2018年4月19日 (木)

個人事業者」の平均年収365万円への関心

かつて「響ルーム」として事業をしていた時は、かなり収支の不安定さに悩まされたもの。当たり前ですが、事務所が維持できない時が、やめる時期でした。やめるといっても、いくらかの契約があれば、休業を予告しながら残務処理しました。本サイトの拠点検討も、状況を反映してのことです。《個人事業者」の平均年収365万円

| | コメント (0)

2018年4月18日 (水)

中学3年女子が盗んだお金をもらった同級生の立場は?

  友人宅から現金1千万円を盗み、同級生に配ったとして、警視庁少年事件課などは16日までに、窃盗容疑で東京都江東区に住む中学3年の女子生徒(14)を逮捕した。容疑を認め、「遊びに行った時に2回盗んだ。同級生に仲間外れにされていると感じ、ストレスがあった」と供述しているという。
 同課によると、被害に遭ったのは小学校時代の友人宅で、女子生徒は頻繁に遊びに行っていた。
 女子生徒の母親が2月中旬、生徒の部屋のクローゼットから、トートバッグに入った帯付きの現金1千万円を発見。生徒は「知らない男から預かった」と話した。母親は事件に巻き込まれたと心配し、現金を自室に移したが、生徒は隙を見て持ち出し、校内などで同級生約10人に数十万~100万円を配ったという。(2018/04/16-12:30)
  事件として、報道されたものだが、では、このお金を渡された友だちは、どんな気持ちであったか? である。
  ーーいかにも現代的な出来事に感じそうだが、実はこれに類似したようなことを起こす世代であることが、小野友貴枝氏の本《「夢半ば」日記》の第1巻を読むと記されている。それは昭和29(1954)年の中学2年の日記であある。
 それは、知らずにものを受け取った体験の感想にある一部抜粋を交えて説明すると、
ーー私にはひとつの心配事がある。どうしようと思うが考えつかない。--それは同級生のKちゃんが、家のものを盗んできて、2組のひとたちにくださるので、お母さんがとても怒っているという。小野さんもいらない、いらないと言ったのに、みんなが受け取っているというので、もらってしまったのである。実はそれは、Kちゃんが勝手に家のものを持ち出して、配っていたのを知ったのでに、悔やみ反省し、明日どうするか相談しようと、日記に記している。
出来事として共通するのは、中学生のクラスでの存在感を高めたい、という心理によるものである。しかし、違いは、1954年の当時は自宅の物を使ったのに対し、他人の家の現金を盗むということである。
 物品lら現金に変わって、しかも他人の家の金を盗むという、中学生でも犯罪とわかることをも、あえてする意識である。
 この違いを考えると、この現金をもらってしまった、同級生が、日記にある小野さんのような、良心的な潔癖性をもっていることは可能なのか、どうかである。
 とくに、小野さんが大人になってから、苦学をしながら、社会的に貢献する仕事で、その地位を築いたことを、考えると、日本人の過去と現在、強いては家族関係の価値観などが、まったく異なる社会になっていることがわかる。
 現在の大人社会の現状を反射する鏡として、「夢半ば」日記を読む意義は深いのである。

.

| | コメント (0)

2018年4月15日 (日)

事実に創作が追い付かない(コミックを除く)と

 従来、小説は日常生活の退屈を紛らわすものであった。それが、リアルかリアルでないかなどは、棚に上げていた。しかし、最近では、滋賀県彦根市の交番で巡査部長が拳銃で射殺され、殺人容疑で部下の男性巡査が逮捕されたとか、身内を片端から殺してしまう男とか、脱獄した男が逃げおおせているとか。リアルでないような事件がリアルなのである。これを文学的に人間の内面を説得力をもって描くというのは、至難技であろう。起きたのだから、本当らしいということでしかない。
 そうなると、身辺雑記の何事も起きない話の方が、心を癒してくれる時代になった。最近のTVドラマや映画の原作がコミックだというのも、その中間のカルチャーとしていいのかも知れない。

| | コメント (0)

2018年4月13日 (金)

ミッシングリンクって? 政治と官僚の関係

 特定の情報を順繰りに集めることを、IT用語としては、インターネット上の情報を収集しまとめること。または収集した情報を分類し、つなぎ合わせて新しい価値を持たせて共有することを言う。キュレーションを行う人はキュレーターと呼ばれる。キューイングというそうだ。一方、周辺情報の断片のつながらないところをつなげる事象をミッシングリンクというらしい。それが、《加計学園の愛媛県職員記録は、ミッシングリンク=前川喜平氏》の記事なのだが、それは、それとして、昨日の夜の出来事が、YOUTUBEで映像化かされてしまう。その現場に行っていると一次情報であるが、それを文字にするより早く、映像かされているので、文字化したニュースの多くが2次情報となってしまう。
 そこで、動画を利用したキューイングを採用することを考えている。
 ところで、産経新聞がつぎのような記事を書いている。自民党に寄りそう新聞だが、最近の自民党と官僚の関係を象徴するようなところが読み取れる。国債は銀行が多く買っているので、国民の借金ではない、のは事実。
 
ーー 経済学の常識と企業財務の知識があれば、ただちにこれがフェイクであると見抜かれるはずなのに、各紙とも財務官僚のブリーフィングを真に受けて、「国民1人当たり約858万円の借金を抱えている計算になる」と財政赤字を報じてきた。
 国民は金融機関経由で政府債務の国債という資産を持ち、運用している。それを国民の借金だと言い張るのは、詐欺師だ。日本以外の世界にそんな国民をバカにしたエリート官僚がいるのだろうか。
 もっと恐ろしいのは、財務本来の考え方が欠如している点だ。財務とは負債の部と資産の部を基本にしている、経済は貸し手と借り手で成り立つ。借り手がいないと国は成長できない。国民は豊かになれない。デフレ日本は家計に加えて企業もカネを貯めて借りない。となると家計が豊かになるためには、政府に貸すしかない。
 政府が借金を減らすなら、貸し手の家計は為替リスクのある海外に貸すしかなくなり、円高で損する。増税で家計から所得を奪うなら、やはり家計は貧しくなる。
 「経理省」に化した財務省は債務が国民全体を豊かにする真理が眼中になく、ひたすら予算書のつじつま合わせに熱中する。文書改竄も経理官僚の延長なのだ。(産経新聞特別記者・田村秀男)

| | コメント (0)

2018年4月12日 (木)

文学フリマ東京5月への出店掲示キャッチフレーズ決める

  文学フリマ東京での2階展示場出店「カー46」垂れ表示の文言を決めました。『「文学フリマ東京」(第26回)販売本4点』です。それぞれ在庫が沢山あるので、今後はネットでの販売を宣伝していこうと思います。出店では、詩集以外はよく売れているものなので、期待しています。

| | コメント (0)

2018年4月11日 (水)

「遊民経済学の時代」の文芸と社会

マスターカード社の国別都市別ランキング調査によれば、2009年から16年の間に世界経済のGDPは21.8%増加している。年平均3.1%は、けっして高いとは言えない。ところがこの間に、世界132都市における外国人観光客数は55.2%伸び、その支出額は41.1%増加している。7年間でざっくり5割増しである。
思えば世界経済の規模は、とっくに「人口:70億人、GDP:70兆ドル」を超えている。つまりGDP1人当たり1万ドル以上の時代を迎えている。これだけ豊かになれば、海外旅行をする人口は激増する。そろそろ世界が貧しかった時代の常識を捨てなければならない。これから先は、国際的な人の移動が世界経済の主要エンジンと考えるべきだろう。つまり観光客の増加が、世界経済をけん引する時代である(本誌では、以前からこれを「遊民経済学の時代」と称している)。(溜池通信より)
 こうした世界的遊民が、マルチチュード(群衆)となって、社会構造の枠を超えるのではないか、というのが東浩紀の「観光客の哲学」であろう。「菊池寛の作家凡庸主義と文芸カラオケ化の分析」にも、それを紹介している。宣伝だけれども、文章講座や文芸同人誌の編集者には、基本として読んで欲しいものだ。  

| | コメント (0)

2018年4月 2日 (月)

望月氏による文学フリマ運営の経過談話から

  文学フリマの始まりといえば、2002年の「群像」6月号に大塚英志氏が、「不良債権としての文学」を執筆し、そこから純文学会の手詰まりを打開する方策のひとつとして、文学フリマの提唱をしたことは、知られている。
 ただ、これには、その前段階として、大塚氏が東京新聞にコラムで、出版社の純文学部門は、マンガ本の収益で純文学の赤字を埋めている現状を指摘していたのだという。
  その評論に関し、大塚氏がそれを書いたのを忘れた頃に、純文学側の笙野頼子氏が、激烈な反論をした。
 これ対応して大塚氏が「群像」6月号に、今後の対策を提案したのだという。
 そこで、いくつかの提案をした。そのなかに社内起業しての文学の独立分離化、作家の自己負担によるPR、読者の負担、フリーマーケットの創設を提案した。
 望月氏は、「これらの提案の一定の正しさは現実が証明している。そこでは、単なる笙野頼子氏への反論でなく、批判の是非の域を超えていた」ことで、現在の文学フリマの拡大があるのだという。
 これは、国分寺「胡桃堂カフェ」での談話であるが、このイベントに参加した人の多くが、文学フリマに行ったことがない人たちだというので、ここに記しておこう。《参照:望月「文学フリマ」事務局代表とトーク=影山「クルミド」代表

| | コメント (0)

2018年4月 1日 (日)

「文学が人生に役立つとき」の時代把握の仕方

  ぼちぼちと買い手があらわれてきた「文学が人生に役立つとき」(伊藤昭一)。これは、文芸同人誌に参加している人向けではない。同人誌作家は、自分の作品についての関心だけで、世界の人間の考える情況になど関心がないはずである。じぶんあくまで一般人向けのもので、モダン時代とポストモダンの共通点と、異なるところを事例で、説明している。
 時代が異なるということは、社会の姿が変わることで、「旧人類」と「新人類」との根本的なちがいを、子ども時代の社会との接し方が、団塊の世代までは「旧人類。親の家業の生産を手伝うことで、社会を知った。生産者体験。「新人類は」テレビ番組で「初めてのお使い」が人気を博すように、消費者としての社会接点経験がある。
 本書では、言及していないが、子ども自殺は「旧人類」には少なかったはず。なぜなら、家業をもっていれば、子どもは重要な働き手であって、親にとって必要としてることを自覚しているはず。その存在感を子どもの心を強くしていたはず。ふと、そんなことを思いついて、次の評論には、これを追加しようと思った。
 最近、図書館で、菊池寛「半自叙伝」を読んだら、もともと、作家に離れないだろうと思って、文学部の教師になろうと考えていたそうである。なるほどと思った。彼の文学論には、日本と世界の作家の個性のちがいなどの評論が存在してる。現代で、そのようなことのできる作家はいない。

| | コメント (0)

2018年3月28日 (水)

「文学が人生に役立つとき」の肝の部分

 「文学が人生に役立つときー菊池寛の作家凡庸主義と文芸カラオケ化の分析ー」を刊行し、文芸同志会の各サイトで発売宣伝をしている。
 ここでの視点は、菊池寛が作家でありながら、日本文学概論という評論を書いていることであろう。現在では、文芸概論は学者か評論家しかやらない。また、同人雑誌論もない。
  もう、10年近くこの問題にこだわってきた。しかし「勘弁してほしい。文芸同人誌に係ることは、時間の無駄だから」という意見や、「無駄が大好きだから文芸同人誌にかかかわる」という人、著名な企業コンサルタントなどは「そんなのにかかわって、仕事の方は大丈夫なの?」などと、言われてきたことがある。
 産業的にも、社会的にもマンガのコミケットの同人誌の印刷で業者が潤う話がメディアで話題になっている。フリーマーケットも文学フリマは堅実に拡大してきている。伝統的同人誌作品に関する情報が少ないなかで、この本は珍しいと思うが、あくまでニッチな範囲で読者もそれほど多くないだろう。
 内容的には、昭和初期の近代社会の文学隆盛の時代と現代の大衆社会での文学的な意味の比較をしてきた。文学の文化的な地位は、現代と大きな差が出たが、内容的にはそれほど大きな差はない。本書では、菊池寛の文学の内容的な価値と、芸術的価値の違いを論じているのを掲載している。学問的でなく、実作者の立場での視点で論じているのが特徴だ。

| | コメント (0)

2018年3月22日 (木)

穂高健一『広島藩の志士』が好調=書店が応援

  明治審維新の歴史の新事実を取材で発見した穂高健一の著書『広島藩の志士』が好調な滑り出しという。当初出版した会社が倒産したら、とたんにネットで1万円を超える珍本となったのを、別の出版社から出したという、曰くが面白い。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧