文芸同人誌「群系」第43号(東京)
【「賃貸物語『金魚の縁』」小野友貴枝】
小野沢茜には、離婚して去った夫が残していった4棟の貸家がある。土地柄はどちらかというと森林の多い田舎町のようだ。貸家というのは、大家となった茜の自宅と隣接しているらしい。そのうちの1棟が空いていた。そこに老夫婦が転居してきた。茜は借家人と親しく交流する。今回の借家人は東京から転居してきていた。都会よりもこの土地柄が金魚を飼うのに適しているらしい。茜はこの夫婦にどこか懐かしいような雰囲気を感じる。話をしているうち同郷だとわかって納得する。そして、自宅の池に放置してあった金魚の世話や、知識を教えられる。さらに、夫の男の方が、茜の若い時に交際して、結婚まで考えた男に似ているように思える。その恋人とは、結婚をすることなく、現在は去って行った夫と結婚するまでの気持ちの持ちようを、回顧する。この部分が、良い小説となっていて、恋人的な点では文句のない若者と、地道そうで面白みのないような男と比べた結果、面白みのない男と結婚するまでの心理を詳しく書いている。女心と当時の社会環境のなかでの茜の決断が、興味深く追求されている。
【「リトルストーリー 摩天楼か蓮池か」坂井瑞穂】
上野公園には入り口がいろいろあるが、地下鉄千代田線の「湯島」駅から私は歩く。そこから不忍池に向かう。話はあちこちに飛んで、ニューヨークから亀戸、「野菊の墓」を書いた歌人の伊藤佐千夫のことなどに触れるが、深く追求せずによんでいくと、上野不忍池の近くのビル建設に職人としてかかわることになる。ボルト締めの手順が、関西と関東と異なるそうで、間違って手間をかけた話になる。実際には、上野には塔のように長く高いビルが建っていた。まるで、上野の森を見下ろすような感じであった。散漫で力点のないような散文詩のようなものであるが、自己表現の延長として面白く読める。
その他、評論で【「村上春樹 再読(11)-『海辺のカフカ』」星野光徳】、【「藤枝静男評伝―私小説作家の日常(四)」名和哲夫】、【「安部公房『壁』、『S・カルマ氏の犯罪』――公房の砂漠」間島康子】なども読んでみた。
発行所=〒162-0801江東区大島7-28-1-1336、永野方「群系の会」
紹介者=「詩人回廊」北一郎。
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