フリマ東京」に出店している「全作家協会」は、かつては同人誌作家の集う会であった。《参照:全作家協会が「文学フリマ東京」に出店した意義
  特長は、役員が多い事であろう。なにしろ全国展開をしているので、各地域からの有力作家の意見を反映させる必要があるからであろう。
  機関誌「全作家」には、文芸評論家の横尾和博氏が、職業作家から同人誌作家の動向まで、丁寧に読んでで、論評をしている。最新109号では、下記のようなことも記されている。
『最近公募商業誌へ投稿する場合の問い合わせも多いので一言書いておく。プロをめざす書き手にアドバイスをおくるとすれば以下のような点である。まずなぜ文学者、作家としてプロをめざすのかの理由である。職業としては一部の人しか生活できない世界。自分の自尊心や虚栄心を満たすためならやめたほうがよい。つまり文学への固執、強靭な文学精神がないとプロには向かないということだ。二つめは小説技術を真摯に磨くこと。スポーツでたとえれば練習ということになる。三つめは同じくスポーツにたとえれば優れたコーチや指導者に出会うことである。なかなか難しいが、この三つをクリアすればプロの道が開かれるだろう。
 さて同人誌評である。現在は「三田文学」「季刊文科」「図書新聞」が商業紙誌で批評コーナーをかろうじて維持している。だが「読書人」では無くなった。またスペースも限られている。同人雑誌の読み手の作家、批評家、研究者も少ない。同人誌の高齢化も指摘されている。一方で文学フリーマーケット(フリマ)は各地で盛況で若い世代の参加も多い。この乖離をどのように考えるべきか。そしてどのようにすれば文学は生き延びていくのか。前述のように各々胸に手をあてて考えなければならない。』
  ネットでもアップされているので、全文が読める。よく出来ているHPである。

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