文芸同人誌「季刊遠近」第72号(横浜市)
【「妹」小笠原欄】
妙子の妹は精神に変調をきたすことが多い。姉として、妹と同居していたが、彼氏ができると、彼と同居してしまう。その彼氏が、妹の精神変調が悪化すると、妙子に助けを求めてくる。そこから妹を精神病院に連れて行く。入院が必要とされる。いまは統合失調症ともいうが、妹の面倒を見ることの負担、ストレスの生じるところは、何らかの身近な人との体験談が入っているようだ。こうした病人をかかえた家族の苦労話として、同じ立場の人の慰めにはなるかもしれない。小説としては、作者の思想などが反映されておらず、迷える姉の姿を投げ出すように描いているのが、読者の共感を呼ぶかどうかは、体験者次第であろう。
【「伝言」森なつ美】
急な雨に、駅で困惑している彼に傘を貸してくれた若い女性がいる。彼女とは、傘を返す日を決めて、駅で会うことにする。その日がきて、彼女と交際することもなく、ただ、借りたものを返して関係が終わってしまう。まさに、何も起こらず、現実そのままの話だが、それを題材にしたのは、悪くはない。ただ、ストーリー的な起伏を持たない話には、作者の思想や感覚を付加するような工夫が欲しい。
【「逃げる」花島真樹子】
前回の「優曇華ー」では、19世紀的リアリズムで、濃い味の文学的な作品を発表した作者であった。今回は、若い頃の海外体験と現在性を合わせた話にしている。長年妻子のある男と関係をもってきたが、老いが近くなって、男から別れ話が出る。それを受け入れるしかないと理化できるが未練が残る。それを振り切るために、ジュネーブにいる友人のところに遊びに行く旅行記も兼ねた話。ジュネーブでは、80や70代の女性が愛人を持つことが通常化していることに驚く。結局、帰国して未練を押し殺して彼氏と別れることになる。定型小説ではあるが、面白く読める。
【書評「『消される運命』マーシャ・ロリニカイテー清水陽子訳」難波田節子】
リトアニアの作家が、ドイツナチスの時代を描いたもので、とにかく普通に読めるし勉強になる。評論しないところが、最近の作者のモチベーションが表れているように思える。
発行所=〒235-0005横浜市青葉区荏子田2-34-7、江間方、「遠近の会」
紹介者=「詩人回廊」北一郎
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