2018年1月31日 (水)

町工場の技術フェアを観に行く

  以前に、商工会や工業会の機関紙や、ネット報道をしていたので、今年も観にいった。《参照:おおた工業フェア
 現在、町工場は一時期より景気がいい。なかには、大企業の納期に追われて多忙なところもある。会場では、たまたま、「ものづくりの正義」について、つくらないモノづくりを志向するトキワ精機の木村社長にもばったり。(同人誌「砂」にその会社の年代記を書いたばかり。取材したのが2014年なので、「その後の経過も、そのうち教えますよ」と言っていた。今日は、昔の知り合いに次々と出会い、疲れた。そのなかで、山形の町工場まち白鷹町のファシエーターに出会って、お米までもらった。記事にするかな。
 NHKドラマ「町工場の女」のモデルとなった女性社長を取材して、ライブドアニュースで報道したこともある。ほかにも女性社長で手腕のあるひともいるが、報道の火付け役がないと、眼にとまらないものだ。街中ジャーナリズムをどの方向でいくか、

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2018年1月28日 (日)

スピーチライター近藤圭太氏との言葉の潜在力で交流

  スピーチライターの存在について、トランプ大統領が自己流ツイッターで暴言をはいても、正式な演説では、スピーチライターのものを使うので、辛うじて整合性とれているという話がある。スピーチライターもその面では米国では一般的に知られているようだ。そんななかで、今日は、スピ―ライターの近藤圭太氏《参照:コメントサイト》と情報交換を行った。
 現在、ライター活動の他に、言葉お持つイメージの特性を調べているそうで、たとえば「真面目な人」というと、きちんとしている、とか正義とかのイメージがある反面、融通がきかないというネガティブイメージもあるーーとかいう事例をあつめているらしい。関連本も出す予定だそうである。とにかく日本のスピーチライターの状況が少しわかって、参考になった。

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2018年1月27日 (土)

「砂」136号の発行で、外部取材で社会性を

 文芸同人「砂」136号の発行が出来た。これまで、文芸同志会は、発行媒体を持たなかった。それには、個人主義の徹底という思想があって、群れて何かをするということをしない。自分で出来ることをするという方針があってのことだった。「響ルーム」という事業活動もやめ、事務所を引き払い終わった。、一度は廃刊を宣言した。そこに、縁あって、入会していた「砂」という同人誌が、運営委員のうち、会計係、連絡係が病にたおれた。さらにこれまで主筆のようになっていた編集委員の宇田本次郎氏も亡くなるという次第で、混乱していたが、会員に継続して欲しい人がいるというので、文芸同志会が本格的に加わり、提携することになった。
 よく、会員が少ないと嘆く人がいるが、かまわないのである。普通は作家は一人で書くが、読者は大勢というのが正常な姿。だから、作家といわれるのだ。それが、会員作家は多いが、読者がいないという感覚が異常に思わないところに、歪みがある。その歪みになれた人たちが、物を書いても世間から普通には思われないのは当然。
 これを課題として、「砂」に参加します。
 会員が少ないという同人もいるとんことなので、新会員を募集します。遠方でも大丈夫です。合評会に参加できなくても、文芸同志会にきけば感想は出します。《参照:「砂」第136号は、文学フリマ活動や町工場の物語もある
 ただ、何か特典も必要であろうと、「砂」同人になったら、サイト「詩人回廊」への掲載手数料を無料にします。海外でも読むことができます。また、孫や子に、原稿メールを依頼すれば、会話が生まれます。 

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2018年1月24日 (水)

評論家の西部邁の死は、純粋保守の終焉か?

  「俺は本当に死ぬつもりなんだぞ」-。1月21日に死去した西部邁さん(78)はここ数年、周囲にそう語っていた。平成26年の妻の死などによって自身の死への思索を深め、著作などでもしばしば言及していたという。
 昨年12月に刊行された最後の著書「保守の真髄」で、西部さんは「自然死と呼ばれているもののほとんどは、実は偽装」だとし、その実態は「病院死」だと指摘。自身は「生の最期を他人に命令されたり弄(いじ)り回されたくない」とし「自裁死」を選択する可能性を示唆していたとも。
 言論人として人気を集めたきっかけは、テレビ朝日の討論番組「朝まで生テレビ!」。「保守」を思想レベルまで引き上げた知性は、左右を問わず多くの知識人の尊敬を集めた。
  親米の論客からは「反米」と批判されたが、最大の問題意識は独立の精神を失い、米国頼みになった日本人に向いていた。いつも「今の日本人は…」と憤りを語っていたという。
《参照:東日本大震災「祈りの日」式典=東京
  西部さんは1月21日未明から行方不明になっており、同居していた家族が探していたところ、多摩川に流されている西部さんを発見したという。
 現場は東急東横線多摩川駅から西に約600メートルの野球のグラウンドやサッカー場などがある河川敷近くというから、この風景《東横線多摩川駅》の電車の向こう側奥の岸辺であろう。
  岸辺の石を集めて川内に突出しているものがある。入ればすぐ低体温でしびれて失神絶命するだろうな。

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2018年1月 9日 (火)

「詩と思想」新人賞・佐々木貴子「姥捨」と社会性の意義

 詩誌「詩と思想」の新人賞に佐々木貴子氏の「姥捨」が選ばれた。受賞作の作者のよる朗読もあって、女性の母と娘の関係の愛と怨みの情念がよく伝わってきた。《参照: 第26回「詩と思想」新人賞・佐々木貴子氏の贈呈式
 このような関係は、男もいやというほど目撃してしてきているとも思うが、選者たちの話によると、そう多くはなく、題材として珍しいらしい。父親と息子の対立と乗り越え志向は、小説に多いが、考えてみればそうかもしれない。
 人間の社会構造としての家族と、母親と娘の関係はの歴史が絡んだ話は、構造主義的な観点からも、海外向けにうまく翻訳できれば、ヒットするかもしれない。
 授与式では中村不二夫しが、語っていたが、日本では詩のカルチャーとしての社会的地位が低下していることを語っていた。その例として、詩壇の芥川賞ともいわれていたH氏賞であるが、かつては、ジャーナリズムに騒がれたものだが、現在はメディアの取材も少ないか、ないらしい。
 H氏賞は、協栄産業を興した平澤貞二郎(1904年1月5日 - 1991年8月20日)の基金により1950年(昭和25年)に創設された。当初の呼称は「H賞」。基金拠出者で、プロレタリア詩人でもあった平澤が匿名を強く希望したため、賞の名はHirasawaの頭文字だけを冠する。富岡多恵子、吉岡実、黒田喜夫、入沢康夫、白石かずこなどを輩出している。
 自分は、日本人が戦後まもなくからの人間から、現代の青年層の経験のギャップが関係していると思う。

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2017年12月18日 (月)

会員減少の同人誌「砂」が休刊をまぬがれる

 文芸同人「砂」の会が発行する「砂」が来年に、発行される見通しになった。文芸同志会が協力すると決めたので、かつて取材してあった町工場の話をひとつ。それと文学フリマに参加することになった過程と、その後を連載開始した。また、コスモス忌の行事で、文壇バー「風紋」のマダム林聖子氏に森まゆみ氏が、父親と文壇人の交流を語ったのを森さんの資料を使って、ブログにし、それをアレンジして、コスモス忌の意義を書いたが、主催した坂井貞氏から、森さんから書籍化の都合もあって、発表を控えて欲しいと、言われ、「砂」への記事を没にした。
 いずれも現在進行形のものの、経過話である。それが文芸か? と問われれば「そう、現代的な文芸文化に入る」と、答えたい。自己表現という行為は、時代によって変わる。自分自身、若い頃は、詩でよかったが、もっと表現を追求するには、小説があっている、と思った。しかし、現在では、自分の見聞をピックアップすることが、自己表現になっている。自己表現にも時代と、ネットなどの技術の発達によって、そのジャンルのどれかであれば良くなっている。ひとことで、作家と便宜上名乗っても、実活動はそうでないことが多いではないか。現在「砂」の同人で会ったことのある人は、4,5人しかいなくて、組織がどうなっているか、わからない。打ち合わせをしても、近年は3人しかしない。自由な表現の場ーーというポリシーはある。もうすこし様子がわかったら、必要に応じて新会員を増やすようにしたい。《参照: 「砂」の会のひろば

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2017年12月17日 (日)

ジャーナリズム業界の動向と活用の問題

  新聞の書評欄の必要性は、本の存在を知らせるジャーナリズム活動のひとつであろう。そこで話題になれば、ベストセラーも生まれる可能性がある。また、ジャーナリズムの拡張を利用している本サイトも、ジャーナリズムのジャンルの多彩さによっていtる。そのことの延長線上に、いろいろな動向の現状把握がある。そのひとつとして、報道の自由の問題が出てくる。《ここが変?「報道の自由」の現状を語る集い=ヒューマンライツ・ナウ
なかでも、東京新聞記者の望月衣塑子氏の活動は、努力と才能の一致した力を発揮している。

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2017年11月30日 (木)

男性も読めば立場への理解が「夢半ば」(小野友貴枝)壮年期

  日本の人手不足について、アベノミクス政策には、女性の活躍がしやすい環境づくりを公約している。しかし、その現状把握は、ほとんどできていない。 また、さまざまな働く女性の共通課題すら、よくわからない。たまたま、小野友貴枝会員の日記「夢半ば」を読むと、家庭と職場とのはざまで夢を追う実際の気持ちが理解でき、ページをめくる手を休めて考えてしまう。《参照:読書のこの秋!「夢半ば」の出版の意義=小野友貴枝
 なんで読んだか忘れたが、島尾敏雄の「死の棘」の映画を外国で放映したら、観客から笑いが起きたという。監督は笑われてがっかりしたようだが、自分は真面目に笑ってしまうが、笑っていられない深刻さを体験したことがある。夫婦の気持ちの通じ合わない断絶にいまでも手に打ちようのないものがあるのを、「夢半ば」の壮年期編には、思い至らせるものがある。

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2017年11月26日 (日)

文人碁会に参加、特別室・幽玄の間を知る

  文学フリマ東京の出店が終わって疲れていたが、 文人囲碁会に参加。有段者と無段者のAクラスで対戦。名人戦は詩人の郷原宏氏が優勝。対戦場所が幽玄の間だったので、そちらの方が気になった。川端康成の揮毫した掛け軸があって、感慨を受けた。《参照:文人碁会2017年(秋)第21回の優勝者は郷原宏氏

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2017年11月25日 (土)

文学フリマでは、増え続けるマイナー文学作品

 伝統的な文芸同人誌が減っているという話題が出るが、第25回文学フリマ東京の出店は、800件弱の出店で、東京での出店数最多新記録である。それが全国に広がっているのだから、文学作品出版そのものは、増えていることは間違いない。《関連情報:見本誌コーナー(A・B)にみる第25回文学フリマ東京
 今回は、見本誌コーナーの写真記録を多くとって、具体的な情報として提供することにした。まだまだ、見本誌コーナーの紹介を続ける。同人雑誌は仲間の仲に個人が埋没してしまうのが欠点である。文学作品は、作家個人が個人に発信したいという気持ちのものという前提を満たすものとして、文芸同志会は参加を続けている。

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