2020年2月13日 (木)

文芸同人誌評「三田文学」2020冬季号( 柳澤大悟氏/加藤有佳織氏)

No.140(2020年冬季号)で取りあげられた作品
・宮本誠一「慰留地」(「詩と眞實」VOL.842、熊本市南区)
・飯塚裕介「小さい絵」(「新奇蹟」第九号、東京都足立区)
・秋尾茉里「季節」(「babel」第3号、大阪府八尾市)
・内藤万博「機械兵団」(「マザー・グースREMIX」大阪市北区)
・谷口あさこ「新生」(「せる」VOL.111、大阪市旭区)
・篠原ちか子「ギプスが恋人」(「風紋」第14号、富山県富山市)
・稲葉祥子「あやとり巨人旅行記」(「雑記囃子」VOL.24、兵庫県伊丹市)
・北条ゆり「十六番目」(「まくた」第二九六号、横浜市青葉区)
・秋尾茉里「動く物」(「白鴉」31号、兵庫県尼崎市)
・さあらりこ「ミル・コリンのふもとへ」(「てくる」26号、滋賀県大津市)
・桜井夏実「まだら雲」(「青の時代」第46集、北海道函館市)
・木下衣代「十年食日記」(「黄色い潜水艦」70号記念号、奈良県北葛城郡)
・花島眞樹子「うどんげの花」(「遠近」第71号、横浜市青葉区)
・垣江みよ子「父の物語」(「樹林」vol.655号、大阪市中央区)
・真銅孝「エチ蚊」(「babel」第3号、大阪府八尾市)
・堀田明日香「ペイン・スレッシュホールド」(「中部ぺん」第26号、名古屋市千種区)
・水無月うらら「可燃」(「星座盤」vol.13、岡山市北区)

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2020年2月 3日 (月)

編集者が不在のまま「砂」141号発行

 事情は忘れたので、詳しくはわからないが、文芸同人誌「砂」の運営者が、運営できなくなったと、急に退会してしまった。しかたなく残った会員の合議で発行された。その間に、他の会員がかなり退会してしまった。会員の高齢化で、病気になったり、亡くなった炉り、認知症になったりして、原稿が集まらず、自然に休刊や廃刊になる典型的な事例であろう。《「砂」142号を発行!以後ほぼ休刊状態に入る》伊藤は、4人の作家の談話を取材してあるので、それらの記録とその時の雰囲気を交えて話の内容を紹介した。特に辻井喬氏の晩年の談話が自分には印象深いが、現在でも課題になっている電子書籍に関する大沢在昌氏の話が一番時流に合っていると思う。ただ、枚数が多すぎるといけないと思い後半を省略した。これは、今年の春の文学フリマ東京で販売するつもりだ。

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2020年2月 1日 (土)

西日本文学展望「西日本新聞」(1月31日・朝刊)=茶園梨加氏

題「集大成」
深田俊志祐さん「同志、逝く」(「九州作家」133号、北九州市)、井本元義さん『太陽を灼(や)いた青年 アルチュール・ランボーと旅して』(書肆侃侃房)
有森信二さん「喫水線」(「海」23号、福岡市)、小稲原ひろ子さん「黒糖と反骨の島から(上)」(「火山脈」25号、鹿児島市)、木山葉子さん「火鈴」(「木木」32号、佐賀県唐津市)

「文芸同人誌案内」ひわきさんまとめ

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2020年1月31日 (金)

同人誌時評「図書新聞」(2020・2・1)評者・志村有弘氏

 堀江朋子の「売出し中」(「文芸復興」第39号)は、副題に「西武池袋線沿線・想い出の記」とあるように、作者ゆかりの私鉄沿線の想い出を綴る。堀江の父は上野壮夫(詩人・小説家)。一家が奉天(瀋陽)から引き揚げてきたときに住んだ江古田の借家、勤めた保谷市にあった民族学振興会、通い続けたひばりが丘の歯科医院。民族学振興会で知り合った若林つやの悲しい恋も綴る。後に堀江が民族学振興会の跡地を訪れたとき、生え残っていた竹を見つけ、若林が時折竹藪に石を投げていたのを思い出し、「時代と世間に」石を投げていたのだと思う。堀江一家と親交のあった平林彪吾の息子(松元眞)の心優しい風貌、だが、その病床の姿は涙を誘う。つやの死も涙。特攻隊の少年志願兵であった肇(壮夫長男)が死去したおりの慟哭する母の姿。作品末尾の「時は去り、人は逝き、私はここにいる」・「私も今をひたすらに生きるしかない」という文章が心に残る。ふと、人生とは諦念の繰り返しであるのか、と思う。堀江朋子は、見事な文人だ。
 関谷雄孝の力作「竪川河岸通り春秋‐躯の芯の無造作に丸められた固まり‐」(「小説家」第147号)が、「私」の少年時代から起筆し、医師となり、患者と向き合う姿を綴る。作品で見落としてならないのは、自分の「躯の芯の暗い所に柔らかい球のような形のもの」を「大切にしなければ」ならぬと意識し続けてきたこと。これが「私」の根底に存在し続ける。若年性家族性ポリポージスを患う中村一若(高校生)の手術、その後の一若と向き合う誠実な姿に感動を覚える。結局、一若は後に死去するのだが、「私」は一若の存在を忘れることができない。作者としては書いておきたい作品であったのだろう。
 藤川五百子の「マイマイガ毛虫と芋虫」(「文芸長良」第39号)の主人公は、登校拒否を続ける香子(中学生)。香子は小学生のとき、いじめにあい、不登校となる。害虫のマイマイガ毛虫の駆除に熱中したりするが、布団を被って芋虫のように寝る。やがて、訪ねてくる人と言葉を交わし、家事もするようになる。母は教師、入院している父は酒好き。祖父は家に帰ってこない。そうしたなか、祖母が倒れた。香子が祖父にスマホで連絡し、祖父が家に来た日、祖母に異変が起こる。そのとき、香子はペットボトルに詰めた毛虫たちは今どうなっているだろうか、と思う。作品はそこで終わる。家庭の状況は大変だが、成長してゆく香子の姿に安堵。優れた構成力、簡潔な文章、場面の展開も早い。
 藤蔭道子の「風のうた」(「風の道」第12号)は、散文詩を思わせる短編小説。作品の語り手吉方治子(四十九歳)は、母が亡くなり、兄と相談して空き家となった家を処分した。更地となった土地を見にきて、引っ越してきたときのこと、坂の上のお屋敷に住む坊やちゃんのこと、庭を愛した母のことを綴る。お屋敷もとうの昔になくなり、「いまとなっては、すべて幻」と記す。乙女椿、柊南天、木蓮、百日紅など様々な花が示される。作者の技倆であろうか、そうした花々がなぜか寂しく感じられる。治子は、再び来ることはないだろうと思い、道を歩きながら「夏草や兵どもが夢の跡」の句を口走る。そうだ、母も治子たちも家族みんなここを拠点として戦い、生きてきたのだ。
 エッセーでは、「吉村昭研究」が48号を重ねた。今号は第11回悠遠忌の講演録等が軸になっているが、ひとりの文人の研究誌を発刊し続けていく努力に、敬意を抱く。
 詩では、たかとう匡子の「花ばな問答」と「蜂騒動記」(時刻表第6号)が圧巻。「花ばな騒動」は、山茶花を視座とする作品。夢幻の世界を想起させる箇所があり、詩語の配列と展開が見事。「さらにさらにさらに」、「ひとひら/またひとひら」という、平仮名表記の反復技巧。女性ならではの表現も感じられ、優れた詩才に感服。「蜂騒動記」は、前半に蜂を退治する光景をコミカルに描き、最後に空き家現象・独居老人の死に触れて、過疎化日本の現状を示し、末尾に取り外されたオオスズメバチの巣が福祉センターの「自慢の置き物」になっていると結んで、苦笑を誘う。たかとうならではの作品である。 以下略)
《参照:堀江朋子の西武池袋沿線の想い出を綴る秀作(「文芸復興」)――関谷雄孝の誠実な医師の姿を描く力作(「小説家」)

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2020年1月 8日 (水)

小河原範夫氏が、全国同人雑誌会議(2019)を報告

 文芸交流会の外狩雅巳氏から同人誌「ガランス」第27号が送付されてきた。なんの意味かと、ページを繰ってみたら、なかに「全国同人雑誌会議に出席して」(小河原範夫)という、レポート掲載されている。なかなかよくまとめられたレポートで、イベントの概要を知ることがでる。そのうちの関連のある話で、シンポジウムがったそうである。「現在の問題と同人雑誌の新たな結合に向けて」というてーまで、パネラーに「季刊文科」誌の編集委員の勝又浩氏、「三田文学」誌の久村亮介氏を迎え、同人誌運営者側からは、「飛行船」誌の竹内菊世氏、「群系」誌の永野悟氏、「ガランス」誌の小河原範夫氏が出席したとある。以下部分を抜粋させてもらうと、--(冒頭に、勝又氏より、同人雑誌は日本独自の文学スタイル。530団体あったが現在は半減している。若者のウェブ利用の影響による。久村氏より、同人雑誌評は現在文學界のあとを引き継いだ三田文学、文芸思潮、季刊文科、図書新聞、週間読書人の5団体で行われている。しかし、評者の年齢層の違いと思われるが、取り上げる作品の評価が分かれ、5団体で評価が重なるのはmパーセント程度という報告があった)。次に、五十嵐氏の司会進行で、パネラーの各同人雑誌主催者並びに会場の出席者から様々な意見が出された。主な意見を要約すると、

①中部ペンクラブより、各地区・ブロックで組織を作り、各地区で文学賞などを設けたらどうか。中部は35年かけてブロック作りをしてきた。

②町田文芸交流会から地域における各団体の交流の提案があった。現在、相模文芸クラブ、民主文学・町田支部、群系の会、みなせ文芸の会、文芸同志会、秦野文芸同人会の5会と個入で運営している。

③同人雑誌の全国組織を社団法人として作ったらどうかという意見が出されたが、事務局の運営や経済的な裏付けなどで議論が紛糾し、議決を取ったがまとまらず、宿題事項となった。

④現状路線で行くにしても、どこの団体も次世代への継承が最重要課題となっている。ブリマなどを見ていると、学生のレベルは高い。大学の文学部などへPR、若い世代をリクルートする方法、若者との接し方、コミュニケーションの取り方など具体例が紹介された。ーー

4.「ガランスの会」の意見・提案=①「一総活躍社会」に騙されないこと。働き過ぎて物質的には豊かになってきたが、精神生活は逆に貧しく荒廃している。商業主義の渦に巻き込まれない同人雑誌のような創作拠点が重要となってきている。しかし現在、同人雑誌が「老人雑誌」と郷楡されるように地位が既められている。若者や壮年層の書き手を呼び込むには、同人雑誌の社会的地位の向上が求められる(会に加わり同人になることが誇りに感じられるような)。②今こそ、「働き方改革」ではなく、「生き方改革」が求められている。人間らしく、幸せに生きるには、自分にふさわしい納得のいく「物語」を見つけるかどうかで決まる。息苦しい社会になればなるほど、創作の場を提供する同人雑誌の役割は大きくなる。「同人雑誌」のキーワードの広がりを期待したい。全国同人雑誌最優秀賞「まほろば賞一の知名度がさらにあがれば(受賞作の出版などによって、若者、壮年層の同人雑誌への参加が北できるーーとしている。詳しくは「ガランス」誌27号(〒812-0044福岡市博多区千代3丁目21、(株)梓書院(☎092-643-7075)を読んでほしい。

 

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2019年12月30日 (月)

地域商店会が同人誌コミックーマーケット大崎駅

 お台場の今年のコミケ冬は、東京オリンピック・パラリンピックの影響で期間を4日間にし、新たに建てられた青海展示棟を使って12月31日まで開催されている。大崎からのりんんかい線は、東京ビッグサイト国際展示場とテレポート駅が乗客の利用駅になった。これだけの動員客を引き寄せようと、コミックシェルターとして集客に活用している。《コミケ疲れを癒す「大崎コミックシェルター」駅前開催!》 出展者のなかには、勝った人の感想がないのが寂しいという声もあっちょうだ。

 

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2019年12月28日 (土)

西日本文学展望「西日本新聞」(12月27日)朝刊・茶園梨加氏

 題「父親」
木澤千さん「炭鉱(やま)の子歳時記」(第七期「九州文学」48号、福岡県中間市)、友尻麓さん「「赤とんぼ」(「砂時計」3号、福岡市)
寺井順一さん「真清水」(「西九州文学」43号、長崎県大村市)、野沢薫子さん「本所、深川みぞれ模様」(「長崎文学」92号、長崎市)、吉岡紋さん「線香花火」(第七期「九州文学」48号)
「あしへい」22号(北九州市)は今号で終刊。「葦平と天皇」を特集。同誌より玉井史太郎さん「手談-葦平打碁集-」
《「文芸同人誌案内・掲示板」より、ひわきさんまとめ。》

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2019年12月 9日 (月)

同人雑誌季評「季刊文科」第79号~谷村順一氏ーより

 担当の谷村順一氏は「文学へのまなざし」として、大手新聞の「文芸時評」欄の各紙の批評担当者の姿勢について、朝日新聞の担当を2年間受け持った磯崎憲一郎氏の同新聞への一文について論じている。そこには、文芸誌に掲載された小説を印象に残った順から、網羅的に、権威的に寸評する、というスタイルよりも、それにとらわれずに、自らの目下の興味に対して忠実であった時評を行った作家・石川淳の手法を「破壊的」としながら画期的であったとする論について、述べている。石川のそれは「文林通信」として新書から文庫にまでなっている。

《対象作品》松本源「水かけ着物」(「樹林」Vol.653・大阪府)/鷹田雅司「ライダーをたおす」(同)/大梅健太郎「ハンドリガード」([樹林」vol.652・大阪府)/内藤万博「異★人」(mon vol.14・大阪府)/飯田美和「羽化」(同)/塚田源秀「ケージ」(「せる」第111号・愛知県)/宮城芳典「ツバメ石」(「カム」VOL.17・大阪府)/久里さと「蘇鉄の日」(あるかいど」第66号・大阪府)/高原あふち「そこからの眺め」(同)/住田真理子「死にたい病」(同)/猿渡由美子「スウィートスポット」(「純文学」第100号・愛知県)/今野奈津子「ジャック アンド ベティ」(「飢餓祭」第45集・奈良県)/渡利真「家族パズル」(同)/葉山ほずみ「夜を漕ぐ」(「八月の群れ」vol。68・兵庫県)。

 

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2019年12月 5日 (木)

西日本文学展望「西日本新聞(11月29日・朝刊)茶園梨加氏

題「再会」
和田信子さん「青葉山公園」(「南風」46号、福岡市)、出水沢藍子さん「流れ舟」(「小説春秋」30号、鹿児島市)
武村淳さん「ワンルームマンション」(「詩と眞實」845号、熊本市)、下村幸生さん「追跡者」(「宇佐文学」65号、大分県宇佐市)
米満淳子さんの随筆「幻の奄美」(「あかね」114号、鹿屋市)

<「文芸同人誌案内・掲示板」より、ひわきさんまとめ。>

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2019年12月 1日 (日)

同人誌評「図書新聞」(11月30日)評者・越田秀夫氏

 優曇華の花は三千年に一度咲く。竹取物語では、かぐや姫が言い寄る男達をバッタバッタと振り倒す武器の一つに。一度見たい、が短絡して実際の花のあだ名に、その中の一つがフサナリイチジク。この房ナリから連想したのか、クサカゲロウの卵塊にも。それが由緒あるガラス製の美しい電灯のカサに生えて……
 『うどんげの花』(花島眞樹子「季刊遠近」71号)――昭和一八年、都内から奥秩父に疎開した主人公(小四女)の家族。引っ越しの前日、友達のA子が餞別に少女雑誌を。お返し……と思い当たったのが、祖母が曾て宰相で暗殺されたお方から戴いた電灯のカサ、不吉な花が生えたあの……。A子は教会の牧師の子、成績優秀・美少女、だから嫉妬の塊。疎開の地で、教会が放火されA子の焼死が伝えられる。十余年の後、A子の日記に邂逅、彼女のあたたかい心根を知る。“思い込み”は蟠りとして心に残ったが、懐かしさも醸す。次の作品も……。
 『八歳だった』(和木亮子「人間像」189号)――昭和二〇年七月一五日、主人公の住む富良野が空襲を受けた。家族は無事だったが仮住まいを余儀なくされ、主人公だけが単身で別刈の、母の従兄の家に預けられた。なぜ私だけ? 納得できない。慣れない言葉、素っ裸で泳ぐ子供達、石を並べた家々の屋根、五右衛門風呂、蛸の釜揚げ、蝋燭岩、どれも馴染めず、おいしい食べ物も喉を通らず、家に帰りたい。それに反比例するように読者は北海道経験皆無でも、懐かしさ、郷愁に満ちる。
 『すべてガ売り物』(マツイアキラ「穀雨」25号)――市職員であった主人公は、不倫デマで失脚↓失職↓離婚するも、土地建物の許認可業務経験を生かし中古住宅仲介業で生活を確保。と、厄介な豪邸物件、郊外に立地、持ち主だった男は破産、行方不明。そこに買い手が現れる。とても金持ちとは思われない風体の男。買えるはずない! いや買えるかも? 理路が通り、ついつい引き込まれる。小説自体がボケ老人相手の詐欺師?
 『飴色遊園地 再び開演』(谷口俊哉「雑記囃子」24号)――「さあ、災害で心身ともにお疲れの皆さま、この遊園地で夢のひと時を」。最初の小屋はメイズ(迷路)。企業戦士四人が挑戦。抜け出たのは窓際の初老男のみ、あとは迷宮入り。次のショーテント(見世物小屋)には二人の若い女。メイキャップが剥がされ、彼女らが見世物に。キャラクターショーでは悪童二匹。ワルガキは悪役蠅男に変身。彼ら全員、人型の飴細工となり、風船にぶら下がり夕日を浴び輝いた。
 『僕達の出典』(松江農「青磁」40号)――趣味おたくと人生賭けたおたくが織りなす、おたく史、特撮史、表現の不自由史。蔑称“おたく”がやがて森永卓郎に代表される尊称“オタク”へ。作品は小説そっちのけで“おたく道”の険しさを“論”じる。そのなかで注目すべきは、世間から指弾された梶山季之『ケロイド心中』が健在なのに、なぜ『ひばく星人』は闇に葬られたのか、という指摘。当否は別として、知事と市長の表現の不自由論争があったばかり、時宜を得ている。
 『りだつダイアリー』(三上弥栄「星座盤」13号)――うつ病薬からの離脱をめざした格闘日記。うつ病に対する啓発活動が進められて久しいが、いまだ社会的無理解は解けていない。患者は疾病との戦いの上に鎮座するこの無理解という石男とも戦っている。常に引け目を感じ、薬からの離脱を試みるも耐えがたい離脱症状が待っている。作品はこのような板挟み状態を捉える一方、社会そのもののヒズミをも結果として映している。
 《参照:終戦前後の懐かしい“思い込み”(「季刊遠近」「人間像」)――短歌評で言葉アートに通底する課題を提示(「塔」「コールサック」)

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