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2021年2月 8日 (月)

文芸同人誌「文芸中部」第115(東海市)

 【「雨蛙」浅岡明美】
 今は息子の家族と同居している「わたし」。庭の盆栽に蛙がいるのを見つける。年前に夫が病死し、しばらくそれまでのマンションで一人暮らしをしていた。ある時、乗っていた自転車にバイクに煽られ転倒。バイクの男は、気を付けろ、ババアと言って去る。高齢者扱いされた事に拘る女心。交通事故扱いになったが、男はわからずじまい。一人暮らしの危うさに、息子の説得で孫のいる息子の家で暮らす。一家がデイズニーランドに行くが、「わたし」は、留守番をする。家族と同居は、それなりに気を遣う。とにかく、修練した文章で、日常の中にある高齢者の意識をさぐる。蛙との出会いや、ひとさまからババアののしられて、事実を思い知らされた高齢女性の心の痛みと、こだわり。また、買い物に行って、出口が異なると、道順の感覚を失ってしまうエピソード。同じ書くのでも、エピソードのつなぎがうまい。予定調和的な温もりのある好短編である。以前もかなりの巧者という印象だったが、今回は話の運びに無駄がなくなった。文章表現は、修業によってますます向上するのかもしれない。
 【「島帰り」広田圭】
 時代小説で、人情話であるが、題材は絵師の長庵が、風紀を乱した罪で八丈島の流人にされてしまう。そこで周囲の援助があって、比較的恵まれた生活をするが、赦免が下るのを待つ辛さがある。そこで、お清という女を身近にして待つ。すると彼女が子供を産む。そこに後輩の若い絵師の玄雪の方が先に、赦免で島帰りすることになる。長庵は、せめてお清と子供を本土に行かせたいと、その筋に手を廻して、玄雪の妻子として、同行させる。その後になって、長庵も赦免され江戸にもどる。自分は、あまり時代小説を読まないのだが、じっくりと話を積に重ねて絵師のダイナミックな運命をもの静かにものがたるので、それからどうなる? と読み続けてしまった。今の時代小説の風潮というのは、よく分からないが、それぞれ得意とするジャンルを出版社に認められた人が作家デビューするらしい。自分も、かつて伊藤桂一氏の門下生であったので、時代短編を書いて読んでもらったことがある。テーマを現代についても通じるものを露骨にだして試作した。師の評は、なるほどねえ、きみも書くのかねえ。というだけで、うんも、すんもない。そこで、これはハズレだなと思って、諦めた。その後、森村誠一氏の小説教室出身で、上田秀人という新進作家が陰謀を素材に、次々と新書を刊行していた。集めた情報によると、日ごろは歯科医をしており、当時は片手間に書いていたが、3カ月には一冊出すくらいにして欲しいという、編集者からの要望で、相当の頑張りが必要なようだ。売れ出すと、先輩作家からの嫉妬もあるそうだ。「島帰り」は。そういう視点で見ると、全体の流れと素材に優れているが、筆の勢いというものが不足している。おそらく、藤沢周平の静かな語り雰囲気が好みなのであろうが、純文学と娯楽小説の中間の難しい道ではないだろうか。これだけの手腕があるのだから、もっと多くの人に読ませる工夫を求めてしまう。直木賞の西條奈加『心淋(うらさび)し川』は、6篇の統一的な短編集のようだ。同人誌の作品にも時代の風が吹いているのかも知れない。
【「蹌踉の人」堀井清】
 現代の家族関係をリアルに描いた完成度の高い作品である。最近は、若者の立場を視点に、よろけるどころか、しっかりと描いている。我々の、とくに高齢者は、家族関係を伝統的なイメージでとらえているが、果たしてその関係対する意識は現実と大きくずれていないのだろうか。本来は大きなテーマであるのであるが、見逃してきたものを、よく見つめさせる作品になっている。身近でありながら、普遍性もあって、自分は注目作として読んだ。
【「影法師、火を焚く(第16回・第2部の4)」佐久間和宏】
 これは、読むと面白いのだが、なにしろ大長編で、なんだか野間宏「青年の環」みたいに、読むのに根気のいる小説になりそうだ。
【『東海文学』のことどもから】三田村博史】
 とにかく、文壇の隣の関西の文壇的な雰囲気が良く伝わってくる。文壇に近い存在感があったのだ、と改めて思う。もし、こうしたグループが東京に存在したら、おそらくこの中から多くの純文学作家が登場していたのであろう。ただ、職業作家になって幸せになるということもないだろう。なるような境遇に追い込まれた人がなるのであろう。かつて名古屋方面に2度くらいメーカーの依頼で取材に行ったことがあって、その時にやはり独特の風土性を感じた。現在に至る状況は風土性のなせるものかとも思う。
【「ハピネス」春川千鶴】
 これも、家族の姉妹と母親の関係と、繋がりを示して、人間の互いの批判性と肯定性を絵に描いたような構成で巧い。妹が結婚して、姉が独身というところから、妹が姉の立場を理解せずに批判する。すると、母親が妹を批判し、姉の立場を肯定する。まるで、夏目漱石が個人主義に語ったような問題的に触れるところがある。
発行所=〒477-0032愛知県東海市加木屋町泡池11-318、三田村方。「中部文芸の会」。
紹介者=「詩人回廊」・北一郎。

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