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2020年7月27日 (月)

同人誌時評「図書新聞」(2020・8・1)=評者・志村有弘氏

(抜粋)■小説では、平井利果の「恋知らず骨もなき兄」(「たまゆら」第117号)が秀作。しかし、悲しい作品。昭和二十年六月二十二日、「ひでにい」(亀井秀二。私の兄)が二十一歳で沖縄の真壁で戦死した。送られてきたのは、白い布にくるまれた骨箱。中には赤児の拳ほどの灰色の石と白木の位牌。むろん、骨のかけらも入っていない。戦後七十年が過ぎた二〇一五年、ひでにいの七十回忌をすることとなり、真壁へ行く。丘陵の山道を登り平地の墓碑に着く。ひでにいの写真や「私」の句「恋知らず骨もなき兄沖縄忌」(第五十一回全国大会特選句一位)と金子兜太が書いた色紙などを並べ、香を焚く。看取る人もなく死んでいった兄を思い、この地で死んだ人や軍馬を「大地が受け止め」たのだが、「大地から 彼等が歌う声がしはしないか」という詩を綴る。ひでにいに「もう死んだんだから」「私らといっしょに家へ帰るんだよ」と心の中で語りかけ、祈る。行間に滲み出る遺族の悲しい思い。作品末尾部分に「戦争は人一人の命を、少しもためらいもなく奪うという現実を見た」という文は真実の叫び。再末尾にある「夏草やわれも大地の居候 登志子」という句も見事。
 水田まりの「青柳町こそかなしけれ」(「日曜作家」第30号)は、函館の歌会で知り合った欅田(東京の女子大で国文学の講師)から水島燈子のもとに興福寺の仏像を見たくなったので、一緒に行きませんかというメールが届いた。燈子は函館で欅田と〓木の話をしたりしたが、夫以外の男性と喫茶店に入ったのは初めてのこと。空港でも話に夢中になり、燈子は飛行機に乗り遅れる。欅田は燈子の乗る名古屋行き最終便の払い戻しをして、チケットを手に入れてくれた。燈子の息子は社会人。娘は結婚して外に出ている。そして企業戦士の夫に守られてきたことも実感している。これから二人は恋に発展するのかどうかは分からないが、物静かな燈子の言動に好感が持てる。佳作。
 樋口虚舟の小説「波の行方」(「飛火」第58号)が読ませる随想的小説。〈随想的小説〉という奇妙な表現をしたが、古代から平安時代末期までの歴史の世界を自在に逍遥しているのを感じる。源三位頼政が扇の芝での自刃した話、「私の」祖父が謡曲を唸り、祖母は頼政の最期の場を歌っていたことなどが記される。作者の思い出が作品に上品なユーモアを醸し出している。宇治川が桂川や木津川と合流する地点に巨大な巨椋池があったのではないかという推定も鋭い。壬申の乱に対する柿本人麻呂の「眼差し」が「憂愁を湛えていた」という指摘も納得できる。鴨長明も「坊さん」という表現で登場する。古典・歴史の幅広い知識、それをサラリと書き流す見事な技倆。
 大森盛和の「笊屋の庸三」(「風の道」第13号)が力作。笊造り五十年の庸三は、妻のお久を十年前に亡くした。庸三はお久の像を彫ってみたくなり、彫ってみたものの、評判は悪かった。庸三はお久の眼を彫りたかった。お久が愛していた蔓薔薇を観察し、一瞬の美を見逃さずに表現することの難しさが分かった気がした。「女人像NO2、または眼」と題する作品は、初めは昨年同様悪評であったが、人々は〈眼〉に吸い込まれるような気がして、言葉を飲み込んだ。うまいのか下手なのかは分からないが、何かが違っていると思い、「庸三は霊に取り憑かれた」、「庸三の眼は、作品の眼と同じだ」と言うものの、馬鹿呼ばわりする者はいなかった。やがて庸三は村の第一号の伝統工芸士となり、最晩年は小動物の彫り物、とりわけ蛙の彫刻家として知られたという。テンポの早い文体で展開する笊造りと彫り物に生きた男、心に残る物語。
 秋田稔の「探偵随想」第一三五号掲載「とりとめのない話」は、往年の大スター片岡千恵蔵や月形龍之介などの逸話、脚本家の比佐芳武の言葉が随所に記される。月形が「難船崎の血闘」(比佐作)の脚本を読んで、比佐に「ありがとう」と言った話、千恵蔵演じる多羅尾伴内シリーズで、伴内が語る「正義と真実の使徒、藤村大造だ」というセリフは第三作「二十一の指紋」からだということも記される。映画通・ミステリー通のエッセイストならではの歴史の重みを感じるエッセー。
 「吉村昭研究」が五十号を重ねた。研究誌が五十号を重ねるのは、主宰の桑原文明をはじめ、同人諸氏の吉村昭に対する深い愛情を示すもの。 「月光」第63号が清田由井子、「北斗」第667号が駒瀬銑吾の追悼号。御冥福をお祈りしたい。 (相模女子大学名誉教授)《参照:
平井利果の戦死した兄への鎮魂を綴る秀作(「たまゆら」)――樋口虚舟の歴史の世界を自在に散策する随想的小説(「飛火」)

 

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