2019年2月20日 (水)

受贈する文芸同人誌に連絡先の変更を知らせないわけ

 文芸同志会の連絡所はよく変更されます。ですからヘッドの連絡所表示については、確認して欲しいと思います。先日も、何年か前に退去した「響ルーム」宛に郵便物が来ていて、同居企業に迷惑をかけていることがわかりました。もともと文芸同志会は、事業を行っていた主宰者の趣味的なもので、主催者の事業の拠点が変われば付属組織としてそれについてきています。なぜ、それを寄贈してくださる同人誌さんにこちらから連絡をしないかというと、もともとこちらから求めているわけでないので、紹介の義務化をさけるためです。本来、同人誌の作品紹介は、寄贈していただいた御努力に報いるためもありますが、それとりも希少な情報としての社会価値を記録に残すという意味合いがあります。ですから評論ではなく、紹介なのです。

| | コメント (0)

2019年2月 3日 (日)

安田純平氏のサムライ的目配りの理由

  安田純平氏は、シリアでの拘束生活の間、日本社会の変化に対応するのに苦心しているという。当初、TV報道で安田氏を見た時に、まるサムライのような目配りをする人だと、その緊張感をもった眼光に魅せられたものだ。昨年年末に、直接会って話をきいたが、その時は、日本のクレジットカード会社の応対の苦情などの冗談をいう視線は、非常に柔らかさを取り戻していた。それが、今年になってみると、油断のない視線は薄らいだが、やはりどこか緊張感のある表情が消えない。これからが、生活感回復のじきなのであろう。《参照:安田氏と語る「危険地報道報告会」(1)自己責任論の背景》。おいおいその様子を推論していきたい。

| | コメント (0)

2019年1月30日 (水)

文芸愛好同人がいない人は「文学フリマ」で

  文芸同人誌の同人になりたいが、なかなか適当なものがみつからない。そのほか、同人誌をするのに自分が主体になってする自信がないとかいう人が多くなった。地元の同人誌に入ろうと思ったが、歴史があって高齢者ばかりで、話が合わないーーそんな人向けに、文学フリマも独り文学活動の機会を作っている。《参照;本を書いて文フリに出よう》。本を売るという表現をしないところがみそか。

| | コメント (0)

2019年1月27日 (日)

サルには電話詐欺ができない。不立文字の世界。

  私は、一度も海外に行ったことがない。行きたかったし、機会もないわけでもなかったが、そのたび事情が出来て行かずじまいである。だから、外国の姿を実際にみたことはない。しかし、それでも海外にいろいろな国があることは知っているし、わかっている。本やニュース報道で、観たこともない国が実在することを疑わない。
 しかし、実際にみないで概念で理解することが、すべて本当とは限らない。この世には言葉の概念で得た情報のウソが沢山ある。言葉のウソがいかに多いか、サルが言葉の機能を持たないために電話詐欺をしないことを考えればわかる。私はマルクス主義思想を学んでいたので、唯物論者である。
 それでも、50歳のころ、金剛経道場の師に出会って、すこしばかり座禅を習った。そのときに、人間の五感の機能を意識させられた。そして「無我相」という境地を学ぶ段階ににある。ジャーナリストの上杉隆が得度したという。《参照:上杉隆氏が僧侶に!新時代へ「犀の角のごとく」》
 この世界は、定まった形というがあったならば、物事は変化できない。形をもたないから、変化できるのである。

| | コメント (0)

2019年1月20日 (日)

女性の通勤地獄の痴漢股割男

 女性の痴漢被害の実態として、ここまであるのかという実態である。本来はこの部分だけ抜粋しようと考えたが、痴漢場面だけでは、妙な誤解を生むのではと、迷っているうちに掲示が遅れてしまった。結局全文掲載とした。《「いのちの籠」堀場清子氏の提言(2)》。食欲、睡眠欲、性欲と動物的な生存本能に、人間の幻想的な欲望を作り出す存在であることが、良くも悪くも特殊現象を起こす。

| | コメント (0)

2019年1月17日 (木)

「詩と思想」新人賞の草間氏は、彌生氏へのリスペクト

   「詩と思想」の新年会で、草間千鳥子氏への新人賞授与式があった。受賞者はすでに、ポップカルチャーに踏み込んで、かなり活躍しているようだ。草間というペンネームは草間彌生氏へのリスペクトによって名付けたようだ。
 このなかで、中村不二夫氏が「詩学」という詩の雑誌とそのグループは、不偏不党を主張していたが、主宰者が亡くなると、間もなくなくなってしまったーーという話をした。不偏不党という姿勢は格好がよいが、なにかあってもなにもしないただの人になる、という危険性を指摘していた。《参照:草間小鳥子氏が第27回「詩と思想」新人賞受賞で語る
 

| | コメント (0)

2019年1月16日 (水)

カルチャーのなかで存在した金子兜太

 金子兜太の前衛俳句というものを、私は読んでいなかった。しかし、その存在は知っていた。つまり、メデアのカルチャーとして登場していたからであろう。その彼の基本はトラック島での過酷な現実を体験したことにあるようだ。とにかく、国家というものが、個人を追い込むのである。《参照:詩人・原満三寿氏「俳人・金子兜太の戦争」を語る(3)》
原満三寿氏は、金子光晴の研究家で、賞ももらっている。近年は、金子光晴関連書籍を図書館か記念館だかに寄贈したという。神田の古書店に売れば、何百万かになったのかも…。

| | コメント (0)

2019年1月12日 (土)

アナーキズム詩としての金子兜太の俳句

 秋山清というアナキースト詩人がいて、「コスモス」という詩誌でかつどうしていたようだ。その「コスモス」誌の関係者が、秋山清の死後、「コスモス忌」という集いを例年実施さしている。アナーキーとはなんだ、ということになるが、権力ー国家であることが多いーに強制されずに自由に生活をしたいという人間のもつひとつの欲望をめざす思想であろう。人間、日常生活の衣食住のなかで、国家(役人の出す命令)の意向を気にしながら買い物をすることはないであろう。でるあるから、普通の人はアナーキーな生活者なのである。
 アナーキスト詩人としては、小野十三郎の「現実を描いて、語らせる」という詩の表現法を語ったことがあるようだ。その点では、前衛俳句の金子兜太も、原満三寿氏もアナーキーであるようだ。《参照:詩人・原満三寿氏「俳人・金子兜太の戦争」を語る》
 もっとも有名な「アベ政治を許さない」は、ただのプロパガンダで、政治活動のツルーでしかない。安倍政権でなくても、労働者は抑圧され、強制されていくであろう。

| | コメント (0)

2019年1月 6日 (日)

草場書房さんの思い出と記憶と現在

 賀状をいただいたのに、対応が出来なかった人のひとつに「草場書房」さんがある。代表の草場影郎さんとの最初の出会いは、まだ雑誌「文學界」で、同人雑誌評を行っていた時期で、たしか「季刊文科」の企画をプロデュースしておられた。
  当時、自分は「文芸時事月報」を発行し読者から、藤沢の「リブロ」だったかな、評論家の松本道介氏(故人)が、作家・阿部昭について語るので、取材して報告して欲しいというものがあった。そこで、藤沢まで行って講演を聴いた。聴衆は主婦が多く、阿部昭の持ち味が理解できるのかという感じで、哲学者でもある松本道介氏も戸惑っていた様子。その司会をしていたのが下井井草に住んでいた草場さんであると、後でわかった。
 その後、地下鉄で偶然であったりしたが、今は佐賀県委に転居されている、在京時代には、弟の編集する「野上弥生子の文学とその周辺」(伊藤誠二編著)代行として草場書房にお願いした。この本は、文学フリマ東京のフリーマーケットで割引で出すと、毎回1冊か2冊は売れるのである。《参照:文芸同志会のひろば
 やっぱり現物を手に取って中味を読んでもらわないと、理解されない面がある。

| | コメント (0)

2019年1月 3日 (木)

出来ないからしない。今年の経済評論に自然災害の予測がない

 文芸同人誌が寄送されてきています。紹介された人だけが読んでも、月に10人は読者がいることになる。これは、2000年に文芸時事月報ではじめたもの。大手新聞や放送のニュースをまとめたデーター的なものであったが、これを始めたのは、文芸同人誌の仲間うちの合評会は、充実感がない。作文程度にまで、言及を迫られる。時間の無駄だー。
 そこで、印刷する前に、原稿を読みあおうということで、生原稿を読み合い、私がまとめ情報をつくって送っていた。そこから、文芸同志会を結成した。公募小説の傾向と対策を学んで、作家になった人もいる。卒業して行った。私自身、自分で調べた情報で、出版社を訪ね、持ち込み作品が採用掲載され、新人作家として表紙に名前が出たこともある。実際に目的を実現させている。しかし、主流系でないので、小説より経済雑誌の取材記事の方が、すぐ採用され、数をこなねせたので、経済記者になった。その時に、たいていの編集者から著者の肩書をどうしますか? ときかれ、そちらの便利な方でいいです、とういうと、経済評論家とか、経済ジャーナリストとかのことになっていた。
それをたしか2006年に、ネットで無料公開を開始したので、そのからでも10年以上経っている。その間に、知らない同人誌からも送られてくるようになった。無料で文芸同人誌の実際が見られるのは、大変ありがたい。ただ、紹介を約束するものではないので、気楽に読ませてもらって、紹介記事にしている。一応、これもプリントすると活字で残るので、否定的なことは書かない。自分で資金負担しているわけでないので、提案をするが、それは否定ではない。それを全否定されたように思うのは、勘違い。でも、勘違いする人がいるというのも、社会情報のニュースでもある。
 人の価値観が変わり、このサイトも転換期を過ぎて古めかしすぎるのは自覚している。
 いわゆるフェイスブックとツイッターの時代なのに、自分はガラケーしかやらない。このパソコンには、フェイスブックもツイッターも情報がとれるようにしているが、これを落ち着いて読む人は少ないであろう。
 となると、パソコンを主にする人だけが読者の対象になる。実際、昨年のアクセス数は同志会通信のサイトでも最低クラス。さらに、「暮らしのノートITO」サイトは、一人が複数個所みるが、観る人数は一日100人以下である。(原発事故の時は700人を超えていた)が、ビュー数は、その3倍くらい。月刊にすると、3000人前後の読者数になるだけ。
  自己ブログをやっているひとにとっては、多いというひともいるかもしれないが、ライブドアの外部ニュースの時には、一記事4万アクセスが目標で、アクセス不能になった時もあった。
 そういう視点からすると、小さなニュースサイトに過ぎない。そこで、年会費制度を廃止して身の丈にあったシステムにすることにしたのである。これから出来ないことはしない方針。今年の経済予測をいろいろ聞いたが、災害を計算に入れていないのがほとんど。信じてはいけない。やはり出来ないことはしないのであるから。
 今日は、冷蔵庫におせちがあるが、どう扱ったらよいかかわからず、取りあえずバナナをスーパーに買いにいく。町で休みのところがあるので、開店している店を探して、彷徨った。脚が痛い一日だった。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧