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2021年12月22日 (水)

文芸同人誌「文芸中部」第118号(東海市)Ⅱ

【「光線画」本興寺更】
 江戸時代の浮世絵師に弟子入りし、丁稚奉公的な修業をさせられるが、あまり才能も修業意欲も普通で、自分探しをする若者の生活を描いたように読めた。小説として終わっていない感じもする。時代考証的には十分な知識があるようだ。
【「閉ざされて」朝岡明美】
 コロナ禍の夫を亡くした高齢者、貴子の生活。香苗という義理の娘と同居している。去年の春、香苗が仕事を辞め、貴子は任されていた家事から解放され、嫁姑の二人暮らし、とある。まず、これで充分。余計なことを読まされて、誤解しそうであった。どうやら貴子のまだら認知症になったところまでを描いたものらしい。認知症やがんなどは、いつから病がはじまるか、境目がわからない観念的なものなので、もう少しはっきりとした現象にしたら、もっと良いかも。そのことを研究して迫る意欲があればなあーと思う。

【『東海文学』のことどもから(11)】三田村博史】
 「文藝首都」から「東海文学」さらに「文芸中部」に連なるエピソードが記されていて、大変面白く読んだ。自分が高校生の時には「文藝首都」は書店で売っていた。見つければ買って読んでいた。名前を忘れたが、自己存在を否定するテーマで書く作家がいて、印象的であった。また、当時、長谷川伸の「大衆文藝」とかの雑誌も売っていて、そこに載っていた平岩弓枝「鏨師」が直木賞になったのには驚いたものだ。同じ作品なのか、確かめてもいないのだが。
【「水の上を歩く人」藤澤美子】
 四日市の教会をもつ家庭の物語で、公害のせいか、少年が突然死する話。物悲しい印象が強く残る。
【「そして桜の樹の下で眠る」楠木夢路】
 母親が亡くなるが、その息子からすると、今まで知らなかったことが、次々と明らかになる。つまりは、息子の父親とされていた男とは、血のつながりがなかったのを知らなかった。周囲に人だけが知っていた。その境遇の悲劇的な背景がわかる。家族の血筋の話は同人誌に似たようなものが沢山書かれて居る。作者は、自分だけの話とおもっているので、書くのであろう。そうした、類似した話の中で、起承転結がはっきりしていて、桜の樹などのあしらいもあって、美意識の働いた秀作の方である。
【「極楽さま」潮見純子】
 高齢の母親の人生が終わるまでの話。同様の話は、たくさん読んでいるが、素直でシンプルなのが良い。類似した作品のうちで良い作品である。
 本誌を読んで、日本には、同人誌文学というジャンルが存在するのではないかと思った。「闘病記」も、文学的な専門性やセンスは、普通の人にはないものがある。しかし、商業性があるかといえば、それはなさそうだ。同人誌文学として、よく力がでているので、佳作に思うのである。冒頭の【「心のおに」和田和子】は、それはそうであろうが、ごく普通に納得でき過ぎるように思う。こうした作文よりも文学性のあるが、商業性はないのが同人誌文学の特長であろう。現在では、中産階級の趣味の集いとしての意義も生まれて来ているのではないか。
発行所=〒477―0032愛知県東海市加木屋町泡池11-318、三田村方。「文芸中部の会」。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。>

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