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2021年6月 4日 (金)

文芸同人誌「火の鳥」第30号(鹿児島市)

【「ANTGTA DOKOSA」稲田節子】
 貴彦とカオルは50代の夫婦。純平と美久という子供がいる。美久は多少の障害をもつ。この夫婦に、貴彦の他の女性への傾倒から、離婚するまでを描く。その間、あちこちに話が飛んで、話を散漫にしている。最近は、時代の傾向か、このような作風のものが少なくない。あれこれ話の軸を外しながら物語を進めるという、小説手法がうまれつつあるのかも知れない。作者の思い込みの強さの表れであるのかも知れないが、文学的な成果には効果的か、疑問に思う。
【「深淵の声明―ラスコーリニコフの心理学」上村小百合】
 ドストエフスキーの「罪と罰」のラスコーリニコフの心理に焦点を絞り、深く掘り下げた濃密な純文学評論である。自分は、迂闊にしか読んでいなかったので、教えられることばかりで、その読みの深さに敬服した。1章で、ラスコーリニコフが獄中病気になり、熱に浮かされてみた夢の一部として、「アジアの奥地からヨーロッパに向け進む一種の恐ろしい、かつて聞いたことも見たこともないような伝染病のために、全世界が犠牲に捧げねばならぬことになった」から始まる、引用で、人類が少数の選ばれたる人々を除いて、ことごとく滅びなければならなかったーーという文章があることを指摘している。そして、特に現代を意識したものではなく、人間的な「意志」の個人のつながりのない孤立したものとして、滅びが起きるということを意味していると読める。自分は、この部分は読み逃してたが、ドストエフスキーの中期以降の作品群に感じる、人間観と世界観の絶望なかの光を求める内面の希求がここで読み取れるのかと、勉強になった。さらにマルメラードフについての解説は、有名な酒場での絶望的な告白を、もう一度読み直したい気持ちになった。
【「ベトナム南部・ダラットへの旅」杉山武子】
ベトナム旅行の回想記である。このなかで、林芙美子の「浮雲」のなかに、フランス支配下にあった、ダラットに行ったことが記されていることへの言及がある。その視線の冷ややかなところがあり、物書きとして、物事の本質をそのまま受け取る視線を会得しているように思った。モダン文学にあるもので、失ってはならない精神を垣間見されられた思いがする。
発行所=鹿児島市新栄町19-16-702、火の鳥社。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

 

 

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