文芸同人誌「港の灯」第13号(神戸市)
【「敵討ち」たかやひろ】
時代小説であり、巻末に掲載されているのだが、一番印象に残ったので、まず、これから紹介する。明石藩の山脇淳之介は、漁業の盛んな地域の貧乏侍の若者である。生活の向上の手がかりは、どこかの武家に婿入りすること。そのため剣道の修業に励む。剣術は富田道場に通う。同じく婿入り志望の同志的な友人が、瀬戸晶永という同年輩の弟子仲間。その二人が、ややこしい藩内のもめ事に巻き込まれ、瀬戸が山脇を敵討ちする立場になる。その間には、淳之介は、身分違いの漁師の娘、美枝と同棲をしていた。二人はほとんど私怨のない敵討ちの決闘をすることになるのだが、互いに時代遅れの因習にとらわれていることにばかばかしくなる。手堅い状況説明と、ストーリ性に富んだ話の運びに、作家的な手腕を発揮している。題材と構成をさらに工夫し、磨きをかければ商業誌に掲載されても良いような出来である。とくに、淳之介の同棲の美枝が、初心な女から熟女に変化するところは、同人誌作家から一歩抜け出した才気を感じる。ついでに、淳之介や瀬戸も年を経て、苦労し人間的な成熟をしている様子を明確に表現すればよかった。要するに、同人雑誌の小説に多いのが、人物の性格や心理状態が、はじまりの時と物語の終わりに変化がないことが不自然なのである。本作にはその欠点から抜け出ている気配がある。さらに、剣の使い手の平九郎が乱心したエピソードで、武芸の不得意の庄左衛門が必死で、彼を刺すところなど、読みごたえがある。
【「道楽」加崎希和】
父親の囲碁道楽を娘の立場から描く。時代風俗がよくかけていて、面白くよませるが、子供の視点から見た社会性の特徴がまだ、表現として工夫が充分ではない気がする。子供の視点で社会を描くことの限界性を感じさせる。
【「その日の空の色」牧美貴江】
若者が、気に入った女性と知り合い、交際の上で結婚する。しかし、その女性は、結婚式を挙げることだけが、結婚の目的であったことがわかる。女性の心理を描いたもので、はなしそのものに説得力がある。しかし、小説的な工夫がいまひとつ。たとえば、男が結婚詐欺師であったとしたら、面白く女性の心理が描けたのではないだろうか。
【「ネパールのハチミツ採り」絹田美苗】
ネパールの生活環境と風俗風習がわかる。コロナ過で窮屈な雰囲気を忘れさせてくれる。
【「あの日の家」黒見恵美子】
若い頃に尋ねたおばあちゃんのいた家とそのお風景を80代になってて思い出す。永遠なるものは心の中にある。
【「宝くじが当たった」松良子】
借金ばかりの男が、宝くじを買った。それが一億円当たっていた。どう使うか、いろいろな妄想のなかで、逃げた女房に連絡して、現金に交換しに行くと、番号の見間違いで、外れ券であったという話。いかにもありそうな人情話。
【「110番します」深見志保子】
認知症になって、人暮らしをしている義母が、近隣のお宅からモノを盗まれたと思い込んでしまう。そのたびに110番し、近所迷惑も甚だしい。幾度も110番してかけつける警察から、何とかしてほしいと、遠隔地にいる嫁のところに苦情がくる。そのたび交通機関をいくつも乗り換えて、応対に行くのだが、そのことがたまらない。その具体的な事情がくわしく書かれ、親戚付き合いの大変さがわかり、興味深い。そのようになってしまった義母の心境を想像するところが、この作品の良い締めになっている。現代の家族制度と親戚関係のサンプル的な状況設定が面白い。
発行所=〒654-0055神戸市須磨区須磨浦通2-3-29-604、絹田方。
紹介者=「詩人回廊」北一郎。
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