文芸同人誌「奏」第41号2020冬(静岡市)
本誌で連載していた勝呂奏・著「評伝藤枝静男」が―或る私小説作家の流儀―の副題で、「桜美林大学叢書」で刊行された。日曜作家でありながら純文学私小説の手法の拡張に挑んだ経過がよくわかる。そして、優れた理解者の多さの幸福をも認識できる。
【詩2編・柴崎聰】
ひとつは、「余白―余白の旅と「パターソン」。井上洋治神父が「余白を生きる旅」という代表作を残したという。善意の余白であることが、ロマンチックである。人生のほとんどが余白という場合もある。そこに記された文字では表わせきれないものを見出すのが詩人の魂というものであろう。もうひとつは、フランクル「夜と霧」。地域の公立図書館は、民間会社が運営を委託されている。利用が少ないとっ判断するのか、なかなか読めない貴重な本をどんどん、市民に無料放出し、処分していく。そのなかで、フランクルは不思議と処分されない。そのことに驚く。2001年、その新訳(池田香代子)が出ているそうだ。
現代詩の環境に関し、新型コロナパンデミックの来襲によって、新局面に遭遇した感がある。それ以前は、平和による幸運な境遇によって、個人のごく私的な感性を、あたかも自己存在を重大なものとして、それを前提とした表現することが受け入れられてきた。しかし、物質と生物の中間的なコロナウイルスは、魂を持たず、無差別に平等に人間を物質化している。戦争によるものでないところが、救いになるとはいえ、魂は奪われることに変わりはない。それらの人々の魂は今何処に。
【詩「月はさやかに照りわたり」(エミリ・ブロンテ)田代尚治・訳】
たしか牧師の娘であったブロンテ姉妹のうち、シャーロットは、たおやかな女性らしい現実性を持っているようだが、「嵐が丘」を、書いたエミリは、情熱的なロマンチストのようで、この作品にもその情熱の向かうままの表現の片鱗が現れていて、貴重な読書での推察体験をさせてくれる。
【「芹沢光治良『サムライの末裔』ノート」勝呂奏】
日本人作家でありながら、フランスでよく読まれているという話もきく芹沢だが、なにしろ長寿で活躍時代が長いので、その活動の一端であるのかも知れない。彼が広島の原爆について書いた長編小説の内容と、その時代の世相の解説である。たしか、先日NHKBSでアラン・ドロン主演の「サムライ」という映画を観たが、もしかした、日本的資質を皮相に解釈したもので、芹沢の作品の影響もあるのかも知れない。
【「小説のなかの絵画・第13回=石川淳と「白描」(続)ブルーノ・タウトと日本の風土」中村ともえ】
とにかく、「白描」について、石川淳の疑似私小説的な手法から、その真意を読み取ろうとする、大変な評論である。自分は、全集を買っていたが、あくまで、文章表現の技術に興味があったので、石川にこんな心情があったとは、まったく知らなかった。芥川賞作家の傍流派なので、大学生の卒論に適している作家であろう。教授もよく知らないかも。この評論は参考になる。
【「正宗白鳥―仕事の極意―(文壇遊泳術)に学ぶ」佐藤ゆかり】
正宗白鳥(1901~1962)に代表作がない、という話には驚いた。そういわれてみれば、自分も戯曲の短編を読んだだけの記憶がある。それは、家族制度に関する題材として読み、あまり面白いと感じたことはなかった。もとは評論家だったという。なるほどと思う。ここでは、正宗白鳥全集(それがあるのがまた驚きである)から、白鳥が物書きとして、冷静に自己評価し、世渡り上手としての作法をピックアップしている。要するに、原稿を頼まれての文学商売なので、締め切りを守り、編集者が依頼してきた意図を理解すること。
本格派の文学者になる気もなく、時代に合わない時がくれば依頼がこないのは、当然といような、心得方が大変面白い。余談だが、自分は、オーディオ機器のコピーライターをしていた時に、あなたの発想は古いと言われて、頼まれなくなった。自分もこんなんで音楽を聴いていられるかと、いやになっていたのでよかったのである。当時は、レコード盤からCDに移るときで、コンピューターのバグがひどく、再生音がまともでなかった。そこで、マーケティングや経済記事ライターに切りかえたことを思い出す。その後、まもなく、あるオーディオ店の店長の勧めで、カーペンターのCDを聴く機会があって、その高度な再生能力と、音質調整技術の向上に舌を巻いた記憶がある。
発行所=〒420-0881静岡市葵区北安東1-9-12、勝呂方。
紹介者=詩人回廊・北一郎
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コメント
勝呂様
「評伝藤枝静男」の誤記のご指摘ありがとうございます。いつも我が粗雑な文に、自ら呆れています。今後も遠慮なくご指摘お願いします。
>勝呂奏さん
>
>いつも拙誌のご紹介有り難うございます。冒頭に紹介戴いた書名に誤りがあります。「評伝藤枝静男」です。訂正戴ければ幸いです。このページのあることを、いつも励みにしています。
投稿: ITO | 2021年2月11日 (木) 08時29分
いつも拙誌のご紹介有り難うございます。冒頭に紹介戴いた書名に誤りがあります。「評伝藤枝静男」です。訂正戴ければ幸いです。このページのあることを、いつも励みにしています。
投稿: 勝呂奏 | 2021年2月10日 (水) 18時11分