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2019年5月29日 (水)

文芸同人誌「あるかいど」第66号(大阪市)(下)

【「ヒナネコの唄」切塗よしお】

 小さな芸能プロダクションが、スター芸人などはいないのに、なんとか興業を続けている様子を描く物語。とにかく読んで面白い。しかもそうと長い話でエピソードも充分。納得させる読み物である。物足りないところもあるが、まとまっている。これほどの読み物でも、自費で発表するしかないの、と思ってしまう。しかし時代の環境を考えれば、そんな発想は古いものになるのであろう。

【「むらすすめ」奥畑信子】

 第4回藤本義一文学賞受賞作品とある。ほんのりとしたホームドラマ風の登場人物と筋の運びが、手際良く整理された文章できれいにすっきり描かれている。同系統の作風の普通の同人誌作品と異なるのが、どこかというと、話が横にそれずに問題提起がはっきりしているところであろう。普通多くあるのが、読み始めてこの作者が何を語ろうとしているのかが、しばらく読み続けてからでないとわからないところがある。だから、出だしで興味を失い読むのをやめてしまうのもある。この作品にはそれがない。このことは、微差のように見えるが、広い読者に向けてを考えれば、大差になる。余談だが、藤本義一には彼の全盛期、企業PR誌向けにコラム原稿依頼をした。放送局に入るので、取りにくれば良いというので、大阪の社員に行ってもらった。その社員のいうのには、注文をそこで訊いて、放送の合間に2枚の原稿をさらさらと書いて渡してくれたそうである。内容もオチがあって面白い。流石……と驚嘆した記憶がある。

【評論「関係性の文学―ポスト・モダン」高畠寛】

 これは10年程前に作者が「樹林」に書いたものをまとめたものだとある。これを読むと思想のテーマは時間軸が長く、特に昔の話だからどうのこうのということもなく読める。リオータールの説く、ポストモダンが、マルクス主義思想を含む「大きな物語」からの脱却をはかろうとする思想。ここでは、筆者がポール・オースターの作品を読み、構造主義を論じ、そのなかでポスト・モダンの文学的位置づけを論じている。モダン(近代)「主体性の文学」から、ポスト・モダン(現代)関係性の文学へ。真の主人公(主体性)の喪失。主人公にともなうスト―リー喪失。それにかわるものとして、偶然(関係性)への移行。などとして、関係性の文学としたもののようだ。そして日野啓三の小説「夢の島」の作風にその興味を収斂させていく。なるほど、なるほどと、その視点の面白さに引き込まれる。ジャーナリズムに操られる国民批判も生きている。こういうのは大いに頭の体操になる。

【評論「十四歳で見たものー林京子『祭りの場』より」向井幸】

 今、林京子の作品を読むには、どうすれば良いのか。存在を知っていて、そのうちに読もうと思っているうちに、簡単に読めなくなる環境になっている。本作で、非常に恐ろしい原爆被爆者のことを描いていて、その抜粋が大変迫力がある。高畠氏の評論でもそうだが、適切な引用の大切さを思い知らされた。

発行所=〒545-0042大阪市阿倍野区丸山通2-4-10-203、高畠方。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

 

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