文芸同人誌「果樹園」第35号(豊橋市)
本号は、2020年9月発行とあるが、寄贈されてより、見出し読みと拾い読みをしていたが、どのような視点で紹介すべきか、その方向性が自分の中で定まらず、保留していたもので、ある。最近になって、やっとなんとなく、思いつくものがあって、ここに紹介する。
【「おじゃりやれ」そらいくと】
八丈島は江戸時代の罪人の島流しの地であった。そこの住民と流人との交流からはじまり、情を通わせた島の若い女性と流人が赦免され、島を出るまでを描く。それで終わりかと思えば、島帰り後の生活まで描かれている。そつのない熟成した文章力で、創作への才能を読み取れる。あとは、題材の選び方と、長篇への構想力で職業作家になれそうでもある。が、無理になる必要もないというような、気軽さも感じる。
【翻訳小説「小説九段」、「山の上の小屋」-中国人作家のカフカへのオマージュー・莫言作、津之谷季・訳】
9編の掌編がある。訳者の津之谷氏によると莫言(モー・イェン)は、ノーベル文学賞作家で、ガルシア・マルケスの影響受け、マジックリアリズム手法で中国農村を幻想的に活写する作家だそうである。その他、残雪の「山の上の小屋」(原題:山上的小屋)がある。訳者の解説によると、残雪は女性。新聞社を経営していた父親が、文化大革命で、資本家として打倒され、彼女は小学校しか出ず、旋盤工として働いたりしながら、創作をした。カフカの影響を受け、難解な作品を書いているという。カフカの作品は、自分なりに、ある立場が書かせた稀に見る奇書として読んでいたが、こういう作品を生み出す要素もあるのかと、驚いた。もっとも、どこがオマージュなのか不明で、よくわからないものだが、それでも作者の生の声を知ったような気がして、これを書かせた境遇に思いを馳せた。
中国人作家の一つの傾向を知ることが出来る、翻訳作業である。津之谷李氏は、「私家版中国小説翻訳集」刊行をしており、原作者と連絡が取れないために、テキスト扱いである。で、あるならば、これを、翻訳作業の過程を解説にを入れながら、順繰りに出来上がりを記録すれば、全文掲載と、翻訳のできるまでの翻訳者の創作として、独立した作品になり、販売が可能なのではないか、と考えるに至ったものである。そのために、これを記した。
発行所=〒440-0057豊橋市萱町20、矢野方「果樹園」の会。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。
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