【「山代の奥さん」和泉真矢子】
東京オリンピックの時代の話から、はじまり、阪神淡路大震災の時代を設定して、味わいのある人情話に仕上げている。日常のなかの営みを、具体的なエピソードによって、読み手の心を逸らすことない、話術と文章力は、感嘆するしかない。別に勧めはしないが、作家になっていてもおかしくない文章表現の才能が感じられる。和子という長屋の大家の娘がいて、彼女が小学一年のときに、山代さんという夫婦が2階を借りて住む。そして、山代さんの奥さんは、身体が丈夫でなさそうだが、和子と仲良しになる。山代の奥さんは、三味線を弾くことが出来て、指にたこが出来ている。これが、末尾での話への伏線になっていて、構成と物語の手順への発想の閃きに優れている。素人離れというのはこのことを言うのであろう。阪神淡路大震災での場面も、迫力を持って描かれていて、こうした修羅場の表現力にも優れている。構成に独特のものがあるが、しみじみとした味わいを感じさせる要素を妨げることがない。現代的な工夫として肯定したい。
【「蠢く拳」南田真】
ボクシング界の話で、伊達という男の友人の武蔵というフェザー級の世界チャンピオンがいて、彼がタイトルマッチで、パンチを多く食らい、ノックアウトされてしまう。意識不明で病院に運ばれるが、パンチの衝撃による脳の損傷で、生死の間を彷徨っている。伊達は、事態に驚き、このタイトルマッチに反社会的組織の陰謀があることを突き止める。事実を説きとめようとして、聞き込みをすると、暴漢に襲われたりするが、それを撃退する。活劇的な場面があって、それが面白い。話の運びにはらはらさせられ、面白さに引き込まれる。短編小説の手法をきちんと守って、ハッピーエンドで終わる。よくまとまった作品である。ただ、このような話jは、類似作品が多いので、雑誌社の評価は高くはないであろう。しかし、筆力が充分なので、題材を選んで、創作をすれば、多くの読者を獲得できる可能性をもった作家である。
【「空の青さを知る君へ」吉村杏】
刑期を終えて出所した津田順也という男の話がある。それから第一遭遇者・和田勉、それから第二遭遇者・島田将志、第三遭遇者・山崎俊一、第四遭遇者・高瀬美穂、という分類で、それぞれの立場が語られる。読み終えて、何だこれっと驚いたが、こんな創作もあるのかと、思った。話の繋げ方に無理があるので、四人の人物の短編のようなものになった。いづれにしても、人物のキャラクターが造れていない。もっとも、それができば商業誌に売れる。
【「来たよ!」楡久子】
高齢者で元気だが、痴呆的なところもあって、その世話に疲れ切る主婦の話。面白いが、こっちも高齢だから、読み疲れる。
【「帰ったら、カレーにしよう」春野のはら】
知らない家に空き巣に入った「俺」だが、そこに家主のお婆さんがいた。息子の話をするので、その息子だというと、似てないといいながら、俺の説得で、息子だと思わせることができる。それから、お婆さんの家の家族の関係に巻き込まれる話。わかったようなわからない話。
発行所=〒532-0027大阪市淀川区田川2-315-802、神野方、「メタセコイアの会」。
紹介者「詩人回廊」・北一郎。
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