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2019年12月 1日 (日)

同人誌評「図書新聞」(11月30日)評者・越田秀夫氏

 優曇華の花は三千年に一度咲く。竹取物語では、かぐや姫が言い寄る男達をバッタバッタと振り倒す武器の一つに。一度見たい、が短絡して実際の花のあだ名に、その中の一つがフサナリイチジク。この房ナリから連想したのか、クサカゲロウの卵塊にも。それが由緒あるガラス製の美しい電灯のカサに生えて……
 『うどんげの花』(花島眞樹子「季刊遠近」71号)――昭和一八年、都内から奥秩父に疎開した主人公(小四女)の家族。引っ越しの前日、友達のA子が餞別に少女雑誌を。お返し……と思い当たったのが、祖母が曾て宰相で暗殺されたお方から戴いた電灯のカサ、不吉な花が生えたあの……。A子は教会の牧師の子、成績優秀・美少女、だから嫉妬の塊。疎開の地で、教会が放火されA子の焼死が伝えられる。十余年の後、A子の日記に邂逅、彼女のあたたかい心根を知る。“思い込み”は蟠りとして心に残ったが、懐かしさも醸す。次の作品も……。
 『八歳だった』(和木亮子「人間像」189号)――昭和二〇年七月一五日、主人公の住む富良野が空襲を受けた。家族は無事だったが仮住まいを余儀なくされ、主人公だけが単身で別刈の、母の従兄の家に預けられた。なぜ私だけ? 納得できない。慣れない言葉、素っ裸で泳ぐ子供達、石を並べた家々の屋根、五右衛門風呂、蛸の釜揚げ、蝋燭岩、どれも馴染めず、おいしい食べ物も喉を通らず、家に帰りたい。それに反比例するように読者は北海道経験皆無でも、懐かしさ、郷愁に満ちる。
 『すべてガ売り物』(マツイアキラ「穀雨」25号)――市職員であった主人公は、不倫デマで失脚↓失職↓離婚するも、土地建物の許認可業務経験を生かし中古住宅仲介業で生活を確保。と、厄介な豪邸物件、郊外に立地、持ち主だった男は破産、行方不明。そこに買い手が現れる。とても金持ちとは思われない風体の男。買えるはずない! いや買えるかも? 理路が通り、ついつい引き込まれる。小説自体がボケ老人相手の詐欺師?
 『飴色遊園地 再び開演』(谷口俊哉「雑記囃子」24号)――「さあ、災害で心身ともにお疲れの皆さま、この遊園地で夢のひと時を」。最初の小屋はメイズ(迷路)。企業戦士四人が挑戦。抜け出たのは窓際の初老男のみ、あとは迷宮入り。次のショーテント(見世物小屋)には二人の若い女。メイキャップが剥がされ、彼女らが見世物に。キャラクターショーでは悪童二匹。ワルガキは悪役蠅男に変身。彼ら全員、人型の飴細工となり、風船にぶら下がり夕日を浴び輝いた。
 『僕達の出典』(松江農「青磁」40号)――趣味おたくと人生賭けたおたくが織りなす、おたく史、特撮史、表現の不自由史。蔑称“おたく”がやがて森永卓郎に代表される尊称“オタク”へ。作品は小説そっちのけで“おたく道”の険しさを“論”じる。そのなかで注目すべきは、世間から指弾された梶山季之『ケロイド心中』が健在なのに、なぜ『ひばく星人』は闇に葬られたのか、という指摘。当否は別として、知事と市長の表現の不自由論争があったばかり、時宜を得ている。
 『りだつダイアリー』(三上弥栄「星座盤」13号)――うつ病薬からの離脱をめざした格闘日記。うつ病に対する啓発活動が進められて久しいが、いまだ社会的無理解は解けていない。患者は疾病との戦いの上に鎮座するこの無理解という石男とも戦っている。常に引け目を感じ、薬からの離脱を試みるも耐えがたい離脱症状が待っている。作品はこのような板挟み状態を捉える一方、社会そのもののヒズミをも結果として映している。
 《参照:終戦前後の懐かしい“思い込み”(「季刊遠近」「人間像」)――短歌評で言葉アートに通底する課題を提示(「塔」「コールサック」)

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