文芸時評4月(産経新聞)石原千秋氏
今月どこか気になるところがあったのは田中慎弥「完全犯罪の恋」(群像)だ。小説で人を自殺に追い込む物語である。登場人物の田中は、上級生の森戸を、好きだった高校生の真木山緑の恋人だと思い込んだ。そこで次のように伝えろと言う。「ほんとに三島由紀夫が好きなんやったら、お前のことがほんとに好きなんやったら、三島とおんなじ死に方、してみいって」と。しかし、緑はそれを伝えず、後に自殺したのは緑自身だった。緑の娘である静という女子大生と作家になった田中とのやりとりが、というか田中の心を先取りするようにけんか腰で話す静がとても魅力的なだけに、後半になって、田中が郷里の下関での講演のあとに、聴きに来ていた森戸と話して種明かし気味になってしまうのは、残念だ。この小説の着想が、静を殺してしまったようだ。こっちが「完全犯罪」? まさかね。《参照:【文芸時評】4月号 民主主義を守るために 早稲田大学教授・石原千秋》
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