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2021年3月 1日 (月)

同人誌時評「図書新聞」(2021・2・6)=評者・志村有弘氏

<抜粋」  ■小説では、山名恭子の「百日紅の夏」(「長良文学」第28号)が、昭和二十年七月九日の岐阜空襲の悲劇を綴る。小学六年の留美の親友・妙子が空襲を逃れようとするさなか焼死した。留美は、逃避するとき、布袋が邪魔で石垣をうまく登ることができない。妙子は、その布袋を持ってあげるから、先に行くようにと留美に告げた。留美は袋を妙子に渡し、石垣をよじ登ったが、近くに焼夷弾が落ちた。戦争の悲劇・空しさが読者の心を抉る。留美の家も、妙子の家も焼失した。妙子の家の庭に焼け残っていた白い花の咲く百日紅の木。歳月が流れ、留美は白い花の咲く百日紅の木を庭に植える。妙子・留美ふたりの友情、思いが胸を打つ。悲しい、しかし、秀作だ。
 梶原一義の「協力者」(「私人」第102号)がよく構想の練られた作品。昭和四十年代、大学生を語り手としてストーリーを展開。間貸し屋を営む坂口家が警察から住んでいる学生の部屋を調べさせてほしいと頼まれた。過激思想の学生がいないか調査するためだという。間貸し屋の主婦は、躊躇逡巡しながらも、学生の部屋に警察官が入ることを許可した。その結果、下宿人に対する良心の呵責に耐えられず、主婦は手首を切って自殺を計り、自分たちには間借しをさせる資格はないと思い、家を処分して主人の故郷の信州に移り住む。協力したため、善良な家族が苦しみ続ける不幸。当時の社会状況もよく描かれている。
 祖父江次郎の「靄の回路」(「季刊作家」第96号)は、認知症に罹りかけの男の姿を描く。男は、子どもの頃は「神童」と崇められ、一流大学を卒業した。それが、三年前に死去した上司から呼ばれているので勤めに行かねばならないと思ったりする。外出したものの自分の家の方角が分からなくなり、パトカーで送り届けられる。近所の人はもとより、妻の名前、財布の置き場所を忘れたりする。もどかしい場面が次々と展開するのだが、このもどかしさを感じさせるのは、作者の適切な描写ゆえ。地方公務員の失墜、認知症の遺伝の不安感も示される。認知症になるかもしれぬ危惧感。現実と幻覚とのはざまに身を置かねばならない不安感をつきつけられる思いがした。推敲に推敲を重ねた、見事な作品。
 梅宮創造の「七十の秋」(「飛火」第59号)が会津藩士秋月悌次郎の高潔な人間像、生涯を綴る史論的小説。小泉八雲の登場も作品に厚みを与え、末尾に松平容保と徳川慶喜の人間像が比較される形で記されているのも興味深い。簡潔な文章にも感服。
 歴史資料では、「花の室・21」の「視点」の項に「義民地蔵供養並に頌徳碑建立への挨拶」(野村七十郎著・昭和九年)が掲載されている。『岩瀬町史史料集』からの再録であるけれど、寛延三年時の直訴で斬に処された磯部村の清太夫・亀岡村の太郎左衛門・富谷村の左太郎の三義民に関する記録。心に重く残った。
 研究雑誌では「吉村昭研究」が第52号を重ねた。作品論・作家論・吉村関連のエッセー等が満載。
 秋田稔の「探偵随想」第137号には、小泉八雲・岡本綺堂らの作品を想起させる読物、江戸川乱歩から『乱歩全集』全冊を贈られた思い出、興梠武の絵「編みものする婦人」のモデルについての随想等が掲載されている。昭和文学・文化走馬灯の感。
 エッセーでは、園田秋男の「『文藝首都』の頃」(九州文學第574号)が、勝目梓との交流や保高徳蔵・みさ子のもとに出入りしていた頃のことを伝えて貴重。勝目に対する園田の思いが滲み出る追悼文でもある。
 ーー「九州文學」の第八期がスタートした。同人諸氏の今後の活躍をお祈りする。「さて、」第8号が丹治久惠、「野田文学」第二次第21号が上野菊江、「文芸静岡」第90号が臼井太衛、「玲瓏」第103号が岩田憲生と岡井隆の追悼号(含訃報)。ご冥福をお祈りしたい。(相模女子大学名誉教授)
《参照:評者◆志村有弘ーー戦争の惨禍を伝える山名恭子の秀作(「長良文学」)――「協力」したことから良心の呵責に苦しむ主婦を描く梶原一義の文学(「私人」)、認知症へ歩んでいく男を綴る祖父江次郎の力作(「季刊作家」)

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