2019年6月17日 (月)

文芸同人誌「海馬」第42号(西宮市)

【「墓地」阿部トシ子】

 妙子という女性が主人公、独身。母親が離婚しているbなかで育てられたらしい。彼女の兄が墓を建てるので、百万円のお金を出して欲しいと、」母親に言ってくる。そこで、母親がそれに応じる話。昔の家族制度の残っているところもある。

【「夜の扉」山際省】

 彼女という女性のことから話が始まる。茜晴香という名であることは、しばらく読むと分かる。彼女うは水商売をしながら、病気の父親と同居している。そこに水商売の指名の客が付く。病院の院長である。なかで、その病院の院長の身の上話が入る。晴香は、仕事の合間にボクシングを始める。そのなかで父親が亡くなる。その葬式を無事済ます――人は好むと好まざるとに拘わらず、戻らなくてはならない場所があるのだ。――で、終わる。

【「隣人」山下定雄】

 兄から電話がかっかってくるのだが、主人公にはその内容にこだわる気はなく、浮かんでくる想念をそのまま書き連ねて行く。人間は、どのような想念に捉われ、どのような展開を見せるかに挑む作風で、今後に興味が湧かないこともない。

【「森の蔭に」永田祐司】

 森林組合で働く林業作業員の話。その職員のなかに女性がいる。鶏を殺めたり、縞蛇を殺したりするのが好きな変わった趣味がある。生き物に対する意見を述べるが、大雑把で感心できない。語り手の作業員の反論はない。そのほか林業作業員の生活の様子が詳しく描かれているが、どこまでリアルさがあるのかわからないところがある。

発行所=〒6620031満池町617、「海馬文学会(神戸)」

紹介者=「詩人回廊」北一郎。

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2019年6月15日 (土)

文芸同人誌「海」99号(いなべ市)

【「河岸の賭場」宇梶紀夫】】

 江戸時代の鬼怒川最奥に、阿久津河岸という水運物流に賑わう水路河岸があるという。上流の奥鬼怒は、「山根八千国」言われる木材の宝庫であった。それを筏にして下流に運び、江戸に送る。これを背景に阿久津河岸は繁盛したようだ。新太郎は、なにもない貧しい田舎から妹と一緒にこの地に脱出してきた事情がある。ここでは仕事が絶えずある。そこにはやくざの仕切る賭場もある。素人をいかさま賭場に誘い、いっときは大儲けさせて、その後大損をさせて、金を貸した形にし、あとでとことん金を絞り取ろうという仕掛けである。新太郎は、それに引っかかり、妹と共にそこを逃げるまでの話である。ーー作品の実際は、時代考証的に鬼怒川の水運物流の拠点として、商業活動がどのように行われたかを、分かりやすく説明するために物語化したというように見える。東京はでいうと多摩川の下流にも奥多摩から木材を筏流しする筏師いた史実がある。そうした関係で興味深く読んだ。作者は農民文学賞受賞を受賞した時に、ライブドアPJニュースとしてネット報道した記憶がある。編集後記によると、今年は、全国同人雑誌最優秀賞を受賞したとある。

【「曲折水流」紺屋猛】

 主人公は、マンションの管理組合の理事をしていて、書記を務める。築30年以上経つと貯水槽も傷んでくる。そこで補強や改修、給水システムの変更が必要となる。そのためこのマンションでは、貯水槽の補強工事をすることに決めたが、その決め方がおかしいと、組合員から苦情がでて、その対応に苦慮する話である。このマンションは、地上に貯水槽を置いて、いったん水を貯め、それから屋上の給水塔にモーターで揚水し、そこから全戸に給水する古いシステムのままのようだ。このシステムの長所は、道路の水道工事などで、一時的に断水しても、地上と屋上に水が貯めてあれば、しばらくはその水が使えて住民が断水することがないことだ。ーーただし、貯水槽が下にあるとマンションの敷地が狭くなる。また、貯水槽の清掃、補強などに経費がかかる。最近のマンションは、貯水槽をやめ水圧を高くして屋上におくるとかして途中を省略するところもある。そういう案が検討されないとことをみると、だいぶ以前の話かなとも思う。自治体の水回りの設備条件にもよるのであるが…。

【「三枚のスケッチ」国府正昭】

 三篇の掌編小説を並べたもの。「ある勇気」では、横浜に住む、従弟の幸生から久しぶりに電話連絡がある。彼は正義感が強いので、公害の盛んな地域(四日市?)から出て移住することになったが、公害の町を見捨てた行為として、後ろめたい思いをしているらしい。してしまったことに後ろめたさをもっていると、主人公は思う。そのうちに横浜のマンションが、施工不良で傾いた事実が明らかになり、それが内部告発によって分かった事を聞き、それは幸生の義を見てせざるは勇亡きなりの精神によるものと信じる。「百姓持ちたる国」は、織田信長と長島願証寺の一向宗の戦いを描く時代小説。「耳石」は、耳の中にある石だそうで、それが影響を与える不思議物語。掌編三篇があるが、相関関係や意図については不明。ただ、読めばそれなりに、「へえ」と思う。文学の新機軸というのは、どんなことから始まるか、わからないので、試みとして後世につたえるのもいいのかも。

【「花摘む野辺」遠藤昭巳】

 「私」は水槽のメダカの様子眺めるような日々を送っている。そんなところに、両親が始めたアンドウラジオの昭和の28年頃のアンドウラジオの写真をもってテレビ番組制作会社がロケにやってくる。これまでの経歴を番組化したいと言ってくる。アンドウラジオは、現在もエアコンシズーンの工事を主に弟が店を細々と継承している。ーーテレビ番組制作のロケの取材で、過去の写真をもとに昔のアンドウラジオの店があった跡地を訪ねる。電気店のメイン商品からテレビが出来て、店頭の通りがテレビ観客で鈴なりになる光景を思い起こさせる。文学的には、作者の詩人的体質が書かせた叙事詩的な秀作。昔の生活ぶりが幻想的に描かれている。つながり的には、佐藤春夫の「田園の憂鬱」のような詩的雰囲気の流れを汲む精神の健在さ感じさせる貴重な作風に思わせる。

発行所=5110284三重県いなべ市大安町梅戸2321-1、遠藤方。

紹介者=「詩人回廊」北一郎。

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2019年6月 9日 (日)

文芸誌「星灯・SEITO」第7号(東京)(2)

文芸誌「星灯」第7号(東京)(2)

【エッセイ「良寛さんの地震見舞い」さくむら聖いち】

 良寛さん(1758~1831)1828年の三条地震の時に。71歳でそれを体験したという。これを読んで、自分が東日本大震災を体験したのが70歳だったのではないか、と思った。このように、身近なことを連想させる書き出しで、優れている。1112日の朝8時にマグニチュード6.9というから、当時の木造家屋では壊れたのもあれば、火事でほとんど焼失したとある。地震で子供を亡くした知人の酒屋、山田杜皐ところに、お見舞いの手紙を書いたという。手紙の写真もある。達筆であるが、昔の人の読み書きの能力はすごい。この点では、世界第一の識字力の民衆であったろう。良寛さんは、山田酒屋の受難心境を熟知しながら手紙のなかに「災難に逢う時節には災難に逢うが良く候、死ぬ時節には死ぬがよし候」と言う言葉の入っていたという。

 これはお互いが、友人としてよく知り合っていたからこそのもの、という。東日本大震災の時に、この語を使った人がいたらしく、突き放した冷たい言葉、という批判が遭ったそうである。それが、時代というものか。本来親しくない人の間でも、どうしようもない状況において、この世の全存在が、宇宙的な活動の中に投げ込まれている、という実感をもつことで、生死の狭間を越えた世界で、悲しむ力の苦しさから脱け出すものを感じさせるのであるが……。

【「『文学=史』の試みー志賀直哉『真鶴』をめぐって」島村輝】

 志賀直哉といえば、自分のなかの人間的な感覚を忠実に文章化することで、小説の神様といわれた時代があった。自分は真鶴や根府川付近一帯が好きで、幾度が文学仲間といっている。釣り宿に泊ったこともある。志賀直哉の『真鶴』は、ここで概要をしっても、読んだ記憶がない。ただ、本評論では、そこから志賀直哉の時代の日本が侵略した「東アジア関係史」へと関連が見事に結び付けられる。あとがきによると、中国での講演されたもの日本語版らしい。一般論と視点の異なる文学論もあるということで、貴重な資料であろう。

【「憲法と戦後改革は町内会をどうデザインしたか」紙屋高雪】

 これは、現代性に富んだ問いかけである。現在、全国的に地域では通常の町内会とマンション自治会、管理組合など、さまざまな形態の共同体が混在して、生活を営んでいる。もともとは地域を統治する自治会は、敗戦後の米軍から太平洋戦争で銃後の兵士としての、洗脳と団結力を維持する組織として、危険視された部分があるらしい。当会員の小野友貴枝氏は「社協を問う」(文芸社)を執筆しているが、この社会福祉協議会というのは、GHQが創設を命じたのだという。マッカーサーは米国の寄付という社会貢献の思想を定着させようと、お上意識の強い自治会の対抗組織を作ろうとしたらしい、というのが、この本を読んだ自分の解釈である。草の根的で、自発的な発想の活動組織を作ろうとしたのであろう。この評論では、お上である自治体と町内会の癒着とお付き合い仲間意識から、自らの発想での町内会運営を主張している。

 現状では、町内会とマンション自治会の連携が課題になり、また「社協」は寄付が主体であるはずが、町内会に会費負担を依存したり、そのなかで町内会費を「社給」の寄付にすることに異論を唱える住民もいて、自治体も企業に寄付を依頼するなど、さまざまな兆候がでているようだ。

【「1968年とマルクス主義―加藤周一論ノート(6)」北村隆志】

 自分は経済学批判としてのマル・エン「資本論」を糸口に、宇野理論やシュンペイターを学んだ。当時の大学入学時には、近代経済学科がなかった。卒業するころに、就職には近代経済学(ケインズ理論)が必要と科目がつくられた。文学とマルクス主義を結び付けたの、バクーニンの無政府主義的理論であった。独裁政治に利用される共産主義理論しか見ていない。そうした意味で、正統的なマルクス主義思想と文学思想の関係を知るのには、この加藤周一論と言うのは、大変ためになる。労作である。ただ、社会の現実と思想でみる文学論とは、距離があるので、多くの支持者を集める理由なども知れたらよかった。《ご参考「地球座サイト;覇権国家は強奪の歴史!?箒川兵庫助

発行所=〒1820035調布市上石原354-3-210、北村方、星灯編集委員会。

紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一

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2019年6月 8日 (土)

文芸誌「星灯・SEITO」第7号(東京)(1)

【「NO COFFEENO LIFE.」渥美二郎】

 コーヒー好きのそれにまつわる事柄を、喫茶店や人生模様などをからませた話。会社内のコーヒー利用施設の味わいから、田舎の喫茶店の話。身体障害のある兄とコーヒーとの関係。コメダ通いの日々。そして、ある授業での教師がゴルフボールをいくつも口に入れての訓示など、直接は関係ない出来事を語り、やわらかな雰囲気の文体で、大切に日々を生きることを見つめる。筋のない感性による純文学的な表現と、持ち味の良さに感銘を受けた。

【「タダノボル」野川環】】

 独身で独り暮らしの多田ノボルのアパートに、中年男の山田ヒデオが現れ、ひょんなことから住みだす。費用はノブル持ちである。倉庫のバイトをするノボルに、男はおにぎりを作って持たせてくれるが、これがなかなか旨い。男はパチンコで稼ぐといって、ノボルから千円を借りるが、勝負に勝ってはこない。そのうちに、五千円を借してやった後に、家に帰るといつも横になってテレビを観ているはずの彼がいない。その後の音信もない。ノボルは、その後の生活に寂しさを感じている。バイト先の倉庫で仕事をしている時に、小学生が表の通りを通るを、可愛く感じるというフレーズを複数入れている。それが、時代としての平和感を醸し出している。生活感をのみを浮き彫りにする、視点の良さに個性があって、文章力に、上質な才気を感じさせる。

 小特集・シベリア出兵・米騒動100年―というもので、以下の2編がある。

【「『シベリア出兵100年の旅』-ハバロフク・ウラジオストクー」金野文彦】は、作者が幾度目かのシベリアに今年4月に単独行での現地の様子が少しでもわかるのは、有意義であろう。

【「1918年米騒動と戦後小説―堀田善衛『夜の森』と城山三郎『鼠』をめぐって(上)」大和田茂】タイトルを読んでも、どのような関係があるのか分からなかったが、堀田善衛が極限的なリアルズムで、黒島伝治を超える残酷なシベリア兵生活を作品「夜の森」にしていたことも知らなかったので、驚いた。いずれにしても、日本の外交関係とその相手国への見方が、どのメディアも忖度報道ばかりである。余りにも相手国との歴史的な関係を無視し、目先のことだけを簡便に報道する。韓国もロシアも、それなりの自国の立場を主張する根拠があるのに、あまりにも感情的だけに関係を利用している。特に安倍政権は、日本の独立性をないがしろにし、米国従属国への強化の情報操作が目立つ。その意味で、他国の事実を知ることは重要であろう。

【「宮沢賢治の理想郷」本庄豊】

 宮沢賢治の作品よりも、解説本でその中身を知ることの多い自分だが、これもまた有益な紹介である。知り合いに、調理師がいて経営のノウハウのことが書いてあると思い「注文の多い料理店」を読んでしまったという。それも素晴らしいことだ。この作品を読めばそれもないかも。しかし、人生は寿命の長さでなく、その中身だとしみじみ思う。最近の幼児の死の出来事を知るたびに、この宇宙は大いなる悲しみを包含しているのだなと、宮沢賢治の作品を想い起こす。小さな短い命も、その使命を果たしたのだ、と思いたい。

発行所=〒1820035調布市上石原354-3-210、北村方、星灯編集委員会。

紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

 

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2019年6月 2日 (日)

文芸同人誌「季刊遠近」第70号(横浜市)

【「温泉宿」浅利勝照】

 人口減少によって、過疎化した観光地になった故郷に戻った45歳の里子。亡くなった両親の経営していた旅館は、弟があとを継いだはずだが、経営悪化でそこを投げ出し、都会に行ってしまう。里子もそれなりに行きどころがなく、傷心の里帰りである。過疎化する墓地でに戻って、立派な墓をこれみよがしに建てた女性もいる。そのなかで、里子は都会に戻ろうとするが、思い直してここにとどまり生きる決心をする。よくまとまっている。里子の人物像がはっきり描かれているで、その後の里子のサイバル的生活があれば興味がわく。

【「妻の敵と夫の敵」藤田小太郎】

 高校教師の定年退職がきまり、その後の勤め先を探している男とスーパーに勤める妻、ゆう子との夫婦の口喧嘩を素材にした物語。現在「妻のトリセツ」(黒川伊保子)が17万部のベストセラーだそうだが、これは別の意味で、妻のゆう子の言行が面白い。夫婦喧嘩を目にみるようで、引き込まれる。また、やり返したいという気を起こさせる妻の言動が具体的なので、純文学的ではないが、この姿を見よという問題提起で、活性化した形の夫婦の本質に触れた感じがする。

【「虹の彼方へ」花島真樹子】

 生活日誌的な作風の多い同人誌のなかで、粋と御洒落の装いをもった好短編である。かつての美人女優から、年とって中年、老年とテレビドラマに出ていた女性が高齢者施設で過ごす様子を、外側から施設職員の既婚男性が観察者として描く。どこまでも、世間を観客とみなして生活することで、女優でありつづけようとしてしまう、女性の心理が共感を呼ぶ。その哀惜を生む筆致が、作者の美意識を感じさせる。華のある哀愁を含んだ、創作力に富んだ佳作であろう。

【「背骨を削る」難波田節子】

 年をとっての腰痛のうち、脊柱の曲がりで神経が圧迫されるのが、一番危険で、痛みが強いらしい。骨の異常から診断手術にいたるまで、事細かに手順よくすべてをというより、要点をわかりやすく描く手腕はすごい。表現には根気が必要とは心得ていたが、同人誌関係の経緯までを分かりやすく、丸ごと浮き彫りにしている。なぜか、つい引き込まれて読んでしまうのだから、これも才能というものであろう。

【「平成老輩残日録」藤田小太郎】

 この記録は、腹違いの弟を義弟として、親の残した屋敷及びその跡地の遺産相続に関する交渉事を記録にしている。弟は腹違いであることを意識しているのか、兄との接触をせずに、相続の権利確保に法的に問題ないよう、きちんと手続きをしている。その様子が兄の立場で、不当なことをするのではないか、と疑惑の視線で記録している。感情的にもめないように、割り切れる手立てをきちんとしている弟の行動は、第三者的に読むと、なかなかしっかりしていて、問題にならないようにしているのはなかなかのやり手である。遺産相続でもめて嫌な思いがしないだけでもよいことであろう。 これは自分の感じでしかないが、このままでは、日本語では文学味が出ないように思えそうだが、もし、村上春樹などが英訳したならば、義弟の心理をを浮き彫りにする良い短編小説になるのかも知れないと思わせるところがある。

発行所=〒2250005横浜市青葉区荏子田2-34-7、江間方。「遠近の会」。

紹介者=「詩人回廊」北一郎。

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2019年5月29日 (水)

文芸同人誌「あるかいど」第66号(大阪市)(下)

【「ヒナネコの唄」切塗よしお】

 小さな芸能プロダクションが、スター芸人などはいないのに、なんとか興業を続けている様子を描く物語。とにかく読んで面白い。しかもそうと長い話でエピソードも充分。納得させる読み物である。物足りないところもあるが、まとまっている。これほどの読み物でも、自費で発表するしかないの、と思ってしまう。しかし時代の環境を考えれば、そんな発想は古いものになるのであろう。

【「むらすすめ」奥畑信子】

 第4回藤本義一文学賞受賞作品とある。ほんのりとしたホームドラマ風の登場人物と筋の運びが、手際良く整理された文章できれいにすっきり描かれている。同系統の作風の普通の同人誌作品と異なるのが、どこかというと、話が横にそれずに問題提起がはっきりしているところであろう。普通多くあるのが、読み始めてこの作者が何を語ろうとしているのかが、しばらく読み続けてからでないとわからないところがある。だから、出だしで興味を失い読むのをやめてしまうのもある。この作品にはそれがない。このことは、微差のように見えるが、広い読者に向けてを考えれば、大差になる。余談だが、藤本義一には彼の全盛期、企業PR誌向けにコラム原稿依頼をした。放送局に入るので、取りにくれば良いというので、大阪の社員に行ってもらった。その社員のいうのには、注文をそこで訊いて、放送の合間に2枚の原稿をさらさらと書いて渡してくれたそうである。内容もオチがあって面白い。流石……と驚嘆した記憶がある。

【評論「関係性の文学―ポスト・モダン」高畠寛】

 これは10年程前に作者が「樹林」に書いたものをまとめたものだとある。これを読むと思想のテーマは時間軸が長く、特に昔の話だからどうのこうのということもなく読める。リオータールの説く、ポストモダンが、マルクス主義思想を含む「大きな物語」からの脱却をはかろうとする思想。ここでは、筆者がポール・オースターの作品を読み、構造主義を論じ、そのなかでポスト・モダンの文学的位置づけを論じている。モダン(近代)「主体性の文学」から、ポスト・モダン(現代)関係性の文学へ。真の主人公(主体性)の喪失。主人公にともなうスト―リー喪失。それにかわるものとして、偶然(関係性)への移行。などとして、関係性の文学としたもののようだ。そして日野啓三の小説「夢の島」の作風にその興味を収斂させていく。なるほど、なるほどと、その視点の面白さに引き込まれる。ジャーナリズムに操られる国民批判も生きている。こういうのは大いに頭の体操になる。

【評論「十四歳で見たものー林京子『祭りの場』より」向井幸】

 今、林京子の作品を読むには、どうすれば良いのか。存在を知っていて、そのうちに読もうと思っているうちに、簡単に読めなくなる環境になっている。本作で、非常に恐ろしい原爆被爆者のことを描いていて、その抜粋が大変迫力がある。高畠氏の評論でもそうだが、適切な引用の大切さを思い知らされた。

発行所=〒545-0042大阪市阿倍野区丸山通2-4-10-203、高畠方。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

 

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2019年5月24日 (金)

文芸同人誌「あるかいど」第66号(大阪市)(上)

文芸同人誌「あるかいど」第66号(大阪市)

【「何もないところ」木村誠子

 28歳の「ぼく」がナミビアに行く。そうする事情は、ぶんちゃんと呼ぶ父親か祖父筋とかの親族の意志によるのらしい。これは、作者が物語づくりに必要される設定上の仕組みであろうか。このなかでの読み物はナミビ砂漠とその周辺に関する描写である。湿潤な日本とはかけ離れた風景の雰囲気が心を明るくする。これは、実際がどうかというより、作者の想像力の表現によるものであろう。その表現のために、細く薄い物語の糸を埋め込んでいる。その小説の理屈に沿った仕掛けと、砂漠の組み合わせが巧いと感じ、良質の詩精神をみる。自分の考えでは、まとまりを重視しないで純文学に向かう方法もあるのではないか。砂漠を体験している「ぼく」精神をもっと深めた方がそれらしいような形になるような気がする。

【「そこからの眺め」高原あうち】

 「ぼく」の小学生時代の時、クラスに両手の小さい身体障害をもつ女性生徒ヒロコがいた。彼女がクラスでイジメを受けて、それを撃退する様子をみている。その彼女と30代にになって再開する。「ぼく」が副業的な落語家をしている時に、彼女が現れファンを増やしてくれる。彼女はバツイチで子持ちの立場に負けずに意欲的に生活している。その彼女が「私」に求婚してくるが、それを断る。そのことで、彼女に対するコンプレックスを意識する。話の運びと現代的な風俗を組み合わせて、気をそらさない話の運びである。話の構造もしっかりしている。はっきりした性格のヒロコと曖昧な「ぼく」その二人の人生態度が、会社の貸借対照表のようにピタリと気持ち良く合って、きちんと納まっている。面白いからいいか、と思う一方でドストエフスキーの「2+2が4であることが、人間的には納得できない」という発想が頭をよぎる。

【「蘇鉄の日」久里しえ】

 近年、女性の性的な被害が、表ざたになってきている。しかし、社会はその味方をするような動きは鈍い。抵抗運動の活発化の範囲を出ていない実情がある。しかし、ここでは佳子という少女が、変質者による性的な被害を受ける。誰にも話せず、祖母に打ち明けるが、誰にもいわずにいろと言われる。その隠されたトラウマの深さを表現する。おそらく、多く女性が何らかの形で経験してるが、語らずにいる一例なのであろう。書くモチベーションの強い作品である。家族の設定とその様子の表現力も優れている。仮に、この佳子が成人して社会でどれほど成功者としてスポットライトを浴びたとしても、その心の奥にこの事件は、トラウマの影を刻んでいるのであろう。おそらく多くの女性の琴線に触れるものがあるのではなかろうか。

【「死にたい病」住田真理子】

 裕福な家の一人娘の絵里の母親が、夫を亡くして病もちになり、79歳になって、夫と暮らしたマンションを売って、豊橋の高層マンションに住む。彼女の夫は義母と性格が合わず、絵里だけが母親の相手をする。母親には、娘だけが頼りなのであるが、絵里にすれば悪い物に取りつかれたような、気分になる。そうなった事情も語られる。なかで、母親の面倒を絵里が見るところの、典型的な状況の説明は、具体的で女性ならではの、きめ細かい描写で圧巻である。母親の死にたい、死にたいという口癖があっても、精神病ではないと診断されるというのも、皮肉な話である。

 発行所=〒545-0042大阪市阿倍野区丸山通2-4-10-203、高畠方。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

 

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2019年5月17日 (金)

総合文芸誌「ら・めえる」第78号(長崎市)

【「八十路を越えて」田浦直】

 作者は82歳だとある。健筆ぶりに感心する。このなかで、医師になろうとした時に、命のかかわる病気と事故にあったが、それらを切り抜けたという。その後、政治の世界に入り、田中派、中曽根派、二階堂派など、派閥の活動の盛んな自民党から参議員議員に立候補したようだ。人間の人生行路を知ると、宇宙空間での生死の運動の不思議さを感じざるを得ない。

【「長崎の唐寺を世界文化遺産に」新名規明】

 唐寺というのは、航海女神馬租を祀る廟がある寺で、長崎にしかないそうである。寺というのは、時の世相にしたがって、宗旨がかわって、承継されているものも多い。解説によると、隠元禅師がかかわっているということで、禅宗の系列に入るのであろうか。まったく知らない話なので、興味深く読んだ。多くの文化遺産のある長崎の重要地を知る人は少ないように思う。

【「『電力の鬼』に思う」関俊彦】

 現在の電力会社と業界の礎を作ったとして、松永安佐ヱ門の存在は有名であったが、戦前のことや戦後のGHQとの交渉の詳細は知らなかったので、参考になる。本論でも触れているが、東急電力のその企業体の継承について、松永精神であったら、原発についても違った対応があったのではないか、と思わせる。国策民営という名目で東電は倒産をしないでいる。その負担が世界でも高い電力料金にかかっている。電力を安くすれば、生産性が上がるのに。さらに松永のような交渉力をもった人が駐留米軍基地の協定にあたっていたら、現在の米軍占領的不平等はなかったろうな、と考えてしまう。

【「『国家と宗教』忠誠と反逆~信仰に育まれた世界遺産(その2)」城戸智恵弘】

 前号おけるこの論は、読者反響が大きく、潜伏キリシタンについてなど、いろいろな意見が届いたという。本稿では、中国のキリスト教徒とバチカンとの間が、妥協するのか、対立弾圧をするのかという、不透明な現状に触れている。中国の共産党独裁のもとでは、無神論と宗教の自由を建前にしながら、人民の心情的集団化は、警戒排除する方向にある。はたして、人間が物質的な豊かさへの夢だけで、多民族国家社会を形成しうるのか、大きな問題を考えさせる。本論では、江戸時代にポルトガルが占拠した長崎の出島権についての権利関係の実態に迫る資料の検証が有益である。いわゆる領土問題の支配に関する名目と実際の形は、現代にも通じるものがあるからだ。

【「教会領長崎」吉田秀夫】

 江戸時代の長崎に思い入れの強い「私」の意識が1500年代にタイムスリップするのである。表現力に無理がなく、説得力をもって、読者を長崎の過去と現代を往復させる。

 本誌にはその他、長崎に関する歴史的な資料に満ちものがある。

発行・長崎ペンクラブ事務局〒850-0918長崎市大浦町927、「ら・めーる」

紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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2019年5月11日 (土)

文芸同人誌「弦」第105号(名古屋市)

【「ヨウシュヤマゴボウ」木戸順子】

 ――魔が差したとかいいようがないーーこれが書き出しである。48歳の木綿子は、離婚し娘が手元を離れている時期に、妻子のある男と情事をしているさなかに、母親が亡くなっていた。これがこの小説の問題提起であろうと思ってしまうのだが、それは話のなかのひとつの出来事で、そのほか、それから彼女が60歳を過ぎた時の話まで、いろいろなエピソードが語られる。少ないページ数で生活感覚に満ちた話を詰め込むことを実現する文章力に感心する。非日常性を含んだ物語性の面白さを求める読者には、薄味に感じるかもしれない。その意味で、同人誌ならではの作風であろう。

【「地下茎を切る」山田實】

 主人公の桑原は、妻子と離婚して一人暮らしをしている。それは母親がなくなる以前のこととあるので、高齢になってからのことらしい。そこに、三年前に会社を65歳で辞めた会社の上司であった大塚から、会いたいという電話をもらう。そこから、大塚の裏山の筍をとり、同時に竹林の管理のための地下茎を切ることを手伝う。その作業の様子が、小説的描写の読みどころとなっている。高齢者にかかわる小説には、老けた雰囲気のものが多いが、ここではそれを感じさせない力作業の場面が活きている。

【「岸辺に立つ」小森由美】

 長年連れ添った夫を亡くした妻の喪失感が、丁寧に描かれ、共感を得て読む。文学的表現としてもきちんとして、優れている。私小説作品としては、あれこれ書かずにテーマに沿って喪失の情念を表現した点で、優れている。

【「俳人 河東碧梧桐への誤解」有馬妙】

 自分は余り俳句のことを知らないので、いちど俳句結社に入って、実作勉強をしたことがある。たした虚子の門下生による写生俳句であった。とにかく、簡潔な風景描写や情景表現が主であった。自分はだらだらと書くことで、言葉の揺れを活用したいと考えていたので、簡潔であることの効用を学んだが、表現の幅の狭さは散文家にはまったく別の世界と知った。本作では、虚子と碧梧桐のちがいが明確であると同時に、それぞれの主張があることを学べた。

【「彼方へ」高見直弘】

 カラスの俺が空腹をかかえて、生きる糧をえようする状況を描く。

【「池の畔で」森部英生】

 大学の元教授が、散歩道で知った元大学教授との交流を軸に、知られざる大学教師世界の内部構造について描いたもの。

【「夏樹とケイ」市川しのぶ】

 遠い親戚の息子のケイの両親が交通事故で亡くなってしまった。ケイの引き取り手として、近くにいる夏樹だと病院に言われ、一時的に預かることになる。ケイは、事故の結果を知らない。難しい立場の夏樹の心境を描く。

【「叫び」空田広志】

 同人誌作家の男と同じく同人誌作家の中で優秀とされる女性作家の話。ムンクの作品などをからませて、なかなかロマンテックに書かれ、生活的でない非日常性をもたせて文学的雰囲気を楽しめる。

【「紀泉高原」長沼宏之】

 高齢になって、見知らぬ女性から手紙をもらう。そこには、過去に親しかったが、結婚にまでいかなかった女性との交際にかかわるものであった。その女性の娘から当時の母親の出さないで、密に仕舞ってあった手紙を見せられる。そこにちょっとしたトリックがある話。

【「同人雑誌の周辺」中村賢三】

 同人誌の作品の概要と感想が記録されている。当サイトのような紹介文を超えて、深く食い込んだ読み方で、交流活動が多彩であることがわかる。労作であろう。

発行所=〒4630013名古屋市守山区小幡中3丁目427.中村方「弦の会

紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

 

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2019年4月29日 (月)

文芸同人誌「私人」第98号(東京)

文芸同人誌「私人」第98号(東京)

【「カブール空港」えひらかんじ】

 アフガニスタンは、アルカイダテロの拠点として、2002年に米軍の空爆などがあり、荒廃しているというイメージであった。その後もテロはあるらしいが、本作によると、2008年に日本の無償援助によってカブール空港建設を無償援助し完成したという。工事にかかわった作者は、壁画や装飾品を見て、アフガニスタン人の美意識が優れていて、職人技に優れていることを記す。国民については、個人としては、頑固であるが、人情味豊かだという。しかい、社会的には汚職などがはびこる、因習もあるという。

 現地でのアメリカ人の考えや、現地人の思想をまとめて知るような談話が入れられて、大変参考になる。たまたまこれを書いているときに、スリランカでのテロが報じられている。この事例からしても、日本に無縁のでない中東状況の様相として、関心をもつべきであろう。

【「群眸」根場至】

 定年退職後に人生を振り返る教養小説的要素のある話。全学連からはじまった大学紛争で混乱する時代のキャンパス時代の交流と世相を描く。話の軸に交際が充分でなかった彼女との再会のために出かけるところで終る。読みやすく、事実に創作をからめた自己表現的な文学作品。

【「南町商店街ソフトボール部」成田信織】

 小さな商店街の仲間が集まってソフトボールのチームを作る。その仲間の交流を描き、市井の人々の生きる姿を描く。

【「狂騒的日常の記憶」百目鬼のい】

 2歳から3歳になる頃から20歳になるまでの記憶をピックアップする。短くてあっけないが、手法に野心的な匂いのする作品である。

【「山抜け」根場至】

 富士山の山麓で青木ヶ原の近くある西沢蟹沢分校に赴任した興石という教師の話で、そこでの志津代という既婚女性の交流などを描き、蟹沢という村が山抜けという土砂流の崩壊現象で多数の死者が出た。村は移転し、死者の碑はがあり、そこにそれまでの登場人物の名が刻まれていたという。この世の儚さを感じさせる。だけど足和田以外にもそんなことあったのかな。

【「父と息子の老年―黒井千次の『流砂』」尾高修也】

 黒井千次という作家の、父親はかつて思想検事をしており、報告書「思想犯の保護を巡って」を書いていた。それを題材にしたのが小説「流砂」であるらしい。その父親は20年前に亡くなっているはずだが、小説ではいつまでも死なない存在であるらしい。いわゆる世代交代の世相を描くようだ。世代は交代するとどうなるのかの問題も含めて、純文学の現代的な一面を解説している。

 その他、エッセイとして【「映画に学ぶ」みやがわ芽生】で、「ボヘミアン・ラプソデイ」などの観賞芸術論を展開している。自分は、BSTVでフレディを演じた男というドキュメントを観ただけだが、なんとなく理解できた。また、【「ライブストア」桜庭いくみ】で、高齢者を対象に百円ビジネスを展開する会社を、生きがい発見の立場から賞賛する。たまたま、「詩人回廊」安売りショップの特別販売に通う日々 で外狩雅巳氏が、同じ企業らしいことを文学的な表現で表わしているので、大変興味深かった。

発行所=〒1630204新宿区西新宿261、新宿住友ビル。朝日カルチャーセンター尾高教室。

紹介者=「詩人回廊」北一郎。

 

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