文芸同人誌「海馬」第44号(西宮市)
【「葛藤」山下定雄】
山下作品は、風変りで面白く、前作の「合歓の花」は、雑誌「季刊文科」の83号に転載されている。目の付け所が重なったのは、愉快である。今回の作は、例によって神経構造に欠けたところがある「私」が、公園にいた少女が気にいり、交流をしようとする。だが、私にはカンナというれっきとしたパートナーがいて、彼女の機嫌をうかがいながら、少女と連絡を取ろうとする。そうしている時の心の動きを、長々と書きとめる。少女への心の想い、それに対するカンナの反応への忖度など、そのことは、一瞬の心の動きであるが、言葉するとかなり長々しい。頭の中のひらめきを示すので時間的には、瞬間でも、それを文章にすると、その時間が引き伸ばされる。それによって人間性というものが、この心の瞬時の内面にあるということがわかる。今回はよく短くまとまっているが、その解釈は自由に任せたもので、考えさせるとことの多い作品である。意識の流れをとらえる文体も作者の新発明と言っても良いであろう。
【「クマネズミと亡霊」永田祐司】
マンションの管理人をする男が、なぜかクマネズミが入り込んで、部屋の天井を我が物顔に走り回るようになったことに気付く。自治会と相談して、その駆除のためにいろいろな業種に見積もりを頼む。業者のやり方が、粘着シートや毒餌を基本に、それぞれ細部がことなるのが面白い。時折、住民からの勝手な苦情な要請に応じなければならない苦労もでてくる。マンション管理と害虫駆除に詳しい作者らしい。その主張は人間社会の批判的な観察きでもあるらしい。クマネズミの駆除が自費をつぎ込んでまでになり、泥沼化していく様子は、米国がテロリスの駆除にはまり込む姿を風刺した寓話のようにも読める。意味深な雰囲気がある。
【「神戸生活雑感―日本と台湾の文化比較」千佳(台湾出身)
本誌にはネットのブログがあってそこに書いたものを活字化したものだという。なかに井原西鶴に関する話もあって、言葉に注目したのは鋭い。日本が美しいという感覚は、なかなかのものである。現代は、「ナンチャッテ」語が普及している。自分がコピーライトを引き受けていたころは、これは柔らかい表現で、とか注文があると、「さしすせそ」を活用した用語をする。メリハリのあるように、という注文には「たちつてと」の多い用語にするようにしていた。美しく感じるのは伝統的な和歌の手法で磨かれた「さしすせそ」系の言葉であろう。
発行所=〒662-0031西宮市満池谷町6-17「海馬文学会」
紹介者=「詩人回廊」北一郎。
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