2019年2月 6日 (水)

西日本文学展望「西日本新聞」(1月31日)朝刊=茶園梨加氏

題「母」
鳥海美幸さん「支配」(「龍舌蘭」197号、宮崎市)、有森信二さん「白い秋」(「海」第2期21号、福岡市)
樋口かずみさん「そのバラとは……」(「文芸山口」343号、山口市)、黒木日暮らしさん「黄金の間」(「龍舌蘭」197号)、井本元義さん「静かなる奔流」(「海」第2期21号)
「龍舌蘭」197号は久保輝巳さん追悼特集号
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2019年1月26日 (土)

「日曜作家」は文芸誌=外狩雅巳(会員投稿)

 第25号が送られてきた。季刊発行で7年目である。
 文芸同人誌ではない文芸誌だと表紙にも明記してある。
 しかし、創刊の言葉は同人誌界実情批判からなっている。
 同人誌界での位置づけと取れる文でもあるし後記にも掲載著者を同人とも呼んでいるが文芸誌と自負する面もある。
 30人の同人から年同人費一万円が集まる大集団である。
 同人には十部配布している。定期読者・会員も33名抱えているし図書館など50以上の送付先も掲載してある。
 掲載負担金は頁千円なので合わせて年間150万は集まる。
 今号は168頁である。データ送稿で30万円で作成か?
 五百部で送料等負担すると大原代表は財政的に大丈夫か。
 そんな心配も吹き飛ばすような躍進である。
 大原正義代表の個人作業での大奮闘振りがよくわかる。
 受け取る度に分厚くなり会員増大も明確である。
 時代に立ち向かう意欲を感じて応援したくなる。
 三年間の予定表が掲載されている、貫徹して下さい!
《参照:顔を合わせ語り合う「町田文芸交流会」の現況=外狩雅巳


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2019年1月24日 (木)

文芸同人誌の岐路が見える

 文芸同人誌の現象として、話題にしているのが小野光子のひろば「文学同人誌の衰退とその影響]である。これは、高齢化などで、同人誌の書き手で構成員が減ると、原稿そのもの集まらない。そのため、発行が出来なくても、誰も困らない。それまで、それが成立してきたのは、読者が不在で同人が読者であったからである。
 私自身、「砂」に参加してきたが、幾度も言ううように取材対象選んで、その人だけは読者になるという方向性をもたせて、辛うじて他人が自分が書かれているから読むという、システムを作った。しかし、専門編集員がいないので、どうできるのかがわからず、やりようがなかった。取材先だって、漠然とした話では、相手にしてくれない。
 文学フリマでの状況では、若い人たちが、是非とも他人に読んで欲しいというものを書いて、フリーマーケットで売り込んでいる。他のブースからどんな風にすると売れるか、調べに来ることもある。読んでもらうための工夫をしているところが、やはり売れているのである。

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2019年1月 4日 (金)

交流会で同人誌の印刷や誌面構成を話題に=外狩雅巳

 町田文芸交流会一月会合を前に各会の同人誌が完成しそれぞれの会内での合評会が始まっています。
 文芸多摩からの連絡では交流会前に内部の合評会を行い外評価に臨むそうです。
 同じ文学潮流の仲間での同人誌は外部からどのように読まれ評価されるかを期待しているようです。
 昨年末に「民主文学」誌を「群系」誌の永野代表に送りました。左翼だ、日共だ、との思い込みが変わったとしていました。
 そのことが彼のブログにも書いてありました。分断された国民感情にくさびを投げかけた事を実感しました。
 その「群系」同人も「日本民主主義文学会」町田支部の人も加わっての交流会会合なので、面白い時間を創れそうです。
 月例会なので顔なじみになれば、相互の会合の実態や経理上の事や印刷技術も討論できます。
 活字の大きさから紙質や色調とか目次の作り方や会費納入状況など等なんでも話せます。
 これが、顔を合わせるリアルな交流会の利点なのです。みんな親友になります。勉強になります。
 このような同人会の相互交流は稀有なので「文芸多摩」11号と白雲47号の同人誌上に紹介されています。
 昨年末に送付されてきた「日曜作家」誌からお手紙を頂きましたが合評が困難だとの事です。
 勝手我儘な参加者に振り回されるので会合を廃止してしまったとの事です。それは何処にもあります。
 それに負けずに参加者の満足を作り上げる会合運営を放棄している事です。
 文芸同志会の評価を期待してそれを誌上に掲載しているとの事ですが、自前の合評会も必要でしょう。
 連載もエッセイも短歌も掲載したからには、全ての作品著者は評価を待っています。
 みんな人間として平等です。作者が望むならすべて合評できる仕組みを追求しています。
《参照:外狩雅巳のひろば

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2018年12月31日 (月)

「西日本文学展望「西日本新聞」12月28日/朝刊・茶園梨加氏

題「希望」
雲川(ゆかわ)あささん「牛乳の海に咲く花は落ちない」(「文芸山口」文芸山口大賞受賞作特集号、山口市、準大賞受賞作)、佐々木信子さん「ヤマガラの里」(第七期「九州文學」44号、福岡県中間市)
村谷由香里さん「かもめの鳴く海は 今日も」(文芸山口賞準大賞受賞作)、箱嶌八郎さん「ほくろ」(第七期「九州文學」)
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2018年12月 6日 (木)

西日本文学展望 「西日本新聞」11月29日・朝刊-評・茶園梨加氏

題「戦争と記憶」
宮脇永子さん「しんけいどん」(「南風」44号、福岡市)、武村淳さん「朝(あした)に道は知らずとも」(「詩と眞實」833号、熊本市)
友尻麓さん「窓辺にて」(「砂時計」2号、福岡市)、吉田秀夫さん「T四作戦」(「ら・めえる」77号、長崎市)
「宇佐文学」(63号、宇佐市)は「宇佐文学まつり」報告も、「敍説」Ⅲ-15号(福岡市)は夏樹静子特集
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2018年12月 5日 (水)

同人誌評「図書新聞」(2018年12月1日)評者=越田秀男氏

  (一部抜粋)
  『島の墓標』(宮川行志/九州文學43号)――世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン」、この登録に乗じた、天草上島沖に浮かぶダデグ島の古文書と埋蔵金をめぐる、正義の味方対、利権市長、生臭坊主の戦い、で結果ウィンウィン、ハグハグ。ところで〝ダデグ島〟なんて聞いたことないが、全部作り話とも思えない。
  同誌巻頭の『出島甲比丹』(中野和久)は幕末フェートン号事件を題材に出島商館長を主人公にした歴史小説仕立ての物語。この作品も史実と虚構の境界が楽しめる。
  『大和川』(稲葉祥子/雑記囃子23号)――竹や桃からかぐや姫や桃太郎、ならばPCの立ち上げ時間を寄せ集めて人造人間を虚構っちゃえ? ピノキオより不自然! 歳は20に、70半ばであの世、に設定。アラ40の主人公と日本一汚い大和川でおにぎりデートして結婚、子はご飯の炊きあがり時間を寄せ集めて……この提案は却下。やがて彼は設定年齢でタケコプター装着練習中、落下して死亡。彼女は気づいたら100歳、浦島花子。
  『きらいなにおい』(三上弥栄/星座盤12号)――大和川は水質改善が進み鮎の産卵も。隅田川も今や白魚が棲める。みんな清潔、消臭剤大繁盛。で、臭いに超敏感女現る。彼女もその夫も会社仕事に不適合。今まで支えてきた縁者にも見放され……。この小説、おもしろいのは、超過敏女の自己中的愚痴を聞いていると、みな五十歩百歩で、今やこの世の中一億総過敏症時代のようにも感じてくる。
  〝現代〟の居場所は険しい――『居場所』(小林忍/てくる24号)――夫婦娘三人家族マンション生活に妻の母が同居をはじめて、居場所を失った夫。飲み屋にやってくる女との不倫、娘につきまとうストーカー、飲み屋の隅の席に陣取る猫、猫の席を奪う酔客、なんや満席かいな! と止まり木無く帰る客。冒頭の失神雀を含め材料を上手に関係づけて、あなたの居場所は? と問う。
  同誌の『赤いポール』(井川真澄)も老人の居場所がテーマだ。日当たりの良い公園のベンチでヒネモス、の爺ではなく、ベンチから追われ、追われ、消えた爺……。
 『虹の輪』(水木怜/照葉樹14号)は公園を清掃するボランティア爺の話。その爺に、いつもジョギングで出会う青年は、ある不自然さ、異常さを感じ、爺の暮らしの内側に立ち入っていく……と、その奥には20年前、愛ゆえのほほ笑ましい些細な行為が、神の存在など信じ得ぬ惨劇に転じてしまった事故と事件があった。
  『丸山のフキの下に』(白川光/北狄383号)――時代は江戸、弘前。三内丸山の地に自生する葉が二段の蕗? その下にコロボックルが住む? どこでも探検隊、発見! 桑の実ワインを呑みすぎて蕗の葉からスッテンコロボックル! だが、21世紀のコロボックルの住処は?
  『夏野旅路』(加藤康弘/矢作川40号)――「背にもたれていた木から、一匹の蝉が羽ばたき、西陽の彼方に消えていく」――町の札付き問題児に、年上の幼馴染みへの恋心が突然やってきた時、それは別れの時でもあった。思春期の喪失感が歌われる。
  沖縄の歌――「南溟」5号では、平敷武蕉が「玉城寛子論」を展開。「くれない」195号では、翁長知事哀悼の歌を特集。「コールサック」95号では、同社が刊行した『沖縄詩歌集』の書評などを紹介している。惨・怒・怨・哀に満つるなかで、心の芯に響く歌――
【参照:史実と虚構の境界を楽しむ(『島の墓標』『出島甲比丹』)――臭い過敏症や居場所喪失など“今”を写す――『きらいなにおい』『居場所』

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2018年11月28日 (水)

文芸誌「砂」の自己表現中心から第三者の現状報告へ

  文芸同人誌の多くは、共同で作品発表の場にするということから、自己表現的な傾向の書き物が作品の多くを占める傾向にある。自分は、こうした作品の感想を求められると、「これは自己表現の部類に入りますね」と言うことが少なくない。すると「作品のつもりですけど…」と不審に問い返されることがある。自分の発想は、自己表現性とは、家族の写真や職場の記念写真の作品アルバムと同じで、自分にのみ意味があるが、他人があまり関心をもたない表現性のことである。知り合いの家を訪問すると、家庭写真のアルバムを何冊も見せらることがある。「はあ、そうですか、いいですね」とお世辞は言うが、本当は関心がない。
 文芸同人誌の読者は自分の書いたものを読む同人だけが読者で、同人を増やすことは、読者を増やすことである。
 文芸同志会では、「砂」の同人会員が減少して、原稿不足になったことで、提携で原稿提供した。そこで心掛けたのは、自己表現でなく、現在形の他者を対象にした報道記事と評論である。前回に続き「文学フリマ東京で文芸誌「砂」の136号~138号までを「文芸同志会」の出店に並べたところ、立ち寄ってぱらぱらめくってから、買い求めるひとがいて、各冊とも2刷ぐらいずつ売れた。要するに会員読者はいないので、他者を表現することで、外部に読者を求めたのである。《参照:第27回文学フリマ東京2F会場のカオスと静寂を楽しむ
 他者を素材にするということは、書かれた側も読者である。当然、書かれたことへの反論、批判を受けている。責任を問われるので、やはり緊張感が違う。

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2018年10月31日 (水)

三島由紀夫より先に書いたと「痛恨の思い」をさせた直木賞候補作

 前の続編で、直木賞候補作家の方井上武彦氏の「死の武器」について、三島由紀夫が「 文学でやりたいと思つてきたことの全部が、ここで語られてしまつたかもしれない、といふ痛恨の思ひです。」と述べていた。《参照:同人誌2007年「中部文芸」74号での直木賞候補作家・井上武彦
 「東海文学」という同人誌に書いていたが80号ごろで、雑誌がなくなったらしく、その後「文芸中部」に宗教心の追求をする作品を発表する晩年であったようだ。

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2018年10月26日 (金)

同人誌評「図書新聞」 (2018年10月27日)評者=志村有弘氏

   (編集抜粋)
  北村くにこの力作「創成川慕情」(「人間像」第188号)。二代にわたる札幌の家具店の物語。初代の鹿子、その息子福太郎の嫁春代の気っ風のよさ。女道楽を繰り返しながら、結局は妻に舵取りされている菊太郎(鹿子の夫)と福太郎。そうした商家の人たちに寄り添うように流れている創成川。語り手役の次郎の息子の嫁(咲ちゃん)の言動も微笑ましい。登場する女性たちの姿が痛快だ。オリンピック開催に伴う立ち退き勧告、閉店となる状況、創成川への次郎の思い……。巧みな文章で綴られた、規模雄大なドラマ。
 矢野健二の「故郷」(「残党」第46号)は、随想の色彩を有するが、私小説として読むべきであろう。八十歳近い作者の故郷は屋久島。昭和三十三年、急行列車で二十六時間余りかけて上京した。今はマンション住まいで一坪ほどの菜園に汗を流す。作者の住む町で、夕方、流れるメロディは「故郷」。それに端を発し、加齢をぼやきながら、故郷論を展開する。室生犀星の「ふるさとは遠きにありて……」の思い出、流行歌、高校野球を論じ、リンゴのような赤いほっぺたの娘がいなくなり、日本から故郷が「消えてしまった」のかと嘆く。鋭い文化論でもある。
 西向聡の「幽霊」(「法螺」第77号)は、いくつかの怪談めいた話を綴る。私は、中学校の警備員となった友人が、夜、廊下に座っていた女生徒(警備員は最初幽霊かと思う)と結婚していた話(三十歳の年齢差)に恐怖を感じた。
 豊岡靖子の歴史小説「藕糸織の仏」(「あべの文学」第27号)は、足利義政の傅役今参局と義政母との確執を綴る。今参局の凄絶な切腹の場も示す。歴史の流れに沿って書いている感じもするが、登場する女人たち一人々々の言動が個性的だ。日野富子を美貌の女人とし、婚儀のとき以外、目立った行動をさせていないのも一趣向かと思った。
 本千加子の「鬼灯」(「黄色い潜水艦」第68号)の舞台は、大正・昭和期の遊郭。主人公は、大正九年、徳島から大阪の飛田遊郭に下働きに来た加代(十五歳)。下働きをしているうちに、資産家時任治平が加代を孫のように可愛がり、多額の金を与えて逝く。やがて加代は楼主から弟が営む大和郡山の飛鳥楼に手伝いに行くように頼まれ、そこで働くうち、二番頭の宗太と結婚する。加代は幸せな日々を送っていたが、高級おやま(娼妓)華奴に惚れ込んだ男が華奴を刺殺し、取り押さえようとした宗太をも殺すという事件が起こった。加代は飛鳥楼でおやまたちの着物の仕立てなどをして暮らしていこうと考える。梅毒をうつされた女、男に騙される女も登場する。加代の誠実な姿が読者の心に優しく響いてくる。佳作。
 秋田稔の「幻想奇談」(「探偵随想」第132号)は、四篇全てに河童が登場する。「池」は、河童が探偵作家の行方不明のわけを語る内容で、作家の背中に手をやったら、作家は池にはまったのだという。「わたし、いけないことをした?」と訊く河童の言葉の恐ろしさ。「骨」は、酔った勢いで骨董屋から河童の左の鎖骨を購入したところ、博物館で見た河童の骨格は左の鎖骨が欠けていたという話。柔らかい筆致とは別に、それぞれの作品が発する恐怖感と着想の鋭さに脱帽。
 資料的価値の高いエッセー群に注目。「草茫々通信」第12号が佐多稲子の特集。長谷川啓の巻頭論文「『時に佇つ』に到る道」は、佐多がいかに自分に厳しく誠実に生きてきたかを示し、他に、略年譜、主要作品案内など、佐多の文学世界を一望することができる。また、「詩界」第265号が『月に吠える』100年の特集を組み、大塚欽一の「萩原朔太郎詩にみる存在論的彷徨」など二十名が『月に吠える」、また、朔太郎をそれぞれの角度から論じ、思いを述べている。着実な歩みを示す「吉村昭研究」も43号を重ねた。 (相模女子大学名誉教授)
《参照:北村くにこの二代にわたる商家の物語を描く(「人間像」)――本千加子の大正・昭和期の大阪・大和郡山の遊郭に生きた女人の物語(「黄色い潜水艦」)。資料的価値の高いエッセー群

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