文芸同人誌「あるかいど」第72号(大津市)
【「『巡礼』ソナタ・第2楽章」木村誠子】
北海道を詩情豊かに表現した旅行記。作者は、磨かれた文学的な手練の持ち主とわかる。肩に力を入れず、思うがままのように、北海道を巡礼し、アイヌ民族の精神を反映した物語が素晴らしく、詩篇を挟んで、道内に潜む地霊を呼び起していく。語りの手順が整理され、思わず引き込まれてしまう。読みごたえがある。同人誌ならではの秀作であろう。
【「エキストラ」高原あふち】
介護施設で働くあつみは、運悪くコロナに感染してしまう。そうすると、どのようなことが待ち受けているが、詳細に描かれる。そして、単なる体験的様式を超えて、人間関係やペットの関係が浮き彫りにされる。話の情感の起伏を表現するのが巧み。人情味あふれる気持ちの伝わる作品である。枚数調整力があれば、読み物雑誌に向いている。
【「明るいフジコの旅」渡谷邦】
フジ子は介護施設で暮らしている。その様子を描き、自分の人生終焉を、介護施設から抜け出して迎える話のようだ。物語の作り方が、ぎこちないが、人間のある状況を描くという精神に文学性がある。
【「鳩を捨てる」住田真理子】
母親が介護付きマンションに住んで、それまで住んでいたマンションが空き室になり、鳩が住み着いてしまう。母親は認知症で、連日、自分の金銭が盗まれるという妄想の電話を掛けてくる。その対応ぶりを細かく記す。話は一般的良くある出来事である。介護の段階は、まだ始まりの段階で、本筋はこれからであろう。文学性は濃くない。
【「面会時間(Visitng hours)」切塗よしを】
市役所に勤める50代の男が、脳溢血で倒れ、係長の職を離れ、外郭団体の駐輪場の管理人をする。そこで、あかりという、薄命的な女性に出会い、交際をする。彼女はがんを患いこの世を去る。良い雰囲気の短編小説である。
【「明け烏」奥畑信子】
結婚前の男女の結ばれるまでの話。それぞれの恋があるのであろう。
【「オーロラ」池誠】
現代埋蔵金物語。話の仕方が面白く、眉唾しながら読まされる。
【「高畠寛」年譜】
読書会のレジュメのために自筆年譜を記していた。1934年生まれ。自分は42年生まれだから、米軍空襲の記憶は自分より確かなのが、過去の作品に関して納得がいく。1982年「あるかいど」創設。2021年12月没。豊かな文学体験のひとであったようだ。寂しいものだ。
発行所=〒520-0232滋賀県大津市真野6丁目24-1、田中方。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。
最近のコメント