文芸同人誌「海馬」第43号(西宮市)
【「小春日和」安部トシ子】
嫁いだ姉が、一人で実家に帰ってきた。妹の私は気にかかる。そこに悩みを持つ友人から連絡があって、そこで会って話を聞く。大事件のない平和な人々の話。よかったですね、という感想。綴り方教室の現代版。
【「合歓の花」山下定雄】
私は、カンナという同居人だか、妻だかの女性がいる。それなのに、見知らぬ少女をと話かけてしまう。なぜそんなことをしたのか、自分ではわからない。そのいきさつと、会話にこだわって表現する。書き手の「私」は、精神科に通っているという。正常な精神と治療を必要とする状態の差はよくわからない。かくいう自分も二人の娘から、精神科に行けと、紹介され、行ったことがある。すると、正常の範囲で、治療の必要がないという。医師によると、家族からそういわれてやってくる治療のいらない人は、珍しくないそうだ。しかし、娘になぜ薬をくれなかったのか、と不思議がっていたから、なにかこだわりが、強いのであろう。その点では、この作者も、こだわりがあるということは、純文学的才能があるのかも知れない。とにかく、細部を根気よく表現することにこだわって、精進したら成果があるかも知れない。
【「虚栄の館」永田裕司】
とにかく、面白く読ませる。坂本は定年退職者で、生活には困らない。それでもまだ働けるので、マンションの管理会社に雇われ、目黒にある呼吸マンションの管理人に配属される。といっても、バブル経済の時代に億ションであった6階建ての物件で、築30年くらいだという。
そこの住民は、昔ながらにプライドが高い。そのため、前の管理会社が気にいらず、語り手の所属する管理会社に代えられたのだ。それだけに住民の理事会は、内部では、もめ事がおおいという事情がわかってくる。
金にものをいわせただけの、虚栄の乱れた生活者のクレーム。理事長とその対立的抗争のなか、掃除係のおばさんの熱中症入院事件など、億ション管理の実態が活写される。そこで、語り手は、管理規定にある決まりに気付かず、違反した内装工事を、認めて実行させてしまう。ミスということで、管理会社が責任を取らされ、坂本にその責任をとらせる。解雇となる。坂本は、そのマンションを去ろうと、眺めていると、突然、その虚栄の館は、大爆発をする。たしかに、読んでいてすっきりする。リアリズムとロマンの合体。職業作家では、書けない秀作である。梶井基次郎の「檸檬」の世俗版である。
【「神戸生活雑感―日本と台湾の文化比較―」】
教養人の説得力のある文章に敬服。この作品は、「海馬文学会」のブログに掲載されているので、ぜひ一読を、お勧めしたい。
発行所=〒662-0031西宮市満池谷町6-17、永田方。「海馬文学会」
紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。
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