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2020年12月17日 (木)

文芸同人誌「小説春秋」第31号(鹿児島市)

【「西海道を<旅する人々>」斎藤きみ子】
 純文学である。咲子が若い頃ローマに留学した。そのころにシュウーレインという男に出会い、情熱的な欲望の時を過ごしたことがある。かれは自分が無精子症(アゾスバーミア)だという。そして、彼の影響を受け、<虚構の研究>に力をそそぐようになった。そのあたりは、気取っていて文学的だが、その彼との肌の合わせるシーンの書きかたは、大衆小説の濡れ場の描写と表現したいくらい俗っぽい。そして、日本の南の離島か、半島を舞台にした、古典的な伝説と、西洋的な風味の合わせたような話が展開する。マホという若い女性が同人誌に連載中の小に描かれた幻想的な世界が説明される。近年、若い人たちの小説ジャンルに非日常的で、非現実的な自分だけの作った世界を、舞台にしたいわゆる「(自己)世界モノ」というのが、流行ったし、今もあるが、その大人版という感じ。面白くはないが、つまらなくもないという小説。とにかく、文章表現の世界の描き方にムラがあるのが、気になった。書き方は達者だが、異世界物というジャンルのトーンが統一されていないのが、目立つ。旅人の無責任で気まぐれさが、作品に出ている。それが表現したかったのかな。
【「パラボラ」さかがみ えま】
 浩二が故郷の行、その兄が迎えに来るというところから、小説がはじまる。自分は描かれた土地を知らないので、語られる事柄を、そうかそうかと読むだけ。宇宙マニアの父親の建てたパラボラアンテナを台風から守ろうとして、屋根から落ちて死んだ、という話も、なるほどである。ちなみに、実話で気球に乗って世界を廻ろうとした音が、近所の屋根に不時着し、同じ男が同じ挑戦をまたしたら、高く上がり過ぎて、行方不明になってしまった。アラスカに落ちたのか、宇宙を遊泳しているのか、しばらくスナックで話題が続いた。話としては、こっちのほうがよほど面白く考えさせられ。文章が軽快なのはよい。小説は、作者の語り口の面白さが肝で、後は人物像の立体化である。事実らしいもっともらしさなどは、不要なのではないだろうか。
【「いつまでも消えない灯りがある~先の見えない「今」に観る「キネマの神様」~」鳥居佐智子】
 コロナ禍のなかで。「ニュー・シネマ・パラダイス」という映画を観た観賞記の社会評論である。まず、冒頭に文章の流麗さで惹きつけられる。映画の後で小説を読むということもよくあることだが、何が良くて、何が悪いのか。なぜ、人はアートを観賞し、情念を満たすのか。作者と一緒に思案させる一編である。
【「お由羅騒動異聞~悲運の歌人 山田清安と歌子」杉山武子】
 江戸幕末期、諸外国からの外交攻勢で、江戸幕府の鎖国政策が揺らぎ、各藩でその対応に追われていた時代。歌人たちの文学生活と人生を描いた歴史文芸史でもあろう。自分は、短歌に疎いが、当時の歌詠み人の切実な表現力と、生活との密接した緊張感が伝わり、平和ボケした緩んだ文学精神のとの差に想い至る。三田村鳶魚や直木三十五の「南国太平記」で知られた島津お家騒動を、悪女と通説のあるお由羅の立場から視点を変えて、その人生に光を当てている。島津斉彬に関連する歴史を追う人には、新資料があるのかも知れない。骨太の女性歴史論という印象を受けた。
【「こころを売る男」岡村知鶴子】
 80歳を超してから、マンションで独り暮らしをし、世間話をする相手もない生活を、遠くの娘が気にかけて、あちこちのデイサービスを紹介してくれる。こうなると、まったく他人ごとではない題材である。軽妙な筆致で、明るく語るのがうまい。それでも健康なだけましである。余談であるが、自分も、家内と二人暮らし。マンション住まいをしているが、高齢で脚が弱り、自治会の仕事にもついていけず、縁が切れる。家内は、マンションの年寄り体操とお茶の会がコロナで、中止となった。急に孤立した二人住まいになったところ、家内が、買い物に出て転倒、手指と顔面骨折で大病院通いになる。家内が手を使えないので、自分は今までどうしていたかがわからず、生活立往生。遠隔地から、娘が駆け付けるが、洗濯機の使い方から、干し方まで、教えてあるはず、というが、急にいわれても、わからない。とても、文芸同人誌を読んでいられる精神状態ではないが、とにかく頁を開くと、「こういう時に、本を読んでいるなんて、どうかしている」と娘に言われる。もうこういうことはできないか、とあきらめの気持ちが湧く。とにかく、本作では、娘が紹介するデイサービスに一応行って見るが、気が合わないというか、雰囲気になじめない。当然である、もともと年寄りは、年寄り仲間が好きでない。ばかばかしいのである。その事情が文学的に表現されている。いい加減のところで、適当におわっているが、面白い。身につまされる。自分のこの欄を、なにも書かれなくなったら、いなくなったと思ってほしい。
【「お国はどちら?」出水沢藍子】
 長く続きそうな連載である。作者の作品は、雑誌「文学界」に同人誌優秀作として幾度も転載されている。勝手な想像だが、東京に来ていれば、編集者とのコミュニケーションが取れて、おそらく純文学作家になっていたかも知れない。自分は同人誌「グループ桂」に所属、同人仲間の宇田本次郎(故人)が、候補になっているので、記憶にある。ちなみに、宇田氏は、新聞社や雑誌社からの執筆依頼を断っていた。だが、商業性に合わせて書けることほど器用でない、というのが主張であった。純文学作家で、商業的に常に本を出すことが、その人のアーチスト生活によいとは限らないということだ。本作では、今は亡き父親の遺稿を、玉城という預けた人がいて、彼から受け取る。父親は、10代の祖父母の遺稿を、現代文に書き直していたところで、玉城という人に預けたらしい。それは、蘇刈島で生まれ、口之津というところに移住した時の手記であるという。そのほか、文芸同人誌活動と、生活が描かれる。ちょっと、扱いの難しそうな始まりだが、作者の筆力に期待しよう。
【「風に吹く白い花」福元早夫】
 博多の稲作について、祖父の時代から、戦争中、戦後の風土を描く。白い花にはいろいろあるが、ここでは日本米のことである。
発行所=〒892-0862鹿児島市坂元780-1、福迫方。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

 

 

 

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