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2021年5月11日 (火)

文芸同人誌「北狄」第394号(青森市)

【「九十四の悲劇」笹田隆志】
 専門的な物理学的知見から、核分裂の仕組みを解説した教材のようなものを物語化したので、通常では概念でしか伝得られていないものを、順序立てている。その一部を抜粋してみた。《参照:笹田隆志「「九十四の悲劇」で核分裂の詳細「北狄」394号》最近は、地震のたびに核発電所の様子が、報道されるようになったのは、進歩であろう。ただ、単に被ばくということでも、体外と内部被曝があって、内部被曝の影響はすぐには出ない。核反応でいろいろな放射線が出ていることを記す部分を抜粋した。その種類によって、それぞれ人体への影響の仕方が異なる。発電所の配管の事故は珍しくないが、ニュースなどで、放射線被ばくの問題はないーと報道があるが、それはわかっているその時点だけでの話である。本作は、文芸同人誌作品の社会的知見を披露する場でもあること示している。
【―山のあなたの海の彼方①「父の涙」高畑幸】
 土地の風土と父と息子の関係が描かれている。穏やかな家族関係が読み取れる。
【「鯉供養」渋谷萬作】
 これぞ農民文学という感じの秀作である。話は、悠造という高齢者の農家人の具体的な仕事ぶりを描くことで、農家の仕事の詳細を知らされる。圃場整備事業というので、農地を区分けし分担金を払う仕組みや、きのこ萢(やち)という湿地帯があって、いかにも茸がとれそうである。シドという水場から田に水を引いて作物を育てる。田植え機、トラクターを使いまわす。その様子が細かく描かれ、詳しく書くとこんなにも面白く読めるか、と驚く。話はそれだけではない。そこに鯉の群れが集まってびしゃびしゃと音を立てるのを悠造は見つける。それを見たら、その鯉を捕まえたくなって、捕獲しようとする。最初は、うまく行かないが、網をもって三匹捕獲し、セルロいどの容器に入れる。奥さんの無関心な非協力的な態度が面白い。だが、悠造は、料理しないで、置いておくだけなので死んでしまう。これは、ありそうであるが、奥さんが見た通り料理するか、どうかすべきであったが、ただ捕れそうな鯉を見たから、捕りたくなったという、目先の欲望に従ったための不合理な結果である。そこに話の理解出来る面と、不合理さの意識から罪の意識が生まれ「鯉供養」となるのである。欲望の力とその不合理な側面を明確に描いた点で、最先端的現代小説にもなっている。すごい作品である。
【「そのとき麻子は(二)秋村健二」】
 日本の村社会の構造とその家族制度を浮き彫りにした作品に読めた。
【「ごめんどうをおかけしまして」青柳隼人】
 90歳を過ぎた母親を施設にいれて、そこを子供たちが訪問する。やがて、その施設で母親がなくなるまでを描く。その母親が、認知症になっていて、なにかというと「ごめんどうをおかけしまして」と口癖になっていうのである。同様の経験がある人は多いのであろう。言いたことを記録しおくという作者の心情が良く出ている。ただ、小説的にするには、異なる事例の親の老後を見る家族の姿を並べないtと、小説として自立しにくいのではないか。
【「禁断の鐘」高森ましら】
 おそらく若い人の作品であろう。独自の自分だけの創造的世界を作り上げ、その世界のルールに従って、登場人物の物語が進む。いわゆる「世界物」というジャンルである。カラシナ国のスメル島という世界のお話。自分はそれを理解するのが不得意で、舞台となる世界を理解しようとする努力だけで、力から尽きた。
発行所=〒038-0024青森市浪速館前田2-14-2、北狄社。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

 

 

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