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2022年1月21日 (金)

文芸同人誌「あるかいど」第71号(大阪市)

【「ドラマ『宣告』を見直す」久里しえ】

  普通なら書評とみられがちであるが、これは小説的な文学作品である。その小説的な部分引用しよう。(前略)--自転車のペダルを全力で漕ぐことで普通の高校生でいようとした私の心に、犯罪者や精神症状を扱った「宣告」はすんなりと入り込んできたのだ。そして、忘れられないドラマになつた。/後日、意外なことが起きた。ドラマの中のあ.るシーンを私は繰り返し思い出すことになるのだが、それは件の死刑執行ではないのだった。恵津子が面会に来た峙に、房の中で他家雄が身支度をする場面だ。/不意に恵津子の来訪を知らされた他家雄の表情が、私の脳裏に焼き付けられた。それは、今にも泣き出しそうなチ供のようでもあり、うれしし過ぎてどんな顔をしたらいいのか分からない少年のようでもある。そのまま他家雄はタオルを絞って体を拭き、着替えをする。鏡も櫛もない独房で、精一杯のおしゃれをして彼女に会うのだ。/これが本当に、人を殺めた犯罪者と同じ人なのだろうか。こんなに純粋な心と、人を殺すほどの悪意が、同じ人間の中に存在しえるのだろうか。--(後略)。いいねえ、じつに表現力に優れている。ーー話の軸は、テレビドラマで観た「宣告」(原作・加賀乙彦)と、後日、本で「宣告」を読んだ印象の違い。俳優・萩原健一の表現力の凄さの比較なのであるが、内容は立派な小説になっている。自分は昔の話しかできないが、野間宏「真空地帯」の映画化で、木村功の演技と、軍隊の雰囲気が、実によく小説にせまっているのに、驚き、映画と小説の違いの認識を深めた記憶がある。
【「塀の外の空襲」住田真理子】
 戦争中の記録をもとに、少年の視点で、米軍の空襲の悲劇を記している。豊川市立八南小学校卒業文集「友だち」(昭和二十五年三月発行)、戦争中の暮らしの記録」(暮らしの手帖社)、豊川海軍工廠の記録―陸に沈んだ兵器工場」(これから出版)などと、知人の談話をもとに創作として書いたとある。この題材は、他の同人誌作家も創作化しており、その作品では学校にあるのか、校庭か忘れたが、天皇の御真影をおさめた泰安殿を、空襲から守るために駆け付け、被災死するという話になっていたと記憶する。いずれにしても、若者のなかには、日本が米国と戦争したことさえ知らなかったという者もいるそうだ。敗戦と称していれば、どの国に負けたのか、と考えるが、終戦というから、第二次世界大戦の結果としかとられないので、米国とは思わないのだろう。とにかく、この記録は、地元に貢献する良い作品であろう。ただし、歴史ものでも、視点を持たないと迫力に欠ける。
【「海には遠い」切塗よしを】
 認知症の祖母のリツを自宅で世話をしていたが、「ぼく」は、都合で彼女を特養に入居させることになる。そのことに、後ろめたさを感じるように書いてあるのが、特徴である。このババつき家のおかげで、結婚相手にも敬遠される。しかし、認知症の祖母への愛情は強い。リツが海を見たいというので、ある日、特養の規則を破って、その海に車いすを動かしてでかけてしまう。なんとなく、好感が持てる話で、自分の両親の介護の時期を思い出した。社会のなにかに抵抗していながら、それがなんであるか追及しない。そういうのって小説かな?と思う。散文詩的なのである。
【「『巡礼』ソナタ・第一楽章」】
 断片的なところがあるので、ソナタとしたのだろうか。文学的には巧い散文詩
に読める。
 次の作品を読み始めたら、NHKで直木賞作家のライブ報道があい、それを見ていたら、次の作品を読み終わる前に、中断したきりになった。申し訳ないが、後は省略させてもらいます。
発行所=〒545-0042大阪市阿倍野区丸山通2-4-10-203、高畠方。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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コメント

いつも丁寧な誌評をいただきありがとうございます。同人で共有し、ぜひ今後に生かしたいと思います。

投稿: 切塗よしを(あるかいど) | 2022年1月21日 (金) 19時27分

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