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2019年4月 2日 (火)

【文芸時評】4月号(3月31日)産経新聞 石原千秋 早稲田大学教授

    いや僕が問いたいのは、なぜ人類はそんなに変化を加速させたがっているのかだった。もちろん欲望がそうさせるのである。それは誰の欲望で、その欲望に宛先(あてさき)はあるのだろうか。

 川上未映子「夏物語」(文学界)千枚が、先月と今月で完結した。精子提供で生まれた人が連鎖する人工授精をめぐる物語。作家になった夏目夏子は若い頃からセックスに拒絶反応があり、未婚のままAID(配偶者の関係にない者同士の人工授精)を選ぶ。相手は、AIDの会合で運命のように出会ったフリーの医師・逢沢潤。彼もAIDで生まれた人である。

  こうしたストーリーを踏まえると、終わり近くのこの文章をどう読めばいいのか途方に暮れる。「逢沢さんと子どもを作ることを決めたのは二〇一七年の暮れで、わたしたちはいくつかの約束をした。」。問題は「と」だ。「逢沢さんと」「作る」のか、「逢沢さんと」「決めた」のか。「逢沢さんと」「決めた」ことはまちがいない。しかし、これを「逢沢さんと」「作る」と言えるのだろうか。だとすると、「と」だろうか。それに、二人は互いに好意を持っている。だとすれば、このAIDは夏目夏子のセックスへの拒絶だけが理由になる。そういう恋愛小説なのか。かつては「借り腹」という残酷な言葉があった。それなら、夏目夏子が逢沢潤に精子を提供されて子どもを生むのではなく、逢沢潤が夏目夏子の腹を借りるのではないのか。「精子提供で生まれた人が連鎖する人工授精をめぐる物語」と読むなら、主人公は夏目夏子ではなく逢沢潤であって、その方が筋が通っている。

【文芸時評】4月号 早稲田大学教授・石原千秋 宛先のな い欲望

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