2016年5月11日 (水)

単行本「鰯」(たじからこん)=外狩雅巳

 単行本「鰯」(たぢからこん著)=320頁・文庫版。福岡県北九州市八幡西区千代1-26-13、あじさい出版)
  作者・たぢからこんは、「九州文学」所属の作者とも長い交流が有る。「文学街」の森主宰の呼掛けに応じ短編集に作品掲載した仲間の一人である。
  「文学街」の集会で九州文学代表の波佐間氏と知り合い同人誌交換も続けているので「相模文芸」も閲覧してくれている。
 有力な書き手の多い同人会でもまれているたぢからこん氏の作品は洗練されていて読み心地が良く面白かった。
 「元さん」は11作品が並ぶ中の巻頭である。浮浪者の元さんは公園に住み段ボール収集で生きる孤児である。
 倉田巡査の独白で書かれた部分から作品の顛末が想像出来る。正業に就き安定する元さんにほっとした。
 山口鶏助と言う方が全作品解説を8頁も行っている。解説によれば芥川作品の影響も良くわかる。
 解説は―弱者もそれなりの場所で強かに生きようとしていることを実感出来た。それが作者の祈りだと思ったー
 ※作品評では無くて感想です。作者は多くの読者を期待しています。同人会内部で読むだけではもったいない。 私なりの感想でも作者に還元できる事もあろうかとこんなつまみ食いですが公表しました。
≪参照:外狩雅巳のひろば≫


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2012年10月 1日 (月)

菅原治子著「太宰治を探して」(かりばね書房)

 俳句には桜桃忌という季語がある。これは太宰治の昭和23年(1948)6月、39歳で愛人と入水自殺した小説家、太宰治の忌日。遺体が発見された6月19日を命日とし、墓が東京都三鷹市の禅林寺にあり、法要が行われる。大勢のファンが太宰を偲ぶ。参加作品「桜桃」による命名らしい。
 本書の著者は小山七々子の筆名で「婦人文芸」に参加し、本書も同誌の88号~91号にわたり菅原治子として連載したものと記憶している。早々と一冊にまとめて刊行したもの。最近では「婦人文芸」の同人構成員の欄に名がないようだ。≪参照:菅原治子著「太宰治を探して」(かりばね書房)≫
 本書は、ある程度太宰治の作品を読んだ人が、その本質を理解するのに大変良い本である。わたしは、それほど読んでいるわけではないが、非常に理解が深まった。
 太宰治については、心酔する姿勢の者と傍観的な読者がいるが、わたしは傍観者的に読んでいた。それでも、非常に面白く、作者の芸術味たっぷりの解説を楽しんだといえば語弊があるが、作者の言葉が信じられ同感が得られた。
 太宰の引用部分がこの作者ならではのオリジナリティに満ちたもので、全体に詩情があふれて、散文詩評伝になっている。とにかく太宰のやさしさの文章の巧さが引き立つ。
 解説で、白川正芳氏が指摘しているが、太宰の精神の根底にさびしさを見ているのが、全体の詩情性を生む原点になっているようだ。太宰の「やさしさ」「さびしさ」が、数々の生活の齟齬を生むとする。
 だれもが「やさしく」生きたい、「さびしさ」を持たず生きたいと思う。同時に「やさしさ」ゆえにしてしまうことの怖さ、「さびしさ」から逃れるための行為の恐ろしさ、その半面教師としての示唆も含まれている。
 

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2012年8月11日 (土)

杉山武子「土着と叛逆~吉野せいの文学について」(あさんてさーな)

 杉山武子「土着と叛逆~吉野せいの文学について」 (あさんてさーな)は、1章「吉野せいについて」、2章「農民詩の回路ー猪狩満直の残したもの」、3章「からすとまめー三野混沌の世界」、4章「寂寞を超えてーの生と死」が収められている。どれも作者が雑誌「農民文学」に掲載したものをまとめたという。
 共通としているのは、生活の糧は文学に得ることなく、主として農業生活を営み、その生活が求めたものが詩文であるということ。書くという作業が、農業生活で自ら自分を見つめるために欠かせないという必需的行為になっていることがよくわかる。
 私は、こうした詩人達の存在は、かすかにどこかで目にしていたが、詳しくはしらなかったので、この本でその詩や文章を知り、大変に感銘を受けた。
 しかし、そういう感想では仕方がない。まず、これらの人々の作品には、芸術的な工夫よりも、日々の自己凝視の手段として使命をもつ。そのために引き締まっていて、退廃やニヒリズムの翳がない。畑仕事が終っても、その力が文章に乗り移っているようだ。こうした文体と生活を追っている、作者の杉山氏も文体が似て、引き締まっているから不思議だ。
 農業に限らず、力仕事と文体とは関係があるのではないか、とかねてから思っていたが、やはりそうだった、と思わせところもある。そこが作者の解説文と、原作の引用文の似てきているが、微妙なちがいになってるようだ。とくに混沌は野良仕事にも手帳をもっていて、思いつくと何かを書き込んでいたという。自分がそのような境遇にあったらら、ぼんやりとした作業を毎日くりかえし、頭の空っぽな民衆として生涯を終えたろうと思い、同時にこう書き記してみると、いまもそうだと思い当たる。
 アナーキズムの時代の影が射す時代の話ではあるが、人は何故書くかという問題にひとつの答えをだしている本である。 
 

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2012年5月10日 (木)

島岡明子「『紅爐』―私記 同人誌三十年」(文治堂書店)

120507_002文治堂書店
 昭和38年頃から同人誌「紅爐」を30年にわたり運営してきた著者が、同人誌運営の経過を詳細に記録したもの。日本人の同人誌発行の精神そのものの記録として、大変興味深く面白い。
 島岡氏が同人誌にかかわったのは、昭和27年ころ、静岡の「東海人」という同人誌に加わり、その後「文芸首都」の末期に同人に参加し、中上健次などと出会う。その後「紅爐」では同人の吉田知子氏は芥川賞受賞、小川アンナ氏などが活躍したとある。
 このころ文芸首都で有料の添削システムがあったらしく、それに関連して、島岡さんの作品の批評を受けた時の添削文が掲載されている。この当時は現在とちがって、近代文学の隆盛の時期で、良い文章表現の基準らしきものがあった。(いまでもあるのだが、それが市場性と結びつかないので軽視されている)。
 そして、基礎力を会得した上で良い作品であれば、文壇に登場し作家への登竜門となった。売れるか売れないかの市場原理にそれほど左右されない時代のことから、現代文学の市場性まで――これから同人誌が運営されるなかで、必ず論じられるであろう、そのすべてが記述されている。
(紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一)

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2012年4月12日 (木)

「法政文芸」7号<絲山秋子研究>(法政大学)

表題は『絲山秋子「作家特殊研究冊子」1』(法大大学院人文科学研究科日本文学専攻による「2011年度文芸創作研究プログラム」となっており、そのなかに「法政文芸」7号特集「ジェンダーを超える文学」に「絲山秋子インタビュー」がある。大学院で授業として行った一人の作家の研究書であるらしい。
 インタビューでは、創作の過程や手法についてそのスタイルの表面的なところを聞き出す。小説のどこまでが本当か、どこが嘘かなどで、地名などは現実にあるものを出して、話に使う建物は嘘――というものであると8割は本当で、2割の嘘で読ませるような話がある。三島由紀夫なども地名を出して現実味を与えておいて、あとは自由にフィクションで書いている。
 あとは、作品の登場人物、キャラクター、人称研究など、作家と作品、手法をばらばらに分解して研究している。時計を分解してそのままにしたようなものだ。
 結果的に、小説というのは作家個人による総合芸術であるというような感想をもった。奇妙な本、奇書の雰囲気がある。「おまえ」という2人称についての研究を読むと、純文学と娯楽小説との基本的なちがいが、そのこだわりのとこで明確に意識されるものがあり、参考になる。

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2011年11月11日 (金)

「わが友 わが文学」(大河内昭爾著)を草場書房で刊行

「わが友 わが文学」(大河内昭爾著)が草場書房より刊行された。跋文を文芸評論家の秋山駿氏が寄稿している。
 草場書房の草場氏は、「季刊文科」の初期の編集を担当していたので、雑誌「文学界」同人雑誌評担当の評論家とは親しいはずである。
 私は「文芸研究月報」を発行し始めた時に、自主取材をかねて、藤沢のリブロ書店で松本道介氏がカルチャーセンターのような講演をしたのを聴きに行った。湘南の作家・阿部昭の評論であった。聴衆が近隣の有閑主婦層で、あまり文芸通ではなく、松本氏も話し方にとまどっていた。
 そのときに運営を担当していた髭の若者が草場氏だったと後日本人からきいた。大河内昭爾氏は、小生の月報を読んで、切手などを支援していただいた記憶がある。剣道に強く、宮本武蔵の「五輪書」の解説本をだしている。本書でも五味康祐の「二人の武蔵」の解説は重厚である。武蔵伝説の概要がわかる。つい読んでしまった。
 今後も時間があれば読みどころを、すこしずつ紹介していきたい。

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2010年12月21日 (火)

森美根子氏の見識が光る『台湾を描いた画家たち─日本統治時代 画人列伝』

  『台湾を描いた画家たち─日本統治時代 画人列伝』(森美根子著・産経新聞出版)は、日本統治期に活動した台湾人18人(倪蒋懐、黄土水、陳澄波、藍蔭鼎、陳植棋、顔水龍、楊三郎、李石樵、李梅樹、李澤藩、廖繼春、洪瑞麟、蓼徳政、許武勇、林玉山、郭雪湖、陳進、林之助)、それから台湾の風物に魅せられた日本人3人(石川欽一郎、塩月桃甫、立石鐵臣)、合計21人の作品と精神を紹介したもの。

  台湾と日本の文化交流は、植民地として日本が統治した時代の影響を多く受けている。それが絵画の世界ではどうような様相を呈していたのか。画人列伝としての作品と境遇が仔細に追跡されている。とくに著者は、人間の絵画を生命体の発する輝きとしてとらえているらしく、アーチストの作品を徹底した鑑賞眼をもって検証している。この時代の台湾と日本の絵画交流を生命体と生命体の出会いとする意識によって、論評の普遍性、公平性に説得力をもつ。
  作品を言葉で的確に表現する筆力に長け、自由と自律性を尊ぶ精神がにじみ出ている。国際的な情勢にゆさぶられてきた台湾の歴史は、日本にとっても未来のあり方を示唆するものをもっており、さまざま歴史観のなかでの文化交流の基本姿勢に学ぶべきものがある。

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2010年6月25日 (金)

『矢山哲治と「こをろ」の時代』(績文堂)杉山武子著

 矢山哲治という詩人の存在を本書で知った。私は昭和17年生まれ。太平洋戦争初期で日本軍が、昭南島(今のシンガポール)を陥落させたというので、提灯行列をした日(母がそう言っていた)である。詩人・矢山はその年に入隊しているのだな、読み進みながら思ったものだ。
 その時代は軍部権力からすれば、詩人や小説家などというものは、軟弱的な危険思想を国民に蔓延させかねない監視すべきものであった。
 戦時中に国家権力の監視のもとで、若い詩人が文化活動として文芸同人誌「こをろ」を発行する苦心が追跡調査されている。粘り強く特高警察との妥協と反発の試行錯誤をしていく姿が、作者の根気のよい作業で浮き彫りにされている。資料では島尾敏雄、阿川弘之などの参加者の名もある。
 矢山は兵役免除となり、国に戻って文学活動をするなかで、電車道の無人踏切で轢死している。事故か自死はいまだに判別できないでいるらしい。
 自分は、著者の提示した資料から、無意識の精神の葛藤から一瞬の生物的な眩暈にでも見舞われたのかも知れないと思った。自分で青春時代を思い返しても、その時期の精神状態を正しく把握できない。なにやら不合理な世界にいたことを感じる。
 矢山哲治という夭折の詩人の死を、それなりに精一杯時代に生きた人と肯定的に感じながらも、掲載されている矢山哲治の詩を読むと、彼の人生を不幸とは思わないが、なぜかその時代を精一杯生きることの悲しみが浮かぶ。
 著者の経歴は、1949年、福岡生まれ。1984年「土着と反逆」(評論)で農民文学賞受賞。ウェブサイト「杉山武子の文学夢街道」。ブログ「一樹の蔭、一河の流れ」がある。薩摩の国の伝統なのか、作風にハードな精神性が感じられるものがある。

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2009年10月10日 (土)

【書評】『闇の奥』コンラッド著、黒原敏行訳

 これまでは、岩波文庫の中野好夫訳があったが、新訳が出たらしい。コンラッドのこういう悠然とした書き方は、メルビルの「白鯨」とか、日本では中里介山「大菩薩峠」などがあるが、いずれも長編。短編では「闇の奥」ぐらいなものだ。
(産経ニュース09.10.10)光文社翻訳編集部 鹿児島有里
「闇の奥」 ■最大の恐怖とは何なのか
 この小説は「20世紀最大の問題作」と呼ばれてきた。映画「地獄の黙示録」の原案であることは有名だが、多くの映像作家や小説家を惹(ひ)き付ける一方、難解でわからないとも言われ続けてきたのだ。何か大事な問題を提起していても、その日本語の文章が理解できないものなら、問題について考えることはできない。「問題作」と言うからには、何を言っているのか理解できて初めて大事だとわかる何かがあるはず。新訳では、その何かがきちんと伝わるようにすることを目指した。
 船乗りマーロウはかつて、象牙交易で絶大な権力を握る人物クルツを救出するため、アフリカの奥地へ河を遡(さかのぼ)る旅に出た。マーロウが経験した旅を回想するこの作品には、さまざまな恐怖が盛り込まれている。
 自然でも人間でも、得体(えたい)の知れないものは怖ろしい。底知れぬ力を秘めて沈黙する密林。息をつめて船を進める中、遠くから響いてくる太鼓の音、静寂を破る突然の雄叫(おたけ)び。これは歓迎のしるしなのか威嚇なのか。森に潜む黒人の表情は読めない。道中聞いた噂(うわさ)で、クルツ像も謎が深まるばかり。
 読んでいると、本当に太鼓の音が聞こえてくる気がする。ぞくぞくしながら、次に何が起こるか追わずにはいられない緊張感は、まさに冒険小説の醍醐(だいご)味だ。
 だが、もっとも強烈な恐怖は、「知っていたはず」のものが「わからなくなってしまう」ことだろう。それが自分自身だったら? この旅の果てにマーロウがたどり着いた真実、最大の恐怖とは何なのか。本書の「問題作」たる所以(ゆえん)をご確認ください。(光文社古典新訳文庫・620円)

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2009年10月 1日 (木)

長嶋公栄「昭和イセザキストリート~東京大空襲余話」(文芸社)

長嶋公栄「昭和イセザキストリート~東京大空襲余話」(文芸社) 著者の長嶋公栄(ながしま きみえ)氏は、1834年、東京生まれ。夫の経営する現代芸術社の木馬座を手伝ったこともある。作家・伊藤桂一氏に師事し、1985年に発足した同人誌「グループ桂」の主宰者となる。
 1997年、「温かい遺体」が女流新人賞最終候補、1998年、「はなぐるま」が北日本文学賞選奨、2002年、「残像の米軍基地」で新日本文学賞佳作、2003年、「幻のイセザキストリート」で新日本文学賞佳作などの経歴を持つ。
 発表作品のタイトルを見ても、太平洋戦争における米軍の無差別空爆や、その後の占領米軍に対応する日本人の苦悩に強い関心を抱いてきたことがわかる。それらは多くが短編であったが、本書は、そのライフワークの集大成といえる。
 1945年の東京大空襲のなかで、思春期に学徒動員に借り出されていた主人公・石坂藍が、兄の友人に抱くあこがれ――。国の破滅のなかで、ほのかな思いから相愛の恋に発展する。純愛の心と裏腹に、敗戦のなかで押しつぶされ、肉体は生きる道具となってしまい心が裂かれる。破滅的な運命から生き直す心を取り戻すまでを描く。
 参考資料に早乙女勝元「東京大空襲―昭和20年3月10日の記録」、蜷川壽恵「学徒出陣―戦争と青春」(吉川弘文館)、日本戦没学生手記編集委員会編「きけわだつみのこえ―日本戦歿学生の手記」(東京大学出版会)、ジョン・ダワー「敗北を抱きしめて―第二次大戦後の日本人」(上・下)三浦陽一・高杉忠明訳(岩波書店)があげられており、作者の地道な調査と資料重視のリアリズムからなる。事実に即したフィクション化であるから内容は地味である。戦争の悲惨さをしみじみと身近に感じてほしいという作者の意図が見える。高所からの国益論よりも、庶民感覚での平和の意味と尊さを示している。(紹介者:「詩人回廊」編集人・伊藤昭一)

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