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2019年3月30日 (土)

西日本文学展望「西日本新聞」3月28日(朝刊)茶園梨加氏

「西日本新聞」03月28日(木)朝刊「西日本文学展望」茶園梨加氏筆(文芸同人誌案内より)

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2019年3月29日 (金)

コメントありがとうございます。

  荻野さま。そうですか。アドバイスに感謝いたします。なんとなく、過激派のことが思い浮かびましたが、それだけでした。おそらく学生時代に耳にしていたのかも知れません。

 

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2019年3月28日 (木)

文芸同人誌「駱駝の瘤 通信」第17号(福島県)

福島の同人誌であるので、原発事故に関する評論が多い。これは≪文芸と思想≫で、転載させてもらっている。

【「煙霧中人閒話」秋沢陽吉】

 山本義隆という思想家の話から始まる。自分は知らないので、参考になった。丸山真男批判についても、学生時代に読んだだけで、無批判に読んでいた記憶がある。そうなのか、とも思う。メインは、加藤周一の「羊の歌」であるようだ。その前に、丸山健二の小説作法に共感したと思われる言及がある。自分は、丸山が芥川賞を受賞した時から、ずっと読んできた。彼が作家になる前に経験した世間での体験がまったく似ているというより、同体験をしながら、孤独のなかにいた。自分は職業作家生活をほとんどしていなかったので、彼の小説にも距離を置くようになった。分厚い本はもっぱら図書館で読んでいる。余計なことを書いたが、ここでは加藤周一「羊の歌」の解説が素晴らしい。その本を読みたくさせる魅力がある。

【「『むらぎも』論(五)-合同印刷争議と労働者(1)」石井雄一】

 中野重治の私小説的作品「むらぎも」に関する作者中野の立場を、時代背景とその作家的な体質について、細かく論じている。労働者としての主張と社会の文学的表現欲のせめぎ合いを解説して、その苦悩を解説する。いまどき貴重な資料になるであろうし、作者の問題意識が明確に出ていて興味深い。
      ☆

 中野重治については、私の手元にある資料をここに示しみる。

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中野重治は明治35年、福井県出身。金沢の四高を経て、大正13年、東京帝大独文に入学。マルキシズムの闘士として頭角を現す。一方、同人誌「驢馬」により、詩人として出発。「夜明け前のさようなら」「東京帝国大学生」などで、質実なもの、たくましいものへの愛、軽佻なもの、思い上がったものへの拒否を歌った。後年の「歌のわかれ」「むらぎも」はその小説化である。度重なる検束、転向、執筆禁止などの体験を経、戦後は共産党の参議院議員として活躍したこともある。しかし、農村的人情に根ざす彼の体質が党の理論と合わぬところがあり、除名処分を受けた。(成蹊大文学部・羽鳥徹哉教授=平成8年4月・東京都近代文学博物館発行「東京ゆかりの文学者たちー昭和Ⅰ」より)
      ☆

【「霰たばしるー書簡集から読む長塚節―2-」村上幸子】

 長塚節といえば長編「土」である。私は中学生の頃、夏休みになると、筑波の高須賀にある母親の実家に長滞在した。まず、上野から取手、水海道に着き、下妻か、三妻で降り、暑い日照りのなかを、小貝川の有料橋を通って、行ったのを憶えている。どうして、そのルートなのかは、今はわからない。伯父の書棚には、夏目漱石や長塚節の本もあった。冬休みにも行ったが、そのときの牛久沼へ続く道の風物をみて、豊かな土地なかで、なぜあのような長塚節の小説が生まれたのか、想いを回らした記憶がある。――これを読むと因習から離れて充実した実生活を送っていたことがわかる。

 発行所=須賀川市東町116.「駱駝舎」

 紹介者=「詩人回廊」発行人・伊藤昭一。

 

 

 

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2019年3月26日 (火)

スマホに対応するためとか、システム変更したらしい。

 記事を書いても公開されない。これはでるのか?

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2019年3月21日 (木)

咲いた桜より花見客多い代々木公園

 おそらく、今日が今年の東京・桜の開花日であろうが、咲いていた桜は1本だけで、花見客の方が多かった。一方、さよなら原発全国集会もあった。《参照:さよなら原発2019

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2019年3月19日 (火)

諸田 玲子=時代小説を書き続けて見えてきた大切なこと

 勤めていた外資系の化粧品会社に冷淡にもリストラされたのは30代なかば。広報部にいたご縁で、テレビ関係の方から「暇ならやってみる?」と紹介されたドラマのノベライズの仕事に、気づけば没頭していて、このとき初めて自分は書くことが好きらしいとわかったんです。オリジナルの小説を書き始めたのは、40歳を過ぎてからでした。
 時代物というジャンルを選んだのは、身近な問題を掘り下げるより、それこそシェイクスピアのように、一つの枠組みの中で「物語」を作るほうが好きだったから。歴史の知識不足なんて、仕事で必要となれば必死に調べますから、いくらでも補えます。
 私はどの時代を扱った作品も書きますが、年代的には現代から遠く離れた平安時代が、実は現代ととてもよく似ていて驚きます。貴族社会は一種の成熟社会ですから、出世を求めてワイロが横行したり、それを取り締まる「マルサ」みたいな役人がいたり、豊かな家の息子が身を持て余して非行に走ったりもするんですよ。
 一方、そうした貴族の屋敷の塀の外には、極貧者を含めて種々雑多な人間がうごめいている。たとえばアラブやアジアの国を旅行すると、この町は平安京そのものだなどと感じることがあります。歴史は繰り返すといいますが、それは時間軸と空間軸を入れ替えてみても成り立つんですよね。歴史をそういう目で見られるようになったことは、時代小説・歴史小説を書いてきたおかげでしょう。
 そして、かつて欧米に憧れていた私は、いま日本と日本人が大好きになっている。「恥」を感じる心であったり、人としての「誇り」の持ち方であったり、一言で説明するのは難しいのですが、とても大切なものを私たちは長い歴史を通して継承してきたし、これからも継承しなければいけないと気づいたんです。でも、今の日本を見回すと、それができるかどうかちょっと心配です。
 グローバル化はもちろん大切ですが、だからこそ自分たちの文化を見つめ直してほしい。グローバル化をリードする上智の後輩たちには、とくにそれを望みたいですね。だから時代小説を読めとは言いませんけど(笑)。
★諸田 玲子(もろた・れいこ)作家
文学部英文学科1976年卒業。1954年静岡市生まれ。外資系企業勤務を経て、翻訳・作家活動に入る。向田邦子氏、橋田壽賀子氏、山田洋次氏等の脚本を小説にするノベライズに携わったのち、主として歴史・時代小説を執筆。1996年『眩惑』(ラインブックス)にてデビュー。2003年『其の一日』(講談社)で第24回吉川英治文学新人賞を受賞。2007年『奸婦にあらず』(日経新聞社)にて第26回新田次郎文学賞を受賞。2012年『四十八人目の忠臣』(毎日新聞社)にて第1回歴史・時代小説大賞作品賞を受賞。新聞連載をはじめ平安、戦国、江戸、幕末、昭和を舞台にした著書多数。最新作は『風聞き草墓標』(新潮社)。
  

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2019年3月18日 (月)

文芸同人誌「茶話歴史」創刊号(大阪府)(2)

【「幻の天下人」山岡優作】
 中国大返しの最中、黒田官兵衛と秀吉の静かな駆け引きが繰り広げられる。戦国の時代を、誰が天下人になろうが、その地位を確保して生き残った黒田官兵衛。機を見るに敏な性格と野心の推移を、光秀が信長を討ったた時点から描く。書き手が百人いれば百通りの内面が書けそうな素材。単純化した話法で。興味をそそるようにしながら巧くまとめている。難しい作業であろうから、こういうのは、欲を言っても仕方がないのかも。
【「浪速のガリレオ」まつじゅん】
 岩観星鏡(天体望遠鏡)の作成に一生をささげた男の執念。岩橋善兵衛という望遠鏡の専門家がいて、伊能忠敬の業績に貢献したという。このことは、知らなかったので、大変興味深く、関心を持って読んだ。一筋に生きる人がここにもいた。いや、面白い。正統派の歴史小説であろう。
【「愛怨輝炎」天河発】
 清姫の恋の情熱が美しき僧を破滅に導く。よく知られた伝説的な話が原型であるが、それをこのように、書きこなす器用さに感心する。ただ、新機軸のようなものは、感じられない。でも、温故知新。今の人には、新しいのかも。
【「槍の又佐と伝説の軍師」朝倉昴】
 桶狭間を駆ける前田利家と山本勘助の交流を描く『槍の又左と伝説の軍師』。 山本勘助という、よく知られていながら、その実態が不明な人物を、想像力を働かせて、存在感をもって表現している。なるほど、と感心。
 八作品を読んで、意外と市井ものや郷土史ものが少なく、著名な歴史的事実に題材をとったものが多いのに、現代の時代小説が伝統の流れに沿っているのがわかった。不満をのべたものでも、みな、書きなれていて、作家的手腕の持ち主であることがわかる。文学フリマを意識した同人誌の、基本に忠実なものが健在であることを示している。
〒573-0087大阪府枚方市香里園山之手町13-29、澤田総方、朝倉昴。茶話歴談編集部。
紹介者「詩人回廊」編集者・伊藤昭一。(この項おわり)

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2019年3月17日 (日)

文芸同人誌「茶話歴史」創刊号(大阪府)(1)

【「骨喰と龍王」真弓創】
 裏表紙に、松本久秀が足利将軍から奪った名刀、骨喰を巡る怪奇譚という解説がある。歴史ものというより時代小説である。
 骨喰という妖刀があって、切っ先が届かなくても、敵を斬り倒すという威力をもつ。その他、妖術、幻術の現象が起きる。それは面白い。さすがである。しかし、作者は妙にそれに合理性を持たせるような描き方である。そのため、ワクワクし損なう。今の若い読者は、自分なりの次元を超えた世界を作って、読物にしているので、合理性など無視している傾向が強い。オーソドックスな感じが際立つ。
【「黒船に忍ぶ」有汐明生】
  幕末に生き残った最後の忍者が黒船相手の任務に挑む、という解説。歴史小説的時代小説であろう。ペルリ提督の黒船がやってきた。そこで、徳川政権側は、忍者を黒船に忍びこまさせ、もっている徳川方への親書を盗み出して、交渉がしにくいようにしようと、陰謀をはかる。津藩の沢村甚三郎がその任にあたる。忍者が、黒船来航に活動したという史実はあったらしいが、実際には、何のためか事実は不明だが、その動機づくりが面白い。短編であるので、まとまりが良い。目のつけどころがよいので、さらにいろいろ仕掛ける工夫があれば、さらに面白くなるかも。
【「異説さらさら越え~星下の宴~」都賀久武】
 雪山で佐々木成政がある人物と出会った民話を描くという解説がある。成政の越えの話は、何かで読んだことがある。雪の中でタイムスリップしたらしく、源平合戦時代の侍の世界に巻き込まれたらしい。思いつきも、歴史が絡むと面白く読める。
【「昌平坂学問所異聞」丹羽志朗】
  とある仇討ちの事件を機に江戸末期の武士の在り方を問う。江戸時代の天保6年。昌平坂学問所の儒学者、斎藤秀岳が安永期の「武士(もののふ)ノ心」という書を見つける。それには、その講義をした学者の名が消してある。何故なのか? その内容のことがわかる。ここまでは、歴史的な事実の記述である。
その理由を調べると、梅沢という老人がそのいわれを語る。ここから、梅沢老人の語りとなる。この部分は軽快で、スピード感があって面白い。ちょっと中だるみも感じるが、軽快さではこれが一番ではないだろうか。。(この項つづく)
〒573-0087大阪府枚方市香里園山之手町13-29、澤田総方、朝倉昴。茶話歴談編集部。
紹介者「詩人回廊」編集者・伊藤昭一。

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2019年3月16日 (土)

歴史時代小説「茶話歴談」創刊号情報

 文芸同人誌「茶話歴史」創刊号(大阪府)が届き読み始めた。
  大阪文学学校のメンバーBOOHを中心にした、関西の歴史・時代小説の創作者たちが発行する同人文芸誌だという。情報発信も良い。《参照:BOOTH「茶話歴談」》
松永久秀が足利将軍から奪った名刀、骨喰を巡る怪奇譚『骨喰と龍王』。
幕末に生き残った最後の忍者が黒船相手の任務に挑む『黒船に忍ぶ』。
雪山で佐々成政がある人物と出会った民話を描く『異説さらさら越え ~星下の宴~』。
とある仇討ちの事件を機に江戸末期の武士の在り方を問う『昌平坂学問所異聞』 。
中国大返しの最中、黒田官兵衛と秀吉の静かな駆け引きが繰り広げられる『幻の天下人』。
観星鏡(天体望遠鏡)の作成に一生をささげた男の執念『浪速のガリレオ』。
清姫の恋の情熱が美しき僧を破滅に導く『愛怨輝炎』。
桶狭間を駆ける前田利家と山本勘助の交流を描く『槍の又左と伝説の軍師』。 関西の創作者たちが執筆した、  8作品が掲載されている。しかも、創刊号でありながら第2刷となっている。直木賞候補作として、その振興組織は、同人誌からの推薦作を受領しているはずので、もし、それをしてなかったらそれをやってみたらどうであろう。これは読む前に自分の思ったことである。自分は、あまり時代小説を読まないので、読み物として楽しく読めるものという印象がある。新書デビューした上田秀人などは陰謀ものに特化して、一躍人気作家になったようだ。知人の作家は、現代ものから時代小説に転向をはかったと聞いているが、あまり著作が出たという話はきかない。競争が激しいようだ。ここでも、ただの楽しみで読む一般人読者の視線でしか紹介できない。全作品を楽しく読ませてもらったが、印象として、一部の例外はあるものの、スピード感が不足し、文章が重いのが多い。林不亡の「丹下差膳」や作者名は忘れたが「のぼうの城」の方が軽快である。次の回から作品紹介をしましょう。
  

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2019年3月15日 (金)

横山秀夫「ノースライト」作家の手練手管をすべて投入して

「人間がつぶれたままの状態でいることは自分には想像できないんです。たとえつぶれても、10、20年がたち、亡くなる直前になって、ふっと自分の人生に何かの益を見いだすことができたら、それもまた再起ですよね。見た目では分からない、本人が口にしない心の中の再起の兆しも、小説だったら秒単位でトレースできる」。だから人物の心の声を、緻密に、熱量をこめて描写する。

 「人間は人間を見誤る。見えなかったものがどこかの段階で見えてくる、それが人生なんだ-。自分がミステリーにこだわり続けるのは、そんな思いがあるからなんですよ」

 ■心理の普遍性

 雑誌連載は18年に終わったが「小説の求心力が作れなかった。職業作家の手練手管をすべて投入して書き直そうと思った」。結果、ストーリーは根底から変わった。単行本の冒頭には、連載に伴走し4年前に亡くなった編集者への献辞をかかげている。

 警察の広報官を描いた前作『64』は英推理作家協会賞インターナショナル・ダガー賞の最終候補となり、今年、独ミステリー大賞の国際部門で第1位に選ばれた。デビュー短編集『陰の季節』も近く英国で刊行される。「いわゆる日本的な組織と個人の関係に特化して書いてきた作品が、個人主義が発達した国々でも読まれているのに驚いた」。横山ミステリーの普遍性を物語る快事でもある。
 「『個人で生きる』という意志が強くても、みんな深層では、いろんなしがらみに縛られているのかもしれない。だったら、どんどん書いてやろう、と」
《参照:産経2019.3.13ライフ|本「横山秀夫さん、6年ぶり長編「ノースライト」 哀切なミステリー」》
     

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2019年3月12日 (火)

朝井リョウ氏=読んでもらう、楽しんでもらうことがモチベーション

当時はネットの小説投稿サイト黎明期で、私も例に漏れず作品をアップして見ず知らずの人から感想をもらったりしていました。それ以外にも、尊敬するさくらももこさんからの影響まみれの日常系エッセイをブログ的に書いて、アクセスランキングで1位になったこともありました。出版社への投稿って、最終選考にでも残らない限り何の反応もないんですよね。だから、身近な人に読んでもらったりネットにアップすることで反応を無理やりにでも生み出して、やる気を持続させていました。
《参照:幻冬舎ルナッサンス新社=「朝井リョウ!特別インタビュー」

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2019年3月11日 (月)

「人間像」同人会は、札幌市の下記にお問い合わせください。

札幌市市民文化局文化部文化振興課〒060-0001 札幌市中央区北1条西2丁目 札幌時計台ビル10階
電話番号:011-211-2261
ファクス番号:011-218-5157
人間像同人会=〒061-1148 北広島市山手町1-1-10

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2019年3月10日 (日)

「廃園」(井本元義)を読むことと「詩人回廊」

 「廃園」の井本元義氏とは、面識はないが「詩人回廊」のポリシーに似合った作品なのでここで、紹介した。
 西脇順三郎は、萩原朔太郎を好評価していた。彼の「ボードレールと私」という著書で述べている。「詩とか芸術は宗教的な美辞をもってすれば永遠的な考え方を発見することである。詩は人間の最後の考え方であって、それはつぶした植物の汁みたいなものである。これ以上考えられない考え方である」。
 同署には、さまざま西洋詩人、哲学者の詩論が引用されている。たとえばーーペーターは「ロマン主義的美」という論文で、ロマン主義は「美の欲求」と「奇を求める好奇心」とが結合したものであると定義している。--稀代
美術では、この調和が破れて、奇を求めるばかりであり、ほとんどグロテスクな美というように発展。「悪の花」というのは、グロテスクな花と言っても良い。醜悪と花の美は、遠いものが連結されていることになる。相反するmのが結合して調和するということは、ーー換言すれば遠いものが連結されて調和するということができる。--
  このような現象は、弁証的な変化としても理解できる。

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2019年3月 9日 (土)

早春の新宿御苑!ゴーン氏家族が散歩したとか

  ニュースで、ゴーン氏が保釈され、家族で新宿御苑を散歩したという。私が立ち寄ったのは先月だが、静かで人影が少なかった。レストランで、寒桜が咲いているところを訊いて、教えられた方向に行った。TVニュースでみたゴーン氏家族も熱帯植物園方向の同じ道を歩いていた。《参照:雪の日に河津桜が咲いたのを観に行く
 ゴーン氏の裁判の予想だが、一審、2審は、有罪無罪が入り乱れ、最高裁で有罪ーーこれで決まりだと思う。
 本来は社内の不祥事なんだろが、それを刑事事件に持ち込んだのは経営陣の戦略であろう。

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2019年3月 8日 (金)

西日本文学展望「西日本新聞」02月28日・朝刊=茶園梨加氏

題「過去」
立石富生さん「てんぷら、つくる?」(「火山地帯」195号、鹿屋市)、鈴木比嵯子さん「天使の歌声」(「ガランス」26号、福岡市)
遠藤博明さん「シャーロキアンのカウントダウン」(「日曜作家」25号、大阪府茨木市)、野原水里さん「そうぞうの時間」(「ガランス」26号、福岡市)、片科環さん「東雲荘グラフィティー」(「独り居」7号、福岡市)、古岡孝信さん「山が哭く」(「21せいき」100号記念号、大分市)
「あしへい」21号(北九州市)同人誌「街」特集より玉井史太郎さん「手談-あしへい打碁集-」
文芸同人誌案内掲示板:ひわき さんまとめ)

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2019年3月 7日 (木)

文気時評2月(東京新聞2月28日)=佐々木敦氏

  まず『文学界』3月号に「シリーズ『平成考』3」として哲学者の千葉雅也による論考「平成の身体」が載っている。千葉は一九七八年、昭和五十三年生まれ。彼は「昭和末期の約十年間、すなわちバブルの八〇年代に幼稚園から小学校の時期をすごし」た自分の「身体」には「平成的な軽さ」よりも「昭和的な重さ」があると言う。とはいえ彼の人生の大半は平成だったわけで、つまり千葉の世代は「昭和的」から「平成的」への過渡的な存在なのだ。
 千葉は自分は「重さの残滓(ざんし)を抱え込みながら、それに足を取られることもありながら、軽薄化の享楽を生きてきた」のだと続ける。そして千葉は、平成という時代を「インターネット以前/以後」に分割し、彼の世代はその意味においても過渡的だったのだと述べる。このように自分自身の半生と重ね合わせながら、千葉は主にマンガやゲームなどのサブカルチャーの平成という時代を通した変質と、その背景となる、もっと深い次元での「身体/性」の変容を、エッセイと批評の混交のような柔軟な文章で語っていく。
 最終的に彼が「平成の身体」に与える定義は「資本主義的無意味とは『別の無意味』に依拠する身体」というものである。資本主義は加速に加速を重ねて遂(つい)に「無意味」へと突破したが、それとは異なる、より「意味がない無意味」(これは千葉の論集の題名でもある)にこそ「平成」の可能性があったのではないか、と千葉は主張する。
 これに合わせるように『すばる』3月号が「平成とカルチャー」と銘打った小特集を組んでいる。倉本さおりの少年ジャンプ論、清田隆之のさくらももこ論、矢野利裕の小室哲哉論。
 三人とも千葉より若いが昭和生まれであり、結果としてやはり「過渡期」感が滲出(しんしゅつ)している。この中では小室がもっとも「平成的」だと私は思うが、そもそも平成は三十年もあるのだから一点に的を絞って論じるのはむつかしいのではないか。
◆小説家しか書けぬ批評 古川日出男「三たび文学に-」
 『新潮』3月号に古川日出男が「三たび文学に着陸する」を発表している。三たび、の意味は副題で説明される。「古事記・銀河鉄道の夜・豊饒の海」。これは小説家にしか書けない想像的/創造的な文芸批評であり、古川にしか書けない大胆な洞察と張り詰めた文体による文芸批評である。三たび問われる問いは、それぞれに巨大かつ複雑な三つの作品は、何故そのように書かれなくてはならなかったのか、という問いである。古川は三つの、しかし煎じ詰めれば一つの問いに答えるべく、いわばそれらを書き直してみせる。書き直すことによって読み直そうとする。小説家にしか書けない、というのは、そういう意味である。しかし自らも巨大かつ複雑な小説を次々と書き続けながら戯曲や評論まで発表してしまう古川のエネルギーには今更ながら感嘆せざるを得ない。これは欲望というよりも使命感の賜物(たまもの)だと私には思える。何による使命か、これはもう「文学」の、としか言いようがない。
《参照: 「平成論」が続々と にじみ出る「過渡期」感 佐々木敦

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2019年3月 4日 (月)

【文芸時評】2月号(《産経1・27) 早稲田大学教授・石原千秋 

 (頁2)村田沙耶香「信仰」(文学界)は、買い物をするときにはすぐに「原価」を気にしてしまう「現実」主義者の永岡が語り手。浄水器カルトで失敗したかつての同級生・斉川が石毛と組んで「リベンジ」するために、今度は「天動説セラピー」を始めるのに引き込まれていく様子を書いた。小説の構成からは、永岡こそが現実というカルトにはまっているだけではないかという皮肉が浮かび上がるが、それはありふれたテーマにすぎない。僕が興味を持ったのは、前半に頻出する「馬鹿」という言葉である。「石毛は馬鹿だから勧誘されても別に自分は引っかからないだろう」とか、「今からその馬鹿を騙(だま)そうとしてるんじゃん」などなど。これを後半まで持ち込めば、マルチ商法的カルトがマウンティング(自分の優位性を誇示する)競争として見えてくる。
 青木淳悟「憧れの世界」(同)は、タイトルとは裏腹に、多摩ニュータウンへの挽歌である。もうジブリ「耳をすませば」の郊外の時代は終わったと。それは近代が終わったということだ。
《参照:【文芸時評】2月号 早稲田大学教授・石原千秋 現代のマウンティング競争



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2019年3月 3日 (日)

文芸同人誌「季刊遠近」第69号(横浜市)

【「西大門」小松原蘭】
 西大門とは韓国のソウルにある場所である。日観関係の複雑さを、日本人家族が経験したことがらを小説で、具体的に生々しく表現した秀作である。話の時代は2001年。「私」は、15年ぶりに韓国旅行に行く。語り手の私は、15年前の女子中学生時代に2年間ほど、商社に勤める父親の仕事の都合で韓国に赴任し家族で住んだ。その時の経験は、思い出すのも辛い時期であった。当時の韓国はまだ貧しく、大衆は戦前に日本によって、無理やりに属国にしたことへの憎しみ顕わにすることもあった。しかし、日本人がビジネスで住んで、お手伝いさんを雇う必要があって、韓国人の未亡人ウニを雇う。ウニは朝鮮戦争で夫を亡くしている。ウニは幼い頃に強制的に習わされた日本語を使い、日本人駐在員の元で働きながら、娘のミランを産んだのだという。
 そのミランと「私」は同世代なので友情が生まれる。そこで「私」の父親が女遊びをしたのか、母親との夫婦喧嘩が絶えなかった。さらに、父親は雇用者という優位を利用して、ミランに対して手を出した形跡があることがわかる。「私」と母は、父親を責め、ウニとミランがそれを受け入れたことに、憎しみが増す。そこから両者の葛藤が描かれる。
  メディアによって、日本と韓国のニュースは、反日と嫌韓という、感情的に色付けられたイメージを塗りつけて報道される。出来事に対して、「良い、悪い、ずるい、正直」などいう感覚をつけて、簡単に分類して、判断材料にするという人間の特性に対する批判にもなっている。
【「老人兵の時代」逆井三三】
 高齢化社会を皮肉った面白い小説。未来社会でアフリカの紛争地に戦争が始まった。兵士を派兵させなければならないが、若者が不足している。そこで、60歳から75歳を対象に徴兵制を設け、高齢者ばかりが兵士に、国家の守りに着かせる。余命短いので、それほど抵抗感はない話も組み込まれている。体力不足は、技術的に労力の少ないコンバットタンクを操って戦闘に挑む。まるで、コンピューターゲームのようだという話題もでる。まったく論理性がある。彼等は国家が死に場所を提供してくれたと考え、兵士の仕事で年金をもらうことなく、国家に貢献して死ぬことを誇り思っているのだ。風刺のきいた小説である。
【「驟雨」難波田節子】
 思春期の少女の家庭と、成長しながら恋心を抱く世代を描く。長編の一部のような作品。
【「父の幻影」藤田小太郎】
 不妊治療で、夫でない男性精子を受精する。夫は自分が無精子症であること知らない。男の子が生まれたが、成長過程で交通事故で輸血が必要となり血液型が夫と関係がないことが分かる。夫は、妻が浮気したと考え離婚する。このような定番の題材を扱う作品だが、ここで説明したようには分かりやすくない。ということは、表現手法にこだわりがあるのであろう。
【「平成30年上期報告」藤田小太郎】
 80歳になる本誌編集者の闘病と生活の月報である。日記ならぬ月記ではあるが、自分と同じ病の部分もあり、興味深く読めた。
発行所=〒225-0005横浜市青葉区荏子田2-34-7、江間方。
紹介者=「詩人回廊」北一郎。

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