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2020年1月12日 (日)

アウトサイダーとしての山田順子の生き方

 文芸評論で、読んで役に立つものを目指して書いたのが、《参照:徳田秋声「仮装人物」が描く山田順子の人間性(7) 》である。ここで着目したのが、順子(ゆきこ)の幼少時の体験である。蝶よ花よと、周囲から過剰なほどの愛情を浴びて育った。そこから、自分は彼女は自分の存在が理屈を超えて、尊厳をもつということに疑いを持つことがなかったようだ。これは、人間の尊厳意識について、無意識の中に埋め込まれているもので、後天的に学習するもでないのではないか、という発想がある。であるから、他人からその自己肯定ぶりを批判されても、なんでそのような批判を受けるのか飲み込めない精神構造ができているのではないか、ということである。現代の通り魔的な「誰でもよかった」という発想や、相模原の障碍者殺害の思想も、幼少期の愛情不足のようrのではないか? という仮説も成り立つ。自分は、こりん・ウィルソンの「アウトサイダー」のなかに、アウトサイダーとされた人物の多くが、幼少期に周囲から深い愛情の包まれて過ごしたという指摘に注目。自己肯定感というのは、そうした時期に無意識に精神に埋め込まれていたのではないか、ということを思ったものである。そこから他人に批判されてもめげない自己存在感をもつのではないか。その発想から書いてい居る。

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