2017年4月15日 (土)

文芸同人誌「澪」第9号(横浜市)

 本誌は地域リトルマガジン的同人誌という姿になりつつある。
【YOKOHAMA発巻頭インタビュー「先人の営み、その精神を伝えたい!」清水靖枝】
 インタビュ-アは石渡均編集長。話すところの清水靖枝さんは、地元の市民活動家で、長屋門公園歴史体験ゾーン運営委員会事務局長、阿久和北部連合自治会事務局長、阿久和北部地区社会福祉協議会会長、NPO法人見守り合い広場代表など。藍綬褒章受章者である。
 清水さんの話には、日本人の生活の現場が良く見えて、大変興味深い。地域社会の現状である「自然破壊」の停止、日本の原風景を守ることをしてきた。子供の教育と、貧困問題、団塊世代の社会的活動の影響力など、都市部の住民の現実を知ることができる。
 国家として、教育方針を打ち出していても、それはお役人の空理空論にすぎなくなっていることがわかる。最近は、教育勅語の導入などがメディアで論議されているが、メディアですら国民意識の現実を知らないで、組織の上部構造のいうままであることが、報道なのか、その矛盾の露呈することを意識させる企画といえる。
【「パ、の同窓会」衛藤潤】
 おそらく、学校の同窓会を軸にした、女性の生活意識を描く。女性の夫は、同窓会は成功者たちが集まるもので、それを見せ合うものだと定義する。その一例を示す。現実の日本人の生活描写であるが、そこに提示されたことの意味を、読者が考える余地がある。
【「魚無釣堀場」片瀬平太】
 「大人の童話」という肩書つき。ある場所の釣り堀には、そこで釣りをすると、過去の幸せだった時代の幻想のなかに入れるところがある。アニメか、コミックの原作になりそうな題材。日本の国民が、国家のライフサイクルの最盛期を終えて、下降段階に入ったなかにいること強く意識させる。
【映画評クラシック日本映画選3「君は大魔神を見たか」石渡均】
 映画「大魔神」のこの時期に映画を見たことがないが、トリック撮影の手法がわかって面白い。
【「明日に乾杯」鈴木容子】
 派遣の仕事の一例(倉庫の物流仕訳)が詳しく描かれていて、その部分が面白い。現代人の生き方のひとつであろう。人間無欲になって、なにもいらない、なにしないことの焦りと、その幸せの見つけ方のむずかしさ考えさせられた。
【「梳く」草野みゆき】
 介護するなかで(おそらく親)、髪を梳く作業に焦点をあて、内面を表現する。人生を見つめるこまやかな心遣いが感じられる。
発行所=〒241-0831横浜市旭区左近山団地3-18-301、文芸同人誌「澪の会
紹介者=「詩人回廊」北一郎。

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2017年4月12日 (水)

文芸同人誌「あるかいど」61号(大阪市)

【「スーパームーン」木村誠子】
 病気で亡くなった親族のことを、細かく書いてその出来事を発表している。いわゆる自己表現を重点にした生活記録であろう。書くということは、眼の前にあることを、距離をもって認識させるので、作者にとって有意義な作業である。さらに作者の内面にも読者がいて、使う言葉を選択する。読み手と書き手が立体的に同一化する。その事情が読みとれる。そのような視点で読んだためか、素朴な自己表現と、文学芸術の同居した作品と感じた。生活記録から文芸作品の高度化に向けて一つの問題提起を含んでいるのではないか。。
【「風よ 海よ 空よ」泉ふみお】
 沖縄・渡嘉敷の住民たちの純朴さと長閑な生活ぶりが描かれる。しかし、そんな生活の背景には、太平洋戦争のとき。最前線で米軍に立ち向かった日本軍の強制で、中里先生と知念先生の戦死、その他の住民たちが犠牲になったことを、自責の念をもって語る源爺の姿を浮き彫りにする。神国という幻想に操られた日本国民の犯罪的行為を告発する話に読める。沖縄語をわかりやすく、しかもリズム感良く使い回す文体が優れている。
【「杭を立てる人」住田真理子】
 百歳の老人が、現代でも太平洋戦争の灯火管制の記憶が残っていて、部屋を暗くすることを求める。息子が73歳ということで、戦争は昭和時代小説的な様相を帯びている。それを現代につなげる工夫がしてある。
 執筆にあたっての参考資料に「豊川海軍工廠の記録」(これから出版)、「最後の女学生 わたしたちの昭和」、「豊川海軍工廠」豊川工廠跡地保存をすすめる会・編著、「父の死」久米正雄 青空文庫――とある。
 作品に描かれた、御真影といういわゆる天皇を神格化した宗教カルト国家の様子。それに米軍の空襲の無差別攻撃の悲惨さは、迫力がある。現在、中東で行われている戦争による一般市民の被害に想像を馳せさせるものがある。
発行所=〒545-0042大阪市阿倍野区丸山通2-4-10-203、高畠方。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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2017年4月11日 (火)

文芸同人誌「私人」91号(東京)

 朝日カルチャーセンターの文学教室から生まれた同人誌。尾高修也講師も作品参加している。
 杉嵩志「立川まで」は手慣れた創り方で読ませた。ーーとっておきの話を教えようーーと始めてーー僕は迷子の達人だーーと続けると何となく読みたくなり一気に引き込まれた。
 少年期や就労期の回想なのだが迷子というキーワードで繋げてーー五十年たっても、僕はまだ迷子だーーと老いた母親の背に駆けてゆく衝動で締めくくるきれいな作品である。
 鳴沢龍「ねぶた祭り」は個人的な理由で気になった作品である。――中学時代に憧れていた友人の話ですーーと朴訥に話し出す回想記です。旧友の叔父が戦闘機乗りでB24に体当たりした勇士なので憧れたとの事です。
 後年作者の父の遺品に戦時中の体当たり勇士の記事がある雑誌を見つけた事と結び付けている。
 旧陸軍航空隊の隼戦闘機などの戦記物が掲載されている雑誌「丸」昭和44年10月号が参考文献との事である。
 武器と戦記マニアなので個人的に引き込まれた作品だが、趣味が異なる人にはどう読まれたのだろうか。
 季刊で発行を続ける旺盛な意欲の同人誌であり毎号乾燥を書いているので愛着も一入となった。

発行所=🏣163-0204新宿区西新宿2-6^1  新宿住友ビル  朝日カルチャーセンター発行  発行人・森由利子
紹介者=「文芸交流会」事務局長・外狩雅巳

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2017年4月10日 (月)

文芸同人誌「マスト」36号(兵庫県たつの市)

編集後記によると女性七人が集まり年一回発行している文芸同人誌である。36年続けた現在は70歳になったと書いてあるが俳句会も行い活発に活動している。
 西野小夜子「夕茜」は亡くなった娘の同級生との交流場面から入り老婦人の半生記が書かれている。二度の不倫経験を中心にした回想記は読ませる作品になっている。導入部分は娘の同級生を主役にしているが後半は作者と思われる老婦人の回想のまま終わってしまっている。
 七人の七作品は回想的な作品が多いが、松尾康子「七生倒敵」は異色の時代小説になっていて興味深く読んだ。輪廻転生の物語である。南北朝期に勤皇の武将として知られる楠正成と弟の正季が七回生まれ変わり忠節を尽くすと言い残した名言を基にした作品です。
 室町初期の武将・斯波義将や日野富子などに生まれ変わり最後は日清戦争時の軍神である広瀬中佐となり足利尊氏以来の抵抗を成し遂げる連載長編の終回となっている。独特の作り込みがマニア好みになっていて女流作品としては珍しい。彼女の俳句は,

まごころに素直に応え大黄菊
空晴れて枝豆を刈る手に力

 ーーの二句である。

発行所=〒6794100たつの市龍野町末政34 三木方 マストの会(2017年3月発行)
紹介者=「文芸交流会」事務局長・外狩雅巳

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2017年3月22日 (水)

文芸同人誌「石榴」第18号(広島市)

【「特別な体験」木戸博子】
 戦後間もなくの小学生時代「私」のいじめの出来事体験と、それに関係した人々のその後の人生を、44年後の同窓会での級友の動向を知る。いじめる側といじめられたと思う側のそれぞれの思い込みがわかってくる。
 いじめといっても、現在のそれとは社会的背景と性質が異なるので、ひとつの精神的な状況をフクションで描いたものと思われる。これだけ年月を経たあとでの級友関係の意識は、あまり現実的に受け取れないものがある。しかし、持ち前の文学的に物語を創る力技で、特別な世界の時別な体験として、破綻なく筋を通している。
【石榴俳句館「佳き日よーー気まぐれ旬日記」杉山久子】
 俳句や短歌は若い層にも一定の支持を得ており、若者の多い文学作品フリーマーケットでも、このジャンルには人だかりが絶えない。社会の伝達技術が、スマホのチャット化など、変化して短い文になっていることに対応しているのであろう。ここでの俳句はソフトでライト的で、親しみやすい。――風花や塩振ることのあと幾度――句が議論になったそうだ。世代間の文化世界の断絶を思えば、むべなるかな。
【「『開眼の一日』いちご寒―ロバート・P・オーエン」木戸博子】
 知らない作品だが、少年時代の事件と行為に意味を、40歳代になって再認識するという構造の話で、その手法は、前記の「特別な体験」と共通してるように思える。良い解説になっている。
【「君のふるさと再び」篠田賢治】
 万葉研究の歴史散歩の話。京都の歴史的建造物と当時の人物を若い女性たちに、解説する。ライトノベルに馴染んだ若者にも良い読み物であろう。
発行所=〒739-174広島市安佐北区亀崎2-16-7、「石榴編集室」
紹介者=「詩人回廊」北一郎。

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2017年3月 3日 (金)

文芸同人誌「文芸中部」104号(東海市)

 本誌は、書き手の手腕が粒ぞろいで、安心して読める。ほとんどというか、「ほぼ」というか、商業誌の読物雑誌と同様の読み応えが得られる。これだけの書き手同士が合評をしてきた成果そのものであろうから、他の書く人たちに何らかの参考になるのは確か。
【「影法師、火を焚く」(第5回)】
 全体像は分からないが、細部に仏教世界やダンテの「神曲」などの素材が組み込まれ、その部分だけでも、考えさせられる。谷川雁まで引き合いにだされる守備範囲の広さをもって縦横無尽の面白さがある。
【「六甲変動」蒲生一三】
 阪神大震災以来、断層地帯であるのを実感させられたが、一帯の古代からの断層の歴史がわかる。そうだったのか、である。
【「生きている」朝岡明美】
 老境に入った父親は75歳。独り暮らしであったのが、倒れ入院。娘、息子たちは病院に見舞いに行く。それぞれの生活の事情があるから、お互いに牽制しあうような雰囲気もある。そして、遺産をどう分けるかで話あったりする。現代で、もっともどこにでもある出来事の典型である。ある意味で、日常生活小説のサンプルとして読めるように、適度の味付けがあって、巧みな小説である。誰でも納得するもっともらしさをもっている。実際に似たような構成の家族のある人が読めば、感慨をもつであろう。関係のない人には、ただの読み物。
【「片影の人」吉岡学】
 気まぐれ旅行で、過去に出会った女性のいた町にいって土地の女の人にその話をする。すると今度は、その女性の視点から、母親のであったのがその気まぐれ男ではないか、という落ちのようなものがある短いお話。
【「カレン」加納由佳子】
カレンは海外旅行をして精神に変調をきざした女性。変調者のいる特別な施設で働く状態を描く。もうすこし精神変調者の人物の登場が欲しい。カレンのどこが社会的に変調者とされたのかはっきりしない。
【「無名の人」堀井清】
 同人雑誌の特長は長いものが連載になってしまい、短編がほとんど。そのこと自体、ひとつの制約になっている。そうしたなかで、この作品は、やや長い。50代の独身男が、80歳代の父親と同居している。息子は、そろそろ結婚して現在の父親の家に女性を迎えたい。父親は、そうなれば自分が家を出るのかと訊く。どうなるかは、わからないところで終る。なんとなく、生活臭のない文章で、じわじわと話を積み上げるので、無駄に長いとは思わない。ある気分を描くのに必要な量と思わせる。軽妙そうで重いような、読みようによっては、村上春樹風の雰囲気を感じないでもない。
発行所=〒477-0032愛知県東海市加木屋町泡池11-318、三田村方。文芸中部の会。
紹介者=「詩人回廊」北一郎。

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2017年2月21日 (火)

文芸同人誌「R&W」第21号(愛知県)

【「クイーンズ・ハット」霧関忍】
 幼稚園のママ友の交際の様子を描く。陰に陽に、女の世界の嫉妬心と虚栄のバトルをスリリングに表現する。人間が狭い世界で、熾烈な闘争をくりひろげる。愚かで恐ろしい女の執念の生み出す、事件を語り、人間悪の現代性を表現して読みごたえがある。
【「ある女の肖像」渡辺勝】
 大企業のT電力会社の女性社員が、夜になると娼婦に変わる。そうした実在の事件をヒントに、作者のアレンジを楽しむような話。もうひとりの女性と、若い外国人との交情などの人物像も加えて、独自の物語にしている。実在の事件には、闇の謎の迫力があるが、物語となると起承転結が明快で、謎の魅力は失われる感じだ。
【「阿吽」松岡博】
 東大寺の仁王像「阿吽」の彫刻を手分けして作った、運慶と快慶の作仏の過程の二人の心理を描く。歴史物として、知識が得られて面白い。
【「紙一重」藤田充伯】
 長崎原爆投下のあと、米国従軍カメラマンであるジョー・オダネル氏が撮影した「焼き場に立つ少年」の死んだ赤子の弟を脊負い、歯をくいしばってりりしく、火葬をまつ姿の写真はあまりにも有名である。その映像から、野坂昭如「火垂の墓」、五木寛之の「蒼ざめた馬を見よ」の戦争の犠牲となった孤児たちにへ想いを馳せる。作者もまた、少年時代に、戦争の体験があり、「焼き場に立つ少年」と紙一重の運命であったことを語る。考えさせられる。
発行所=〒487-0033愛知県春日井市岩成台8-4-5-603―102、谷口(松蓉)方。
紹介者「詩人回廊」北一郎。

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2017年2月18日 (土)

文芸同人誌「日曜作家」第17号(大阪府)

 本号は2017年冬号とあるが、もう春になってしまった。読んではいるのだが、紹介手法に変化をさせたいと思うが、どうも思いつかない。
【「どぶねずみ」大原正義】
 松尾芭蕉の弟子たちのなかに、路通という乞食生活をする男が入門する。貧しく汚れた俳人の存在そのものが、裕福な流派の生活ぶりの批判となる様子をえがく。俳諧文人の雰囲気を楽しみながら、俳句も味わえる。面白く読めるが、それほど路通の人間性への追求に深みはない。しかし、現代においては、想像力を読者に任せて、大まかな事柄表現の方が、多様な解釈の自由を邪魔しないとも考えられる。読者層の多様化を考えると、悪くない対応かも知れない。作者にその意図があったどうかはわからにのだが…。
【「残り香」(連載十一回)紅月冴子】
 長い連載のなかで、いろいろな出来事があって、最終回は節子と博之の恋愛状態で、それが続くことを感じさせるところで終る。恋愛が恋愛に受け取れる書き方。表現力は手堅く正確で、作家的手腕は充分。あとは読者をわくわくさせるテーマや素材に出会うかどうかではないか。
【「華麗なるトマトケチャップⅡ」甲山洋二】
 トマトケチャップも熟成して、まったり風味のワインになっている。
【風来流 言いたい放題「腐り切った政治屋どもに渇!小池東京都知事に期待」風来俊】
 こちらは都民で、それなりに都政を見ている。都庁の図書館で政策の資料をさがしたり、会見に出る交渉をしたりしている。外部の世情の見解はこうなのだ、という目安にはなる。ただし、行政の運営では、政治家と官僚との関係に問題がある。政治家に思想があっても、官僚には、自分の身分の保持の利害しかない。これは都庁も霞が関も同じで、役人の眼先の無思想の利害関係が、政治家の思想の実現に関わってくるのである。
発行所=〒567-0064大阪府茨木市上野町21号。
紹介者=「詩人回廊」北一郎。

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2017年2月 8日 (水)

文芸同人誌「胡壺・KOKO」第13号(福岡県)

【「約束」ひわきゆりこ】
 狭山というかつての祖母の家を訪れる。そこから子供の頃から大人になりまでの祖母の記憶と、過疎地的な山村の変わらぬように見える風景が、時の移ろいのなかに、語られる。
 祖母の記憶が昔の家庭の形の崩壊を暗示しながら、徐々に人が時間のなかに存在する儚さをじわりと感じさせる。そのなかで純郎と出会うことになる。この二人の愛の姿を言葉で迫るのであるが、そこに人生の経験を通じて獲得したと思わせる愛情感覚がいろどりである。さりげなさと独特の味わいが出ている。
 作品の背景には、常に死を意識した視線が感じられるが、それは死の影ではなく、死の光ともいうべき色合いもっている。タイトルの「約束」は恋人との死後の約束であり、主人公はその約束の日をひたすら待つのである。これまで、物語は人の死によって終わることになっていたが、現代文学では死後の世界と生の世界が広がっていくことの一例がここに示されているように思う。
【「河口に漂う」桑村勝士】
 主人公はシラウオの生態研究で、現在は無給だが、大学院で博士号取得に向けて有望なポジションにいる。結婚していて、子どもいる。妻が生活を支えているのだろう。研究生活のなかで、シラウオについて、やや詳しく知ることができる。
 同じ大学院生の中山という男は、博士号をとれる見込みはなく、物語の世界に行くといって姿を消す。この作品も異界との接点をほのめかして終わる。この作品のあとに、作者の「雑感」というエッセイがある。そこで、小説には関数化できる法則があるかもしれないと思ったことがあるという。そして、書くものと書かないものの判断が大切だとある。
 こうした問題は、読者層をどこに向けたものかによって、異なるが、非日常性を好む大衆小説向けには確かにそうしたものはある。ハーレクレインという米国の官能小説は、コンピューターの作った流れと要素を採用しているといわれている。
 また、大塚英志の「物語の体操」で、その構造の共通性をもとに、物語化の基本構造を解説している。ところが文芸作品には物語のないものもあるので、一概に法則的なものが存在するとは言えないのであろう。
【「緑の手綱」雨宮浩二】
 なぜ人は、小説を読むかというと、暇つぶしであり、現実からの離脱、認識力の高度化により、意識の豊かさを楽しむなどの要件がある。この小説は、非日常的な異界物語であり、設定事態はライトノベルに近い、架空世界ものである。映画「アバター」を見るような森の中の描写が楽しめる。
【「三人の母」井上元義】
 産みの母と育ての母、義理の母とそれぞれの事情から、生活のなかで、そうなった経緯を語る。ひとの生活や身の上話は、人間の興味の原点である。テレビ番組でも一般人や、かつての有名人のその後など、身の上情報が人気である。
 その意味で、文学通のこなれた文章での身の上を話なので、興味深く読んだ。自分の人生と比較してしまうからかもしれない。サルトルだったと思うが、人間の「実存は目的に先行する」とかいって、目的をもって作られた道具や商品と人間が基本的に異なる存在であるとする。故に、人の人生行路は興味をもって読まれるのであろう。
発行所=〒811-2114福岡県粕屋郡須惠町678-3、樋脇方。
紹介者=「詩人回廊」北一郎。

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2017年2月 4日 (土)

文芸同人誌「札幌文学」第85号(札幌市)

【「記憶の沼地」須崎隆志】
 短い章をいくつも重ねて、記憶をたどった想いを述べている。記憶をたどることで、曖昧さの中に意識の流れが拡大し、イメージを広げて、物語化することなく、浮遊して失われがちな心象を浮き彫りにしている。人間精神の幽明な部分の表現として味わいがある。
【「海辺の墓地」石塚邦男】
 自分がどこで誰か、記憶を失った情況で、私は海辺を彷徨い、かつての自分を知るという女性に出会う。これには落ちがあって、死者が幽体となってこの世を彷徨い、自らの墓地に戻っていく。これは幽霊物語という形式をもっていることで、話としてまとまりがある。読後すっきりする。その分、味わいが浅くなるのはやむを得ないかもしれない。
発行所=〒006-034札幌市手稲区稲穂四条四丁目4-18、田中方。札幌文学会。
紹介者=「詩人回廊」北一郎

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