2008年12月27日 (土)

槙原敬之さんの訴え認め松本零士さんに賠償命令について

 作詞した歌詞が漫画「銀河鉄道999」からの無断使用だと決めつけられ、名誉を傷付けられたとして、歌手の槙原敬之さん(39)が漫画家の松本零士さん(70)に2200万円の賠償などを求めた訴訟で、東京地裁は26日、220万円の支払いを命じた。清水節裁判長は「松本さんの表現に頼って歌詞を作成したとは認められない」と述べた。
 槙原さんが人気デュオCHEMISTRY(ケミストリー)に提供した「約束の場所」の一節で、「夢は時間を裏切らない、時間も夢を決して裏切らない」との歌詞があり、松本さんはテレビ番組で「漫画の『時間は夢を裏切らない、夢も時間を裏切ってはならない』というセリフの無断使用だ」などと非難。「槙原さんが『どこかで見聞きし、記憶に残っていたのかもしれない』と電話で謝罪した」と発言していた。
 判決は、槙原さんの電話について「漫画の表現を知らなかったことを謝罪したもので、依拠を認める発言ではなかった」と判断し、松本さんの発言は名誉棄損に当たると結論づけた。

こういう結果になったものの、松本氏の詩句は平凡ではない。この詩句が事前になかったら、槙原氏の詩句は生まれていなかったような気がする。

              温故知新の詩句の一例

「錆びたナイフ」= 作詞 萩原四朗・作曲 上原賢六。唄 石原裕次郎 ではこうだ。.

砂山の砂を 指で掘ってたら まっ赤に錆びた ジャックナイフが 出て来たよ どこのどいつが 埋(うず)めたか 胸にじんとくる 小島の秋だ


 それに対し、石川啄木(1886~1912)の詩集「我を愛する歌」 ではこうであった。

いたく錆しピストル出でぬ 砂山の 砂を指もて掘り手ありしに

ひと夜さに嵐来たりて築きたる この砂山は 何の墓ぞ

砂山の砂に腹ばい 初恋の いたみを遠くおもひ出ずる日

☆啄木が人に知られたのは、死後50年を経てからであった。時代に恵まれなかった詩人だった。


 「思えば遠くへ来たもんだ」歌手:海援隊 作詞:武田鉄矢 作曲:山木康世 ではこうである。

思えば遠くへ来たもんだ 故郷離れて六年目
  思えば遠くへ来たもんだ この先どこまでゆくのやら

それに対し、中原中也(1907~1938)「頑是ない歌」 ではこうなっている。

思へば遠く来たもんだ
十二の冬のあの夕べ
港の空に鳴り響いた
汽車の湯気は今いづこ

雲の間に月はいて
それな汽笛を耳にすると
しょう然として身をすくめ
月はその時空にいた

それから何年経つたことか
汽笛の湯気を茫然と
眼で追ひかなしくなつていた
あの頃の俺はいまいづこ

今では女房子供持ち
思えば遠くへ来たもんだ
この先まだまだ何時までか
生きてゆくのであらうけど

生きてゆくのであらうけど
遠く経て来た日や夜の
あんまりこんなにこいしゆては
なんだか自信が持てないよ

☆こうして先人天才たちの言葉は大衆の中に伝えられてゆく。

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2008年12月25日 (木)

みんなに愛され、だれにも愛させなかった飯島愛さんの死を悼む

 飯島愛さんが、孤独の中で死んでいたという。TVのワイドショウなどによると、みんなに愛された人柄だったらしい。しかし、その本心を知る人は少なかったようだ。他人に迷惑をかけてはいけないという信条があったとも言われる。昔は、そういうのが美徳であった。昔からの価値観を持った人だったようだ。
 が、今は、どうせ死ぬなら誰でもいいから殺して死のうと、いいながら、死なないで生きているような、他人に迷惑をかけないと生きていられない無責任な人種が増えたというのに。

 おそらく飯島愛さんは、あくまで自己責任のなかで、独りで生きる中で、死んでしまったのであろう。社会的存在である人間は、誰でもどこかで他人に迷惑をかけている筈だ。人間関係のなかで、他人に迷惑をかけることで、お互いに愛し合う余地が生じるのではないだろうか。もう少し生きていたら、人に少しずつ迷惑を掛け合う人間関係を学んで、誰かに愛させる余地を作れたのかも知れない。残念な死だ。

 10代の後半で、家族がピンチになった頃、必死にそこから脱出しようとしていた。その時に、叔母が心配して、大丈夫かい、困ったらこうして、ああして、といわれたので、思わず「いいよ。おれたち一家は、切り抜けられる。大丈夫だよ」と、断った。すると叔母は言った。「お前、そういうのを冷たい言い方というんだよ」。と怒った。叔母が亡くなった今でも、妙にその場面を忘れずにいる。可愛げのない、愛させることない自分だった。突っ張っていないと崩れてしまう自分があった。そんな余裕はなかった。
 人は、社会的であるが故に、誰かに迷惑をかけて、迷惑をかけまくって生きることを、避けることはできないような気がする。

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2008年12月12日 (金)

日本語の機能的自立性について(小林、益川、下村氏のノーベル賞に関連して)

 今回のノーベル賞授賞式で、益川敏英教授が日本語でしかスピーチをしなかった、とういう出来事には、ある大きなメッセージを読みとることができる。それは日本語の自立性と機能的優秀性である。
 英語やフランス語やラテン語を話せなくても、日本語だけで考え、計算し、物理的な未知の世界を開拓し得るということを、益川教授は世界に強調したことになる(本当は、英語が出来そうだったが)。外国語を使わないでも、日本語だけで、すべてができることを証明し、その機能の優れた面を内外に示した。さすがに、なかなかの知恵者である。
 素粒子や化学に関する、未知の分野を日本人が開拓していることは、メディアは単なる民族的な誇りとして報道している。たしかにそうであるが、それにはそれなりの環境あって、そこに天才の努力が実るということである。
 では、日本人の環境とは何か、というとそれは、なんでも不自由なく表現でき、意思の疎通が可能な日本語の構造の機能性に優れた点である。
 数学でも江戸時代の学者は微分、積分などの方程式を解いていたらしい。外国語を使わずに、江戸時代の日本語を使ってである。
 高層ビルを建てるのにも、宇宙ロケットを組み立てるのも、戦艦をつくるのにも、すべてが日本語でできる。これは、日本語が、機能的に優れているからである。
 それが、物事を追求するのに英語やラテン語、フランス語でしか出来ないとなると、まず外国語をマスターすることから始めなくてはならない。第一、このノーベル賞受賞者たちのように、今までにない現象を発見したときに、英語やフランス語でしか名称をつけられないのでないか。
 よく、メディアは、伝統的な日本語の衰退を憂いた報道をしている。そんなことよりも、若い世代に、日本語がどれだけ機能的で、世界的に優れた性能をもっているかを示すことで、日本語を大切に思うのではないだろうか。
 石原慎太郎都知事は、自分が文学者なのに、東京の図書館がボロボロであるのを放置して、オリンピック開催に熱をあげるような、とんでもない発想をしているが、フランス語は数を数えるのに不便だと公言したのは、この辺の事情を良く知っているからであろう。

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2008年12月 9日 (火)

同人誌雑誌論に行き着く前に(5・完)

前回に続いて、小説を「内容的価値」のものと「芸術的価値」のあるものとで、二つに分類してみる話であるが、小説の価値がこの2つしかないと、ここでは仮定する(ちょっと苦しい設定だが)。そうすると、「芸術的価値」のある小説とは、「内容的価値」のないものではないか、ということになるのである。
 内容がないものは、それを書くと芸術的になるということになる。内容のない作品というのを現代風で例を挙げると、ヤマなし、オチなし、イミなしという「やおい」のジャンルがそれにあたるであろうか。BL(ボーイズラブ)など、官能小説的な世界でもある。自分は、あまりこのジャンルのことを知らないが、おそらく感覚と雰囲気だけを表現するしかない世界だと思われる。
 じつはこの感覚と雰囲気だけを表現するには、かなりの技術がいる。そして、芸術というのは、技術の一つである。作家・野間宏は、「芸術は技術であるから、修練することで上達する」と著作「文章入門」で書いている。
 その技術で、感覚や雰囲気を意味もなく、思想もなく表現できるということは、人間の存在そのものを表現するということにつながる。意味のないこと、内容のないことでも、それを表現することで、人間存在の意味性が浮き出てくるのである。そこに「芸術的価値」のある作品の生まれる余地があると、自分は考える。この世界から入るのは芸術的な作品を生み出す道でもあると思う。

 小説の読者の一般的な要求を知るのに、ある出版編集者はこういったそうである。求める小説のポイントは「1に、題材、2にストーリー、3、4がなくて5に文章である」。
 ところが、「芸術的価値」を狙う小説では、まず文章力が勝負となる。とことが、売れる小説には文章力より、題材の話題性や物語性が重要であるから、「芸術的価値」の作品は、よほど運がよくないと、売れない。そこから文芸春秋のオーナーである菊池寛は、無名作家の登竜門である芥川賞を創設し、脚光を浴びる機会を作ったのではないか、と自分は解釈している。
 売れないが、芸術作品の場を持つ。そこに同人雑誌の存在する意味と理由があると思う。
 そこから、面白い小説は、数が多い懸賞小説に応募し、面白くなくて、読むのに根気がいる作品は同人雑誌に発表するという方向性があるのではないだろうか。

 ところが、現実の同人雑誌には、既成作家の亜流や、書くために書くという志向のもが多くあるので、まぎらわしいのである。
 たまたま、最近送られてきた同人雑誌に、このようなテーマにふさわしいものがあるのに気がついた。ひとつは「海」67号(福岡市)で、そこに【「新ぼんくら講義『現代術なし考』」織坂幸治】が収録されている。ここでは、「術」に関する思弁が記されており、興味深く読んだ。これを眼にして、そうだ、この論を書いて終わらせなければ、と思いついたのである。
 もう一つは、「婦人文芸」86号の【五行歌「こころ」河出日出子】である。そのなかの書く心に関したフレーズを紹介してみたい。
                ☆
   書く、とは
   私にとって
   心の調伏
   心の安寧への
   手段


   書いていなければ
   心の安寧も
   得られない
   悲しいかなしい
   性格(さが)
           ☆
 このような典型的な作品に出会おうとは予想していなかったが、こうした要素があるので、同人雑誌の作品は、商業ベースにのった作品群と単純に比較しえないところがある。 

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2008年11月30日 (日)

文芸同人誌論に行き着くまでに(4)

菊池寛の文学論のなかには、小説には「芸術的価値」のあるものと「内容的価値」があるものがある、とする考えがあったらしい。
 この分類は、わかりやすいが、深みに欠けるので、文芸評論にはあまり用いられないようだが、自分のような粗雑な頭には簡単でわかりやすいので、しばらくこの論を当てはめて文学を考えてみようと思う。

菊池寛は、小説「恩讐の彼方に」を書いた動機として、大分県の断崖の交通の難所に、生涯をかけて、ある禅僧が青の洞門をくりぬいた史実を知ったからだと述べている。
「この実話は、話を聞いただけで、誰もが感動するものがあり、自分はそれを小説にしただけだ」と語っている。彼は、この事実を素材に、小説ではその僧を了海とし、悪事をなした罪滅ぼしに、トンネルを掘り始める話にした。一方で、彼の過去に殺害した男の息子があだ討ちに来るが、彼のトンネルを掘る情熱に心を打たれ、トンネルを掘り終えてから、仇を討とうと、トンネル掘りに協力する、という創作に変えた。
このようなエピソードのように、話を聞いただけで感動するような小説を「内容的価値」のある小説と考えていたのではないか。
ほかに、例を挙げると、西洋では、映画「タイタニック」にも用いられた逸話もある。
それは、氷に閉ざされた北欧の国の昔の実話である。ある婚約した仲の若い男女がいた。ところが、婚約者の男が山で道に迷い、行方不明になってしまう。どこかで遭難死したらしい。残された女性は、毎年雪解けの時期になると、婚約者を必死でさがした。何年も、何年も探すが見つからない。そして、ある年に、彼女は見事、婚約者の遺体を探し当てた。
婚約者は、昔のままの若々しい姿で眠るようにそこにいた。しかし、長年の苦労の末に婚約者を探し当て、感激に涙を流す女性の婚約者は、老いさらばえて、しわにまみれた老婆であったのだ。
 この実話は欧米では、相当有名らしく、換骨奪胎した現代小説が、翻訳されたなかに多くある。これも「内容的価値」によって、誰が書いても感動する要素がある話の例ではないだろうか。

その一方で、「芸術的価値」の小説とは、読んで、作者が芸術的な特殊な才能をもって作ったと思わせる作品である。これは人によって感じ方が異なる。
とにかく、作家になるには、「芸術的価値」か「内容的価値」のある作品を書いて世に出ればよい。当時にあって、まさに作家になることは出世なのである。菊池寛は「内容的価値」のある作品を書くには、必ずしも芸術的な才能が必要とは限らない。人生体験から生み出せば良い」と考えていたようだ。
作家志望者のつくる同人雑誌には「芸術的価値」か「内容的価値」を盛り込んだ作品が集められている筈だ。そこから優れた新人を発掘しよう。こういう前提で同人雑誌を読んできたのが、雑誌「文学界」の同人雑誌評であろう。優秀賞という優秀とは、この2つの要件を満たしているということだ。たしかに、同人誌の多くは、そういう作品の発表の場になっている。

しかし、最近は「芸術的価値」を狙ったものでもなければ「内容的価値」を狙ったものでもない作品が多くなった。自分が、読んできた中にも、なんのために書いたのか、わからない作品が多くなっている。
雑誌「文学界」12月号の同人雑誌評の担当の評論家各氏の座談で、「いつからか作品のレベルが落ちてきた」という話が出ている。
これは、2つの価値観から外れた思考法から書かれている作品が増えたということであって、単にレベルが低くなったという感覚で、終わるものではないであろう、と自分は思う。
 要するに、小説を書くことを、出世の手段とは考えていないで、書くために書いたらできちゃった、というような作品のことである。それが偶然に秀作であることがあるので、一概に軽視はできない。

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2008年11月25日 (火)

文芸同人誌論に行き着くまでに(3)

読売新聞の23日に、井上ひさしが菊池寛について「作家の生き方」という講演を青山学院で行ったという記事があった。
そこで、古典的な同人雑誌の同人の精神的な葛藤を描いた「無名作家の日記」のことが記されていた。なんでも最近は岩波文庫になったそうだから、読めるらしい。
この作品は、菊池寛や芥川龍之介、久米正雄たちが作っていた「新思潮」という同人雑誌時代のことがモデルになっている、といわれている。
 当時、菊池寛は在京の芥川や久米たちとちがって京都にいた。そうした事情は作品のなかの設定に似ている。
 まず、日記を書く「俺」は、自分が文学芸術の才能がないのに、やってきたのではないかと、内心悩んでいる。青年時代に文学を語り、文壇に野心を持っていた男が、何時がきても世に出ないというのは寂しい、と無名に終わることの懸念を語る。そして、俺は今日偶然、同じクラスの佐竹という男と話をした。「僕は、実は昨日150枚ばかりの短編を、書き上げたのだが、どうも満足がいかなくてね」とかを語る。さらに「600枚ばかりの長編と1500枚ばかりの長編を書きかけているのだ」ともいう。俺は、この男の話に仰天する。自分は70枚の戯曲を書くのがやっとだったからだ。
 そこで、どうやってその大作を、一流の雑誌に載せてもらえるのか、ときくと先輩作家のコネがあるからだという。その非現実的な話で、おれもばかばかしくなる。そのほか、自信満々で、大言壮語し、作品のレベルが低いと「おれ」の作品をけなす男。競争相手の同人誌が出来上がると、駄作しか書けていませんようにと祈る。俺は、わずか7枚の戯曲を、教授の関係している文学部の教授にびくびくしながら差し出す。雑誌に掲載してほしいのだ。だが、それが言い出せない。教授は受け取るが読みもせずに、世間話をする。
 ところが、その7枚が「群集」という雑誌に載った。それをみた大作しか書かないという佐竹は、目の色を変えてこういう。
「何だ!こんな短編か!」と彼は吐き出すように言った。「この雑誌は一体誰が経営しているのだ!一人として碌な奴が書いていないじゃないか!」と雑誌を罵倒する。
俺は、俺の僅か7枚の短編が、これほど佐竹を激昂させたことに驚いた。
 
 こうして、いろいろな同人誌仲間の言動をつぶさに見て、自分は才能不足と知り作家になることをあきらめる。
菊池寛の人間観察のすごいのは、ここに描かれた作家志望者の人間像は典型として現在でも存在するところであろう。こういう人いるいる、と思えるので、一読を薦めたい。
 また、「入れ札」という短編があって、これは国定忠治が代官に追われ、山に逃げるときに、だれが同行するかを、子分たち同士で投票して決める。そこに自分の名を書いてはいけない決まりだ。しかし、冴えない子分の男は、見栄で、自分で自分を推薦する札をいれてしまう話。これは、文学賞の対象作品の選考のときの心理をモデルにしているとされている。
たたし、菊池寛は作家になるには、特別な才能は必要ないと、主張している。それは芸術的でなくても、内容のある小説が書ければ作家になれるという考えからきている。小説作品の芸術価値と内容的価値のものがある、という考えをもっていたらしい。

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2008年11月20日 (木)

文芸同人誌論に行き着くまでに(2)

 文芸情報のうち、ベストセラーなどプロの作品は新聞・TVで話題になるので、そこからセレクションすればいいが、一般民衆に浸透している文芸同人誌の動向を、記録しなければ日本全体の文芸文化の現状分析に資料不足となる。
 そこで、雑誌「季刊文科」に広告を掲載している同人誌から、手がかりを得て、読んでみたいから、送って欲しいという手紙を出した。それが「季刊遠近」や「全作家協会」などを知るきっかけであった。
 ほかにも、全国の幾つかの同人雑誌に同様の手紙を送り、会員にならないかと勧誘したが、郵便代がかかるわりには効果がなかった。なかには、どこの馬の骨ともわからぬ者に読んでもらっても仕方がない、という正直な返事もあった。もっともな話である。現在も文芸同人誌を紹介しているが、同人誌に関する分析は済んでおり、すでにそれらを読む必要性は感じていない。しかし、折角、郵送費をかけて送ってくれているのに、無視するのは申し訳ないという気持から継続している。また、毎年それなりに時代との関係を反映した作品も多く見受けられるので、意義はあると感じることが多い。ただ、悩みは読んでから、それを紹介文にするには時間がかかるので、遅々として進まないことである。また、「寸編小説」のジャンルを書き進める必要があり、多くの時間がとれないのが現状である。
 これから、紹介予定で積んである同人誌の名を挙げると「文芸同人・長崎の会」第3号(岸知宏「味蕾の行方」)、単行本・秋田しんのすけ「龍屋の鍋」、「文芸中部」79号(濱中嘉行「老春ミステリー」)、「農民文学」(木村芳夫「土の舞」)、「創」3号(丹羽京子「タイムリミット」)などで、作品名のあるのは、読了済の分である。単行本・有森信二氏の2作も読んでいるが、作風ができあがっていて、いまさらなにか言うことがあるのだろうか、という感じである。

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2008年11月17日 (月)

文芸同人誌論に行き着くまでに(1)

文芸同志会は、「書く人のための文芸情報交流会」という主旨で、当初は月400円の会員で、「文芸研究月報」の会報を発行していた。とくに同人雑誌のために発行されたものでなく、晩年を迎えた主宰者が、社会と文芸というテーマで、論文でも書いて見ようか?という気持からそのデータを集めることが、目的であった。その担当者として鶴樹という筆名を使っている。
だから、同人誌に関してどこまで、書き進められるかわからないので、こんなタイトルにした。
 現在でも、このブログに集めたデータでもって、「日本社会と文芸文化の動向」というタイトルで大学生が卒論を書けるははず、と思っている。
 その主旨からして、同人雑誌というのは、日本の文芸文化のひとつの分野としてしか扱っていない。ではあるが、今年の雑誌「文学界」の12月号に同人雑誌の名簿リストが掲載されている。が、そのタイトルが、「書きたい人のための同人雑誌名簿」とかなんとかなっているのには苦笑した。結構、これを、読んでいるんでないの? と思わせるところがある。
文芸同志会の設立は2000年11月3日、文化の日である。今年で設立9年目になるということだろうか。
当初は、日本の文芸界の現状をよく知らないことから、出来るだけその文化的活動の資料を作成することであった。それには、まずジャーナリズム情報を収集し、現状を把握することである。文芸情報の収集のため、新聞や雑誌、TV番組の文芸情報をワープロに書き留めていた。
 その年の同人誌「砂」の12月発行号に「文芸時事月報」として、掲載した。大学専攻がマルクス経済学であるから、それが自分なりの社会観察のフィールドノートになっているのではないか、と思ったのである。三年間ほど、継続して手作りの情報をつくり、それを根拠に社会現象の研究分析論が書けるかも知れない、と感じていた。

 ちなみにこの「砂」に、同時掲載で、伊藤鶴樹「電話は夜明けに二度鳴る」という短編を発表していた。これは「砂」同人のために実作研究の材料として書いたものであった。
 すると文学界の「同人雑誌評」で、松本徹氏がそのあらすじを紹介して取り上げていた。それはいいのだが、鶴樹の作品の出来そのものより、論者の松本氏の紹介する粗筋のほうが優れていたのであった。そのため、その評を読んだ同志会員から、作品を読みたいという申し入れがかなりあった。郵送料がかかって仕方がない。「作品より粗筋の紹介のほうが優れているから、読んでも仕方がないよ」と断るのに苦労したものだ。

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2008年11月10日 (月)

第7回文学フリマの盛況ぶりに驚く!

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雨模様の空ではあるが、共同開催の企画「東浩紀のゼロアカ道場×文学フリマ」ということで、少しは賑わっているかなという感じで、午後早くに会場にいってみた。
 すると、なんとカタログがもう品切れという張り紙。「えっ」と驚いた。望月代表は「例年より多く用意したのに、もうないんですよ」というし、2階に上がったら道場主の東浩紀氏がいらした。向こうはこっちを知らないであろうが、こちらは知ってる。「すごいですね」と挨拶をし名刺を渡したら、「いや、私もびっくりです」という話。ついでに「”キャラクターズ”の舞台の場所はじつは私は土地勘があって、すべてスチール写真でストーリが追えるので、追跡版を考えています」と、伝える。すると「いいですね。やってください」ということなので、次回のフリマの出店企画の入れておこう。”キャラクターズ”は、いわゆる擬似私小説というか、パロディなので、読者のパロディということで、ちょっと面白い気がする。
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 会場は、大混雑ではあるが運営スタッフが手際よく、流れをスムーズにしていて混乱がなかった。おそらく過去最大の盛り上がりだろうと感じられた。
 2階で開催のゼロアカ道場の経過は、それぞれのブログなどで、発表されるであろうが、未確認情報によると、500部完売組がでたとかで、3500部は出たのでないかと推測が出ていた。
 ただ、同じ会で出店した一般同人誌組は、本の実売では、その影響をうけてしまったところが多かったろうと推測する。
 鶴樹は、同人誌情報でお世話になっている「文芸同人誌案内」の日和貴さんの「九州隊(タイ)」と、フリマ参加仲間であった「零文学」の那住史郎さんのブースには寄れた。

こういう現場に立ち会えたというのも、活動の歴史なので、お疲れ様というしかない部分はある。文芸同志会も第一回のときに、今回の企画の講談社の太田編集長の佐藤友哉、西尾維新、舞城王太郎のグループ「タンデムロータの方法論」のブースと同じフロアだったために、ブースの前に行列ができて、人の壁。「なんだいこの行列は? ちょっと誰か並んで買ってみてくれ」とか、いって会員に頼んだ記憶がある。
あとで、「じつは、あの伝説のグループと同じフロアでね。どうにもならなかったのさ」。と、自慢にならないのに、話ネタにするしかなかった。それにしても、部外者ながら太田編集長のセンス勘にはまたも驚かされた。
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2008年11月 6日 (木)

オバマで、アメリカは戦争をやめられるのか?

 家に帰ったら、家のものが、オバマ大統領に決まった、と教えてくれた。なんでもTVニュースでは、これで日本はアメリカにパッシングされるので、大変だと言っていたとも。
 小泉以来、アメリカと付き合ってなにかいいことがあったのだろうか?アメリカはブッシュによって、北朝鮮と同じならず者国家になってしまった。失業者の増えるアメリカ人の不満をごまかすには、国外に敵をつくって戦争をおこし、目をそらすしかない。戦争をするぞするぞといって、日本に金を」せびる脅し国家とは距離を置いたほうが良い。中国と北朝鮮の似たもの同士で親しくして、結構。日本にこれ以上接近しないでほしい。
 アメリカは、紙くずを金にしてきたが、物をつくって売らなければ経済は立て直せない。自動車は売れない。売れるのは、戦闘機とミサイルと爆弾だ。あと、兵隊になれば月給40万円がもらえる兵隊志望者も増えるであろう。すると、どこかでまた戦場をつくらなければならい。しかし、何兆円も浪費するのだから、国は滅びの道を歩む。ベトナム戦争のあと、アメリカはすかんぴんになって、日本の外貨でアメリカ全土が買えるとまで、いわれたことを忘れているのだろう。
 オバマ大統領は、打ち出の小槌をもってるのか。ブッシュが行ったミスを軌道修正するのは、容易ではない。アメリカは小室哲也と同じことをしてきたのだ。日本はどれだけ迷惑をうければいいのか、それが恐ろしい。日本パッシングをするなんて脅しになると思ってるTV局は、アメリカ人と同じ腹黒い人間かもしれないから、気をつけよう。

《参照》
米大統領選:人種超え「変革」選択 オバマ氏当選
(毎日新聞) 【ワシントン大治朋子】4日投票の米大統領選で民主党のオバマ上院議員が勝利したことで、米国民は「ブッシュ政権8年間」に明確な決別を告げた。イラク戦争の長期化や経済の先行き不安などで閉塞(へいそく)感を強める米国民は、「変革」を掲げたオバマ氏に米国の再生を託した。歴史的な人種の壁を乗り越えた初の黒人大統領の選出により、米国は新たな時代に一歩を踏み出す。

 選挙戦の流れを決定づけたのは経済問題だった。8月に米国の失業率は6.1%と過去5年で最悪を記録。9月中旬からの金融危機の深刻化とウォール街の株価大暴落で有権者の「変革」への期待に火がつき、オバマ氏が支持を伸ばした。

 オバマ氏は危機に際し、「(1929年の)大恐慌以来、最も深刻な金融危機」とする声明を発表し、事態の深刻さを強調した。一方のマケイン氏は、「米経済のファンダメンタルズ(基礎的諸条件)は依然強い」と主張。有権者の将来への不安を前に「経済オンチ」ぶりを露呈した。

 国民の不安と不満が高まるなか、オバマ氏は有権者の「反ブッシュ」感情を効果的に支持拡大につなげた。9月下旬のテレビ討論会で、金融危機は「ブッシュ大統領の8年間の失政の結果」と批判し、マケイン氏をブッシュ大統領と一体化する戦術で攻めた。

 選挙戦では米国民の求める変化の「度合い」も問われた。オバマ氏は経済における「政府の役割」や福祉政策の充実を打ち出した。目指すのは米国の「抜本的な変革」だ。

 これをマケイン氏は「大きな政府」「危険なリベラル(左派)」と批判し、自らは共和党の基本路線を踏襲する「小ぶりな改革」をアピールした。だが米メディアの出口調査によると、候補者選びで重視することに「変化」を選んだ人は35%で、そのうち9割がオバマ氏を支持。米国民は、より大きな変化を求めたといえる。

 マケイン氏は共和党初の女性副大統領候補としてアラスカ州のサラ・ペイリン知事を起用。話題を集めて一時は支持率でオバマ氏を上回ったが、「資質」に疑問が集まり、効果は持続しなかった。

 選挙戦を通して、米国自身の「変化」も試された。オバマ氏は黒人と白人の両親を持ち「人種を超えた(ポストレイシャル)候補」とも呼ばれる。白人を敵視する旧来の黒人指導者らとは一線を画すからだ。

 オバマ氏は黒人奴隷の子孫ではない。しかし、米国民がオバマ氏を最高権力者に選んだことは、奴隷制度という歴史の「負の遺産」を引きずる米国にとって歴史的な大転換と言える。

 出口調査によると、今後数年間で人種問題が「改善される」と予測した人は約半数。その7割がオバマ氏の支持者だった。だが残る半数は「同じ」か「悪くなる」と回答。人種問題をめぐる認識の格差を浮き彫りにした。

 選挙前の各種世論調査によると、オバマ氏の主な支持基盤は若者や大卒以上の高学歴層、黒人だった。実際の投票では、社会的価値観において保守的で人種の違いに敏感だといわれる労働層も、政策面での期待感からオバマ氏を支持した。米国そのものが「変化」を起こした選挙だった。

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