2019年4月19日 (金)

文芸同人誌「澪」第13号(横浜市)

【「夜闘」衛藤潤】

  酒が好きな職場の同僚の飲み友達と、酒場の近くの公園で相撲をとろうといわれる。それ以後、相撲に夢中になる。相手が配置転換なって、やがて相手が居なくなるのだが、勝負への意欲は衰えない。人間は遊ぶ動物とされていて、この部分にスポット当てている。面白く読めるが、主人公と飲み仲間の人間像が、筆致の重厚さに対して、影が薄いのはホモサピエンス的視点によるものなのか、こんな書き方もあるのだな、と思わせる。

【映画評論「クラシック日本映画選8『怪談』」石渡均】

 今回は1966年の小林正樹監督「怪談」(原作・小泉八雲)のアナログ的リアリズム手法撮影の詳細を述べており、CG時代の現代とは異なる撮影法技術であり、それを演じる役者との精神的な緊張感がよくわかる。超常現象を表現するからこそ、リアルさが求められた時代の雰囲気がよくわかる。写真もあって感慨深い。

【「YOKOHAMA発(5)大池こども自然公園生態系レポートー4―」鈴木清美】

 残された自然の大池に関する環境観察及び評論で、「酸性雨」編とし、現代の都会自然環境レポートとして、興味深く読める。TV番組でも池のカイボリが人気なようだ。問題提起として、野鳥を撮るカメラマンが餌をまいて撮るとか、カワセミの会も注意しているが、三脚を立てるので足元が荒れるという。また、外来種の台湾リスが、在来種生物を食べたりして生態系を乱しているという。具体的で興味深い。都会に、野生の動物が適応して住みつく例が多いという。本来キツツキは東京にはいなかったが、それは枯れた大木が少ないためであったが、明治神宮の森には住みつくようになり、そこを足場に他の森にもいるようになったという。本連載は、地元にとって貴重な記録になるであろう。

【「晩夏のプール」片瀬平太】

 大人の童話とあるが、亡くなった叔父との失われた時を復刻するというスタイルの、想念に満ちたスタイルの叙事が、想像力を刺激する。外国のホテルでの生活とその気配が、男性的な雰囲気小説として味わえる。

【随筆「ハイデガーを想う(Ⅱ)下(その2)―『技術への問い』を機縁にー」柏山隆基】

 エッセイとはいえ、難しい。存在論の側から科学の発達を論じているらしい。なかに、生活の利便性のためにコンクリートの物質に囲まれて生活することと。自然に触れ合うことの好いとこ取りをする人間性について触れているところがある。そこからデカルトやニュートンの神のもとでの人間論理を振り返る。後は、読んでも難しくてわからない。

 文学芸術としては、この世の現象を表現するのであるから、ここで少ししか触れていないフッサールの現象学につながる話も欲しいように思った。

発行所=〒241-0831横浜市旭区左近山157-30、左近山団地318301、文芸同人誌「澪の会

紹介者=「詩人回廊」北一郎

 

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2019年4月 8日 (月)

文芸同人誌「婦人文芸」第99号(東京都)

【「水神の森」都築洋子】

 出だしは日和(ひより)という中学女子学生が、が河川敷の草中に畑を作って暮らすホームレスの老人との出会いからはじまる。であるが、話の主体は、子供たちが育つ環境に事情があって、両親から離れて暮らす公的な児童養護施設での生活である。とくに、そこで育って、社会に出るため、就職や高校進学の問題を抱える人々の生活ぶりが描かれている。自分は、かつて「居場所なき若者たち」というテーマで、「もやい」というNPO団体を通して、彼等の生活ぶりを追った経験がある。また、多摩川河川敷のホームレスの取材もしたことがあるので、畑を作って作物を栽培しているところは多い(管理は国土交通省の国有地的場所であるが)。彼等の厳しい環境について作者が、かなりの知識があることがわかる。このような事柄は、小説化することでしか詳しく語れない面がある。また、日和がホームレスに関心を持つのも、いずれは施設を出て生活しなければならない自身の身の上と重なるのか、と思わせた。

 それが、ここでは、ホームレスの語る水神の化身である蛇の登場と結び付けられ、小説の全体の形式に幻想味を付加している。現実は、恵まれない境遇の人々の知れば涙の出るような辛い世界をまろやかに表現することに成功している。

【「義母と暮らす」粕谷幸子】

 語り手の義母は、区会議員をしている。その嫁として、議員のどのような生活になるかが、具体的に描かれている。なかで、作家・佐藤愛子氏のことが出ているので、実話に近いということがわかる。佐藤愛子氏の全盛期を考えると、おそらく昭和時代のように感じる。いずれにしても、嫁が義母の選挙活動に巻き込まれるという興味深く面白い話である。

【「ピエロの涙」斉藤よし子】

 平凡な家庭の主婦生活を送ったと思っているオリエが、思い出のテープを再生して昔を懐かしむ。それは、アレンという若者に英会話教師との交流のひとつが録音されている。それはオリエの30代の主婦の時のことで、アレンに恋心を抱いた忘れられない思い出である。そのなかで、結婚相手に抱く愛情と恋愛との異なる部分を、過去の思い出の中に、浮き彫りにしている。よくある出来事もそれぞれかけがえのない色合いをもつ。純粋の愛を求める女性の適わぬ想いの悲しみをひそかに抱く情念を描く。

 このほか、本誌には充実した多くのエッセイがある。

【「老い」駒井朝】における、人は必ず死ぬということの「必死」のおだやかさ生活。【「ロダン美術館にて人形について考える」森美可】は、ロダンの肉食男子的な体質と自分の母親の日本人形作家の比較から民族の感性を比較する、文化論になっている。【「いくつになっても姉と妹(7)」秋本喜久子】などは、長編小説的描写力がある。日本文学は、こうした文学批評味わいを持った、新しい文学スタイルの誕生を予感させる。

発行所=〒東京都品川区小山7-15-6、菅原方。「婦人文芸の会」

紹介者=「詩人回廊」編集者・伊藤昭一。

 

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2019年3月28日 (木)

文芸同人誌「駱駝の瘤 通信」第17号(福島県)

福島の同人誌であるので、原発事故に関する評論が多い。これは≪文芸と思想≫で、転載させてもらっている。

【「煙霧中人閒話」秋沢陽吉】

 山本義隆という思想家の話から始まる。自分は知らないので、参考になった。丸山真男批判についても、学生時代に読んだだけで、無批判に読んでいた記憶がある。そうなのか、とも思う。メインは、加藤周一の「羊の歌」であるようだ。その前に、丸山健二の小説作法に共感したと思われる言及がある。自分は、丸山が芥川賞を受賞した時から、ずっと読んできた。彼が作家になる前に経験した世間での体験がまったく似ているというより、同体験をしながら、孤独のなかにいた。自分は職業作家生活をほとんどしていなかったので、彼の小説にも距離を置くようになった。分厚い本はもっぱら図書館で読んでいる。余計なことを書いたが、ここでは加藤周一「羊の歌」の解説が素晴らしい。その本を読みたくさせる魅力がある。

【「『むらぎも』論(五)-合同印刷争議と労働者(1)」石井雄一】

 中野重治の私小説的作品「むらぎも」に関する作者中野の立場を、時代背景とその作家的な体質について、細かく論じている。労働者としての主張と社会の文学的表現欲のせめぎ合いを解説して、その苦悩を解説する。いまどき貴重な資料になるであろうし、作者の問題意識が明確に出ていて興味深い。
      ☆

 中野重治については、私の手元にある資料をここに示しみる。

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中野重治は明治35年、福井県出身。金沢の四高を経て、大正13年、東京帝大独文に入学。マルキシズムの闘士として頭角を現す。一方、同人誌「驢馬」により、詩人として出発。「夜明け前のさようなら」「東京帝国大学生」などで、質実なもの、たくましいものへの愛、軽佻なもの、思い上がったものへの拒否を歌った。後年の「歌のわかれ」「むらぎも」はその小説化である。度重なる検束、転向、執筆禁止などの体験を経、戦後は共産党の参議院議員として活躍したこともある。しかし、農村的人情に根ざす彼の体質が党の理論と合わぬところがあり、除名処分を受けた。(成蹊大文学部・羽鳥徹哉教授=平成8年4月・東京都近代文学博物館発行「東京ゆかりの文学者たちー昭和Ⅰ」より)
      ☆

【「霰たばしるー書簡集から読む長塚節―2-」村上幸子】

 長塚節といえば長編「土」である。私は中学生の頃、夏休みになると、筑波の高須賀にある母親の実家に長滞在した。まず、上野から取手、水海道に着き、下妻か、三妻で降り、暑い日照りのなかを、小貝川の有料橋を通って、行ったのを憶えている。どうして、そのルートなのかは、今はわからない。伯父の書棚には、夏目漱石や長塚節の本もあった。冬休みにも行ったが、そのときの牛久沼へ続く道の風物をみて、豊かな土地なかで、なぜあのような長塚節の小説が生まれたのか、想いを回らした記憶がある。――これを読むと因習から離れて充実した実生活を送っていたことがわかる。

 発行所=須賀川市東町116.「駱駝舎」

 紹介者=「詩人回廊」発行人・伊藤昭一。

 

 

 

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2019年3月18日 (月)

文芸同人誌「茶話歴史」創刊号(大阪府)(2)

【「幻の天下人」山岡優作】
 中国大返しの最中、黒田官兵衛と秀吉の静かな駆け引きが繰り広げられる。戦国の時代を、誰が天下人になろうが、その地位を確保して生き残った黒田官兵衛。機を見るに敏な性格と野心の推移を、光秀が信長を討ったた時点から描く。書き手が百人いれば百通りの内面が書けそうな素材。単純化した話法で。興味をそそるようにしながら巧くまとめている。難しい作業であろうから、こういうのは、欲を言っても仕方がないのかも。
【「浪速のガリレオ」まつじゅん】
 岩観星鏡(天体望遠鏡)の作成に一生をささげた男の執念。岩橋善兵衛という望遠鏡の専門家がいて、伊能忠敬の業績に貢献したという。このことは、知らなかったので、大変興味深く、関心を持って読んだ。一筋に生きる人がここにもいた。いや、面白い。正統派の歴史小説であろう。
【「愛怨輝炎」天河発】
 清姫の恋の情熱が美しき僧を破滅に導く。よく知られた伝説的な話が原型であるが、それをこのように、書きこなす器用さに感心する。ただ、新機軸のようなものは、感じられない。でも、温故知新。今の人には、新しいのかも。
【「槍の又佐と伝説の軍師」朝倉昴】
 桶狭間を駆ける前田利家と山本勘助の交流を描く『槍の又左と伝説の軍師』。 山本勘助という、よく知られていながら、その実態が不明な人物を、想像力を働かせて、存在感をもって表現している。なるほど、と感心。
 八作品を読んで、意外と市井ものや郷土史ものが少なく、著名な歴史的事実に題材をとったものが多いのに、現代の時代小説が伝統の流れに沿っているのがわかった。不満をのべたものでも、みな、書きなれていて、作家的手腕の持ち主であることがわかる。文学フリマを意識した同人誌の、基本に忠実なものが健在であることを示している。
〒573-0087大阪府枚方市香里園山之手町13-29、澤田総方、朝倉昴。茶話歴談編集部。
紹介者「詩人回廊」編集者・伊藤昭一。(この項おわり)

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2019年3月17日 (日)

文芸同人誌「茶話歴史」創刊号(大阪府)(1)

【「骨喰と龍王」真弓創】
 裏表紙に、松本久秀が足利将軍から奪った名刀、骨喰を巡る怪奇譚という解説がある。歴史ものというより時代小説である。
 骨喰という妖刀があって、切っ先が届かなくても、敵を斬り倒すという威力をもつ。その他、妖術、幻術の現象が起きる。それは面白い。さすがである。しかし、作者は妙にそれに合理性を持たせるような描き方である。そのため、ワクワクし損なう。今の若い読者は、自分なりの次元を超えた世界を作って、読物にしているので、合理性など無視している傾向が強い。オーソドックスな感じが際立つ。
【「黒船に忍ぶ」有汐明生】
  幕末に生き残った最後の忍者が黒船相手の任務に挑む、という解説。歴史小説的時代小説であろう。ペルリ提督の黒船がやってきた。そこで、徳川政権側は、忍者を黒船に忍びこまさせ、もっている徳川方への親書を盗み出して、交渉がしにくいようにしようと、陰謀をはかる。津藩の沢村甚三郎がその任にあたる。忍者が、黒船来航に活動したという史実はあったらしいが、実際には、何のためか事実は不明だが、その動機づくりが面白い。短編であるので、まとまりが良い。目のつけどころがよいので、さらにいろいろ仕掛ける工夫があれば、さらに面白くなるかも。
【「異説さらさら越え~星下の宴~」都賀久武】
 雪山で佐々木成政がある人物と出会った民話を描くという解説がある。成政の越えの話は、何かで読んだことがある。雪の中でタイムスリップしたらしく、源平合戦時代の侍の世界に巻き込まれたらしい。思いつきも、歴史が絡むと面白く読める。
【「昌平坂学問所異聞」丹羽志朗】
  とある仇討ちの事件を機に江戸末期の武士の在り方を問う。江戸時代の天保6年。昌平坂学問所の儒学者、斎藤秀岳が安永期の「武士(もののふ)ノ心」という書を見つける。それには、その講義をした学者の名が消してある。何故なのか? その内容のことがわかる。ここまでは、歴史的な事実の記述である。
その理由を調べると、梅沢という老人がそのいわれを語る。ここから、梅沢老人の語りとなる。この部分は軽快で、スピード感があって面白い。ちょっと中だるみも感じるが、軽快さではこれが一番ではないだろうか。。(この項つづく)
〒573-0087大阪府枚方市香里園山之手町13-29、澤田総方、朝倉昴。茶話歴談編集部。
紹介者「詩人回廊」編集者・伊藤昭一。

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2019年3月16日 (土)

歴史時代小説「茶話歴談」創刊号情報

 文芸同人誌「茶話歴史」創刊号(大阪府)が届き読み始めた。
  大阪文学学校のメンバーBOOHを中心にした、関西の歴史・時代小説の創作者たちが発行する同人文芸誌だという。情報発信も良い。《参照:BOOTH「茶話歴談」》
松永久秀が足利将軍から奪った名刀、骨喰を巡る怪奇譚『骨喰と龍王』。
幕末に生き残った最後の忍者が黒船相手の任務に挑む『黒船に忍ぶ』。
雪山で佐々成政がある人物と出会った民話を描く『異説さらさら越え ~星下の宴~』。
とある仇討ちの事件を機に江戸末期の武士の在り方を問う『昌平坂学問所異聞』 。
中国大返しの最中、黒田官兵衛と秀吉の静かな駆け引きが繰り広げられる『幻の天下人』。
観星鏡(天体望遠鏡)の作成に一生をささげた男の執念『浪速のガリレオ』。
清姫の恋の情熱が美しき僧を破滅に導く『愛怨輝炎』。
桶狭間を駆ける前田利家と山本勘助の交流を描く『槍の又左と伝説の軍師』。 関西の創作者たちが執筆した、  8作品が掲載されている。しかも、創刊号でありながら第2刷となっている。直木賞候補作として、その振興組織は、同人誌からの推薦作を受領しているはずので、もし、それをしてなかったらそれをやってみたらどうであろう。これは読む前に自分の思ったことである。自分は、あまり時代小説を読まないので、読み物として楽しく読めるものという印象がある。新書デビューした上田秀人などは陰謀ものに特化して、一躍人気作家になったようだ。知人の作家は、現代ものから時代小説に転向をはかったと聞いているが、あまり著作が出たという話はきかない。競争が激しいようだ。ここでも、ただの楽しみで読む一般人読者の視線でしか紹介できない。全作品を楽しく読ませてもらったが、印象として、一部の例外はあるものの、スピード感が不足し、文章が重いのが多い。林不亡の「丹下差膳」や作者名は忘れたが「のぼうの城」の方が軽快である。次の回から作品紹介をしましょう。
  

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2019年3月 3日 (日)

文芸同人誌「季刊遠近」第69号(横浜市)

【「西大門」小松原蘭】
 西大門とは韓国のソウルにある場所である。日観関係の複雑さを、日本人家族が経験したことがらを小説で、具体的に生々しく表現した秀作である。話の時代は2001年。「私」は、15年ぶりに韓国旅行に行く。語り手の私は、15年前の女子中学生時代に2年間ほど、商社に勤める父親の仕事の都合で韓国に赴任し家族で住んだ。その時の経験は、思い出すのも辛い時期であった。当時の韓国はまだ貧しく、大衆は戦前に日本によって、無理やりに属国にしたことへの憎しみ顕わにすることもあった。しかし、日本人がビジネスで住んで、お手伝いさんを雇う必要があって、韓国人の未亡人ウニを雇う。ウニは朝鮮戦争で夫を亡くしている。ウニは幼い頃に強制的に習わされた日本語を使い、日本人駐在員の元で働きながら、娘のミランを産んだのだという。
 そのミランと「私」は同世代なので友情が生まれる。そこで「私」の父親が女遊びをしたのか、母親との夫婦喧嘩が絶えなかった。さらに、父親は雇用者という優位を利用して、ミランに対して手を出した形跡があることがわかる。「私」と母は、父親を責め、ウニとミランがそれを受け入れたことに、憎しみが増す。そこから両者の葛藤が描かれる。
  メディアによって、日本と韓国のニュースは、反日と嫌韓という、感情的に色付けられたイメージを塗りつけて報道される。出来事に対して、「良い、悪い、ずるい、正直」などいう感覚をつけて、簡単に分類して、判断材料にするという人間の特性に対する批判にもなっている。
【「老人兵の時代」逆井三三】
 高齢化社会を皮肉った面白い小説。未来社会でアフリカの紛争地に戦争が始まった。兵士を派兵させなければならないが、若者が不足している。そこで、60歳から75歳を対象に徴兵制を設け、高齢者ばかりが兵士に、国家の守りに着かせる。余命短いので、それほど抵抗感はない話も組み込まれている。体力不足は、技術的に労力の少ないコンバットタンクを操って戦闘に挑む。まるで、コンピューターゲームのようだという話題もでる。まったく論理性がある。彼等は国家が死に場所を提供してくれたと考え、兵士の仕事で年金をもらうことなく、国家に貢献して死ぬことを誇り思っているのだ。風刺のきいた小説である。
【「驟雨」難波田節子】
 思春期の少女の家庭と、成長しながら恋心を抱く世代を描く。長編の一部のような作品。
【「父の幻影」藤田小太郎】
 不妊治療で、夫でない男性精子を受精する。夫は自分が無精子症であること知らない。男の子が生まれたが、成長過程で交通事故で輸血が必要となり血液型が夫と関係がないことが分かる。夫は、妻が浮気したと考え離婚する。このような定番の題材を扱う作品だが、ここで説明したようには分かりやすくない。ということは、表現手法にこだわりがあるのであろう。
【「平成30年上期報告」藤田小太郎】
 80歳になる本誌編集者の闘病と生活の月報である。日記ならぬ月記ではあるが、自分と同じ病の部分もあり、興味深く読めた。
発行所=〒225-0005横浜市青葉区荏子田2-34-7、江間方。
紹介者=「詩人回廊」北一郎。

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2019年2月25日 (月)

文芸同人誌「文芸中部」110号(東海市)

【「インディアン・サマー」西澤しのぶ】
 シカゴに住む日本人家庭の9歳の子供である小谷勇也の小学校通学の様子を描く。そのなかで、シカゴの貧しいらしい家庭の子供のジョシュと仲良しになる。読みながらシカゴの人々と土地柄が面白く描かれていて、他国の非日常性なところと、その世界の情報を得るという面白さを感じた。
【「黒いカモメ」朝岡明美】
 西条大地と云う若者が昭和10年生まれの、すでに亡くなった祖父の出身地を訪ね、どんな生活をしていたかを住民にきいて歩く話。そのあと、祖父との晩年の交流ぶりが描かれる。毎回、文章や話の作り方に巧みさを感じさせ、読みやすい。ただ、今回は、孫が見知らぬ祖父の出身地を訪ねることから、書き起こされている。それが、前半での人物の存在感が薄くかんじさせる。構成として、後半の頑固らしさのある祖父の姿を描いて存在感がだせているので、これを先にして時間の順列の通りにした方がよかったのではないか、と思う。
 読んでいて、なんとなく祖父の過去を追求する大地の心の空虚さを匂わすものを感じるものがあるので、その面を書き込むことで、文学的な厚みが増すのではないか。
【「影法師 火を焚く(第十一回)」佐久間和宏】
 連続性はわからないが、今回は沢一乗という人物と、文芸作品の小評論的作品。ブルトンの「ナジャ」は、自分も読んでいる。丸山真男も。そして宮沢賢治の「無方の空」文言は好きでよく使うが、最近は、若い人たちに「無方」という文字は、誤記ではないか、といわれることが増えた。時代である。こういうスタイルも、現在の文学の形式であろう。
【「『東海文学』のことどもから」三田村博史】
 現在の「文芸中部」の前身的な同人誌「東海文学」に作者が参加した頃の活躍した作家たちの当時の消息がわかる。「東海文学」の創始者で、作品が直木賞候補作になった江夏(美子?)の場合や同候補になった井上武彦などの活躍ぶりも記されている。井上武彦の「死の武器」に対する三島由紀夫の賛辞の手紙は「手紙歳時記」で読むことができるそうである。《参照:文芸同人誌2007年「文芸中部」74号の直木賞候補・井上武彦
 また、作者自身も、さまざまな賞を受賞しているので、その当事者のみが知る経緯が面白い。黒田夏子が読売の公募で受賞している話も興味深い。自分が「文芸中部」を読む機会を得たのは2006年頃であった。井上武彦がクリスチャンの立場から死を迎える心理を描いていて、宗教色の強いものになっていたと記憶する。
【「怒る女」春川千鶴】
 マイナー的な映画監督の青地と、付き合いの長い女優アサコとの交流を描く。青地は、がんになって余命いくばくもない。短い作品だが、切れ味のよい良い文章が、作品を光らせている。
【「探しにいく」堀井清】
 高齢の父親を持つ息子の話で。嫁が突然、失踪してしまう。どうも浮気のようなことをして、帰りづらくなった様子でる。これまでは、高齢者の視点で書かれたものが多かったが、今回はその息子の視点で描く。ただ、安定した家庭なかの、波紋ともいうべきエピソードを描く。平和そうに見える世の中にも多くの混迷を隠していることを示す。
発行所=愛知県東海市加木屋泡池11-318、三田村方。
紹介者「詩人回廊」北一郎。

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2019年2月17日 (日)

「イングルヌック」第4号(大阪市)

【「積読地獄 江戸川乱歩」新城理】
 江戸川乱歩といえば、少年読み物の少年探偵団と怪人二十面相・四十面相、明智小五郎と小林少年。大人向けでは「人間椅子」「屋根裏の散歩者」などが有名で、自分も読んだ覚えがある。ここでは、その他にも人によっては知られざる作品があるようで、その薀蓄を読むのは面白い。
【「五百万円」猿川西瓜】
 五百万円という金を内蔵している黒い粉末の塊の物体か生き物がいて、主人公は、札束を出すたびに出す黒い汚れを掃除して、何年も過ごしている。なにやら、その物体が五百万円を使い切ると消えるらしい。お金と人間との関係について、その不毛さを描いているようだが、それをめぐる人間関係に筆が及んでいないのが、物足りない。何か、カフカの「父の心配」という作品に虫とも動物ともつかない奇妙な生き物「オドラデク」が登場しているが、そのようなものなのかも知れない。
【「夕陽だったらよかったのに」猿川西瓜】
 自殺を自由に受け入れてくれる施設があって、そこには「生きることも死ぬこともできなくする」病の女などが入っている。これは現代の引きこもり状態のことで、何の不思議もない世界であるが、それを不思議風に描くとこうなるのか、と思わせる。
【「箱の中、箱の外」新城理】
 コーヒーショップで働くエレーナは、ある日、店の前の広場に、ガラスの箱が置いてあるのを見つける。よくわからないが、この世の中の見える部分と、見えない部分の混在する事態を表現したのか。
【「アングリアの影」新城理】
 この小説によると、英国文学の古典的名作「嵐が丘」のエミリー・ブロンテ、姉で「ジェン・エア」のシャーロット・ブロンテは有名だが、そのほか妹にパトリック・ブロンテ、長男にブランウェル・ブロンテがいたそうで、それぞれ文学的才能に恵まれていたら石井が、結核で若死しているらしい。ゴシック・ロマンの時代の牧師の家庭を、ブランウェルの視点で描く。かなりの長さの中編で力作であろう。自分には、時代感覚が現代風になっているのを感じるが、それも世代のちがいとしか、言いようがない。前半部がやや浮いていて、退屈であるが、後半になると人物の存在感が出てくる。
発行所=大阪市中央区粉川町2-7-711、猿川方。
紹介者=「詩人回廊」北一郎。

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2019年2月 7日 (木)

文芸同人誌「仙台文学」第93号(仙台市)

【「狐鬼日記」秋葉遼】
 日記形式の日常生活エッセイである。2018年7月14日から10月29日の生活感情を間歇的に記録している。なかに「反骨。気骨。偏屈。頑固。こんな歳になるとそんことはどうでもいい。良くも悪くもこれらは私の個性である」とある。悠々自適。日々好日の精神が読み取れる。現代のなかの人生観を表現した文学であることを感じさせる。
【「方言訳と出会う(我が逍遥遊)」石川繁】
 芥川賞の高橋弘希」、若竹千佐子「おらおらでひとりでいぐも」など、方言のニュアンスを活用した作品の例を示し、方言の持つインパクトの強さを、須賀敦子の欧州各国の地域主義の根強さや、井上ひさしの「吉里吉里国」における文体の効果を語る。労作である。
 中央集権で国民の意志が反映されない昨今では、地域から起こす民意の反映の重要さを示唆するものでもある。
【「再読楽しからずやー梶井基次郎『冬の日』」近江静雄】
 梶井基次郎の文章の詩的情念の名作として「冬の日」がある。作者の文学感に与えた影響ともに、その味わいが語れる。自分も梶井は好きなので共感をもって楽しめた。
【「高浜虚子詩一編の謎―25-夏目漱石と二人だけの新境地開拓詩」牛島富美二】
 漱石と虚子が、あまり知られないところで、短歌や俳句の短詩世界を楽しんだ形跡を明らかにする。作者の研究度の深さと博識に驚く。
【「戻り船」笠原千衣】
 家族を中心とした情念を語る物語。ちょっと古めかしいが、独自の幻想性や情念を語るのに、良く合った文体で、雰囲気小説の純文学的作品に読める。なかなかユニークな味が出ている。
【「記憶の島」渡辺光昭】
 生田は、働き盛りの40代にパニック障害という病になってしまい、会社も休むほどの症状。治療に専念している。悪夢に悩まされ、うつ症状も出て、社交性を失っている。家族に理解が会って、幸いなことに家庭的には問題がない。病をかかえ、ものごとが暗い印象でしか受け取れない。そのなかで、高校時代に野球部で活動していた同級生から連絡がある。がんで入院しているが、会いたいという。そこで、病院に見舞いに行くと、いまは離婚して妻と子供とは別れ、孤独な生活のなかで、このまま人生を終える覚悟を話してくれる。
 内容がパニック障害になった話と、がんになった友人の話の二本立てで、生田の死に至らない病気と、死に向う友人の比較ということになっている。「寂しいけれども、悲しくははない」という友人も言葉が印象に残る。パニック障害には、個人によって病状の姿に異なる特徴があるのだが、ここでは一般的に描かれている。この病気にかかった、スポーツマン、芸能人は多いし、自分も仕事で会う人にこの病気の人が多いのに驚いたことがある。
【「くろかみながく」牛島富美二】
 定年退職後の生活の在り方を模索する亮造の出来事話。3・11の東日本大震災の家族体験は、夫人の体験がリアルである。あるとき、古本店にいくと、自分の持っていた「藤村詩稿」という文庫本がある。かれはそこに「くろかみながくやはらかきをんな」と書いておいた。ところが、誰かが追記してあり「をとこのかたることのはをまこととおもふ」とし、桜井稚子という名が書いてある。そこで、店に彼女について調べて追求し、彼女に会うことができる。文学通ならではの専門的知識に富んだロマンチックな話で、楽しめる。
発行所=〒981-3102仙台市泉区向陽台4-3-20、牛島方。「仙台文学の会」
紹介者=「詩人回廊」北一郎。

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