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2019年1月 1日 (火)

文芸同人誌「海」98号(いなべ市)

【「熟柿」宇梶紀夫】
 熟柿が嫁いだ妹から送られてくる。それを主人公の雅夫と妻の綾子とで食べる。家には、妻の母がフサが同居している。それが話の枕になっている。妻が肺がんの手術をして結果がよいので、2泊3日の北海道旅行に行く。そこで、蟹を食べるが、雅夫はひどい下痢を起こし、治らない。特別な細菌に腸をやられていたのだが、病院に行ってもどんな菌かわかるまで、治療に時間がかかったのだ。その下痢をしながらの過ごし方が、リアルで迫力がある。やがて、フサは亡くなるまでの話。家族と人生の晩年をみっちり描いて、身につまされる。それでいいのだと、思わせる生活感がある。風土色の強い作品を書いてきた作者の作品の方向性を変えたような味のある作品。
【「常田太助の晩節」国府正昭】
 理髪店を経営をする水谷という高齢職人の店内を舞台にした連作の最終回。いつの間にか理髪店が定年退職した人の自治会役員会のようになってしまっている。ユーモアを含みながら、町内に起きたエピソードを披露する。そういうことあるあると、同感させるものがある。
【「炎の残像」宇佐美宏子】
 老境を迎えた女性が、電車のなかで、昔の恋人とそっくりな若者が乗っているのに気付く。若者は眼をつけるように眺める老女をうんくさい視線をなげかけ、下車してしまう。彼女はその若者が、恋人が生きて存在していることを信じる気持ちになる。人間は現実と幻影のちがいを混同するというより、同一的に解釈する。作品は、ただ似ているという体験から、一歩先に出たの想像力の発揮が良いが、平凡感がある。だが、方向性は納得できる。
【エッセイ「音楽と日々―LA Musique Les Jours」久田修】
 周囲の人たちを病や高齢で失い、音楽を聴くことに生きがいを見出している。作曲家の名前や曲名を読むだけで感慨を覚える。読む自分は若い頃、オーディオ愛好家の家に取材で多く訪ねたことがある。音楽がセラピーになるようであった。うつ病を治した人もいる。自分は耳鳴りが常時していて、楽しみが減った。新年のNHKウィーンフィルの演奏ぐらいはTVで観るつもりだけど。
【「たらり たらりら」遠藤昭巳】
 神社の祖父は神職であるが、息子夫婦は家を出てしまった。その長男である幸輔は、祖父と暮らしながら、頼まれて神職の手伝いをしている。祖父の友人に喜多と言う人がいる。サラリーマンを退職後、神職になった人だ。能にくわしい。祖父に後継を期待されながら、その決心がつかない。喜多は、幸輔に能の謡の教本を与える。そこで、祖父の代理に広島の姉の家の新築地鎮祭を引き受ける。手堅い描写力で神職の詳細がわかり、大きなテーマはないが、面白く読めた。
発行所=511-0284いなべ市大安町梅戸2321-1、遠藤方。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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