文芸同人誌「勢陽」第33号(志摩市)
【「岩倉のおばさん」水田まり】
絹子という少女の知った岩倉八重というおばさんは、芯が強く、女手一つで子供育てあげ、孫を可愛がるのであった。その孫と遊んだ絹子が、甘えん坊の彼女の孫に、厳しい態度で接した。そことから、内心で絹子は岩倉おばさんと出会うと、心がひるむ。岩倉おばさんの人生哲学と、その孫の話に過ぎない掌編小説。どこか申し少し切れ味が欲しいところ。
【「練馬っ子になって」長木玲子】
律は、東京M大学の文学部に入学して、親もとを離れ、従妹の咲の家に行く。そこが練馬区の石神井公園の近くである。そこから練馬区の案内記となる。自分は、20年以上前まで、石神井公園に住んでいた職業作家夫妻をしばしば訪れていたので、懐かしい。そのご夫妻の運営する文芸同人誌に入会していた。当初は、中年女性たちの生き甲斐のための、エッセイ発表の会であったが、生活日誌を書く会員に、文才のある女性がいて、文芸雑誌の新人賞をとったりした。そのためか、作家志望者も増えた。書いたものを先生に読んでもらうことを目的とした生活日誌派と、作家志望者派と分派して、二つの同人誌を運営していた。石神井公園のの近くには、当時、中原ひとみの住む家があり、文化人の町であった。石神井公園は、今は、中央を道路が分断しているが、当時は道路開通に住民が反対していたものであった。本誌の掲載作品の雰囲気が
当時の生き甲斐追及記録型の同人誌の精神を思いおこさせる。
【「父の思い出」秋葉清明
87歳で亡くなった父への息子の想いで。優しくて、暴力を振るうことなどしなかった父親の困難な時代のエピソードなど、国鉄電車の運転手としての律義な性格が描かれる。良い印象の記録である。
【「島の神隠し」夢之兵夫】
田舎の実家が空き家になっているため、信一郎は、家の手入れと畑を耕しに通う。畑仕事をしていると、ツグミが親しげに鳴く。仕事に疲れて寝ているところに、女性が訪ねてくる。ツグミの化身で、もとは人間だったという。やがて信一郎は、その女性とツグミの化身となって暮らすが、渡りの旅の途中に命を落とす。文章が良くて、滅びの美学に慰められる。
【「ある緩和ケア病棟の記―新型コロナの年にー」翠山可笑】
「私」は70歳になる。兄と宏二という弟がいて、弟は多少知的障害があるらしい。よく理解できないが、とにかく弟ががんになって47歳でなくなるまでのことが、書いてある。コロナ時代の大変さは書いてないが、ひとつの記録であろう。
【「うのと駿之介捕り物余話(第四話)」水田まり】
うのという岡っ引きのような仕事の女性の視点で、江戸時代の風俗と人情を描く。江戸時代愛好家の時代小説である。おたきという女性像が主に描かれている。話にメリハリが不足していて、何が軸になるのかがわからない。おたきは、普通の女性で良く描かれているが、作者の価値感が明確でない。自分が受け取った感じでは、おたきは悪人ではないが、結果的には、悪女の部類に入るのではなかろうか。視線が曖昧なので、大衆性にも欠けてしまているように思えた。
発行事務局=〒517-0502志摩市阿児町神明588、水田方、「勢陽文芸の会」
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。
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