文芸同人誌「私人」第98号(東京)
文芸同人誌「私人」第98号(東京)
【「カブール空港」えひらかんじ】
アフガニスタンは、アルカイダテロの拠点として、2002年に米軍の空爆などがあり、荒廃しているというイメージであった。その後もテロはあるらしいが、本作によると、2008年に日本の無償援助によってカブール空港建設を無償援助し完成したという。工事にかかわった作者は、壁画や装飾品を見て、アフガニスタン人の美意識が優れていて、職人技に優れていることを記す。国民については、個人としては、頑固であるが、人情味豊かだという。しかい、社会的には汚職などがはびこる、因習もあるという。
現地でのアメリカ人の考えや、現地人の思想をまとめて知るような談話が入れられて、大変参考になる。たまたまこれを書いているときに、スリランカでのテロが報じられている。この事例からしても、日本に無縁のでない中東状況の様相として、関心をもつべきであろう。
【「群眸」根場至】
定年退職後に人生を振り返る教養小説的要素のある話。全学連からはじまった大学紛争で混乱する時代のキャンパス時代の交流と世相を描く。話の軸に交際が充分でなかった彼女との再会のために出かけるところで終る。読みやすく、事実に創作をからめた自己表現的な文学作品。
【「南町商店街ソフトボール部」成田信織】
小さな商店街の仲間が集まってソフトボールのチームを作る。その仲間の交流を描き、市井の人々の生きる姿を描く。
【「狂騒的日常の記憶」百目鬼のい】
2歳から3歳になる頃から20歳になるまでの記憶をピックアップする。短くてあっけないが、手法に野心的な匂いのする作品である。
【「山抜け」根場至】
富士山の山麓で青木ヶ原の近くある西沢蟹沢分校に赴任した興石という教師の話で、そこでの志津代という既婚女性の交流などを描き、蟹沢という村が山抜けという土砂流の崩壊現象で多数の死者が出た。村は移転し、死者の碑はがあり、そこにそれまでの登場人物の名が刻まれていたという。この世の儚さを感じさせる。だけど足和田以外にもそんなことあったのかな。
【「父と息子の老年―黒井千次の『流砂』」尾高修也】
黒井千次という作家の、父親はかつて思想検事をしており、報告書「思想犯の保護を巡って」を書いていた。それを題材にしたのが小説「流砂」であるらしい。その父親は20年前に亡くなっているはずだが、小説ではいつまでも死なない存在であるらしい。いわゆる世代交代の世相を描くようだ。世代は交代するとどうなるのかの問題も含めて、純文学の現代的な一面を解説している。
その他、エッセイとして【「映画に学ぶ」みやがわ芽生】で、「ボヘミアン・ラプソデイ」などの観賞芸術論を展開している。自分は、BSTVでフレディを演じた男というドキュメントを観ただけだが、なんとなく理解できた。また、【「ライブストア」桜庭いくみ】で、高齢者を対象に百円ビジネスを展開する会社を、生きがい発見の立場から賞賛する。たまたま、「詩人回廊」安売りショップの特別販売に通う日々 で外狩雅巳氏が、同じ企業らしいことを文学的な表現で表わしているので、大変興味深かった。
発行所=〒163-0204新宿区西新宿2-6-1、新宿住友ビル。朝日カルチャーセンター尾高教室。
紹介者=「詩人回廊」北一郎。
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