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2020年2月20日 (木)

文芸同人誌「海」第23号(太宰府市)

【「喫水線」有森信二】
  因習の残る時代のある島の家族の話である。あとがきには、看護師を看護婦としていた時代と説明がある。一昔前の、核家族の進行している時期であろう。話は語り手が二男で、未婚。実家に家族と住んでいる。話は、家長で高齢の父親の重病とその手術の様子を描き、そのなかで家族と島の住民共同体の姿が浮き彫りにされる。長男の俊一は、結婚し家を建ててしまっている。本来は、長男が実家に残り、次男が家を出るのか普通であった。そのパターンが崩れている。作者は、家父長制度のなかの土地柄と村のとの人間関係、それに気を使う家族像を描く作品を多く描く。核家族の進行する現代への移行する過程を想像させるが、それが過去の否定なのか、ノスタルジアなのか、混迷する現代社会の捨てたものの中に、失われたものを照らし出すような、微妙な読後感を残す。
【「エゴイストたちの告白-第一話 センナヤ広場の地下から」井本元義】
 これは、純文学のうち、特にドストエフスキーの愛読者に特化した作品である。登場人物は語り手の年配紳士と、彼の双子のような雰囲気の紳士との関係をミステリー風に絡ませる。密度の濃い落ち着いた筆致の語りで、読む者の気を逸らさせない。見事な手腕に感銘を受ける。なかに「罪と罰」のマルメラードフを登場させたり、スヴィドリガイロフ等に筆を及ばせることで、独特の世界を作り上げている。ドストエフスキーの生み出した人間像を、現代日本に移植するような、感性は魅力的で、面白い。感服させられた。
【「友誼を断つ」中野薫】
 昭和時代のベトナム戦争反対の機運があった頃、若者であった語り手と友人の三吉の人生を描く。三吉はジャーナリストになり、語り手は警察官になる。それぞれの生活のなかで、歳を経て意見の相違から、語り手が長い付き合いを断絶することにする。今さら何の影響もない出来事だが、多くの人がそうであったのであろうと思わせる生活史になっている。
【「束草の雪」牧草泉】
 主人公の男の語り手は、高齢であるが、教師の経歴から、かつてMという女生徒と韓国行きの手配を幾度か頼んでいた。そのMと共に韓国旅行をする。Mは、事あるごとに男に迫るような雰囲気を見せる。男はそれに無関心のような振りをしながら、韓国巡りをする。韓国の事情がわかって面白い。その後、Mが癌で亡くなったことを知る。味のある作品。
【「アイツの経歴」神宮吉昌】
 車いす事故で亡くなった、息子を父親が「アイツ」と称して、その人生を語る。気持ちを全部書いてあるので、解釈を間違えられる心配がないのが長所だが、読者の気分の入る余地がないのが短所。
【「見てくれじゃないよ」川村道行】
 語りかけるスタイルのお話で、出だし好調。しかし、その後は語りが単調で、結局は最期の2頁を読めばわかる話。語りを書ききった根気に感心。
発行所=〒818-0101太宰府市観世音寺1-15-33、松本方。海編集委員会。
紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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コメント

今回もまた、ご懇切な評をいただき感謝申し上げます。
特に、『エゴイストたちの告白』『束草の雪』には好意的なコメントをいただき、ありがとうございます。
今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。

投稿: 有森信二 | 2020年2月21日 (金) 09時54分

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