2018年12月 6日 (木)

西日本文学展望 「西日本新聞」11月29日・朝刊-評・茶園梨加氏

題「戦争と記憶」
宮脇永子さん「しんけいどん」(「南風」44号、福岡市)、武村淳さん「朝(あした)に道は知らずとも」(「詩と眞實」833号、熊本市)
友尻麓さん「窓辺にて」(「砂時計」2号、福岡市)、吉田秀夫さん「T四作戦」(「ら・めえる」77号、長崎市)
「宇佐文学」(63号、宇佐市)は「宇佐文学まつり」報告も、「敍説」Ⅲ-15号(福岡市)は夏樹静子特集
文芸同人誌案内掲示板:ひわき さんまとめ)

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2018年12月 5日 (水)

同人誌評「図書新聞」(2018年12月1日)評者=越田秀男氏

  (一部抜粋)
  『島の墓標』(宮川行志/九州文學43号)――世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン」、この登録に乗じた、天草上島沖に浮かぶダデグ島の古文書と埋蔵金をめぐる、正義の味方対、利権市長、生臭坊主の戦い、で結果ウィンウィン、ハグハグ。ところで〝ダデグ島〟なんて聞いたことないが、全部作り話とも思えない。
  同誌巻頭の『出島甲比丹』(中野和久)は幕末フェートン号事件を題材に出島商館長を主人公にした歴史小説仕立ての物語。この作品も史実と虚構の境界が楽しめる。
  『大和川』(稲葉祥子/雑記囃子23号)――竹や桃からかぐや姫や桃太郎、ならばPCの立ち上げ時間を寄せ集めて人造人間を虚構っちゃえ? ピノキオより不自然! 歳は20に、70半ばであの世、に設定。アラ40の主人公と日本一汚い大和川でおにぎりデートして結婚、子はご飯の炊きあがり時間を寄せ集めて……この提案は却下。やがて彼は設定年齢でタケコプター装着練習中、落下して死亡。彼女は気づいたら100歳、浦島花子。
  『きらいなにおい』(三上弥栄/星座盤12号)――大和川は水質改善が進み鮎の産卵も。隅田川も今や白魚が棲める。みんな清潔、消臭剤大繁盛。で、臭いに超敏感女現る。彼女もその夫も会社仕事に不適合。今まで支えてきた縁者にも見放され……。この小説、おもしろいのは、超過敏女の自己中的愚痴を聞いていると、みな五十歩百歩で、今やこの世の中一億総過敏症時代のようにも感じてくる。
  〝現代〟の居場所は険しい――『居場所』(小林忍/てくる24号)――夫婦娘三人家族マンション生活に妻の母が同居をはじめて、居場所を失った夫。飲み屋にやってくる女との不倫、娘につきまとうストーカー、飲み屋の隅の席に陣取る猫、猫の席を奪う酔客、なんや満席かいな! と止まり木無く帰る客。冒頭の失神雀を含め材料を上手に関係づけて、あなたの居場所は? と問う。
  同誌の『赤いポール』(井川真澄)も老人の居場所がテーマだ。日当たりの良い公園のベンチでヒネモス、の爺ではなく、ベンチから追われ、追われ、消えた爺……。
 『虹の輪』(水木怜/照葉樹14号)は公園を清掃するボランティア爺の話。その爺に、いつもジョギングで出会う青年は、ある不自然さ、異常さを感じ、爺の暮らしの内側に立ち入っていく……と、その奥には20年前、愛ゆえのほほ笑ましい些細な行為が、神の存在など信じ得ぬ惨劇に転じてしまった事故と事件があった。
  『丸山のフキの下に』(白川光/北狄383号)――時代は江戸、弘前。三内丸山の地に自生する葉が二段の蕗? その下にコロボックルが住む? どこでも探検隊、発見! 桑の実ワインを呑みすぎて蕗の葉からスッテンコロボックル! だが、21世紀のコロボックルの住処は?
  『夏野旅路』(加藤康弘/矢作川40号)――「背にもたれていた木から、一匹の蝉が羽ばたき、西陽の彼方に消えていく」――町の札付き問題児に、年上の幼馴染みへの恋心が突然やってきた時、それは別れの時でもあった。思春期の喪失感が歌われる。
  沖縄の歌――「南溟」5号では、平敷武蕉が「玉城寛子論」を展開。「くれない」195号では、翁長知事哀悼の歌を特集。「コールサック」95号では、同社が刊行した『沖縄詩歌集』の書評などを紹介している。惨・怒・怨・哀に満つるなかで、心の芯に響く歌――
【参照:史実と虚構の境界を楽しむ(『島の墓標』『出島甲比丹』)――臭い過敏症や居場所喪失など“今”を写す――『きらいなにおい』『居場所』

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2018年11月28日 (水)

文芸誌「砂」の自己表現中心から第三者の現状報告へ

  文芸同人誌の多くは、共同で作品発表の場にするということから、自己表現的な傾向の書き物が作品の多くを占める傾向にある。自分は、こうした作品の感想を求められると、「これは自己表現の部類に入りますね」と言うことが少なくない。すると「作品のつもりですけど…」と不審に問い返されることがある。自分の発想は、自己表現性とは、家族の写真や職場の記念写真の作品アルバムと同じで、自分にのみ意味があるが、他人があまり関心をもたない表現性のことである。知り合いの家を訪問すると、家庭写真のアルバムを何冊も見せらることがある。「はあ、そうですか、いいですね」とお世辞は言うが、本当は関心がない。
 文芸同人誌の読者は自分の書いたものを読む同人だけが読者で、同人を増やすことは、読者を増やすことである。
 文芸同志会では、「砂」の同人会員が減少して、原稿不足になったことで、提携で原稿提供した。そこで心掛けたのは、自己表現でなく、現在形の他者を対象にした報道記事と評論である。前回に続き「文学フリマ東京で文芸誌「砂」の136号~138号までを「文芸同志会」の出店に並べたところ、立ち寄ってぱらぱらめくってから、買い求めるひとがいて、各冊とも2刷ぐらいずつ売れた。要するに会員読者はいないので、他者を表現することで、外部に読者を求めたのである。《参照:第27回文学フリマ東京2F会場のカオスと静寂を楽しむ
 他者を素材にするということは、書かれた側も読者である。当然、書かれたことへの反論、批判を受けている。責任を問われるので、やはり緊張感が違う。

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2018年10月31日 (水)

三島由紀夫より先に書いたと「痛恨の思い」をさせた直木賞候補作

 前の続編で、直木賞候補作家の方井上武彦氏の「死の武器」について、三島由紀夫が「 文学でやりたいと思つてきたことの全部が、ここで語られてしまつたかもしれない、といふ痛恨の思ひです。」と述べていた。《参照:同人誌2007年「中部文芸」74号での直木賞候補作家・井上武彦
 「東海文学」という同人誌に書いていたが80号ごろで、雑誌がなくなったらしく、その後「文芸中部」に宗教心の追求をする作品を発表する晩年であったようだ。

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2018年10月26日 (金)

同人誌評「図書新聞」 (2018年10月27日)評者=志村有弘氏

   (編集抜粋)
  北村くにこの力作「創成川慕情」(「人間像」第188号)。二代にわたる札幌の家具店の物語。初代の鹿子、その息子福太郎の嫁春代の気っ風のよさ。女道楽を繰り返しながら、結局は妻に舵取りされている菊太郎(鹿子の夫)と福太郎。そうした商家の人たちに寄り添うように流れている創成川。語り手役の次郎の息子の嫁(咲ちゃん)の言動も微笑ましい。登場する女性たちの姿が痛快だ。オリンピック開催に伴う立ち退き勧告、閉店となる状況、創成川への次郎の思い……。巧みな文章で綴られた、規模雄大なドラマ。
 矢野健二の「故郷」(「残党」第46号)は、随想の色彩を有するが、私小説として読むべきであろう。八十歳近い作者の故郷は屋久島。昭和三十三年、急行列車で二十六時間余りかけて上京した。今はマンション住まいで一坪ほどの菜園に汗を流す。作者の住む町で、夕方、流れるメロディは「故郷」。それに端を発し、加齢をぼやきながら、故郷論を展開する。室生犀星の「ふるさとは遠きにありて……」の思い出、流行歌、高校野球を論じ、リンゴのような赤いほっぺたの娘がいなくなり、日本から故郷が「消えてしまった」のかと嘆く。鋭い文化論でもある。
 西向聡の「幽霊」(「法螺」第77号)は、いくつかの怪談めいた話を綴る。私は、中学校の警備員となった友人が、夜、廊下に座っていた女生徒(警備員は最初幽霊かと思う)と結婚していた話(三十歳の年齢差)に恐怖を感じた。
 豊岡靖子の歴史小説「藕糸織の仏」(「あべの文学」第27号)は、足利義政の傅役今参局と義政母との確執を綴る。今参局の凄絶な切腹の場も示す。歴史の流れに沿って書いている感じもするが、登場する女人たち一人々々の言動が個性的だ。日野富子を美貌の女人とし、婚儀のとき以外、目立った行動をさせていないのも一趣向かと思った。
 本千加子の「鬼灯」(「黄色い潜水艦」第68号)の舞台は、大正・昭和期の遊郭。主人公は、大正九年、徳島から大阪の飛田遊郭に下働きに来た加代(十五歳)。下働きをしているうちに、資産家時任治平が加代を孫のように可愛がり、多額の金を与えて逝く。やがて加代は楼主から弟が営む大和郡山の飛鳥楼に手伝いに行くように頼まれ、そこで働くうち、二番頭の宗太と結婚する。加代は幸せな日々を送っていたが、高級おやま(娼妓)華奴に惚れ込んだ男が華奴を刺殺し、取り押さえようとした宗太をも殺すという事件が起こった。加代は飛鳥楼でおやまたちの着物の仕立てなどをして暮らしていこうと考える。梅毒をうつされた女、男に騙される女も登場する。加代の誠実な姿が読者の心に優しく響いてくる。佳作。
 秋田稔の「幻想奇談」(「探偵随想」第132号)は、四篇全てに河童が登場する。「池」は、河童が探偵作家の行方不明のわけを語る内容で、作家の背中に手をやったら、作家は池にはまったのだという。「わたし、いけないことをした?」と訊く河童の言葉の恐ろしさ。「骨」は、酔った勢いで骨董屋から河童の左の鎖骨を購入したところ、博物館で見た河童の骨格は左の鎖骨が欠けていたという話。柔らかい筆致とは別に、それぞれの作品が発する恐怖感と着想の鋭さに脱帽。
 資料的価値の高いエッセー群に注目。「草茫々通信」第12号が佐多稲子の特集。長谷川啓の巻頭論文「『時に佇つ』に到る道」は、佐多がいかに自分に厳しく誠実に生きてきたかを示し、他に、略年譜、主要作品案内など、佐多の文学世界を一望することができる。また、「詩界」第265号が『月に吠える』100年の特集を組み、大塚欽一の「萩原朔太郎詩にみる存在論的彷徨」など二十名が『月に吠える」、また、朔太郎をそれぞれの角度から論じ、思いを述べている。着実な歩みを示す「吉村昭研究」も43号を重ねた。 (相模女子大学名誉教授)
《参照:北村くにこの二代にわたる商家の物語を描く(「人間像」)――本千加子の大正・昭和期の大阪・大和郡山の遊郭に生きた女人の物語(「黄色い潜水艦」)。資料的価値の高いエッセー群

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2018年10月23日 (火)

直木賞候補に2度もなりながら商業的な作品を書かなかった人

 文芸同人誌に描かれた社会を観察するという意味で始めた紹介作業であるが、これは2001年より文芸研究月報で開始。その発行をしなくなったので、このサイトではじめた。2006年が、その継続であった。その意味をふりかえり、記録化しようと思う。《参照:文芸同人誌2006年「文芸中部」72号に見るその時代性!記録
いずれこれを記録集として、同人誌に掲載するつもりである。今回は井上武彦氏の姿勢が記録にふさわしいのではないか。

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2018年10月 3日 (水)

文芸同人誌「砂」の活性化をはかって以来

  一度は休刊宣言間をした同人誌「砂」(文芸同人「砂」の会)であるが、活性化に向けてから、とにかく原稿がないので、寄稿しないことには、と伊藤がこれまで取材してきたものをドキュメントの形で寄稿している。また、新会員や休眠会員が参加してきた。今回の138号の発行日は9月10日になっているが、届いたのが9月末である。取材する都合もあるので、発行は予定通りにしてほしいものだ。「いつ出るかわからにけれどもーー」というのでは、話も聞けない。それを回避するためにブログ記事の応用ですましている。
 取材記録を重視した文芸同人誌は「文学フリマ」では、とくに目新しくはない。病院もの、書店ものなど専門分野でそれぞれ現状報告をしたものがある。
 「砂」の場合、大田区の町工場である。話題性としては、近く「下町ロケット」のドラマもリメイクでTVドラマ化されるらしい。NHKの下町ロケットの工場は、多摩川沿いにある桂川精螺製作所の広大な工場をロケにしていた。しかし、同社は工場を静岡に移転させて、研究所を立てた。さらに、残った敷地は持ち主がマンション用地にしたらしく3年がかりで工事中になった。新ドラマでは、どこの工場を借りるのであろうか。

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2018年9月30日 (日)

西日本文学展望「西日本新聞」9月27日(木)朝刊茶園梨加氏

題「老い」
水木怜さん「虹の輪」(「照葉樹二期」14号、福岡市)、木澤千さん「初恋の贈り物」(「第七期九州文学」43号、福岡県中間市)
中野和久さん「出島甲比丹」(「第七期九州文学」43号、福岡県中間市)、都満州美さん「安楽荘」(「海峡派」143号、北九州市)、近藤乾さん「最後のごめんなさい」(「照葉樹二期」14号、福岡市)
椎窓猛さん『気まぐれ九州文学館』(書肆侃侃房)より野田寿子さん「改姓」
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2018年9月 8日 (土)

9/9(日) 【第六回文学フリマ大阪】はOMMビル 2F BCホールで開催

   9/9(日)の 【第六回文学フリマ大阪】は予定通り開催される。今回の台風21号では近畿地方を中心に甚大な被害がありましたが、今週末の2018年9月9日(日)「第六回文学フリマ大阪」は予定通りの開催が決定いたしました。
  ■代表コメント
平成30年9月6日の北海道胆振地方を震源とする地震、ならびに9月4日の台風21号により被害を受けられた皆様には、心からお見舞い申し上げます。
  2018年は例年に増して災害の多い大阪でした。6月には大阪北部地震も起きた大阪ですが、「しゃあないな」と言いながら再起してきました。台風が過ぎた後には片付けをする人々が顔を出し、道は綺麗になっていました

  今年は第五回までの堺市から大阪市内・天満橋 OMMビルへと会場を移し、新しい姿での文学フリマ大阪開催となります。
  正に災害の中の文学フリマです。しかし、災害の中でもイベントを開催できる〈文学〉の力が、言葉や文化を愛好する皆さまにとって希望の一つとなればと思い、予定通りの文学フリマ大阪開催を決定いたしました。
  当日は、無事のご来場・ご出店をお待ちしております。そして何より、被災された皆様に1日でも早く平穏な日々が戻るよう願います。(文学フリマ大阪事務局代表・高田好古)
  ◆第六回文学フリマ大阪
 開催日時: 2018年9月9日(日) 11:00~17:00
 会場:OMMビル 2F BCホール(大阪市中央区/地下鉄・京阪「天満橋」駅直結
  ★今回から会場変更です。ご注意ください!
 出店数:約410ブース
 主催:文学フリマ大阪事務局
 協力:文学フリマ・アライアンス
 備考: 懇親会は18:00よりビルB2F「うるる 天満橋店」にて開催。事前予約は終了しています。約60名予定。

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2018年9月 7日 (金)

同人誌評「図書新聞」 (2018年9月1日)評者=越田秀男氏

  <編集抜粋>
  村上政彦が『結交姉妹』を「季刊文科・74」に寄せた。「たやましげるさん なくなりました(以下10回繰り返す)」で始まる。頼みの息子を亡くした母は悲しみのあまり発狂、いや呪言、言霊が憑く……やがて物語は中国南部の〝女書〟の世界へ。生者も死者も共存する女の国。男の参画も拒まず、その際は玉ぬき棹とり。女書国存亡の危機に救世主、玉棹抜取男現れ、子を孕み、尻から生まれ出でしはーイロハニホヘトチリヂリバラバラーん。
 『青山さんのこと』(西里えり/水脈62号)ーープロの凄ワザ、といじけてる場合じゃない。五年前、なぜだか単身で東京から福井の街へ引っ越してきた。決して悪気のある婆ではないのだが、やたらと関わってきて近所の人達にとっては疎ましい。やがて、呆けはじめて問題行動、息子が引き取り介護施設へ。清々した? 皆、去ってはじめて青山さんを知る――集団的人見知りだったが、都会の集団的無関心より人間味あり。
  『秋日和』(藤田友房/長良文学23号)――仕事柄家にたまにしか帰らない父。母出奔、娘五歳の時。それから10数年、敗戦。娘、後妻になじめず家を出る。背中に彫り物の男と関係し子を宿す。父に許しを請いに帰郷。そんな男許すわけがない? 高倉健だったらどうする! 父は彼の男気に惚れ全てを飲み込む。戦後の価値観の変化と長良の土地柄が物語を引き立てる。
  『幻の境界』(野元正/八月の群れ66号)ー小説形式を使い特定の問題の啓発を行う。その一つ、街に出没する野生動物、この由々しき事態を、人と猪双方の立場から問題点を仕分けしてくれた。討論会での母猪の証言は秀逸。猪は慎ましやかで専守防衛、生態系を壊したのは人間様。人間様の専守防衛は外堀が埋め尽くされた大阪城。せめて積極的平和主義なる珍妙・頓珍漢な言葉は麻雀遊技の時だけにしてほしい。
 『幻の境界』(野元正/八月の群れ66号)ー発達障害を取りあげたのが『幻の境界』。その代表格は注意欠陥多動性障害(AD/HD)。時評子は十数年前、医学の講演会(演者・長沼睦雄氏)でトットちゃんはAD/HDと教えられた。つまりAD/HDは障害に非ず、天才の道を拓く特殊性格! サッカーWC代表は皆〝多動性〟? 主人公を高校教師として教育現場の実情を浮き彫りにしつつ、主人公自身がAD/HDだった、という設定で、職場(成人)の問題でもあることを強調。最後にその仲間達で多動隊が結成される。
  『こびと日記⑥』(夏川隆一郎/VIKING810)のH君はドーナツなどを分け合う時大きい方をとる。主人公は将棋でこのH君に連戦連敗。リベンジ戦を要請すると、ゆで卵を持ってこい! ゆで卵? 「老後の松下幸之助は、人生をもう一度やり直したいと言ったらしい……成功者はこの世に未練を残す。敗北者は死を容認して受け入れる。ひとの世はうまくできている」。
 『生きものの眼』(秋野かよ子/コールサック94号)。井戸端にタムロするのをビチョビチョのビニールシートに沢山乗せてゴールに誘引・駆除剤、ヨーイドン。全滅!? いや三匹賢くも駆除剤を俊敏に回避。彼らは「黒ごまよりも小さく芥子粒のような真っ黒な潤んだ眼をみせた」。同誌に載せた詩――「細枝を赤く染めたモミジ/光をあと二つばかり欲しいらしい/枝先の緑児を膨らまし/時だけを待っている」(『早春の背中』部分)。芥子粒と緑児……散文と詩の境界。(「風の森」同人)
《参照:限界芸術からバリアフリーアートへ――箱に棲む人間『箱の中』、殻を捨てたナメクジ『生きものの眼』 》

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