2020年3月19日 (木)

文芸同人誌「私人」第100号(東京)

【「百号の年月」尾高修也」】
 朝日カルチャーセンターの尾高小説教室講師の100号に至るまでの経過と同人誌観が記されて居る。自分は、文芸同人誌の時代の変遷や動向に多少の知識があるだけで、全容を知らないので、大変に参考になった。まず、本誌は1990年にはじまり、4回発行してきて100号を迎えたという。「かつては小説教室に集まる人が多く、そのなかから同人雑誌を出したいという声が自然に生まれた。が、現在それは自然なことではなくなっている。」という。数ある小説教室のなkで、同人雑誌を出してるのは少ないらしい。その理由として、作家による作家教室でなく、元編集者が教える教室が増えたことと関係がるのかも知れないと、ある。元編集者系の講師になると、「考えがビジネスライクになり、教室は新人賞をとらせるための実践教室といったものになりがちなのだろう」ともある。なるほど、そうなのかと理解する。
 さらに、「小説を書くという二とが、いよきわめて孤独な行為になってしまっている.、社会の転変のなかで、書き手の孤立が進んでいる…」
ともある。
  また、「いわゆる小説教室の最初のものは、朝日カルチャーセンターにおける駒田信二氏の.『小説の作法と鑑賞』であった。1976年年1月の開講で、はじめは週一回の講座が.一カ月で終わるはずだったという.『書き方』は.3カ月教えれば十分。というのが学校側の考えだったのだろう.その後受講生が嘆願して、教室がつづくことになったのだそうだ。」とある。ーー自分はこの時代のことは何も知らないので驚く。
 その当時、「主婦たちが小説を書く」ということが.マスコミで面自半分にとりあげられた。.暇をもて余した家庭の主婦の遊びごと、という見方である、さらに、基本的に、小説の書き方は教えられるものか、という疑念があったのである。ーー駒田氏の教室で学んだ重兼芳子さんが「やまあいの煙」で芥川賞を得て.駒田氏に対する股誉褒疑の騒ぎが大きくなっていった。いまから見て、「主婦」ということばが強調されすぎているのに驚く。そのへんの事情はたしかに変わってきた。駒田氏開講の十数年後、私が「私人」の教窒を始めたころは、相変わら.ず婦人雑誌が取材にきたりしたが、すでに騒ぎは落着いていた。それでも、「私人】創刊号の創作欄は全貝女性の作品で占められている。それが三十甲後の現在と違うところである。ーーそうなのか、と納得。そこからいわゆる、小説家と作文家に、分かれて、同人誌に多くの作文家が存在することになったらしい。
【「『私人』100号に寄せて」鈴木真知子】
  小説教室の「私人」について、生徒としての学びを述べるなかで、雑誌「文学界」の同人誌評の1993年から2008年の間に、取り上げられた回数が記してある。評者は、大河内昭璽、勝又浩、松本徹、松本道介。そのなかで46名が取り上げられ、ベスト5が8名、下半期最優秀賞が1名という実績を持つとある。純文学としてであるためか、文人として活動する人が少ないのだなと、わかる。例えば、自分が所属して、今年141号で休刊した「砂」誌は、自分も入れて、「文学界」の同人誌評は何人かは不明。「群像」に転載1人、「週刊新潮」に転載1人、新潮新人賞受賞作家1人、「婦人公論賞」1人、「日本ミステリ大賞」作家1人、売り込みで商業誌作家1人という実績である。たた、それらの人とは音信不通のまま休刊となった。自分が「砂」に寄稿していたのは、印刷会社の社長が親友で、原稿不足で本が出せないというので、寄稿していた関係である。マーケティングライター生活をしながらでもあった。作文が多かったが、そのなかで、コピーライターでは書けない悪事を働く警官を事実に基づいて書いたら、警官がこんな悪いことをするはずがないと、掲載されなかった。今ではそんなことないであろうが、自分は大衆的感覚という点で、そういうことのバロメータとして、同人誌の人たちの感覚に興味を持った記憶がある。
発行所=東京・朝日カルチャーセンター。
紹介者=「詩人回廊」北一郎。

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2020年3月18日 (水)

東野圭吾『クスノキの番人』、アジア多言語版を世界同時期発売

 日本のミステリー作家の作品が、国際的に翻訳で知られるようになった。日本語という制約で、発行部数が国内に限られるのが、作家には不利に働いている。それでも大沢在昌などもアジアに読者をもつ。東野圭吾もアジアでは人気作家である。実業之日本社は3月17日、東野圭吾氏の書下ろし長編『クスノキの番人』(本体1800円)を発売した。
 今回、同氏の作品では初の試みとして、日本での発売と同時期に、中国語簡体字版(中国・新経典文化股份)、中国語繁体字版(台湾・春天出版國際文化)、韓国語版(韓国・素美メディア)が海外で発売される。
 中国語繁体字版と韓国語版は日本語版と同時である3月17日に、中国語簡体字版は新型コロナウイルスの感染拡大の影響から5月以降に発売される。発売エリアは、中国、韓国、台湾、香港、シンガポール、マレーシアなど。日本の書店においても、各国語翻訳版について実業之日本社が発売元となり、3月25日から販売開始する予定(中国語簡体字版のみ5月以降)。本体価格はそれぞれ2400円。

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2020年3月14日 (土)

文芸同人誌「火の鳥」第29号(鹿児島市)

【「坂道」杉山武子】
 80代の女性の人生回想録である。幼少期には、戦前に中国にいた。形式設定からすると、同人誌にありがちな、作文的人生回想記のように見えるが、そうした予想に反し、題材が同じでも、個性的な手法で文学性豊かな告白録に仕上げている。まず80歳になった語り手であるが、人生経験の豊さかから、酸いも甘いも受け止め、おっとりした心的な境地に達することができないという心境が提示される。いまだ「わたしの人生からの理想と自由を奪った人たちへの恨みは消えない」のである。強いモチベーションを語り手に与えている。
 さらに、中国吉林省にいた時の幼児期の記憶を詩にして記す。このような手法は、フランスの作家ミシェル・ウェルベックがすでに使用しており、それが状況説明に説得力を加えている。
 これらの要素により、読者は語り手に距離感をもちながら、話に強い関心をもつ。母親は亡くなり、父に育てられた子供たちの一人であった彼女の苦労話の重点は、戦後帰国して結婚したことからはじまる。見合い結婚の多い時代だが、運よく彼女は、誠という格好の良い男と恋愛結婚する。長男である。
 社会的な家父長制度のなかで、女性の立場は今も昔も大きく変わっていない。先日は、国際女性デーであったが、問題提起は昔からの因習からの解放である。その日本の具体的な構造とそこから脱却しようとする過程が、ここに記されている。誠の嫁になると、姑の義母が、これからは家族の一員になったと言われるが、実際は家族の奴隷であることがわかる。誠の家族と、長男という夫の立場から、金を出して実家の家を建てるが、夫婦はその建てた家に入れず、貸家に住んで、住んでいない実家のローンを返すという悔しい思いもあある。この辺は、自分の母親の愚痴にあったような出来事で、その後の実家の血縁関係と外からの嫁の差別的な待遇などは、身近な親類から良く伝えられた話と同じである(根底に人類的なテーマであるが)。とにかく、スピード感をもった語り口は、同人誌作品をとしては類の少ない、眼を逸らさせない面白さである。新型コロナウィルスのパンデミックなど、歴史的なできごとを背景にするなど、現代性をもった、生活雑記の表現に工夫を期待したいものだ。これから起きることは、若者も年寄りも同じ初めての体験なのだから。
【「Z嬢の嘆き」本間弘子】
 風刺精神の横溢した見事な表現力に感銘。全体が現代生活に対する、如何に過ごすべきかの問題提起になっている。しかも意図的であることに、創作力の豊かさを感じる。
【「随筆「のどかな日々」(全十編)鷲津千賀子】
 日常の断片を掌編的な表現でつなげたもの。まとめると中編になることがわかる。試みとして、成功しており文学の世界に入るものもある。これといった物語がないことでも、手法によっては自己表現の作文の領分を越える可能性をもつことがわかる。菊池寛は、「文章読本」という著作のなかで「観点」を持つことで、文学になるという主旨のことを書いている。
【「籠矢」稲田節子】
 思春期の世代の物語であるが、まさに従来に純文学とされたジャンルの作品である。この世界は、はロラン・ローランのジャン・クリストフの前半に描かれていることに並ぶ。芥川龍之介は、ロランのこの作品に感銘を受けたと、どこかに書いてある。同人誌にそれほど多くはない美意識のセンスのある秀作に読めた。
【「キンモクセイの香り」上村小百合】
 工夫をした設定で、蜂頭境という変わった姓の家の女友達がいて、その家を去ったが、同じ場所に変わったその姓の表札を見る。そこから普 通人の生活ぶりを焙りだす。意欲作である。
 【随筆「令和の公人・平成の私人」大迫蓉子】60代で母親の介護をしていて、自身が体調を崩した時の事情が活写されており、情報共有したいところもある。しかし、そうなるときりがないので、このへんで…。総括して、このような作品群の列挙であるなら、自己表現中心の同人誌としてのエリアを越えていて、存在意義を感じる。
発行所=鹿児島市新栄町19-16-702、上村方。火の鳥社
紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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2020年3月 4日 (水)

文藝誌「浮橋」第4号(芦屋市)

 【「呪いの海」―承前】】

  連載の後半ということになる。東日本大震災から7年。被災して家族を失った古川伸子は、神戸に避難している。災害の様子を文章化した記録的な作風。後世のために残しておきたい作品でもある

【「早春の円通寺」島 雄】

   かなり禅的な宗教体験をもっていて著書もあるいう作者が、円通寺にいき、住職と禅問答のような会話をする。堅苦しそうで、ユーモアがあり、悟りにこだわることが、悟りから離れることだと思える。

【「箱の中」佐伯圭子】

 箱の中に住むと、人間のもつ幻想の世界を体験する。理屈をつけずに、ひとそれぞれの感受性にあった世界を展開する。読むと奇妙な体験感を得られる。

【「青さぎ」青木左知子】

 定年退職したあとの自適生活を送っている男が、知っていながら知らない風景の土地に行く。しかし、それは突然の病気で、意識を失い、幻想の風景であったらしい。意識を取り戻して、そのことを悟る。いかにもありそうな、意識の作用の不思議を感じさせる。その幻想の風景の描写は、自分も似たような風景を幾度も見るので、なかなか読みごたえがあった。

【「奇譚 竹取物語」春水】

 日本の古典伝説である「竹取物語」の意図はなんであるかの考察を描く。諸説が簡単に紹介されていて、面白い。

 【「激震」曹達】

 連載小説で、本篇だけで中編小説並みの長さである。今回は京都の不動産取引がどんなものであるか、日本のバブル経済の時期の京都という土地取引の様子が、描かれる。京都はかなり特殊な土地柄であるころがわかる。その割に、傍観者的な人物が平板で、なにが激震なのかは、まだわからない。

【「水を売る人」小坂忠弘】

 山縣さんという不動産業をする知人と「ぼく」の関係を描く。阪神淡路大地震の被害にあったはなしなどを絡ませて、交際関係を描く。これも、人物の描き方が浅く、意味の伝達が物足りないような気がする。

 そのほか、短いものや長編があって、一言触れたいものがあるが、読書速度能力が悪くなり、さらにパソコンの扱い方の不調により、このへんで終わらせたい。

発行所〒659ー0053芦屋市浜松町5-15-712、小坂方。

紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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2020年2月20日 (木)

文芸同人誌「海」第23号(太宰府市)

【「喫水線」有森信二】
  因習の残る時代のある島の家族の話である。あとがきには、看護師を看護婦としていた時代と説明がある。一昔前の、核家族の進行している時期であろう。話は語り手が二男で、未婚。実家に家族と住んでいる。話は、家長で高齢の父親の重病とその手術の様子を描き、そのなかで家族と島の住民共同体の姿が浮き彫りにされる。長男の俊一は、結婚し家を建ててしまっている。本来は、長男が実家に残り、次男が家を出るのか普通であった。そのパターンが崩れている。作者は、家父長制度のなかの土地柄と村のとの人間関係、それに気を使う家族像を描く作品を多く描く。核家族の進行する現代への移行する過程を想像させるが、それが過去の否定なのか、ノスタルジアなのか、混迷する現代社会の捨てたものの中に、失われたものを照らし出すような、微妙な読後感を残す。
【「エゴイストたちの告白-第一話 センナヤ広場の地下から」井本元義】
 これは、純文学のうち、特にドストエフスキーの愛読者に特化した作品である。登場人物は語り手の年配紳士と、彼の双子のような雰囲気の紳士との関係をミステリー風に絡ませる。密度の濃い落ち着いた筆致の語りで、読む者の気を逸らさせない。見事な手腕に感銘を受ける。なかに「罪と罰」のマルメラードフを登場させたり、スヴィドリガイロフ等に筆を及ばせることで、独特の世界を作り上げている。ドストエフスキーの生み出した人間像を、現代日本に移植するような、感性は魅力的で、面白い。感服させられた。
【「友誼を断つ」中野薫】
 昭和時代のベトナム戦争反対の機運があった頃、若者であった語り手と友人の三吉の人生を描く。三吉はジャーナリストになり、語り手は警察官になる。それぞれの生活のなかで、歳を経て意見の相違から、語り手が長い付き合いを断絶することにする。今さら何の影響もない出来事だが、多くの人がそうであったのであろうと思わせる生活史になっている。
【「束草の雪」牧草泉】
 主人公の男の語り手は、高齢であるが、教師の経歴から、かつてMという女生徒と韓国行きの手配を幾度か頼んでいた。そのMと共に韓国旅行をする。Mは、事あるごとに男に迫るような雰囲気を見せる。男はそれに無関心のような振りをしながら、韓国巡りをする。韓国の事情がわかって面白い。その後、Mが癌で亡くなったことを知る。味のある作品。
【「アイツの経歴」神宮吉昌】
 車いす事故で亡くなった、息子を父親が「アイツ」と称して、その人生を語る。気持ちを全部書いてあるので、解釈を間違えられる心配がないのが長所だが、読者の気分の入る余地がないのが短所。
【「見てくれじゃないよ」川村道行】
 語りかけるスタイルのお話で、出だし好調。しかし、その後は語りが単調で、結局は最期の2頁を読めばわかる話。語りを書ききった根気に感心。
発行所=〒818-0101太宰府市観世音寺1-15-33、松本方。海編集委員会。
紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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2020年2月10日 (月)

文芸同人誌「海」第100号(いなべ市)

【「エスケープ」川野ルナ】
 三紀由良という女性の「私」は、大学卒業後、勤め続けた小さな印刷会社が倒産してしまう。失業してやっと、再就職したのが、TKソリュ―ションという印刷会社。石川県にクライアントの会社があって、そこに出向した形になるらしい。そこでの、理不尽な仕事ぶりに、ふりまわされる。たまらず、逃げ出す。作業の手順のおかしさや、勤め先の社長や社員の行動の矛盾が、細かく描かれているが、必ずしもブラック企業ではないらしい。ただ。変な会社から脱け出したという愚痴に近い話だが、退社の意思を伝達する代行業が流行っているというから、時代を反映しているようだ。会社の使用人としての立場の発想の典型として、貴重な表現になっている。ただし、自分が現役でビジネス社会にいた頃は、まず就職してからも、会社の経緯状態を観察し、約束した報酬が得られるかを判断して、話が違った責任者と話をし、うまくいかなかったらすぐやめていた。かつて年越し派遣村を取材した時に、なんでそんな不利な契約をしたのだろうと、不思議に思い、調べて社会が変化していることを実感した。自分の社会観察の資料となる作品である。
【「老日模様」紺屋猛】
 老後の夫婦の生活ぶりと、若い頃の思い出話が混ざり合って、ご長寿時代になすまし詐欺など、どんな出来事に見舞われるかを語ったもの。現在は人生の終末を意識しながら、若い頃の仕事ぶりなどを語る。淡々として、共感ができる。人さまの生活ぶりは、読んでいて興味深いが、勤め人時代と、現在の老年期がまじりあっているため、小説としては散漫になっている。
【「貝楼岬」白石美津乃】
 日本の周辺にある小じんまりした島での話。そこの夏のイベントのアルバイトに、短大2年の女子大生が応募して、島に渡る。そこに関口さんという夫婦がいた。島の出身ではなく、何か事情があって、ここで生活しているらしい。夫の関口さんがダンディで恰好がよい。イベントが終わって島を出てから。時間を置いて、再び島に行ってみると、すでに関口さんという魅力的な夫妻は、すでに島にいなかった。いわゆる、ひとつの異世界に近い雰囲気を、架空の島をもって表現し、軽快な明るさをもった、作品にしている。同人誌作品らしくない、明るい開放的な語り口感覚が生きている。
【「姉」宇梶紀夫】
 農民文学賞受賞作家である。相変わらず、手堅い。読むたびに、その姿勢に感銘させられる。そつのない語り口で、自在な文章。姉の人生をたどり、終末を語って味わい深いものがある。直樹という弟が、姉の子供と野球見物をする。語りどころでは、場面を具体的描いているので、読みどころの濃淡がはっきりし、味わいが生まれている。
【「水郷燃ゆー長島一向一揆異聞」国府正昭】
 織田信長の各地制圧の過程で、浄土真宗の信徒の多い長島城の地域一帯の僧兵や武士、農民が激しく抵抗する様を描く、歴史小説である。権力者である信長の徹底した宗教抑圧には、現代にも通じるものがある。人間性の考察のヒントになる。文学性を増すのに、阿弥陀信仰と共同体の存続にかける精神をえがければ、最高であろう。
発行所=三重県いなべ市大安町梅戸2321-1、遠藤方。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

 

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2020年1月28日 (火)

文芸同人誌「メタセコイア」第16号(大阪市)

【「白い闇」和泉真矢子】
 恒子は58才。義母の葬儀、教会の献花式に参列しているところからはじまる。彼女は股関節に先天性のゆがみがあり歩く姿に影響がでている。夫の姉もクリスチャンで、恒子はその縁からか、バツイチで子供が外にいる夫の圭一と見合い結婚した。いわゆる容姿に劣等感のある恒子の結婚生活の現状を描いたもの。なにか現世に不足を感じる恒子の気分をぐずぐずとした書き方で描き、純文学的作品ではあるが、クリスチャンにおいて、救いのない生活の心の闇が、印象に残った。このような事情を手際よく描いてしまったら、通俗小説になってしまう。すっきり描かない手際の悪いのだが、ポイントを抑えた書き方が純文学的になることの皮肉を感じる。
【「愛はきっと不平等」よしむら杏】
 離婚した女性が、さまざまな経過をへて、元の夫に再開するまでをひねった手法で描く。元夫は、原発事故で汚染された地域で、除染作業を行っている。除染を請け負った会社は、集めた汚染落ち葉を、川に流してしまおうとする、それに抵抗感を感じた元夫は、その事実を外部に告発する決心をする。前半はもたもたするが、後半の元夫婦のメールのやりとりのあたりから、俄然筆が締まってきて、良い結末にしている。
【「大晦日」北堀在果】
 正志が、どうしたのかという前提なしに宝塚駅の様子から始まる。その後、家族の事情が過去形で語られるので、正志が若くない男で、両親とは、勤めてすぐ別居したが、年に一度は、実家に寄っている。父親は同居時代に、会社をやめ、介護事業をしていた。作者の語るところから、昭和時代の家族制度のなかで、そのしきたりに、従ってきてきた正志であることがわかる。両親の面倒をみる必要があるという体場かたか、いわゆるババ付きという環境にみられ、結婚相手にも敬遠される。その苦労と苛立ちが描かれている。団塊の世代の家制度の変化の状況の一例として読めた。父親との関係が描かれているが、表現が浅く全体を漠然とした印象にしている。
【「虹の切れ端」桜小路閑】
 22世紀の近未来小説で、南田洋はアンドロイドの安藤愛をお手伝い訳のと同居人として迎え入れる。原子力の欠点は、技術革新で解決されたなどの説明がある。なにを表現したのかわからないが、おそらく未来生活を想像して書きとめたのであろう。
【「名残り」マチ品】
 どこの場所かわからぬ見知らぬ風景、書き手だけ知っている女とか、自分の持つイメージを描いた散文。退屈なことこの上ない。なにか読み落としがないかと確かめていたら、電車を乗り越してしまった。前衛的というほどでもないが、わからないイメージなので、きっと純文学なのであろう。
【「おお牧場はみどり」楡久子】
 語り手の女性は若くもないが、近くに年老いた両親が住んでいる。週に一度は泊まり込みに行って、両親と過ごす。退職している夫は、良く彼女の家事を手伝ってくれる。その生活ぶりが、軽快な文章で表現されている。いろいろあった人生を生き抜いて、無事で穏やかな生活をしてることに感謝と安堵をする様子が巧く描かれている。気がかりな両親も、彼女の娘が一緒に住むらしい。みんな頑張って生きている。日々是好日を浮き彫りにする。
【「遺産」多田正明】
 伯母が亡くなって、遺産が何億かあり、それを相続人で分けると、4千万円弱にるという。そこら、どうしてそのような大金を作ったという思い出話。言うことなし。そうですか、という読後感である。
発行所=「メタセコイア」の会、多田代表。連絡先=〒534-0002大阪市都鳥区大東町1-5-10、土居方。編集長・マチ品。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

 

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2020年1月20日 (月)

文芸同人誌「季刊遠近」第72号(横浜市)

【「妹」小笠原欄】
 妙子の妹は精神に変調をきたすことが多い。姉として、妹と同居していたが、彼氏ができると、彼と同居してしまう。その彼氏が、妹の精神変調が悪化すると、妙子に助けを求めてくる。そこから妹を精神病院に連れて行く。入院が必要とされる。いまは統合失調症ともいうが、妹の面倒を見ることの負担、ストレスの生じるところは、何らかの身近な人との体験談が入っているようだ。こうした病人をかかえた家族の苦労話として、同じ立場の人の慰めにはなるかもしれない。小説としては、作者の思想などが反映されておらず、迷える姉の姿を投げ出すように描いているのが、読者の共感を呼ぶかどうかは、体験者次第であろう。
【「伝言」森なつ美】
 急な雨に、駅で困惑している彼に傘を貸してくれた若い女性がいる。彼女とは、傘を返す日を決めて、駅で会うことにする。その日がきて、彼女と交際することもなく、ただ、借りたものを返して関係が終わってしまう。まさに、何も起こらず、現実そのままの話だが、それを題材にしたのは、悪くはない。ただ、ストーリー的な起伏を持たない話には、作者の思想や感覚を付加するような工夫が欲しい。
【「逃げる」花島真樹子】
 前回の「優曇華ー」では、19世紀的リアリズムで、濃い味の文学的な作品を発表した作者であった。今回は、若い頃の海外体験と現在性を合わせた話にしている。長年妻子のある男と関係をもってきたが、老いが近くなって、男から別れ話が出る。それを受け入れるしかないと理化できるが未練が残る。それを振り切るために、ジュネーブにいる友人のところに遊びに行く旅行記も兼ねた話。ジュネーブでは、80や70代の女性が愛人を持つことが通常化していることに驚く。結局、帰国して未練を押し殺して彼氏と別れることになる。定型小説ではあるが、面白く読める。
【書評「『消される運命』マーシャ・ロリニカイテー清水陽子訳」難波田節子】
 リトアニアの作家が、ドイツナチスの時代を描いたもので、とにかく普通に読めるし勉強になる。評論しないところが、最近の作者のモチベーションが表れているように思える。
発行所=〒235-0005横浜市青葉区荏子田2-34-7、江間方、「遠近の会」
紹介者=「詩人回廊」北一郎
 

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2020年1月 6日 (月)

文芸同人誌「アピ」第10号(茨城県)

【「遥かな想い(後篇)」宇高光夫】
 登山趣味色の強い山岳ロマン小説。美里という女性の人生の歩みを山登りを軸に置いて、男女と山岳ロマンを合致させる。美里は、愛した男を失うが、新しい人生への道筋を示して終わる。作者の明確な設計が効果を上げているといえるであろう。参考になる手法でもある。
【「白い夏」西田信博】
 老いた父親がシベリア出兵させられた体験を詳しく語る。負傷し、敗戦になってロシアでの抑留生活の辛い思い出をリアルに描く。シベリアでの日本兵の過酷な体験は、他の同人誌でも小説の題材にされているので、それらを読んでいる自分には、大変参考になっている。自分は、こうした有意義な資料をいかして、現代のロシアを研究し世界情勢のなかで、ロシアの特性を考えることが必要と考える。ロシア人は組織人となると人が変わるのか。人的迫害の残虐性はプーチン大統領の手法においても際立っている。チェチェン人民の弾圧の残虐性もあり、モスクワで起きたアパートテロ事件は、それで政権を強化したプーチンの謀略説も出ている。目下の米国のイラン攻撃を受けて、ロシアはイランをどう支援するのか。(米国は10年に一度戦争しないと、やっていけない国である、と自分は指摘してきた)。考えさせる作品であった。プーチンもトランプもキムもアラビアの国王も立派な暗殺者たちである。そこへいくと安倍首相などは、可愛いものなのか。
【「岸辺の風景(前編)」灘洋子】
 ここでの岸辺というのは、人が死んだ後に、三途の川を渡るという伝説的イメージをもとに、その渡し番の話である。人の死後の世界を舞台にするまで、想像力を伸ばしてきたのは、大変面白い。
【「自費出版その後―北海道―」田中修】
 作者は、ペンネーム「友修二」で「相馬藩家臣大友氏823年の過去と現在」-キリシタン大名大友宗麟との繋がり、そして今を生きるー」(友修二・著)を自費出版した。自分も読ませてもらったが、大友家が、秀吉が計画した朝鮮出兵を命じられたが、当時の大名たちがいやいやながら、戦いに行ったことを推量させる資料もあり、特に大友家はよほど気乗りがしなかったのか、改易という処罰を受けているところなど、興味深い。その後、相馬に行き、子孫が相馬市で原発事故被害にあうという歴史までわかる。その先祖の地、北海道の大友家系の大友章生夫妻と共に、道内ゆかりの地を探訪する。
発行所=〒309-1722茨城県笠間市平町1884-190、田中方、「文学を愛する会」。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

 

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2020年1月 5日 (日)

文芸同人誌「風の道」第12号(東京)

【「雨女~一葉の恋」間島康子】
 なつこというのが、一葉の本名なのか、彼女と彼女の小説を雑誌社に紹介し、世に出そうとする桃水との関係を、日記を資料に描く。しっかりした構成があるらしく、ふたりの好意の生まれる土壌を抑制した筆致で描き、その切ない事情が理解できる。お勧めの連載である。
【「風のうた」藤原道子】
 母親の亡くなった後の家の風景を題材にする。庭の植え込みの植物を目にしながら、モクレンの樹の根の強さと語る。庭の植物を語りながら、常に母への想いがこめられているのがわかる。
【「桔梗」荻野央】
 庭の植物になかなかの蘊蓄を感じさせながら、子供のいない老夫婦のその過去を潜ませた日常を語る。凝った作品である。
【「行雲流水」澤田繁晴】
 「生き乗る技術」で生きとし生けるものの存在に思いを馳せ、自ら生けることの罪業性をかたる。「来し方行く末」「憎まれ老人世にはばかる」「融通」「欲しがりません。勝つまでは」の各章がなどがある。ここの話題は、樋口一葉の伝記のような他人事でなく、自分自身のことだけに限定されている。人は何を語りたいかというと、まず自分のことである。フローベルが「ボヴァリー夫人」をそれは「私」だと、いったというが、ここではそれ以前の、素の「私」を語る。究極の自己表現に至った、それまでの心の経過を推察させる。物語派にばかばかしい話ばかかりである。それにしても、これまで書いていた「澤田家の秘密]は、どうなったのか。
【「日本・私家版「ポランスキーの欲望の館」小川田健太」
 ポランスキーといえば、猟奇的な事件を起こしている有名な監督である。本篇によると「戦場のピアニスト」の前に「欲望の館」というエロチックな作品があるそうである。そこで作者は自らの性的な体験をイメージ化する作品を書き、その過程を同時に記したもの。欲望を自分で掘り起こす作業として読むと面白い。
 その他、良くも悪くもひと癖ある作品が多い文芸同人誌である。
発行所=〒116-0003荒川区南千住8-3-1-1105、吉田方、「風の道同人会」。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

 

 

 

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