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2020年4月22日 (水)

文芸同人誌「文芸中部」第113号(東海市)

【「裁判沙汰」本興寺 更】
 文明開化が一段落し、明治になって、新聞の普及がすすみ、大新聞から小新聞まで時事ニュースや論調が読まれていた。本篇はその時代の小さな新聞社の記者の真三が、事件を取材する。シリーズ物である。今回は、村の農民と檀家寺の土地の支配権をめぐって、争いがあり、農民側が契約条項の解釈で敗訴する。農民の味方をする浄真という僧侶がその事態の一部始終を語る。題材は、当時の裁判制度で、興味深い書き出しである。中編と言えるほどの長さであるが、浄真の人物像に、魅力がすくなく、労多くして、物語の面白さという点での成果は期待したほどではない。歴史的な裁判の事例としての紹介に力点を置いたということらしい。
【「美しい村」西澤しのぶ】
 アイルランドで牧師をしている「私」に日本にいる先輩牧師から、アイルランドの「美しい村」というところに、娘がいるので様子を見て来て欲しいと頼まれ、会いに行く。アイルランドの風物が描かれるが、所詮は他人の頼み事。そうでしたか、という読後感。
【「影法師、火を焚く(第14回)」佐久間和宏】
 連載長編で、どこからどうよんでも良い感じだ。なかほどにいろいろなダジャレを含んだ帽子をかぶった人たち登場する。阿面帽や喰心帽、癌細帽、中世脂帽など、目無帽など、かなり創作性に富んでいるのが、面白い。
【「秋の夕暮れ」堀井清】
 高齢者の「私」は、ある日、めまいを感じるが、医師に相談すると、重大な病気の気配はないといわれる。書店にいくと、そこで美しい同年代の女性が、俳句の本のコーナーにいたので声をかけお茶に誘う。いわゆる団塊の世代の少し前の世代で、悠々自適の人生をおくる人の生活を描く。作者は、多くの多難な出来事を無事に乗り越えてきて平和な時代に人生を過ごす高齢者の立場から書く。情感を抑えたクールな筆使いの独自のスタイルを確立している。そのなかに現代の世相の反映もある。エッセイ欄の連載コラム「音楽を聴く」(83)で、昨年、東京で開催の「第3回全国同人雑誌会議」に参加したことが記されている。そのなかで、同人誌の運営者のたちの団体としての活動への意欲と勢いについて意外に思ったとする。「少なくとも私は、今回の主要なテーマは、文学のあるべき方向をみんなで模索しようということだと思っていた。」――という。例えば<いま何についてどのように書くことができるか>といったことについて、討議するころだと思い込んでいた。――とも。
 自分は、文芸同人誌というものは、同趣味の人たちのクラウドとしての懇親会のように思える。そのことで、一定数の人数の集団としての社会的役割があれば、そこに貢献すべきであろう。堀井氏は、純文学的な方向性をさぐるものとして、小説が自分探しの役割は終えた、と捉える発想のようだ。その意味では、人間は時代と共に、人間性を変化させており、自分探しよりも、人間性の変化の様子を探求するのは、純文学の果たす役割の一つであろう。不幸なことに、世界は新型コロナウイルスの大流行で、カミユの「ぺスト」がベストセラーになったそうである。第三次世界大戦争なみの共通素材と、問題意識を持つことになった。それにどう向かうかは、文学の世界では、個人の表現の問題であろう。いえることは、そうした問題意識の表現の主役ジャンルは、コミックや映画、ネット画像であって文学ジャンルではないような気がする。文学的には、国文学のジャンルと割り切って、その芸術性を発揮するのは、意味があると思うが…。
【「『東海文学』のことどもから」三田村博史】
 「東海文学」という同人誌がどのような作品や作者が、中央文壇とかかわってきたかという、歴史が語られている。純文学系の同人誌と同人作家の系譜が読めて、大変面白い。同時に、文学ジャーナリズに馴染まないと、純文学作家として世に出られないということで、作品の品質とは別の問題があるということがわかる。
【「ガラス瓶の中の愛」朝岡明美】
 高齢者を支援する団体に所属する女性が、ある高齢者の人生の終わりを見送る話。良く整っているが、もっとドラマチックな表現でないと、印象が薄いのでは。
発行所=〒477-0032愛知県東海市加木屋町泡池11-318、三田村方、「文芸中部の会」。
紹介者=「詩人回廊」編集者・伊藤昭一。

 

 

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