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2019年5月17日 (金)

総合文芸誌「ら・めえる」第78号(長崎市)

【「八十路を越えて」田浦直】

 作者は82歳だとある。健筆ぶりに感心する。このなかで、医師になろうとした時に、命のかかわる病気と事故にあったが、それらを切り抜けたという。その後、政治の世界に入り、田中派、中曽根派、二階堂派など、派閥の活動の盛んな自民党から参議員議員に立候補したようだ。人間の人生行路を知ると、宇宙空間での生死の運動の不思議さを感じざるを得ない。

【「長崎の唐寺を世界文化遺産に」新名規明】

 唐寺というのは、航海女神馬租を祀る廟がある寺で、長崎にしかないそうである。寺というのは、時の世相にしたがって、宗旨がかわって、承継されているものも多い。解説によると、隠元禅師がかかわっているということで、禅宗の系列に入るのであろうか。まったく知らない話なので、興味深く読んだ。多くの文化遺産のある長崎の重要地を知る人は少ないように思う。

【「『電力の鬼』に思う」関俊彦】

 現在の電力会社と業界の礎を作ったとして、松永安佐ヱ門の存在は有名であったが、戦前のことや戦後のGHQとの交渉の詳細は知らなかったので、参考になる。本論でも触れているが、東急電力のその企業体の継承について、松永精神であったら、原発についても違った対応があったのではないか、と思わせる。国策民営という名目で東電は倒産をしないでいる。その負担が世界でも高い電力料金にかかっている。電力を安くすれば、生産性が上がるのに。さらに松永のような交渉力をもった人が駐留米軍基地の協定にあたっていたら、現在の米軍占領的不平等はなかったろうな、と考えてしまう。

【「『国家と宗教』忠誠と反逆~信仰に育まれた世界遺産(その2)」城戸智恵弘】

 前号おけるこの論は、読者反響が大きく、潜伏キリシタンについてなど、いろいろな意見が届いたという。本稿では、中国のキリスト教徒とバチカンとの間が、妥協するのか、対立弾圧をするのかという、不透明な現状に触れている。中国の共産党独裁のもとでは、無神論と宗教の自由を建前にしながら、人民の心情的集団化は、警戒排除する方向にある。はたして、人間が物質的な豊かさへの夢だけで、多民族国家社会を形成しうるのか、大きな問題を考えさせる。本論では、江戸時代にポルトガルが占拠した長崎の出島権についての権利関係の実態に迫る資料の検証が有益である。いわゆる領土問題の支配に関する名目と実際の形は、現代にも通じるものがあるからだ。

【「教会領長崎」吉田秀夫】

 江戸時代の長崎に思い入れの強い「私」の意識が1500年代にタイムスリップするのである。表現力に無理がなく、説得力をもって、読者を長崎の過去と現代を往復させる。

 本誌にはその他、長崎に関する歴史的な資料に満ちものがある。

発行・長崎ペンクラブ事務局〒850-0918長崎市大浦町927、「ら・めーる」

紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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