2020年2月20日 (木)

文芸同人誌「海」第23号(太宰府市)

【「喫水線」有森信二】
  因習の残る時代のある島の家族の話である。あとがきには、看護師を看護婦としていた時代と説明がある。一昔前の、核家族の進行している時期であろう。話は語り手が二男で、未婚。実家に家族と住んでいる。話は、家長で高齢の父親の重病とその手術の様子を描き、そのなかで家族と島の住民共同体の姿が浮き彫りにされる。長男の俊一は、結婚し家を建ててしまっている。本来は、長男が実家に残り、次男が家を出るのか普通であった。そのパターンが崩れている。作者は、家父長制度のなかの土地柄と村のとの人間関係、それに気を使う家族像を描く作品を多く描く。核家族の進行する現代への移行する過程を想像させるが、それが過去の否定なのか、ノスタルジアなのか、混迷する現代社会の捨てたものの中に、失われたものを照らし出すような、微妙な読後感を残す。
【「エゴイストたちの告白-第一話 センナヤ広場の地下から」井本元義】
 これは、純文学のうち、特にドストエフスキーの愛読者に特化した作品である。登場人物は語り手の年配紳士と、彼の双子のような雰囲気の紳士との関係をミステリー風に絡ませる。密度の濃い落ち着いた筆致の語りで、読む者の気を逸らさせない。見事な手腕に感銘を受ける。なかに「罪と罰」のマルメラードフを登場させたり、スヴィドリガイロフ等に筆を及ばせることで、独特の世界を作り上げている。ドストエフスキーの生み出した人間像を、現代日本に移植するような、感性は魅力的で、面白い。感服させられた。
【「友誼を断つ」中野薫】
 昭和時代のベトナム戦争反対の機運があった頃、若者であった語り手と友人の三吉の人生を描く。三吉はジャーナリストになり、語り手は警察官になる。それぞれの生活のなかで、歳を経て意見の相違から、語り手が長い付き合いを断絶することにする。今さら何の影響もない出来事だが、多くの人がそうであったのであろうと思わせる生活史になっている。
【「束草の雪」牧草泉】
 主人公の男の語り手は、高齢であるが、教師の経歴から、かつてMという女生徒と韓国行きの手配を幾度か頼んでいた。そのMと共に韓国旅行をする。Mは、事あるごとに男に迫るような雰囲気を見せる。男はそれに無関心のような振りをしながら、韓国巡りをする。韓国の事情がわかって面白い。その後、Mが癌で亡くなったことを知る。味のある作品。
【「アイツの経歴」神宮吉昌】
 車いす事故で亡くなった、息子を父親が「アイツ」と称して、その人生を語る。気持ちを全部書いてあるので、解釈を間違えられる心配がないのが長所だが、読者の気分の入る余地がないのが短所。
【「見てくれじゃないよ」川村道行】
 語りかけるスタイルのお話で、出だし好調。しかし、その後は語りが単調で、結局は最期の2頁を読めばわかる話。語りを書ききった根気に感心。
発行所=〒818-0101太宰府市観世音寺1-15-33、松本方。海編集委員会。
紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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2020年2月10日 (月)

文芸同人誌「海」第100号(いなべ市)

【「エスケープ」川野ルナ】
 三紀由良という女性の「私」は、大学卒業後、勤め続けた小さな印刷会社が倒産してしまう。失業してやっと、再就職したのが、TKソリュ―ションという印刷会社。石川県にクライアントの会社があって、そこに出向した形になるらしい。そこでの、理不尽な仕事ぶりに、ふりまわされる。たまらず、逃げ出す。作業の手順のおかしさや、勤め先の社長や社員の行動の矛盾が、細かく描かれているが、必ずしもブラック企業ではないらしい。ただ。変な会社から脱け出したという愚痴に近い話だが、退社の意思を伝達する代行業が流行っているというから、時代を反映しているようだ。会社の使用人としての立場の発想の典型として、貴重な表現になっている。ただし、自分が現役でビジネス社会にいた頃は、まず就職してからも、会社の経緯状態を観察し、約束した報酬が得られるかを判断して、話が違った責任者と話をし、うまくいかなかったらすぐやめていた。かつて年越し派遣村を取材した時に、なんでそんな不利な契約をしたのだろうと、不思議に思い、調べて社会が変化していることを実感した。自分の社会観察の資料となる作品である。
【「老日模様」紺屋猛】
 老後の夫婦の生活ぶりと、若い頃の思い出話が混ざり合って、ご長寿時代になすまし詐欺など、どんな出来事に見舞われるかを語ったもの。現在は人生の終末を意識しながら、若い頃の仕事ぶりなどを語る。淡々として、共感ができる。人さまの生活ぶりは、読んでいて興味深いが、勤め人時代と、現在の老年期がまじりあっているため、小説としては散漫になっている。
【「貝楼岬」白石美津乃】
 日本の周辺にある小じんまりした島での話。そこの夏のイベントのアルバイトに、短大2年の女子大生が応募して、島に渡る。そこに関口さんという夫婦がいた。島の出身ではなく、何か事情があって、ここで生活しているらしい。夫の関口さんがダンディで恰好がよい。イベントが終わって島を出てから。時間を置いて、再び島に行ってみると、すでに関口さんという魅力的な夫妻は、すでに島にいなかった。いわゆる、ひとつの異世界に近い雰囲気を、架空の島をもって表現し、軽快な明るさをもった、作品にしている。同人誌作品らしくない、明るい開放的な語り口感覚が生きている。
【「姉」宇梶紀夫】
 農民文学賞受賞作家である。相変わらず、手堅い。読むたびに、その姿勢に感銘させられる。そつのない語り口で、自在な文章。姉の人生をたどり、終末を語って味わい深いものがある。直樹という弟が、姉の子供と野球見物をする。語りどころでは、場面を具体的描いているので、読みどころの濃淡がはっきりし、味わいが生まれている。
【「水郷燃ゆー長島一向一揆異聞」国府正昭】
 織田信長の各地制圧の過程で、浄土真宗の信徒の多い長島城の地域一帯の僧兵や武士、農民が激しく抵抗する様を描く、歴史小説である。権力者である信長の徹底した宗教抑圧には、現代にも通じるものがある。人間性の考察のヒントになる。文学性を増すのに、阿弥陀信仰と共同体の存続にかける精神をえがければ、最高であろう。
発行所=三重県いなべ市大安町梅戸2321-1、遠藤方。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

 

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2020年1月28日 (火)

文芸同人誌「メタセコイア」第16号(大阪市)

【「白い闇」和泉真矢子】
 恒子は58才。義母の葬儀、教会の献花式に参列しているところからはじまる。彼女は股関節に先天性のゆがみがあり歩く姿に影響がでている。夫の姉もクリスチャンで、恒子はその縁からか、バツイチで子供が外にいる夫の圭一と見合い結婚した。いわゆる容姿に劣等感のある恒子の結婚生活の現状を描いたもの。なにか現世に不足を感じる恒子の気分をぐずぐずとした書き方で描き、純文学的作品ではあるが、クリスチャンにおいて、救いのない生活の心の闇が、印象に残った。このような事情を手際よく描いてしまったら、通俗小説になってしまう。すっきり描かない手際の悪いのだが、ポイントを抑えた書き方が純文学的になることの皮肉を感じる。
【「愛はきっと不平等」よしむら杏】
 離婚した女性が、さまざまな経過をへて、元の夫に再開するまでをひねった手法で描く。元夫は、原発事故で汚染された地域で、除染作業を行っている。除染を請け負った会社は、集めた汚染落ち葉を、川に流してしまおうとする、それに抵抗感を感じた元夫は、その事実を外部に告発する決心をする。前半はもたもたするが、後半の元夫婦のメールのやりとりのあたりから、俄然筆が締まってきて、良い結末にしている。
【「大晦日」北堀在果】
 正志が、どうしたのかという前提なしに宝塚駅の様子から始まる。その後、家族の事情が過去形で語られるので、正志が若くない男で、両親とは、勤めてすぐ別居したが、年に一度は、実家に寄っている。父親は同居時代に、会社をやめ、介護事業をしていた。作者の語るところから、昭和時代の家族制度のなかで、そのしきたりに、従ってきてきた正志であることがわかる。両親の面倒をみる必要があるという体場かたか、いわゆるババ付きという環境にみられ、結婚相手にも敬遠される。その苦労と苛立ちが描かれている。団塊の世代の家制度の変化の状況の一例として読めた。父親との関係が描かれているが、表現が浅く全体を漠然とした印象にしている。
【「虹の切れ端」桜小路閑】
 22世紀の近未来小説で、南田洋はアンドロイドの安藤愛をお手伝い訳のと同居人として迎え入れる。原子力の欠点は、技術革新で解決されたなどの説明がある。なにを表現したのかわからないが、おそらく未来生活を想像して書きとめたのであろう。
【「名残り」マチ品】
 どこの場所かわからぬ見知らぬ風景、書き手だけ知っている女とか、自分の持つイメージを描いた散文。退屈なことこの上ない。なにか読み落としがないかと確かめていたら、電車を乗り越してしまった。前衛的というほどでもないが、わからないイメージなので、きっと純文学なのであろう。
【「おお牧場はみどり」楡久子】
 語り手の女性は若くもないが、近くに年老いた両親が住んでいる。週に一度は泊まり込みに行って、両親と過ごす。退職している夫は、良く彼女の家事を手伝ってくれる。その生活ぶりが、軽快な文章で表現されている。いろいろあった人生を生き抜いて、無事で穏やかな生活をしてることに感謝と安堵をする様子が巧く描かれている。気がかりな両親も、彼女の娘が一緒に住むらしい。みんな頑張って生きている。日々是好日を浮き彫りにする。
【「遺産」多田正明】
 伯母が亡くなって、遺産が何億かあり、それを相続人で分けると、4千万円弱にるという。そこら、どうしてそのような大金を作ったという思い出話。言うことなし。そうですか、という読後感である。
発行所=「メタセコイア」の会、多田代表。連絡先=〒534-0002大阪市都鳥区大東町1-5-10、土居方。編集長・マチ品。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

 

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2020年1月20日 (月)

文芸同人誌「季刊遠近」第72号(横浜市)

【「妹」小笠原欄】
 妙子の妹は精神に変調をきたすことが多い。姉として、妹と同居していたが、彼氏ができると、彼と同居してしまう。その彼氏が、妹の精神変調が悪化すると、妙子に助けを求めてくる。そこから妹を精神病院に連れて行く。入院が必要とされる。いまは統合失調症ともいうが、妹の面倒を見ることの負担、ストレスの生じるところは、何らかの身近な人との体験談が入っているようだ。こうした病人をかかえた家族の苦労話として、同じ立場の人の慰めにはなるかもしれない。小説としては、作者の思想などが反映されておらず、迷える姉の姿を投げ出すように描いているのが、読者の共感を呼ぶかどうかは、体験者次第であろう。
【「伝言」森なつ美】
 急な雨に、駅で困惑している彼に傘を貸してくれた若い女性がいる。彼女とは、傘を返す日を決めて、駅で会うことにする。その日がきて、彼女と交際することもなく、ただ、借りたものを返して関係が終わってしまう。まさに、何も起こらず、現実そのままの話だが、それを題材にしたのは、悪くはない。ただ、ストーリー的な起伏を持たない話には、作者の思想や感覚を付加するような工夫が欲しい。
【「逃げる」花島真樹子】
 前回の「優曇華ー」では、19世紀的リアリズムで、濃い味の文学的な作品を発表した作者であった。今回は、若い頃の海外体験と現在性を合わせた話にしている。長年妻子のある男と関係をもってきたが、老いが近くなって、男から別れ話が出る。それを受け入れるしかないと理化できるが未練が残る。それを振り切るために、ジュネーブにいる友人のところに遊びに行く旅行記も兼ねた話。ジュネーブでは、80や70代の女性が愛人を持つことが通常化していることに驚く。結局、帰国して未練を押し殺して彼氏と別れることになる。定型小説ではあるが、面白く読める。
【書評「『消される運命』マーシャ・ロリニカイテー清水陽子訳」難波田節子】
 リトアニアの作家が、ドイツナチスの時代を描いたもので、とにかく普通に読めるし勉強になる。評論しないところが、最近の作者のモチベーションが表れているように思える。
発行所=〒235-0005横浜市青葉区荏子田2-34-7、江間方、「遠近の会」
紹介者=「詩人回廊」北一郎
 

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2020年1月 6日 (月)

文芸同人誌「アピ」第10号(茨城県)

【「遥かな想い(後篇)」宇高光夫】
 登山趣味色の強い山岳ロマン小説。美里という女性の人生の歩みを山登りを軸に置いて、男女と山岳ロマンを合致させる。美里は、愛した男を失うが、新しい人生への道筋を示して終わる。作者の明確な設計が効果を上げているといえるであろう。参考になる手法でもある。
【「白い夏」西田信博】
 老いた父親がシベリア出兵させられた体験を詳しく語る。負傷し、敗戦になってロシアでの抑留生活の辛い思い出をリアルに描く。シベリアでの日本兵の過酷な体験は、他の同人誌でも小説の題材にされているので、それらを読んでいる自分には、大変参考になっている。自分は、こうした有意義な資料をいかして、現代のロシアを研究し世界情勢のなかで、ロシアの特性を考えることが必要と考える。ロシア人は組織人となると人が変わるのか。人的迫害の残虐性はプーチン大統領の手法においても際立っている。チェチェン人民の弾圧の残虐性もあり、モスクワで起きたアパートテロ事件は、それで政権を強化したプーチンの謀略説も出ている。目下の米国のイラン攻撃を受けて、ロシアはイランをどう支援するのか。(米国は10年に一度戦争しないと、やっていけない国である、と自分は指摘してきた)。考えさせる作品であった。プーチンもトランプもキムもアラビアの国王も立派な暗殺者たちである。そこへいくと安倍首相などは、可愛いものなのか。
【「岸辺の風景(前編)」灘洋子】
 ここでの岸辺というのは、人が死んだ後に、三途の川を渡るという伝説的イメージをもとに、その渡し番の話である。人の死後の世界を舞台にするまで、想像力を伸ばしてきたのは、大変面白い。
【「自費出版その後―北海道―」田中修】
 作者は、ペンネーム「友修二」で「相馬藩家臣大友氏823年の過去と現在」-キリシタン大名大友宗麟との繋がり、そして今を生きるー」(友修二・著)を自費出版した。自分も読ませてもらったが、大友家が、秀吉が計画した朝鮮出兵を命じられたが、当時の大名たちがいやいやながら、戦いに行ったことを推量させる資料もあり、特に大友家はよほど気乗りがしなかったのか、改易という処罰を受けているところなど、興味深い。その後、相馬に行き、子孫が相馬市で原発事故被害にあうという歴史までわかる。その先祖の地、北海道の大友家系の大友章生夫妻と共に、道内ゆかりの地を探訪する。
発行所=〒309-1722茨城県笠間市平町1884-190、田中方、「文学を愛する会」。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

 

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2020年1月 5日 (日)

文芸同人誌「風の道」第12号(東京)

【「雨女~一葉の恋」間島康子】
 なつこというのが、一葉の本名なのか、彼女と彼女の小説を雑誌社に紹介し、世に出そうとする桃水との関係を、日記を資料に描く。しっかりした構成があるらしく、ふたりの好意の生まれる土壌を抑制した筆致で描き、その切ない事情が理解できる。お勧めの連載である。
【「風のうた」藤原道子】
 母親の亡くなった後の家の風景を題材にする。庭の植え込みの植物を目にしながら、モクレンの樹の根の強さと語る。庭の植物を語りながら、常に母への想いがこめられているのがわかる。
【「桔梗」荻野央】
 庭の植物になかなかの蘊蓄を感じさせながら、子供のいない老夫婦のその過去を潜ませた日常を語る。凝った作品である。
【「行雲流水」澤田繁晴】
 「生き乗る技術」で生きとし生けるものの存在に思いを馳せ、自ら生けることの罪業性をかたる。「来し方行く末」「憎まれ老人世にはばかる」「融通」「欲しがりません。勝つまでは」の各章がなどがある。ここの話題は、樋口一葉の伝記のような他人事でなく、自分自身のことだけに限定されている。人は何を語りたいかというと、まず自分のことである。フローベルが「ボヴァリー夫人」をそれは「私」だと、いったというが、ここではそれ以前の、素の「私」を語る。究極の自己表現に至った、それまでの心の経過を推察させる。物語派にばかばかしい話ばかかりである。それにしても、これまで書いていた「澤田家の秘密]は、どうなったのか。
【「日本・私家版「ポランスキーの欲望の館」小川田健太」
 ポランスキーといえば、猟奇的な事件を起こしている有名な監督である。本篇によると「戦場のピアニスト」の前に「欲望の館」というエロチックな作品があるそうである。そこで作者は自らの性的な体験をイメージ化する作品を書き、その過程を同時に記したもの。欲望を自分で掘り起こす作業として読むと面白い。
 その他、良くも悪くもひと癖ある作品が多い文芸同人誌である。
発行所=〒116-0003荒川区南千住8-3-1-1105、吉田方、「風の道同人会」。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

 

 

 

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2020年1月 1日 (水)

文芸同人誌「群系」第43号(東京)

【「賃貸物語『金魚の縁』」小野友貴枝】
 小野沢茜には、離婚して去った夫が残していった4棟の貸家がある。土地柄はどちらかというと森林の多い田舎町のようだ。貸家というのは、大家となった茜の自宅と隣接しているらしい。そのうちの1棟が空いていた。そこに老夫婦が転居してきた。茜は借家人と親しく交流する。今回の借家人は東京から転居してきていた。都会よりもこの土地柄が金魚を飼うのに適しているらしい。茜はこの夫婦にどこか懐かしいような雰囲気を感じる。話をしているうち同郷だとわかって納得する。そして、自宅の池に放置してあった金魚の世話や、知識を教えられる。さらに、夫の男の方が、茜の若い時に交際して、結婚まで考えた男に似ているように思える。その恋人とは、結婚をすることなく、現在は去って行った夫と結婚するまでの気持ちの持ちようを、回顧する。この部分が、良い小説となっていて、恋人的な点では文句のない若者と、地道そうで面白みのないような男と比べた結果、面白みのない男と結婚するまでの心理を詳しく書いている。女心と当時の社会環境のなかでの茜の決断が、興味深く追求されている。
【「リトルストーリー 摩天楼か蓮池か」坂井瑞穂】
 上野公園には入り口がいろいろあるが、地下鉄千代田線の「湯島」駅から私は歩く。そこから不忍池に向かう。話はあちこちに飛んで、ニューヨークから亀戸、「野菊の墓」を書いた歌人の伊藤佐千夫のことなどに触れるが、深く追求せずによんでいくと、上野不忍池の近くのビル建設に職人としてかかわることになる。ボルト締めの手順が、関西と関東と異なるそうで、間違って手間をかけた話になる。実際には、上野には塔のように長く高いビルが建っていた。まるで、上野の森を見下ろすような感じであった。散漫で力点のないような散文詩のようなものであるが、自己表現の延長として面白く読める。
 その他、評論で【「村上春樹 再読(11)-『海辺のカフカ』」星野光徳】、【「藤枝静男評伝―私小説作家の日常(四)」名和哲夫】、【「安部公房『壁』、『S・カルマ氏の犯罪』――公房の砂漠」間島康子】なども読んでみた。
発行所=〒162-0801江東区大島7-28-1-1336、永野方「群系の会」
紹介者=「詩人回廊」北一郎。

 

 

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2019年12月31日 (火)

文芸同人誌「奏」第39号2019冬(静岡市)

【「評伝・藤枝静男(第6回)」勝呂奏】読みだしたら引き込まれる、エピソードを豊富な関連文芸評論をとりあげている。よくぞ調べたと思われる資料群である。これを読んで、自分が無意志のうちに、藤枝静男の作品を読んでいることに気付いた。さらに、教えられたのは埴谷雄高の関係である。埴谷の「死霊」には「虚体論」や、「自同律の不快」など、閉塞された世界で、脳内イメージの展開があるが、それが藤枝の奇妙な死の世界へのイメージぢくりに影響を与えていたのではないかと、感じたりした。
 それと、彼を取り巻く人々に、高橋英夫、本多秋五、平野謙など、純文学における有力な評論家たちと親しかったことで、文壇という社会で一定の評価と地位を得ていたことがわかる。彼等の評価を頭にいれながら、前衛的な奇妙な発想の私小説を開拓していたことがわかる。近代文学からの文壇という作家ギルドの昭和の効用のひとつとして、藤枝を捉えることもできそうだ。また同じ作家の【『一家団欒』ノート」勝呂奏】には、日本の先祖血統重視の慣習の象徴のようである。死んだ人が先に亡くなった血族に出会うという発想にそれが見られる。自分は岸田秀の「唯幻論」に影響されているので、幻想は消えると感じている。今は、「墓じまい」の時代になっている。それはともかく、藤枝静雄の周辺と関連人物をさぐることで、戦後の昭和時代の文壇の本質に迫れる可能性もあるのではないか。
【「女たちのモダニティ(3)田村俊子『離魂』―偏在する感覚」戸塚学】これは、まだ現代のように情報ツールが発展していない明治45年の文章表現の事例である。思春期の女性の初潮の兆しを精密に表現する。この微細な表現法は、実は発達し過ぎた現代の文章表現の有り様に似ているのかも知れないと思わせる。言葉と意味の融合の原点であるのではないか。
その他、【「詩詩三篇」(ー存在移動ー月の光ー飛翔体ー)柴崎聰】音楽とのイメージ展開のひそやかな表現。/【「訳詩二篇・エミリ・ブロンテ」(ー眠りは喜びをもたらさない-共感ー)田代尚路(訳)】「嵐が丘」作者であるブロンテの内面として興味深い。現実への欲求不満的なのは牧師の娘だからか。/【「小説の中の絵画(第11回)ー宇野千代『この白粉入れ』ー東郷青児とのこと」中村ともえ】などがある。
発行所=〒420-0881静岡市葵区北安東1-9-12、勝呂方。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

 

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2019年12月27日 (金)

文芸同人誌「駱駝の瘤」通信18号(福島県)

【「農を続けながら…フクシマにて‘19秋」五十嵐進】
 東電・福島第一原発事故の現場である福島県からの情報発信である。事故より8年。世は、ラグビー・ワールドカップ、オリ・パラリンピックに多くの希望があるようにして過ごしている。しかし、ここでは平成28年に逢坂国会議員が国会で提出した「原子力緊急事態宣言に関する質問主意書に」について述べている。
 自分が社会に出た時に、道具の扱いが下手で、他人の手に当たってしまった。謝ったが、その時に「怪我は自分持ちだからな」と鋭く言われたのを憶えている。政府や区がどう対応しようとも、当事者になることはできない。ここでは、ICRP(国際放射線防護委員会)の基準について述べている。この組織についての見解が国の基準作りに引き合いに出されるが、根本は核兵器、原発を普及を前提にした組織である。害があるから止めるべき、とすることはない。当事者目線での意見が述べられている。
【「福島の核災以後を追う(三)-2017年から2019年10月までを中心に」澤正弘】
ここで、説かれているなかで、トリチウムのことについて、追い書きすると、――原発が稼働すると、通常稼働でトリチウムが排出される。これは、人体に害がないからではなく、水に溶けてしまうので、除去ができないためである。世界各地の原発所在地では、癌患者が他地域の平均より多いことは、すでに知られている。また、もともと自然界に存在した物質とされるが、世界各国が原爆、水爆実験を開始後、ビキニ水爆実験などで、急激に増加したという説もある。また、親は長寿で子供はガン死するケースが増えたという都市伝説的な説もある。
【「これは人間の国か、フクシマの明日(11)―原発事故被災地は政府が恣意的に決めた範囲だ」秋沢陽吉】
 まさにタイトル通りの主張がある。政府や国の公表事項に対する不信感が出ている。風評被害とされるものは、ただの被害であるということだ。
【「煙霧中人間話」秋沢陽吉】
 オ―ム真理教の麻原の死刑から、歌人・鳥居の短歌、塚本邦雄の短歌、丸山健二、加藤周一などに関する情念にかかわる話題がある。「遊ぶ動物」としての人間性への哀しみを感じる。
【「棄民についてー野口遵をめぐる考察」鈴木二郎】
 イタイイタイ病とされた水俣病を発生させたチッソの創業者の話であった。事業家としての苦労をなめて、大企業にした結果の公害事件の裏面を描いて、興味深いものがあった。
発行所=須賀川市東町116、「駱駝舎」。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

 

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2019年12月25日 (水)

文芸同人誌「あるかいど」第67号(大阪市)

【「その風は蒼ざめていた」切塗よしお】
 中年男女の同居人関係が、女性が妊娠して結婚に踏み切るであろう、お話。物語の軸は、彼が競馬のビギナーズラックのような感じで、大当たりして大金を手にする。そこからさらに馬券を買う。書いていて張りがありそうで、退屈しないで読める。文学的にどうであるかとなると、同人誌で小説が楽しめるということが、こちらの意識に浸透してきているのかも知れない。
【「馥郁」高原あふち】
 施設に入所しているキトという80代の女性の暮らしと、その生きる姿を的確に描き、読者に襟をたださせるような趣のある作品である。感じのよい純文学作品に読めた。
【「拝啓 風の神様」木村誠子】
 敗戦後のシベリア抑留者の体験談を老人から、過酷な運命を聴く。詩人・石原吉郎論はよく読むが、彼の体験を資料にして物語を構成するのはめずらしい。
【「鼻」池誠】
 市井の近所付き合いを材料に、隣の家のトイレが汲み取り式なために、臭気出し口からの臭いに閉口して、いろいろ手を尽くし、騒ぎになる。話の運びは面白いが、汲み取り式の便所の臭気がそれほど近所迷惑になるのか、そこがあまりぴんとこなかった。
【「因縁の玉――岡っ引き女房捕物帳」牧山雪華】
 よく調べて楽しく書き上げた時代小説のようだ。であるが、登場人物が平面的。読みやすいのが長所だが、銭形平次物を途中から読んでいるような古風な感じがした。謎のつくりに工夫があるが、ミステリーは、登場人物に興味を持たせることが前提にあるのではないか。
【「塀の向こう側」高畠寛】
 昭和の戦後30年代の庶民の生活エピソード。ここにも汲み取り式トイレの話がでてくる。完全に時代小説化した、考えようでは単純な生活ぶりが懐かしくさせる。それにしても、。時代考証的に読み取ってみても、この時代のことをよく記憶しているものだ。
【「産着」石村和彦】
 肉親愛の基本は母と子である。この作品は、息子と余命短い老いた母の関係を語る。それが自然な形で語られる。認知症になった母親への思い。自分の両親はすでに亡くなっているが、そのときを思い出して、ジンとするものがあった。良い散文詩に読めた。
【「歪む」奥畑信子】
 人間は関係の存在で、そのなかで悩む。その関係を経つことで、悩みは解消するはずなのであるが、分かっちゃいるけどやめられないのが、人の性質である。また、関係が持てないとそれが悩みになる。このなかで、絡みついてくる知り合いと断絶する話。いろいろ考えさせる。
【「自作を読む」木村誠子】
 自分の作品を読むといつでも面白い。自分の心の言葉への転換作業の様子が手に取るように再現できるからであろう。ここでは、病気になった姉との関係が作品を書く動機になっていることを明かしている。米国の研究家による普通人の「書きすぎてしまう病」と職業作家の「書けなくなる病」に関する研究所を読んだことがあるが、日本人とは精神構造が異なるのか、ぴんとこなかったことを憶えている。
【「お守りの言葉」善積健司】
 人間の表現する動機と退屈心の関係に触れている。自分も表現と退屈とは関係があると思っている。
【「連想コレクション」佐伯晋】
 日ごろのインスピレーションを数行にして記録している。「はじめに」ふと何かが心にうかぶ。まだ言葉にならずふわふわとしていて、一枚の素描のようなもの。――というようなものを並べてある。小説化だけが文学ではないことを示している。
発行所=〒545-0042大阪市阿倍野区丸山通2-4-10-203、高畠方。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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