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2020年11月28日 (土)

文芸時評「東京新聞」(11月26日付)=伊藤氏貴

タイトル=仙田学「剥き合う」―セックスレスの先に/鴻池瑠衣「わがままのロマンサー」―恋愛、性、結婚が崩壊/李琴峰「地の果て、砂の祈り」-性行為抜きの同性愛。
《対象作品》
 仙田学「剥き合う」(「文学界」11月号)/鴻池瑠衣「わがままのロマンサー」(同12月号)/李琴峰(りことみ)「地の果て、砂の祈り」(「すばる」12月号)/竹林美佳「弱い愛」(「同」12月号)。
 時評の感想をいうと、対象作品は、性的な関係は男女の生殖と契約的な相互関係による結婚を軸に、社会がまとまっていきた。そのためLGBTに類する人たちが、文学作品か通俗小説などで少数派として描かれる現象を、普通のこととして描かれていることを浮き彫りにしているようだ。
 純文学が通俗小説のように面白くないのは、そうした概念の変化を前提としたものとして描くために、微細な感情を描くことで、成立しているからであろう。
 文芸時評はその社会性を指摘し、時代の変化への見方を啓蒙するところに、存在価値があるということにならないか。

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2020年11月25日 (水)

「駱駝の瘤 通信」第20―2020年・秋(福島県)

 本誌は、東電福島第一原発事故に被災した住民の立場から記された評論が、多くを占めるので、その部分を、暮らしのノート「駱駝の瘤通信20号に読むー福島原発事故地域の思想」に一部紹介した。国策というものに対し、報道がどう歪められているか。また、事実に対し政府見解がどれだけ異なるかを論じている。
【「棄民についてー昭和天皇について少し考える」鈴木二郎】
 本論は、ネット検索でも読めるーー―昭和28年11月11日の拝謁記には、昭和天皇が「一寸(ちょっと)法務大臣ニきいたが松川事件ハアメリカがやつて共産党の所為(せい)ニしたとかいふ事だが」と明かしたうえで、「これら過失ハあるが汚物を何とかしたといふので司令官が社会党ニ謝罪ニいつてる」と明かしたと記されていました。――
 という話を枕に、昭和天皇が太平洋戦争敗戦のあとに、天皇位を退任するかどうか、迷われたという歴史的な事実を資料で提示する。そして「昭和天皇独白録」=文春文庫• 著者 寺崎 英成 (著)、マリコ・テラサキ・ミラー (著)を、 雑誌文藝春秋が発掘、掲載した昭和天皇最後の第一級資料=をもとに、「敗戦した国の天皇が、ドイツの皇帝のように、国外亡命するようなことは、あってはならず。三種の神器を継承する、天皇職を守るという、本心があった」のではないか、とする。
 この視点は、昭和天皇の日本国の頂点である天皇という血統職を維持するという意志を明確したとする角度から、重要視すべきであろう。
 昭和天皇には、政治にかかわることは、皇族の存続を危うくするという体験があった。そのことから、東京裁判での問題提起は、骨身に染みることであったはずである。東京裁判の国際的な判定に、逆らうことは皇族の立場をも危うくする。それは、内心の価値観とはズレたり、異なっていても、その判決に従うべきなのだ。そう考えてしたとすると、昭和天皇が、国際裁判で戦犯とされた東條英機を、靖国神社に祀ったことは、参拝することをできなくした理由としても理解出来る。世の中の歴史がどう変わるか、いつの時点でもわからない、ということを、身をもって体験しているからであろう。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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2020年11月23日 (月)

31回文学フリマ東京に3千人強の入場者

 11/22(日)の第三十一回文学フリマ東京は無事に終わったという。当会は今回出店しなかったので、午前中に観に行こうと思っていたら、12時からの入場だとあるので、午後の用事にまにあわないので、断念した。来場者2179名、出店者969名のあわせて合計3148名の参加だという。
 コミケは中止で、同人誌出版社は、苦境にあるらしい。妙なところで、大規模運営の事故的事態のリスクがあることがわかった。文芸同人誌の若手市場なので、前途が明るいことがわかってきた。同時に、地域中心主義で、文芸同人誌のリトルマガジン化一つの方向性であろうと思う。自分の同人誌の基礎要素は、生活認識を深めるための文章化が第一。次は趣味創作を楽しむ場。第3が作品の錬金化の機能である。

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2020年11月20日 (金)

日本語のエリア枠の外の読者層

アメリカの人口は3億人だが、文学書を読む人は1億人いるかどうかであろう。それでも、英語圏の読者が多いので、1年に長編ミステリー1作書けば、生活ができる作家もいるようだ。村上春樹の功績は、日本人の生活が欧米化していることを、世界に知らしめたことであろう。大沢在昌のミステリーも、東南アジアで翻訳され讀まれているという。日本警察システムを取り入れているからだろうか。とにかく、若い世代には、作家の道が広くなるのであろう。  米国で最も権威のある文学賞の一つ、全米図書賞が18日夜(日本時間19日朝)発表され、翻訳文学部門に福島県南相馬市在住の作家、柳美里さん(52)の長編小説「JR上野駅公園口」の英語版が選ばれた。柳さんは同賞のウェブサイトで「この喜びを東日本大震災後の苦難の中にある南相馬市民と分かち合いたい」と英語で話した。JR上野駅公園口」は2014年の刊行で、英訳版「Tokyo Ueno Station」(モーガン・ジャイルズ訳)は昨年出版された。1933年、天皇と同じ日に生まれた男が64年東京五輪の前年に福島から出稼ぎで上京。息子と妻に先立たれ、ホームレスとして最期を迎える生きざまを通し、被災地や日本社会の光と闇を描いている。  柳さんは68年、神奈川県生まれ。高校中退後に劇作家、演出家として活動し、93年に岸田國士戯曲賞を最年少で受賞。94年「石に泳ぐ魚」で小説デビューし、97年「家族シネマ」で芥川賞を受賞した。15年から南相馬市在住。全米図書賞は50年に創設され、翻訳文学部門は中断を経て18年に復活。日本語作品の翻訳では、同年にベルリン在住の作家、多和田葉子さんの「献灯使」英語版が受賞している。(ニューヨーク時事) 

格差社会問い直す、背景にフェミニズム隆盛…柳美里さん受賞作

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2020年11月19日 (木)

文芸同人誌「弦」第108号(名古屋市)(下)

【「道三の首」久野治】
 戦国時代の下剋上を象徴するように、油売りから大名にのし上がったとされる斎藤道三の最期の姿を描いて、史実資料と想像力をマッチングした、面白い物語にしている。史実的資料を活用した歴史小説の手法が活きている。
【「修羅の扇」市川しのぶ】
 日本舞踊の家元の流儀で競う世界の踊り手の、そこに魅せられた人の情念を描く。ある日、この世界では規模の大きくない萩流師範の萩慶二郎の稽古場に、高校生の有本志穂が弟子入り志願してくる。その説明によって、通信器にポケベルが使われていた時代の日本舞踊会の実情が語られる。慶二郎はこの世界で不合理なしきたりをくぐりぬけて、独立して家元を維持してきたことがわかる。有本を門下生にしたが、期待以上の成長を遂げる過程と、慶二郎の付き人で古参の野村峰代の人間的情念がからむ。三人称形式をよく使いこなして、歯切れのよい表現になっている。作者は日本舞踊会の運営事情に詳しいらしく、一般家庭から研修生のような弟子を養成するシステムなど、教養としての着物着付けや作法の修得生徒などの説明がよく書けている。
 話の進め方で、さらに本筋と枝葉を加える余地を与えている構想で、作者の意図が感じられる。物語の柱を作って、それに沿った逸話を、映画のシナリオのように、箱書き短編化して、あとでまとめるのも良いかもしれない。とにかく、力作である。
【「ヘミングウェイ」西川真周】
 アメリカ文学の愛好者には、大変面白い話になっている。悠々自適の文学老人が、町の家具屋の椅子のひとつと、BGMの雰囲気が気に入ってそこで読書をすることを習慣にしていた。するとある時期から、若い女性が店員として現われ、彼に向って「ここでヘミングウェイを読まないでください」といって、通り過ぎる。その後、女性は店をやめたらしく、どこかに消える。そして、よその土地のカフェで、本を読むその女性を発見する。彼女が本をおいたまま席を外した隙に、彼女の本を見てみると、ヘミングウェイの「移動祝祭日」であった。文章は、エルビス、サリンジャーなどアメリカ文化づくしで、楽しませてくれる。まさに村上春樹の世界に重なるものがある。かつては、植草甚一という米国通がいたが、この作品の作者は、遅れてきたハルキというか、時代とのマッチングのタイミングいついて、考えさせる。
【「三劫」白井康】
 僧侶から織田信長に、囲碁の才能を認められ出世し、本因坊算砂と名乗り活躍した人がいたらしい。織田信長勢についていたため、本能寺宿営に同行した算砂は、光秀の奇襲に合う。信長は腹心の宗安に、光秀に自身の何が遺体を渡すなと命じる。信長の首を確保した宗安は、算砂にどこに光秀の手を逃れて、納めるべき場所を相談する。その結果、駿河の西山本門寺を推奨する。武士文化の様子を描いて面白い。
【「不意のライバル」長沼宏之】
 始まりは、年老いて妻を亡くしたことから、愛妻ロスの不雰囲気を語る。彼に妻は、詩人でであった。その彼が、妻の隠された物入れを見つける。すると、夫の出張でいない間に、実業家の恋人がいて、彼のために資金を提供していたが、それも使い果たす様子に、妻は縁を切っていた。しかし、妻が亡くなったのを知らないので、彼は妻の名で生きているがごとく妻になりかわり、夫が亡くなって独り暮らしだと、彼に手紙を出す。すると、男は、彼の家にやってくる。この妻の元愛人と、夫とのやりとりが、面白い。いわゆる間男の男の性格も活き活きとしており、読み応えがある。構想があって、それを表現する力のある作者のように思えた。

発行所=〒463-0013名古屋市守山区小幡中3-4-27、中村方。「弦の会」
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

 

 

 

 

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2020年11月14日 (土)

文芸同人誌「弦」第108号(名古屋市)(上)

【「花屋敷の日」木戸順子】
 語り手の「僕」は、3ヶ月前に会社をやめ、無料で希望者の話を聞くボランティア活動を始めた。既婚者であるが、子供はいない。そこで、どんな人を相手に話を聴いたかが、事例として説明される。なにか、事実としてこのような人がいるということをテレビ番組でみたような気がする。読み進むうちに、それが「僕」の自己探求の手段であったことを理解する。落ち着いた筆使いで、スムーズに読み進められる。そして、ああそうなのか、という感想と、そうなの? というものが交錯した。おそらく漠然としたテーマ意識があり、書きながら、方向を決めていったのであろう。その分、スピード感に欠けるようだ。どこまでイメージした表現に迫ったのであろうか。ヒントになった事実は、現代的な話であるが、この作品にはそうした同時代性はない。そこが面白い。
【「白樫の木陰」山田實】
 洋一は、伯母に呼ばれて家にいく、そこには、従兄妹の加代という娘がいる。気の合わないところがあった彼女だが、伯母から彼女を押しつけるような雰囲気を感じて、意識を変えると徐々に親しみを感じるようになる。しかし、加代にはすでに結婚を約束している男性がいて、妊娠もしている。洋一は内心で、落胆しながら、彼女の運命に思いを寄せる。余韻のある終わり方になっている。ただし、このような設定は、一昔前の発想で、現代若者のものではないように思う。
【「そして流れる泡になる」小森由美】
 テレビ番組で、コロナウィルスに感染し、意識のない夫の死を隔てをした中で見送る妻の様子を見る。私は、2年半前に夫亡くしている。夫の面影と飼いネコ、季節の移ろいなどを語りながら、自分にも誰にも迫る死への思いを語る。メメントモリである。べつにストーリーはない。しかし、秘めやかに流れるせせらぎが、ゆるやかなにうねりをもつ文章で、心に沁みる。まさに純文学系統の作品として完成度が高い。
【「三人の女」筧譲子】
 大病院の看護婦さんの世界での、同僚の人間関係とそ看護婦長の人事争いの実情を描いたもの。その女の世界の権力闘争のとばっちりを受けて、心ならずも左遷された看護師内実の話である。あまり知られない世界のことなので、大変に興味深い。淡々とした文章も良い。自分も大病院で、簡単な手術をしたことがあるが、担当した若い医師は、看護婦長に声をかけられると、緊張して汗ばんでいるような気配があった。おそらく、院長の次に権力を振るうのは、看護婦長だったのではないか。時代がかわっても、その構造は変わらないのであろう。
【「それからの梅次」国方学】
 肩の力を抜いた自然体のリズムをもった文章が、作品をみずみずしいものしている。梅次と作者の距離感が十分取れていて、ユーモアにみちた表現を楽しめる。書いている内容は、男の日常のことであるが、それを面白く読ませるかどうか、が文才というものであろう。
発行所=〒463-0013名古屋市守山区小幡中3-4-27、中村方。「弦の会」
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

 

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2020年11月12日 (木)

原満三寿氏の金子兜太論

 俳人・金子兜太の友人であった詩人・原満三寿氏(80歳)の「金子兜太の戦争」《参照:詩人回廊~詩人・原満三寿「俳人・金子兜太の戦争」を語る(24・完)》の評論連載が終わった。兜太は、かなりの人気者であったらしい。没後すぐ、「金子兜太」というムック本がでたくらいである。自分はその世界に詳しくないので、大変勉強になった。また、原氏自身は「評伝・金子光晴」で山本健吉賞、句集『風の図譜』で兵庫県第12回 小野市詩歌文学賞を受賞。している。原氏とは詩誌「騒」に詩を発表していて、それを愛読していたり、囲碁の会で教えていただいたりしたが、その業績については知らなかった。年齢でいえば、米国次期大統領のバイデンは、来年78歳で史上最高齢の大統領だそうだ。自分と同年令で活躍するのだから、政治の世界は特別であろう。自分などは、急に歩きにくくなったので、整形外科に行ったら、背骨の神経圧迫で老化現象だといわれた。それでも変わらず同人誌が到着するの。今は「弦」108号を読んでいる。その後は、「駱駝の瘤」の福島原発関連論文と「澪」の黒沢明作品論を紹介するつもり。

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2020年11月 4日 (水)

文芸同人誌「星座盤」第14号(大阪府)

【「永遠をばかにする」丸黄うりほ】
 タイトルからして観念的小説である。のぶこが昇天する間に、様々な身辺雑記が述べられる。すべて現世人の感覚である。のぶこが生きていても、死んでも状況は変わらない。首をかしげたが、改めてタイトルに思いを寄せると、なるほど、永遠などどうでもいいのだ、と納得した。
 【「あるコロニーの、桜」三上弥生】
 桜のある地域のコロナ禍の世界を、イズミ、タカシ、ユキエ、コージ、サナエ、マサノリの6人の視点で身辺を描く。作者は頭の中で作り上げた人物に詳しいので、興味が乗るであろうが、前知識のない自分には、誰がどんな心境であるのかなど、気にすることがないので、どうでもいい話に読めた。書く立場からすると、何か新発見がるのかもしれないので、手法として紹介する意味はありそう。ヴァージニア・ウルフの「波」という小説も、6人の視点で構成されているが、独白体である。
【「手の中の水」水無月うらら】
 冒頭に30代女性の独身女性の、もやもやとした自分の心境を語る。どうもそれは、風変りの父親との関係おいての問題らしい。読み手である自分とは世代が異なるので、その生活ぶりや、思考の様子は面白くは読める。時代の流れの中で、このような問題らしきものがはっきりしないまま、生き方とその気分を描いたように見える。情念の表現も淡白で、私小説的でもない。平和感があり、純文学的としてこだわりの表現はあるが、その世界は狭く自分にはピンとこない。スマホをみながら歩く人を見る脇で見ているような、他人感を感じさせる。
【「徘徊」金沢美香】
 大通りで試供品としてカイジュウヨーグルトというのを配布していたので、それを受け取って、家で飲む。そのせいか、夜眼らなくても、辛くなくは働けてしまう。そのヨーグルトの頒布場所はもういない。製品についてネット探すが、検索で出ない。不都合はないのだが、病院で睡眠薬をもらうが、眠れない。そのうちに新しいことにつては、忘れやすくなる。生活に確認作用が必要になる。それで日常生活というものは、そんなものだ、と思っている。おかしな小説だが、こうした発想の原点にこだわり、書いていったら、読者がつくかもしれない。
【「残されたものたち」清水園】
 コロナ禍で夫を亡くしたらしい妻が、夫の7回忌を迎える。近未来小説らしい。ワクチンは、まだ開発されず、マスクの生活が定着して居る。考えて想像した、未来社会を描く。社会全体ではなく、個人生活の範囲なのが、こじんまりと、まとまっている。
【「岩出三太の一日―序章」織部なな】
 前半は、三太という若者の、解放的で自由で幸福な生活ぶりが、丁寧に描かれる。この部分の表現は巧い。うらやましい気分で読み進む。ところが、後半に入ると、ある日に突然に警官に踏み込まれ、逮捕されてしまう。読んでいて、えっ、カフカの「審判」の世界か?と驚かされる。それから雑居房と強制労働や運動に苦労する。どうなるやら、というところで終わるが。とにかく、面白い。解説者がいて意味ありげな解説すれば、価値が高まるかも知れない。
〒566-0024大阪府摂津市正雀本町2-26-14、清水方。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

 

 

 

 

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2020年11月 1日 (日)

文学フリマ東京(第31回)11・22開催

 第31回文学フリマ東京が11月22日に開催されるという。(概要と出展者カタログがWEB公開されている)。作家・中村航氏の主催する小説投稿サイトも参加しているようだ。今回、文芸同志会は参加しない。コロナ感染が治まっていないであろうと、予測したからだ。それが、なんとか開催できるのは良かった。ところが、コロナ外出自粛中に歩き回っていたら、自分の脚が不調になり、長時間歩くのが不可能になった。家の用事をするのにも、どこかで腰を掛けて休んで歩いた方が、あとの疲労回復によいとわかった。とにかく、ある時間歩いたら、疲労感がつらく、何事もやる気がしない。困ったものだ。ただ、寄せられた同人誌は読んでいる。今は「星座盤」14号の途中だ。多様な問題的作品が多く、自分の視点でまとめたら、長文になりそうだ。ついでに言うと、同人誌作品紹介では、普通はこう読むであろうという、視点で論じているので、必ずしも自分の視点だけではない。生き甲斐の表現という総論のなかに、同人誌における自己表現があり、その中に、文芸と文学への進展があるとする各論になる。文学性云々というのは、その各論の一つに過ぎない。

 

 

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