文芸同人誌「R&W」第28号(名古屋市)
本誌の読者歴は長い。発行間のもない時期から寄贈されてきた。まだ、自分が神田に事務所をもっていて編集業もしていたころだ。たしか第3号ごろだったか、渡辺勝彦氏の作品を紹介したところ、事務の電話番の人から、同氏の勝手の知り合いという人が2~3人いて、問い合わせがあったという伝言があった。その後も問い合わせが多かったので、記憶している。野心的な作品を書いていたので、毎号気にかけていた。あとがきに、彼が亡くなったとあるので、こちらも会ったことがないのに、気落ちして、しばらく読む気がしなかった。7月の発行であった。その他、あとがきによると、本誌27号の森岡篤史「不思議な国のアリの巣公園」が文学界の同人雑誌優秀作に選ばれたという。「炎街天」と改題して「文学界」6月号に掲載されたそうだ。自分は、現代純文学の世界を理解していないが、同人誌作品のどの部分に手を入れたかを知ることで、編集者が間に入る意味がわかるであろう。
【「イエローの事情」小路望海】】
現在の新型コロナのパンデミック世情を反映したのであろう。まず文章の区切りが「六月一〇日 死者数三〇二 集団発生なし」というように、現在のニュースの形式を採用し、社会がパンデミックになっていることの説明になっている。ここは巧い仕掛けである。話は2年前から、感染症が流行り、抗体がない人は死に、治療法はみつかっていない。だが、抗体を持っている人が96%にまでなっている。数少ない抗体を持たない人たちは、集まって暮らし、外出許可書をもって外にでなければならない。そうした状況の中で、テーマは差別と恋愛にのみ絞られて物語を作っている。短編なので、構成が甘く、小さなまとまりになっている。パンデミックを題材にした必然性はないようだ、出来の良し悪しは、論外だが、文芸同人誌作品にも時流に敏感反映させている面白さはある。
【「別れ」蜂原すばる】
これは、福島原発事故の避難民を題材にして、飯館村のケースをモデルに、イジメや差別で他人不信になる雰囲気のなかで、若い思春期の男女の、人を信じ合うことの大切さ描く。現実離れしているところが危うい感じがある。
【「嘘と茸」盛岡篤史】
「私」は、夕凪カルチャーセンターの小説教室の受講生が、同人雑誌「W&R」を発行している。専門学校時代の同級生である青田佐紀と、久しぶりに会う。舞台設定が、本誌そのもの存在を借りている。編集者が畑辺冊彦氏になっているから、実物の渡辺勝彦氏のパロディになっている。女性の虚言に振り回される「私」。ひねりが不十分で、そこで過去に発表した作品の一部再録などもあり、自分には、散漫さが目立った。趣味に走り過ぎた素材である。
ほかにも、家庭の事情小説や、生活日誌的な作品が多くある。よくある、よくあるという話の範疇を出ないものが多いので省略する。誰かに読ますための創作に徹するか、切実な話で読者の興味をそそるか、ピントのあったものを読みたい。その作品も理出来るというのは、創作の工夫と範囲が狭いということではないのだろうか。
発行所=〒460-0013愛知県名古屋市中区上前津1-4-7、松本方。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。
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