文芸時評1月(東京新聞2019年1月31日)=佐々木敦氏
(一部抜粋)
三度目の候補で芥川賞の栄冠に輝いた上田の『ニムロッド』は、私は会心の出来だと思ったが何故(なぜ)か芥川賞の候補にならなかった秀作『塔と重力』に続く、リアリズム路線の作品である(以前の上田は時空を超える荒唐無稽な設定が多かった)。
物語の鍵となっているのはビットコイン(仮想通貨)で、インターネットのサーバー保守会社に勤務する中本哲史が、ある日社長からビットコイン採掘(マイニング)の新規事業をたった一人で任されたところから物語は始まる。主人公の名前はビットコインを発明した人物の名前サトシ・ナカモトと同じである。
ニムロッドとは中本の元同僚、現在は遠方に住む友人のあだ名で、小説家になる夢を抱き続けている。中本の恋人で、過去に別の男との中絶と離婚の経験がある紀子が三人目の登場人物である。中本の物語、中本と紀子の物語、ニムロッドが中本に送ってくる小説の断片が並走しながら話は進んでいく。
町屋は前回(第百五十九回)『しき』で初めて候補となったのに続く二度目の芥川賞候補での受賞である。「純文学」らしくない題材を進んで扱うことで注目されてきた(たとえば『しき』ではネットの“踊ってみた”動画が物語の中心に置かれている)作家だが、タイトルからもわかるように『1R1分34秒』はボクシング小説である。
とにかく理屈っぽくて自意識過剰な「ぼく」はウメキチというトレーナーと出会うことで変わっていくのだが、小説はボクシングという肉体の戦いを描きつつ、「ぼく」とウメキチの思考のやりとりが主眼となっていく。作品数からすると受賞はまだ早いような気もしていたのだが、上田とはまた違ったタイプの「新しい文学」の担い手であることは疑いない。
「すばるクリティーク賞」が発表された。受賞作は赤井浩太「日本語ラップfeat.平岡正明」(『すばる』2月号)。タイトル通り、先鋭的なジャズ評論家だった平岡正明と、すでに長い歴史を持ち、ヒップホップ/ラップを生んだ国アメリカとはまた異なる進化を遂げていると言ってよい「日本語ラップ」を縦横に掛け合わせてゆくことで、現在の日本におけるオルタナティヴ(既存のものに代わる)な政治性と運動論の契機を見出(みいだ)そうとする、一種の「革命」論である。
赤井は二十五歳で、この年齢が若いと言えるのかどうかはともかく、文体はやたらと威勢が良い。青臭いと言ってもいいかもしれない。挑発を通り越して悪罵と思えなくもない先行者への批判の舌鋒(ぜっぽう)や、言いっぱなし的な脇の甘さも気にはなる。
《参照:上田岳弘「ニムロッド」 町屋良平「1R1分34秒」 佐々木敦》
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