« 原満三寿氏の金子兜太論 | トップページ | 文芸同人誌「弦」第108号(名古屋市)(下) »

2020年11月14日 (土)

文芸同人誌「弦」第108号(名古屋市)(上)

【「花屋敷の日」木戸順子】
 語り手の「僕」は、3ヶ月前に会社をやめ、無料で希望者の話を聞くボランティア活動を始めた。既婚者であるが、子供はいない。そこで、どんな人を相手に話を聴いたかが、事例として説明される。なにか、事実としてこのような人がいるということをテレビ番組でみたような気がする。読み進むうちに、それが「僕」の自己探求の手段であったことを理解する。落ち着いた筆使いで、スムーズに読み進められる。そして、ああそうなのか、という感想と、そうなの? というものが交錯した。おそらく漠然としたテーマ意識があり、書きながら、方向を決めていったのであろう。その分、スピード感に欠けるようだ。どこまでイメージした表現に迫ったのであろうか。ヒントになった事実は、現代的な話であるが、この作品にはそうした同時代性はない。そこが面白い。
【「白樫の木陰」山田實】
 洋一は、伯母に呼ばれて家にいく、そこには、従兄妹の加代という娘がいる。気の合わないところがあった彼女だが、伯母から彼女を押しつけるような雰囲気を感じて、意識を変えると徐々に親しみを感じるようになる。しかし、加代にはすでに結婚を約束している男性がいて、妊娠もしている。洋一は内心で、落胆しながら、彼女の運命に思いを寄せる。余韻のある終わり方になっている。ただし、このような設定は、一昔前の発想で、現代若者のものではないように思う。
【「そして流れる泡になる」小森由美】
 テレビ番組で、コロナウィルスに感染し、意識のない夫の死を隔てをした中で見送る妻の様子を見る。私は、2年半前に夫亡くしている。夫の面影と飼いネコ、季節の移ろいなどを語りながら、自分にも誰にも迫る死への思いを語る。メメントモリである。べつにストーリーはない。しかし、秘めやかに流れるせせらぎが、ゆるやかなにうねりをもつ文章で、心に沁みる。まさに純文学系統の作品として完成度が高い。
【「三人の女」筧譲子】
 大病院の看護婦さんの世界での、同僚の人間関係とそ看護婦長の人事争いの実情を描いたもの。その女の世界の権力闘争のとばっちりを受けて、心ならずも左遷された看護師内実の話である。あまり知られない世界のことなので、大変に興味深い。淡々とした文章も良い。自分も大病院で、簡単な手術をしたことがあるが、担当した若い医師は、看護婦長に声をかけられると、緊張して汗ばんでいるような気配があった。おそらく、院長の次に権力を振るうのは、看護婦長だったのではないか。時代がかわっても、その構造は変わらないのであろう。
【「それからの梅次」国方学】
 肩の力を抜いた自然体のリズムをもった文章が、作品をみずみずしいものしている。梅次と作者の距離感が十分取れていて、ユーモアにみちた表現を楽しめる。書いている内容は、男の日常のことであるが、それを面白く読ませるかどうか、が文才というものであろう。
発行所=〒463-0013名古屋市守山区小幡中3-4-27、中村方。「弦の会」
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

 

|

« 原満三寿氏の金子兜太論 | トップページ | 文芸同人誌「弦」第108号(名古屋市)(下) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 原満三寿氏の金子兜太論 | トップページ | 文芸同人誌「弦」第108号(名古屋市)(下) »