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2019年12月31日 (火)

文芸同人誌「奏」第39号2019冬(静岡市)

【「評伝・藤枝静男(第6回)」勝呂奏】読みだしたら引き込まれる、エピソードを豊富な関連文芸評論をとりあげている。よくぞ調べたと思われる資料群である。これを読んで、自分が無意志のうちに、藤枝静男の作品を読んでいることに気付いた。さらに、教えられたのは埴谷雄高の関係である。埴谷の「死霊」には「虚体論」や、「自同律の不快」など、閉塞された世界で、脳内イメージの展開があるが、それが藤枝の奇妙な死の世界へのイメージぢくりに影響を与えていたのではないかと、感じたりした。
 それと、彼を取り巻く人々に、高橋英夫、本多秋五、平野謙など、純文学における有力な評論家たちと親しかったことで、文壇という社会で一定の評価と地位を得ていたことがわかる。彼等の評価を頭にいれながら、前衛的な奇妙な発想の私小説を開拓していたことがわかる。近代文学からの文壇という作家ギルドの昭和の効用のひとつとして、藤枝を捉えることもできそうだ。また同じ作家の【『一家団欒』ノート」勝呂奏】には、日本の先祖血統重視の慣習の象徴のようである。死んだ人が先に亡くなった血族に出会うという発想にそれが見られる。自分は岸田秀の「唯幻論」に影響されているので、幻想は消えると感じている。今は、「墓じまい」の時代になっている。それはともかく、藤枝静雄の周辺と関連人物をさぐることで、戦後の昭和時代の文壇の本質に迫れる可能性もあるのではないか。
【「女たちのモダニティ(3)田村俊子『離魂』―偏在する感覚」戸塚学】これは、まだ現代のように情報ツールが発展していない明治45年の文章表現の事例である。思春期の女性の初潮の兆しを精密に表現する。この微細な表現法は、実は発達し過ぎた現代の文章表現の有り様に似ているのかも知れないと思わせる。言葉と意味の融合の原点であるのではないか。
その他、【「詩詩三篇」(ー存在移動ー月の光ー飛翔体ー)柴崎聰】音楽とのイメージ展開のひそやかな表現。/【「訳詩二篇・エミリ・ブロンテ」(ー眠りは喜びをもたらさない-共感ー)田代尚路(訳)】「嵐が丘」作者であるブロンテの内面として興味深い。現実への欲求不満的なのは牧師の娘だからか。/【「小説の中の絵画(第11回)ー宇野千代『この白粉入れ』ー東郷青児とのこと」中村ともえ】などがある。
発行所=〒420-0881静岡市葵区北安東1-9-12、勝呂方。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

 

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