2008年12月27日 (土)

槙原敬之さんの訴え認め松本零士さんに賠償命令について

 作詞した歌詞が漫画「銀河鉄道999」からの無断使用だと決めつけられ、名誉を傷付けられたとして、歌手の槙原敬之さん(39)が漫画家の松本零士さん(70)に2200万円の賠償などを求めた訴訟で、東京地裁は26日、220万円の支払いを命じた。清水節裁判長は「松本さんの表現に頼って歌詞を作成したとは認められない」と述べた。
 槙原さんが人気デュオCHEMISTRY(ケミストリー)に提供した「約束の場所」の一節で、「夢は時間を裏切らない、時間も夢を決して裏切らない」との歌詞があり、松本さんはテレビ番組で「漫画の『時間は夢を裏切らない、夢も時間を裏切ってはならない』というセリフの無断使用だ」などと非難。「槙原さんが『どこかで見聞きし、記憶に残っていたのかもしれない』と電話で謝罪した」と発言していた。
 判決は、槙原さんの電話について「漫画の表現を知らなかったことを謝罪したもので、依拠を認める発言ではなかった」と判断し、松本さんの発言は名誉棄損に当たると結論づけた。

こういう結果になったものの、松本氏の詩句は平凡ではない。この詩句が事前になかったら、槙原氏の詩句は生まれていなかったような気がする。

              温故知新の詩句の一例

「錆びたナイフ」= 作詞 萩原四朗・作曲 上原賢六。唄 石原裕次郎 ではこうだ。.

砂山の砂を 指で掘ってたら まっ赤に錆びた ジャックナイフが 出て来たよ どこのどいつが 埋(うず)めたか 胸にじんとくる 小島の秋だ


 それに対し、石川啄木(1886~1912)の詩集「我を愛する歌」 ではこうであった。

いたく錆しピストル出でぬ 砂山の 砂を指もて掘り手ありしに

ひと夜さに嵐来たりて築きたる この砂山は 何の墓ぞ

砂山の砂に腹ばい 初恋の いたみを遠くおもひ出ずる日

☆啄木が人に知られたのは、死後50年を経てからであった。時代に恵まれなかった詩人だった。


 「思えば遠くへ来たもんだ」歌手:海援隊 作詞:武田鉄矢 作曲:山木康世 ではこうである。

思えば遠くへ来たもんだ 故郷離れて六年目
  思えば遠くへ来たもんだ この先どこまでゆくのやら

それに対し、中原中也(1907~1938)「頑是ない歌」 ではこうなっている。

思へば遠く来たもんだ
十二の冬のあの夕べ
港の空に鳴り響いた
汽車の湯気は今いづこ

雲の間に月はいて
それな汽笛を耳にすると
しょう然として身をすくめ
月はその時空にいた

それから何年経つたことか
汽笛の湯気を茫然と
眼で追ひかなしくなつていた
あの頃の俺はいまいづこ

今では女房子供持ち
思えば遠くへ来たもんだ
この先まだまだ何時までか
生きてゆくのであらうけど

生きてゆくのであらうけど
遠く経て来た日や夜の
あんまりこんなにこいしゆては
なんだか自信が持てないよ

☆こうして先人天才たちの言葉は大衆の中に伝えられてゆく。

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2008年12月25日 (木)

みんなに愛され、だれにも愛させなかった飯島愛さんの死を悼む

 飯島愛さんが、孤独の中で死んでいたという。TVのワイドショウなどによると、みんなに愛された人柄だったらしい。しかし、その本心を知る人は少なかったようだ。他人に迷惑をかけてはいけないという信条があったとも言われる。昔は、そういうのが美徳であった。昔からの価値観を持った人だったようだ。
 が、今は、どうせ死ぬなら誰でもいいから殺して死のうと、いいながら、死なないで生きているような、他人に迷惑をかけないと生きていられない無責任な人種が増えたというのに。

 おそらく飯島愛さんは、あくまで自己責任のなかで、独りで生きる中で、死んでしまったのであろう。社会的存在である人間は、誰でもどこかで他人に迷惑をかけている筈だ。人間関係のなかで、他人に迷惑をかけることで、お互いに愛し合う余地が生じるのではないだろうか。もう少し生きていたら、人に少しずつ迷惑を掛け合う人間関係を学んで、誰かに愛させる余地を作れたのかも知れない。残念な死だ。

 10代の後半で、家族がピンチになった頃、必死にそこから脱出しようとしていた。その時に、叔母が心配して、大丈夫かい、困ったらこうして、ああして、といわれたので、思わず「いいよ。おれたち一家は、切り抜けられる。大丈夫だよ」と、断った。すると叔母は言った。「お前、そういうのを冷たい言い方というんだよ」。と怒った。叔母が亡くなった今でも、妙にその場面を忘れずにいる。可愛げのない、愛させることない自分だった。突っ張っていないと崩れてしまう自分があった。そんな余裕はなかった。
 人は、社会的であるが故に、誰かに迷惑をかけて、迷惑をかけまくって生きることを、避けることはできないような気がする。

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2008年12月12日 (金)

日本語の機能的自立性について(小林、益川、下村氏のノーベル賞に関連して)

 今回のノーベル賞授賞式で、益川敏英教授が日本語でしかスピーチをしなかった、とういう出来事には、ある大きなメッセージを読みとることができる。それは日本語の自立性と機能的優秀性である。
 英語やフランス語やラテン語を話せなくても、日本語だけで考え、計算し、物理的な未知の世界を開拓し得るということを、益川教授は世界に強調したことになる(本当は、英語が出来そうだったが)。外国語を使わないでも、日本語だけで、すべてができることを証明し、その機能の優れた面を内外に示した。さすがに、なかなかの知恵者である。
 素粒子や化学に関する、未知の分野を日本人が開拓していることは、メディアは単なる民族的な誇りとして報道している。たしかにそうであるが、それにはそれなりの環境あって、そこに天才の努力が実るということである。
 では、日本人の環境とは何か、というとそれは、なんでも不自由なく表現でき、意思の疎通が可能な日本語の構造の機能性に優れた点である。
 数学でも江戸時代の学者は微分、積分などの方程式を解いていたらしい。外国語を使わずに、江戸時代の日本語を使ってである。
 高層ビルを建てるのにも、宇宙ロケットを組み立てるのも、戦艦をつくるのにも、すべてが日本語でできる。これは、日本語が、機能的に優れているからである。
 それが、物事を追求するのに英語やラテン語、フランス語でしか出来ないとなると、まず外国語をマスターすることから始めなくてはならない。第一、このノーベル賞受賞者たちのように、今までにない現象を発見したときに、英語やフランス語でしか名称をつけられないのでないか。
 よく、メディアは、伝統的な日本語の衰退を憂いた報道をしている。そんなことよりも、若い世代に、日本語がどれだけ機能的で、世界的に優れた性能をもっているかを示すことで、日本語を大切に思うのではないだろうか。
 石原慎太郎都知事は、自分が文学者なのに、東京の図書館がボロボロであるのを放置して、オリンピック開催に熱をあげるような、とんでもない発想をしているが、フランス語は数を数えるのに不便だと公言したのは、この辺の事情を良く知っているからであろう。

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2008年12月 9日 (火)

同人誌雑誌論に行き着く前に(5・完)

前回に続いて、小説を「内容的価値」のものと「芸術的価値」のあるものとで、二つに分類してみる話であるが、小説の価値がこの2つしかないと、ここでは仮定する(ちょっと苦しい設定だが)。そうすると、「芸術的価値」のある小説とは、「内容的価値」のないものではないか、ということになるのである。
 内容がないものは、それを書くと芸術的になるということになる。内容のない作品というのを現代風で例を挙げると、ヤマなし、オチなし、イミなしという「やおい」のジャンルがそれにあたるであろうか。BL(ボーイズラブ)など、官能小説的な世界でもある。自分は、あまりこのジャンルのことを知らないが、おそらく感覚と雰囲気だけを表現するしかない世界だと思われる。
 じつはこの感覚と雰囲気だけを表現するには、かなりの技術がいる。そして、芸術というのは、技術の一つである。作家・野間宏は、「芸術は技術であるから、修練することで上達する」と著作「文章入門」で書いている。
 その技術で、感覚や雰囲気を意味もなく、思想もなく表現できるということは、人間の存在そのものを表現するということにつながる。意味のないこと、内容のないことでも、それを表現することで、人間存在の意味性が浮き出てくるのである。そこに「芸術的価値」のある作品の生まれる余地があると、自分は考える。この世界から入るのは芸術的な作品を生み出す道でもあると思う。

 小説の読者の一般的な要求を知るのに、ある出版編集者はこういったそうである。求める小説のポイントは「1に、題材、2にストーリー、3、4がなくて5に文章である」。
 ところが、「芸術的価値」を狙う小説では、まず文章力が勝負となる。とことが、売れる小説には文章力より、題材の話題性や物語性が重要であるから、「芸術的価値」の作品は、よほど運がよくないと、売れない。そこから文芸春秋のオーナーである菊池寛は、無名作家の登竜門である芥川賞を創設し、脚光を浴びる機会を作ったのではないか、と自分は解釈している。
 売れないが、芸術作品の場を持つ。そこに同人雑誌の存在する意味と理由があると思う。
 そこから、面白い小説は、数が多い懸賞小説に応募し、面白くなくて、読むのに根気がいる作品は同人雑誌に発表するという方向性があるのではないだろうか。

 ところが、現実の同人雑誌には、既成作家の亜流や、書くために書くという志向のもが多くあるので、まぎらわしいのである。
 たまたま、最近送られてきた同人雑誌に、このようなテーマにふさわしいものがあるのに気がついた。ひとつは「海」67号(福岡市)で、そこに【「新ぼんくら講義『現代術なし考』」織坂幸治】が収録されている。ここでは、「術」に関する思弁が記されており、興味深く読んだ。これを眼にして、そうだ、この論を書いて終わらせなければ、と思いついたのである。
 もう一つは、「婦人文芸」86号の【五行歌「こころ」河出日出子】である。そのなかの書く心に関したフレーズを紹介してみたい。
                ☆
   書く、とは
   私にとって
   心の調伏
   心の安寧への
   手段


   書いていなければ
   心の安寧も
   得られない
   悲しいかなしい
   性格(さが)
           ☆
 このような典型的な作品に出会おうとは予想していなかったが、こうした要素があるので、同人雑誌の作品は、商業ベースにのった作品群と単純に比較しえないところがある。 

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2008年11月30日 (日)

文芸同人誌論に行き着くまでに(4)

菊池寛の文学論のなかには、小説には「芸術的価値」のあるものと「内容的価値」があるものがある、とする考えがあったらしい。
 この分類は、わかりやすいが、深みに欠けるので、文芸評論にはあまり用いられないようだが、自分のような粗雑な頭には簡単でわかりやすいので、しばらくこの論を当てはめて文学を考えてみようと思う。

菊池寛は、小説「恩讐の彼方に」を書いた動機として、大分県の断崖の交通の難所に、生涯をかけて、ある禅僧が青の洞門をくりぬいた史実を知ったからだと述べている。
「この実話は、話を聞いただけで、誰もが感動するものがあり、自分はそれを小説にしただけだ」と語っている。彼は、この事実を素材に、小説ではその僧を了海とし、悪事をなした罪滅ぼしに、トンネルを掘り始める話にした。一方で、彼の過去に殺害した男の息子があだ討ちに来るが、彼のトンネルを掘る情熱に心を打たれ、トンネルを掘り終えてから、仇を討とうと、トンネル掘りに協力する、という創作に変えた。
このようなエピソードのように、話を聞いただけで感動するような小説を「内容的価値」のある小説と考えていたのではないか。
ほかに、例を挙げると、西洋では、映画「タイタニック」にも用いられた逸話もある。
それは、氷に閉ざされた北欧の国の昔の実話である。ある婚約した仲の若い男女がいた。ところが、婚約者の男が山で道に迷い、行方不明になってしまう。どこかで遭難死したらしい。残された女性は、毎年雪解けの時期になると、婚約者を必死でさがした。何年も、何年も探すが見つからない。そして、ある年に、彼女は見事、婚約者の遺体を探し当てた。
婚約者は、昔のままの若々しい姿で眠るようにそこにいた。しかし、長年の苦労の末に婚約者を探し当て、感激に涙を流す女性の婚約者は、老いさらばえて、しわにまみれた老婆であったのだ。
 この実話は欧米では、相当有名らしく、換骨奪胎した現代小説が、翻訳されたなかに多くある。これも「内容的価値」によって、誰が書いても感動する要素がある話の例ではないだろうか。

その一方で、「芸術的価値」の小説とは、読んで、作者が芸術的な特殊な才能をもって作ったと思わせる作品である。これは人によって感じ方が異なる。
とにかく、作家になるには、「芸術的価値」か「内容的価値」のある作品を書いて世に出ればよい。当時にあって、まさに作家になることは出世なのである。菊池寛は「内容的価値」のある作品を書くには、必ずしも芸術的な才能が必要とは限らない。人生体験から生み出せば良い」と考えていたようだ。
作家志望者のつくる同人雑誌には「芸術的価値」か「内容的価値」を盛り込んだ作品が集められている筈だ。そこから優れた新人を発掘しよう。こういう前提で同人雑誌を読んできたのが、雑誌「文学界」の同人雑誌評であろう。優秀賞という優秀とは、この2つの要件を満たしているということだ。たしかに、同人誌の多くは、そういう作品の発表の場になっている。

しかし、最近は「芸術的価値」を狙ったものでもなければ「内容的価値」を狙ったものでもない作品が多くなった。自分が、読んできた中にも、なんのために書いたのか、わからない作品が多くなっている。
雑誌「文学界」12月号の同人雑誌評の担当の評論家各氏の座談で、「いつからか作品のレベルが落ちてきた」という話が出ている。
これは、2つの価値観から外れた思考法から書かれている作品が増えたということであって、単にレベルが低くなったという感覚で、終わるものではないであろう、と自分は思う。
 要するに、小説を書くことを、出世の手段とは考えていないで、書くために書いたらできちゃった、というような作品のことである。それが偶然に秀作であることがあるので、一概に軽視はできない。

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2008年11月25日 (火)

文芸同人誌論に行き着くまでに(3)

読売新聞の23日に、井上ひさしが菊池寛について「作家の生き方」という講演を青山学院で行ったという記事があった。
そこで、古典的な同人雑誌の同人の精神的な葛藤を描いた「無名作家の日記」のことが記されていた。なんでも最近は岩波文庫になったそうだから、読めるらしい。
この作品は、菊池寛や芥川龍之介、久米正雄たちが作っていた「新思潮」という同人雑誌時代のことがモデルになっている、といわれている。
 当時、菊池寛は在京の芥川や久米たちとちがって京都にいた。そうした事情は作品のなかの設定に似ている。
 まず、日記を書く「俺」は、自分が文学芸術の才能がないのに、やってきたのではないかと、内心悩んでいる。青年時代に文学を語り、文壇に野心を持っていた男が、何時がきても世に出ないというのは寂しい、と無名に終わることの懸念を語る。そして、俺は今日偶然、同じクラスの佐竹という男と話をした。「僕は、実は昨日150枚ばかりの短編を、書き上げたのだが、どうも満足がいかなくてね」とかを語る。さらに「600枚ばかりの長編と1500枚ばかりの長編を書きかけているのだ」ともいう。俺は、この男の話に仰天する。自分は70枚の戯曲を書くのがやっとだったからだ。
 そこで、どうやってその大作を、一流の雑誌に載せてもらえるのか、ときくと先輩作家のコネがあるからだという。その非現実的な話で、おれもばかばかしくなる。そのほか、自信満々で、大言壮語し、作品のレベルが低いと「おれ」の作品をけなす男。競争相手の同人誌が出来上がると、駄作しか書けていませんようにと祈る。俺は、わずか7枚の戯曲を、教授の関係している文学部の教授にびくびくしながら差し出す。雑誌に掲載してほしいのだ。だが、それが言い出せない。教授は受け取るが読みもせずに、世間話をする。
 ところが、その7枚が「群集」という雑誌に載った。それをみた大作しか書かないという佐竹は、目の色を変えてこういう。
「何だ!こんな短編か!」と彼は吐き出すように言った。「この雑誌は一体誰が経営しているのだ!一人として碌な奴が書いていないじゃないか!」と雑誌を罵倒する。
俺は、俺の僅か7枚の短編が、これほど佐竹を激昂させたことに驚いた。
 
 こうして、いろいろな同人誌仲間の言動をつぶさに見て、自分は才能不足と知り作家になることをあきらめる。
菊池寛の人間観察のすごいのは、ここに描かれた作家志望者の人間像は典型として現在でも存在するところであろう。こういう人いるいる、と思えるので、一読を薦めたい。
 また、「入れ札」という短編があって、これは国定忠治が代官に追われ、山に逃げるときに、だれが同行するかを、子分たち同士で投票して決める。そこに自分の名を書いてはいけない決まりだ。しかし、冴えない子分の男は、見栄で、自分で自分を推薦する札をいれてしまう話。これは、文学賞の対象作品の選考のときの心理をモデルにしているとされている。
たたし、菊池寛は作家になるには、特別な才能は必要ないと、主張している。それは芸術的でなくても、内容のある小説が書ければ作家になれるという考えからきている。小説作品の芸術価値と内容的価値のものがある、という考えをもっていたらしい。

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2008年11月20日 (木)

文芸同人誌論に行き着くまでに(2)

 文芸情報のうち、ベストセラーなどプロの作品は新聞・TVで話題になるので、そこからセレクションすればいいが、一般民衆に浸透している文芸同人誌の動向を、記録しなければ日本全体の文芸文化の現状分析に資料不足となる。
 そこで、雑誌「季刊文科」に広告を掲載している同人誌から、手がかりを得て、読んでみたいから、送って欲しいという手紙を出した。それが「季刊遠近」や「全作家協会」などを知るきっかけであった。
 ほかにも、全国の幾つかの同人雑誌に同様の手紙を送り、会員にならないかと勧誘したが、郵便代がかかるわりには効果がなかった。なかには、どこの馬の骨ともわからぬ者に読んでもらっても仕方がない、という正直な返事もあった。もっともな話である。現在も文芸同人誌を紹介しているが、同人誌に関する分析は済んでおり、すでにそれらを読む必要性は感じていない。しかし、折角、郵送費をかけて送ってくれているのに、無視するのは申し訳ないという気持から継続している。また、毎年それなりに時代との関係を反映した作品も多く見受けられるので、意義はあると感じることが多い。ただ、悩みは読んでから、それを紹介文にするには時間がかかるので、遅々として進まないことである。また、「寸編小説」のジャンルを書き進める必要があり、多くの時間がとれないのが現状である。
 これから、紹介予定で積んである同人誌の名を挙げると「文芸同人・長崎の会」第3号(岸知宏「味蕾の行方」)、単行本・秋田しんのすけ「龍屋の鍋」、「文芸中部」79号(濱中嘉行「老春ミステリー」)、「農民文学」(木村芳夫「土の舞」)、「創」3号(丹羽京子「タイムリミット」)などで、作品名のあるのは、読了済の分である。単行本・有森信二氏の2作も読んでいるが、作風ができあがっていて、いまさらなにか言うことがあるのだろうか、という感じである。

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2008年11月17日 (月)

文芸同人誌論に行き着くまでに(1)

文芸同志会は、「書く人のための文芸情報交流会」という主旨で、当初は月400円の会員で、「文芸研究月報」の会報を発行していた。とくに同人雑誌のために発行されたものでなく、晩年を迎えた主宰者が、社会と文芸というテーマで、論文でも書いて見ようか?という気持からそのデータを集めることが、目的であった。その担当者として鶴樹という筆名を使っている。
だから、同人誌に関してどこまで、書き進められるかわからないので、こんなタイトルにした。
 現在でも、このブログに集めたデータでもって、「日本社会と文芸文化の動向」というタイトルで大学生が卒論を書けるははず、と思っている。
 その主旨からして、同人雑誌というのは、日本の文芸文化のひとつの分野としてしか扱っていない。ではあるが、今年の雑誌「文学界」の12月号に同人雑誌の名簿リストが掲載されている。が、そのタイトルが、「書きたい人のための同人雑誌名簿」とかなんとかなっているのには苦笑した。結構、これを、読んでいるんでないの? と思わせるところがある。
文芸同志会の設立は2000年11月3日、文化の日である。今年で設立9年目になるということだろうか。
当初は、日本の文芸界の現状をよく知らないことから、出来るだけその文化的活動の資料を作成することであった。それには、まずジャーナリズム情報を収集し、現状を把握することである。文芸情報の収集のため、新聞や雑誌、TV番組の文芸情報をワープロに書き留めていた。
 その年の同人誌「砂」の12月発行号に「文芸時事月報」として、掲載した。大学専攻がマルクス経済学であるから、それが自分なりの社会観察のフィールドノートになっているのではないか、と思ったのである。三年間ほど、継続して手作りの情報をつくり、それを根拠に社会現象の研究分析論が書けるかも知れない、と感じていた。

 ちなみにこの「砂」に、同時掲載で、伊藤鶴樹「電話は夜明けに二度鳴る」という短編を発表していた。これは「砂」同人のために実作研究の材料として書いたものであった。
 すると文学界の「同人雑誌評」で、松本徹氏がそのあらすじを紹介して取り上げていた。それはいいのだが、鶴樹の作品の出来そのものより、論者の松本氏の紹介する粗筋のほうが優れていたのであった。そのため、その評を読んだ同志会員から、作品を読みたいという申し入れがかなりあった。郵送料がかかって仕方がない。「作品より粗筋の紹介のほうが優れているから、読んでも仕方がないよ」と断るのに苦労したものだ。

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2008年11月10日 (月)

第7回文学フリマの盛況ぶりに驚く!

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雨模様の空ではあるが、共同開催の企画「東浩紀のゼロアカ道場×文学フリマ」ということで、少しは賑わっているかなという感じで、午後早くに会場にいってみた。
 すると、なんとカタログがもう品切れという張り紙。「えっ」と驚いた。望月代表は「例年より多く用意したのに、もうないんですよ」というし、2階に上がったら道場主の東浩紀氏がいらした。向こうはこっちを知らないであろうが、こちらは知ってる。「すごいですね」と挨拶をし名刺を渡したら、「いや、私もびっくりです」という話。ついでに「”キャラクターズ”の舞台の場所はじつは私は土地勘があって、すべてスチール写真でストーリが追えるので、追跡版を考えています」と、伝える。すると「いいですね。やってください」ということなので、次回のフリマの出店企画の入れておこう。”キャラクターズ”は、いわゆる擬似私小説というか、パロディなので、読者のパロディということで、ちょっと面白い気がする。
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 会場は、大混雑ではあるが運営スタッフが手際よく、流れをスムーズにしていて混乱がなかった。おそらく過去最大の盛り上がりだろうと感じられた。
 2階で開催のゼロアカ道場の経過は、それぞれのブログなどで、発表されるであろうが、未確認情報によると、500部完売組がでたとかで、3500部は出たのでないかと推測が出ていた。
 ただ、同じ会で出店した一般同人誌組は、本の実売では、その影響をうけてしまったところが多かったろうと推測する。
 鶴樹は、同人誌情報でお世話になっている「文芸同人誌案内」の日和貴さんの「九州隊(タイ)」と、フリマ参加仲間であった「零文学」の那住史郎さんのブースには寄れた。

こういう現場に立ち会えたというのも、活動の歴史なので、お疲れ様というしかない部分はある。文芸同志会も第一回のときに、今回の企画の講談社の太田編集長の佐藤友哉、西尾維新、舞城王太郎のグループ「タンデムロータの方法論」のブースと同じフロアだったために、ブースの前に行列ができて、人の壁。「なんだいこの行列は? ちょっと誰か並んで買ってみてくれ」とか、いって会員に頼んだ記憶がある。
あとで、「じつは、あの伝説のグループと同じフロアでね。どうにもならなかったのさ」。と、自慢にならないのに、話ネタにするしかなかった。それにしても、部外者ながら太田編集長のセンス勘にはまたも驚かされた。
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2008年11月 6日 (木)

オバマで、アメリカは戦争をやめられるのか?

 家に帰ったら、家のものが、オバマ大統領に決まった、と教えてくれた。なんでもTVニュースでは、これで日本はアメリカにパッシングされるので、大変だと言っていたとも。
 小泉以来、アメリカと付き合ってなにかいいことがあったのだろうか?アメリカはブッシュによって、北朝鮮と同じならず者国家になってしまった。失業者の増えるアメリカ人の不満をごまかすには、国外に敵をつくって戦争をおこし、目をそらすしかない。戦争をするぞするぞといって、日本に金を」せびる脅し国家とは距離を置いたほうが良い。中国と北朝鮮の似たもの同士で親しくして、結構。日本にこれ以上接近しないでほしい。
 アメリカは、紙くずを金にしてきたが、物をつくって売らなければ経済は立て直せない。自動車は売れない。売れるのは、戦闘機とミサイルと爆弾だ。あと、兵隊になれば月給40万円がもらえる兵隊志望者も増えるであろう。すると、どこかでまた戦場をつくらなければならい。しかし、何兆円も浪費するのだから、国は滅びの道を歩む。ベトナム戦争のあと、アメリカはすかんぴんになって、日本の外貨でアメリカ全土が買えるとまで、いわれたことを忘れているのだろう。
 オバマ大統領は、打ち出の小槌をもってるのか。ブッシュが行ったミスを軌道修正するのは、容易ではない。アメリカは小室哲也と同じことをしてきたのだ。日本はどれだけ迷惑をうければいいのか、それが恐ろしい。日本パッシングをするなんて脅しになると思ってるTV局は、アメリカ人と同じ腹黒い人間かもしれないから、気をつけよう。

《参照》
米大統領選:人種超え「変革」選択 オバマ氏当選
(毎日新聞) 【ワシントン大治朋子】4日投票の米大統領選で民主党のオバマ上院議員が勝利したことで、米国民は「ブッシュ政権8年間」に明確な決別を告げた。イラク戦争の長期化や経済の先行き不安などで閉塞(へいそく)感を強める米国民は、「変革」を掲げたオバマ氏に米国の再生を託した。歴史的な人種の壁を乗り越えた初の黒人大統領の選出により、米国は新たな時代に一歩を踏み出す。

 選挙戦の流れを決定づけたのは経済問題だった。8月に米国の失業率は6.1%と過去5年で最悪を記録。9月中旬からの金融危機の深刻化とウォール街の株価大暴落で有権者の「変革」への期待に火がつき、オバマ氏が支持を伸ばした。

 オバマ氏は危機に際し、「(1929年の)大恐慌以来、最も深刻な金融危機」とする声明を発表し、事態の深刻さを強調した。一方のマケイン氏は、「米経済のファンダメンタルズ(基礎的諸条件)は依然強い」と主張。有権者の将来への不安を前に「経済オンチ」ぶりを露呈した。

 国民の不安と不満が高まるなか、オバマ氏は有権者の「反ブッシュ」感情を効果的に支持拡大につなげた。9月下旬のテレビ討論会で、金融危機は「ブッシュ大統領の8年間の失政の結果」と批判し、マケイン氏をブッシュ大統領と一体化する戦術で攻めた。

 選挙戦では米国民の求める変化の「度合い」も問われた。オバマ氏は経済における「政府の役割」や福祉政策の充実を打ち出した。目指すのは米国の「抜本的な変革」だ。

 これをマケイン氏は「大きな政府」「危険なリベラル(左派)」と批判し、自らは共和党の基本路線を踏襲する「小ぶりな改革」をアピールした。だが米メディアの出口調査によると、候補者選びで重視することに「変化」を選んだ人は35%で、そのうち9割がオバマ氏を支持。米国民は、より大きな変化を求めたといえる。

 マケイン氏は共和党初の女性副大統領候補としてアラスカ州のサラ・ペイリン知事を起用。話題を集めて一時は支持率でオバマ氏を上回ったが、「資質」に疑問が集まり、効果は持続しなかった。

 選挙戦を通して、米国自身の「変化」も試された。オバマ氏は黒人と白人の両親を持ち「人種を超えた(ポストレイシャル)候補」とも呼ばれる。白人を敵視する旧来の黒人指導者らとは一線を画すからだ。

 オバマ氏は黒人奴隷の子孫ではない。しかし、米国民がオバマ氏を最高権力者に選んだことは、奴隷制度という歴史の「負の遺産」を引きずる米国にとって歴史的な大転換と言える。

 出口調査によると、今後数年間で人種問題が「改善される」と予測した人は約半数。その7割がオバマ氏の支持者だった。だが残る半数は「同じ」か「悪くなる」と回答。人種問題をめぐる認識の格差を浮き彫りにした。

 選挙前の各種世論調査によると、オバマ氏の主な支持基盤は若者や大卒以上の高学歴層、黒人だった。実際の投票では、社会的価値観において保守的で人種の違いに敏感だといわれる労働層も、政策面での期待感からオバマ氏を支持した。米国そのものが「変化」を起こした選挙だった。

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2008年11月 4日 (火)

同人誌「グループ桂」(小山市)」59号に関するエピソード(1)

文芸同人誌「グループ桂」59号の合評会が11月2日に都内で開催された。 批評指導が師である伊藤桂一氏によって行われた。編集や掲載に関しては伊藤先生は関与されていない。できた作品を論評するのみである。
59号には、巻頭に伊藤桂一・特別寄稿「短唱集より」、創作・長島公栄「昭和・イセザキストリート」(350枚)、「寸編小説より」北一郎(鶴樹の筆名)「夜の一頁ほか」、創作・佐田尚子「煤色のファンタイジー」により成立している。
 
 この59号は、元来は年末近くに発行される予定であった。しかし、かつて「新日本文学」の終刊に近いころ、入賞した経歴をもつ同人の長島公栄氏が、雑誌「文学界」の同人雑誌評が9月で受付が終わるので、それに間に合わせて自作を発表したいという。それが350枚の力作だという。
 それはいいとしても、350枚が同人誌に一挙掲載となると、ほかの作品は短いものにしないと、厚くなりすぎるということになった。そこで佐田尚子氏が30枚程度の短い作品を書くという。ほかに提出する人がいないというので、鶴樹が北一郎の名前で、原稿用紙1枚から3枚未満の「寸編小説」を書こう、費用も安いし、自分なりに寸編小説というジャンルを作り上げたいので、それなら何篇か提出していいと申し出た。
 すると編集担当者たちは、「グループ桂」同人は、伊藤桂一先生の意向により、エッセイや評論、詩は掲載せず、小説作品だけで文壇に評価を問うことになっている。そんな短い断片なんて小説になるはずがない、やるなら説得性のある理由書解説を提出してからにしてほしい、と待ったがかかった。
 鶴樹・及び北の発想はよほど、ほかの同人との乖離があるらしい。要するに、鶴樹が文芸同志会で、文学の展開の場を「文学フリマ」のような自力開拓することに主眼をおいているのに、編集部では「文学界」などの同人雑誌評的な登竜門を主眼しているということなのであろう。だから、作風が異なる。
 そこで、北は作品の前に、現代における「超短編」や「極短小説」の登場して来た世相を解説し、これら傾向とまったく異なる思想で、短い小説「寸編小説」というジャンルを世に問いそれを世に広める必要性を書いて、作品を提出したのである。
 すると、編集者たちは、この断片ならなんとか掲載してもいいが、小説であると伊藤桂一師が認定するかどうかわからない、という。
 それなら、北はこれは寸編小説であると断定して、掲載し、伊藤桂一師の判断を仰ごうということになって掲載が決まった。
 そして、そのいくつかの寸編小説に、伊藤桂一師の論評を受けた。次回では、その作品と掲載と伊藤先生の論評を記すことにしよう。

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2008年10月15日 (水)

世界金融危機と資本主義経済システム

アメリカのサブプライムローンから始まった信用不安は、世界恐慌への恐怖を撒き散らした。
 マルクスの経済理論では、資本主義の資本が世界経済システムの矛盾を累積させるとし、昔の国際関係が国際連合などによって協調ができるという理想主義批判してきた。資本の本質を昔から指摘してきたが、一般の経済雑誌にその理論を基礎にしたものが載ることは少ない。
 銀行が国営化されるということは、資本主義がその矛盾を解決するために社会主義化したということである。
 資本主義社会がその矛盾を埋めようとすると、その活動を社会的にコントロールする社会主義的な修正をしなければならなくなる。
 べつに革命など起きなくても社会主義化するのである。
 自由主義経済というのは、私が電車に乗ろうとしたら、一駅130円に10円足りない場合に、駅員に120円に負けてくれないか? と交渉する余地があるということである。
 そうした話合いの余地や交渉の余地がないのは、資本主義がすでに自由経済でなくなっていることを示している。個人の要求を満たしていると手間がかかり、電車が便利でなくなる。社会の多くの人の都合を優先するシステムにせざるを得ない。社会主義化してきているということである。中国は経済システムから見ると、社会化した資本主義に遅れて到達した国である。
 ただし、経済システムと国家における政治権力闘争とは関係が深いが別物である。政治闘争はどこまでも政治闘争である。

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2008年10月12日 (日)

三浦和義氏は、演技性人格障害という説も

作家の佐木隆三氏が、テレビのインタビューで「三浦氏のことをある精神科医が演技性人格障害だといっていたが、言いえて妙だ」というコメントをしていた。
「ロス疑惑報道の95%は嘘だ」三浦和義氏インタビュー集
この佐藤学記者のインタビュー記事にはーー、
 三浦氏は、幼少時代には、撮影所に自由に出入りしていたと語る。(第6回冒頭)
「疑惑の銃弾」裁判については、お金も十分にあり、億万長者であることをインタビューで語っている。
また、お金に関しての細かい話をよく記憶している。記事の6回のうち、毎回お金の話がでているのに注目。
 三浦氏の自死は、ニュースでは事実だが、これが同人誌の小説の物語であったら、あまりにも唐突すぎるとか、リアリティにかけるとか批判され、信用されないであろう。
 事実と真実らしさ、もっともらしさとの違いは、ここにある。俳優の演技も、もっともらしさ、真実らしさをもとめられるのであって、事実らしさを示すものではない。
 同人誌の合評会などで、リアリティがないといわれても批判ではないのである。気にしないことだ。

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2008年9月27日 (土)

瀬戸内寂聴のケータイ小説執筆法

(毎日新聞08年9月「あしたの虹」を書いた理由= 対談 瀬戸内寂聴さん・藤原新也さん。【構成・内藤麻里子】より)
――「18歳が書いている気持ち」で原稿チェック。
 「あしたの虹」がどうやって執筆されたか、その一端を紹介しよう。
 瀬戸内さんは他の小説や随筆を書く時と同様、400字詰め原稿用紙に万年筆でつづっていく。
 その原稿を受け取った毎日新聞は横書きで活字化。ケータイ小説を扱う記者、編集者、デジタルメディアのスタッフらで作るチームで言葉や表現について女子中高生が違和感なく読めるようにチェックする。原稿チェック時のスタンスは、「18歳の女の子が書いている気持ち」。
 ここで出されたチェックポイントを瀬戸内さんが検討し、ゲラ直しを入れる。直しの入った原稿は、一つ一つの文が短くなり、語尾が「~~だって」のような口語に変わり、風景描写が削られるなど、シンプルで明快でみずみずしい文章に変わった。
 完成した原稿を、ケータイ小説サイト「野いちご」に載せるために、デジタルメディアのスタッフが改行などレイアウトを整え、携帯電話にアップする。この整え方の基本方針はあらかじめ瀬戸内さんと話し合っていた。アップした原稿を瀬戸内さんが愛用のピンクのらくらくホンで読む。この作業が4カ月間続いた。

 メモ=本会の主宰者も3年ほど前、あるコンテンツ会社から依頼され、やさしい経済記事を依頼されたことがある。普通はメールで送る。普通に書いたら、だいたい200文字から300文字で一回分なので、分割してほしいというので、四苦八苦して連載になった。その後、依頼してすぐ原稿ができるというのを評価されたらしく、面白いコンテンツを提出してください、というので、歴史フィクションを送信したら、面白いと社内スタッフに支持する声もありましたが、とお世辞があって、若者風でにないと、ボツになったものだった。しかし、当人は文学をケータイに送り込むことをあきらめていない。

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2008年9月23日 (火)

壊れたものいろいろ

 パソコンがスイッチをいれると、かりかり、こりこりと音をたて、いまでたってもウイドーズマークだけ作動、終了させってもかりかりこりこりと、なかなかおわることがない。
 その合間に普通に動くことがあるので、その隙にブログを書いていた。そんなことをしてるうちに原因不明の風邪様症状がはじまり、寝汗、頭痛、倦怠感でダウン。
 世界経済、日本の政治と一緒にみんな壊れた。
 自民党総裁選は、石波元防衛庁長官の論が一番切実だったような気がする。自民党は民主党の政策を財源を示さず無責任と批判していたが、いまは民主党の政策そのものになってしまったから、政権交代は必要ないのかな。 
 アメリカ経済の破綻は、回復に時間がかかるというが、それだけではない。バブル崩壊は、ゼロからのやり直しとは異なる。バブルで出来たインフラはゼロにはならない。アジアや中近東にそのシステムとインフラが残るので、その地域で独自の経済活動がはじまる。アメリカ経済が回復に時間をかけている内に、世界経済から取り残されるであろう。ドルは世界通貨の道具にすぎない。アメリカは戦争のしすぎだ。消費するfだけで生産なければ破産するにきまっている。

パソコンはつい動かなくなった。ハードディスクの軸が折れたのでは、とか友人がいう。データーはすべて消えた。復活の手段なし。ハードデスク交換でやっと再開。書きかけ原稿やメールアドレスもすべて消えたが、必要なものは思い出しながら修復してるが、バカボン化した頭にはかなりの負担。メール連絡は、来た人にだけ連絡返信ができる状態。体調が回復してから考えよう。

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2008年9月 6日 (土)

「叙情と闘争」辻井喬・堤清二回顧録―33―

読売新聞9月6日付けの今号は、ソビエトロシアの1978年時代に、ロシアの芸術展を西武美術館で開催するために、堤清二がエルミタージュ美術館を訪れる。そのなかで、ソビエトの国民の体制側にたいする面従腹背の姿勢を感じる。
そのなかに、辻井喬の「異邦人」という詩のフレーズが織り込まれている。

 ふと 方向を見定めるために
 獣は項(うなじ)をあげる
 僕はそんな時
 夕陽の差す階段に躅(しゃが)んで
 仮面と
  仮面との間におちた
 僕の顔を探している


 当時から堤氏宅には、公安の見張りがついていた話も出てくる。多額納税者と公務員という取り合わせに、おもわず笑いそうになる。この連載には、こうした真面目な風でいて、どこか風刺的な、狂言回しを演じている視線と手法がある。

前回のこの連載の紹介では、三島由紀夫の自死と、よど号乗っ取り事件を記したので、それよりさかのぼると何があったかを見てみよう。

 さらに時間をさかのぼる。この前年の昭和四十四年一月十八日。東大全共闘学生五百余人は全国の反代々木系学生五百余人の支援で安田講堂、工学部列品館、法文三号館、医学部中央館に立て籠もった。加藤一郎学長代行の要請で出動した警察隊に三十時間に渡って火炎びん、劇薬などで抵抗したが、六百三十三人を検挙して封鎖を解除した。また、これと同時に東大から神田にかけて同派の学生が神田カルチェラタンなど東大支援街頭行動を行い百三十四人が検挙された。

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2008年9月 4日 (木)

本を読まない傾向のなかで、文芸書はよけいに読まれないのでは

もともと文学書を読む層はそれほど多くないのではないのかな。
30代以上は本を読まない傾向に

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2008年9月 2日 (火)

雑誌「中部ぺん」第15号・座談会「日本の戦後文学の再検討」の意味するもの

中部ペンクラブ発行の雑誌「中部ぺん」には、座談会「日本の戦後文学の再検討」が連載され今回で15回目になる。
今号の、対象作品は、椎名麟三「永遠なる序章」、安岡章太郎「遁走」「海辺の光景」、梅崎春生「幻化」。
出席者は、秋野信子(多気文学)、伊藤益臣(個人会員)、桐生久(矢作川)、
久野治(胞山)、高田杜康(北斗)、野々山久夫(文芸シャトル)、堀井清(文芸中部)、水岩瞳(個人会員)、紫圭子(宇宙詩人)。
コーディネータは、国司通(顧問)、堀内守(個人会員)。司会者は、駒瀬銑吾(宇宙詩人)。
この座談会は、出席者各人の多角的な視点と感受性による指摘が、豊富に開陳されている。プロの評論家が独りで、論評するよりも、明らかに多彩な意見と指摘があって、毎回非常に充実している。
戦後文学は、戦争が個人個人に与える不幸を描き、その根底に戦争否定の思想が据えられているものが多い。
ベトナム戦争の後、9・11をはさんでアフガン戦争とイラクとの2度の湾岸戦争は、歴史というより同じ時空の出来事として考えることができる。そしてグルジアの沿岸ではロシアとアメリカの軍艦がにらみ合いをしているのが現在である。
日本はアフガン戦争に自衛隊を派遣している。給油だけという名目で。戦争の最多の仕掛け国のアメリカは、常に防衛のために戦争をしていると主張している。歴史的に戦争をするのに、自衛のためと称さないことがあったのか。
  すでに「戦争」という言葉の意味性さえ変わってしまった現代において、戦争を徹底的に人道的な人間の「悪徳」と心の芯から問い詰めてゆく、文学者の発言は、もう世界のなかで、日本の文学雑誌「中部ぺん」だけとなってしまっている、というのは私だけの妄想であろうか。

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2008年8月19日 (火)

下部温泉の「山田の湯」ホテルで涼しい「信玄の隠し湯」につかる

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暑くて汗だくのところに、冷たい温泉「信玄の隠し湯」に入ると、本当に「チョー気持ちがいい」。力が湧いて来る。
もっと、Pj_061
“避暑に最適な涼しい温泉”と宣伝すればいいのではないだろうか。1万円で、料理もいいし、部屋も静か。ほかに宿泊客が多くないのかと思っていたら、20人以上が夕食に集まった。
 下部温泉駅近くに「湯の奥金山博物館」があり、資料が充実していて役に立つ。自分は、戦国時代の金鉱と社会関係を研究しており、現在の日本社会の形成の基礎はこの時代の金山衆の生き方が大きな影響を与えていると思っている。金鉱の権利は、大名も認めており、利己的な利害関係を契約でして調整するという思想が浸透していったと考える。
 その契約の思想があるところに、西洋から神との契約の思想が入ってきた。織田信長もそれを理解していた。封建主義と契約意識を結びつけるような時代を持つ国と、それの経験のない国では、大きな違いがある。国はみな異なる歴史をもって、それが国民性になるように思う。山田の湯(山田ホテル)Pj_037Pj_062Pj_064Pj_016


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2008年8月18日 (月)

辻井喬・堤清二回顧録「叙情と闘争」30「流浪の人」から

「流浪の人」とは、辻井喬氏の妹の堤邦子(故人)の書いた小説のタイトルである。長らくパリに在住、堤系列会社のヨーロッパ代表を務めていた。
 辻井氏は妹をかなり愛していたらしく、冷静で乾いた筆致のなかに、そうした特別な愛着心がにじんでいる。81歳での回想ではあるが、それでも熱情の駆られることのないような、常に平常心的な自意識が、文学者、辻井喬と資本家の両面をこのように語れる要素なのかもしれない。
前に、日本連合赤軍・浅間山荘事件は、記したのでここでは、その以前には、新左翼(?)に何があったのか、記してみよう。
 こ浅間山荘事件至るまでの関連事件を時間をさかのぼってみよう。
この事件より2年前の昭和45年11月25日。作家の三島由紀夫こと平岡公威(45)は、主宰する盾の会会員森田必勝(25)、古賀浩靖(23)、小賀正美(22)、小川正洋(22)の四人を連れ、市ヶ谷の陸上自衛隊に突入。自死をしている。

 同じ年の昭和45年3月21日。赤軍派による日航機乗っ取り事件=羽田発板付に向かった日航機「よど号」(ボーイング727型、乗客131人)が富士山上空に差しかかったとき、乗客を装った赤軍派政治局員田宮高麿ら9人が、ピストル、日本刀、手製爆弾で乗員、乗客を脅迫して飛行機を乗っ取り、板付空港で婦女子を降ろしたあと北朝鮮に向かった。田宮ら9人のほか、別件で逮捕していた赤軍派議長塩見孝也(28)、同派中央委員前田裕一(22)もハイジャックの謀議に加わり、この事件を「フェニックス作戦」と名づけ、資金獲得、武器入手のため「アンタッチャブル作戦」、「マフィア作戦」などを計画していたことがわかり、塩見、前田ら13人が検挙された。
 この頃になると、なにかハリウッド映画のサスペンス場面のような、芝居がかった騒動の性格がより明瞭になってきていた。
 現在、日本の外務省がハイジャック犯の引渡し、で拉致問題制裁に解除をしようとしてるという、噂があるが国家間の交渉に国内事情がからむと、変なことになるものだ。

辻井喬氏の関連ニュース
詩人のための「詩論」を語る
老人と文学について

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2008年8月13日 (水)

「ビッグイシュー日本版」が100号に

 ホームレスの人たちが街頭販売を担う雑誌「ビッグイシュー日本版」(A4判、36ページ)の通算100号が今月、発行された。

 代表の佐野章二さん(66)が2003年9月、英ロンドンの本家のビッグイシューと契約し、大阪で創刊した。社会問題からスポーツまで幅広く扱い、販売部数は月5万~6万部。定価300円で月2回発行している。

 販売員は1冊140円で仕入れ、定価との差額160円を収入として受け取る。住居を定め、就職につなげるのが狙い。販売圏は11都道府県に広がり、76人の販売員が路上生活を脱した。(08年8月12日 読売新聞)

メモ=売っているのをみるとたいて買っているが、内容は充実していて、買って損をしたということは今までなかった。すごいことだといつも感心している。

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2008年7月30日 (水)

フリーターからフリーライターへ赤木智弘氏

あかぎ・ともひろ=1975年、栃木県生まれ。専門学校を卒業後、会社勤務を経てフリーターに。親と同居しながら今年3月まで深夜のコンビニ店員として働いていた。
 月刊誌「論座」2007年1月号で「『丸山真男』をひっぱたきたいー31歳フリーター。希望は、戦争」を発表。論客からの反論や指摘に応える形で、同年6月号で「けっきょく、『自己責任』ですか?」を掲載。同年11月に論座掲載の文章などをまとめた「若者を見殺しにする国 私を戦争に向わせるものはなにか」(双風舎)を出版。ウェブサイト「深夜のシマネコ」を主宰している。近く、東京へ出てくるという。
 結局、社会の閉塞感からの脱出は、戦争でもなければ何とかなるのではないか。という論から執筆生活の糸口を掴んだようだ。ネットに書き込んでいたときから、論座からは連絡があったようだ。社会を観察し、その現象を自分なりに解釈することで、知らない人が読んでくれる。
 彼の論には、歴史的にもあてはまることがある。第2次世界大戦は、日本人と軍部の閉塞感から起きたと考えられるし、敗戦という破滅によって、社会の自分の利害にしがみつく人々も、一般人と共に死んでしまった。
 いわゆる現在の役人や官僚がみんな死んでしまったのと同じだ。その結果、役人からのおこぼれがなくなり、みな貧乏になり、格差がなくなった。そこから戦後の奇跡的な成長がはじまったのだ。だから戦争で破滅すれば、農民より多い農協の役員とか(農民にたかって生活するひと)、社会保険庁の職員とか(金を集めるのに、人などそんなにいらない)とか、変な仕組みがなくなる。
 現在でも、自殺者3万人、交通事故死者約1万人だから、若者が半分としても2万人の死ぬ戦争をしているのと同じである。イラクでもそれほどは死んでいないであろう。

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2008年7月20日 (日)

「法政文芸」4号(2008)から

法政大学国文学会発行の「法政文芸4号」を読み始める。今回は内容が充実しているので、少しは売れるのではないか。前の第3号は、「印刷費57万円で、2000部刷り、1冊1000円で、年間で77冊しか売れなかったらしい」という噂もあるので。
 小池まさよ「ふさ」という詩があって、引力の万物への平等性に触れていて、おもしろい。
 巻頭エッセイ・粟津即雄「動機について」は、アンド・レジッドの描いた「無償の行為」と秋葉原無差別殺人について書いている。これを読んで、自分は、人間の持つ自由と不自由さについて考えてしまった。
 人間は社会的動物であるがゆえに、しがらみからストレスを持つ。人間をしがらみから解放し、自由にしたら、純粋人間としてどういう特性を発揮するのか。

 詩「新宿中央公園にて、ひかりを」小林レントは、詩を軽快に面白く読ませる、言葉の大道芸人ですね。

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辻井喬・堤清二回顧録「叙情と闘争」26を読む

 毎週土曜日には、読売新聞に「叙情と闘争」が連載されている。毎回、面白く読んでいる。81歳とは思えない若い感覚が面白い。この回は、連合赤軍事件の時期に、都学連の高沢寅男が神近市子に詫びを入れて欲しいと頼まれ、辻井氏が神近市子を訪ねたら、テレビのニュースの連合赤軍事件を見ていたという。どんな気持ちでみていたのか、と想像すると面白い。最近は若松監督の映画化で話題になった。
 ここで話題にしている「連合赤軍の浅間山荘事件」の社会的騒動としての概要は次のようなものだ。
それは昭和47年2月のことである。昭和46年結成された連合赤軍は、群馬県下の山岳アジトで軍事訓練を行っていたが、2月16日、17日にかけて赤軍派森恒夫(27)、京浜安保共闘永田洋子(27)が逮捕された。妙義山アジトから逃走した坂東国男(25)、坂口弘{25}、吉野雅邦(23)、加藤倫教(19)、少年(17)の五人は銃をもって、2月19日、軽井沢河合楽器健保組合保養所「浅間山荘」に侵入、管理人の妻を人質に立て籠もった。長野県公安委員会の要請で警視庁機動隊が出動、2月28日実力で突入、犯人五人を逮捕、人質を救出した。この救出で第二機動隊長、特科車輌隊警部の二人が殉職した。また、彼らの調べで、森、永田らは、山岳アジトの訓練中12人、永田は丹沢アジトで2人の計14人を「革命軍兵としての気概に欠ける」と総括して殺害したことを自白、14遺体が自供どおり発見された。

辻井喬氏の関連ニュース

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2008年7月18日 (金)

「さわさわ」4号(大和高田市)作品紹介(2)

大体において、革命を計画するのが、ブルジョワジーで、実行するのがプロレタリアであろうという、考えが歴史から学んで自分にはあった。思想を持つ人間は、とくにプロレタリアートは、孤独であると、こっちも気取っていたので、女にもてなくても平気だった。
 いまの人間は思想など意味をもたないのかもしれない。思想をもっても、お金が儲かるわけではないから、廃れてしまうのかもしれない。秋葉原の事件も、思想性というものがない。その場、その場の感情だけだ。思想をもてないのは、政策によるのだから、その体制に反抗し、自分で勉強して、人間社会で何が問題なのかを考えればいいのに、それが出来なかった。彼だけでない。九州の教育委員会も、思想に無縁なところから起きている。思想を持つ人間は怖い、国民に考えさせるな、とする官僚が、そう仕向けた成果ではないだろうか。
 これについては、自分も意外であった。いくら考えないように仕向けても、人間はそれに気づいて、考えるようになる漠然と思っていた。それが、本当に考えるのを嫌がる人間が出てきた。そうなると、これから人間社会がどうなるか予想もつかない。マルクスだって、人間が考えて思想をもつ動物であることを前提として、論理を組み立てている筈だ。マルクスの理論を現代に向けて修正してしきた、自分の考えは時代を反映していないことにある。もう止めた方が良いのかもしれない。

【「あい、れい、キューバへ行く」大森れい】
 良い読み物だ。日本では、財政が赤字だから後期高齢者の治療費負担をしているが、キューバは、アメリカの経済制裁を受けて、まったく金がないにも関わらず、町に必ず診療所があり、無料だという。日本がなぜそれが出来ないか。メディアがその手法を書こうとしない。まるで、本当に仕方がないように思っているみたいだ。やろうと思えば、同じことが必ずできると思うのだが。日本が太平洋戦争に負けて、社会が変わったのは、古い体質の年寄りは皆死んだからだと思う。当時は、みな平等に貧乏であった。だから、お互いに信用しあえた。国の財政が赤字で大変なら、国民全部で貧乏になろう。カストロは福田総理や官僚の次官より、金持ちであるのか。公務員の給料を半分にすれば人件費が20兆円は余る。それを医療費にまわせばよい。民間企業では、赤字になれば社員の給料ボーナスを減らす。いやな人は辞めるであろう。そうすれば自然に社員が辞めて減る。なぜ官僚だけが特権階級であるのか。メディアはキューバ社会の優れたところを報道しない。理由は特権階級にとって、とんでもない話だからなのかも知れない。

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「さわさわ」4号(大和高田市)作品紹介(1)

 「重信房子さんを支える会(関西)会報」(発行者・森本忠紀)である。拘置所の重信氏の暑中見舞いが掲載されていて、元気なようだ。
【連載「私の京都・大阪物語」(4)重信房子】
 赤軍派時代に、大菩薩峠事件のあと、逮捕され釈放された。そのために、家族に迷惑をかけたことなどの経緯が書かれている。時の流れというものは、困ったもので、それを説明するのは、第3者としては手間がかかって面倒くさい。しかし、重信氏は当事者であるから、逐一詳細に書いているのは、事情確認のうえで有難い。部分を紹介すると、なかにこんなことが書かれている。

「社会全体から見たら、当時の学生層は、いわば『裕福』な家庭に属しており、社会全体を揺るがせたというわけではありませんでした。それでも、社会全体は、政治や社会問題を問う空気に満ちておりました。そこから、どう、人々とともに闘うのかという回路を私たちは持ちえませんでした。」

 重信氏は、M大文学部系であり、幹部としての道を歩き始める前の時点であろうか、理論的には、海外への展開はいくらか合理性があったので、国内にいなくてよかった、といえば良かったように思う。短歌の秀作も、むこうでの体験が生きている。世界で類のない短詩作家になっている。
自分はH大の経済系なので、重信氏とは、また現状把握が異なっていた。が、たしか同級生たちは、商店の息子や上・中産階級の出身が多かった。こちらは、プロレタリアートで、いつも金欠なので、彼らに食事をおごってもらってばかりいた。ある時、M大出身の男の人に会ったが、それも貧乏人。重信さんにおごってもらったことがあるそうだ。彼女を、女王様のように語るので面白かった。自分は、重信氏の短歌を読んで、文芸家として見直してしまった。

 あの頃、自分は同級生の女子と帰りに一緒になったことがある。なにかの拍子に、財布に一円もなくて、それを知った彼女が驚愕していた。「よく、それで外があるけますね」というから、「どうして、定期券があるから、家には帰れるよ」といったら、「恐ろしい人」と敬遠された。それでも、「なにをいうか。プチブル女が」と、おもったが、嫌われて当然と思っていたので、「かわいいお嬢さん」という印象を捨てることはなかった。ちょっと気取って飯田橋のホームにたつ彼女は素敵だった。

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2008年7月13日 (日)

辻井喬・堤清二回顧録「叙情と闘争」26を読む

 毎週土曜日には、読売新聞に「叙情と闘争」が連載されている。毎回、面白く読んでいる。81歳とは思えない若い感覚が面白い。この回は、】連合赤軍事件の時期に、都学連の高沢寅男が神近市子に詫びを入れて欲しいと頼まれ、辻井氏が神近市子を訪ねたら、テレビのニュースの連合赤軍事件を見ていたという。どんな気持ちでみていたのか、と想像すると面白い。最近は若松監督の映画化で話題になった。
 ここで話題にしている「連合赤軍の浅間山荘事件」の社会的騒動としての概要は次のようなものだ。
それは昭和47年2月のことである。昭和46年結成され連合赤軍は、群馬県下の山岳アジトで軍事訓練を行っていたが、2月16日、17日にかけて赤軍派森恒夫(27)、京浜安保共闘永田洋子(27)が逮捕された。妙義山アジトから逃走した坂東国男(25)、坂口弘{25}、吉野雅邦(23)、加藤倫教(19)、少年(17)の五人は銃をもって、2月19日、軽井沢河合楽器健保組合保養所「浅間山荘」に侵入、管理人の妻を人質に立て籠もった。長野県公安委員会の要請で警視庁機動隊が出動、2月28日実力で突入、犯人五人を逮捕、人質を救出した。この救出で第二機動隊長、特科車輌隊警部の二人が殉職した。また、彼らの調べで、森、永田らは、山岳アジトの訓練中12人、永田は丹沢アジトで2人の計14人を「革命軍兵としての気概に欠ける」と総括して殺害したことを自白、14遺体が自供どおり発見された。

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伊藤桂一氏、文芸同人誌に見る世相を憂うことなど(C)

 言及が遅れたが、「グループ桂」58号の巻頭にある伊藤桂一師の特別寄稿詩「短章」は、稀代の傑作である。人間の孤独な心の奥を、ここまで奥深く追求するものなか、と沈黙するしかない。その奥にまだ思想があったかと思わせる見事な表現である。他の凡百の詩人とレベルが違うとは、このことだ。

 それはともかく帰りに、みんなが師とお茶を飲もうということになって、秋葉原トリムの2階に行った。師は好奇心が強く、「先生、事件だけでなく、秋葉は店舗の構成も様変わりしているのですよ」と、ざっと概略を説明すると「ほう、ほう」と面白がって聞いている。
 そこで、自分が、
「文学界の同人雑誌の評論というのは、良ければ雑誌に載るという前提があるので、全国から集まるわけで、それに評論家先生への報酬費用も負担しているでしょ。もし、そういう権威のある人がタダでその作業をやってくれるというのなら、それだけで発行物ができるけど、そんな人がいますか」と訊くと、
「それはいないだろうね。大変な作業だからね」という。
 ひとしきり時間を過ごすと伊藤先生は「秋葉原を散歩してから帰るから、先に失礼するよ」といって、一人で杖をついて帰られた。自分の思うに、伊藤先生は、現在も文学賞や詩の賞の選者をしているので、世間の動きに対してはアンテナが鋭い。
 東京新聞の大河内昭爾氏のインタビューで、「季刊文科」も活用して、文芸同人雑誌のネットワークを作りたい意向を示している。たしかに、そうすれば雑誌が売れるかもしれない。ただ、同人誌を集めたり、整理する事務手続きの大変さを計算に入れてのことであるなら頼もしい。
 記事のなかで、大河内氏は文芸同人誌について「いまは合評会もやらずに、集まった作品を全部載せたり、なかには到着順に掲載するといった雑誌あって、それを見たときにはカルチャーショックだったなあ。こうなると同人誌というより、単なる発表誌であり、教室文芸と呼ぶべきですね」という。

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2008年7月12日 (土)

伊藤桂一氏、文芸同人誌に見る世相を憂うことなど(B)

 この日は、伊藤桂一師は元気そうで、杖をついてひとりで会場にやってこられた。自分は、遅刻して会場に着いたときは、会員が集まり、師が文学界の同人雑誌評が今年でなくなることを、話題にしていた。
 前日の5日、東京新聞に大河内昭爾氏が後藤喜一記者のインタビュー記事が「同人雑誌評 35年~新鮮な作品との出会いを夢見て」載っているという記事を読んだといっていた。ちなみに、伊藤桂一師は91歳、大河内氏はそれより10歳下の81歳のはずである。これは自分が感じ方だが、作家を育てることに熱心な師ではあるが、基本的には、文学賞がたくさんあるのだから、良い作品であれば賞を取れるはず、そのために修業が必要と考えているように思う。
 「同人雑誌評なら『全作家』でもよくやっているよ。会長の豊田一郎氏もなかなか、まじめに取り組んでいるようではないの」などという。
 合評会では、前号より、振幅が少ないということはなかったらしく、作品の長所短所を指摘し、無難に終わった。そのなかで、佐田さんの「夜のベランダ」と花島さんの「春の日に」は、身内の家庭内引きこもりを、母親や叔母の立場で書いている。評論のなかで師は「しかし、こういう問題は、最近増えたね」という。何でも、詩人の夫人のところに送られてくる同人誌にも、同じ題材のものが2,3あるそうだ。
「こんなんで、日本はどうなるのかなあ。政府はなんとかしなくいいのかなあ」と、師は心配そうに言った。
 困難な環境で生きることには、百戦練磨の師の言葉に、自分は、なんとなくおかしくなって「先生、いいですね。“作家・伊藤桂一氏、文芸同人誌を読んで世相を憂う”という見出しでネットニュースにしましょう」というと、苦笑していた。ついでに、師が選者をしている農民文学賞に関するネットニュースが、他の同人誌グループから、転載したいという申込が来ていたことを伝えた。「ほう、いいことだねえ」と喜んでいた。
 鶴樹の小説は、長編の一部であるにも関わらず、批評メモをとっていて、読み上げてくれて、珍しく、おおむね良い評価だった。なかに書かれた、振込み詐欺の事件と分析について「ここは良くかけている。文芸家協会の作家たちも被害があるようだよ。会報に転載したいくらいだね」とも言っていた。

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伊藤桂一氏、文芸同人誌に見る世相を憂うことなど(A)

7月6日に同人誌「グループ桂」58号の合評会が秋葉原で行われた。
伊藤桂一師を迎えて、論評を聴く集まりである。前号の3月発行の57号には、花島真樹子「村にて」と桂城和子「黒髪」が、雑誌「文学界」同人雑誌評に取り上げられていた。それに対し、師の評価は、まだ進化の過程という程度のものであった。会員の多くはそれなりの成果とおもっていたようだった。
 その後、連絡係の佐田さんから、伊藤桂一師の意向として、近年の会員の作風が、振幅が小さくなっている傾向にあるという、指摘があったということが伝えられた。
 要するに、作品の傾向に不満ということだろう。師はよく、作品の評をしながら、「同人雑誌評ではどういう評価をするかは、わからないがね」といっている。観点が少し異なるのであろう。

 58号は、宇多本次郎「河畔の家」という時代小説。佐田尚子「夜のベランダ」、花島真樹子「春の日に」、伊藤鶴樹「川のある下町の人々の一日」の4編であった。
鶴樹は、作品数が不足しているので、提出して欲しい、というので一度下書きを提出した。内容は、現代の世相とかつての学生運動や革命論、社会経済論などを中心にして、登場人物がそれぞれの議論するものであった。それを読んだ編集員が、これではつまらないので、面白くして欲しいという。自分はそれが面白いのだと、思っているが、仕方がないので、女性の井戸端会議の話題になるようなものを中心にして書き直し提出したものだ。

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2008年6月30日 (月)

『アダム・スミス…』の利己主義観

今週の本棚:中村達也・評 『アダム・スミス…』=堂目卓生・著
 ◇『アダム・スミス--『道徳感情論』と『国富論』の世界』(中公新書・924円)
 ◇人間と経済を考えるための宝庫
 アダム・スミスとくれば、高校生でも名前は知っている経済学の創始者。その著『国富論』は、いうまでもなく古典中の古典。
 その第一。スミスといえば、通常は『国富論』を軸に議論が展開される。
例えば、利己心に導かれた人間の行動が、「見えざる手」に導かれて社会的な利益をもたらすとして、市場の価格調整メカニズムが説明される。そして補足的に、その利己心は決して自由気ままなそれではなく、「公平な観察者」からの同感が得られるようなものでなければならない、と。
そのとき引き合いに出されるのが、スミスのもうひとつの著『道徳感情論』。つまり『国富論』がメインで、『道徳感情論』によってそれを補足するというスタイル。ところが堂目氏のこの新書は、まずは『道徳感情論』を軸に据え、スミスにおける人間の「様々な感情」を徹底的に読み込み、実に明快にそれらを再構成してみせる。それとの関連で『国富論』を論じるという構成。

 『道徳感情論』の中に登場する人間は、常に他人の目を意識し、彼らの同感を得られるよう心がける。いや、他の人間一般ではなく、「公平な観察者」としての他人の目を意識する。そうした経験を重ねることによって、ついには自らの胸中に「公平な観察者」の目を持つようになる。

世間の評価がどうあろうと、胸中の「公平な観察者」の同感を得られるように。しかし人間は、世間の評価を気にして、胸中の「公平な観察者」の目をなおざりにしてしまう「弱さ」をも併せ持っている。スミスは、そうした「弱さ」を、決して拒絶しはしない。なぜなら、「見えざる手」の作用を通じて、そうした「弱さ」が経済の発展に結びつくと見るからである。

 富と地位を手にして世間の称賛を得ようとする人間の虚栄心が、経済の発展へとつながる道筋を、スミスは見据えている。同感、虚栄心、悲哀・歓喜、称賛・非難、感謝・憤慨、野心、慈恵、高慢……といった具合に、『道徳感情論』の中の「様々な感情」が、見事に読解されてゆく。

 その第二。『道徳感情論』における人間観が、現在の学問に投げかける意味合いを、著者は意識している。例えば、脳科学における「ミラーニューロン(他人の行動を自分の行動のように感じ取らせる神経細胞)」や、「セオリー・オブ・マインド(他人の行動から、その人の心を推測する能力)」は、それこそスミスの人間観に重なる。さらに、最近注目されるようになった「行動経済学」。まるでロボットのような単純な合理性を具(そな)えた人間を前提にしてきた主流派経済学を見直し、実験的手法やアンケート調査を通じて、現実の人間行動に即した仮定を打ち立てようとする試みは、これまたスミスにつながる。
 (毎日新聞 08年6月22日)

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2008年6月28日 (土)

ブッシュと石油問題

 こんな見方もあります

「原油価格の先行きを考える」(筆者=木村輝久・日本個人投資家協会副理事長)
既存油田の生産量は既に年率5%で減少しており、一部の油田では水を注入して圧力を加えないと原油が汲み上げられなくなっていると聞く。新油田の発見量は消費量の4分の1に過ぎなくなっている。新油田発見のピークは1960年代の後半であった。過去10年間、世界の上位48の産油国の内33か国で生産が減少しており、OPEC加盟11か国中6か国の生産も落ちている。従って世界経済の拡大に伴う需要増にどう対応して行くかが今後の大問題である。
 石油の埋蔵量問題で考えておく必要があるのは、OPECの生産枠が埋蔵量に比例して決められることから、各国が競って埋蔵量を膨らませて発表している事。そしてもう一つ、世界最大の産油国サウジは自国の埋蔵量をかなり正確に予知している筈で、サウジ王家がアメリカのバックなしには存続出来ないことを考え合わせると、アメリカもサウジの原油埋蔵量が判っていると考えるべきで、イラク問題の根源はそこにあると言えるのではなかろうか。因みに公表されているピークオイル時期の予測を列記すると、フランスの政府機関DIREMが2013~2023年、ドイツの政府機関であるBGRが2017年、BP探査部門のR・ミラー博士が2019年、OECDのIEAが2030年以降、アメリカ・エネルギー省情報局が2037年となっており、ドイツ、フランスの見方が非常に厳しい事が判る。

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オリバー・ストーンが描く“ブッシュの真実”

08年6月27日(金) クーリエ・ジャポン=掲載: COURRiER Japon + hitomedia 2008年7月号
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 JFKやニクソンなど、歴代の米大統領を描いてきた映画監督、オリバー・ストーンが、米ルイジアナ州南部でブッシュ現大統領を主人公にした新作『W』を撮影中だ。全米公開は今年10月になるという。
 「ブッシュが、いかにしてアル中の能なしから、世界の権力の頂点に登りつめたかを描きます」とストーンは語る。
 「テレビに映るブッシュ像はすべて管理されており、私たちは本当のブッシュをほとんど知りません。私は舞台裏からブッシュの真の人物像をとらえようと思ったのです」
 ブッシュ役を演じるのはコーエン兄弟の『ノーカントリー』でカウボーイ役を演じたジョシュ・ブローリン。父親との対立、アル中時代の様子、テキサス流儀の恋愛、「悪の枢軸」をめぐる裏話、プレッツェルを喉につまらせて死にかけた話などが描きこまれるという。夫人のローラ役には、『スパイダーマン3』などで知られる、エリザベス・バンクスが抜擢された。映画には、コリン・パウエル、コンドリーザ・ライスらブッシュ政権を彩る政治家も登場する。
 この映画の脚本には、米タイム誌の記者がブッシュに「9・11以後、あなたが犯した最大のミスは何ですか。そして、そのミスから何を学びましたか」と質問する場面があるが、これは実話にもとづいたもの。映画のブッシュ大統領は「前もってその質問を書面で欲しかったですね。そうしたら準備できたのに」と答えるが、これも実話の通りだ。
 カストロ、ニクソン、アレクサンドロス大王の時と同じで、今回も主人公の“人間っぽさ”に焦点をあてているというストーン。「ブッシュ自身が面白い人間なので、映画自体も面白くなるはず」と自信満々だ。
スレート・ドット・コム(USA)ほか
=メモ=
ブッシュの時代ほどバカなアメリカがむき出しになった時代はベトナム戦争以来だろう。北朝鮮に土下座して、なかよしこよし。言ってることとやってることがまったく合わない。世界中から馬鹿にされることになるのでは。

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2008年6月19日 (木)

ある断片からー資本主義社会の本質

 資本主義は、人間の悪徳性がなければ、こんなに発展することがなかった、という発想を小説のなかに入れてみた。

(伊藤鶴樹の小説「川のある下町の人々の一日」より抜粋)
(前略)
「簡単にわかりやすくか。そうだね、いまの時代は、なにか前向きとか、勝ち組とか、よき社会人でなければならい、という価値観が一般的ですよね。
 ところが、社会が段階をへて発展するものであるという考えが出始めた時代は、人間はもともと悪徳のかたまりで、強欲なものであり、その悪い根性が、社会と経済の発展を促した、という思想だったのです。その人間観がどこでどのように変わってきたのかを研究しようと思っているのです。
 たとえば一七〇五年にマンデヴィルは『蜂の寓話』で商売の源泉を『悪の根という貪欲こそは、かの呪われた邪曲有害の悪徳。これが貴い罪悪である濫費に仕え、奢侈は百万の貧者に仕事を与え、忌まわしい鼻持ちならぬ傲慢が、もう百万を雇うとき、羨望さえも、そして虚栄心もまた、産業の奉仕者である』と書いているのです」
「突飛で簡単な話なんですね。昔は、どうして、そんなにいじけた考えだったのですか」
「それは、いまも同じでしょう。たとえば、新聞、テレビ番組、インターネットの情報などで、大衆が人の不幸を見たい、芸能人のスキャンダルや離婚を知って、嫉妬心を満足させたい、という欲望が購買意欲を支えているのです。パチンコ産業だって、働かずに簡単にお小遣いを稼ごうといういじましい人が居なくなれば、さびれてしまいますよ。我々は、この喫茶店に来なくなって、ここもさびれてしまうでしょう」
「そういえば、私なども近所の人と立ち話をした時に新聞の三面記事に事件がないと、今日の新聞はつまらないわね、とか言っていたことがありますよ」
「人間の自分勝手な自己中心主義は、誰もが平等に持っています。それはこの宇宙に引力が存在するのと同じ、基本的な原理です。そこにマルクスが、それをベースにした社会論を社会科学とした根拠があるわけです」(後略)
 
 物を大切に、無駄をせずに、見栄を張らず、人間は良いことしかしていけないという、進んだ思想を持つと、そこでは資本主義が栄えることはない。そして、原始的な生活を維持する進んだ精神的思想の民族や人種を、未開人として扱う精神こそ、資本主義社会によって、思想的に退化してしまった人たちなのである。

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2008年6月 8日 (日)

作品紹介「冬女夏草」のおわび訂正。その他、お便りへの連絡

★同人誌作品紹介「木曜日」(3)の「冬女夏草」の作者、よこいさんからの下記のような誤りの指摘がありました。
たしかに、書き手は「わたし」の人称になっています。よこいさまには、お詫びして訂正します。また、毎回「文学界の同人誌評」のリストを転載させていただいて、有難うございます。(鶴樹)
                      ☆
こんにちは。「木曜日」の編集を担当しているよこいです。
「木曜日」について、たびたび記事にしていただき、ありがとうございます。

また、今回は拙作に触れていただいたこと、思ってもみなかった、例えば「石川淳」の影響などを示唆していただき、ありがとうございます。
でも、人称は「ぼく」ではなかったことは、指摘させていただきます。科白(カギ括弧)のなかでもその人称は使っていませんので。
                       ☆

★同人誌「季刊遠近」のkitaohiさまへ
同人誌「季刊遠近」のkitaohiさまより作品紹介のへのお便りをいただきありがとうござます。
先日も手賀沼に行ってきました。広いので、1度や2度ではその良さがあじわえませんね。(鶴樹)

★当会へ同人誌を送ってくださる方々へ、ご連絡
当会には、鶴樹と普通人の会員しか存在しません。当会内宛てに、著名な評論家名で送付されても、保留となってしまいます。転送も出来ません。2つの雑誌が保留となっておりますその旨ご了承ください。

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2008年6月 2日 (月)

容易ではない水質改善

 TV番組で、中国の汚染された川や湖の水質を、日本の技術で改善する試みをしているのを放映していた。効果あっても、放送では効果があるとしていた。費用の面で実験でしか出来ないようなものに思えた。一度汚染したら容易でないことは、手賀沼の様子でわかる。現在以上に浄すしるのは、難しいそうだ。
遊覧船に行列!”あやめまつり”はこれからが見ごろ=我孫子市

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2008年5月25日 (日)

オリコン裁判の判決で、出版の自由が危ない=出版流通対策協議会がセミナー

オリコンは、いろいろな分野で市場のランキングデータをつくり販売しているようだ。実物をみたことがないので、本にしたり新聞に掲載しているのか、データーだけを販売しているのかわからないが、商売ネタはどこにでもあるものだ。

オリコン裁判の判決で、出版の自由が危ない=流体協がセミナー

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2008年5月12日 (月)

08「春の文学フリマ」の流れ

入場者を待つ見本誌コナー。Pj_013

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08「春の文学フリマ」の流れ

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出店の作品を一ヶ所まとめて見られる見本誌コーナーは、いつも混雑していた。

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08「春の文学フリマ」の流れ

PRチラシを置くコーナーPj_057

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08「春の文学フリマ」の流れ

会場のようすPj_078

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08「春の文学フリマ」の流れ

出展者が提出した見本誌のコーナー。見本誌にはブース番号がついているので、ここで、面白そうなブースをさがしそこに買いに行けるPj_008

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08「春の文学フリマ」の流れ

会場を設営している間、出展者は待つ。宅急便で到着した販売用の本もPj_004

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08春の文学フリマは、雨でも盛況!

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5月11日(日)開催の「春の文学フリマ」が中小企業振興公社(東京・秋葉原)で開催された。午前中は雨だったが、午後になって雨が止むと入場者がどんどん増え、サークル案内のカタログがすべてなくなった。出展者と入場者で1000人を超えたようだ。
 11時の開場には、並んで待っていた入場者のほとんどがいきなり2階のブース向った。そこで、いくつかのブースで行列ができていた。
 「文学フリマ」のスケジュールとして、今年の秋は秋葉原で、来年の5月には蒲田のPIOでの開催が予定されていることが発表された。
 会場では、アンケートのほかに、出展者に伝言ノートを回覧していた。「楽しかった。また、参加したい」というような書き込みが多く、好評であった。

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2008年5月 9日 (金)

文芸同人誌に関するある話題

 雑誌「文学界」の文芸同人誌評欄がなくなるというニュースが出たが、同人誌の存在をしめすメジャーな情報がなくなるのは寂しいが、書き手の多くは、「文学界」同人誌評とは無縁ところにいるはずである。
 「文学界」同人誌評では、古典的で本格的な、特に洗練された日本語による文学的表現に優れた作品を選ぶことが多いので、そういう書き手には残念であろう。いま、日本語の美文という概念が崩壊してしまっているので、その基準は貴重なものがあった。
 評者のひとり勝又浩法大教授の話によると、同人誌には、「同じ名前で発表してもらうと過去の作品傾向と比較ができるので、取り上げられやすい」ということだった。
そこへいくと、バカボンは、雑駁な文章でペンネームを変えて発表するので、あまり取り上げられなかった。ただ、取り上げられると同人誌仲間が非常に喜ぶのが印象的で、それだけで「そんなにたいしたものなのか」と意義を考えさせられた。
 文芸同人誌のひとつに旋盤工・作家の小関智弘氏の所属する「塩分」というのがある。バカボンは小関氏の講演を聞いたり、小関氏の昔からの友人の文芸評論家・浜賀知彦さん(かつて日産自動車工場の労働運動のリーダーとして活躍した)からの話で、知っているのだが、肝心の「塩分」という同人誌にめぐり合うことがない。
同人誌「塩分」は、文学界の同人誌評に取り上げられ、小関智弘を旋盤工から旋盤工・作家を登場させた。小関さんは、弟さんと共産党員時代に、地下にもぐったこともある活動家だった。小関さんは、18歳のときに、高校を出て51年間、大田区の町工場で旋盤工をしながら「塩分」に参加してきた。現在に至っている。共産党の六全協がでたころ、小関さんは赤旗を配って歩き、その時代に「文学界」同人雑誌評の担当をしいた大田区在住の文評論家・久保田正文氏(故人)に出会う。いつも出入りしている飲み屋に「塩分」を置いてもらっていた。すると、地元の久保田氏が手にとって読んだ。小関さんの「ファンキー・ジャズデモ」という16枚の短編を読んで注目。雑誌「新日本文学」に転載されるきっかけとなった。その後も、「文学界」同人誌評の推薦で、小関さんの作品は直木賞、芥川賞など四度の候補になった。そこから出版社が注目、旋盤工から旋盤工・(ナカグロ)作家・小関智弘が誕生した。
小説「ファンキー・ジャズデモ」は、現在発売中の研究雑誌「文学」(岩波書店)の昭和時代のジャズに関する特集で、秀作として評論の対象になっている。

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2008年4月30日 (水)

草思社ランキング62位、文芸社?

文芸社は、草思社を6月に100%子会社にすることになった。資本金3,600万円を出費という。文芸社はそれより先に、負債20億円の新風舎を買い取り引き受けている。一部報道(毎日新聞4月24日夕刊)で、業務拡大と編集方針の肌合いの違いを指摘している。ただ、下記のランキングで文芸社はなく草思社がある。文芸社の変則的な営業手法が垣間見える。
【アマゾンジャパン07年出版社別年間売上げランキング】
(和書及び雑誌販売金額に基づく集計、集計期間:2007年1月1日~12月31日)
1 講談社 /2 小学館/3 集英社/4 角川グループパブリッシング(メディアワークス、富士見書房は除く)/5 新潮社/ 6 ダイヤモンド社/7 岩波書店/8 日経BP社/9 学習研究社 /10 ソフトバンククリエイティブ /11 エンターブレイン /12 角川メディアワークス /13 PHP研究所 /14 文藝春秋 /15 日本経済新聞出版社 /16 幻冬舎/ 17 東洋経済新報社 /18 ワニブックス /19 日本放送出版協会/20 徳間書店 /
21 翔泳社 /22 中央公論社/23 筑摩書房 /24 スクウェア・エニックス /25 医学書院 /26 双葉社 /27 インプレスコミュニケーションズ/28 光文社 /29 技術評論社 /30 河出書房新社 /31 白泉社 /32 コアマガジン/33 宝島社 /34 メディアファクトリー/ 35 朝日新聞社出版局 /36 主婦の友社 /37 毎日コミュニケーションズ /38 早川書房 /39 オーム社 /40 竹書房 /41 日本実業出版社/ 42 アスキー /43 有斐閣 /44 リットーミュージック/45 マガジンハウス /46 中央経済社 /47 フォレスト出版/48 中経出版 /49 秋田書店/50 平凡社/51 福音館書店 /52 一迅社 /53 主婦と生活社 /54 祥伝社 /55 秀和システム /56 パンローリング /57 文化出版局 /58 ドレミ楽譜出版社 /59 扶桑社 /60 アルク/61 サンマーク出版 /
62 草思社 /63 羊土社 /64 シンコーミュージック・エンタテインメント /65 オライリー・ジャパン /66 ホビージャパン /67 CQ出版 /68 丸善 /69 偕成社 /
70 東京大学出版会/ 71 三笠書房 /72 日刊工業新聞社/ 73 ヤマハミュージックメディア /74 実業之日本社 /75 旺文社 /76 医歯薬出版 /77 茜新社 /78 白水社 /79 成美堂出版/80 秀文社 /81 ポプラ社/82 ディスカヴァー・トゥエンティワン/
83 世界文化社 /84 新書館 /85 静山社 /86 メディカルサイエンスインターナショナル /87 ソニー・マガジンズ /88 大和書房 /89 マッグガーデン /90 富士見書房 /91 ランダムハウス講談社/92 アスコム /93 創元社 /94 ベストセラーズ /
95 大修館書店 /96 日本評論社 /97 研究社 /98 三省堂教材システム /99 リブレ出版 /100 世界思想社教学社。

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2008年4月29日 (火)

日本農民文学会のHPができる

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日本農民文学会の第51回農民文学賞の贈呈式に参加してきた。農民文学賞は、賞と賞金が会費によって払われる。文学賞をビジネス化する中で、そこから遠く離れた文学賞である。東京の贈呈式に出ると、経費が賞金をうわまわる。それでも、受賞者は不滅の名誉に思う。
 ホームページも出来た。 「日本農民文学会HP」

 今回は、詩の大塚史郎のお祝いに「詩人会議」の佐藤文夫編集長がかけつけた。
 特別賞の詩人・童話作家の大倉尚美さんには「日本児童文学者協会」の藤田のぼる事務局長が神楽坂からやってきていた。
 選者の伊藤桂一氏、南雲道夫氏が選評を述べる。

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2008年4月15日 (火)

後期医療制度と自民党

後期医療制度の評判が悪いなあ。対象となった老人は、みんな暇だから選挙に行けるよ。自民党は強行採決してまで、自分のたちの首を締めたかったわけか。とにかく、何をしても官僚の言うまま、というのは自民党議員なんて、いても居なくても同じということを証拠だてたことになる。政治的信条をもたず、しかも世襲だから国民の苦しみが理解できない。本当は世襲を選んじゃいけないのだが、日本人はそういうの好きだから、後期医療制度に苦しむ人も、いままで自民党を支持してきた人は、だまって我慢するのだろうね。

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2008年4月 9日 (水)

NHKTV「その時、歴史が動いた」音楽の市民革命を見る

 NHKの受信料を昔から、欠かさず払っている。バカボンはNHKファンなのだ。この番組を作っている人は、歴史意識がある。内容が、放送する時期とタイミングが実に絶妙だ。NHKの受信料を払わないという人は、この民放との決定的な差が分からないわけだから、見ても見ていないと同じことなのだ。仕方がないことかも。

 たまたま、今日は民主党の小沢代表が、日銀の副総裁を財務省の天下りを拒否した報道をしていた。それを批判する評論や記者がすくなくない。官僚が自民党にだけと情報をもちあって、内密に利権を得ていて、野党に正確な情報をわたしたことがない経過がある。そのために野党は、頼りないとか、任せるのは不安だとかのニュースを流しているのではないか。野党が官僚を敵視するのは、当然なところがある。世の中は時代によって、情勢は大きく変わる。いつまでも自分の都合の良いシステムが続くと思っていたのであろう。ここで、日銀の天下りが阻止できれば、道路公団、失業保険など官僚の税金窃盗の巣にも天下りを拒否を考える前例となるので、野党は頑張りどころだとバカボンは思う。新聞の書くように、野党が、たとえ頼りない政党(政権を任されたことが、ないので与党のように失政はしたことがないのに)だとしても、政権をかえるだけで、官僚の税金泥棒は、減少されられると思う。

 たまたま、こんな見出しのニュースがあった。
「日本人は第2次世界大戦を反省していない」村上春樹氏インタビュー。
 世界のどこの国民が戦争を反省したの? アメリカがベトナム戦争やイラク戦争で反省しているという前提?。ベトナム戦争でベトナム人を虐殺し、済州島で自国民を虐殺した韓国は、反省しているという前提?。中国はチベット侵略を反省してるということか?。
 変な記事だ。それにしても、その時、都合が良くても、後で都合が悪くなるということが最近良く見られる。

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2008年4月 8日 (火)

会員に向けた本ブログのコメント欄の設定についてのお知らせ

 ブログの操作を習ってきましたが、講習を受けたのみでまだ実行していませんでした。ここえきて、教わったことを思い出しながら、とりあえずコメントの設定を変えました。
 コメントをを入れてもすぐに公表されず、まず運営者が読みます。そこで、公表をしてもいいかな、と思われるものをだけを公表することができます。
 しかし、ここでは、原則として公表はしません。それは「文芸同志会」HPを削除したことで、連絡先が郵便以外になくなってしまったので、連絡機能として、このようにしました。
 また、文芸同志会は月報を発行している時には、経費が発生しますので、会費をとっていました。しかし、現在は、会費を取らずに有志のみの活動にしています。
 なかには会報の休刊に気がつかず、会費を送ってくれる方もいます。当方の連絡漏れだったかもしれません。以前の会員で、会員として登録しておきたい方は、登録を受け付けます。コメント欄にその旨を、記入してください。その場合、発行物や活動の情勢を会員情報として、優先的に本ブログにてニュース化します。たいしたアクセス数ではありませんので、掲載されたら自力それを周知されることをお勧めします。もともと文学は孤独なものであり、孤立無援を前提とした活動であることを再認識する機会にしたらいかがでしょう。
 ニフティの講習によりますと、日に何万というアクセスがあるのがブログというらしいのですが、2000部売れるとわかれば出版社が出版を引き受けてくれる世界で、そんな有象無象の世界とは無縁でなければなりません。そういう意味では、ここは異端のブログですね。

 したがって、トラックバックは受け付けていません。
 

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2008年4月 6日 (日)

NHK文化センターでブログのはじめ方を習う

ニフティのブログ「ココログ」をNHK文化センターで有料講習するというので、授業料を払って受講した。これまで、どうしたよいのかわかないで放置していた、いろいろなことを整理することができるようになった。
 その時に、同時にニフティの簡単ホームページが廃止になるというので、それがどういうことなのか訊いて見た。なんでも、特別な技でやれば更新ができるが、これまでのような簡単更新はできないーーということであった。そこで、これまで「文芸同志会」と「伊藤桂一先生を囲む会」「全作家協会」の掲示をすべて削除した。全作家協会は、昨年に脱会しているので、事情がよくわからないが、独自にホームページを立ち上げているようだ。
 文芸同志会の活動はこのブログだけとなる。ここは、必ずしも同人誌専門ではないのだが、電話の問合わせはよくある。そんな時は、「文芸同人誌案内」サイトで調べるように紹介している。最近、類似のサイトが増えたのか、前からあったのか良く分からないが、似たような名前がかなりある。

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2008年3月31日 (月)

桜の季節だから花便り

まず、最新の穂高さんのものから、工夫をしてますね。
超有名スポットで、有名でない桜=東京

PJ・ITOは、行き当たりばったり。
桜満開!建立400年記念行事の五重塔と万両塚
春爛漫!人との出会いの見て歩き=上野公園
開業記念!新交通「日暮里・舎人ライナー」で、見沼代親水公園駅に行ってみた

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2008年3月 2日 (日)

中国と同じレベルの日本

ある企業家が「箱の中の林檎の一つが腐ると、みんな腐ってしまう」といっていた。中国はGDPゼロ成長時代が長く続いた。税金が社会のために使われず、盗まれていたからだ。日本も当分経済成長はないだろう。バカボンは、こういうポストをそのまままにして、誰でも抽選で、このポストにつける宝くじを発売したらどうかと思う。仕事はしていないし、誰がポストについても大丈夫。クジは売れるし、国家収入にになる。この程度の税金は、すぐ回収できる。

「厚生年金振興団:天下り情報隠す 最終官職や役員報酬など」(毎日新聞 2008年3月2日) 板垣博之記者
 厚生年金会館などを運営する財団法人「厚生年金事業振興団」が、公務員制度改革大綱で定められた天下り役員の最終官職や役員報酬の公開を、独自の判断でやめていたことが分かった。元社会保険庁長官らを役員で受け入れながら、名簿には「学識経験者」と記載。総務省の調査には「公開している」と回答していた。天下りの受け皿となっている公益法人の隠ぺい体質に、批判が集まりそうだ。
 同振興団は▽理事長に吉原健二・元社保庁長官▽常務理事に元厚生省児童家庭局長、元国立医療・病院管理研究所長、元社保庁地方課長--の計4人が就任している。しかし、最終官職は数年前から非公開にした。
 また、役員報酬は公務員制度改革大綱が01年に閣議決定された後いったん公開していたが、06年4月に「理事長が別に定める」と規定を変え、公開しなくなった。
 同大綱は公益法人に対し、国からの天下り役員の最終官職や、役員報酬・退職金の支給水準などを公開するよう定めた。同振興団総務課は「個人情報保護法ができたので、役員の個人情報を守るため公表をやめた。規定や役員名簿自体は公開しているので、公開と回答した」と説明する。
 ただ、役員報酬については、所管する社保庁の指導を受けて3月1日付で規定を改め、支給水準を明らかにした。それによると、理事長の年間報酬は手当を除く本俸だけで約1300万円、常務理事は同約1100万円。総務省の06年度調査では、国が所管する公益法人の有給常勤役員の平均年間報酬額は、400万~800万円が約34%で最も多い。
 同振興団は全国で厚生年金会館やウェルサンピア、病院などを運営しているが、06年度決算は約22億円の赤字だった。公益法人の指導監督基準では、常勤理事の報酬は法人の収支状況などと比べて不当に高額にしないよう定められている。
 社保庁企画課は「給与水準だけでなく、最終官職も今後公開するように指導したい」と話している。【板垣博之】


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2008年2月26日 (火)

オーラの泉にロス疑惑の三浦氏はでるのだろうか

視聴率が取れると思うけど。

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2008年2月24日 (日)

ロス疑惑の三浦氏米国での逮捕と人物監視体制

 アメリカで三浦氏が逮捕されたらしい。アメリカでは空港を出入りする要注意人物の見張りをする部署が州ごとにいて、クセのある行動範囲や行き先があると、コンピューターに記録し関係部署に通報されるシステムというのをミステリーで読んだことがある。どうも事実に近いらしい。三浦氏も、変わった人だ。

 三浦氏は、行方不明でまだ生きているかもしれない妻の貯金を、300万円だったかな?どんどん引き出してつかっているようだ。
 日本の裁判官は、気にしていないようだが、個人意識の強いアメリカでは、もし、どこかに生きて居るはずの妻の貯金を勝手に使ったら、夫といえども犯罪だという意識があるのではないだろうか。もし妻が戻ってきたら大騒動だ。
 したがって、三浦氏の行動は、妻が死んでいることを知っていたから出来た、と判断するのではないだろうか。行方不明で何処に居るかわからない妻の死を知っているのは、誰か? が問題であろう。

 これは見解の相違である。ただ、以前に、強姦殺人だったか、内容は覚えていないが、裁判官が「容疑者の話は細部まででじつに詳しく、信憑性がある」と容疑者を無罪にしたのを新聞で読んだ。

 バカボンは、同人誌の小説でも、もっともらしく細部までよく書けている部分は、これは創作だなと思う。嘘だからばれないように作者が用心をするのだ。そして、ざっと書き流してる居るところは事実あったことだろうと解釈する。
 事実あったことだと、作者が安心して細部まで書かないでも大丈夫、だと無意識に思って雑に書く傾向が、書き手にはある。
 したがって、もっとらしく細部を語ったとすれば、それは嘘であり、バカボンは前記の容疑者を有罪とするであろうね。

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2008年2月 9日 (土)

能力低下で妄想多し。

同人誌「季刊遠近」、「頌(オード)」、会報「さわさわ」、同人誌「新現実」など、到着しているが、眼を通しても紹介記事がすぐ書けない。能力の低下が激しい。眼も疲れやすく、ない時間パソコンを睨んでいられない。
バカボンのリハビリにすこし駄文を記そう。100年ほど前に書かれた、トロツキーの「革命と文学」を読んでいたら、「中国は、今は眠れる獅子で、間もなく世界に台頭するであろう。日本は闇の中から忽然と現われた国だ。」とし、その将来を予測していない。日露戦争になっても、もともと眼中にない様子だ。これは、いまでもロシア人のアジア観とあまり変わらないのであろう。ロシアにとって日本は、わけのわからない国でしかない。中国はトロツキーが間もなくと感じてから、100年経って、やっと経済成長をしはじめた。長い間、中国は経済成長がなかった。ひとつは他国の侵略と収奪。イギリスが一番貪った。アヘン戦争など歴史的に見たら、英国が一番の国際的強奪国家である。次は、国の役人が国家の資産や税金を盗んで国外逃亡したからであろう。現代は、中国共産党の権力でそれが抑制されたようだ。が、それでも党員の役人が近年だけでも4兆円を盗んで国外逃亡をしているという。
彼らは金持ち中国人として他の国に住んでいる。朝鮮半島は、中国とロシアの池に住む魚のようなものだろう。両国次第で運命が変わる。
中国もロシアも長年、皇帝が法律であった。真実がどうだとか、事実がどうだとかは、問題ではない。皇帝に都合のよいことは正しく、都合の悪いことは間違っている、という価値観が根強い。いまでも、ロシア、中国、朝鮮半島の価値観は、自分に「都合が良いものは正しい」、自分に「都合が悪いから間違っている」という主張をすることが多い。
これまで、中国は「反日」は、中国共産党に都合がいいから、「正しい」としてきた。しかし、世の中、変化のスピードが早くなり、なにやら「反日」が都合が悪くなった気配だ。しかし、事情が変われば、それもまた変わる。
日本でも政治家や役人が、都合が良いことを正しいと主張し、都合が悪いものは、間違っていると言い出した。衰亡する前兆である。このままだと、盗める金が国家にある間は、彼らは住み続け、衰亡すると逃げ出すのかもしれない。バカボンの妄想だといいのだが。

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新型インフルエンザとパンデミック

新型インフルエンザでパンデミックになたったりすると世界の首脳が倒れ、世界情勢が一変するかもしれない。パンデミックの本によると、第一次世界大戦の兵士は、かなりの兵士が戦闘でなく、豚を媒介する豚インフルエンザの犠牲になったらしい。そのうちに鳥インフルエンザの文学作品が出てくるかもしれない。
「新型インフルエンザ」対策と品川医師会の調査

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2008年2月 8日 (金)

東京・大雪の日、「グループ桂」57号、合評会に師がテキスト指導

2月3日の思ったより雪のふりしきる午後、同人テキスト誌「グループ桂」掲載作品の伊藤桂一師の批評をきき、合評会をする日であった。電車が運行停止だとか、朝のニュースで伝えていたが、90歳になった師は、こういうことに影響されないので、遅れてはまずいな、と思いつつ、雑用をしていたら遅くなってしまった。着いてみると、師やはり先に着いていて、「いやあ、思ったより降ったね」と澄ましている。一時、血圧の高い時は夫人同伴であったが、最近は元気で、いつもひとりで出かけてくる。

 57号の特別巻頭に師は、「枯野」という、詩を掲載している。中国大陸の兵役から帰還して、戦場から戻って、故国の枯野を歩く時の高揚した気分をうたっている。それが昭和16年12月の日付である。
「先生、この詩は気力にあふれてエネルギーに満ちていますね。戦場の緊迫感を背負ったものが出てますね」と例によって先生の作品を評した。さらに「いまの日本の軟弱な精神と根本がちがいます。僕はこの翌年の2月に生まれたんですよ。」というと「うん。キミが生まれる前に、戦争を経験して、それからまた戦場に行ったのだからね。まったく、時代がちがって、話の合わないキミたちと付き合うのだから、こっちも大変な筈だよ」というのには笑ってしまった。

 作品評は、花島さんの「村にて」は、褒めていながら「タイトルが悪い。これじゃエッセイの題だよ。結局、その精神が、作品の詰めを甘くしてしまうのだ」と、評。桂木さんの「里桜」も、良く書けていて。いままでいろいろ失敗してきたものが、それでも書き続けているために、難しいところを難なく潜り抜ける能力を獲得した。巧い。――と、しながらも「もうひとつ突き抜ける必要があるね。それが何かは、誰も知る事がない。書いたあなただけが知っているのだ」と厳しい。一同、うなる。

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2008年2月 3日 (日)

多摩川河川敷ホームレス「税金?そんなの関係ねえ」とはいえ雪の日は寒いだろう

優雅で自由な一風景。多摩川河川敷ホームレスと都鳥

多摩川河川敷は、寒い時は寒い。「雪女」という怪談は、昔、多摩川河川敷に避難小屋があって、そこで夜を過ごした釣り人が見た幻影だったろう、という説もある。

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2008年2月 2日 (土)

中国製ギョーザ]「穴」報道で日本中傷 中国のネット上で

 こんな記事が出ている。中国人は、反日教育を受けているので。100年や200年くらいのスパンでその影響がありると見ればいい、当然である。また、他国への怨みつらみを国家ポリシーに掲げる国は、放っておいても自己崩壊するので、心配することはない。中東の壊滅的混乱を見れば、わかることだ。私バカボンは、中国、朝鮮半島への脅威論をとくとくと述べる評論家の声を聞くと笑ってしまうよ。歴史観のない人々だ。3000年の体質が高々、60年で変わると思うのか。ロシア、中国と朝鮮半島は共通した大陸体質をもつ。つかず離れずの付き合いが、適切だろう。
 そもそも、他国の人件費が安いからといっても、それはその国の人民の貧しさの犠牲によるものだ。そこにつけこんで、安物を食おうという日本人の精神が貧困なのである。生協は日本の農家が心をこめて作った、作物を高くとも生産を依頼し、購入する共同組合を作るべきなのだ。社会的なポリシーのない生協は、だだの悪徳スーパーに過ぎない。

[毎日新聞(08年02月01日)
 【北京・堀信一郎】兵庫県でギョーザ包装紙に穴が開き、「メタミドホス」が注入された可能性があると日本で報じられたことについて、中国のネット社会では1日夕から「悪意のある日本人の犯行」など日本批判の書き込みが始まった。情報閉鎖社会の中国では、書き込みが「世論」となって独り歩きすることもある。中国のネット上で再び「反日」が広まる恐れもある。
 若者に人気のポータルサイト「QQ」では「日本の警察が袋に穴が開いていたと発表」と日本のニュースが紹介された後、日本人を非難する書き込みが相次いだ。
 ポータルサイト「捜狐(SOHU)」には、包装紙に穴が開いていたというニュースが昼過ぎに掲載された。すぐに「このニュースを載せ続けてほしい」という書き込みがあり、関心の高さを示した。「日本のマスコミが謝罪するかどうかを観察しよう」という書き込みもあった。


 一方で「推測だけで話しても仕方ない。真相がはっきりしてから討論すべきだ」と過激な意見を戒める書き込みもあった。

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2008年1月27日 (日)

週刊誌が八百長と決め付ける大相撲人気

大相撲が盛り上がっていますね。神社の神様も喜んでいるでしょうね。もともと、相撲は力技を神様に奉納するもの。力を出し切って見せればいいもので、勝ち負けは二の次で神様が喜べばいいのだ。それを相撲協会には、自分に劣らぬバカボンがいるらしく、訴訟などするのだから伝統も形式美も知らないことを明らかにしたようなものだ。バカボンは、八百長があろうとなかろうと、相撲を楽しんでみるね。

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2008年1月 3日 (木)

初詣は大船観音に

平和の祈りが光と風になって!大船観音(鎌倉市)と夢想

 大船観音の隣には、無我相山黙仙寺という禅寺がある。記憶がさだかでないが、昔、そこあたりに修行のための洞窟があり、その最奥には上野不忍池の生池院弁天堂の分祀がると聞いたような気がする。実は見学のために入った記憶もある。
 禅の修行者は、「般若心経」よりも、それより古い「金剛般若波羅密経」を重視したようだ。これを「金剛経」としてる。般若心経とどこが違うかというと、それよ以前のものであるため「空」という言葉がなく、空の説明をていねいにしているところであろう。 よく引き合いに出される経文は、
 
 「色に住して心を生ずべからず 声香味触法に住して心を生ずべからず 応に住する所なくして而も其の心を生ずべし」である。

 物は仮のすがたであるから、それにとらわれてはならない、というようなことであろう。

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2007年11月25日 (日)

小田光康:著「パブリック・ジャーナリスト宣言」と文芸

インターネットPJニュースの編集長小田光康:著「パブリック・ジャーナリスト宣言」(朝日新書・720円+税)が発売されました。目次は、つぎのようなものです。
「パブリック・ジャーナリスト」(PJ)って、いったい、なに?「あなたも、あすから、記者になれます」なんて、ほんと?「パブリック・ジャーナリストが世界を変える」って、信じていいの?ネット空間で、爆発的に繁殖し、活動を始めたPJ。賞味切れ偽装問題、地下鉄運転手さぼり事件など、PJが世に放った特ダネとともに、その存在意義、将来の可能性を問う。はじめて世に出たPJ入門書。
第1章 いま、なぜパブリック・ジャーナリズムなのか
第2章 『PJニュース』の生い立ち
第3章 『PJニュース』騒動記
第4章 市民メディア経営のコツ
第5章 市民の取材と記者クラブ制度
第6章 パブリック・ジャーナリスト参上
前半までには、設立時にライブドア社との関係からはじまり、いろいろなタイプのPJが紹介され、PJ伊藤昭一の記事の話題も出ています。それは、つぎのようにはじまります。「ライブドア事件のどたばた劇からようやく1段落した06年の夏、PJの伊藤昭一さん(65)から『PJニュース』載せたい手紙があるのですが」と問合わせがありました。内容を尋ねると『重信房子さんからの手紙です』」。その後、文学的な要素をニュースに取り入れたところが市民ニュースらしい、という展開になります。

PJ伊藤は、文芸同志会を設立し、批評的な観点から「文芸研究月報」を発行、もっぱら既存のジャーナリズムのなかからこれはと思うニュースを取り上げました。その一方で、商業出版されない同人雑誌、自費出版の動向を取り上げてきました。この両面の視点を欠いている限り、真の文芸ジャーナリズムは存在しえないと思ったからです。
 「孤独に味わうべき文芸を情報化するとは、何事jか」という抗議も受けましたが、実際にそれを読んで会員になった人もいました。悲しむべきかな、この情報化過多時代には、文芸もまた情報化しないと文化として衰退しかねないのが現状ではないでしょうか。

「文芸研究月報」は、経費と手間の関係で休刊しましたので、その代用としてブログ「文芸同志会通信」を公開しています。その意味で、PJニュースを文芸的なジャーナリズムに活用できないかと、案を練っていますが、なかなか実現に至っていません。PJニュースの発展段階と大衆性、それと文芸にかかわるマニアックな萌え的な世界を一般的な概念でとらえるスタイルをPJ伊藤が把握できていないためだと思っています。

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2007年10月22日 (月)

小椋桂のアンコール曲の「山河」がよかった

 きのう、小椋桂の公演「歌談の会」を聴いた。普段はアンコールはないそうだが、その曲がその日のなかで一番出来がよかった。ピアノ&歌の伊東えりには、流石に驚かされた。素晴らしい。居るところには居るものである。小ミュージカルか小オペラのような、歌物語も演じられたが、これも面白かった。本人はミュージカルでもやりたいのだろうか。

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2007年10月20日 (土)

台風9号から40日!多摩川ホームレス小屋もリニューアル

「それだから、あなたがたに言っておく。何を食べようか、何を飲もうかかと、自分の命のことで思いわずらい、何を着ようかと自分のからだのことで思いわずらうな。命は食物にまさり、からだは着物にまさるではないか。空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取り入れることもしない。」(マタイによる福音書ー25ー)

台風9号から40日!多摩川ホームレス小屋もリニューアル=東京・大田区

旧約聖書「伝道者の書」(ソロモンの人生論)の冒頭より。「私はこの世に価値のあるものなどないと思います。何もかも空しいのです。人はあくせく働いた報酬として、何を手に入れるのでしょう」


「今あるものは、ずっと昔にもありました。これから起きることも、以前に起こっています。神様は、はるか昔にあって今は跡形もなくなっているものを、再び実現しようとしておられるのです」(旧約「伝道者の書」3-15-)

「次に、物事を成功させる原動力は、ねたみであることを知りました。これもまたばかげたことで、風をつかむような話です。ばか者は、いっこうに働こうとせず、餓死すれすれの線をさまよいます。ところが結局は、空しい一語に尽きるような労働ををするより、のんびりとその日暮らしをするほうが、ましだとわかるのです」(同4-4)

「貧乏人が金持ちにいじめられ、国中で正義が踏みにじられているのえ見ても、別に驚くことはありません。どの役人にも上役がいて、その上にさらに高官がいるからです。こうして糸をたぐっていくと、官僚政治の壁にぶつかります」(同5-8)

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2007年10月16日 (火)

これからぼちぼち読む予定の到着本

「季刊遠近」32号、3篇を読了。粒ぞろいの印象/「文学街―別冊号241号―遠野美地子「絵島夢幻」、本格的時代劇のよう。/単行本・田川肇「槿域の女」(鶴書房)槿といえば朝鮮半島でしょうね。/「創」第2号(名古屋)まだ、ちょっと拾い読みしただけだが、洗練されているような気がする。

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2007年10月 6日 (土)

映画「エディット・ピアフ~『愛の賛歌』」を観る

 マリオン・コティアールの演技に熱が入っていた。名演技をする俳優の場合、観ながら「おお、やっているなあ」という感じをもつことがあるが、この映画のコティアールは、比較的演技くささを感じさないものがある。(少しはある)。
銀座の数寄屋・泰明小学校ちかくに「マ・ヴィ」というシャンソニエがあるが、そこのママさんの振る舞いが、ピアフにそっくりだった。ハスキーで、だみ声、奔放さのある雰囲気。橘妃呂子さんに指摘されるまで、気がつかなかった。

シャンソン教室は花盛り!映画「愛の賛歌」でブーム再来か?}

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2007年10月 4日 (木)

花田勝氏の転進と離婚

花田勝氏の離婚がニュースなっている。
「横綱若乃花から実業家へ」、花田勝氏転進を語る(下) 花田氏の運命は、日本的伝統のなかで、制約の多いものであったが、それをすべて乗り越えて、自己実現しているようだ。その臨機応変の対応は、転進というにふさわしい。

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2007年9月29日 (土)

把瑠都だけでなく、里山、白乃波、境川、南、山本山、浜栄光、薩摩力も元気

大相撲・尾上部屋の話題となると、把瑠都が一番だが、他にも里山、白乃波、境川、南、山本山、浜栄光、薩摩力も元気である。部屋別の勝率ではいつもトップかトップクラスである。
大相撲秋場所は、 「把瑠都十両優勝で意気あがる尾上部屋」。吉本興業の「ジパング上陸作戦」の加藤と、コンビ“つばさ・きよし”の3人が司会をした。
やはり、面白くて盛り上がった。
 この日は、相撲絵師・木下大門氏の平成19年秋場所絵番付が渡された。みごとなものである。


 それにしても。時津風部屋の弟子しごき死事件には、驚いた。北の湖理事長のNHKニュースでのコメントにはもっと驚いた。「部屋によって、稽古のやり方はいろいろあるが・・・」云々の弁。ビール瓶で頭を殴るのが稽古とは、あきれた。そんなことで、相撲界にわが子を入れる親がまだいると思っているらしい。社会的な存在の意味をまるで理解していない。こんな調子では、どこかで、過去にも同様なことがあったに違いない。相撲界が存亡の危機にあることを理解していないようだ。

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2007年9月23日 (日)

報道における真実と事実

バカボンが、まだ比較的安定したサラリーマン生活をしていた頃、同僚で20年間医者にかからないという鉄人がいて、健康保険組合から表彰されていた。「すごいですね」と驚くと、「俺は知っているんだよ。君は知らないのか? 病院に行く人間は、死亡率が極端に高いという統計があることをー。だから、俺は病院に行かない」というのだ。

 このところ読売新聞の「地球読む」というシリーズで、評論家や教授が「テロ特措法」を指示する意見を述べている。それはそれで、面白いが、このような意見は、自民党新聞でやれば一番似合うような気がする。これを面白く読んでいたが、素朴な疑問がでる。「テロとの戦い」を始めて、どれだけテロがなくなったのかという事実の検証がないことだ。前提とした、事実の報道がない。これらの有識者の意見は、彼らが真実だと思っていることをのべているに過ぎない。事実は検証可能だが、真実は人によって異なるので、多様である。まして、メディアが「真実を伝える」主張するのを目にすると笑いたくなる。お前の勘違いで信じている「真実」なんて聞きたくないよ、と思ってしまうバカボンなのだ。メディアは事実だけが報道できる。しかし、その事実を報道しないで、真実を報道したがるのは困ったものだ。
 9.・11テロで、5000人とも言われる命が奪われたが、その後アメリカは国民をテロから守るといって、アフガン・イラク戦争で、それ以上の自国民兵士の命とアフガン・イラク人の命を失っている。もし、国民の命を守るイラク戦争をしなかったら、もっと多くの人が死んだというのだろうか。誰も死なないで済んだのではないのか? 

 ついでに、メディアで評論家が主張する「米との安保条約があるから日本が安全だ」、「軍隊は国民を守る」信じて疑わないようだ。ミサイル攻撃を日本が受けて、防ぐ方法があるのか? そんなことは、ないのでは? それどころか、復讐に立ち向かって、また自国の国民兵士と相手国の国民を死なせるだけではないのか? 軍隊の兵隊は国民でないという前提がないかぎり、軍隊が国民をまもるという論理は、間違っているのでないだろうか。三連休の居眠りバカボンの寝言である。

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2007年9月22日 (土)

伊藤桂一師を囲んで作品評をきくことなど

もう2ヶ月ほど前のことだが、同人誌「グループ桂」56号の合評会が秋葉原の区民会館で開催。自分はこのところ作品を発表していないが、参加した。56号の巻頭に、伊藤桂一師の詩「蒲郡風景」が掲載されている。「終戦直後の印象」という(注)があるが、引揚兵の視点で、連合軍に占領された海辺の風景を視るのである。「波マデガ死ンデイルノダ」というフレーズがその心境を示す。

作品評では宇田本次郎「喫茶店『バチスタ』」について、伊藤桂一師は「文章の華麗さ、巧さでは、随一のものがある。その持ち味は発揮されているが、今回は、時々空まわりするところがあり、前作ほどよい出来とはいえない」と語る。物語は、喫茶店の『バチスタ』に出入りする人々の人柄を描きながら、その人生模様をしにじみと語るもので、『バチスタ』とは、映画「天井桟敷の人々」のなかの女性の名だそうである。自分も独自の感性をもった宇田ワールドの作品だが、自分ならこうは書かないというシーンがいくつかあったとした。他のひとたちも、説得力の面で成功しているとはいえない、という意見が多かった。
しかし、宇田さんは、そういうような評価、受取り方をされても、自分では、それなりに思うところを書いたという快心の思いがある、と述べた。この気持ちには、おおいに共感するものがあった。さらに、「本当は、もっと長いものであったのを、同人誌であるので、削りに削ったところがあり、意味が取り難くなったかもしれない」とも語る。たしかに、同人誌は費用や、他の作品とのバランス上、長く書けないということは少なくない。印刷をせず原稿段階の作品を読み合うことも、重要なのではないか。

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2007年9月17日 (月)

国際柔道試合大会を見る

敬老の日である。テレビで、柔ちゃんやその他の試合を見る。またボケボンの見方だが、選手は、やたらと相手の顔を引っかいている。中には、目に指をいれてしまうような場面が見られた。見ていると、どうも、柔道着を掴まれたくないため、そうなるらしい。それなら、柔道着を着ない方がいいのではないか。柔道着があってまずいような競技――あれは柔道ではない。奇妙なルールのレスリングである。あれを世界の人が柔道と思わせるのは間違いを呼ぶ。審判も柔道がどんなものであるか知っているようではない。
 そういう国際大会があるのは、べつにかまわないが、日本国内は正しい講道館柔道を継承した、本当の柔道大会を独自に維持し、姿三四郎の伝統を守るべきだ。国際的な視点でも、美学面でも、洗練された伝統文化のないものは、魅力を失っていくだけだ。

国際柔道大会で感心したのは、出場者の国が、いろいろあったことだ。なにしろ、イラク・テロ特措法では、国際社会というと、米英の二国のことらしいから、またアメリカとイギリスの選手しか出ないのかと思ったものだ。,

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2007年9月11日 (火)

豆本作家の赤井都さんの動向!

赤井都さんのこれまでの活動
これらの赤井さんの活動は、文化活動であることに、注視したい。昔は、同人誌は作家になる立身出世の手段であった。しかし、それは他の多くの方法に変わった。現在の同人誌は、文化活動でることを自覚しないと、やっていることの意味性がなくなっていくのではないか。

(「言壷」グループ。赤井さんのメールマガジンより転載)
8/25発売グラフィック社から刊行のお人形MOOK、Dolly*Dolly
Vol.14, p.32に豆本『雲捕獲記録』が掲載されています!お人形のグラビアに、小物として使われています。夜の森、真っ白いネグリジェ、目覚めてしまった少女人形。レースの
ルームシューズの足元、草の上に、はたりと青い表紙の本が落ちています。水玉和紙のにじんだ斑点、本文和紙のしなった柔らかさが、このアングルでよく生かしてもらっています。本を芝生に伏せて、というアングルが、まず自分は撮らないので、とても新鮮です。
グラフィック社HP:http://www.graphicsha.co.jp/cgi-bin/index.cgi
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■東京新聞に紹介されました!
8/30東京新聞=「豆本に凝る 手のひら文学 広がる世界」に紹介されました。
『ケータイ小説が勢いを増すご時世に、若者たちがこっそり「本」に回帰している。“文学魂”をとりこにするのは、装丁に工夫を凝らした手製の「豆本」だ。手のひらサイズの小さ
な「本」から広がる世界は。 』
 新聞裏面一面の、カラーの特集記事。「マメBOOKS」の活動がフューチャーされました。記事は、デジタル時代の手作りの物づくり、小さきものへのコメントなどをシャープに切り取っています。写真には、「籠込鳥」のまだら金箔の輝きやエンボスも美しく映っています。
がちゃぽんの仕込み風景などもあり、30平方センチくらいの大きさに十分見合った充実した特集です。
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■秋の展示イベントのご案内(1)世田谷生活工房「箱の中の豆本たち」今月から、いよいよ始まります! どうぞお出かけください。『箱の中の豆本たち ~小さな豆本の小さな展覧会~』
★展示と豆本作りワークショップを行います。会期:2007年9月21日(金)~2007年9月30日(日)時間:9時~20時会場:世田谷キャロットタワー3F生活工房ギャラリー(三軒茶屋駅上)※期間中無休・入場無料。世田谷生活工房該当ページ:
http://www.setagaya-ac.or.jp/ldc/modules/events/event_detail.php?id=133
★赤井都の豆本作りワークショップ
オリジナルキットを使って、カプセルサイズの豆本2種、アコーディオン折本と、あこがれの本格ハードカバーを作ります。 キットを使って、プラモデルのように本を組み立ててゆきます。【日時】 9月22日(土)14:00~16:00(終了予定)【会場】世田谷文化生活情報センター 生活工房 4階ワークショップA(三軒茶屋・キャロットタワー)【持ち物】もしあれば、裁縫用へら(持っていない人は手ぶらでかまいません) 【参加費】 2,500円【定員】 20名 【対象】小学4年生以上。申込みは生活工房まで(すべて先着順)。 TEL:03-5432-1543
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■秋の展示イベントのご案内(2)青森空間舎「本と蔵書票の楽しみ」。『本と蔵書票の楽しみ』
★MBS受賞作『籠込鳥』を始めとした豆本を出品します。 2007年10月2日(火)~15日(月)、期間中無休。11:00~18:00  入場無料。会場 空間舎 〒030-0801 青森市新町2-5-4-2F。電話017-723-5387。田中栞さんのワークショップとお茶会は要予約
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■秋の展示イベントのご案内(3)「アンダーグラウンド・ブック・カフェ」。★展示と豆本作りワークショップを行います。10/14-16 神保町東京古書会館。アンダーグラウンド・ブック・カフェvol.10にて展示販売。豆本ワークショップ10/16予定。

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2007年9月10日 (月)

台風9号の後、水没の家も自販機も復興?多摩川大橋周辺=東京・大田区

台風9号の後、水没の家も自販機も復興?多摩川大橋周辺=東京・大田区

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2007年9月 9日 (日)

台風9号の後、多摩川ホームレス小屋の再建が始まる

台風9号の後、多摩川ホームレス小屋の再建が始まる=東京・大田区

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2007年9月 8日 (土)

台風9号と多摩川河川敷のホームレスたち

台風9号で、多摩川の河川敷が濁流にのまれている。

多摩川河川敷の水没必然地域の予見が言的中。昨年暮れから今年のはじめに見たホームレス?のマイホームがすべて水没してしまった。参考=風流な六郷川のリバーサイド
ハウス。

自由への希求と生々流転の生活は紙一重なのかもしれない。

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2007年8月30日 (木)

宮城まりこさんと吉行淳之介(1)

吉行淳之介の作品には宮城まりこさんとの関係を描いたらしいものがいくつかある。「闇の中の祝祭」、「赤い歳月」、「湿った空乾いた空」に登場するという。ふたりは、大田区の北千束に10年ほど住んでいたらしい。近くの洗足池は散歩コースだったようだ。その後、上野毛に引っ越す。この間、夫人と宮城さんの関係で苦労したであろうことが想像できる。吉行はこの関係をこう書いているという。

「M・Mに出会ったことは、作家の私にとって幸運であったといえる。小説の材料を掴むために、私が彼女に接近を計ったのだという噂(文芸関係のうわさではない)を聞いた事があるが、その噂はもちろん間違いである。そういう愚かなたくらみを持つ人間は、おそらく小説家にはいないだろう。なぜならそういう形で書いた作品はロクなものになるわけがないから。
 私はM・Mに惚れたのであり、惚れるということはエゴイズムにつながる部分もあるが、功利的な気持ちは入り込む余地がない。三十四年の私の作品「鳥獣虫魚」の評で小島信夫が『作者の青春が復活した』という意味のことを書いたのを記憶している。たしかに、一人の女性に惚れたとい情況が、私の文章にうるおいを持たせた。言葉を積み重ねて作品をつくりながら私ははっきりと感じていた」。(つづく)

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2007年8月20日 (月)

社会的不経済システムを経済的にすること=革命の原理

国民は政策を実行すると思って、選挙で議員を選んでいる。しかし、バカボンが再三にわたって告げているように、国会議員は不用で、官僚を選挙で選ぶ方が選挙制度としてベターなのだ。小泉政権時代の田中真紀子外務大臣も官僚は小泉と組んで、クビにした。国会議員は、官僚組織のいいなりで、彼らの忠犬ハチ公である。議員とメディアは、今回の社会保険庁の厚生省の年金窃盗、横流し、使い込み、サボタージュの罪を問うことすらできない。これは、巷間で耳にする話だが、タクシーの運転手が、あまりにも行儀の悪いお客を、乗せるのを断ったら「俺様は、社会保険庁のものだ。お前の年金なんか、出してやらないからな」とすごんだ人がいたそうだ。こうした逸話は、新聞記事にもならず、人の口から口を経て伝わるものだ。通常の独裁者は、じぶんのしていることに自覚がある。しかし、自覚なき独裁組織は自己の保身をしているだけと思い、自らを被害者とおもっている。だから自覚がない。2大政党制にして政権移動すれば、悪代官的な国会議員と密約を交わしても、ホゴになる可能性があるので、官僚組織も多少はやりたい放題がやや不便になる程度であろう。
 国民の税金を召し上げ、それを還元し収支をはかるのに、多くの無駄がでる。これは組織というものの宿命で、仕方のない面がある。封建時代の悪代官制度もそのような無駄な面が多くて、歴史的になくなっていった。フランス革命も、国民を統治するのに、貴族の使い込みが多くなって、民衆から召し上げる金を還元しなかったために民衆が蜂起したのである。革命というのは、反体制主義者がいくら気炎をあげても起きない。民衆が、何か変だと思う時間が長く蓄積したときに、あるとき一挙にマグマが噴出するようにおこるというのは歴史が物語っている。フランス革命当時も、貴族もこんなことをしていたら革命が起こると自覚していたら、もうすこし態度を変えていたろう。
 自覚なき独裁者たちが、自分たちは被害者であり、善良であると思っている間に、あるとき突然に社会に変化が起きることになるのではないか。メジャーリーグがどうしたとか、サッカーがどうしたとか、グルメがどうしたとか、それらが重要事項なのだと国民が思っている間は、まだ大丈夫だとは思うが。

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2007年8月13日 (月)

詩の同人誌「国鉄詩人」と「騒」などを読む。

先週の日曜に、脱水症状で、救急車で運ばれた。
 そのため調子が落ちている。送られてきた同人誌のうち、まだ「安芸文芸」、「視点」、「農民文学」、「小説芸術」など、作品紹介していないものが多い。そのなかで「国鉄詩人」と「騒」や全共闘時代に生きた永井啓之の獄中記「仁王のように立ちて」(社会評論社)もある。奇妙なことに、働いて自分で学費をつくって大学に通っていた自分が、宇野弘蔵派の経済学を学び、社会科学としての政治経済、社会組織のあり方と政治形態を考え全共闘に違和感をもっていた頃、永井氏は、活動に関心と意欲をもっていたことがわかる。当時のプロレタリア的自分に比べ、思想の違いはともかく、優雅な部分に頭脳を使っていたのがわかり印象に残った。井乃川巨という詩人がいて、文学フリマの文芸同志会ブースに来てくれた。その2年後に彼は死んだ。井乃川氏について永井氏が書いていて、まあ、それがこの本との縁になっている。

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2007年7月 7日 (土)

自費出版本と書店販売ルート

バカボンの考えでは、自費出版社の事業は、高い安い、ぼられた等の不満があるとしても、約束の通りに本が出来たのなら、それで法的な問題が起きるという程のことか、疑わしいのではないか。自費出版をするだけなら、印刷業者に頼んでも良い。しかし、そうすると一般書店で本を売れない。そこで自費出版社で出版すれば、書店に並べられると考えて、そこに依頼するわけである。書店流通のためには図書コードISBNとJANコードのバーコードの取得が必要である。自費出版社に頼めば、それを附けてくれる。しかし、それは全国の書店に流通させる可能性をもっただけで、実際に流通するかどうかは別である。流通させるにはニッパンやトウハンなど流通組織に扱ってもらわないと出来ない。彼らが大手の有名出版社が大宣伝している有名本がひしめいているのに、名も知れぬ人の自費出版本を扱うということは至難のことである。また500部程度の本を全国書店にどうやって流通させるのか。都内とか、市内とかに限っても部数が少なすぎる。1000部ぐらいは欲しい。すると制作費が100万や200万では足りない。とすると、200万円前後の費用で本を出版したのであるなら、一部の限られた書店に並べる程度なのは明らかで、その範囲においては、詐欺とはいえないのではなかろうか。あとは費用が良心的か、あこぎであるかの程度問題のような気がする。向こうも儲からない事業などしないだけのことだ。自費出版にも経験が必要なのかも知れない。

介護後問題で、コムスンが金儲けで介護事業をしているのでけしからんという、意見がたくさん出た。それを言うなら、その人は損失を覚悟で介護事業をしたらいいではないか。ありもしない、存在し得ないことを前提に、いかにもそれが、正論のようなことをマスコミが煽るのも困ったものだ。だいたい、官僚は、介護事業の民営化をするときに、いかにも儲かると思わせる料金体制をつくって置いて、どっと民間業者が生まれたら、こんどは補助金を大幅にカットする法律をつくった。利益を出すには、不正請求をするしかない。するとそれを追及して、「ほらね、やっぱり国がやらないとだめですよ」と官僚は、天下り介護組織をつくり、国民の介護保険料を使い放題にする方向に動いているようだ。
 ある政治家が、天下り禁止法案には、官僚が反対したから、あれは一歩前進だといっていたが、反対したのはポーズで、おそらく焼け太りのシステムを作ったのではないかとバカボンは思う。トロツキーは、「プロレタリア独裁政治の国民のためには、役人を選挙で選ぶようにしないと実現できない」といっていたが、独裁者スターリンに暗殺されてしまった。官僚を選挙で選ぶようにしないと官僚独裁国家は続く。

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2007年6月30日 (土)

「文学フリマ五周年記念文集」500円を直販へ

★~★2006年「文学フリマ五周年記念文集」500円を文芸同志会事務所で販売用に7月から在庫を2冊委託されました。
★~★アマゾンでも購入できますが、秋葉原の事務所で販売します。欲しい方は、秋葉散策の折に立ち寄って下さい。営業時間は午前11時~午後6時までとします。

《内容は、大塚英志氏の文学フリマ開催までの経緯の記録や、文芸同志会の会員による参加レポート、経費の明細が公開記録、鶴樹による「第1回文学フリマに学んだ文芸同人誌マーケティング論」なども掲載されています。文学同人誌を直接販売するための参考事例が満載されています。》
★この本の販売代金は、すべて文学フリマ運営委員会に納入します。★

なお、この「文学フリマ五周年記念文集」は、運営委員の話では、中央線JR中野駅近くの中野ブロードウウエイ商店街奥のミニコミ販売点「タコシェ」にも5冊委託していましたが、先日3冊が売れて、代金回収がてらに追加納品5冊を委託しているため、8冊在庫中とのことです。

自分も月曜日は事務所に本を届けに出勤しなければ。

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2007年6月18日 (月)

年金問題の本質

ネットニュース<ゲンダイネット>の記事

年金を食い物にしようとしていた歴史的資料が12日、国会で取り上げられた。「厚生年金記録回顧録」(1986年刊)という本で、年金局年金課長だった花澤武夫という役人が年金制度ができた経緯、背景を語っている。

 例えば――。

「この膨大な(年金)資金をどうするか。これをいちばん考えましたね。何十兆円もあるから、一流の銀行だってかなわない。これを厚生年金保険基金とか財団とか言うものをつくって、その理事長というのは、日銀総裁くらいの力がある。そうすると、厚生省の連中がOBになったときの勤め口に困らない。何千人だって大丈夫だ。これは必ず厚生大臣が握るようにしなくてはいけない」

 要するに最初から天下り目当てだったのである。花澤氏はこうも言っている。

「年金を払うのは先のことだから、今のうちにどんどん使ってしまっても構わない。使ってしまったら先行き困るのではないかという声もあったけれど、そんなことは問題ではない。貨幣価値が変わるから」

 だから、勝手に年金資金を流用したのである。

「柳沢厚労相は『草創期にはそういう支持できない発言があったのは承知しているが、みんながそうではない』と答弁しました。しかし、こうしたDNAは脈々と受け継がれている。だから、国民の年金がなくなったりしているんですよ。この役所は解体しなければダメです」(質問した桜井充参院議員)【2007年6月14日掲載】

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2007年6月17日 (日)

高橋里美さんの格差問題への意見

高橋里美さんの意見は実に素晴らしい。共感できる。
《一部紹介》
 真っ青な空と緑、初夏のすがすがしい空気に触れたときの「幸せ感」は、幸せを普通に味わえる瞬間でもあります。太陽で目覚め、そして、日がまだ出ているうちに仕事から帰れる日があるだけでも、自分自身の幸せ感は倍増します。

 一般市民としては、格差社会を見極めたいわけではなく、日々幸せを感じたいのです。マスメディアが表現する格差を意識して、自分の幸せを人と比べて決めていては、例え格差が良い方の人であっても、永久に「幸福格差感」から抜け出せないように感じます。

《原文》
高橋里美さんのPJオピニオン「格差社会を語ることの意味は?」

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2007年3月27日 (火)

文芸雑誌の発行部数

041118AM【雑協が400誌の印刷部数を公表/「文学界」1万2千525部など】
 日本雑誌協会は、加盟92社のうち50社、400誌の最近1年間の印刷部数に基づく平均発行部数を、「マガジンデータ2004年」(発行所℡03-391-0775)で初めて公開した。
 部数データには、発行と実売の2種類があり、最近の実売は金額ベースで発行の7割弱。実売部数は日本ABC協会が年2回、出版社を調査しているが、対象は130誌ほど。その他は雑協が年一回公開する発行部数が尺度となる。が、発行側の自己申告で数字が多めになりがちだったため、広告主側がデータの透明性を求めていた。

 03年9月から04年8月発売の印刷部数を平均したもののうち、文芸雑誌については、次の通り。「小説現代」(39,416部)、「小説新潮」(35,518部)、「小説すばる」(24,000部)、「新潮」(12,525部)、「文学界」(12,525部)、「群像」(8,458部)、「すばる」(8,166部)。=朝日新聞2004年11月18日付=文芸研究月報2004年12月号(通巻48号)より。

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高齢文学賞受賞事例「神奈川新聞文芸コンクール」

 文学賞は商業ベースを考える主催者ほど若い人を受賞者に選ぶ。未来が期待できるから当然ではあるが。しかし、味わいとか落着きとか重視するところではかえって年配者を選ぶところもある。

 確かに高齢者には物理的未来が乏しい。しかし、10年単位ぐらいで考えると、60歳の人でも70歳までになんとかすればいいわけで、それほど未来性がないわけではない。
 12歳の文学賞があるくらいだ。12歳までに文章修行をしたとしても、産まれてすぐ言葉は覚えられないから、せいぜい4・5年のキャリアである。すると60歳から小説修行を10年みっちりやれば70歳で、文壇デビューできるかもしれない。
 8歳のひとが18歳で文学賞を取ることめざして努力することと条件は同じなのだから。

第36回神奈川新聞文芸コンクールの入選作、佳作が決まっているが、短編小説の入選は岩本清さんの「聞き役稼業」。現代詩は草野早苗さんの「影」。岩本さんは歴代小説入選者の中で最高齢。詩の草野さんは、詩、小説を通じて初となる二年連続入選の快挙。

 応募者の年代は、小説、詩とも十代から、上は小説が八十代、詩は九十代まで。現代詩は小学生、中学生がそれぞれ一人、短編小説では大学生一人、主婦三人が佳作に入る。

 また、現代詩佳作の宮本ありささん、加藤ハツエさん、短編小説佳作の三浦まゆみさんは昨年も佳作に入っている。

【短編小説入選者経歴】
 いわもと・きよし
 1923年、東京都生まれ。公認の隠居で趣味は酒とたばこ。小説は昨年まで茅ケ崎市内同人誌「つるみね」の同人。茅ケ崎市下町屋。
 (ひとこと〉「人生は晩年に算盤(そろばん)が合う」ということわざがある。若い時に苦労を尽くしたからこそ、いま平穏な余生を妻と楽しんでいる。この大きな賞を頂いて感謝しています。
【現代詩入選者経歴】
 くさの・さなえ
 1954年、東京都生まれ。企業で海外営業従事の傍ら、日・蘭・英語の翻訳業。趣味は映画鑑賞、旅、詩作。高校時代から詩作を始め、過去十年、三年に一度、東京で写真家と詩と写真のコラボ展を開催。横浜市保土ケ谷区狩場町。
 〈ひとこと〉秋の日に届いた入選通知。自分が大好きな詩での入選はこの上ない喜びです。ありがとうございました。
【佳作】
「パニック」三浦まゆみ〈三浦真由美〉横須賀市/「Alone」丸山栄之〈浮谷秀之〉 藤沢市/「過剰な反応」中本あきら〈三平誠〉横浜市港北区/「ゆきむし」鈴木安芸 川崎市宮前区/「短い手紙」草山律子 秦野市/「花盗人」青木万利子 横浜市港南区/「チョコレートバー」本間英治 逗子市/「夕日座のこと」福田加代子 横浜市南区/「どこかにある森」菅原奈々絵 横浜市都筑区/「浜辺に建っている白い家」古川悠紀 大和市/「歯茎の行進」杉澤加奈子 三浦市/「虫捕りなでしこのささやき」倉形和信 川崎市中原区/「しもやけ」宮本ありさ 平塚市南原/「みる」仁波尚〈久保田尚子〉横浜市保土ケ谷区/「作法の前後」平嶺一昭 茅ケ崎市/「冬のラクダ」加藤弘子 横浜市戸塚区/「イタリアの旅が出来るかも知れない」加藤ハツエ 相模原市/「みかんの香せり」栗田尚美 横浜市神奈川区/「ハンカチ」杉浦晶子 大和市/「私はここにいるよ」漁淵麻結 三浦市。

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2007年3月25日 (日)

小泉今日子が会った叶姉妹の印象記

読売新聞の本よみうり堂の書評担当で、この人いいね、と思ったので、40歳記念出版の「小泉今日子の半径100m」(宝島社)を読む。その中に、映画「空中庭園」のプロモーションでTV局へしばしば行く話がある。そこで叶姉妹と出会う。
――誰にいちばん興奮したかというと、叶美香さん!豊満なオッパイに釘づけさ。なだらかな美しいウエストラインに垂涎さ。わざわざ私の楽屋までご挨拶にきてくれたよ。「はじめまして」と頭を下げる美香さんから、ほんのりと芳ばしいが。しばらく残り香を楽しませていただきました。なんか私、変態みたいになってきちゃった? なんかさぁ、同じ女に生まれてさぁ、こんなにも生き方っていうか、歩み方っていうか、なんだろう? とにかく次元が違う感じなんだもん。
 100円ショップって行ったことあるのかな? 居酒屋で生グレープサワー飲んだことあるかな? ・・・・――。

同じ芸能界にいても、叶姉妹が大衆文学なら、キョンキョンは純文学畑であるという感じをだすのに、瞬時に平談俗語文体へ切り替える、この辺のセンスが非凡といえば非凡。

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2007年2月21日 (水)

社説盗作事件。出来ないことをしようとすると・・・

下記の新聞の記事が目についた。
 
 山梨日日新聞社(甲府市)の小林広・元論説委員長が執筆した社説で、神戸新聞と西日本新聞の社説の一部を盗用していた問題で同社は20日、元論説委員長の執筆した社説15本で新たに他メディアからの盗用が判明したと発表、野口英一・社長兼会長が社長職を辞任する考えを明らかにした。

 同社によると、新たに盗用が判明した社説は2004年1月19日掲載の「国際コメ年」から07年2月5日掲載の「裁判員制度世論調査」までの計15本。読売新聞から6本、朝日新聞と信濃毎日新聞から各4本、日本経済新聞から3本、毎日新聞から2本など6つのメディアの社説や一般記事など計20本の記事から盗用した。

 小林元論説委員長は、15本の社説について盗用を認め、社内調査委員会の聴取に対し、「不得意なテーマもあり、きつくなった。(ほかの)新聞社は、同志のような意識になり、引き写しても許されるような考えになってしまった」などと話しているという。[読売新聞社:2007年02月20日]

 【ボケの感想】
 こういう現象は、新聞界には多い。要するに生活していて、同業の新聞記事しか読んでいない。世間は新聞記事のなかにあると思ってしまうらしい。
 よく、倫理観が問題にされるが、言い訳として「(ほかの)新聞社は同志のような気になり・・・・」とか述べているとすると、ノイローゼではないのか。病気では、くびにするのは、どうか?実は、これは個人的な問題でなく、システムの問題ではないのか。人はなんでも、できるという前提がおかしい。論説委員なんて専門委員があって、それだけやるなどというのも変だ。不可能を前提にしたシステムなら、それはやめるべきであろう。できないということのないシステムを考えるべきであろう。
 自分もノイローゼ現象に陥ることがあるが、その多くは出来ないことを無理にやろうとする時に、おきる気がする。出来ないことは、できないと言おうと決めると、大体直る。そのかわり、ボケなどという愛称をつけられ、立派な人間とみなされないが、それで首になるとは限らない。
 かの論説委員さんは、朝日の社説がよいと思ったら、「何月何日の朝日の社説にコウ書いてあるのは同感である」とすることを認めたら、考えもない頭から無理にひねり出すより、ずっと客観的で、読者は朝日もそう書いているのか、と知ることになり新聞の意義があように思う。

 もともと何も言うことのない人が、無理にもっともらしいことを書いて、読者の誰がそれを参考にするのか、参考にするのは新聞仲間だけと、この事件が証明している。空論は、小中学生でも述べられる。ためしに自分の子どもに、イラク戦争とアメリカの行動を、どう思うか質問したらいい。エリートの血筋である。そのまま写せばいい社説になるのではないだろうか。メディアは、事実報道することを標榜しているのだから、現実に即したシステムを考えたらどうかな?

ちなみに、同人雑誌が送られてくると、どんなジャンルでも、意見を述べている自分を意識することがある。そのとき「ぼけは、いや、僕はボケモン、いやバカモンだな!」と、思う。何にでも意見を述べるやつの言うことは、まったく聞かなくても生活に支障がないことが多い。、

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2007年2月19日 (月)

藤田東吾著「月に響く笛・耐震偽装」を読む

やっと読了した。読みはじめのときは、アパの建物の耐震不足の公表を待てば、この著作は文芸春秋社から刊行されたかもしれないと、思ったが、最後まで読み通してみると、それは順序が逆で、時系列でみると、この本が出たためにアパの問題が世間に公表されたと解釈できる。政治と政策の社会的構造がよくわかる。
 とくに、この事件を報じたマスメディアには痛烈な視線がそそがれている。メディアが、事実をそのまま報道することを、第一義にしていないこと。大衆の思いたい方向に報道を単純化し、悪者を簡単に作りたがることなどは、多くの人が感じていることであろう。また、大衆はニュースを娯楽として読むという傾向から、面倒な説明を理解したがらないで、解りやすい判断を求めるという傾向も、背景にある。
 耐震強度偽装事件の実情を記録した貴重な著作である。
 これは、文学的に読んでも大変読み応えのある作品で、お勧め本である。特に、逮捕され拘留された時の心境は、切迫感に満ちている。この事件の端緒は、姉歯元設計士の奇妙な性格と発想法から生じたものだ。その被害者である藤田社長の端正な思想と人間性を比べると雲泥の差がある。しかしどちらも、同じ人間なのだ。考えさせることが多い。

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2007年2月16日 (金)

藤田東吾著「月に響く笛・耐震偽装」を買う

この本は、秋葉原の書泉ブックセンターで、在庫があることを期待しないで、入口の受付で、「こういう本なんですけど、取り寄せを頼むのは?」と書名を伝えたら「ああ、これはあります」と、すぐ持って来てくれたので驚いた。持ち歩いて、空き時間があると読んでいる。

 まだ、半分程度だが、これは面白い。しかも、貴重な記録である。イーホームズの藤田東吾社長というと、おそらく何か会社がよくないことをして、有罪になった人程度しか知らないであろうが、まず、そのことは忘れて、この本は読むに値する。画期的な意味を持つ本だ。日本の官僚の実態をリアルに冷静に観察している。「耐震強度偽装事件」の当事者というと、なにか際物めいた印象をもつかも知れない。しかも、官僚システムの被害者である立場から、その経験を語れば偏向に満ちて、恨み文句の続くものと思いがちだが、実に冷静に観察がなされ、著者の姿勢に揺らぎがないので、一貫して論理的である。(それに同感するか、しないかは別にして)。
 
 おそらく著者は当初、官僚の本質に怒りに怒ったであろうが、それを鎮めてよく整理分析しているのに驚く。かつて小泉政権のもとで、田中真紀子外務大臣を追い出した官僚の力学と実力がどのようなものであるか、知ることができないが、これを読むと「なるほど、こういう力学のものか」と論理的に類推できる。
 
 序文に、本来はこの本は、文芸春秋社か出版されるはずのものであったが、アパの耐震強度不足の問題を削除しなければ、出版できないと断られたそうである。アパの強度不足は、すでに経営者も自治体も認めている。現在なら文春でも出版したかもしれない。運命のいたずらか、数奇な運命の書である。

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2007年2月 8日 (木)

大相撲八百長論の不思議

週刊誌が大相撲の八百長を論じているらしい。人の話では、朝青龍の4番がホントであとは八百長だとか。
 そんなに八百長ができるなら、なぜ相撲人は引退するのだろう。お互いに星を融通しあえるなら、全員が一場所負け越しを作りあって、やりくりすれば、誰も引退なんかする必要がない。

それより不思議なのが、曙や他の相撲取りは、体力の限界を感じたといって引退している。
それなのに、引退後にプロレスやK-1はできるんだよね。
プロレスやK-1は体力が必要ないってことを証明している。よれよれの爺さんでも現役でやれるってことかな?プロレスとK-1は。

週刊誌は、苦しくなると、過去に売れた話題を蒸し返して、売り上げを上げようとする。だいたい相撲の八百長を問題にする人に、金持ちはいない。

ただし、私が、考えたり疑問に思ったりする事柄は、おかしいらしく、ボケという別名をもらっているので、利口な人は週刊誌を信じた方が無難でしょう。

もともと、相撲は神様に力の強さを見せるための神事だから、勝ち負けがどうのこうのというものではない。全部八百長であっても、面白いから見る人は絶えないだろうと思う。

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2007年1月31日 (水)

把瑠都と新入幕力士はいなかった

把瑠都で知られる大相撲「尾上部屋」で朝稽古を見せてくれるというので、早起きして駆けつけた。白石が十両昇進で「白乃波」となったという。把瑠都や新入幕の力士は姿を見せなかったが、稽古を見るのは面白い。新聞記者も来ていた。
「尾上部屋の近況」

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2007年1月22日 (月)

文学フリマ会議と文集PR

昨年の反省会を行ったが、結論が出ないうちに、所要ができて中座してしまった。

なかで、「文学フリマ5周年記念文集」の販売に力をいれようという話もでた。
これには、文芸同志会を結成した1年後に「文芸研究月報」に掲載した、文学フリマ体験記や、文学フリマ・マーケティング論が転載されている。特に、マーケティング論は、なくなった文芸評論家の金子昌夫氏が「あれは、参加したものでないと、書けない」と感心してくれ、神奈川の同人誌の評論を寄稿していただいた。

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2007年1月 4日 (木)

作家・吉村昭は自然死であった。「季刊文科」36号から

 作家・吉村昭が亡くなったので、急遽、追悼号としたためか、非常に厚みのあるものになっている。
対談が吉村夫人の津村節子氏と大河内昭爾氏の対談。吉村昭が亡くなると、新聞メディアが尊厳死をしたと大きく報道し、津村氏はもとより、大河内氏にまで取材にきたという。大河内氏は身体を壊して入院していて、お二人ともひどく体重が減ったとある。
 ここで、吉村昭氏の死が、尊厳死だとか自殺だとか報道されて、迷惑したことが語れている。
吉村昭氏が、自分で点滴をはずしたことは事実らしい。しかし、それを尊厳死だとか自殺だとか称するのはたしかに変だ。
点滴は生命維持装置ではない。外したからすぐ死ぬようなことはない。同誌の追悼文で、医師・作家の加賀乙彦氏が、「吉村昭さんの見事な自然死」というタイトルにしたのもメディア報道を意識したものであろう。
とにかく、本誌36号は保存版としても貴重な号である。

本誌には作家・伊藤桂一氏が、「小説の書き出し『蛍の河』について」を寄稿している。40枚という短さで直木賞を受賞した作品についてである。
 この作品を作者自身が非常にうまくいった作品としている。ここに伊藤桂一氏の小説観があらわれている。つまり、作品にはつねにあるべき姿をしてなければならない、という小説観である。あれも良いがこれも良いといった、骨がどこにあるかわからないような小説観ではない。あるべき姿をしているか、という問いかけの視点は、他人の作者も自作品も同じレベルで問いかける。この姿勢は、教える方にも通じる。私が、伊藤教室で作品を提出したとき、伊藤先生は「きみ、これは二つのエピソードからなるが、どうも溶接の仕方が悪いね。僕なら、もっとうまく書けるよ」と言われた。先生にそういわれても、面食らうばかり。しかし、それじゃ、直す余地があり、うまく行けば先生並みの作品になるのかもと、いろいろ試したが、うまく行かず、放置してしまった。もし、自分に才能と努力する力があれば、きっといい作品になったのかも知れない。それも、伊藤桂一氏の師として、独自の小説観をもつことの表れのように思う。このように、つたない者であっても、小説の本質に引き寄せてくれる。

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2007年1月 3日 (水)

文学賞における新人、中途採用、ヘッドハンティング

文学賞を設ける出版社にとって、作家は会社のための人材確保の場である。新人賞は新卒で、現在の実力より将来へむけ訓練、調教に従順そうな有望人材を見つけたい。即戦力採用では、できあがった実力者なら最適。もっと即戦力なら、他の業界で有名になった人に本を書かせ、売り上げ拡大戦略、ヘッドハンティングである。
 根底にある、本来の文学性というのは、これとはまったく関係がなく存在する。村上春樹がどれだけ売れようと、ノーベル文学賞候補になろうと、文学的本質とは別の次元の話である。

「増えてます小説家志望」というタイトルで「しんぶん赤旗」(日曜版06年12月17日付)にヤング向け記事がある。
 最近の若者文学賞受賞者には、04年・芥川賞「蹴りたい背中」綿谷りさ(19歳)、「蛇にピアス」金原ひとみ(20歳)、05年・小学館文庫小説賞「あなたへ」川崎愛美(15歳)、05年・文芸賞「平成マシンガンズ」三並夏(15歳)、05年・このミステリーがすごい特別奨励賞「殺人ピエロの孤島同窓会」水田美意子(12歳)、06年・野生時代青春文学賞「りはめより100倍恐ろし」木堂椎(17歳)などがあるとする。

 都内の音楽大学に通う大浦絵里さん(22)が、はじめて賞に応募したのが、中学生の時、「土、日は本屋でアルバイト。平日は授業、帰宅してから夜9時まで歌のレッスン、それ以後が小説を書くと決めている。音楽と作家志望、「どっちにしても書くことは続けていく」という。
昨年の11月、「文学フリマ」戦争をテーマにした「独り同人誌」を作り、販売した沖縄の高里ゆうさん(26)会社員。自分で作った同人誌を売るために毎年上京している。「出費は痛いですが、自分の作品を発表する貴重な機会。同じように書いている人たちと交流できるのが楽しみ」という。


リンク・ニュース=本当のアナーキーを実行する人

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2007年1月 1日 (月)

あけまして・・・・・平和でありますように

昨年は、といってもさっきまであるが、挫折と前進のあった年であった。月報の発行を休止したのは、やむを得ない挫折である。しかし、文芸同志会の活動としては、見えないところで前進している。まだ、外部に見えるようなところまで行っていないだけ。月報の復刊も、協力者をさがしている。居ないとシステムができない。システムができないとやれない。当たり前の話だが、同人誌情報は、なんとか考えた。会員投稿制度も出来た。あとは、文芸時事ニュースである。これが、他の人の話だと、どれがニュース価値があるのかわらないという。とにかく、今年は月報の隔月版でもいいから、目指そう。

とりあえず、富士山の姿

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2006年12月 9日 (土)

「文芸まるかじり」の1年

今年の1月から「文芸研究月報」(06年8月号で休刊中)の表題をセカンドネームの「文芸まるかじり」にした。これは、昨年から文芸情報を軸とした月刊新聞として、一般の店での販売先をさがすため、より一般的な名称のほうが良いだろうと名称のみ「文芸まるかじり」にした。もし販売提携先が決まれば、「文芸まるかじり」をその店に譲渡し、編集のみを文芸同志会で引き受ける。さらに親の「文芸研究月報」は温存しながら、分離できるように、というシステムでもあった。私はシステム開発が好きなのであろう。暇を見つけては、古書店、喫茶店、美容院、雑貨チェーン店、100円ショップ、カルチャー教室など、時間消費型ショップを回ったが、いずれも試し置きぐらいで、これといった進展はなかった。ただ、喫茶店の店員さんが興味をしめて「月遅れでいいですから、ください」とか、「売れ残りをくれるというので、タダにしたら、すぐなくなりました」とか、の反響があった程度であった。一番、当てにしていたのは100円ショップであった。200円で卸して300円で売ってもらう、という案を持ち込んだ。これも検討した結果バツということで、これが痛かった。古書店は「委託されても、これは万引きしやすいし、これを見張っているほどの価値はない」というのが共通意見。こうして、今年のテーマは終わった。そのうちに、月報の有料購読者の減少と、自分の生活上の出来事が起きて、継続困難となり親の月報を休刊することにした。先月、国会図書館から、「欠番ができているので、送って欲しい。休刊なら届けを出すように」という連絡が来た。休刊届けを出す。

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2006年12月 8日 (金)

文学賞と文芸同人誌

小説を書いたら、なぜ発表しないといけないのか? ということを考える人は少ないのかもしれないが、根本的な問題である。私が文芸同志会を始めたのは、原稿の段階で読み合えば、印刷しないでもいいのではないか、という発想からであった。同人誌を発行しないでもいいのだから、あとは情報交換をすればいいのではないか、ということから「文芸時事月報」という情報交流紙を発行した。これは、小説を書く前が楽しいとか、書いている過程で充実したものを感じるという人には、これでよい。その一方、同人雑誌として印刷した以上は、多くの人に読んでもらわなければ意味がない。また、現在は文学賞の公募がたくさんある。だから、受賞者もたくさん出る。多くのチャンスがあるのは、よいことだ。それに応募するだけのために書く人も多いはずだ。ただ、文学賞を出すほうも注文があるから、それにあった作風でないといけないのが、欠点だ。時代との相性が必要だ。なかには、どんな注文にも応じることのない作風の人もいる。そういう人が同人誌に発表する必然性があるのではないか。もう一度、その原点にどるため、「文芸まるかじり」のブログを閉鎖し、文芸同志会通信のなかに、同居させることにした。

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2006年11月24日 (金)

俳人の“断筆”宣言(毎日新聞11月21日夕刊)に想う

昨年、蛇笏賞を受賞し、美的完成を追求する完成度の高い作品で知られる俳人、鷲谷七菜子さん(1923年生まれ)が、「作品の質の下降が許せない」と断筆することを宣言した、という。それ以前に、飯田龍太さんや、中村苑子さんが、それぞれ断筆宣言をしているという。

俳句というのは、短詩の一種であるから、その形式に詩句を収めるのは、非常に技術が必要とされるのであろう。老齢になると技術劣化するということなのだろうか。スポーツマンがよく、体力の限界といって引退するが、それに似ている。

そこへいくと、小説は散文で、決まりなどあってないようなもの。だから、質の低下も何もない。若い時に傑作を書いた有名作家などは晩年には、駄作とわかっていても、出版される。私は、「真空地帯」や「青年の環」を書いた野間宏が好きだが、晩年などは、わけのわからない試みだか、失敗してしまっているのに、まだそれを何とか作品にさせようとする作品が出版されている。自分は、その駄作を喜んで読んだ。「おお、死に掛けてもまだ書いているのか」と感嘆したものだ。それがその人の人生の到達している地点であることを正直に示しているからだ。老醜などを気にしているような場合ではない。

プロの作品だけではなく、同人雑誌にも、頭脳の衰えを露わにした小説が良く載っている。正直、「この人、いい加減にやめたら」と思いながら読むこともある。しかし、読み終わって、心の中で、読後感をまとめるとなると、その気持ちは消えて、一つの作品として
どうか、と正面から向かい会う気になっている。

小説というのは、丸ごとの人生を表現するもので、短詩のように一部分表現とは、根本的に異なると思う。

ちなみに、文学界の同人雑誌評によく取りあげられる宇田本次郎さんは、試作では、私の先輩であるが、彼は若いころから鋭利な感性をもった優れた詩人であった。だが、なにを思ったか、小説に転向した。私その前に小説に移行していたので、小説では私のほうが早い。彼の小説には、確かに鋭い感性が生かされているが、しかし、若い頃の詩に比べたら相当鈍くなっている(と、私は受け取っている)。彼がまだ詩人であったら、自分の文章を許さないところが、あるのではないか、と思うことがある。そう考えると、小説に転向した彼の感性は先行性と鋭さがあったのであろう。

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2006年9月16日 (土)

昔の文壇バー”マ,ヴィ”の話

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2452743/detail

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2006年9月11日 (月)

言壷の赤井さんが豆本で国際デビュー

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2429949/detail

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2006年9月 9日 (土)

ブログにしても文芸同人誌の到着減らず

文芸研究月報は、紙の印刷を先月で休刊とし、このブログに切り替えたが、同人誌の到着は減らず、かえって増えた。創刊号「創」は、栄中日文化センター「小説をつくる」教室で発刊。これから読んで、このコーナーで紹介するつもりです。

このほかに、「文芸まるかじり」のブログをライブドアブログで、試運転中ですが、ここは、あとで、本か小冊子にするためのデーター収集の記録を重視するつもり。同人誌に多くの量を割けないので、本欄を同人誌作品紹介サイトにしたい。

平岩弓枝さんの講演。ブログに下書きメモをしてからニュース記事にしたもの。

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2425044/detail

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2006年9月 8日 (金)

PJニュースとオーマイニュース

PJ記者には毎月PJ塾という記者の集いがあって、先日は他の言説機関について、議論白熱。その熱気反映された記事が多い。

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2416616/detail

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2416780/detail

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2420651/detail

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2006年9月 6日 (水)

国際社会が決める国家の運命

 日本は自ら経済大国と自認しているが、事実は小国だからわざわざ経済大国とするわけだ。

 日本外交が米国や中国、ロシアの狭間でどう進路をとっていくか、一時的なナショナリズムの感情に左右されてはならないであろう。

 台湾の事情は、よそごとではない。

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2404519/detail

 

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2006年9月 2日 (土)

ホリエモンマネー230億円が凍結?

9月2日の日刊ゲンダイによると、ホリエモンが230億円の現金とライブドア株券をスイスの隠し口座に貯めこんでいて、これらの口座は逮捕直後、スイスの捜査当局により、凍結されていると報道。

ライブドア粉飾決算事件は、まだ有罪が決まったわけではない。もちろん、裁判官が有罪にすることに決めてあるにしてもである。スイスの捜査当局がなぜ資産凍結を決めたのかもわからない。

大新聞は、当初、隠し金をスイスに預けているから、犯罪だと報道していたが、最近黙ってしまったのので、それが犯罪になるとは限らないと分かってきたためだろうと思っていた、またぞろ出てきた。

大体、匿名投資ファンドというのは、以前からあって名乗らなくてもいいとなっている。村上ファンドもかなりあちこち出資しているだろうし、全部公開したら思わぬ団体の名が出てくるかもしれない。誰が、隠しているのかを確認するには、全部公開してみないとわからないであろう。ライブドア裁判で公開されるかもしれない。楽しみだ。

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第5回文学フリマには見物買い物のみに

文学フリマは、これまで4回参加してきたが、会報の休刊など、ことしは印刷物の制作など用意がなく、意義が薄いと判断。参加をしないことにした。参加していると他のブースがなかなか見られないが、今年は見ると買うに専念しよう。

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2006年8月31日 (木)

多摩川のヘラブナの穴場発見

東京がオリンピックの国内候補に決まった。今の東京はバブルで膨張、崩壊で収縮という混乱現象が見られる。10年後はどうなっているか誰にもわからない。

多摩川の河原に出ると、ビルが遠くになり都会の膨張力もここまで及ばないとほっとする。

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2383816/detail

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2006年8月26日 (土)

蒸し暑い日々

マックバーグを買うのに、人々は何時間働けばいいのか? という基準があって、東京人が10分間労賃でそれが出来る。これは世界最短時間で、アフリカのある国だと90分働かなければならないそうだ。それが豊かなのかどうか。

たまたま、霞が関に行ったら、出張牧場をやっていた。ウシが汗のしみを身体につけて、出演させらえていた。ブタも、人間の悲鳴そっくりの声でなく。

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2368080/detail

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2006年8月24日 (木)

文芸と社会

文芸は社会の反映なので、文芸にどのように社会が反映されているかを見る。逆に社会が文芸をどう扱ってきたかも、観察できる。これが、文芸研究月報を開始した理由である。

そのためには、メディアや出版社などのエリアを越えて、情報を捉えるものがなければならない。ある程度、著作権や放映権を無視しないとそれができないのでは。

今後のこの類の文芸研究を進めるには、大学の文芸部か社会部が、代々と継続してくれればいいのだが。

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2006年8月23日 (水)

月報休刊の反応集まる

文芸研究月報の会員からの反応の便りが事務用封筒にいっぱいになった。それぞれやむを得ないから、残念だ、までさまざまだ。同じ機能をここでやろうとしているが、やはり、紙の印刷物とちがって、まとまりをどこでつけるかなど、とまどいがある。もっとも、パソコンをやらない会員が多いので、これを読むことはないのだが。

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2006年8月22日 (火)

重信被告の手紙、第2信をPJ記事に

重信女史が掌編小説を書くかも? 文芸大国日本ではある。

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2351284/detail

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坂東真砂子の猫騒ぎ

基本的に作家はアウトローなもの。近代は、社会人的バランスのとれた人が多いが。

それにしても、坂東は、奇人だね。

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2349351/detail

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2006年8月18日 (金)

夏休みが終わり秋とともに開始

ぼちぼちと、文芸情報をはじめます。印刷物であった会報とできるだけ同じ情報を扱いたいが、どこまでできるかは不明です。

雑誌「文学界」で同人誌評を書いている文芸評論家の松本道介さまより、「素朴なる疑問」(視点ⅲ)(鳥影社刊)と「文学と音楽」(人文研ブックレット)、それにお便りをいただいた。うれしいので、一部紹介しましょう。

「”月報”でいろいろな情報をえていましたので、休刊は残念です。たしかに現代は情報にあふれているのでしょうが、これに反してまったく足りない(というより、ない)のがホンネの書評や批評だと思っています。同人誌を再刊されるのなら、書評や批評を中心にされてはいかがでしょう」

雑誌「季刊文科」の「視点」は愛読し、日頃から、尊敬している松本(元中央大学教授だったと思う)先生からの突然のお便りで、驚きと、月報を読んでいて下さったのがわかったので、やはり役に立っていたのかな、と複雑な思いがしました。

松本氏は、ドイツ語・文学・哲学の専門であるらしいが、最近はフランス文学などに興味があるようです。以前に「構想」の崎村裕氏と、同人誌「文学街」で、まじめに論争に加わるなど、論調の難しさと対照的に、気さくで気難しい先生という印象です。

私は、日本人としてヨーロッパをどこまで理解できるのか、という問題で、いつも松本道介先生の西欧論を参考にしています。あれだけドイツ文化にどっぷり浸った末に得た日本人・松本道介氏の思想と感慨をもっと重くうけとめるべきだと思います。

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2006年8月 9日 (水)

印刷した会報の最終号を発送

今日、会報「文芸まるかじり」8月号を発送します。

なお、会員数の減少により、本号をもって、印刷媒体の会報は発行を終了します。

文芸同志会の情報交換などの活動は継続し、公表可能なものは、本通信欄に掲載します。

同人誌作品紹介も本欄で行いますが、内容は従来の内輪のものとは異なり、いわゆるオブラートテイストになると思います。

また、遠隔地において、同志会活動に参加できず会報読者の会員には、会費を返却します。整理に時間がかかりますが、〒小為替にて手続きをします。しばらくお待ちください。

また、今後。、会報を作成した場合は、単発販売とします。内容も販売可能なものに限定し、転載情報は使用しません。

会費は徴収しません。

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2006年8月 3日 (木)

「文芸まるかじり」8月号これから

「文芸まるかじり」やっと出来た。これから印刷所に入れる。いつもより遅れている。これは、6年たって、次の展開を考えていて、手がつけられなかったことにもよる。文芸の情報化というのは、文芸的でないという声もあるなかで、やってきたが、ここまでネットシステムが進んできたのだから、ネット情報で扱うべきではないか、と思う。印刷物だと経費と郵送料がかさんで、支出がきつい。今はいいが、来年はこの負担に耐えられないであろう。現在ライブドアプログで「文芸まるかじり」を製作中。

文芸同志会は、会報がなくなっても活動を続ける。というより、会報を出すようになったのは途中からで、会員は交流をしていた。その成果は、個人の行動に現れているので、とくに公表をしていない。ただ、会報が読みたくて会員になっている人が増えたので、こうした会員はいなくなるのではないか、などいろいろ想定をしている。

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2006年7月31日 (月)

文芸同志会・長野に支局が出来た?

なるほど、同名の会ができている。これで、日本には文芸同志会が3つくらいはあるのだろうか。

http://www.matsumoto1-h.ed.jp/club/bungei.htm

もともとは結社「ブラザーズ」の日本訳だと思うけれど、当初それも考えたが、兄弟となりそうなので、同志会にした。

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2006年7月29日 (土)

PJ塾風景を安居院さんが記事に

最近、PJ塾に顔を出していないが、PJ記者の安居院さんが、レポートしている。自分のマンションのベランダに咲いた花や、やってくる昆虫までを題材に、身近な出来事をニュース化する手腕では、プロの新聞記者をも凌ぐものがある。

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2251193/detail

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2006年7月25日 (火)

豆本で赤井都さんがNHKTVに

赤井さんの豆本合同展でNHKTVがインタビュー。26日のAM11時から放送とのこと。

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2234545/detail

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2006年7月23日 (日)

ライブドアにセブンイレブンの広告

PJビジネス記事に挑戦してみた。

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2231463/detail

もともとホリエモンが経済新聞を出す意欲があると思って参加したので、昨年の3月ごろとは情勢が様変わりが激しい。

それより、現在はどうか分からないが、右上の広告にセブンイレブンがあるのを見た。スポンサーは、禊を済まさないと広告が出しにくいといっているようだが、こうなると心強い。PJニュースは、ライブドアポータルサイトが似合う。ー

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2006年7月22日 (土)

穂高さんのPJ記事を月報に転載

穂高さんの日本ペンクラブ例会のPJ記事の会報への転載許可をライブドアに依頼した。20日のアクセスランキング1位だったのではないか。小田編集長より回答が来た。

伊藤さん、重信女史の原稿、ありがとうございました。転載の件はOKですので、穂高さんに許可を取ってください。よろしくお願いします。これから岡谷に行きます。小田
@@@@@@@@@@@@@@@@@
PJニュース 編集長
Editor
 in Chief
小田光康 Mitsuyasu Oda

早速、災害の記事を送ってきている。この早さもPJニュースの特長だ。

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2227608/picture_detail

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2006年7月20日 (木)

元日本赤軍最高幹部・重信被告の手紙

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2220187/detail

これは「新・原詩人」の江原氏より見せてもらったもの。公開の許可をもらうため、獄中の重信氏へ手紙連絡した。そうしたところ、公開承諾の返事をくれたが、私の論旨には異論があると書いてあった。それと、重信氏が4年前に書いたという詩が記されてあった。おいおい、ニュースにしてゆきたい。

それにしても、ライブドアのサイトはPJニュースが見つけづらい。自分でも掲載されたのが気がつかなかったほどだ。

会員仲間の穂高さんは、日本ペンクラブの取材。見出しも巧いね。ネットニュースはタイトルが、アクセスに影響する。毎日がタイトルマッチだ。

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2220666/detail

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2006年7月18日 (火)

老メンの休日

杉村太蔵氏がブログを閉鎖したとか。鶴樹も日記などをチョコマカ書いていたら今頃閉鎖していたろう。他人に読ませるほどの日記になるような生活はしていない。今日は、といっても17日のことだが、会員と昼食を共にし、文學の話をする。会報を読んでいるわけだから、共通の情報をもつから、話題に専門性と深みができる。これが同人誌仲間だと、自分勝手なばらばらな話題になるので、進歩がない。と、こんなことを言っても、面白くないだろうから、世間話をすると、TVや新聞では、日本の外交が米国や中国にしてやられたとか、してやったりだ、と論じているが、こんな情報に耳を傾けてはいけない。世界のなかで、日本が泳ぎきっていくかという問題では、そんなことにこだわっていてはいけない。

 北朝鮮や中国や米国の外交がしたたかで、日本が外交下手だというが、北朝鮮は国民が餓死し、中国はまだ後進国で、身分制度と階級制度があり、農民は一生農民の身分から抜け出せない。米国人は、石油業界の利権のために家族を兵隊にとられ、異国で死んでゆく。外交などしたたたかでなくて、外交下手のほうがいいのではないだろうか。

したたかな外交をする国ほど、マスコミがいけないのは、したたかな外交をする国ほど国民を犠牲にしているという事実をいわないことだ。

同じ調子で世界の動きに取り残される日本ということを言っているが、馬鹿か? 戦争して利権を争うような国に歩調をあわせてどうする。取り残されて結構なのである。

中国人はしたたたかな外交をしているのに、なぜ日本に犯罪をしにやってくるのか。3000年の歴史があるのに何故、まだ貧しく、日本製品の下請けをしているのか。3000年もかかって今程度の国ならこの先もすぐに変わることはない。自分は、これからの中国は、難問山積で苦しいと思う。

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2006年7月16日 (日)

穂高さんのPJ記事を転載

穂高さんの日本ペンクラブの例会のPJ記事は、20日のアクセスランキング1位だったようだ。ライブドアの小田編集長に月報への転載依頼したので回答がきた。

伊藤さん、重信女史の原稿、ありがとうございました。転載の件はOKですので、穂高さんに許可を取ってください。よろしくお願いします。これから岡谷に行きます。小田
@@@@@@@@@@@@@@@@@
PJニュース 編集長
Editor
 in Chief
小田光康 Mitsuyasu Oda

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2006年7月13日 (木)

メンテナンスで使えず

書き込みが出来ないとおもっていら、プロバイダーのメンテで使用不能だとか。便利そうで不便なところがある。

穂高さんのPJ記事、深田久弥氏と登山に話。文芸的にも読ませます。

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2194100/detail

こちらは、ちょっと風変わりな製品。さすまたにダイハードSというネーミング。入澤社長はいろいろチャレンジしていて、横浜ではレトロ万年筆の販売も。

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2182342/detail

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2006年7月 8日 (土)

「文芸まるかじり」7月号を印刷へ

風邪をこじらせて、体調不調が続いたが、会報は何とか作成でき印刷にまわした。なにしろ独り制作のものだから、スケジュール変更も自問自答で、まずいな、順調だ、などの独り言になる。出来ても打ち上げもないし、何号発行記念も意識にない。「50号」記念になにかしたのですか? といわれても、「何で、そんなことするの?」と思ってから、あっ、そうか、と思うだけ。

すぐ、8月号にかからなければいけない。8月号はちょっと面白いです。東京拘置所の元、日本赤軍の最高幹部・S被告と手紙連絡がとれ、S氏の詩を紹介できると思う。一応、PJ記事にもしたが、小田編集長は多忙らしく、まだ保留中露出されていない。PJの記事は一部なので、会報には、いきさつを全部載せてみたい。

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2006年7月 5日 (水)

「文芸法政」第2号が出る

法政大学国文学会の「法政文芸」第2号が発刊された。特集・内田百閒である。百閒が法政で教えていたとは、しらなかった。町田康が寄稿しているから、彼も法政だったらしい。自分は、経済であったから、経済の教授のことはいくらか記憶にあるが、文學のことになると、さっぱりわからない。ただ、教養で文学を履修したら長谷川四郎氏が講師だった。それと法学をとったら、○○鉱平とかいう講師で、中央公論社にいた話をしていた。校正もしていて、与謝野晶子の「柔肌」云々という歌が「柔股」になっていたとか、新聞の食生活改善が性生活改善になっていたとかの、話で法律の講義の様子は記憶にない。

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2006年6月17日 (土)

穂高健一さんがブログを開設

会員で作家、PJの穂高健一氏がマイワールド・ブログを開設しました。

http://www.hodaka-kenich.com/Novelist/

なかなか格好いいブログですね。

鶴樹は会報紙を発行しているので、なおざりです。まだ使い方も判っていません。これに力を入れることは当分ないような気がする。

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2006年6月16日 (金)

鶴樹の日記

Pj穂高さんは、防災訓練風景

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2088887/detail

文学作品をからめたPJ記事、中里介山「大菩薩峠」

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2088355/detail

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2006年6月 7日 (水)

鶴樹の日記

鶴樹が編集支援(発行アシスタントと発行団体活動のアッピール)をしている新聞があって、そこの記事を手がかりに、PJの佐藤さん取材した記事です。

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2052249/detail

こういう連携というのは、新しい現象だと思うし、トライアル活動で面白いと思う。

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2006年6月 5日 (月)

鶴樹の日記

よこいさんのコメント、ありがとうございます。わたしの自律神経失調症は、季節の変わり目に出ます。おかげで、なんとか回復に向かっています。コメントを戴くと、こうなるのかとブログのシステムを学びました。トラックバックというのは、迷惑なのが多いので、辟易しています。

小説「肉体の変奏」の感想もうれしいですね。ただ、失敗作なので期待しないで下さい。こうすると、ダメなんだという見本にはなるでしょうが。筒井康隆の変身物は書いた後から、読みました。似たようなことを考えるものだと思いました。ただ、さすがにプロだと感心したのは、出だしのレベルより水準が落ちていないところで、まとめることでした。正確に言うと、レベルが落ちたのか、上がっているのか分からない所にもっていくことです。私は、明らかにまとめるとところでレベルダウンとわかるまとめであるところが、根本的なちがいでした。といっても、それを直さないところが、だめなんですが。

穂高さんのPJ記事が今週のPJ大賞次点になっています。

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2029393/detail

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2006年6月 3日 (土)

第1回「全作家文学賞」一次予選通過は31作品

 昨年末に締め切った全作家協会主催の第1回「全作家文学賞」の1次予選通過は、31作品で、作者名は次の各氏(敬称略)。▽原稿提出者=花見正樹(埼玉)、橋てつと(鹿屋市)、永井美智子(門真市)、清松吾郎(東京)、北野はるか(小樽市)、もうぎゆう(蘭香代子)、小笠原幹夫(狭山市)、むとう都真子(松江市)、藤野碧(京都市)、由比和子(福岡)、杉本利夫(府中市)、木口義博(倉敷市)、森英津子(鎌倉市)、水城ゆう(新潟市)、高橋徳子(千代田区)、ルミ角田(フィリッピン)、岡野弘樹(加古川市)、柚かおり(東京)、多仁ひろし(同)、和泉真矢子(兵庫)、難波田節子(八王子市)、伊神権太(愛知・江南市)。▽同人雑誌掲載作品=佐田尚子(市川市)、花島真樹子(松戸市)、宇田本次郎(日野市)、芹沢葉子(横浜市)、池田京子(別府市)、小川原健太(日野市)、稲上説雄(島田市)、佐々木国広(東近江市)、山崎文男(上田市)。また全作家協会は、会員でなくても、全国の同人誌の寄贈を呼びかけている。機関紙「全作家」では、それらを対象に文芸評論家の横尾和博氏による「文芸時評」を掲載している。同人誌提出先は〒124-0025東京都葛飾区西新小岩3-25-17、石川友也「全作家」編集長宛。

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2006年6月 1日 (木)

日本ペンクラブ総会

会員の穂高PJが取材記事。共謀罪の成立見送りとなる。ペンクラブの声明も少しは力になったかもね。右側にあるトラックバックでは花菖蒲園の記事もあります。精力てきですね。

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2029505-66633/picture_detail

私は、このところ体調不調で、活動していなかったが、ブログは1月先まで、カレンダーで記事がセットできるので、材料公開をセットしておくだけでいいので、便利です。出張中でも、セットしておけば、日付に従って順次公開できる。

会員から鶴樹は、菊池寛の文章と自分の作品を交互に出して、まるで同等のレベルのように錯覚させるのは、ズルイよ、という意見があった。やっと、そのトリックに気がついたのかな。皆さんも、やってみたらどうでしょう。

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2006年5月30日 (火)

評論家・白川正芳氏が外国記者に講演

文芸評論家の白川正芳氏が7月に外国人特派員に向けてスピーチをするという。白川氏は、文題囲碁の名人位をとり、「死霊」の埴谷雄高の全集の編集を、著作者本人に任されたほど親しかった。ドストエフスキーとの関連などもレクチャーしたらどうだろう。外国人特派員にはわからないかな? 「文芸まるかじり」で、現代日本人作家の特集を米国文芸誌が組んだというのを読んで、面白かったという葉書をいただいた。

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2006年5月29日 (月)

鶴樹の日記

童話を書きたいという人が少なくない。締め切り間近です。

http://www.shinpusha.co.jp/event/contest/jidoubungaku3/index4.html

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2006年5月22日 (月)

鶴樹の日記

穂高さんらしいPJ取材記事です。

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1985963/detail

山川豊太郎氏も少女小説論をPJ記事に

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1989451/detail

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2006年5月20日 (土)

鶴樹の日記

「肉体の変奏」余話。この物語は、12,3年前に、伊藤桂一先生が、まだ生原稿の段階でも読んでくださるというので、「読んでみて」と提出したもの。内容が、いささか古いのは、そのためだ。先生の話では、途中段階では光るものもあるが「ラストがいけないね。ドタバタでおわっているよ。読み物の域を出ない」という指摘だった。たしかに、そこを突き抜けて、奥に進みたかったがそれが出来なかった。

文芸同志会をはじめたら、10代や20代と思われる若い人との交流もできた。すると、「鶴樹さん、人の話ばかりしてるけど、小説書けるんですか? 自分が書けないから、こんなことしてるんでしょ」とかいう。「いや、書けるよ」「じゃ、証拠は?」ということで、何にしようかとおもったが、これを読ませた。すると「なんだ。ホラーが書けるんだ。まだ、古臭くて力が足りないけど。新しい傾向を取り入れて、もっと頑張ったらプロになれますよ」「そう、ありがとう頑張るよ」となり、少なくとも3人には認められた。

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2006年5月18日 (木)

鶴樹の日記

大阪女性文芸賞の締めきりは5月

http://www2.odn.ne.jp/~ojb/ojbFiles/News.html

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2006年5月15日 (月)

鶴樹の日記

雑誌「文学界」同人雑誌評の上半期部門奨励賞をとった難波田節子さんより、連絡がきた。九州さが文学大賞・笹沢佐保賞をとった、井上順一さん(73)は、以前同人誌「季刊遠近」に所属していた人だそうだ。娯楽系の人は純文学系の同人誌には、向いていないと思う。エンターテインメントは、読みやすく、分かりやすくしないとダメだが、同人誌では、それがいけないことになる。

「ヘルマン・ヘッセ展」PJ記事分かりやすく書いたつもりだが、一般にはマニアックすぎるかもしれない。

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1961481/detail

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2006年5月 9日 (火)

鶴樹の日記

野田吉一さんよりの便り。

山川豊太郎さんや鶴樹・由利鎌之介氏の文章、ますます面白いですね。長くやれば辺見庸や吉本隆明の時評にも劣らぬものになるんじゃないかと期待しております。

と、あるが、それって読んだことがない。

昨日、用事で経産省本館に行ったら、展示会をやっていたのでPJ記事に

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1937484/detail

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2006年5月 7日 (日)

鶴樹の日記

休みだから、一応取材に行ってきたPJ記事。http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1924997/detail

アメリカCIA長官が辞任。9・11以来、CIAは激動している。他国で、戦争をさせるための謀略に長けた組織であるが、腐るほどの予算を使っているので、大きい利権が予想され、長官になりたがる人が多いはずなのに、なり手がない。なにか、まずいことが内部にあるのだろうか。

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2006年5月 5日 (金)

鶴樹の日記

TVニュースでアメリカが放送したアルカイダ情報を流していた。内容はともかく、このニュースの出る周期を単純にたどると、大体3ヶ月に一度はアメリカはテロリスト情報を流しているようだ。つまり、アメリカにとって、アルカイダ情報は定期的に流す必要があるということだ。この視点からすると、アルカイダをアメリカが壊滅させることはないということがわかる。アルカイダは、今のアメリカにとって必要な存在であるらしいということがわかる。だからザルカイウィだかいうテロリストは、捕まえられない。

会員で、パブリックジャーナリストとして活躍中なのが、作家でもある穂高健一さん。この連休中も、エネルギッシュに取材しています。

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1921029/detail

PJの先輩であるはずの主宰・伊藤もそれなりに頑張っていますが、穂高氏にはなかなか太刀打ちできません。

用事で川越に行ったので、書きました。

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1920954-61023/picture_detail

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