文芸同人誌「季刊遠近」第77号(横浜市)
【「バイバイ」山田美枝子】
瑤子という母親のお骨を、オアフ島のワイキキで散骨する。撒いた骨が風で舞い戻ってくる。この冒頭のところに感心した。しかし、表現意欲の強さに対し、お話は焦点がやや甘いものになっている。母親の介護で下の世話をするところなども描くが、その大変さに、なぜ耐えられたのか。かなりきつい作業であることを感覚的に伝わるように描きながら、それでも耐える心の形が、推察できるように整理されていない。過去の出来事を追いかけ、何とか母親との関係を、浮き彫りにしようとする努力の連続である。いろいろ書くうちに、やがて涙が溢れて、感極まり、自分が母親の分身であり、その喪失感情と悲しみに「おかあさん、バイバイ」という言葉に、やっとたどり着く。小説になる糸口に立ちながら、小説家的な探求手法が今一つ不足を感じさせる。世間的な苦労話に受け止められそう。同人誌という場があるから書けたのかも。その割には文学的な成果を見せているところもある。
【「雨があがって」花島真樹子】
大学で英語を学ぶなかで、文化祭での演劇に参加しているとも子。家庭は義母と父親と同居。うまくいっている。LGBTの彼氏もいて、若い女性の素人から専門家としての大人に向かう姿をえがく。水彩画的な一編。
【「駅舎にて」森なつみ】
ローカル線の終着駅に行って見たい。体験的と想像力の産物で、鉄道マニア的なロマンの味わいがある。
【「風冴ゆる」藤田小太郎】
先の見えた老人夫婦のある日の姿。普遍性がある。事例を知る手掛かりになる。
【「丘の上の住民」難波田節子】
だいたい、事件が何か起きるわけでもないことあろうと、読み始めたが、文章の流れだけで、文学的な何かを訴求する時代ではないような気がした。
【「スパム」浅利勝照】
好意を持っていた女性を破滅させた「スパム」という男を殺してしまう話。文章も構成も内容とアンマッチで、なんとも言いようがない。
【「母恋」小松原蘭】
母親との関係を書きたいのか、何が問題なのかわからない。自分は書かずにいられない、といって書いているが、起きたことの事実がきちんと伝わるように書けていない。介護の話の下の世話は、多くの人が語っている。これが新しい小説になると思っているらしいが、同人誌の人って、文学についてどんな話をしているのか、興味が湧く。
【「欲に生きるには」逆井三三】
若い引きこもり男の行動が独白体で語られる。引きこもりにもいろいろあるが、かなり行動が活発で、自意識に押しつぶされることもなく、仲間の女性を性欲の対象として、何とか口説き落とそうとして、理屈を並べるところが活き活きとして、面白い。彼女の反応ぶりも良い。このような作品が読めるのは、うれしいものである。小説が巧くなったのか、ギグシャクしたところがないのに感心した。
発行所=〒225-0005横浜市青葉区荏子田2-34-7、江間方。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。
| 固定リンク
コメント