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2019年4月 3日 (水)

文芸時評3月(東京新聞3月28日・夕刊)町屋良平、今村夏子作品=佐々木敦氏

 『新潮』4月号に早くも町屋良平の芥川賞受賞第一作「ショパンゾンビ・コンテスタント」が掲載されている。とはいえ長さとタイミングからしておそらく受賞以前に書き進められていたものだろう。ピアニストとしての自分の才能に見切りをつけ、音楽大学を中退して今は小説家を目指している「ぼく」、その親友で気まぐれな性格ながらピアノの天賦のセンスを持つ源元、源元の恋人で「ぼく」が片想いしている潮里、「ぼく」と潮里とはファミレスのバイトが一緒の、何かと頼りになる寺田くんの四人の物語である。

 自分たちをモデルにした「ぼく」の小説の書き出しが何度も挿入されるのが面白い。そういえば町屋と一緒に芥川賞を受賞した上田岳弘の「ニムロッド」にも同様の設定があった。小説の中で小説が書かれる、という趣向が、かつてのような前衛的な文学実験としてではなく、もっとナチュラルに行われていることが興味深い。

 小説が読まれなくなったと言われて久しいが、その一方で各種新人賞への応募は増加しており、インターネットの小説投稿サイトも大流行している。「小説を書くこと」の意味が変質してきているのかもしれない。町屋と上田の最新作に「小説家志望者」が出てきたことは、このことと関係があるような気もする。

 今村夏子が、以前の極端な寡作が嘘(うそ)のように次々と新作を書いている。作品集『父と私の桜尾通り商店街』が出たと思ったら新作中編「むらさきのスカートの女」(『小説トリッパー』春号)が発表された。

 この作品も同じだが、隙だらけのようで油断のならない筆捌(さば)きはもはや名人芸の域に達している。物語は後半、思いも寄らぬ展開となる。読む側の心持ちによって、ユーモア小説にも、不気味な話にも、痛ましい物語にも姿を変える、今村にしか書けない作品である。

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