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2019年7月 7日 (日)

文芸同人誌「海」(第二期)第22号

文芸同人誌「海」(第二期)第22

【「レンゲと『市だご』」上水敬由】

 「市だご」というのは、昔からある団子のようだ。それを買いもとめる話と、映画の俳優のセリフ字幕文字が、英語のオリジナルのセリフそのまま訳すと、差別用語になるので、それに抵触しないものに変換されている事実を指摘する。正確であるべき表現としては、適切なのに「差別用語」と批判されることを恐れ、当たり障りのない言葉や、物語にして自己規制することに対する警戒心が出ている。ライターが機関誌などを編集したり、原稿を書く場合は、この差別用語がないかチェックすることから仕事がはじまるのが、実情である。

【「流れ雲」牧草泉】

 いつの時代は、かなり昔のことらしい。彼と称する若者の生い立ちから思春期までの物語。父親は病死したとあり、兄がいる。イニシャルの人物などが存在するところからすると、自分史の一部なのかとも思えるが、その辺はわからない。いわゆる 教養小説 (ビルドウンクス・ ロマン)の部類であろうか。

【「FAIR&UNPREJUDICE」川村道行】

 フェアトレードの講義を受けている語り手が、就職、転職のいきさつを述べる。作文の範囲であるが、なぜ、この話なのかは不明。

【「鼻の記憶」】

 慧という少年の炭鉱の町の住民としての生活ぶりを描く。当時の炭鉱労働者の生活を描いたものだが、部分的には生きているところがあり、厳しい環境のなかで生きた2度とない過去を偲ぶ雰囲気小説的な作品に読めた。

【「一番鶏と青い空」有森信二】

 釘山触という田舎町の町役場に勤める職員の視点で、地域共同体の出来事を語る。問題となっているのは、町のゴミ焼却施設設立の是非である。各章のはじまりを、鶏のコケコッコーの鳴き声を出す、知的障害の女性のことから始めることで、なんとなく風刺的な軽さもった洒脱な雰囲気をだしている。昭和の戦後生まれの世代は、村社会的なで軍国的雰囲気から、共同体の保持のための村八分もあったりしていた。それを打ち破ろうと、当時の若者たちは、地縁、血縁、親戚縁に反抗していた。しかし、この作品では、共同体を維持する結束力について、排除のない暖かい雰囲気に描いている。核家族化した孤立した人々になった現代社会を皮肉るような筆致で、作者の表現感覚の独自性が出ている。

【「大杉栄と友人林倭衛」井本元義】

 新宿にあった文壇バー「風紋」のマダム林聖子氏は、画家・林倭衛の娘さんで、昨年に店じまいした。林倭衛の妻で、母親の富子が太宰治と親しくなって、当時10代の頃の出会い作品「メリイクリスマス」のモデルになっている。本作の井本氏も「風紋」に通ったらしい。画家の林は、大杉栄や辻潤と親しく、本作にもあるが大杉栄の肖像画も描いている。辻潤の妻であった伊藤野枝は、大杉栄のもとに奔り、最終的に甘粕大尉に大杉と共に惨殺される。そうした経緯を林の視点で想像力を発揮して物語にしている。甘粕大尉のその後の運命を描くなど、良く調べてあって興味は尽きない物語である。自分は、作家の森まゆみ氏の調べた林倭衛の生涯の年表を、詩人・秋山清を偲ぶコスモス忌でレジュメにしていたので、それを「暮らしのノートITO」で公開したところ、坂井てい氏から連絡があり、なんでも雑誌「東京人」に発表する素材なので、未発表なものなので削除してほしいという要請が森氏からあったそうで、その部分だけは削除したことがあった。

発行所=〒太宰府観世音寺11533、松本方。《「海」第二期

紹介者=「詩人回廊」北一郎。

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コメント

ご懇切な評をいただき、ありがとうございます。これからも、中身の充実に向け、努力してまいります。今後とも、よろしくご指導くださいますようお願いいたします。

投稿: 有森信二 | 2019年7月 8日 (月) 13時05分

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