文芸同人誌「仙台文学」第93号(仙台市)
【「狐鬼日記」秋葉遼】
日記形式の日常生活エッセイである。2018年7月14日から10月29日の生活感情を間歇的に記録している。なかに「反骨。気骨。偏屈。頑固。こんな歳になるとそんことはどうでもいい。良くも悪くもこれらは私の個性である」とある。悠々自適。日々好日の精神が読み取れる。現代のなかの人生観を表現した文学であることを感じさせる。
【「方言訳と出会う(我が逍遥遊)」石川繁】
芥川賞の高橋弘希」、若竹千佐子「おらおらでひとりでいぐも」など、方言のニュアンスを活用した作品の例を示し、方言の持つインパクトの強さを、須賀敦子の欧州各国の地域主義の根強さや、井上ひさしの「吉里吉里国」における文体の効果を語る。労作である。
中央集権で国民の意志が反映されない昨今では、地域から起こす民意の反映の重要さを示唆するものでもある。
【「再読楽しからずやー梶井基次郎『冬の日』」近江静雄】
梶井基次郎の文章の詩的情念の名作として「冬の日」がある。作者の文学感に与えた影響ともに、その味わいが語れる。自分も梶井は好きなので共感をもって楽しめた。
【「高浜虚子詩一編の謎―25-夏目漱石と二人だけの新境地開拓詩」牛島富美二】
漱石と虚子が、あまり知られないところで、短歌や俳句の短詩世界を楽しんだ形跡を明らかにする。作者の研究度の深さと博識に驚く。
【「戻り船」笠原千衣】
家族を中心とした情念を語る物語。ちょっと古めかしいが、独自の幻想性や情念を語るのに、良く合った文体で、雰囲気小説の純文学的作品に読める。なかなかユニークな味が出ている。
【「記憶の島」渡辺光昭】
生田は、働き盛りの40代にパニック障害という病になってしまい、会社も休むほどの症状。治療に専念している。悪夢に悩まされ、うつ症状も出て、社交性を失っている。家族に理解が会って、幸いなことに家庭的には問題がない。病をかかえ、ものごとが暗い印象でしか受け取れない。そのなかで、高校時代に野球部で活動していた同級生から連絡がある。がんで入院しているが、会いたいという。そこで、病院に見舞いに行くと、いまは離婚して妻と子供とは別れ、孤独な生活のなかで、このまま人生を終える覚悟を話してくれる。
内容がパニック障害になった話と、がんになった友人の話の二本立てで、生田の死に至らない病気と、死に向う友人の比較ということになっている。「寂しいけれども、悲しくははない」という友人も言葉が印象に残る。パニック障害には、個人によって病状の姿に異なる特徴があるのだが、ここでは一般的に描かれている。この病気にかかった、スポーツマン、芸能人は多いし、自分も仕事で会う人にこの病気の人が多いのに驚いたことがある。
【「くろかみながく」牛島富美二】
定年退職後の生活の在り方を模索する亮造の出来事話。3・11の東日本大震災の家族体験は、夫人の体験がリアルである。あるとき、古本店にいくと、自分の持っていた「藤村詩稿」という文庫本がある。かれはそこに「くろかみながくやはらかきをんな」と書いておいた。ところが、誰かが追記してあり「をとこのかたることのはをまこととおもふ」とし、桜井稚子という名が書いてある。そこで、店に彼女について調べて追求し、彼女に会うことができる。文学通ならではの専門的知識に富んだロマンチックな話で、楽しめる。
発行所=〒981-3102仙台市泉区向陽台4-3-20、牛島方。「仙台文学の会」
紹介者=「詩人回廊」北一郎。
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