« 2022年7月 | トップページ | 2022年9月 »

2022年8月31日 (水)

文芸同人誌「あるかいど」第72号(大津市)

【「『巡礼』ソナタ・第2楽章」木村誠子】
 北海道を詩情豊かに表現した旅行記。作者は、磨かれた文学的な手練の持ち主とわかる。肩に力を入れず、思うがままのように、北海道を巡礼し、アイヌ民族の精神を反映した物語が素晴らしく、詩篇を挟んで、道内に潜む地霊を呼び起していく。語りの手順が整理され、思わず引き込まれてしまう。読みごたえがある。同人誌ならではの秀作であろう。
【「エキストラ」高原あふち】
 介護施設で働くあつみは、運悪くコロナに感染してしまう。そうすると、どのようなことが待ち受けているが、詳細に描かれる。そして、単なる体験的様式を超えて、人間関係やペットの関係が浮き彫りにされる。話の情感の起伏を表現するのが巧み。人情味あふれる気持ちの伝わる作品である。枚数調整力があれば、読み物雑誌に向いている。
【「明るいフジコの旅」渡谷邦】
 フジ子は介護施設で暮らしている。その様子を描き、自分の人生終焉を、介護施設から抜け出して迎える話のようだ。物語の作り方が、ぎこちないが、人間のある状況を描くという精神に文学性がある。
【「鳩を捨てる」住田真理子】
 母親が介護付きマンションに住んで、それまで住んでいたマンションが空き室になり、鳩が住み着いてしまう。母親は認知症で、連日、自分の金銭が盗まれるという妄想の電話を掛けてくる。その対応ぶりを細かく記す。話は一般的良くある出来事である。介護の段階は、まだ始まりの段階で、本筋はこれからであろう。文学性は濃くない。
【「面会時間(Visitng hours)」切塗よしを】
 市役所に勤める50代の男が、脳溢血で倒れ、係長の職を離れ、外郭団体の駐輪場の管理人をする。そこで、あかりという、薄命的な女性に出会い、交際をする。彼女はがんを患いこの世を去る。良い雰囲気の短編小説である。
【「明け烏」奥畑信子】
 結婚前の男女の結ばれるまでの話。それぞれの恋があるのであろう。
【「オーロラ」池誠】
 現代埋蔵金物語。話の仕方が面白く、眉唾しながら読まされる。
【「高畠寛」年譜】
 読書会のレジュメのために自筆年譜を記していた。1934年生まれ。自分は42年生まれだから、米軍空襲の記憶は自分より確かなのが、過去の作品に関して納得がいく。1982年「あるかいど」創設。2021年12月没。豊かな文学体験のひとであったようだ。寂しいものだ。
 発行所=〒520-0232滋賀県大津市真野6丁目24-1、田中方。
 紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

 

 

 

| | コメント (0)

2022年8月20日 (土)

水田まり「ピンクのワンピース」が第35回中部ペンクラブ文学賞

 第35回中部ペンクラブ文学賞に水田まり氏の「ピンクのワンピース」(「欅のある家」掲載作)が受賞し、「中部ぺん」誌第29号に作品掲載と選評が掲載されている。●選考委員:清水良典 堀田あけみ 竹中忍。《参照:「中部ペンクラブ」サイト》。今回のノミネート作品は、「being」有吉凛」(「じゅん文学」16号〔名古屋市)/「ポジテfボ」貝谷京予(名古屋市)/「ピンクのワンピース」水田まり〔志摩市)/「竹の家」古永ケイト〔豊橋市)『P.』35号(四日市市)/「モーニング・グローリー」四流色夜空〔名古屋市)/「HEAVEN2020」(名古屋市)/「蛍と石楠化」佐藤駿司〔大津市)(「楽雅鬼」〔大津市)から選ばれたた。同賞の「特別賞」として寺田繁『名古屋の栄さまと「得月楼」父の遺稿から」(鳥影社)が受賞した。《参照:「中部ぺん」29号のグラビア頁
 純文学における言語表現の簡潔性、その反対の微細表現などその芸術性は、WEBのツールでは不可能で、そのことが文学の復権を果たすにちがいない。

| | コメント (0)

2022年8月15日 (月)

文芸同人誌「海馬」第45号(西宮市)

【「れりぴー」吉岡辰児】
 脳機能の病気で、肉体の動作が故障したことから、リハビリをしている人間の、意識の姿と心の動きを独白体で表現する。本誌の山下同人の独白体とは、全く質が異なる。本来の生まれながらの機能を、復活させることが前提になっているからだ。読み物的に可能性のある形式にしている。
【「不能者」山下定雄】
 独自の独白体で、「私」の生活の中での実存的な意識の流れを表現する。そこには自己の人間性の普遍性を当然とする。人間の持つ肉体的な機能を普遍的にしているのは、哲学的基礎でもある。自意識的なその発想に懐疑的になりながら、カンナという彼女のことに、こだわりを持つ。話は「病院」という区切りをして、精神科らしき病院生活の心の一部始終の独白を行う。書き出して表現された、その人しかわからない意識と、心の動きを表現する技術の面白さに引き込まれる。既発表作品は、「季刊文科」誌86号で、長い批評文が掲載されたようだ。私の読解力に対応する人が日本にいるということらしい。商業誌の文芸雑誌でも、1作や2作は掲載したらどうであろう。文芸的な成果の一つであるはずである。
【「陰と陽の肉体(前半」」永田祐司)
 都内に住み着いた3人の若者の出来事話。出だしから間もなくコロナにかかってしまい、その経緯が順序よく、だらだらというか、述べられているのが面白い。
【「神戸生活雑感―日本と台湾の文化比較」千佳】
 台湾出身の作者が、「海馬文学会」のHPのなかで、ブログを持っている。今回は、そこから飛行機事故で亡くなった向田邦子についての思い入れを記す。当会にも帰化人の詩人がいてブログ「詩人回廊」で活躍している。
発行所=「海馬文学の会」。
紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

| | コメント (0)

2022年8月13日 (土)

我が文芸同人誌の考え方

ーーそんな時期に、若杉夫人は、あとあとになっても、忘れることのできない話をしてくれたのである。.
「あのね。日本人は敗戦ですべてを失ったでしょう。その後の家庭を支えるために、どれだけ家庭の主婦たちが,苦労したか、あなたは子供でわからないでしょう。飢えをしのぐため、それはそれは、恥も外聞もなく.みんな必死で生きてきたのー。それがね、ここにきてやっと衣食住がなんとかなって、ほっとできる時代になったの。するとね、そうした女性たちは,いままでの生活のための生活はなんであったのか、と心が空っぽになってしまったのね。いろいろな苦労話を誰かに知ってほしいのよ。そこでは私は彼女たちに、いままでの苦労を手記にすることで、空っぽになった心を鎮魂させ、空虚さから脱出してもらおうとしているの」
「苦しみから抜け出したあとは、.心が空っぽになるんですか」
「そうよ、それが空虚さなの。目標が見えなくなって、すべてが虚しくなるの。心が乱れて苦しくなるのよ。でも,不思議なことに、それを書いて表現.することで解消されるのね。だから日本の戦後を苦労して生きてきた女性のたちのために、こうした同人雑誌を発行することを始めたの一ー」
 夫人.の言葉の背後に、無気力になって茫然とする多くの女性の存在を見ることができた。その頃、わたしはたまたまそのような人間的特性にある関心をもっていた。《「操り人形」という自伝を残した男(1)ー(16)

| | コメント (0)

2022年8月 9日 (火)

文芸同人誌「岩漿」30号(伊東市)

 25周年記念号。短歌、俳句、エッセイや手記など満載で、厚みのある雑誌になっている。
【「黄塵有情」財津公江】
 昭和18年に、軍人の父親が、東條首相と意見が合わず、朝鮮半島を経て、満州に渡った一家の物語である。そこの娘さんの記憶が、12章に区切って、よく整理されて記録されている。蒙古への旅行記なども添えて、周辺地域での時代の雰囲気を伝えている。いまとなっては貴重なものである。執筆したのは、作者が49歳のころで、現在86歳で、残っていた原稿をそのまま発表したという。自分は満州時代を語る会のようになった知人たちと交流があったが、皆この世から去ってしまった。当時の歴史や軍人一家の運命に関心のある人には、読んでみることをお勧めする。政治と国民の関係を考える素材になると思う。特別資料として「暮らしのノートITO」に分割連載させてもらうことにした。ブログの運営者として、単に紹介するだけでなく、有意義な作品は、実際に読んでもらうことにしてきたい。
【「大阪西町奉行の頓死」椎葉乙虫】
 時代小説で、奉行がキノコを食べて亡くなってしまう。そのことを巡って、騒動になる様子を描く。成行きに興味を引きながら、落ち着いた筆致でよませる。なかに立ち回りの剣劇のシーンなどを挟み、ほとんど職業作家並みの筆力を見せる。
【「山法師の白い花」(同作者)】年配の独身男が、日本史歴史の北条、源家の史跡を訪ねる旅で、彼より少し若い一人旅の独身女性と出会う。次第に親しくなり、老いらくの恋になるが、彼女は病死してしまう。頼朝と政子の愛情関係の史実にと絡めて、うまくまとめている。
【「月影の蒼き雫に染められて」佐木次郎】
 伊豆急行に乗って下田に向かっていた作者は、70歳ですでに妻を亡くしている。そこに伊東駅から、不思議な雰囲気の女性と乗り合わせる。すると、女性は、作者の不思議な体験を反して欲しいという。そこで、若い時の夢想的な体験を、小説的でドラマチック語る。それが終わると、聞き手の女性はいつの間にか、姿をけしていた。若い時の話だから、それだけの独立した物語だから、現在と繋げる必要はないのだが、自己現在に繋がるような雰囲気が、同人誌作家らしいところ。
発行所=〒413-0235伊東市大室高原9-363、小山方。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

 

 

| | コメント (0)

2022年8月 5日 (金)

スマフォ時代Youtubeの錬金術と文学芸術

 最近、芥川・直木賞を発表しても、メディアが大騒ぎしなくなった気がする。その原因には、作家になって上ベストセラーを出すより、手元にスマフォかタブレットという現代用具があることで、ユーチューバーとして、大儲けか小儲けの錬金手段とする方法が出来たようだ。自分は、ガラケーしか持たず、使わないがPCではそれが閲覧できる。  若者の芸術の錬金術として、文学芸術は、その成果を挙げるには、時間がかかり当たり外れが大きい。ユーチューブは、それを作る会社に頼めば、簡単に発信できるらしい。  ユ―チューブシステムは、2005年ごろ米国のベンチャー企業が、開発した。しかし、それを世界に広めるためには、回線拡大に資本力が要った。そこで、2006年にグーグルが約17億ドルで買収されたという。ネットの独自コンテンツは技術は、自力で世間に広まる前に、GAFAとか、メタとかいいう大資本に支配されてしまう。議員に当選した東谷(ガーシー)という人物は、芸能人の裏話を流して、億万円長者だという噂だ。 くだらない社会文化だけど、これを自分は「発酵文化」とでも言いたい。活字の評論の存在意義を強める現象でもある。同人雑誌の時代が復活しそうな現象も考えらえる。

| | コメント (0)

« 2022年7月 | トップページ | 2022年9月 »