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2021年2月18日 (木)

文芸同人誌「海―第Ⅱ期」第25号(太宰府市)

【「あだし野へ」有森信二】
 帝国大学の職員で古株である浦松丈助が、大学入試の試験問題を、博多から新幹線で彼より若手の同僚と大蔵省印刷局に受け取りに行く。それが恒例らしい。慣れたその仕事であるが、そのなかで、彼の人生の営みのなかでの、数々の出来事を想起し、退職が近いことで生まれる感慨。実家は長崎で、戦争に駆り出されているうちに、家族を襲った原爆の悲劇。戦後の学生運動の対応。災害となど、次々と浮き彫りにされる出来事は、浦松にかかわる出来事のようでいて、彼の周囲の人々の苦しみの幻像に脅かされる現象を読むと、それらが、同時代の日本人全体に通じる出来事と感情を集約したものとなり、人々の人生のはかなさを、まとめ上げたように、読めた。ひと癖ある表現力の発揮として、個性的なものになっている。
【「終雪」高岡啓次郎】
 死に場所を求めて旅に出た「ぼく」は、北海道に行く。レンタカーで釧路の山道をいく。湿原の反対側の展望台にまわったりする。その時に、中年の孤独な女性に出会い、共に未来を共にする道を選ぶ。文章に歯切れの良さと表現の巧みさがある。しかし、その巧みさは、ストーリーテリングのために適したものなので、そこに徹して構成などをよく練ると、完成度がもっと高まると思う。この作者の作品は、「文芸思潮」などに掲載したものなども読んだが、たくさん書いている割には、物語の作り方がいまひとつであった。面白さを出すためには、不自然さを避けては、話が弾まない。自分は「グループ桂」という伊藤桂一氏のテキスト誌に作品を出したら、女性陣を主にしてか大変な悪評で、どうも印象が強いらしいと思い、雑誌社に持ち込んだら、面白いと採用された。それを読んだ友人が、あれに出てくる女ね、色が浅黒いと書いてあっのに、下半身が白いようになってしまて、理屈に合わないな、と言われて、それもそうだと思ったものだ。
【「評伝・人間織坂幸治」井本元義】
 織坂氏の著書「綺言塵考」は、読んだが、言葉への並々ならぬ関心と思考力を味わえる名著と思って、引用してみたい箇所が多くある。本編を読むと、まるで当人の書いた自伝のようで、その精神の共鳴ぶりが表れていて、大変面白い。織坂文学の渇望する表現意欲を理解すると同時に、評者の詩人・井本元義の氏もまた、文学的な世界での表現意欲があり、良き理解者であることがわかる。織坂氏は1930年に福岡市に生まれ、両親に連れられ満州にわたる。その後の人生航路と、文学との縁を、生活のなかの文学的活動に寄り添って記している。とくに、兵役で脚を負傷し、帰国。仕事を、映画配給会社、電通、喫茶店経営など多種な職業遍歴を、実にうまく表現している。自分は若い頃コピーライターとして、人物伝など物語化を依頼されてきたが、これほど巧くはなかった。無能さを時代が助けてくれたのだと、妙な感慨をもった。
【「『資本主義の終わりより、世界の終わりを想像するほうがたやすい』と、マーク・フィッシャーは書いたが」群青】
 自分は、あまり詩の紹介をしないが、これは素晴らしい。ほとんど詩集という感じの作品集であるが、どれもわかりやすく自分の世界観を素直に語る。日本にも、ホイットマン的な感覚の詩人がいたかと、感銘を受けた。
【「Y女子大文芸サークル」牧草泉】
 会話だけで勧める小説でもあり、文芸評論でもある。会話の連続で進行するのではなく、会話の主をM、B、D、F、Cなどと、多彩な人間の会話で、大学の文芸サークルに関して興味を持った学生同士のランダムな文学話で、芥川賞直木賞についての現代的な意義や、作家論として、元レースクイーンの室井佑月が現代性があり、あとは「鯨神」で芥川賞をとった宇能鴻一郎の官能小説転向話や島崎藤村の近親相姦話などからセックス論まで、まとまりないものだが、とにかく会話だけで小説にするという試みに、大いに刺激を受けた。
 まだ、ほかにも作品はあるが、文芸色の強い雑誌的な魅力のある同人誌である。
発行所=〒818-0101太宰府市観世音寺1-15-33(松本方)。
紹介者=「詩人回廊」・北一郎。

 

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コメント

海第二期第25号の5作品について、貴重なご意見をいただきました。特に、『海』の創設者織坂幸治に触れていただいたこと、感謝申し上げます。また、詩作品についても温かい評をいただき、ありがとうございます。
このご意見は、今後の作品のあり方について、反省すべきは反省し、なんとか生かすべく頑張りたいと思います。真摯なご意見、誠にありがとうございました。今後とも、どうぞよろしくご指導くださるようお願い申し上げます。
有森信二

投稿: 有森信二 | 2021年2月18日 (木) 23時19分

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