文学フリマの出店販売本「お役立ち文学」本の内容を連載公開
文学フリマ東京で販売していた「文学が人生に役立つとき」(伊藤昭一)の内容連載公開することにした。《参照:文芸同志会のひろば》これは、当初菊池寛の「作家凡庸主義と文学のカラオケ化」というような10頁程度の冊子を、東京文学フリマで300円で販売したところ、10冊くらい売れた。それからその増補版を次のフリマで販売したところ、また売れた。そこで、オンデマンドで「文学が人生に役立つとき」という冊子にしたら、毎回、売れた。ところが、例のコロナで、高齢者の自分は、「フリマ」参加を自粛した。2018年にオンデマンド化したのだから、さすがに古本的である。それでも、文学をすることは、生きることに役立つという菊池寛の精神を伝える意味はあると思う。昨年と今年の「文学フリマ東京」にもし参加していたら、今頃は売り切れているはず。菊池寛の「日本文学案内」はヘーゲルのとマルクスの社会の歴史的発展段階論をよく勉強して、作家志望者向けの手引き書のスタイルで、人間が精神的成長をするために何が必要かを記している。それが終わればこの続きとして、斎藤幸平「人新世の資本論」の解説もしてみたい。これは、マルクスの資本論の第1巻から出発している。その理論を理解するのには、岩波文庫の「経済学批判」を読んだ方が分かり易いかも。ここでは、使用価値と交換価値と商品価値について語られている。ここでのミソは、価値は、関係性のなかでしか、表わされないということである。最近ではマスクについて、それが起きている。店で入手できない時は自分で作った。それの価値は使用価値そのものである。ところが、友人が作ってほしい、そのかわりパンを焼いてあげるから交換して、と言って来たら、マスクはパンと同じの交換価値をもつ。さらに売ってほしいという人が出たら、商品価値が生じる。では、いくらで売るか、となると、それは欲しい人のつけた値段になる。マスクは、それ自身で価値を表現できない。だれかが値段を付けないと、価値がわからない。菊池寛は、文学の芸術的価値論を述べているが、これはマルクスの「経済哲学批判」を読んでいたのだと思う。もうひとつ、人の価値も自分で自分の価値を表現しても、意味が薄い。他人に価値を求めることが多い。
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