文芸同人誌「季刊遠近」第73号(横浜市)
【「茶箱」小松原蘭】
「茶箱」というのは、元はお茶が湿気にように、木箱の内側に光るアルミ板を張って、密閉した箱に保存するもの。それを、海苔問屋では、湿気防止のため、乾燥海苔の保管に使うのである。女性の「私」の語り手は、母親の施設入りするので、家の片付けをしていると、古くなって放置された茶箱を見つける。未婚の「私」の母は年老いているが、実家が木更津の海苔問屋であった。
その茶箱を発見して、「私」従兄妹の保と仲が良く、家族に隠れてこの茶箱に二人で入って遊んだ。子供心に好き合って、結婚の約束などもしたことがある。成人になっても、「私」は、その気持ちを持ち続けていたが、従兄妹は近親だといって、家族から反対される。そのうちに海苔問屋の跡継ぎをするつもりだった保は、考えを変えカナダの大学に留学し、「私」との交際をやめてしまう。しかし、かれはカナダで3年後に病死してしまう。それが原因か、「私」は結婚をすることなく、両親の老後を支え、父親は看護の末に亡くなっている。そして、一人暮らしの母親も、それが難しくなり、施設に入ることにし、住まいの片つけをしている時に、茶箱を見つけたのである。いろいろと無駄の多い話運びであるが、「私」と施設に入る前の車いすの母親との会話には、多くの人が経験したであろう、老いの悲哀と同時に老いるであろう「私」の語りに身につまされる思いがする。自分は、冬は浅草海苔、夏は地元の魚を捕る湾岸の漁師の子であった。茶箱は冬に収穫した乾燥海苔を、茶箱に入れて夏まで保管し、値段の高い時期に売る。海苔の種付けに木更津、姉ヶ崎、浦安なども小型エンジンの漁船で行った。親戚関係の難しさなども、従兄弟関係で結婚することの抵抗になったのではないか。木更津の郷土史にもなるような題材である。
【「頑張らない」逆井三三】
コンピュータのAIの計算に従って人生の方向性を決める時代。主人公の山内洋士という男に生き方と思想が語られる。人生を自然のままに無理せず、成り行きに従い、生き抜くことの価値を、ニヒルな筆使いで語る。生きる意味のモチベーションを理解した人生論にも読める。
【「オリンピック画塾」難波田節子】
高齢者の絵画教室に通う間に、生まれる人間関係を丁寧に描く。何を題材にしても小説にできる文才を感じさせる。それほど面白く感じなかった。自分の感性も鈍ってきているのかも。
【「もぐらの子」花島眞樹子】
会社経営をしている女性が、妻子ある男との交際相手に区切りをつけられて、別れを宣言される。その喪失感を紛らわすために、スイスに住むレイコという女性に電話をし、彼女を訪問する。72号に寄稿した「逃げる」を、書き直したものだという。たしかに、形が整い整理がきいている。
発行所=〒225-0005横浜市青葉区荏子田2-34-7、江間方、「遠近の会」。
紹介者=「詩人回廊」北一郎。
| 固定リンク
コメント