2022年10月 6日 (木)

文芸同人誌「六伽士花史(むかしばなし)第2号(枚方市)

本誌は、六人の書き手による「伽」(昔話)、「士亅(男)「花」(女)、「史」は歴史や記録を意味したタイトルにしている歴史アンソロジーである。
【「痣」内藤万博】
 伝奇小説のひとつであろう。源満仲の双子の子供を出生時に痣のあ抹殺し、一方を嫡子として育てた。それが美女丸である。部下の藤原仲光が元服するまで育てた。仲光には、美女丸と同じ年齢の幸寿丸がいた。そこから奇怪な因縁話に発展する。地元にあった伝説をヒントにしたもだといまとまっているまとまっている。
【「弟の憂鬱」朝倉昴】

 徳川三代将軍の血筋を巡って、秀忠を父に持つ兄の竹千代は、三代将軍(家光)ととしての立場が濃厚であるが、次男の国千代は、血筋があるだけに、その地位を奪う可能性をもち危ぶまれる。世襲制度の宿命として、制度の維持のために、差待遇と待遇と、自死を命じられる国千代の憂鬱な心情を説得力のある現代風奈文章で描く。日本の歴史に多くみられる出来事であるが、抹殺される側からの視点は珍しい。
 【「真金吹く」新井伊津】
  日本に鉄鉱山の開発を伝えた異国から流れ来た者により教えられた。古代日本の時代を説話風に描く。
【「法均さまの庭」諸さやか】
 瑞児の知可多は悲田院にいたが、宮中に連なる「法均さまの庭」で務める。体を鍛え、猪を獲り、宮中での生活をする。主な話の比重が、獣を捌く様子を具体描くところで、それなりに面白い。
【「織姫神伝説」眞住居明代】
 青森県の雄大な民話「赤抻と黒神」を元にした神話だという。神との民衆の近しい関係の不思議物語。
【「お聖通さま」福田じゅん】
 信州八ヶ岳の湖畔で機織りをする少女と甲斐の武田家の次男との出会いを描く。
 ーー全体に文体が歴史ライトノベルという感じで、古風な文体から脱出するヒントになるものがある。

〒573-0087=大阪府枚方市香里園山之手町13-29、澤田方。

 紹介者=北一郎。

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2022年9月18日 (日)

文芸同人誌「R&W」第32号(名古屋市)

【「サイレント」小路望海】
 ITサービス企業に務める奈月の勤務中に母親から、いとこの匠が転落したという連絡を受ける。そのことと、社内の田部井という男が、課長ら仕事ぶりを批判される様子が記される。次の章では、また母親から匠が、集中治療室からでられたという連絡がくる。田部井は相変わらず課長に叱られている。このような形式が続く。登場人物が、奈月、母親、いとこの匠、早川課長、田部井社員、同僚の理央、吉松課長などがいる。短編で、こんな大勢が出てきてどんなテーマの話ができるのが、自分には難しすぎて理解できなかった。
【「白磁の壺」寺田ゆう子】
 夫の経営する義母が白磁の壺を大切にしていた。妻のきり子は、義母への夫の想いに嫉妬して、その白磁の壺をわざと割ってしまう。しかし義母は怒らない。妻は、いつか深く謝ろうとおもっているが、機会を失う。そのうちに、義母は入浴中に自然死してしまう。――なるほど、短いのにテーマ性があって、悪くない。
【「ロッキー定食」長月州】
 中日新聞にある300字小説公募用に書いたものという。他人に読ませようとして創作する意思は立派。もう少しの頑張りであろう。
【「生かされた子ども」松本順子】
 太一という子供を囲む環境をめぐって、ミステリアスな事件を描く。小説を書き慣れてしまい、工夫しすぎてかえって下手になるようで、その見本のようなもの。話がわかりにくい。
【「陰画夜話―勝手に邪推」松蓉】
 いろいろな話があるが、3番目の「鬼才犯科帳」の画家のカラヴァッチョの犯罪歴の話が一番面白かった。
【「ロマンンスの影」峰原すばる】
 心臓疾患のある村上彰子は、コロナ禍で、会社をやめる。次に外国人のマルセルとの関係。女性と外国人との恋愛と投資話の絡み合いで、推理する余地の多い作品。物語として散漫で面白くは読めない。
【「殺意」霧関忍】
 亜梨紗の情念の世界を描く。涼という人間が、女性か男性かはっきりしないまま話が進むが、何か隠しながら語りが進むような形式が、ここでは興味をそぐ。
 その他、本号では、コミックの文章化をしたような作品も見受けられ、時代の変化を感じる。
発行所=〒460-0013名古屋市中区上前津1-4-7.松本方。
紹介者=「詩人回廊」北一郎

 

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2022年9月15日 (木)

文芸同人誌「文芸中部」第120号(東海市)

【「『東海文学』のことどもから(13)」三田村博史】
 地域の有力同人誌であった「東海文学」にまつわる文壇人脈から、作家、編集者の関わり合いを記す。特に音楽家の坂本龍一の実父である編集者故人・坂本一亀に関する逸話、雑誌「作品」や「海燕」の編集者の寺田博しなどの、関係の経緯が記されている。文芸雑誌は、編集者でその個性が発揮される。であるから、本稿での文芸同人誌「東海文学」が、どうかかわって、どのような経緯で、文壇編集者との関連が絶たれた様子には、興味深い深いものがある。基本的に、商業文芸誌と文芸同人誌は、編集時の意図が異なるのでなるので、文学的であるいうことでの類似性を過大に評価するのは、適切でないと思う。そうした事情も読み取れるのでよい資料である。
【「闇を透かす」本興寺 更】
 江戸から東京へ、移行したばかりの時代。あまり描かれない時期の時代小説である。時代考証もきちんとしている。武士の娘であるお紗登と、武士精神が抜けない父親の存在と、母親などとの家庭の調和を軸に、彼女に起きる出来事を描く。時代考証など、相当調べて調べあるのであろう。せっかくだから、この時代をうきぼりにして、若者向けに、転換期の姿がよく理解できるような解説書を書くような意図をもったシリーズにしてみたらどうであろう。プロデューサーが欲しいところだ。
【「バタフライ・ガーディン」西澤しのぶ】
 弟は、小学生一年生で、私は六年生。町内会でアサギマダラという蝶のくるようなバタフライ・ガーディンを作る集いがあることを知る。その集いで知り合った茶髪の子が、大人から虐待をうけているようなのだ。そこで警察に電話して、詳しい事情がわかる。子供の視点で、アサギマダラ蝶の謎を啓蒙する意味のある短編。
【「おれたちの長い夏」朝岡明美】  昔、高校の吹奏楽部の仲間たちが集まって、思い出話をする。
---その他、「ずいひつ」欄が-文芸時評や高齢者の生活ぶりを記したのが、身に迫って興味深い。
 発行所=〒477-0032東海市加木屋町11-318,三田村方、文芸中部の会。
紹介者=「詩人回廊」・北一郎。

 

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2022年9月11日 (日)

文芸同人誌「私人」107号(埼玉県)

朝日カルチャー小説教室(東京)の同人誌である。
【「三日月の下で」えひらかんじj】
 都内の病院の院長をしている曽根哲夫は、病院にトラブルがあって、一時的に院長をしている。彼は、ここの問題解決課題と、自分自身の作家として小説刊行の準備中である。医師業をやめて作家に専念したい気持ちだが、なかなか難しい。その事情を具体的に、疑似私小説的に描かれており、面白く読める。同人雑誌らしい作品といえる。
【「水戸の桜」根場至】
 商社マンであった聡の父親は、単身赴任の海外勤務が長く、息子とは会うことが少なく、帰郷してきた時には、よその小父さんでしかなかった。その関係が続いたまま、父親は日本の原発事業に関わる仕事につく。そして福島原発事故が起きる前に、寿命を終える。被災地の人の語る「原発は魔物。みんな犠牲者だ」という言葉に、父親もそうなのか、と思うが、これまでもっていた反感は消えない。ーーこいうこともあるのか、と家庭の事情がわかる。しかし小説にするための「水戸の桜」の逸話とは融合していない。それでも、印象深い話である。
【「腹が空いた」杉崇志】
 源田光男という男の人生と家庭環境を描いたものらしい。彼の父親との人生の周辺と家庭環境に的を絞り描かれている。各部分はよくかけているが、それが全体として、それをどう受け止めればよいのか、わかりにくい。文章力はあるが、テーマと問題提起に工夫が必要に思試作品試作品のようでもある。
発行人=〒364-0035埼玉県北本市西高尾4-133,森方。
紹介者=伊藤昭一。

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2022年8月31日 (水)

文芸同人誌「あるかいど」第72号(大津市)

【「『巡礼』ソナタ・第2楽章」木村誠子】
 北海道を詩情豊かに表現した旅行記。作者は、磨かれた文学的な手練の持ち主とわかる。肩に力を入れず、思うがままのように、北海道を巡礼し、アイヌ民族の精神を反映した物語が素晴らしく、詩篇を挟んで、道内に潜む地霊を呼び起していく。語りの手順が整理され、思わず引き込まれてしまう。読みごたえがある。同人誌ならではの秀作であろう。
【「エキストラ」高原あふち】
 介護施設で働くあつみは、運悪くコロナに感染してしまう。そうすると、どのようなことが待ち受けているが、詳細に描かれる。そして、単なる体験的様式を超えて、人間関係やペットの関係が浮き彫りにされる。話の情感の起伏を表現するのが巧み。人情味あふれる気持ちの伝わる作品である。枚数調整力があれば、読み物雑誌に向いている。
【「明るいフジコの旅」渡谷邦】
 フジ子は介護施設で暮らしている。その様子を描き、自分の人生終焉を、介護施設から抜け出して迎える話のようだ。物語の作り方が、ぎこちないが、人間のある状況を描くという精神に文学性がある。
【「鳩を捨てる」住田真理子】
 母親が介護付きマンションに住んで、それまで住んでいたマンションが空き室になり、鳩が住み着いてしまう。母親は認知症で、連日、自分の金銭が盗まれるという妄想の電話を掛けてくる。その対応ぶりを細かく記す。話は一般的良くある出来事である。介護の段階は、まだ始まりの段階で、本筋はこれからであろう。文学性は濃くない。
【「面会時間(Visitng hours)」切塗よしを】
 市役所に勤める50代の男が、脳溢血で倒れ、係長の職を離れ、外郭団体の駐輪場の管理人をする。そこで、あかりという、薄命的な女性に出会い、交際をする。彼女はがんを患いこの世を去る。良い雰囲気の短編小説である。
【「明け烏」奥畑信子】
 結婚前の男女の結ばれるまでの話。それぞれの恋があるのであろう。
【「オーロラ」池誠】
 現代埋蔵金物語。話の仕方が面白く、眉唾しながら読まされる。
【「高畠寛」年譜】
 読書会のレジュメのために自筆年譜を記していた。1934年生まれ。自分は42年生まれだから、米軍空襲の記憶は自分より確かなのが、過去の作品に関して納得がいく。1982年「あるかいど」創設。2021年12月没。豊かな文学体験のひとであったようだ。寂しいものだ。
 発行所=〒520-0232滋賀県大津市真野6丁目24-1、田中方。
 紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

 

 

 

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2022年8月15日 (月)

文芸同人誌「海馬」第45号(西宮市)

【「れりぴー」吉岡辰児】
 脳機能の病気で、肉体の動作が故障したことから、リハビリをしている人間の、意識の姿と心の動きを独白体で表現する。本誌の山下同人の独白体とは、全く質が異なる。本来の生まれながらの機能を、復活させることが前提になっているからだ。読み物的に可能性のある形式にしている。
【「不能者」山下定雄】
 独自の独白体で、「私」の生活の中での実存的な意識の流れを表現する。そこには自己の人間性の普遍性を当然とする。人間の持つ肉体的な機能を普遍的にしているのは、哲学的基礎でもある。自意識的なその発想に懐疑的になりながら、カンナという彼女のことに、こだわりを持つ。話は「病院」という区切りをして、精神科らしき病院生活の心の一部始終の独白を行う。書き出して表現された、その人しかわからない意識と、心の動きを表現する技術の面白さに引き込まれる。既発表作品は、「季刊文科」誌86号で、長い批評文が掲載されたようだ。私の読解力に対応する人が日本にいるということらしい。商業誌の文芸雑誌でも、1作や2作は掲載したらどうであろう。文芸的な成果の一つであるはずである。
【「陰と陽の肉体(前半」」永田祐司)
 都内に住み着いた3人の若者の出来事話。出だしから間もなくコロナにかかってしまい、その経緯が順序よく、だらだらというか、述べられているのが面白い。
【「神戸生活雑感―日本と台湾の文化比較」千佳】
 台湾出身の作者が、「海馬文学会」のHPのなかで、ブログを持っている。今回は、そこから飛行機事故で亡くなった向田邦子についての思い入れを記す。当会にも帰化人の詩人がいてブログ「詩人回廊」で活躍している。
発行所=「海馬文学の会」。
紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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2022年8月 9日 (火)

文芸同人誌「岩漿」30号(伊東市)

 25周年記念号。短歌、俳句、エッセイや手記など満載で、厚みのある雑誌になっている。
【「黄塵有情」財津公江】
 昭和18年に、軍人の父親が、東條首相と意見が合わず、朝鮮半島を経て、満州に渡った一家の物語である。そこの娘さんの記憶が、12章に区切って、よく整理されて記録されている。蒙古への旅行記なども添えて、周辺地域での時代の雰囲気を伝えている。いまとなっては貴重なものである。執筆したのは、作者が49歳のころで、現在86歳で、残っていた原稿をそのまま発表したという。自分は満州時代を語る会のようになった知人たちと交流があったが、皆この世から去ってしまった。当時の歴史や軍人一家の運命に関心のある人には、読んでみることをお勧めする。政治と国民の関係を考える素材になると思う。特別資料として「暮らしのノートITO」に分割連載させてもらうことにした。ブログの運営者として、単に紹介するだけでなく、有意義な作品は、実際に読んでもらうことにしてきたい。
【「大阪西町奉行の頓死」椎葉乙虫】
 時代小説で、奉行がキノコを食べて亡くなってしまう。そのことを巡って、騒動になる様子を描く。成行きに興味を引きながら、落ち着いた筆致でよませる。なかに立ち回りの剣劇のシーンなどを挟み、ほとんど職業作家並みの筆力を見せる。
【「山法師の白い花」(同作者)】年配の独身男が、日本史歴史の北条、源家の史跡を訪ねる旅で、彼より少し若い一人旅の独身女性と出会う。次第に親しくなり、老いらくの恋になるが、彼女は病死してしまう。頼朝と政子の愛情関係の史実にと絡めて、うまくまとめている。
【「月影の蒼き雫に染められて」佐木次郎】
 伊豆急行に乗って下田に向かっていた作者は、70歳ですでに妻を亡くしている。そこに伊東駅から、不思議な雰囲気の女性と乗り合わせる。すると、女性は、作者の不思議な体験を反して欲しいという。そこで、若い時の夢想的な体験を、小説的でドラマチック語る。それが終わると、聞き手の女性はいつの間にか、姿をけしていた。若い時の話だから、それだけの独立した物語だから、現在と繋げる必要はないのだが、自己現在に繋がるような雰囲気が、同人誌作家らしいところ。
発行所=〒413-0235伊東市大室高原9-363、小山方。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

 

 

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2022年7月31日 (日)

文藝誌「浮橋」第9号」(芦屋市)

【「贋作」曹達】

 前回に続いて、骨董のはなしである。芦屋族らしい高級趣味にひたる面白さがある。今回は伊藤若冲という触れ込みで、虎の絵の掛け軸をヤオフクで、購入したが、それが贋作かもしれないと、買い手も思う。しかいし絵に味があるので、それを楽しむ。毎回のグラビア写真が楽しい。

【「こり屋敷の洞」青木左知子】

 語り手の家は、昔は狐狸屋敷といわれていたらしい。六甲の周辺の昔話で、柳田国男的なほこりした雰囲気がある。

【「嫁」藤目雅骨】

銀行の若い受け付け嬢は、取引先の男性に一目惚れされる話は、定番のようによく聞く噂話である。真樹という純真な受付嬢が、取引先先の会社の社長の息子に気に入られ、順調に嫁入りを果たす。めでたいのだが、その後の嫁の実家の関係までが語られる。のんびりとした調子の文章で、もっと簡潔にかけるものだが、基本形のスタイルの気持ちよさがあある。

【「お先に失礼します」吉田典子】

 古希を迎えた独り暮らしの女性の回想と、現況を語る。なんとなく過去と現在を語るだけだが、人柄が感じられ、井戸端会議的でありながら、孤独が感じられる。

【「同人誌感想(二)城殿悦生」

 同人誌に書くのに、同人以外の人が読むことに驚いているのに驚いた。印刷した本になったら、発表したことになる。そこに責任がある。また、ペンネームも「しろうとのエッセイ」からきていると知って納得した。小説公募に「未発表作品に限る」とある。そこで、その担当者に、何人が読む範囲が未発表で、発表は何人読んだらそうなるのか?と訊いたことがある。我が会員には、それを通知してある。さらに本に定価があったら、発表である。価格表示がなかったら、試作テキストかもしれないので、未発表とされる可能性をもつ。
発行所=〒659-0053芦屋市浜松町5-15-721、小坂方。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

 

 

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2022年7月24日 (日)

文芸同人誌「海」(第Ⅱ期)第28号(太宰府市)

【「『アルチュール・ランボー小論』(2)労働する存在・沈黙する存在・反抗する存在」井本元義】
 詩人ランボーについては、自分は「地獄の季節」など、堀口大学の訳をいくつか読んでいるが、天才の詩精神を味わうだけで、彼の生活的生活の部分は、全く無知で、これを読んで、多くを教えられた。とくに、詩人の表現に関しての、詩人的生活活動と生活的な生活の営みとのバランスに姿を浮き彫りしている。日本の詩人、萩原朔太郎は、実家の資産に頼った詩人生活に、何か不足を感じたらしく、「生活がしたい、生活がしたい」と述懐している。我々が驚嘆する天才的な言葉への閃きも、生活的環境から生まれることを示している。とくに、本編では詩作をやめたとされる、アデンやハラル時代に、沢山のレターや光を放つ断片を記していたことがわかる。井本氏の精力的な評論は、物語性に富み、読者をランボーの精神と実生活に否応なく誘う。文学的詩精神の神髄を知るための優れた教材にもなる。
【「幻聴」高岡啓次郎】
 ベテラン弁護士としての実績をもつ男が、病気で亡くなった妻の声で、妻のぐちと恨みののようなものを聴くという話。小説を書き慣れた筆遣いで、安心して読ませる。作者も安心して書いている。同人誌らしい書きたいものを書いた良さがある。
【「灘」有森信二】
 ヒサという、高齢者の家族の島国での話。娘が病気で苦しむ様相を、主体に状況を語る。昭和時代の島暮らしの生活の記録なのか。独立体の小説にしては、周囲との関係がわからない。感情移入させる巧さが印象的。
【「ある恋愛の顛末」牧草泉】
 恋愛論を並べながらナンパ話を展開する。スタンダールやバルザック的な描写論を超えて評論を交えているのが現代的なのか。音楽鑑賞と女性の性格を結び付けて面白く読ませる。
【「幼年期―郷原直人の場合・其の壱 じっけん実験-前編―」中村太郎】
 敗戦後の台湾から戦後の引揚者であったらしい直太の子供時代の話。文体に勢いがある。
【「虚空山病院」井本元義】
 冒頭に、埴谷雄高の「死霊」の出だしを使用して、読む者の意表をつく。その内容は、精神病院の2代の院長をめぐる女性との愛の関係を濃密に語る。構成もゆるぎなく、陰鬱さの中に人間のロマン性の美意識を描いた力作である。作者の才能の豊かさを堪能できる。
 発行人=〒818-0101大宰府市観世音寺1-15-33(松本方)。
 紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

 

 

 

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2022年7月15日 (金)

文芸同人誌「奏」第44号2022夏(静岡市)

 巻頭詩に柴崎聡の「耳」に関する出来事が、自分の耳に起きたことと関連があり、興味を持った。高齢者に複雑な形の難聴がひろまっているようだ。
【「丸岡明『贋きりすと』論―原民喜の残影」勝呂奏】
 本論によると原民喜は、昭和26年3月13日、広島の原爆を小説「夏の花」(昭和22年6月「三田文学」)に書いた。その後、住まいに近い鉄道・中央線の吉祥寺と西荻窪間の線路で自殺をした。45歳であったという。作品は読んだことはないながら、そうした経緯は、知っていた。当然、丸山明「贋きりすと」の存在は知らなかった。この評論は、原民喜の友人でもあったらし丸山明が、原民喜をモデルにして書いた「贋きりすと」の解説と、原民喜の被爆体験と、人間関係を解説したもの。実に、感銘深い傑作である。被爆後の原の人間関係を読むと「人間のもつ特性」としての愛するこころ、同時に客観的な自意識の存在をしる。自分は、普通の人生を送ってきたものだが、高齢で孤独である。本論を読むと、原の被ばく者としての孤独。その極限的な体験を記憶から排除できない。丸山明の「贋きりすと」作品では、おそらく原の被ばく者としての極限的孤独をよく表現しているのであろう。十字架に磔になったキリストの発想には、多くの極限の孤独者の想いが生み出したのか、という啓示を受けた。神がいようがいまいが、自分には関係がない。把握不能な宇宙的世界のなかに存在する塵のような自己存在の認識を新たにした。
【「イギリス・・ロマン派の詩を読む②=ブレイク『虎』」田代尚路】
 ブレイクと言えば、神秘ロマン派の詩人で、海外では著名らしい。大江健三郎もこっているようだ。自分は、高校生のころ「エラリ―クイン・ミステリーマガジン」で、 ストックトン 『 女 か、 虎 か 』 という、結末のわからない「 リドル ・ ストーリー 」 という形式の小説を読んで、多少勉強した覚えがある。そのことを覚えている自分の記憶にのこっているのが不思議だ。00
【小説の中の絵画(第16回)「カズオ・イシグロ『浮世の画家』-戦争画の不在」中村ともえ】
 戦争中に軍部の圧力と大衆意識への迎合から、戦意高揚の絵を描いた画家。戦後、それを隠ぺいでもしたのであろうか。人間社会は、あたかも小魚に群れのように全体の流れに従って動く。芸術家もそこから抜け出すことが出来ないことが多い。この画家の過去作品を作者がどのように表現しているかを、検証しているものらしい。自分は読んでいないので、そうですか、という感じ。
【「島尾敏雄『われ深きふちより』ノート――<病院記(入院中)>に見る祈り」勝呂奏】
 このような作品は、自己表現と作家業との有機的な繋がりがあるため、その表現力の有効性で、世間に広まったものであろう。その記憶力と、話の巧さに驚嘆するものがある。自分の高校生時代、家族は、家業の担い手の母親が、いわゆる統合失調症とされた。5人兄弟の長男の自分は、父親に協力して、家庭の維持につとめた。一人の精神の変調は、他の家族に伝染するのである。そのため、落ち着かない忙しい生活であった。父親の意志で、それに協力したことで、晩年は全員が、病院生活から縁が切れて普通の生活が出来た。それが最大の自己満足である。それにつて何かを書こうという気持ちにはならない。このような、場所にタダで書くこと自体、考えが及ばなかった。とんだサービスである。そのなかで、マーケティングの世界で、フリライターとして生活出来たのは、生活上で便利であった。このあとに触れる「正宗白鳥」に仕事ぶりを読んで、全くの共通点があるのに驚いた。
【「正宗白鳥 仕事の極意――<文壇遊泳術に学ぶ(4)」佐藤ゆかり】
 純文学作家で、ありながらすべて金のために売文精神で、それを全うしたのは、珍しいでことであろう。自分はフリライターで、収入のためにさまざまな依頼をこなしてきた。職業は、編集者にませたので、経済評論家、ジャーナリスト、作家などさまざまであった。PR誌、機関誌、協会新聞紙など、つねに4か5組織の発行物を受け持ってきた。人脈と質の良さ、取材力などで、信用をえると、各業界から依頼がくる。様々な業界の知識がこうした奇妙な紹介記事を続けさせるのかも知れない。
発行所=420-0881静岡市葵区北安東1-9-12、勝呂方。
紹介者=伊藤昭一。

 

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