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2020年9月28日 (月)

文芸同人誌「岩漿」28号(伊東市)

 じつは4連休の土曜日から、急に足腰が痛くなり、日曜日には発熱し、37度超え、月曜日には38度超えの体温。どこも休みなので、知人の医師に相談。普通のインフルエンザ用の薬をもらって休む。そのうちに、熱が下がったので、主治医の開業医にいつものアレルギー症の薬をもらいにいくと電話。それまでの発熱の経過を話したら、医院に来ないでくれ、あと一週間自宅生活をして、と薬を郵送してきた。そんなこんなで熱のある頭で読んだので、変なところがあるかも知れない。、

【「川面に霧が」椎葉乙虫】
 ミステリー小説である。探偵役は栗本設計事務所に勤めて10年の「私」。それほど親しくないが、友人の三鶴朱音という友人が、福島県の只見川で遺体となって発見され、バンゲという地域の地元警察から身元確認に来てほしいという。彼女の実家には、音信ないためだという。そこから、警察では、アケミの自殺説と他殺説に分かれ、自殺説が有力視されていることがわかる。アケミは、恋人がいたが、それは上司の男で不倫であった。そこで、男と縁切りされ、失意で入水自殺したという理由が成り立つ。ところが、その一方で、彼女は、同じ会社の課長の社内不正をしってしまい、殺害された可能性があるらしい。話は、自殺か他殺かの疑惑をめぐって、曖昧で長い話がつづく。趣味の創作としては、まずまず面白い。とくに、会社員をしながら警察と親しくして探偵役をするお膳立てには、なるほど小説ならでのこと、と思った。
【「一人静抄」馬場駿】
 山郷に独居する女性の40年前の出来事の想い出にひたる話。
【「奇老譚」しのぶ雄一】
 人間、歳をとると、だんだん偏屈になる傾向にある。そのなかで、佐藤の義父である宇垣のという老人の自己中心主義を描く。これも一つの個性で、頑固になった男の老いぶりを描いて読ませる。
【「砂金」佐木二郎】
 非常に凝った、怪奇小説で、横溝正史調の血族性と、江戸川乱歩調のエロスを色濃くしたようなゴシックスタイルの作品である。語彙の豊富さ、形容詞の巧みさなど職業作家的な文章力を発揮し、読み応えのある作品である。構成が単調な感じがしたが、本号では、これが一番面白かったし、その筆力と同人誌に発表する意欲に、敬意を表したい。
発行所=〒413-0235伊東市大室高原9-363、小山方、岩漿文学会編集部。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

 

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2020年9月18日 (金)

ガラケー派の基本的アナログ的活動の思想

 マスクをしないと飛行機に乗れないなんて、航空会社の発想の貧しさにそんなものかと、思う。喫煙席のように、仕切りをつくって、マスクをしない人だけの席を用意すればいいだけじゃん。マスクをしない人同士で、意見もあうであろう。また、ドコモのスマホ支払いで、お金が盗まれた。当然のことだ。財布を道端においておくのと同じだ。ネットは、そのつもりさえあれば、データーは、盗むことができる。防ぐことはできない。ただスマフォで商売する人達が、セキュリティーシステムがあるというが、「これは絶対ではありません。」いうわけがない。自分は、いまだにガラケーで、通帳記帳し、クレジットカートと連携した銀行口座には、5万円以上入れない。おそらく、それを盗むには何十万、何百万といシステムが必要であろう。また、ネットのプロバイダーには、クレジット口座につながず、毎月銀行振り込みで使用料が払えるところもあるようだ。そうすると、いくらでも危ないサイトを見ることができそうだ。マイナンバーカードなど問題外である。悪知恵のあるお役人はうじゃうじゃいる。現在。スマフォやマイナバーをやっている人たちは、損害を餓えることを、前提にしてやっているということになる。米国は中国にデータが盗まれるといっているが、中国から盗み返すこともできるはずだ。データーが多すぎて、ぐじゃぐじゃになるので、どれが役に立つのかわからにというのが、現状であろう。

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2020年9月17日 (木)

文芸同人誌「海馬」第43号(西宮市)

【「小春日和」安部トシ子】
 嫁いだ姉が、一人で実家に帰ってきた。妹の私は気にかかる。そこに悩みを持つ友人から連絡があって、そこで会って話を聞く。大事件のない平和な人々の話。よかったですね、という感想。綴り方教室の現代版。
【「合歓の花」山下定雄】
 私は、カンナという同居人だか、妻だかの女性がいる。それなのに、見知らぬ少女をと話かけてしまう。なぜそんなことをしたのか、自分ではわからない。そのいきさつと、会話にこだわって表現する。書き手の「私」は、精神科に通っているという。正常な精神と治療を必要とする状態の差はよくわからない。かくいう自分も二人の娘から、精神科に行けと、紹介され、行ったことがある。すると、正常の範囲で、治療の必要がないという。医師によると、家族からそういわれてやってくる治療のいらない人は、珍しくないそうだ。しかし、娘になぜ薬をくれなかったのか、と不思議がっていたから、なにかこだわりが、強いのであろう。その点では、この作者も、こだわりがあるということは、純文学的才能があるのかも知れない。とにかく、細部を根気よく表現することにこだわって、精進したら成果があるかも知れない。
【「虚栄の館」永田裕司】
 とにかく、面白く読ませる。坂本は定年退職者で、生活には困らない。それでもまだ働けるので、マンションの管理会社に雇われ、目黒にある呼吸マンションの管理人に配属される。といっても、バブル経済の時代に億ションであった6階建ての物件で、築30年くらいだという。
 そこの住民は、昔ながらにプライドが高い。そのため、前の管理会社が気にいらず、語り手の所属する管理会社に代えられたのだ。それだけに住民の理事会は、内部では、もめ事がおおいという事情がわかってくる。
 金にものをいわせただけの、虚栄の乱れた生活者のクレーム。理事長とその対立的抗争のなか、掃除係のおばさんの熱中症入院事件など、億ション管理の実態が活写される。そこで、語り手は、管理規定にある決まりに気付かず、違反した内装工事を、認めて実行させてしまう。ミスということで、管理会社が責任を取らされ、坂本にその責任をとらせる。解雇となる。坂本は、そのマンションを去ろうと、眺めていると、突然、その虚栄の館は、大爆発をする。たしかに、読んでいてすっきりする。リアリズムとロマンの合体。職業作家では、書けない秀作である。梶井基次郎の「檸檬」の世俗版である。
【「神戸生活雑感―日本と台湾の文化比較―」】
 教養人の説得力のある文章に敬服。この作品は、「海馬文学会」のブログに掲載されているので、ぜひ一読を、お勧めしたい。
発行所=〒662-0031西宮市満池谷町6-17、永田方。「海馬文学会
紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

 

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2020年9月16日 (水)

文芸芸術(自己表現)と小説の錬金性

 労働者文学賞の選考委員、鎌田慧氏の票を読むと、近年は、応募作品はは、派遣社員やアルバイトなどの非正規労働者のものが多いという。《参照:生活の中の「労働者文学」87号=現場仕事の多彩さに驚く》おそらく、生活の貧困と結びついているからであろう。同じ労働者でも正社員は、応募しないらしい。では、正社員の文芸愛好家はどうしているかというと、普通の地域のの合評会に集まれる地域の文芸同人誌に書くのであろう。功成り名を残してる人の過去歴も、このたぐいであるが、著名人のものであれば、多くの読者に読まれる。原稿料や印税が入り、錬金術の一つになり得る。普通人の場合は、老人の綴り方文集が主である。これを社会的には、作文としているが、同人誌に参加すると、エッセイストということになる。これは、純粋自己表現の世界である。お作文でも社会的な存在感で、お金を生むものと、自分が費用を負担するものとの差がある。人間は差別に生き甲斐を見出す生物であるから、文章で人を楽しますことで錬金する作家と、普通の文芸愛好家とは、社会的な待遇がことなる。この異なることを不満とする同人誌作家は少なくない。人を楽しませ時間を忘れさせる物語を書きさすれば、職業作家になれるので、なぜ、そうしないのじか、一考を要するテーマである。話が長くなるので、このことは別にして、本来のことに触れよう。

 文章芸術という世界がある、これは芸術に関心のある人だけに、読まれるのである。芸術というのは、時代によって評価が異なるので、たとえ優れていても、作者の生存中に錬金性を生むとは限らない。石川啄木やF・カフカなどは、死後にどれだけ多くの人に読まれたかを知らない。文芸同人誌などは、芸術に興味のない人の作文と、芸術性を意識した文学作品が同居していることが、読者の関心を遠ざけることになっている。このような視点で、創作の発表を考えれば、的確な同人誌雑誌論がうまれるのではないだろうか。

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2020年9月14日 (月)

同人誌時評「図書新聞」( 2020年9月5日);評者=越田秀男氏

 (一部抜粋)
 「群系」44号では「平成三〇年間の文学」を特集。柴野毅実さんは、リービ英雄を取り上げ、異言語の狭間での思考・表現がグローバリズムの擬制を撃つことに繋がった、と指摘。草原克芳さんは、カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』を中心に、トランスヒューマニズム(人間観の変容/拡張/崩壊=草原)へ向かう潮流を概括。平成年間から21世紀中盤の方向を眺望する論考だ。
 一九三八年創刊の「龍舌蘭」は200号の節目。岡林稔さんは戦後文学の黒木淳吉と阿万鯱人を取り上げ、両者は常に「地方」を起点に「いま・ここ」に戦時をひきつけ、戦争への「たぎる」ような怒りを動力に作品を創出したとし、「同人誌を主たる発表の場とする地方の同人作家であるがゆえに」実現し得た、と同人誌という場の役割と意義を説いた。
  定道明さんは作品集の上梓を重ね重ねて、今回の「ささ鰈」(編集工房ノア・刊)は枯れた文体で庵(物語)を結ぶ。末尾の『ホームまで』は、いよいよホーム入所も、との思いに至った〈私〉。そのホームは、生まれ育ち今も生活する場の川向こうにある。訪れると、逆に我が村の姿、その変遷も一望できる。生誕地と終の棲家候補が見つめ合う。
  以下、剰余の時間を過ごす老人の姿――/> 『映像の彼方』(伊藤礼子/八月の群れ70号)――〈私〉は三十路を目前に、リストラの憂き目に。再就職からも見放され、叔母夫婦が営む食堂の手伝いが当面の便。客の中には、酒で長居を決め込む癖の悪い老人――ところが私は、その爺がTV映像の彼方に、若者でとび職として颯爽と活躍する姿を見つける。高度成長期と今、私と老人、往路と復路が交差する。
 『プリン、さらにバスチー』(田中一葉/カム18号)――五十路を過ぎた〈わたし〉は、離婚した従妹・美久が住まう、夫の抜けたマンションの一部屋を、美久の提案で、間借り・同居を始めた。生活費削減、安全・安心、寂しさも和らぐ。ある日の晩、二人そろっての食事、美久の提案で、鶏肉のポン酢叉焼、わたしはポン酢調達でコンビニへ。食後のスイーツもとレジに並ぶ。と、下水のような異様な匂い、臀部をぐっしょり濡らした老人……。帰り道で祈る「今夜、美久とわたしが夢にさらわれることがありませんように」。
  『逆耳』(国府正昭/海101号)――冒頭、スーパーで山と盛られたパック入り干し柿、その一つ一つを手に取って、舐めるように見ては戻し……穿いているズボンの膝はポコンと膨らみ尻にも黒ずんだ汚れが……この老人を観察していた〈私〉は、老いについて考え始める。後日私は右耳が聞こえなくなる。突発性難聴? 医者が下した診断は“逆耳”。何じゃ? 作品で直に確かめたし。
 『殺して』(張籠二三枝/青磁41号)――〈私〉は学校の先生。冬、通勤途上で不審な老婆に引き寄せられ、「私を殺して!」、家から息子、事なきを得る。早速友人に報告すると「あなたってそういうタイプ」。二月、三年生自由登校、殺して! は忘却の彼方、友人の店に誘われる。レストランにイベント会場を併設、地域のアート活動を夫と支援、自らもグラツィーリス。が、夫が病にたおれ幕引きへ! 急にあの老婆が気になり始める。朝、殺して! の道をたどると、あの家は既に更地。
  『石ころコロ子』童話(河合泰子/夢類27号)――新しい町、ハイツの二階に引っ越してきた〈ミーナ〉は、階下にゴリラじいさんが住んでいることを知る。ドアを開けると大きなゴリラ、縫いぐるみが飛び出す。この爺にだれも近寄らない。ある日お使いに行く途中、川っぷちで石ころを拾っている爺が。一つ貰い持ち帰ると、この石ころがおウチに帰りたいと言い出す……。石はわが民族では神話や民話でなじみ深い、その石ころがキューピットに。
 『Nさんとの七年間』(櫻井幸男/文芸復興40号)――傘寿をこえた〈N〉さんの趣味も石ころ収集。お庭を拝見、見事な配石で草花に調和、石を凝視していると色が微妙に変化、これぞ醍醐味! ところがNさんは変わらないことの魅力を語る――「何十億年と変らず存在し続ける石を見つめていると、∞時空の世界に入り込むような……」。石に比べなんと卑小な人間存在!
 『老而不死(老いても死せず)』(森下征二/同上)――論語で、漢字にして28文字、しかも無礼なジジイと罵られた原壌を“いま/ここ”に蘇らせ、解釈を転倒させた。森下さんは、原壌は荘子の“死生一如”の一途な実践者であるとして、なんと孔子に、臨終にも“道”を行う哲人と褒め称えさせた。「礼記」「荘子・至学篇」を論拠にしている。(「風の森」同人)
《参照:平成年間から21世紀中盤を眺望(「群系」)――地方を起点とした黒木淳吉と阿万鯱人の戦後文学(「龍舌蘭」)

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2020年9月11日 (金)

西日本文学展望「西日本新聞」(8月31日/朝刊)=茶園梨加氏

題「山怪」
内田征伺さん「谷の奥」(「詩と眞實」854号、熊本市)、下村幸生さん「あやめ」(「宇佐文学」66号、大分県宇佐市)
階堂徹さん「チョッター」(「詩と眞實」)
「宇佐文学」は発行人・岩本紘一さん建設の図書館「院内石橋ゆめ本の蔵」が編集・発行所、同氏の連載『平家物語』解読
《参照:文芸同人誌案内掲示板・ひわきさんまとめ》

 

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2020年9月 7日 (月)

労働者文学賞の選考評に学ぶこと

 労働者文学が面白い。とくに選評は、文学がどのように労働者と接点を持つかという、ことを考えるヒントに満ちている。《参照:生活の中の「労働者文学」87号=知識と知恵(心)の関係》。選評でしかわからないノミネート作品の内容と、問題提起について、考えさせて貰える。紹介を語る意欲の出る内容だ。やはり、問題提起の仕方で、豊田正子の「綴り方教室」をテーマにしているのがある。これは現在の同人誌との違いを明確にしている。読みだしても、何が問題なのかわからない作品が多いのは。豊田正子を参考にしたらどうであろうーと今、思った。作文でも書けなくなるというのは、それがただの趣味の暇つぶしでないからであろう。

 

 

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2020年9月 5日 (土)

文芸誌「労働者文学」第87号(東京)

いわゆる経済社会は労働者と資本家の階級闘争の時代にあるとされていた時代の雰囲気を残した雑誌である。思想と文学の関係が様変わりした現代に、どのような姿をしているのか、自分でも考える意味で、《参照:生活の中の「労働者文学」87号=派遣社員のゆとり現象》でも取り上げてみている。
【「鎧の風鈴」(荒川真人)】
マンションの鉄筋作業が得意のとび職人である恭太という男の物語。ちょうど彼は、現場のマンションの高所での鉄筋作業をしているのだが、眼下に彼の育った実家が見える。そこには今も父親が住んでいる筈だ。母親は若くしてなくなり、幼少期の記憶しかない。父親は、彼の幼少期から、ことがあれば、暴力をふり続けてきた。実は、父親は土木会社を経営して、家庭を支えてきた。彼の師匠の鳶の親方の鷲崎さんは、偶然にも彼の父親から仕事を受けたことがあり、知り合いなのであった。そのため、恭太に絶縁した父親と会ってあげたらどうかと、勧める。彼はこれまでの恨みを捨てて、そうすることを決める。良く出来た小説である。母親の立場も書き込んであり、短いながら良くまとまっている。労働者の立場という社会思想性よりも、文学性を重視して決めたと思われる。
【秋沢陽吉「学校に行けなかった愛国少女ー何度でも言う戦争はいやだ】
取り上げたのは、本誌85号、86号の「戦争はいヤダ」について、戦時中の暴力教育の実態を挙げ、さらに小林信彦の小説「東京少年」、学徒動員した軍需工場の暴力を記した「無名戦士の手記」その他、戦中の日本の風土として、指摘している。そのことに、異論はない。だが、これは日本人だけの戦時中のこととするのは、不満がある、自分が1942年戦争中に生まれたが、敗戦になってから、2年後には小学校、それから中学校まで、教師は戦前の教師が、給に国の方針や手法が民主的になるわけがない。小学校では、教師はスパルタそのもので、気にいないと、教壇の上に呼ばれ、足蹴にされた。中学校では、教室の生徒全員が校庭に呼び出され、「並んで、歯を食いしばって、両脚を踏ん張れ」と命令され、硬い長細い出席簿で、ビンタをもらった。また、黒板を指す竹棒で思い切り頭を打たれ、竹棒が割れたら、お前のせいだと、またそれで殴られたものだ。そんな教師をどうしたら尊敬できるのか。自分は聞きたい。いくら、民主主義にしろと言われても、精神はそう変わらないのである。人間性のなかに暴力支配の要素が存在しているのである。
発行所=〒113―0033東京地文京区本郷3-29―10、飯島ビル、小川町企画。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

 

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2020年9月 4日 (金)

災害情報の抑止と金高

 日本では、台風10号の対策を喧伝しているが、米国フロリダを襲ったハリケーンのその後の情報が海外ニュースみられない、現地の避難の車が渋滞で列をなし居たのにどうなった?。中国では大雨で、三峡ダムの貯水が持たず、放流。下流の住民1千所帯が浸水したという。そこに、乾燥地帯でのバッタの農作物の被害。書記長は外食による会食での料理を、食べきれる範囲で出すことを指示したという。中国は食糧危機があるのだという噂だ。おまけに、金が高くなって治まらない。他国への情報制限と誘導ニュース。さらに金高。フセインのクエート侵略戦争前の中東と似ている。雰囲気は戦争前夜である。

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2020年9月 3日 (木)

文芸同人誌をとりまく環境から

 現在も、寄せられた同人誌を読んでいるが、これまでの紹介では、自分の個人的な判断を後にして、普通の人が読めばこうのように受け止めるであろうという、一般性を重視していた。しかし、文芸同人誌の環境をさぐって考え、文芸同志会としてより、個人的な読み方を重視することを考えている。その点でインフレ―ター性よりも、一読者という視点から、どう表現するかを考えている。

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