2018年12月16日 (日)

安田純平氏解放前の刑務所の不可解

 シリアで拘束されていた安田純平氏が、久しぶりに姿を見せ、拘束された状況を語った。解放前まで拘束されていた刑務所のようなところの話がほとんどだが、拘禁されていた期間に安田氏が読み取った部屋の外の気配を、自分の記憶を確認するように語っていた。《参照:安田純平氏がシリアでの過酷拘束の不可思議の実態を語る》
 そのなかで不思議に感じたのは、まず大規模な刑務所のような施設で、ほかにも様々人種がこうきんされていて、そのと2男以上拘束されていたイタリア人は、いまだに解放されたという情報ががないこと。また、ヌスラ戦線であること示すポスターが多く貼ってあり、これはヌスラ戦線を騙るそしきではないか? とか、イスラム教徒のこだわりがなく、拘束者のスンニ派やシーア派の区別にこだわらなかったこと。他の宗教者でも区別をしている様子がなかった。コーランの教義にも外れたことを平気でするなど、イスラム法廷のよる有罪者の刑務所を請け負っている場のようにも見えたという。その事情は《安田純平さんシリア拘束の事情で判ったこと=高世仁氏》にある。

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2018年12月12日 (水)

【「百歳の母の人生」田中修】の誤りのご指摘で訂正しました

  同人誌作品紹介で「アピ」誌の【「百歳の母の人生」田中修】の記事中、お母さんの家の距離が5メートルと誤記したので、訂正しました。申し訳ありませんでした。ただ、福島原発の立地がむりやり、高い山地を削って低くしていた事実の問題は、変わりません。もしというのも変ですが、高地をそのまま使って建設していれば、二人の東電の社員さんが犠牲になることはなかったでしょう。東電経営者と経産省の良心がうずくことがないのでしょうか。たた、土地がたかいままだと、経費がかかるというのであれば、原発は安くできないということで、発電費用が安いというのは、ウソだということです。また、原発の地震に弱い構造がどの場合でももっているということを、今後、暮らしのノートITOで、福島の同人誌「駱駝の瘤通信」などを引用させてもらいながら、記していきたい思います。

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2018年12月 1日 (土)

なぜか人気のある金子兜太と仲間であった原満三寿氏

  アナキースト詩人・秋山清を偲ぶ「コスモス忌」というのがある。今回は、囲碁の有段者で自分も何度も教わったことにある原満三寿氏が講師。金子兜太と「海程」で同人として活動した経験から、存在者としての金子兜太を語った。《俳人「金子兜太の戦争」を語る=詩人・原満三寿氏
 最近まで「騒」という詩誌があって、じぶんは「詩人回廊」で紹介もしてきたが、解散してしまった。原氏も西氏もその同人であった。
 できればこの詳細を、同人誌「砂」に書いて、文学フリマで販売したい。先日のフリマ東京では、前年のコスモス忌の記事を読んで買ってくれたひとがいたので、またうれるかもしれないから…。

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2018年11月30日 (金)

東電に提供した21.5兆円の事故費用をだれが負担するかの話

経産省の話によると、東電にÞ峰で支援した21.5兆円の事故費用をだれが負担するかについて、東電は15.9兆円(従来は7.2兆円)を負担。廃炉費は、国が関連する研究開発費を支援することはあるが、東電が自力で捻出するとの原則は維持したうえで、新たに作る積立金制度で資金をプールする方向だ。ーーとは言うもののそんなことで、返却するにが何百年かかるのか。その問題に係るのが「原賠法」だ。《参照:「原子力損害賠償法の抜本改正を求める院内集会」》
現実には東電に返却能力はない。従って結果的に贈与になる。もし返却が前提なら、東電は債務超過で倒産しているはず。。株式上場の私企業に国が贈与するということはあり得ない。
  現在の賠償費は、東電と原発を持つ大手電力が負担する方式から、原発を持たない新電力の利用者を含めた全需要家に負担させるとした。賠償制度が不備な中で福島事故が起きたとして、「積み立て不足を全需要家から公平に回収する」というのが経産省の言い分だ。
 東電改革委が示した新電力の負担額は2400億円で、今後、新電力が大手電力の支払う送配電使用料(託送料)に上乗せされる見通し。しかし、制度の不備を理由に過去に遡って新たな費用負担を求めるという理屈には批判も強い。

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2018年11月26日 (月)

第27回文学フリマ東京の出店数過去最高の理由

 第27回文学フリマ東京が《1千に迫る出店に入場者4千人》。この現象の要因に、俳句と短歌の結社の参加がふえたことがあるのではないか、と推測する。そらく随筆専門誌や文芸雑誌を合わせても、地域、学校、職場とさらにそこから離れて個人句集も盛んである。今後も詩歌部門の参加が増えるでろうから、まだまだフリーマーケットは拡大するであろう。

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2018年11月25日 (日)

文学フリマ東京(TRC会場)の出店に行ってます

 きょうは東京・平和島東京流通センター第二十七回文学フリマ東京(2018/11/25) に出店しています。展示場ブース「キー2」です。《参照:文芸同志会
きのうは、秋山清のコスモス忌で多くの詩人に会えました。
 文学フリマに会員も元会員も店番手伝いできればお願いします。

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2018年11月23日 (金)

フォルモサの美男美女ブヌン族の不思議な歴史

 台湾の源住民は、多くが小さな集団にわかれ高地にいたようだ。そのせいか日本では、高砂族と称され、12種族くらいまでが明らかになっていたらしい。これらは、日本が台湾を統治していた際、街の下水道整備でマラリア退治し、同時に文化研究学者が調査したもののようだ。その後、さらに種族がいることがわかっている。
 そのうちのブヌン族の人に、当会に対し、サークルを作りたいにので、協力して欲しいといわれ、資料をもらって協力した。
 「詩人回廊」ブヌン族〈布農族〉のある説話(三) の投稿があったので、その時の資料を下部にしめした。日本軍人としてのスナップのようだ。
 拡大してみると、顔の彫が深く、東洋人ばなれした人がいる。きくところによると、源住民のなかには、色黒や茶髪のひとがいたそうである。自分が会った人たちも美男美女の系統であった。台湾は、スペイン人やポルトガル人がいち早くみつけ上陸、フェルモサ「美しい島」と名づけたというから、西洋人の血が混入した可能性がある。
 民族音楽学者の小泉 文夫(1927 -1983)は、高砂族は、首狩り族であった。種族の戦いで、村人が気持ちを合わせて行動し戦うのに、リズムをとって拍子をつけた。だから、みな音階が理解でき、歌が上手いのだと語っていた。
  あとから漢族が渡来したようだ。だから台湾が中国の所属と見るのは、3千年の歴史的には自然というわけではない。靖国神社に祀られた兵士の子孫たちは、それに反対しにデモにきたこともあるそうだ。

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2018年11月22日 (木)

こんどの日曜日に「文学フリマ東京」で「文学役立ち」理論を

  25日の「文学フリマ東京」に出店しますので販売予定本を掲示しました。《参照:「文学フリマ東京」 11/25(日) ブースNO「キー2」で販売
 昨日は、NHKBSプレミアムで「北斗の拳」のアナザーストーリーを見たけれど、その伝わり方の早さでは、とても文学はコミックにかなわない。しかも画だから、国際性もある。こうなると、他人の小説を読む人は、どんな人たちで、好みはなにかと、追及するとジャンルごとに小クラウド化していくであろう。もっと、マニアック化してもいいはずだ。そんなことを考えて、少数者を想定してほんづくりをするしかない。
 しかも、文学が夏炉冬扇で役立たないとなると、さらに問題だ。

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2018年11月19日 (月)

第7回芥川賞の中山義秀の「厚物咲」に読む秘伝

  毎年、各地で菊花展が行われる。自分もずいぶん観にいた行ったものだ。《参照:秘術の成果を競う美!東京都観光菊花大会
 これは、まだ高校生の頃、薄い文庫で、中山義秀の「厚物咲」という小説を買った。それには、同時掲載で「ある死刑囚の手記」とかいうのがあって、自分はその方に興味があったのである。
 しかし、それよりも「厚物咲」に強い印象をもった。これは、菊花の栽培の秘伝をめぐる物語で、老境の人間が「厚物咲」という菊の見事な美しさを出すための秘伝を探りだそうとする男と、隠そうとする男の確執と執念の物語りである。よんでいて迫力に押された。
 同時に、小説の構造として、語り手がいつの間にか、登場人物に乗り移って、どちちらがどちらかわらないようになる。後に、これは第七回上半期、芥川賞(昭和13年)受賞作と知る。
  小説としては、おもわぬ歪みのある作品であったが、純文学というものが、作者の切実な気持ちの表れであれば、通常の形式から離れてもかまわない。感動が伝わる、と知った。
 そのひとの切実な心の生んだ文章なら、欠点のようで欠点でない。

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2018年11月18日 (日)

プーチン大統領と安倍首相の皮算用と北方領土

 ロシアは国内がうまくいかなくなると、北方領土を話題にする。このところ鈴木宗男代表が。持論を述べている。
《参照:報道の不正確と北方領土問題の事実=鈴木宗男氏》北方領土はロシアが実効支配しているのに、なんで日本と何を話し合おうというのだろう。ロシアは本音では、そんな必要はないとしているつもりだろう。ただ、戦後ロシアはアジアの反映から取り残されてきた。しかも北方領土が過疎化している。だから日本になんとか関係をつけてアジアに存在感をもちたい。領土を本音でどうしようという気はない。プーチンは、中国側にあなたがすべてではない、日本を相手にできると、しめしかったのではないか。安倍首相にすると、長期の政権のレガシーにしょうというものであろう。平和条約を論じるだけで、無用な争いや警戒をしないでだけでもましと見るべきか。
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